その他

  • 備忘録

    ・忘れないでおきたい小ネタをいくつか書き留めておきたいと思います。

    診断分類の話とか

    ・診断カテゴリーの細かいことはなかなか覚えづらいのですが、専門医試験で聞かれることもあるみたいなので、無視もできないことになります。DSM-IVの身体醜形障害は身体表現性障害下に分類されていましたが、DSM-Vでは強迫症および関連症群下に分類されています。ICD-10では身体醜形障害は独立した病名として存在せず、身体表現性障害下の心気障害に含まれています。ICD-11では心気障害が心気症として強迫症または関連症群のカテゴリー下に移されました。またICD-11では身体醜形症として心気症から独立しました。適応障害はICD-11では適応反応症へ病名変更。このような変更点はまだまだたくさんあるのでまとめておこうかと思いましたが、気力がわきません。DSM-IV-TRで研修した身としては、病名の変更など、患者さんの利益にすぐにつながりにくいことについては、なかなかなじみにくいことではあります(多分専門が精神科以外の先生はもっと戸惑われると思います)

    ALS plateauとreversal

    ・PRO-ACTデータベースには、様々な臨床試験におけるALSのデータが集積されており、それを用いて一定期間において進行が停止する(プラトーになる)もしくは改善(reversal)する割合がどの程度かについての報告(Neurology. 2016 Mar 1;86(9):808-12.)がありました。最近中国からの前向き観察研究の結果が報告(J Clin Neurosci. 2022 Jan 21;97:93-98)されたのですが、こちらの方が大規模データなので、小規模試験の結果を解釈する際に参考になるのでまとめておきます。特に10例程度の症例報告で一部に進行停止がみられたなどの報告がある場合に、その結果がどの程度確からしいのかについて批判的に吟味する際に役にたちそうです。

    ・PRO-ACTデータベースによると、ALSFRS-Rの変化量でみた場合、6カ月間では25%が進行せず(対象者数3132名)、12カ月では16%が進行せず(2105名中)、18カ月間では7%が進行しなかった(1218名中)。reversalについては、180日間で14%(1343名中)がALSFRS-Rの変化量が0を超えた(改善した)とのことです。。この結果に関する注意点は、PRO-ACTデータベースへの参加者で構成されており、主に無作為割付比較試験への参加者であるため、実際の患者層の状態変化を反映していない可能性がある点です。四肢発症型の118名を対象とした前向き観察研究(J Clin Neurosci. 2022 Jan 21;97:93-98)では、6カ月間でのreversalの割合が8.47%であり、3か月間でのプラトーの割合はだいたい20-25%程度と報告されています。これらの結果から得られることは、例えば10名を対象とした小規模試験を行う場合、この規模の試験ではそもそもが病気の進行について何か言える試験規模ではないのですが、予備的な結果として、6カ月間で5名が進行停止しましたという結果が得られた場合、非常に大雑把な検定をすると、統計的に有意な結果とはいえないということになります。

    ADHD治療薬と物質乱用リスク

    ・ADHD治療薬、特に精神刺激薬(メチルフェニデートなど)と物質乱用リスクについてです。勉強会ではlancetの総説(Lancet. 2020 Feb 8;395(10222):450-462)を使ったりしていたのですが、その中において、精神刺激薬が物質乱用や依存の可能性を高めるかもしれないという懸念について、2014年の観察研究の報告(J Child Psychol Psychiatry. 2014 Aug;55(8):878-85.)が引用されていたのでまとめておきます。結論からいうと、3年程度の観察期間において、ADHD患者全体としては、非ADHD患者よりも物質乱用リスクは高かったものの、ADHD患者内で検討した場合、精神刺激薬を使用していた群は、使用していなかった群と比較して、物質乱用リスクは各種共変量(年齢、性別、服薬状況、精神疾患、社会経済状況など)についてCox回帰分析にて調整した結果、31%程度有意に低くなるとの結果でした。SSRIの使用の有無で物質乱用リスクを比較したところ、ハザード比は1.04と有意差はありませんでした。ADHD治療薬は犯罪率の減少にもつながりうるとの報告(N Engl J Med 2012; 367: 2006–14.)もあり、いずれも観察研究からの帰結ではありますが、長期的有益性を支持する結果といえそうです。しかし精神刺激薬については耐性などの問題もあり、その適応には慎重になる必要があります。

    上市される割合はどのくらいか

    ・世界のバイオ技術関連企業などが設立した団体であるThe Biotechnology Innovation Organizationというところが、2011年から2020年までの臨床試験の成功率などを分野毎にまとめて公表しています(https://www.bio.org/clinical-development-success-rates-and-contributing-factors-2011-2020)。
    ・神経変性疾患領域でのここ最近の第3相試験の惨敗状況(NurOwn細胞やtofersen、レボシメンダン、aducanumabはさておき、その他の抗Aβ抗体、BACE阻害薬など)をみると、ここまで第3相からNDAに行く割合が高い(53.1%)とは思っておらず意外な数字でした。
    ・ここまで高い数字になっているのは、基礎から開発された薬剤のみならず、例えば注射薬の経口薬版とか(最近だとエダラボンの経口薬)の第3相試験も含んでいるからかなと思います。

     

  • シグマ1受容体のこと

    ・今年もよろしくお願いいたします。

    ・もともとシグマ1受容体のことがよくわからなかったのですが、益々わからなくなる論文(文献1)が出たので、記事にしておきます。シグマ1受容体が主に小胞体上に存在する細胞内受容体ということ。シャペロンとしての機能も有するようだということ。そのあたりはいいのですが、フルボキサミンがシグマ1受容体のアゴニストだから精神病性うつ病に有効かもしれないという考察があることが理解できてませんでした。

    ・フルボキサミンの膜透過性がどうなのかということですが、細胞内に入って細胞内の受容体に作用する物質として、ステロイドや甲状腺ホルモンなど疎水性物質があるようです。フルボキサミンは構造的にどうなのでしょうか。親水基があるので、細胞内にまでそう簡単に入っていくようにはみえないのですが。そもそも血液脳関門を透過するので、脂溶性が高いのでしょうか。そう思ってちょっと調べると文献2にフルボキサミンの膜透過性についての記述がありました。「フルボキサミンの酸解離定数は8.86くらいで、生理的pHの範囲内では極性を持ちにくく、イオン化しにくい塩基性物質なので、膜を透過しやすい」そうです。ということで、細胞内受容体に作用するという事は、ありのようです。

    ・続いて、精神病性のうつ病にフルボキサミンが効果があるのではないかという説があるようですが、これについても臨床的なエビデンスはありません。そもそもこのような話が出現した背景には、1990年代後半からの1つのグループからのいくつかの報告があります。いずれも単一のグループ(Zanardiら)からの小規模な報告であり、これらの報告についてもフルボキサミンの優位性を示したわけではないので(メッセージとしてはフルボキサミンのみならず、ベンラファキシンも、セルトラリンも単剤で精神病性うつ病に効果があるかもしれませんというメッセージ)、シグマ1受容体へのアゴニスト作用があるからといって、それがフルボキサミンにとって特別になんらかのメリットになっているとは読み取れないのです。

    ・1つ目の報告は文献3になります。この論文では、平均年齢50.6歳の精神病性のうつ病エピソード(DSM-III-R)患者59名を対象に、オープン試験で6週間、フルボキサミン300mgにて有効性を検証したものです。

    ・6週間でのresponse rateが主要評価項目でしたが、このresponseはHAM-D21で8点以下かつDimensions of Delusional Experience rating scaleで0点ということで、ほぼ寛解といってもいい定義になっていました。結果は、脱落がわずかに2名、response rate 84.2%とすごい数字が報告されました。精神病性うつ病に対して抗うつ薬+抗精神病薬での治療を行っても、ここまでの高い寛解率は介入試験では報告されておらず(例えばセルトラリン+オランザピン(STOP-PD試験)では12週間で41.9%(Arch Gen Psychiatry. 2009 AUG;66(8):838-47)、ベンラファキシン+クエチアピンでは7週間で41.5%(Acta Psychiatr Scand. 2010 Mar;121(3):190-200.)など)臨床的な感覚とかなり乖離を感じる数値となっています。

    ・2つ目の報告は文献4になります。この報告では、28名の精神病性の特徴を有する大うつ病(DSM-IV)患者が対象となり、フルボキサミンないしベンラファキシンに無作為割付され6週間観察されました。文献3と同じくresponseはHAM-D21で8点以下かつDimensions of Delusional Experience rating scaleで0点で定義され、寛解と言っていい定義になっていました。その結果、6週間でのフルボキサミンの反応率78.6%、ベンラファキシンは58.3%で有意差なく、どちらも効果が期待できそうだという結論になっています。

    ・さらに3つ目の報告(文献5)では、フルボキサミンは入っていませんが、セルトラリン(150mg/day)とパロキセチン(50mg/day)が、精神病性のうつ病エピソード(DSM-III-R)患者46名(大うつ病が32名、双極性うつ病が14名)を対象に、二重盲検で6週間、有効性が比較されました。responseの定義は文献3、文献4と同じくHAM-D21で8点以下かつDimensions of Delusional Experience rating scaleで0点で定義されました。その結果、6週間での反応率はセルトラリン群75%、パロキセチン群46%であり、OC解析では有意差なし(ITT解析では有意差あり)との結果でした。ここで注目すべきはセルトラリン群の反応率もかなり高い数字である点です。セルトラリンは文献6によるとシグマ1受容体に対しては機能的にはアンタゴニストとして作用すると解説されています。

    ・そういうわけで、シグマ1受容体アゴニストとされるフルボキサミンも、シグマ1受容体アンタゴニストとされるセルトラリンも、精神病症状を伴ううつ病に対して単一グループからの報告では、かなりの良好な治療反応率が報告されているわけで、治療反応性をシグマ1受容体で説明することはどうなんだろうと思っていたのです。

    ・ちなみにZanardiらは別にフルボキサミンがシグマ1受容体に親和性が高いので、精神病性うつ病に効果があったのではなどという主張はしていません。このような話がでてきたのは、かのStahl先生がこちらの論文(CNS Spectr. 2005 Apr;10(4):319-23. doi: 10.1017/s1092852900022641)でそのような議論をされたからではないかと思われます。

    ・そして益々わけがわからなくなったのが文献1の報告です。この報告では。SOD1変異ALSモデルマウスに対してシグマ1受容体のアゴニスト(PRE-084、SA4503)とアンタゴニスト(BD1063)が投与され、その効果が検証されました。その結果アゴニスト(PRE-084)もアンタゴニスト(BD1063)もいずれもモデルマウスの神経筋接合部機能を対照群と比較して有意に保存し、運動神経細胞数も有意に保持される結果となりました。シグマ1受容体に対して正反対の作用をするはずの両薬剤が、いずれも治療的効果を発揮したことの理由については、シグマ1受容体のリガンドの分類方法そのものに問題があるのではないかということが考察されています。

    ・この報告ではアゴニストとアンタゴニストの分類については、シグマ1受容体と、同じくシャペロン分子であり、シグマ1受容体と結合するBiP(binding immunoglobulin protein)との相互作用に対する影響で定義されていますが、このようにして分類した場合、同じアゴニスト同士でも機能が異なるものが生じるということです。具体例として、シグマ1受容体アゴニストのSA4503は、神経筋接合部においてカイニン酸による活性化およびブラジキニンによる活性化後に細胞質カルシウムイオン濃度を正常化したのに対し、同じシグマ1受容体アゴニストとされるPRE-084はいかなる有意な効果も及ぼさないことがあげられています。このような事実から、Gaja-Capdevilaらは、シグマ1受容体リガンドは、効果の微妙なバランスで異なる経路の活性を促進する可能性があり、アゴニストまたはアンタゴニストという従来の単純な分類は当てはめることができないのではないか、アンタゴニストとされるBD1063は実は機能的に部分アゴニスト作用を有しているのではないかとなどと考察されています。というわけで、セルトラリンも機能的には部分アゴニスト作用とされるような機能を発揮するのでしょうか。わかりませんが少なくともシグマ1受容体への作用については、単純にアゴニスト、アンタゴニストと言わず、もう少し活性化する細胞内シグナル経路により細かく分類した方がいいのかもしれません。

    ・ここ最近盛り上がっているのはフルボキサミンのCOVID-19に対する効果ですが、これについてもシグマ1受容体との関連で議論されており、2つの異なるグループからの介入試験の報告で有効かもしれないと言われているようですが、まだ第1種過誤の可能性はぬぐえず、結論はだせないと思われます。現在実施中の4つの大規模臨床試験の結果を待ちたいところです。

    文献1:Núria Gaja-Capdevila et al. Front Pharmacol. 2021 Dec 10;12:780588. doi: 10.3389/fphar.2021.780588. eCollection 2021.
    文献2:Front Pharmacol. 2021 Apr 20;12:652688. doi: 10.3389/fphar.2021.652688. eCollection 2021.
    文献3:Gatti F, Bellini L, Gasperini M, Perez J, Zanardi R, Smeraldi E. Am J Psychiatry. 1996 Mar;153(3):414-6. doi: 10.1176/ajp.153.3.414.
    文献4:R Zanardi 1, L Franchini, A Serretti, J Perez, E Smeraldi J Clin Psychiatry. 2000 Jan;61(1):26-9. doi: 10.4088/jcp.v61n0107.
    文献5:Am J Psychiatry. 1996 Dec;153(12):1631-3. doi: 10.1176/ajp.153.12.1631.
    文献6:Ann Gen Psychiatry. 2010 May 21;9:23. doi: 10.1186/1744-859X-9-23.

  • これはどうなるのか

    ・Biogen社は同社の10月14日付press releaseにおいて、同社がAmerican Neurological Association Annual Meeting 2021において発表したTofersenの第3相試験結果を公表しました

    ・TofersenはSOD1変異家族性ALSに対する治療薬候補として開発されたアンチセンス・ヌクレオチド製剤であり、SOD1 mRNAに結合し、変異SOD1蛋白質の発現を阻害することにより、病態改善効果を期待するものです。

    ・この第3相試験(NCT02623699)では、108名のALS患者が対象となり、プラセボ対照で28週間、tofersenの有効性や安全性などが検証されました(tofersen群 72名、プラセボ群 36名)

    ・Tofersenは28週間で合計6回くも膜下腔内に投与されたようです。主要評価項目は28週間でのALSFRS-Rの変化量でした。

    ・既に結果が報告された(N Engl J Med. 2020 Jul 9;383(2):109-119)第1/2相試験では、最高用量において髄液中SOD1蛋白質濃度がプラセボに比較して33%減少しており、ALSFRS-Rの平均変化量もプラセボに比べて12週間で4点以上の差があり(症例数が少なく、有効性に関する議論はできない状況でしたが)、第3相試験はいけるんちゃうかなと思わせるものでした。Biogen社はSMAに対するスピンラザでも、アンチセンス・オリゴヌクレオチド製剤の実用化を実現しており、実績があるので、まあ大丈夫じゃろうくらいに思っていました。

    ・結論は残念ながら主要評価項目は達成できず、28週でALSFRS-Rのプラセボとの差は1.2点(p=0.97)でした。第1/2相での好ましい結果についてはsmall study effectとして解釈できるものであったのかもしれません。

    ・一方で、副次評価項目である髄液中SOD1蛋白質濃度はプラセボ群と比較して、急速進行群では38%、緩徐進行群では26%の減少ということで、そこまで大幅な減少とはいえないのかもしれませんが、概ね第1/2相試験の結果を再現するものでした。別の副次評価項目の血漿中ニューロフィラメント軽鎖量は急速進行群では67%、緩徐進行群では48%の減少ということで、こちらも望ましい結果ということになりそうです。他の副次評価項目の静的肺活量などは有効性について有意差までいかないもののtrendがみられたということです。症例数がそこまで多くはないので、検出可能な差は小さくはなく、definitiveなことは言えないのかもしれません。

    ・Biogen社といえば、aducanumabの前例(臨床的効果に基づく承認ではなく、アミロイドβプラークを減少させることができるという事実に基づく承認)があるので、今回のバイオマーカーの望ましい変化についてはどう判断されるのでしょうか。

    ・ただ、tofersenの場合には、もう1つ別の第3相試験(NCT04856982)が既に開始されていて、発症前のSOD1変異家族性ALS患者を対象にした試験が行われている最中です。FDAの判断はこちらの試験結果が出てからになるのかもしれません。神経変性疾患においては、発症後に原因物質候補を除去してもあまり治療的効果は期待できないということなのでしょうか。

    ・またアメリカ版の患者申出療養制度ともいえるExpanded Access Programにおいて、tofersenはなんと無料で提供されうるとの記載があり、これまでこの種の制度には高額の自己負担費用がかかるものと思っていたので驚きました。財源はどこから拠出されるのかについても興味があるところです。

  • イントラボディ

    ・細胞外の物質に対して抗体で何とかしようという治療戦略はわかるのですが、細胞内抗体(イントラボディ)なるもので、細胞内凝集体を何とかしようという治療戦略があることを最近知りました。

    ・例えば滋賀医科大学の研究グループの報告(Sci Rep. 2018 Apr 16;8(1):6030. doi: 10.1038/s41598-018-24463-3)とかですが、TDP-43の特定の部位を認識するモノクローナル抗体から一本鎖フラグメントを抽出し、それをコードする遺伝子を細胞内にウイルスベクターなどで注入し、細胞にそのイントラボディを発現させて、蛋白質分解機構による凝集体分解を誘導させようということのようです。これは以前こちらの記事で紹介した手法(https://keiwakai-ohda.jp/byoin/greeting/incho_blog/2021/06/?page=2)と本質的には変わらないかと思います。うまくいけば革新的なことです。

    ・このような創薬戦略はベンチャー企業でも研究されていて、先のSOLA社の他に、抗体医薬品の開発を主に行っているProMIS Neuroscience社は、各種神経変性疾患における凝集体に対する抗体を開発しています。Aβプラークに対する抗体(PMN310)も開発していて、こちらの資料(https://promisneurosciences.com/wp-content/uploads/2021/08/PromIS-OV-Aug-8-2021.pdf)ではaducanumabと比べてARIA-E(Amyloid Related Imaging Abnormality-Edema)がないのだということで安全性が強調されていたりします。

    ・ProMIS社の資料によると、同社が開発中のTDP-43に対する細胞外投与されるモノクローナル抗体では、折り畳み異常TDP-43蛋白質の細胞間の伝播を抑制した(プリオン様の異常伝播メカニズムが推定されている)とか、イントラボディに関しては、細胞内のTDP-43凝集体がリソソームによる分解経路により減少したとか、基礎実験ではいろいろ報告されているようです。近々臨床試験開始のニュースが出てくるかもしれませんが、個人的には国産の滋賀医大の研究の進展を応援したいところです。こういうところで日本と海外との資金力の差が出るとすれば残念なことです。

  • この先に道があるか

    ・まだ細胞モデル段階での研究ですが、ALSの病態解明に向けて、もしかしたらブレイクスルーになるかもしれないと期待される報告がでました。


    ・よくわからないけど面白そうなお話なので、少しまとめておきたいと思います。この研究の舞台となるのは、核細胞質間輸送の構成要素です。ちょうどよい総説(Neurobiol Dis. 2020 July ; 140: 104835. doi:10.1016/j.nbd.2020.104835)があったので、このイントロから少しまとめてみます。


    ▽核細胞質間輸送の制御に関わる蛋白質群には、大別して1)核膜孔複合体を構成するヌクレオポリン、2)核膜孔複合体を介して選択的にRNAや蛋白質輸送体をシャペロンで輸送する核輸送受容体、3)核原形質と細胞質における核輸送受容体に特異的な輸送体の運搬と放出を制御し、輸送の方向性を決定する低分子GTPaseであるRanとそれに付随する蛋白質群の3つがある。


    ▽核膜孔複合体は、30種類以上のヌクレオポリンからなる蛋白質複合体で、中央チャネルにフェニルアラニン・グリシンリッチヌクレオポリンが存在し、核に出入りする物質を厳密に制御しており、局在化または核輸出シグナルを付与された大型蛋白質のみが、核輸送蛋白質に結合して核膜孔を通過することができる。


    ▽個々の核には数百から数千個の核膜孔複合体が存在し、数と密度は、細胞周期や細胞の種類によって変化する。ヌクレオポリンの中には、細胞内で最も寿命の長い蛋白質があり、一度核膜孔複合体が形成されると、細胞の一生の間にほとんどないし全く入れ替わることがないものもある。したがって、核膜孔複合体の機能を損なうようなわずかな変化であっても、時間の経過とともに蓄積されると、核膜孔輸送の障害や細胞質内の核蛋白質の蓄積、さらには細胞死につながりうる。そのため核膜孔複合体は、神経変性疾患で観察される遅発性の神経細胞特異的な細胞死を説明する有力な病態部位であると考えられている。


    ▽ALS/FTDでは本来核内にあるはずのRNA結合蛋白質が細胞質内に異常局在化する病態が知られており、 TDP-43蛋白症は、ALSのおよそ97%、FTDのおよそ45%に存在するが、FUS異常局在化はあまり一般的ではなく、ALSの1%、FTDの9%程度である。


    ▽ここ最近ではC9orf72遺伝子変異ALS/FTDのみならず、孤発性ALSにおいても、核膜孔複合体の機能的、形態的異常が報告されており、様々なタイプのALSにおける共通した病態である可能性が指摘されている。


    ・というわけで、このところ注目の核膜孔複合体ですが、今回の論文(Coyne AN et  al. Sci Transl Med. 2021 Jul 28;13(604):eabe1923. doi: 10.1126/scitranslmed.abe1923.)では、核膜孔複合体の品質制御に関わるCHMP7という蛋白質が核内に増加することが、TDP-43蛋白症の引き金になるのではということが報告されました。TDP-43蛋白症の上流に位置するC9ALSおよび孤発性ALSに共通する病態がみつかったかもしれない、ということで注目されています。


    ・今回の報告では、孤発性ALSの病態をモデルマウスで再現することはできないため、患者由来iPS細胞が使用されました。Coyneらのこれまでの研究で、C9orf72遺伝子変異ALS患者由来iPS細胞を用いた研究において、核膜孔複合体と核原形質においてPOM121をはじめとする特定の8つのヌクレオポリンが大幅に減少していることが報告されています。しかしこれら特定のヌクレオポリンがなぜ減少するかはわかっていませんでした。今回Coyneらは、核内CHMP7蛋白質の増加が、この原因となりうることを示しました


    ・Coyneらは、構造化照明顕微鏡法を用いて、C9orf72遺伝子変異ALS患者iPS細胞由来運動神経細胞および、孤発性ALS患者iPS細胞由来運動神経細胞における核膜孔複合体を観察し、両者に共通して、Nup50、TPR、POM121、Nup133などのヌクレオポリンが減少していることをみいだしました。そこから、両ALSのサブタイプに共通した病態機序が存在するのではという発想に至りました。


    ・続いて核膜孔複合体の恒常性維持に重要な役割を果たす蛋白質であるCHMP7に着目し、構造化照明顕微鏡法を用いて、C9変異ALS患者由来の運動神経細胞と、孤発性ALS患者由来の運動神経細胞を観察したところ、いずれも、核内でCHMP7が対照と比較して有意に増加していることがわかりました。このCHMP7の増加は、ヌクレオポリンの減少に先立って起こっており、CHMP7増加がヌクレオポリン減少の原因であることを示唆する結果でした。


    ・またCHMP7は通常XPO1/CRM1により核外に排出されますが、CHMP7のXPO1結合部位に変異を導入し、XPO1と結合しないCHMP7を作成し、iPS細胞由来運動神経細胞の核内においてCHMP7を増加させたところ、細胞質内にTDP-43の凝集体が形成されました。核内CHMP7増加に伴う核膜孔複合体の機能不全が、TDP-43の細胞質内への異常局在化の原因であることを示唆する結果となります。


    ・さらにCHMP7のmRNAをターゲットとするアンチセンス・オリゴヌクレオチドを用いて、患者iPS細胞由来運動神経細胞におけるCHMP7の核内発現量を減少させたところ、低下していたヌクレオポリンの発現量が回復し、孤発性ALS患者iPS細胞由来運動神経細胞ではTDP-43の核内への局在化が回復しました。


    ・まだわかっていない疑問は、CHMP7がなぜ核内に増加するのかということです。ウエスタンブロット法で半定量化されたCHMP7の核内増加量は、有意差は認めたものの、対照の1.3~1.5倍程度。これがどの程度病態に本質的な影響を与えているのか、あるいは別の要因も関与しているのか、今後の研究の進展により明らかになることが期待されます。また今後はC9変異動物モデルでの前臨床試験などが行われ、CHMP7に対するアンチセンス・オリゴヌクレオチド製剤などの治療的有効性が確認されるかどうかも注目されます。

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