院長ブログ

  • パニック症の治療薬候補となるか 2021年04月26日

    ・専攻医勉強会でパニック症に入ったのですが、ここ5年間程目立った介入試験もなく、前回使用した資料にRANZCP 2018ガイドラインを付け加えるだけという少し寂しい状況でした。ただ基礎実験レベルでは新たな動きもあるようです。先日オレキシン2受容体選択的拮抗薬のセルトレキサントが大うつ病において第3相試験までいっていることを当ブログでも紹介しましたが、今回はオレキシン1受容体選択的拮抗薬について、パニック症の動物実験や第1相試験が行われているという話題(J Exp Pharmacol. 2021 Apr 15;13:441-459)です。まだ第1相なので、この話題はいずれ消えてなくなる話かもしれません。そもそも基礎実験段階での新薬候補が上市される確率は何万分の1というものなので、動物実験で良い成績が得られてもそれがそのままヒトに通用するかというと、そう簡単にはいかない状況は多くあります。

    ・動物実験とヒトとのギャップを埋めるために患者iPS細胞由来の細胞モデルによる薬剤探索も活発に行われていますが、これが精神疾患となると、簡単にはいかないことと思われます。

    ・以下論文のオレキシン1受容体拮抗薬に関する部分の概略となります

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    ・オレキシン1受容体拮抗薬である化合物56(compound 56)は、その他のオレキシン1受容体拮抗薬(SB-408124 、GSK-1059865 など)と比較して血液脳関門透過性や受容体選択の特異性などにおいて優れており、基礎実験で使用されている。

    ・乳酸ナトリウムを投与したパニック脆弱性を有するモデルラットにおいて、化合物56は行動異常と心血管系応答の異常を有意に改善した。鎮静作用は確認されなかった

    ・オレキシン1受容体拮抗薬(化合物56)とオレキシン2受容体拮抗薬(JnJ10397049)、デュアルオレキシン受容体拮抗薬(スボレキサント類似化合物)の作用特性を比較するため、20%二酸化炭素吸入パニック誘発モデルラットが使用された(Johnson PL et al. Depress Anxiety. 2015 Sep;32(9):671-83.)。ロラゼパム対照で行動異常と心血管系応答の異常への効果が比較された結果、オレキシン1受容体選択的拮抗薬はモデルラットの行動異常と心血管系異常を改善し、デュアルオレキシン受容体拮抗薬は行動異常のみを改善、選択的オレキシン2受容体拮抗薬はいずれの改善効果も示さなかった。

    ・さらに別の選択的オレキシン1受容体拮抗薬であるJNJ-54717793についても、動物実験でパニック症モデル動物に対する効果が調べられている。JNJ-54717793は、乳酸ナトリウム投与および20%二酸化炭素吸入モデル動物において、鎮静作用をもたらすことなく、心血管系応答異常と行動異常を改善することが示されている

    ・選択的オレキシン1受容体拮抗薬であるJNJ-61393215は20%二酸化炭素吸入モデル動物において、社会的相互作用テストにおける不安様行動を改善し、高用量においては心血管系応答の異常も改善することが報告されている。この物質も明らかな鎮静作用はなく、睡眠覚醒リズムへの影響もほとんどなかった

    ・JNJ-61393215は健常成人における第1相試験も実施されている(Transl Psychiatry. 2020 Sep 7;10(1):308)

    ・35%二酸化炭素 / 65%二酸化炭素の短時間(1分)吸入によるパニック誘発試験でPSL-IV得点で合計4点以上かつ少なくとも4つの症状尺度で1点以上の増加を示し、恐怖関連症状のVASで25mm以上の増加を示した39名が対象となった

    ・対象者らは二重盲検クロスオーバー試験により、JNJ-61393215を25mgないし90mg、アルプラゾラム2mg、プラセボの4群で比較された。6日間投与後に35%二酸化炭素2回吸入試験が行われた。その結果、JNJ-61393215を90mg投与された群とアルプラゾラム2mg投与群はプラセボと比較して有意にPSL-IV総得点の改善効果がみられた。血圧や心拍数については有意な効果はみられなかった。

    ・別のオレキシン1受容体拮抗薬であるACT-539313でも第1相試験が行われており、無作為割付クロスオーバー試験でACT-539313とプラセボの効果が比較されている(Prog Neuropsychopharmacol Biol Psychiatry. 2021 Jun 8;108:110166)。健常者30名が対象となり、参加者らは、ACT-539313を200mg投与とプラセボで比較され、2.5日間投与後に二酸化炭素吸入試験を受け(20分間7.5%二酸化炭素吸入、その後10分休憩し、35%二酸化炭素を単回吸入を行った)、VASやGAD-C、PSI得点、および心血管系パラメータや血清コルチゾールおよび血漿ACTH濃度が測定された。結果は全体としてはACT-539313とプラセボの有意差はなかったが、警戒感と不安のVAS得点については、プラセボよりも良好な結果であった。血圧や心拍数などはプラセボと有意差がなかった。一方で血清コルチゾール濃度はACT-539313投与後がプラセボ投与後よりも低値であった。 ACT-539313の抗不安作用については限定的な結果となっている

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    ・以上となりますが、Johnsonらの結果によれば、オレキシン2受容体拮抗薬はうつ症状には良いかもしれないけど、不安には期待できないということでしょうか。まだこれまでの結果を実臨床に外挿するのは時期尚早かもしれません。

    ・JNJ-61393215は不安を伴う大うつ病に対する第2相試験が行われているようです(NCT04080752)。ACT-539313についてはどんな根拠でか過食性障害に対する第2相試験が行われているようで、これもどんなことになるのか興味深いところです(NCT04753164)

    ・パニック症に対するいくつかのガイドラインをみていて、専攻医の先生方にも伝えたのですが、軽症から中等症までのところでは精神療法(特にCBT)が第1選択となりうるため、学会のワークショップなどでCBTのセッションがあったら積極的に参加しましょうということを伝えました。ただこのコロナ禍においては、対面式のセッションが実施できないため、実技的な研修が滞るという問題があります(ウェブだと患者さんを対象とした実演映像などもセキュリティの問題から流せないことが多い)。その意味でも一刻も早い終息が望まれるところです

     

  • psilocybin 2021年04月19日

    ・psilocybin(シロシビン、nativeの発音ではシロサイビンが近い)はマジックマッシュルームの成分であり、催幻覚作用のある違法薬物です。今回6週間に2回投与でエスシタロプラムとの比較で慢性期大うつ病への有効性や安全性が検証されたのでみてみます(文献1)。psilocybinはセロトニン2A受容体アゴニスト作用を有しており、LSDと類似の作用機序を有することとなります。LSDによるセロトニン2A受容体アゴニスト作用が自我障害(社会的場面において自己意識を保持する機能や共同注意機能を障害する可能性があり、自己と他者との境界の不明瞭化といった病的体験に通じる症状と関連する可能性がある)と関連するとの報告(J Neurosci. 2018 Apr 4;38(14):3603-3611.)もあり、このあたりの副作用についてはどうなのか気になるところです。

    ・催幻覚作用のある薬剤といえば、2019年にFDAより治療抵抗性うつ病に承認されたエスケタミン点鼻薬も思い浮かびます。こちらはNMDA受容体遮断作用を有する薬剤となり、投与開始第1週から第4週目までは1週間に2回投与、5週目から8週目までは週に1回投与、その後は1-2週間に1回投与となります。ただし、点鼻後に血圧上昇リスク、鎮静リスク、解離症状や知覚変容、離人感などのサイケデリック体験のリスク(61-75%に出現とされる)があるため投与後2時間の血圧モニターなど経過観察が必要なこととなど、かなり厳格な管理が必要とされる薬剤になります。治療抵抗性うつ病に対する介入試験で、投与1時間後からMADRSでプラセボと有意差が生じたことには驚きました(JAMA Psychiatry. 2018 Feb 1;75(2):139-148. )

    ・今回はpsilocybinの大うつ病に対する第2相試験として行われましたが(NCT03429075)、サイケデリック体験のリスクに対して、心理的介入を併用するなどかなり手間のかかる介入が行われています。

    背景

    ・催幻覚物質であるpsilocybinは、その代謝物であるシロシンのリン酸エステルである。psilocybinとシロシンは、催幻覚作用を持つシロシベ属のキノコに存在する

    ・シロシンの主な作用は、5-HT2A受容体アゴニスト作用により生じる

    ・psilocybinは、20世紀半ばには気分障害や依存症の心理療法の補助療法として使用されていた。これまでに、うつ病および不安症に対するpsilocybinのオープン試験が1件、無作為化割付試験が4件実施されている。

    ・治療抵抗性うつ病患者を対象とした小規模オープン試験を含め、いくつかの患者集団を対象とした試験で、psilocybinを1~2回投与した後に抑うつ症状の軽減が報告されている。

    ・今回エスシタロプラムを対照として、psilocybinの中等度から重度うつ病に対する6週間の無作為割付試験を実施した

    対象と方法

    ・18-80歳の大うつ病患者でエスシタロプラム投与歴のないもの。精神病の既往のないもの。重大な自殺企図歴のないものなど

    ・ビデオ面接でHAM-D17が評価され、17点以上がエントリー。GPからの情報によりうつ病の診断を確認

    ・試験開始2週前までにすべての向精神薬を中止。精神療法も3週前までに中止

    ・無作為割付二重盲検比較試験

    ・psilocybin n=30 (1日目朝に25mg摂取。3週後に2回目のpsilocybin25mg投与)

    ・プラセボ n=29 (1日目にpsilocybin1mg投与、その後1週目から3週目までエスシタロプラム10mg、3週目から6週目まで20mg、朝食後投与)

    ・幻覚体験が起こりうるため、そのリスクを最小限に抑えるため、心理的サポートが提供された。

    ・事前に治療的意図の説明や感情制御の方法などの3時間のセッションが提供された。幻覚体験により痛みを伴い内容を経験した際にはそれらを完全に受け入れて探求することが奨励された。また、アクセプト・コネクト・エンボディ(ACE)モデルに基づいて、挑戦的な感情を受け入れ、個人的な意味や価値観につながり、自分の身体に同調するスキルを強化するための視覚化訓練を行った。

    ・psilocybin投与日には録音済みの音楽を鑑賞、投与開始翌日、1週後、3週後(psilocybin投与2回目の翌日)に催幻覚作用を有する薬剤内服後の心理的デブリーフィングを実施。デブリーフィングでは、ガイドと呼ばれる専門家が参加者が体験した内容を説明するのを傾聴した。その後、参加者は経験した感情にアクセスしやすくするために、視覚化演習を行うことを選択可能とされた。

    ・試験期間:6週間

    ・主要評価項目は6週間でのQIDS-SR-16の変化量。副次評価項目はQIDS-SR-16で定義された反応率(50%以上の改善)と寛解率(5点以下)、HAM-D17、BDI-1A、MADRS、STAI、BEAQ(Brief Experimental Avoidance Questionnaire)、WSAS(Work and Social Adjustment Scale)、SHAPS(Snaiith Hamilton Anhedonia Plesure Scale)など

    結果

    ・psilocybin群の平均罹病期間は22年、エスシタロプラム群の平均罹病期間は15年。

    ・エスシタロプラム群は29名中4名が副作用で中断。1名がコロナウイルス関連問題(ロックダウン)で中断

    ・psilocybin群は30名中2名がコロナウイルス関連問題(ロックダウン)で中断。1名がプラセボカプセル内服を中止(プラセボと推測したため)

    ・6週間のQIDS-SR-16の変化量はpsilocybin群 -8.0±1.0、エスシタロプラム群 -6.0±1.0(有意差なし)

    ・副次評価項目であるQIDS-SR-16での反応率はpsilocybin群70%、エスシタロプラム群 48%で有意差なし。寛解率はpsilocybin群 57%、エスシタロプラム群 28%で有意差あり

    ・副作用出現率はpsilocybin群 87% 、エスシタロプラム群 83%。不安の増悪と口喝についてはエスシタロプラム群で多かった。psilocybin群では頭痛が最多でだいたい投与24時間以内に生じていた

    結論

    ・psilocybinは短期的にはわずか2回の投与でエスシタロプラムに有意差ない有効性を示した

    ・psilocybinによるサイケデリック体験は有害事象に含まれなかった(feeling abnormalの項目はあり、これについてはpsilocybin群は0例、エスシタロプラム群では3例)。それは先行研究でサイケデリック体験は良好な転帰と関連する可能性を示唆する結果が報告されているからである。

    ・今後さらに大規模で長期の試験により、psilocybinの有効性と安全性を確認することが必要

    コメント

    ・3週間に1回の投与でこの結果は驚きですが、心理的サポートも手厚かったので、プラセボと比較したらどうかも気になります。今後、ケタミンとの比較試験(NCT03380442)、治療抵抗性うつ病に対するニコチンアミド対照試験(NCT04670081)などが予定されており、どのような結果が報告されるのか興味深いところです。多くの抗うつ薬がセロトニン2A遮断作用を有するため、その反対の薬理作用を有する薬剤が抗うつ作用を発揮するとなると、わけがわからなくなりそうですが、おそらくセロトニン系以外の作用も関与しているのでしょう。薬理作用についてはそう単純ではないということかと思います。

    文献1:Robin Carhart-Harris et al. N Engl J Med. 2021 Apr 15;384(15):1402-1411. doi: 10.1056/NEJMoa2032994.

     

  • メチルフェニデートと催奇形性について 2021年04月12日

    ・若い方にADHD治療薬を処方する機会もあるため、催奇形性リスクについて調べておこうと思ったら、アトモキセチンとグアンファシンについてはそれぞれの薬剤のみで検討された疫学的研究がまだなく、よくわからない状況です。現実的には添付文書に従い、アトモキセチンについては”治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること”、グアンファシンについては”妊婦又は妊娠している可能性のある女性には投与しないこと”となります。

    ・メチルフェニデート徐放剤については、添付文書では”妊婦又は妊娠している可能性のある女性には投与しないことが望ましい”との記載になっています。メチルフェニデートについては海外では妊娠中の投与例もこのところ増えており、大規模な疫学的研究による報告が散見されるようになってきています。FDAでは既に廃止された分類ですが、カテゴリーC(危険性を否定することができない)に分類されており、海外の添付文書ではラットでの実験結果が記載されており”ラットを用いた研究では、30mg/kg/dayまでの経口投与で胎仔に害を及ぼす証拠はなく、これは、mg/kgおよびmg/m2ベースに換算するとそれぞれコンサータのヒトへの最大推奨投与量の約15倍および3倍にあたる。妊娠ラットにおけるメチルフェニデートとその主な代謝物であるPPAへの暴露量は、AUCに基づくと最大推奨量のコンサータを使用したボランティアおよび患者を対象とした試験で見られた値の2倍になる”とのことです。

    ・妊娠第1三半期のメチルフェニデート内服と催奇形リスクとの関係については、疫学的研究から得られている結論から言うとまだはっきりしたものはでていないということになりますが、その理由としては暴露による催奇形リスクの増加量がおそらくは小さい(高々1%程度)ことと、メチルフェニデート暴露妊娠例がまだ少ないということがあります(それでも年々かなりの割合で増えてきているようです。文献2ではデンマークにおいて妊娠中におけるADHD治療薬処方は2003年には10万人年当たり5人でしたが、2010年には10万人年あたり533名に増加しているとのことで、7年間で100倍になっており増加率に驚きました)。

    ・たとえば文献1のメタ解析で対象となった2つのコホートに含まれた人数は、大奇形に関してメチルフェニデート暴露群はn=3474(アメリカと北欧の2つのコホートの合計)、非暴露群はn=4373963となっています。

    ・この報告で共変量としてアメリカのMedicaidデータベースからのデータについては、年齢、出生年、人種、多胎妊娠、精神疾患合併症、アルコール依存ないし乱用、薬物依存ないし乱用、喫煙、慢性疾患(糖尿病、高血圧、肥満、腎臓病)、向精神薬処方(抗てんかん薬、抗うつ薬、抗不安薬、抗精神病薬、ベンゾジアゼピン系など)、その他の併用薬剤などが抽出されました。北欧(デンマーク、フィンランド、アイスランド、ノルウェー、スウェーデン)のレジストリからのデータについては共変量として、年齢、出生年、出生順、性別、出産方法、喫煙、BMI、精神疾患による入院歴、催奇形性薬剤の服用などが抽出されました。

    ・あらゆる大奇形の調整後の相対リスク(RR)については、アメリカからのデータでは調整後RR=1.11(95% CI 0.91-1.35)、北欧からのデータについては調整後RR=0.99(95% CI 0.74-1.32)となり、全体としてRR=1.07(95% CI 0.91-1.26)となり、非暴露群と暴露群とで有意差はでませんでした。また心血管系奇形の相対リスクについては、アメリカからのデータでは調整後RR=1.28(95% CI 0.94-1.74)、北欧からのデータでは調整後RR=1.28(95% CI 0.83-1.97)となり、この2つをひっくるめると全体として心血管系奇形の相対リスク=1.28(95% CI 1.00-1.64)となり、ぎりぎり有意差がでている感じです。それでも各データの調整を行った共変量の内容が異なっており(北欧のはアルコール乱用の有無とかが入っていないなど)、そのあたりを加味すると、結果の信頼性という点ではまだまだという気がします。

    ・絶対的なリスク値(未調整)についてはMedicaidからのデータによると、あらゆる大奇形の発生率は非暴露群で3.5%、暴露群では4.59%であり、心血管系奇形の発生率は非暴露群で1.27%、暴露群で1.88%となりました。抗うつ薬の時もそうでしたが、暴露群と非暴露群とで絶対リスクの差が1%を切るような疾患については、疫学的に暴露、非暴露での有意差を確実に抽出するのはとても大変な作業になっている印象です。

    ・ちなみに文献1において、心血管系奇形のさらにどのような奇形が有意にメチルフェニデートにより増加していたかについては、Medicaidからのデータの解析ではConotruncal and major arch anomalies(調整後RR=3.44 95% CI 1.54-7.65)となっており、心房中隔欠損および心室中隔欠損については有意差がみられませんでした。北欧からのデータについては、どの心血管系奇形についてもはっきりと暴露との関係性を示せたものはありませんでした。

    ・今回、新たな視点から、メチルフェニデートの催奇形性について検討した論文が出ました(文献2)。どのような点が新しいかと言うと、これまで報告された結果は、催奇形性については生児出産例のデータによるものであり、死産や流産に至る重度奇形に関するデータは含まれておらず、生児出産例のみのデータではsurvivor biasにより、真の奇形リスクが低く見積もられる可能性があるということから、妊娠中の超音波検査により判明した奇形、死産、流産、奇形などのデータも収集し、妊娠第1三半期におけるメチルフェニデート暴露と催奇形性との関連を検討したという点です。

    ・対象となったのはデンマークの5つの全国データベース(the Danish Fetal Medicine Database, the Danish National Patient Registry(妊娠22週以前の死産ないし流産の情報), the Danish Medical Birth Registry, the Danish Health Services Prescription Database)であり、2007年11月から2014年2月までの単胎妊娠の胎生11週からの情報が収集されました

    ・共変量として、人種、伴侶の有無、未経産ないし経産、妊娠年齢、BMI、妊娠中の喫煙、妊娠180日前から妊娠第1期までの既知の催奇形性薬剤の処方の有無、妊娠2年前のADHD診断ないし糖尿病診断の有無、妊娠2年前から第1期までの降圧薬や糖尿病治療薬、抗てんかん薬、抗精神病薬、抗不安薬などの処方歴などのデータが抽出されました。

    ・log-binomial回帰法により罹患率比(PR : prevalence ratio)が算出(オッズ比ではなく、暴露群が非暴露群の何倍リスクが高いかを算出)されました。

    ・364012例の単胎妊娠が対象となり、うち96%で超音波検査のデータがありました。妊娠第1期へのADHD治療薬への暴露率は0.16%(n=569)であり、うち83%がメチルフェニデートでした。ADHD治療薬暴露群は非暴露群と比較して、より若年で、喫煙率が高く、向精神薬投薬率が高い傾向がありました。

    ・あらゆる理由による11週以降の妊娠終了はADHD治療薬暴露群で9.8%、非暴露群では2.6%(暴露群の大半が胎児が原因による妊娠終了ではなかった)であり、全体の奇形率はメチルフェニデート暴露群では5.1%(29例)、非暴露群では4.6%でした。心奇形率はメチルフェニデート暴露群で2.1%、非暴露群では1.0% であり、重症心奇形についてはメチルフェニデート暴露群0.9%、非暴露群0.2%となりました

    ・メチルフェニデートについては、調整後PRは全奇形について1.04(95% CI 0.70-1.55)、心奇形は1.65(95% CI 0.89-3.05)、重症心奇形 2.59(95% CI 0.98-6.90)でした。心奇形のうちわけについては、12例中10例が中隔欠損であり、心房中隔欠損の調整後PRは1.21(95% CI 0.45-3.21)、心室中隔欠損の調整後PRは2.74(95% CI 1.03-7.28)となりました。一方中枢神経系奇形の調整後PRは2.03(95% CI 0.65-6.27)となりました。

    ・暴露症例数が少ないため、確定的なことは言えませんが、妊娠第1三半期におけるメチルフェニデート内服により、一部心奇形の発生リスクがわずかながら上昇する可能性があるという結果になりました。

    文献1:JAMA Psychiatry. 2018;75(2):167-175.
    文献2:J Clin Psychiatry. 2021 Jan 5;82(1):20m13458. doi: 10.4088/JCP.20m13458

  • PTSDと睡眠障害 2021年04月05日

    ・ちょうど専攻医勉強会でPTSDに入りましたので、これに関連した話題をまとめておきます。

    ・PTSDに伴う睡眠障害、悪夢などの症状に対して、どのように対処すればよいのか、2018年のNICEガイドライン(https://www.nice.org.uk/guidance/ng116)をみても、睡眠障害に対してCBTを考慮するとの記載はあるものの、薬物療法についての記載はなく(成人のPTSDの予防のためにベンゾジアゼピン系を含む薬物療法はしてはいけないとの記載はあり)、オーストラリアとニュージーランドのエキスパートを対象とした調査(J Clin Pharm Ther. 2021 Feb;46(1):158-165)では、PTSDに関連した悪夢に対して86%の精神科医がプラゾシン(α1アドレナリン受容体アンタゴニスト)を投与しているとの結果が報告されています。

    ・しかしプラゾシンといえば、2016年のメタ解析(Gen Hosp Psychiatry. Mar-Apr 2016;39:46-52)では睡眠の質の改善やPTSD症状の改善に対して有効な可能性を示唆する結果が報告されたものの、2018年の比較的規模の大きな(n=304)、退役軍人のPTSDを対象とした多施設でのプラセボ対照試験(N Engl J Med 2018; 378: 507-517)により、26週間後のPTSD症状や睡眠障害(PSQI)の改善効果についていずれもプラセボと有意差なしとの結果が報告され、その効果については懐疑的な状況となりました。ただし、この報告については、いろいろとつっこまれるところがあるようで、慢性期の安定状態にありα1受容体遮断薬への反応性に乏しい患者が対象となったなどのselection biasがあるためじゃないかとか、未診断の睡眠時無呼吸症候群の患者が混ざっているためではないか(確実なエビデンスではないものの、観察研究でα1アドレナリン遮断薬使用と睡眠時無呼吸の増加との関連性を指摘する報告がある:J Clin Sleep Med. 2019 Nov 15;15(11):1571-1579.)とか、使用されたプラゾシンの用量も2-20mg(平均14.8mg)であり、悪夢に有効であったと症例報告で報告されてきた25-45mgよりも少なかったのも問題じゃないかなどの指摘があるようです(Nat Sci Sleep. 2018 Nov 26;10:409-420)。この介入試験の結果を受けて、2018年にAmerican Academy of Sleep Medicine(AASM)はプラゾシンのPTSDの悪夢に対する位置づけをdowngradeする判断を下しています(J Clin Sleep Med. 2018 Jun 15;14(6):1041-1055)ただし、プラゾシンの効果を実感する臨床家も多いことから、PTSDに関連する悪夢に対する薬物療法の選択肢の1つとして、2018年の段階ではオランザピン、リスペリドン(VA/DoDガイドライン2017ではエビデンス欠如によりPTSDに対する使用を強く非推奨)、アリピプラゾールなどの非定型抗精神病薬、トラゾドン、フルボキサミン、三環系抗うつ薬、クロニジン、ガバペンチンなどとともに掲載されています。なお、クロナゼパムとベンラファキシンは非推奨となっています。

    ・SSRIの睡眠への効果ですが、セルトラリンについては介入試験(Arch Gen Psychiatry. 2001;58(5):485–92.)においてPTSD症状には有効であるものの、PSQIについてプラセボと有意差なく、また副作用として不眠がプラセボより有意に多く報告(35%対22%)されており、睡眠に対する有効性についてはあまりぱっとしない状況のようです(Curr Psychiatry Rep. 2015 Jun;17(6):41)

    ・エスシタロプラムについては、急性ストレス障害患者(75%が交通外傷によるもの)を対象にPTSD予防効果を検証した52週間のプラセボ対照比較試験(J Clin Psychiatry. 2018 Mar/Apr;79(2):16m10730.)では、12-24週間のエスシタロプラム投与(91%が24週間投与)により52週後のCAPS得点はプラセボと有意差がなくPTSD進展予防効果は明らかではなかったものの、PSQIではエスシタロプラム投与群が有意に良好な結果となりました。PTSDの睡眠障害に対する効果がどうなのかについてはやや気になるところです

    ・トラゾドンもPTSDの悪夢にしばしば使用されています。介入試験ではなく、質問紙による調査なのでエビデンスの質としては低いのですが、8週間のPTSD治療のために入院した患者への調査で、50-200mgのトラゾドン投与を受けた60名中72%で悪夢の減少を自覚し、週平均3.3回/週から1.3回/週に悪夢頻度が減少し、92%が入眠に、78%が睡眠維持に効果を感じたと報告されています(Pharmacopsychiatry. 2001;34(4):128–131.)。また小規模のオープン試験でPTSDの不眠への有効性が報告されているようです(J Clin Psychopharmacol 1996; 16: 294-298)

    ・ベンゾジアゼピンですが、芳しくない報告が多く、アルプラゾラムは小規模のプラセボ対照クロスオーバー試験で不安には効果があったものの、PTSD症状に対しては利益がなく(J Clin Psychiatry 1990; 51: 236-238)、クロナゼパムの小規模プラセボ対照試験では戦争後PTSDの悪夢などの睡眠障害に有効ではなかったと報告されています(Ann Pharmacother 2004; 38:1395-1399)。またアルプラゾラムをバーチャルリアリティーを用いた暴露療法の開始30分前に投与したところ、3か月後のフォローアップ時点でプラセボと比較してより重篤なPTSD症状と関連した(3か月後にPTSDの診断基準を満たした割合がアルプラゾラム投与群 79.2%、プラセボ群 47.8%で有意差あり)との報告もあり(Am J Psychiatry. Jun 2014;171(6):640-648.)、心理療法の妨げになるどころか予後を悪化させる可能性も指摘されています。そのためVA/DoDガイドライン2017などではPTSDに対するベンゾジアゼピンの使用は強く非推奨とされています。

    ・心理療法の有効性も報告されており、悪夢の修正のための睡眠教育に焦点化した認知行動療法技法であるImagery Rehearsal therapy(IRT)が、PTSDの悪夢やPTSD症状の改善に有効であったとの報告があります(JAMA 2001; 286: 537-545)
    ・この報告でのIRTは3時間×2回+1時間×1回の3回のセッションで構成されました。IRTは悪夢に対する認知行動療法的技法であり、以下の仮説からなります。
    1. 悪夢は、コントロールできないトラウマ的な出来事によって引き起こされるが、トラウマの直後には、悪夢が情報や感情処理の機会を提供することで有益な機能を果たすことがある。
    2. 悪夢が何ヶ月も続く場合は、もはや有益な機能を果たせず、有害なものとなる
    3. 悪夢は、習慣や学習された行動として治療対象にすることで、うまくコントロールできるかもしれない。
    4. 昼間に考えたことが夜に見る夢に関係するため、起きているときのイメージに働きかけることが悪夢に影響する。
    5. 悪夢は、ポジティブで新しいイメージに変えることができる。
    6. 起きている時に新しいイメージ(新しい夢)のリハーサルをすることにより、悪夢そのものに変化を求めることなく、悪夢を減少させたり、なくしたりすることができる

    ・IRTの中核的なセッションでは、参加者は自分の悪夢を書き留め、「好きなように(自由に)悪夢を変える」ように指示され、変えた夢を書き留めます。その後、参加者はイメージを使って、自分の「新しい夢」のシナリオを10〜15分間リハーサルします。次に、以前見ていた悪夢と、それをどのように変えたかを書き出し、必要に応じて実際のリハーサルで簡単に説明します。この後、参加者は想像のみで新しい夢のリハーサルするよう求められます。また、1日5〜20分程度、新しい夢のリハーサルを行います、IRTでは、トラウマになるような経験や悪夢の内容を語ることは避け、再体験を最小限に抑えるように配慮されます

    ・このようなIRTにより、性被害によるPTSD患者の悪夢を60%減少させることができたことが報告されています。

    ・今回の本題ですが、ベンゾジアゼピン系がダメなら、非ベンゾジアゼピン系とよばれるエスゾピクロンならどうか?ということを検証した小規模の介入試験(World J Psychiatry. 2020 Mar 19;10(3):21-28.)になります。

    ・対象となったのは、18-65歳のPTSD患者(DSM-IV)で、CAPSで46点以上、かつ睡眠潜時が30分以上かつ総睡眠時間が6.5時間未満の状態が最近1カ月以内で少なくとも週に3回以上の睡眠障害を有するものとされました。

    ・抗うつ薬ないしベンゾジアゼピンの併用は許可されました。ただし最近6週間以上変薬されていないものであり、最近3月以内に心理療法を開始されたものや、PTSDないし睡眠障害を治療対象とした心理療法をうけているものは除外されました

    ・対象患者の平均PTSD罹病期間は約6年でした。またPTSDの発症要因は性的暴力が6名、身体的暴力が6名、近親者への暴力ないし死の目撃が3名、戦争が1名、医療的トラウマが2名、交通事故が5名、火災が1名、事故が1名などでした

    ・試験期間は12週間でプラセボ対照二重盲検無作為割付比較試験で行われました。

    ・主要評価項目はCAPS変化量、およびPSQIで評価した睡眠障害の程度であり、副次評価項目は、SPRINTで評価されたPTSD症状、睡眠日誌、睡眠評価のために実施されたアクチグラフ検査(開始後1週間および11週目~12週目の2回実施)などでした。

    ・エスゾピクロン 3mg群(n=13)とプラセボ群(n=12)とで比較された結果、12週間でエスゾピクロン群6名、プラセボ群3名が脱落(エスゾピクロン群2名、プラセボ群2名で症状増悪、エスゾピクロン群1名で記憶障害、エスゾピクロン群3名とプラセボ群1名で脱落により追跡不能)しました。

    ・両群ともにベースラインから12週間でCAPS得点は有意に減少しましたが、群間有意差はありませんでした。またPSQI得点の変化量について群間有意差はなく、アクチグラフで評価した総睡眠時間および睡眠潜時についても群間有意差はありませんでした。MADRS変化量、CGI-S変化量も群間有意差なしとの結果になりました。

    ・小規模ではありますが、PTSDの睡眠障害およびPTSD症状に対するエスゾピクロンの効果はプラセボと有意差はありませんでした。ただし今回の試験では脱落が多く、かつエスゾピクロン群におけるアルコールもしくは物質乱用ないし依存の既往が13名中8名と多かったことも結果に影響しているかもしれません

    ・ラメルテオンやスボレキサント、レンボレキサントのPTSDの睡眠障害への有効性はどうなのでしょうか?悪夢の副作用が生じうる薬剤はあまりよくないでしょうか?Pubmedで調べても基礎実験しか報告がなく、臨床的な効果が気になるところです。

     

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