勉強会の記録

  • 双極性障害うつ病相における抗うつ薬 2021年01月20日

    ・双極性障害うつ病エピソード急性期および維持療法期における抗うつ薬の有効性(気分安定薬併用下)に関する新たな介入試験の報告がありました(文献1)

    ・これまで双極性障害のうつ病エピソード急性期においてはFDAにおいて承認されている薬剤として、クエチアピン、クエチアピンER、オランザピン/フルオキセチン合剤、ルラシドン、ルラシドン+気分安定薬、カリプラジンがあり、日本で承認されている薬剤としては、オランザピン、クエチアピンER、ルラシドンがあります。

    ・まずは双極性障害うつ病エピソードに対する新規抗うつ薬単剤療法のエビデンスについてですが、比較的規模の大きなEMBOLDEN II試験の結果が重要と思われます(文献2)。双極性障害うつ病エピソード急性期患者を対象に、クエチアピン300mg、クエチアピン600mg、パロキセチン20mg、プラセボの4群が8週間比較されました。

    ・その結果、クエチアピン群は、MADRSで評価したうつ病尺度において、プラセボ群よりも有意にうつ症状を改善しました。一方でパロキセチン群はMADRSではプラセボとの有意差は見られませんでした(不安尺度であるHAM-Aでは対プラセボで有意差あり)。パロキセチンについてはII型患者に限って解析を行ってもプラセボと比較して有意なうつ症状の改善効果は認めませんでした。

    ・クエチアピン群においては薬理作用から期待されるように不眠の改善効果が目立っていたことの他に、希死念慮についてもプラセボと比較して有意に改善していたこと(パロキセチンは有意差なし)が注目点であり、また躁転率(2週続けてYMRSが16点以上で定義)についてはクエチアピン300mg群2.1%、600mg4.1%であり、パロキセチン群10.7%、プラセボ群8.9%と比較して、クエチアピン両群は有意に低い結果となりました。

    ・以上より、双極性障害うつ病エピソード急性期に対してパロキセチン単剤はプラセボと比較して有意な抗うつ作用を示すことはできませんでした(抗不安作用は有意差がでており、この結果がCINP2017ガイドラインにおいて不安症状を伴ううつ病エピソードで第2段階でパロキセチン使用の記載がある理由かもしれません)。

    ・その他、双極II型障害のうつ病相については、Amsterdamグループがフルオキセチンやベンラファキシンの有効性、安全性を報告しており(Br J Psychiatry 208: 359-365, 2016、 Am J Psychiatry 167: 792-800, 2010)、ネットワークメタ解析の結果( J Affect Disord. 2020 May 15;269:154-184)に大いに影響を与えていますが、単一グループからの報告のみですし、日本うつ病学会のガイドラインにあるように、エビデンスとしても確立したものとは言えない状況です。

    ・続いて、今回の報告にあたる、気分安定薬+抗うつ薬のこれまでのエビデンスですが、文献3のメタ解析が重要と思われます。この報告では、双極性うつ病に対する新規抗うつ薬+気分安定薬(ないしオランザピン(1RCT)、リスペリドン+気分安定薬(1 RCT))のプラセボに対する有効性が解析されました。

    ・その結果、うつ症状について報告された5つの介入試験の抗うつ薬併用の対プラセボに対する標準化平均差(SMD)は、全体では0.165で有意差あり、オランザピン+フルオキセチンの試験を除外してもSMD=0.134とわずかながら有意差を示しました。臨床的に有効と言えるレベルではないにせよ一応有意差がでましたが、反応率でみた場合には、抗うつ薬群48%対プラセボ群 43%と有意差は認めませんでした(STEP-BD試験を除外すると有意差あり)。

    ・また躁転リスクについては、急性期治療後においては、抗うつ薬群6%、プラセボ群6%で有意差なし。しかし、52週間の延長期間後においては、抗うつ薬群17%、プラセボ群10%で有意差あり(OR=1.774.NNH=19)との結果でした。以上より、抗うつ薬併用はHAM-Dなどの得点でみれば、一応有意差はでるものの、反応率、寛解率では有意差はなく、個別にみれば有効なケースの存在を否定するものではないものの、臨床的に有意な効果とは言いがたい可能性もあり、さらに52週間の長期投与では、躁転リスクが有意に上昇するため、投与するとしてもなるべく短期間にすべきということがいえるかと思います。日本うつ病学会のガイドラインでは、抗うつ薬の使用は推奨されていません。

    ・最後にガイドラインで推奨されている方法です。日本うつ病学会のガイドラインについては、文献5を参照してください。CANMAT2018(文献4)ですが、双極性うつ病について、第1選択薬としては、クエチアピン(レベル1)、リチウム(レベル2)、ラモトリギン(レベル2)、ルラシドン(レベル2)を推奨しており、いずれも単剤で第1選択となりうるとしています。またルラシドン、ラモトリギンについては併用療法でも第1選択となりうるとしています。推奨順序は、クエチアピン、ルラシドン+Li/VPA、リチウム、ラモトリギン、ルラシドン、ラモトリギン+Li/VPAとなっており、リチウムの推奨血中濃度は0.8-1.2mEq/l、ラモトリギンは最低200mg、クエチアピンも300mg以上の使用をすることとされています。

    ・オランザピンが入っていない点を除いて日本うつ病学会のガイドラインに近い内容になっていますが、うつ病相に対するエビデンスの乏しいリチウムとラモトリギンが入っている理由としては以下のように記載されています

    ・リチウムを第1選択とする推奨理由については、「現在までの唯一のリチウムの双極性うつ病に対する大規模介入試験では、リチウムは有効性を示せなかったが、平均血中濃度が0.61 mEq/lであり、推奨される0.8mEq/lより低かったことも一因ではないか。いくつかのクロスオーバー試験ではプラセボに対する優位性が示されており、レベル2の推奨度とした」とのことです。

    ・またラモトリギンを第1選択とする理由については、「ラモトリギン単剤療法は4つの介入試験でプラセボに対する優位性が示されなかったが、メタ解析では有効性が示されている。さらにはリチウムへの併用療法で、リチウム単剤より有効性が示されており、クエチアピンとの併用でも有効な傾向が示されている。そのためレベル2の推奨度で第1選択とした」とされています。ラモトリギンについては、リチウム併用でリチウム単剤よりも有意に良好な治療効果を示したとの結果(J Clin Psychiatry, 2009 Feb;70(2):223-31.)やクエチアピンとの併用でクエチアピン単剤よりも有意に良好な治療効果を示したとの結果の報告(Lancet Psychiatry. 2016 Jan;3(1):31-39)があり、CANMATガイドラインでの記載の根拠となっています。

    ・今回は、双極性うつ病について、気分安定薬併用下でのシタロプラムの有効性を評価した介入試験の報告(文献1)となります。果たしてこれまでの報告との整合性はどうか(特に文献2)という点が注目点となります

    双極性うつ病とシタロプラム

    背景

    ・双極性うつ病の治療は困難である。抗うつ薬は双極性障害において最もよく使用される薬剤である。しかし最も最近のメタ解析(lancet psychiatry 2016;3(12):1138-1146)において双極性うつ病における抗うつ薬の有効性は否定的な結果となっている。さらに維持療法期のメタ解析においても予防効果は確認されていない

    ・急性双極性うつ病エピソードに対する有効性とは別に、躁転リスクも多く議論されており、三環系抗うつ薬の方が、新しいセロトニン再取り込み阻害薬よりも起こりやすいと言われている。特にラピッドサイクリングでは抗うつ薬使用がよりエピソードの増加など病状悪化につながるとのエビデンスがある

    ・今回、プラセボ対照で双極性うつ病急性期におけるシタロプラムの有効性と、維持療法期間(1年間)でのうつ病エピソードの予防効果を検証した。

    対象と方法

    ・18-64歳の双極I型ないしII型障害患者

    ・現在8週間以上うつ病エピソードにある(DSM-IV)

    ・エントリー前4週間以上標準的な気分安定薬(リチウム(N=61)、divalproex(N=17)、カルバマゼピン(N=21)ないしラモトリギン(N=20))を内服中

    ・気分安定薬についてはそのまま継続。その他の向精神薬についても継続は許可された。ベンゾジアゼピン以外の変薬は不許可とされた

    ・プラセボ対照無作為割付試験(急性期6週間+維持療法期1年間)。6週時点での反応群のみが維持療法期間に入るなどという手法は用いず、その後1年間エントリー時点での割付のまま継続

    ・主要評価項目は6週時点でのMADRS得点

    ・副次評価項目は反応率(MADRS50%以上改善率)、寛解率(MADRS7点以下)

    ・維持療法期間での再発はDSM-IVによる躁病ないし軽躁病エピソードで定義。MRS-SADS得点で閾値下の躁症状についても評価。

    ・シタロプラム+気分安定薬群 N=60
    ・プラセボ+気分安定薬群 N=59

    結果

    ・6週後のMADRSのベースラインからの変化量はシタロプラム群平均-14.3点、プラセボ群-12.2点。ベースラインの重症度を混合効果回帰モデルで調整すると、シタロプラム群とプラセボ群のMADRS得点の変化量の差は1.7点(有意差なし)。MADRSの経時変化について、時間×治療群の交互作用も有意でなかった

    ・反応率はシタロプラム群 48.3%、プラセボ群 45.8% 有意差なし

    ・6週後の継続率はシタロプラム群 72%、プラセボ群  68%

    ・12か月間の維持療法期間について、MADRSの変化について、反復測定による線形混合効果モデルで解析の結果、シタロプラムの12か月間の有効性はプラセボと有意差なし

    ・維持療法期間に入ってから(急性期を除く)12か月後の反応率はシタロプラム群31.8%(14/44)、プラセボ群41.5%(17/41)で有意差なし

    ・I型とII型とで層別化し解析した結果、6週間での反応率はII型ではシタロプラム群 53.8%(14/26)、プラセボ群 50%(9/18)、I型ではシタロプラム群 44.1%(15/34)、プラセボ群 43.9%(18/41)。

    ・6週間での寛解率はII型ではシタロプラム群 26.9%(7/26)、プラセボ群 27.8%(5/18)、I型ではシタロプラム群 35.3%(12/34)、プラセボ群 26.8%(11/41)

    ・急性期ないし維持療法期間中の躁病ないし軽躁病エピソード(DSM-IV)については全体で9エピソードであり、シタロプラム群3/60、プラセボ群 6/59で、シタロプラム群で必ずしも多いわけではなかった。しかしMRS-SADS得点で評価した躁症状得点については、全体としてはシタロプラム群とプラセボ群とで有意差はなかったが、ラピッドサイクリング群においては、特に維持療法期間においてベースラインから平均1.9点の得点上昇を認め、プラセボ群の0.1点の変化と有意差を認めた。非ラピッドサイクリング群では両群ともにベースラインからの得点は有意な減少(改善)を認めた

    結論

    ・双極性うつ病の急性期ないし維持療法期において、気分安定薬にシタロプラムを増強しても全体としてプラセボに対して臨床的に有意な利益はなかった。I型とII型とでシタロプラムの利益が異なることもなかった

    ・ラピッドサイクリング群においては、シタロプラム投与が閾値下の躁症状の出現につながる可能性があり要注意。この結果はこれまでの報告とも整合性がある。診断可能なレベルの躁病ないし軽躁病エピソードの出現率はシタロプラム群とプラセボ群とで有意差はなかった。

    ・併用薬剤が両群で異なっており(シタロプラム群ではカルバマゼピンとラモトリギンの処方比率がプラセボ群よりも大きく、プラセボ群ではリチウムの比率が大きい)、第2種の過誤が生じているかもしれない、

    *****

    ・気分安定薬の血中濃度との関連性などは過去の報告から気になるところではありますが、これまでのエビデンスと概ね整合性のある結果となりました。

    文献1:Ghaemi SN et al. J Clin Psychiatry. 2021 Jan 12;82(1):19m13136. doi: 10.4088/JCP.19m13136.
    文献2:J Clin Psychiatry. 2010 Feb;71(2):163-74.
    文献3:Lancet Psychiatry. 2016 Dec;3(12):1138-1146. doi: 10.1016/S2215-0366(16)30264-4.
    文献4:Bipolar Disord. 2018 Mar;20(2):97-170. doi: 10.1111/bdi.12609.
    文献5:日本うつ病学会治療ガイドラインⅠ.双極性障害 2020 https://www.secretariat.ne.jp/jsmd/iinkai/katsudou/data/guideline_sokyoku2020.pdf

  • ベースラインの重症度と治療反応性 2021年01月14日

    ・神経症圏の疾患について、ベースラインでの重症度と抗うつ薬への治療反応性を個別患者データによりメタ解析した論文(文献1)をとりあげてみます。

    ・大うつ病についてはPANDA study(文献2)のイントロに書いてあったように、patient level dataを用いた解析により、ここ最近の流れとしてはうつ病の重症度によらず抗うつ薬は有効であるとの報告が続いています。

    ・京大の古川先生ら(文献3)は、脱落データの取り扱いについてLOCFではなく混合効果モデルを用いて解析することで、抗うつ薬の治療反応性についてはベースラインの重症度と治療群との交互作用が有意ではないとの結論を報告されています。

    ・またHieronymusiら(文献4)は、17項目のHAM-Dからうつ病の症状に非特異的な項目を除外し、HAM-D6( 1. 抑うつ気分、2. 罪責感、7. 仕事と活動、8.精神運動制止、10. 不安の精神症状、13. 全身の身体症状の合計得点)を用いることにより、SSRIの治療反応性について、ベースラインの重症度と治療群との交互作用が有意ではなく、ベースラインの重症度によらず、軽症群でも治療効果が得られることを報告しています。

    ・ただし軽症群に対する抗うつ薬の効果が臨床的に有意といえる程度の効果かどうかということと、HAM-Dがそもそも軽症うつ病に対する評価尺度として妥当かどうかという問題もあります。

    ・今回はpatient level dataを用いた神経症圏の疾患についての報告となります。

    背景

    ・大うつ病については、抗うつ薬はベースラインの重症度が高いほど有効性が高いとする報告が複数ある。そのため、多くのガイドラインでは軽症うつ病に対して抗うつ薬の使用を推奨していない。しかし最近の報告では大うつ病の重症度と治療反応性には関連性がないとするものもあり、結論がでていない

    ・抗うつ薬は神経症圏の疾患に対して使用されるが、重症度と有効性の関連性はよくわかっておらず、試験毎でみた場合のメタ解析では、重症度が増すほど有効性が増すとの仮説は支持されていない。しかしそのようは手法による結論はpatient levelでの解析とは異なり誤った結論になる場合がある。そこでpatient level dataで解析を行った

    方法と対象

    ・SSRIないしSNRIを用いたプラセボ対照試験でClinical Study Data Requestより患者レベルデータを抽出されたものに加えてグラクソ社とリリー社より試験情報を提供

    ・主要評価項目として全般不安症ではHAM-A、社交不安症ではLSAS(Liebowitz Social Anxiety Scale)、OCDはY-BOCS、PTSDではCAPS(Clinician-Administered PTSD Scale)、パニック症では2週間でのパニック発作数を用いた

    ・全般不安症については8 RCTs(デュロキセチン 4 RCTsとパロキセチン 4 RCTs、抗うつ薬N=2088、プラセボ N=1342)、社交不安症は4 RCTs(パロキセチンのみ、抗うつ薬N=681、プラセボN=514)、強迫症は4 RCTs(フルオキセチン1 RCT,パロキセチン3 RCTs.抗うつ薬N=782、プラセボN=350)、PTSDは3 RCTs(パロキセチン 3RCTs、抗うつ薬N=612、プラセボ N=459)、パニック症は 10 RCTs(フルオキセチン 4 RCTs、パロキセチン 6 RCTs、抗うつ薬N=1160、プラセボN=991)

    結果

    ・ベースラインの重症度と治療反応性について、線形混合効果モデルで解析の結果、治療反応性に関して重症度×治療群の交互作用が有意であったのは全般不安症のみであり、社交不安症、強迫症、PTSDについては、ベースラインの重症度によらず、対プラセボの実薬の効果量は有意な変化なしとの結果になった。

    ・全般不安症では、HAM-Aベースライン10点の場合、8週後のプラセボとの差は1.4点、ベースライン30点の場合、8週後のプラセボとの差は4.0点との結果であった

    ・社交不安症については12週後の抗うつ薬群とプラセボ群とのSMD(Standardized mean difference) 0.59、強迫症では12週後のSMD 0.39、PTSDでは12週後のSMD 0.41との結果であった

    ・パニック症については実薬の対プラセボの発作頻度の減少率については発作頻度のlog尺度をとると、ベースラインの重症度による有意差はなかった。発作頻度の絶対値でみると、ベースラインの重症度が増すと有意に頻度が減少するとの結果になった

    コメント

    ・交互作用の有無のみで、軽症群に対する抗うつ薬の効果の有無について結論付けることはできないとは思います。重症度で層別化してサブグループで解析をしたたらどうなのかは気になります。少なくとも全般不安症の軽症群ではより精神療法を重視すべきということはいえるかもしれません。

    引用文献
    文献1:de Vries YA et al. Depress Anxiety. 2018 Jun;35(6):515-522. doi: 10.1002/da.22737. Epub 2018 Apr 16.
    文献2:Lancet Psychiatry. 2019 Nov;6(11):903-914
    文献3:Furukawa TA et al. Acta Psychiatr Scand. 2018 Jun;137(6):450-458. doi: 10.1111/acps.12886.
    文献4:Hieronymus F. et al. Lancet Psychiatry. 2019 Sep;6(9):745-752.

  • COVID-19と精神疾患 2021年01月07日

    ・新型コロナウイルス感染症が精神疾患患者にどのような心理的影響を与えるかについてのオランダでの縦断的研究の報告がlancet psychiatryに掲載されました(文献1)

    ・この報告はオランダの3つの精神疾患を対象としたコホート研究の参加者からデータを抽出し、ロックダウン開始後2-8週後にwebにて参加者の一部を対象に調査を実施しコロナパンデミック前のデータ(ただし一番最近でも4年くらい前のもの)と比較したものです。

    ・パンデミック前後でメンタルヘルスを比較したコホートは数少ない(精神疾患では初?)ため、貴重な報告にはなりますが、額面通りには受け取れないところもありますので、そのあたりも含めてまとめてみます。

    ・まずはこれまでに報告された、一般人口を対象としたパンデミック前後での精神的健康度についての比較研究がアメリカとイギリスで1報ずつありますので、簡単にまとめておきます。

    ・まずは2020年6月にJAMAで報告されたアメリカ成人を対象にした縦断的調査結果(JAMA 2020; 324: 93–94)についてです。

    ・この報告ではNORC's AmeriSpeak Panel(確率的に抽出された成人アメリカ人の代表サンプル)から対象者を抽出し、2018年には64.2%の回答率で25417名のデータが解析対象となり、2020年4月は70.4%の回答率で1468名のデータが解析対象となりました。

    ・心理的苦痛の評価尺度としてはKessler 6 Psychological Distress Scale(最近30日間の心理的苦痛を評価する自己記入式尺度。6項目で各項目4点満点。絶望感や無価値感などを頻度で評価。24点満点で13点以上が深刻な心理的苦痛とされた)で評価されました。

    ・また孤独感についても評価され、“どの程度頻繁に孤独感を感じますか?”との質問で5段階(いつも、しばししば、ときどき、まれに、決して)で評価されました。

    ・その結果、2018年の調査では3.9%が深刻な心理的苦痛を有するとされましたが、2020年4月では13.6%に上昇していました。COVID-19による心理的影響は、特に女性、若年者、同居者ありのサブグループでより深刻な傾向がみられました。

    ・孤独感については、孤独感が”いつも”ないし”しばしば”の割合は2018年に11%、2020年4月には13.8%でわずかに増加していました。

    ・18-29歳においては、深刻な心理的苦痛に分類される人の割合が2018年では3.7%でしたが、2020年4月には24%まで増加し、一方で55歳以上の年齢層では、2018年では約4%で2020年4月は7.7%と若年層ほどの心理的苦痛の増加はみられませんでした。新型コロナウイルスの心理的影響は若い人や女性ほど大きく、若年者では4人に1人が深刻なレベルの心理的苦痛を感じていた点に注意が必要と思われます

    ・続いてlancet psychiatryに報告されたイギリスでの一般人口を対象とした縦断的研究の結果(Lancet Psychiatry 2020; 7: 883–92 )です。

    ・16歳以上のThe UK Household Longitudinal Studyのエントリー者が対象(第6回から第9回調査まででN=53351、第8回ないし9回調査参加者N=42330)となりました。第8回ないし第9回調査に参加した人を対象にロックダウン開始1か月後の2020年4月23日から30日にウェブ調査が実施され42330人中17452名(41.25%)から回答が得られました。

    ・12-item General Health Questionnaire (GHQ-12)により過去2週間の精神的苦痛が評価されました。12項目中4項目以上で2点ないし3点であった場合(各項目3点満点)、心理的苦痛が閾値以上とされました。

    ・その結果、心理的苦痛が閾値以上の割合は、2020年4月は27.3%、2018-2019年では18.9%であり増加を認めました。

    ・また、GHQ-12の平均点の変化を経年変化率などで調整後にサブグループで比較すると、18-24才(2.69点)、25-34才(1.57点)、女性(0.97点)、就学前の子供のいる人(1.45点)、パンデミック前から雇用されている人(0.63点)、低所得者などで有意な精神的苦痛の増加を認めました。アメリカでの報告結果と同様、若年者や女性で心理的影響が大きく、就学前の子供がいる家庭でロックダウンによる精神的苦痛の増加が大きいことは注意を要する結果と思われます。

    ・以上が一般人口を対象とした縦断的調査の結果となります。今回の報告では、オランダでの3つの精神疾患患者と健常者を対象としたコホートが調査対象となりました。

    ・1つ目のコホートは、the Netherlands Study of Depression and Anxiety(NESDA:18-65才のうつ病と不安障害患者 N=2329とその血縁兄弟N=367、健常者N=652、エントリー2年目、4年目、6年目、9年目のQIDSなどのデータあり)であり、最終調査は2016年でした。

    ・2つ目のコホートはNetherlands Study of Depression in Older Persons (NESDO:60-93才のうつ病患者378名と健常者N=132。エントリー2年目、6年目のQIDSなどのデータあり)で、最終調査は2016年でした。

    ・3つ目のコホートはNetherlands Obsessive Compulsive Disorder Association Study (NOCDA:18-65歳の強迫性障害の診断歴のある419名。エントリー2年目、4年目、6年目のBAIなどのデータあり)で、最終調査は2016年でした。

    ・これら3つのコホート研究から参加者を募り、ロックダウン開始2-8週後にオンライン調査が実施され。現在も治療中かどうか、COVID-19の精神的健康への影響はどうか(9項目)、COVID-19への恐れはどうか(6項目)、前向きなコーピングはどうか(5項目)、さらに過去の調査で使用されたQIDS(うつ症状)、BAI(不安症状)、PSWQ(憂慮症状)、DJGLS(孤独感)などの精神症状の評価尺度も実施され、これら4つの尺度について、ロックダウン前後で比較されました。

    ・また、参加者はこれまでに診断された精神疾患の数(併存症の数:大うつ病、気分変調症、全般不安症、パニック症、社交不安症、広場恐怖の6つのうちいくつ併存するか)により分類されました。議論の余地はありますが、この併存症の数が重症度の指標とされました。また過去に行われた複数回の調査で非寛解であった頻度から疾患の慢性度が算出され、慢性度に応じて層別化され結果が解析されました。

    ・その結果、精神疾患併存数が多ければ多いほど、また疾患の慢性度が高いほど、COVID-19による精神的健康への影響が大きく、COVID-19への恐れが大きく、前向きなコーピングに乏しいことが明らかになりました。

    ・一方で、パンデミック前と比較した精神症状の変化については、意外なことに併存する精神疾患の数が少ないほど、変化が大きく(孤独感、憂慮、不安については重重症度の高い上位3群では有意差なし)、COVID-10流行前の精神疾患の併存数が最も多い群(5ないし6個の併存疾患あり)では、逆にうつ症状、憂慮症状は2016年までの結果と比較して有意に軽減している傾向がみられました。健常者や併存疾患の少ない患者程うつ症状や不安症状、孤独感などの悪化が大きい結果となりました。

    ・論文のdiscussionでは、併存疾患の多い群についてCOVID-19流行後に流行前の数値と比較してむしろうつ症状や憂慮症状が改善していたことについては、移動制限などにより自分の生活スタイルに周囲が同調することで安心感を得たり、ステイホームが彼らが固定化された生活スタイルを送ることの支援となり安全感を得ることにつながったのかもしれないと考察されていますが、このような解釈については慎重になる必要があると思われます。むしろ、これも著者らが記載していることですが、併存疾患の多い群が、自然経過によりうつ症状や憂慮症状が改善し、一見COVID-19流行後に精神症状が改善したように見えてしまっている、と解釈した方が合理的な気がします。

    ・実際に論文のappendixにも記載がありますが、過去の調査において、併存疾患の多い群については、調査回数を重ねる毎に精神症状の平均値については、経時的に改善がみられています。COVID-19流行前の最終調査が2016年であったことを考えても、最低でも4年間のタイムラグがありますので、重症群全体でみた場合に平均値が改善する方向に動いていると考えるのが自然であり、この経時的な変化も統計的に調整し、結果を解析できれば良かったのかもしれません(先の健常者を対象としたLancet Psychiatry 2020; 7: 883–92の論文では、スコアの経時的変化について調整し解析が行われています)。少なくとも言えることは、重症群ではおしなべるとパンデミック前の状態を上回って精神症状が悪化するという仮説は支持されなかったことになります。

    ・日本国内ではどうかという点についても興味があるところです。例えばデイケアが閉鎖されたり、訪問看護サービスなどが縮小するなどしたことにより、どのような心理的影響があったのかについて、今後検討された論文がでると興味深いと思います

    引用文献
    文献1:Pan KY et al. Lancet Psychiatry. 2020 Dec 8:S2215-0366(20)30491-0. doi: 10.1016/S2215-0366(20)30491-0.

     

  • Endoxifen 2020年12月29日

    ・エンドキシフェンはエストロゲン受容体陽性の乳癌治療薬候補であり、タモキシフェンの活性代謝物です。抗エストロゲン作用により乳癌の増殖を抑制するとされています。またプロテインキナーゼC阻害作用を有しており、血液脳関門の透過性を有するとされています

    ・今回、エンドキシフェンの急性躁病エピソードに対するインドでの第3相試験の結果が報告されました(文献1)。Jina製薬などがスポンサーとなり実施された試験のようですが、clinicaltrials.govにエントリーされていなくてどうなのかなと思うところはあります(結果がnegativeの場合に非公表となるなどの懸念から。インドのレジストリにはエントリーされているようです)。ただし、前駆物質のタモキシフェンは以前から抗躁作用を有する可能性は注目されていて双極性障害の国際的なガイドラインの一部(CINP2017年版:文献2)にも記載があり、もともと注目はされていました。

    ・CINP2017年版では、急性躁病ないし混合性エピソードに対する治療選択肢の第4段階として、タモキシフェン単剤療法ないしリチウム/バルプロ酸との併用療法が記載されています。第3段階にはセレコキシブの文字もあり、ガイドラインの割にあまり土台がしっかりしていない治療法の記載もあって、かなりchallengingなガイドラインだなあと当時思った記憶があります。

    ・そもそもなぜエンドキシフェンが躁病に効果があるとされるのか?それは躁病の病態仮説にプロテインキナーゼC経路が関与しており、リチウムもバルプロ酸もこの経路への作用を通じて抗躁作用を発揮するのではないかとの仮説があるため(文献3)で、プロテインキナーゼC阻害作用を有するエンドキシフェンが効くのではということのようです。

    ・2008年には小規模のプラセボ対照無作為割付比較試験が行われ(文献3)、positiveな結果も報告されています。

    。今回の第3相試験では、18-65才の急性躁病エピソード(DSM-V:双極I型障害)入院患者228名(YMRS20点以上かつ中核4症状(破壊的-攻撃的行為、易怒性,会話(速度と量の増加))のうち2項目以上で2点以上、CGI-BP4点以上かつこれまでに気分安定薬ないし抗精神病薬1剤以上で治療反応歴があるもの)が対象となりました。

    ・試験期間は21日間でactive control(divalproex 1000mg)対照で無作為割付二重盲検比較試験で行われました。アカシジア、焦燥性興奮への対処としてロラゼパム、ジアゼパムの併用は許可され(実際に併用されたのは両群ともに1割程度)、リスペリドン、ハロペリドールの屯服としての併用は許可されました

    ・主要評価項目は21日間のYMRSの変化量でした。また副次評価項目として反応率(YMRS50%以上の改善率を示した割合)なども評価されました。

    ・エンドキシフェン8mgに116名、divalproexに112名が割付されました。21日後のYMRSの変化量はエンドキシフェン群 15.6点、divalproex群 15.8点で有意差なく、両群ともにベースラインからの躁症状の有意な改善効果を認めました。反応率はエンドキシフェン群49%、divalproex群50%でした

    ・副作用による脱落はエンドキシフェン群1名、divalproex群で0名であり、頻度の高い副作用としてはエンドキシフェン群では頭痛7.8%(divalproex群:3.6%)、落ち着きのなさ2.6%(divalproex群0%)、嘔吐4.3%(divalproex群 3.6%)、不眠3.5%(divalproex群 4.5%)などでした。

    ・というわけで結果はdivalproexと同等の有効性が示されて、安全性もまずまずということのようでした。果たしてインドで承認されるのでしょうか?エンドキシフェン8mgがタモキシフェン換算でどの程度の量なのかわからなかったのですが、文献3ではタモキシフェンの平均用量は41.8mgでした。両者の分子量はほとんど変わらないようですので、タモキシフェン換算でも同じくらいとみていいのでしょうか。タモキシフェンの1日用量は20-40mgとされていますので、臨床用量の半分以下の用量で効果が認められたと考えていいのかもしれません。

    ・躁病治療においては急性期のみならず維持療法期間を見据えた治療選択を考慮する必要がありますので、長期安全性や有効性などについても重要な指標となります。プロテインキナーゼCは正常ではがん抑制性に作用しているとの報告(Cell. 2015 Jan 29; 160(3): 489–502.)もあり、長期的安全性についての検証も必要です。また抗エストロゲン作用のない選択性の高いプロテインキナーゼC阻害剤についてはどうなのか。プロテインキナーゼCの複数のアイソザイムについて、どのアイソザイムへの阻害作用が有用なのか、プロテインキナーゼC活性化剤を投与したモデル動物は躁病モデル動物になりうるのか?など、細かい疑問はいろいろありますが、今後の検証課題かもしれません。

    引用文献
    文献1:Ahmad A. et al. Bipolar Disord. 2020 Dec 25. doi: 10.1111/bdi.13041. Online ahead of print.
    文献2:Int J Neuropsychopharmacol. 2017 Feb 1;20(2):180-195. doi: 10.1093/ijnp/pyw109.
    文献3:Arch Gen Psychiatry. 2008 Mar;65(3):255-63. doi: 10.1001/archgenpsychiatry.2007.43.

     

  • アセナピン貼付剤 2020年12月22日

    ・アドヒアランス向上のため、いろいろな剤型、投与経路があるのは望ましいことです。

    ・日本では2019年9月10日にロナセンテープが発売となりましたが、アメリカではちょうど同時期の2019年10月にアセナピン貼付剤がFDAにより承認されました。

    ・いずれ日本にも入るといいなと思うのですが、両薬剤の薬物動態や臨床試験などについてまとめておきます。

    ・アセナピンの長所としては主にグルクロン酸抱合で代謝されるため、肝機能障害があっても代謝遅延や蓄積などの心配があまりないことです。ブロナンセリンは主としてCYP3A4で代謝されます。

    ・単回投与の際、アセナピン貼付剤のTmaxは約16時間、半減期30時間(文献1)とされています。ブロナンセリン貼付剤はTmax約25時間程度、半減期約42時間時間でブロナンセリン貼付剤の方がいずれもやや長いようです。

    ・アセナピン貼付剤については熱を加えると吸収速度が倍になる(約8時間)ため、炎天下や電気毛布などで熱する場合には要注意のようです。ブロナンセリンパッチはどうなのでしょうか。

    ・ブロナンセリンパッチの第3相試験の結果は文献2にて公表されています。

    ・アセナピンパッチの第3相試験の結果は文献3にて公表されています。

    ブロナンセリンパッチの第3相試験の概略(文献2)

    ・6週間のプラセボ対照二重盲検無作為割付比較試験
    ・参加者:18歳以上の統合失調症(DSM-5)患者。最近2カ月以内で精神症状悪化したもの
    ・PANSSの妄想、概念の統合障害、幻覚、猜疑心、不自然な思考内容のいずれか2項目以上で4点以上、かつPANSS total 80点以上など
    ・主要評価項目:PANSS totalの6週間での変化量
    ・ブロナンセリンパッチ40mg N=196
    ・ブロナンセリンパッチ80mg N=194
    ・プラセボ N=190
    ・結果:参加者平均年齢: 40.9才、平均罹病期間:13.8年、 ベースラインのPANSS total平均: 100.9点
    ・6週後のブロナンセリンパッチ40mgのPANSS totalのプラセボとの差:平均 -5.6 点(95%CI -9.6~-1.6 ) 有意差あり
    ・6週後のブロナンセリンパッチ80mgのPANSS totalのプラセボとの差:平均 -10.4 点(95%CI -14.4~-6.4 )  有意差あり
    ・中断は、プラセボ群52名(うち副作用による中断17)、ブロナンセリンパッチ40mg群 47名(うち副作用17名)、ブロナンセリンパッチ80mg群 33名(うち副作用12名)

    アセナピンパッチの第3相試験の概略(文献3)

    ・6週間のプラセボ対照二重盲検無作為割付比較試験
    ・参加者:18歳以上の統合失調症(DSM-5)患者で自発入院患者
    ・3から14日間のプラセボ run-in期間。この期間でPANSS totalが20%以上改善ないしパッチが合わない患者は除外
    ・急性増悪期。CGI-Sで4点以上かつPANSS total 80点以上かつ概念の統合障害、妄想、幻覚による行動、不自然な思考内容のいずれか2項目以上で4点以上
    ・主要評価項目:PANSS totalの6週間での変化量
    ・アセナピンパッチ7.6mg N=204
    ・アセナピンパッチ3.8mg N=204
    ・プラセボ N=206
    ・結果:参加者平均年齢:42.0才、平均罹病期間:15.7年、ベースラインのPANSS total平均:96.7点
    ・6週後のアセナピンパッチ7.6mgのPANSS totalのプラセボとの差:平均 -4.8点(95%CI -8.06 ~-1.64) 有意差あり
    ・6週後のアセナピンパッチ3.8mgのPANSS totalのプラセボとの差:平均 -6.6点(95%CI -9.81 ~-3.40 ) 有意差あり
    ・中断は、プラセボ群44名(うち副作用による中断14名)、アセナピンパッチ7.6mg群 46名(うち副作用18名)、アセナピンパッチ3.8mg群 38名(うち副作用10名)

    コメント

    ・忍容性は両者同等のようです。アセナピンパッチはなぜか3.8mgが数値的に上回る結果となりました。ブロナンセリンパッチ80mgの結果が良さげにみえたので、ここからは遊びですが、ネットワークメタ解析にかけてみました。

    ・pubmedで調べてひっかかる介入試験はこの2つだけですし、ベースラインの患者特性もそこまで違わないのでまあいいでしょう。ただアセナピンパッチの試験はプラセボrun-in期間があり、試験にエントリーされた患者の質が異なるのはこうして比較する際によろしくないことではあります。そこは目をつむってやってみます。

    ・使用ソフトはRでnetmetaパッケージを用いて頻度論によるネットワークメタ解析を行いました。

    ・結果は図の通りでアセナピンパッチ7.6mgを基準にすると有意差が出てしまってますが、遊びでしたことなので、コメントは差し控えます。アセナピンパッチの試験でもプラセボ反応率が大きい(6週間で15点くらい)のが印象的でした。今後日本でも発売されれば一つの治療選択肢になりそうです。

    fig01

    fig02


    文献1:Carrithers B et al. Patient Preference and Adherence 2020:14 1541–1551
    文献2:Iwata N. et al. Schizophrenia Research 215 (2020) 408–415
    文献3:Citrome L. et al. J Clin Psychiatry 2021;82(1):20m13602

     

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