院長ブログ

  • 認知症とうつ 2021年06月29日

    ・メタ解析においては抜け落ちてしまう情報もあります。時にそれが本質的に重要な情報である場合もあります

    ・下の図は2018年の認知症+うつに対する抗うつ薬の有効性についてのメタ解析(Cochrane Database Syst Rev. 2018 Aug 31;8)ですが、これだけみると、ああ、抗うつ薬効かないのか、という結論になります。

    figd01

    ・しかし、元データをみると、より重要な情報が含まれていることがわかります。たとえばアルツハイマー型認知症のうつ症状に対するミルタザピンとセルトラリンのプラセボ対照比較試験(Lancet. 2011 Jul 30;378(9789):403-11 )でのCSDD(Cornell Scale for Depression in Dementia)の経時変化が以下です

    figd02


    ・さらに別のアルツハイマー型認知症のうつ症状に対するセルトラリンのプラセボ対照比較試験(Am J Geriatr Psychiatry. 2010 Feb;18(2):136-45 )のCDSSの経時変化は以下となります

    figd03


    ・これらのデータをみて、何がわかるでしょうか。それはプラセボが良く反応しているということです。そこから認知症のうつに対しては環境的介入が重要そう、ということが推測できます。このような情報はメタ解析からは読み取れません。

    ・今回、このような観点から、環境的介入と薬物療法、通常ケアなどを比較したネットワークメタ解析の結果(文献1)が報告されたのでみてみます。結果として有効であると主張されている内容の一部にはネットワークメタ解析であるが故の脆弱なものも含まれており(わずかn=14の介入試験の結果が有効であると主張されているなど)、注意して解釈する必要があります。

    ・薬物療法による介入がぱっとしないことは予想できるのですが、いろんな手法の存在する非薬物療法的介入において、どれがよさそうか、についてはある程度知っておいてよさそうです。ただし薬物療法の場合の二重盲検試験と比較して、非薬物療法はよくてsingle blindなので、よりバイアスも入りやすく、質が異なるものを比較しているという点で注意が必要となります。

     

    認知症とうつ(文献1)

     

    背景

    ・認知症患者の約16%は大うつ病の診断を受け、32%は周辺症状として診断閾値下のうつ症状を経験している。

    ・認知症ではうつ症状は身体的症状(食欲不振、エネルギー低下など)や行動的症状(イライラ、社会的孤立、悲しみなど)として表出される

    ・認知症のうつ症状は、QOLの低下、機能低下、死亡リスクの増加などと関連し、介護者の苦痛、負担、抑うつの増加とも関連する

    ・認知症患者の大うつ病と抑うつの治療には、薬物療法(抗うつ薬、抗精神病薬など)および非薬物療法(回想法、運動療法など)が行われているが、抗うつ薬投与の有害性(転倒など)が報告され、非薬物療法の重要性が認識されている

    ・しかし、薬物と非薬物の効果を直接比較した無作為化試験はまれであり、エビデンスが乏しい。今回薬物療法と非薬物療法をネットワークメタ解析で比較した

    方法と対象

    ・解析対象となったのは、認知症患者の周辺症状としてうつ症状を有する患者(非大うつ病)ないし認知症に大うつ病を合併する患者のうつ症状に対する薬物療法ないし非薬物療法についての無作為割付比較試験 N=235

    ・認知症周辺症状としてうつ症状を有する患者対象(非大うつ病)にした試験N=213

    ・認知症に大うつ病を合併する患者を対象にした試験 N=22

    非薬物療法の介入内容としては以下のようなものに分類された(Nはnodeの数)

    ・通常ケア:患者のニーズと好みに基づいて、医療と社会的ケア(例:入浴などの日常生活動作のサポート)を適切に利用することと定義 N=102(非大うつ病)、N=6(大うつ病)

    ・アニマル・セラピー:動物と過ごすこと N=2(非大うつ病)

    ・経皮的電気刺激:経頭蓋的電気刺激  N=7(非大うつ病)

    ・回想法 N=26(非大うつ病)

    ・レクリエーション療法:ゲームや料理、読書など N=33(非大うつ病)

    ・リアリティー・オリエンテーション N=4(非大うつ病)

    ・心理療法:認知行動療法、カウンセリング、問題解決療法、力動的対人関係療法、支持的療法など N=24(非大うつ病)

    ・認知症患者へのサポート:当事者への電話や情報提供などによる心理社会的サポート N=1(非大うつ病)

    ・作業療法 N=15

    ・音楽療法 N=25

    ・多職種連携ケア:複数のヘルスケア専門家によるケアプランの作成 N=11(非大うつ病)、N=1(大うつ病)

    ・複数の感覚刺激:活動や物を通じて異なる感覚刺激を統合する N=5(非大うつ病)

    ・日常生活動作の修正 N=4(非大うつ病)

    ・マッサージとタッチセラピー:マッサージ、鍼治療など N=4(非大うつ病)、N=1(大うつ病)

    ・高照度光療法 N=4(非大うつ病)

    ・社会的交流:介護者やその他の人との交流 N=22(非大うつ病)

    ・運動:エアロビクス、バランストレーニング、レジスタンス運動など  N=30(非大うつ病)、N=4(大うつ病)

    ・環境修正 N=3 (非大うつ病)

    ・介護者と当事者への教育 N=7(非大うつ病)

    ・介護者への教育 N=17(非大うつ病)、N=2(大うつ病)

    ・深部脳刺激 N=2(非大うつ病)

    ・認知リハビリテーション:治療目標を設定したリハビリテーション介入 N=27(非大うつ病)

    ・認知刺激療法:週に1-2回の認知機能賦活セッション(ゲームや芸術療法など) N=27(非大うつ病)

    ・介護者へのサポート N=3(非大うつ病)

    ・アロマテラピー N=2(非大うつ病)

    非抗うつ薬系の薬物療法としては以下のnodeを設定

    ・抗菌薬:ドキシサイクリン+rifamin N=1(非大うつ病)

    ・降圧薬:nomidipine、プロプラノロール N=3(非大うつ病)

    ・抗精神病薬 N=21(非大うつ病)

    ・コリンエステラーゼ阻害薬 N=18(非大うつ病)

    ・dextromethorphan+キニジン N=1(非大うつ病)

    ・etanercept N=1(非大うつ病)

    ・ホルモン治療:エストロゲン、DDAVP、オキシトシン、プロゲステロン N=10(非大うつ病)

    ・高脂血症治療薬:アトルバスタチン N=1(非大うつ病)

    ・メマンチン N=6(非大うつ病)

    ・気分安定薬:カルバマゼピン、リチウム N=2(非大うつ病)

    ・プレドニゾロン N=1(非大うつ病)

    ・精神刺激剤:メチルフェニデート N=1(非大うつ病)

    ・鎮痛薬:アセトアミノフェン、オピオイド N=2(大うつ病)

    抗うつ薬についてはN=15(非大うつ病)、N=18(大うつ病)

    ・評価尺度としては、Cornell Scale for Depression in Dementia(CSDD)がN=100、Geriatric Depression ScaleがN=58、Neuropsychiatric Inventory - DepressionがN=38など

    ・試験期間は11週未満がN=109(43%)、11-20週がN=78(30.5%)、21-30週がN=29(11%)、31週以上がN=40(16%)

    ・主要評価項目は、各試験使用されたうつ尺度の標準化平均差を求め、それをCSDD得点の平均変化量に変換したものを用いた


    結果

    ネットワークメタ解析で有意差があった組み合わせは(かつnodeの試験の数が複数あるもの)以下の通り

    。回想法は介護者支援より有意に良好 SMD 1.03

    ・回想法は認知リハビリテーションより有意に良好 SMD 0.42

    ・回想法は通常ケアより有意に良好 SMD 0.45

    ・認知刺激療法は回想法と有意差なし

    ・マッサージ+タッチセラピーは回想法より有意に良好 SMD 1.32

    ・認知刺激療法は介護者サポートより有意に良好 SMD 1.15

    ・認知刺激療法は認知リハビリテーションより有意に良好 SMD 0.53

    ・認知刺激療法は音楽療法より有意に良好 SMD 0.38

    ・認知刺激療法はプラセボと有意差なし

    ・認知刺激療法は心理療法と有意差なし

    ・認知刺激療法は通常ケアより有意に良好 SMD 0.57

    ・マッサージ+タッチセラピーは認知刺激療法より有意に良好 SMD 1.21

    ・マッサージ+タッチセラピーは作業療法より有意に良好 SMD 1.27

    ・作業療法は介護者サポートより有意に良好 SMD 1.07

    ・作業療法は通常ケアより有意に良好 SMD 0.51

    ・作業療法はプラセボとは有意差なし

    ・作業療法は介護者サポートより有意に良好 SMD 1.07

    ・作業療法は認知刺激療法と有意差なし

    ・多職種連携ケアは介護者サポートより有意に良好 SMD 0.96

    ・マッサージ+タッチセラピーは多職種連携ケアより有意に良好 SMD 1.38

    ・多職種連携ケアは通常ケアより有意に良好 SMD 0.39

    ・マッサージ+タッチセラピーはアニマルセラピーより有意に良好 SMD 1.32

    ・マッサージ+タッチセラピーは抗精神病薬より有意に良好 SMD 1.82

    ・マッサージ+タッチセラピーは高照度光療法より有意に良好 SMD 1.83

    ・マッサージ+タッチセラピーは抗うつ薬より有意に良好 SMD 1.76

    ・マッサージ+タッチセラピーは介護者教育より有意に良好 SMD 1.57

    ・マッサージ+タッチセラピーはコリンエステラーゼ阻害薬より有意に良好 SMD 1.52

    ・マッサージ+タッチセラピーは認知リハビリテーションより有意に良好 SMD 1.74

    ・マッサージ+タッチセラピーは運動より有意に良好 SMD 1.5

    ・マッサージ+タッチセラピーは多職種連携ケアより有意に良好 SMD 1.38

    ・マッサージ+タッチセラピーは音楽療法より有意に良好 SMD 1.58

    ・マッサージ+タッチセラピーは心理療法より有意に良好 SMD 1.55

    ・マッサージ+タッチセラピーは通常ケアより有意に良好 SMD 1.77

    ・Pairwiseのメタ解析結果で通常ケアと有意差があったのは運動療法 SMD 0.47

    ・非大うつ病患者において、ネットワークメタ解析で通常ケアと有意差があったのは、認知刺激療法 SMD 0.57、マッサージとタッチセラピー SMD 1.77、多職種連携ケア SMD 0.39、作業療法 SMD 0.51、回想法 SMD 0.45

    ・薬物による介入だけでは、通常のケアよりも有意に効果が高いものはなかった

    ・大うつ病患者においては、試験の異質性からネットワークメタ解析が施行できなかった。SSRI(sertraline、fluoxetine、citalopram、escitalopram)とプラセボの有効性を比較した7つのRCTについての結果は一定していない

    ・ミルタザピンおよびベンラファキシンもプラセボと比較してうつ病の症状の有意な改善とは関連していなかった

    ・1つの無作為化比較試験において、多職種連携ケアは通常の治療よりも効果的であることが報告されたが、他の非薬物介入(心理療法と運動)の効果を支持するエビデンスは不十分である


    コメント

    ・マッサージ+タッチセラピーについてはかなり高い効果量が出ていて違和感があるのですが、2つのグループから対通常ケアでの3つの介入試験(n=219)が報告されています。この3つの試験のRisk of Biasについては評価者のblindingおよびmissing dataの扱いいずれもlowとなっており、試験の質はそこまで低いとは言えないようです。ただ有効性についての結果が目立ちすぎているのは気になります。

    ・なお論文中で通常ケアと比較して有効とされた認知刺激療法+コリンエステラーゼ阻害剤、社会的交流+認知刺激療法+運動については、それぞれ1つの介入試験しかなく(特に後者はn=14のみ)、エビデンスの質としては低いため、結果からは除外しています

     

    引用文献

    文献1:Jennifer A Watt et al. BMJ 2021;372:n532 | doi: 10.1136/bmj.n532

  • Prof. Stefan Leuchtとのやりとり 2021年06月20日

    ・もともとはBMJで認知症のうつについてのネットワークメタ解析の論文(BMJ 2021;372:n532 | doi: 10.1136/bmj.n532)が出たので、それについて記事にしようかと思ったら、思いがけない方向にいってしまったので、まとめておきます。

    ・そもそもネットワークメタ解析については、いろんな批判もあり、以前も触れたようにバイアスの影響をとても受けやすいこと(Trinquart L et al. PLoS One. 2012;7(4):e35219. doi: 10.137)や、組み込まれた各試験のエビデンスの質がわかりにくく(この点、従来の直接比較のメタ解析のforest plotは、何本の介入試験が統合されているのかなどの情報が明示されるため、まだ直感的にわかりやすい)、結果の解釈には注意を要します。

    ・その点において、2020年の藤田医大の岸先生らの報告(Kishi T et al. Mol Psychiatry. 2020 Nov 11. doi: 10.1038/s41380-020-00946-6)にみられたようなConfidence in Network Meta-Analysis (CINeMA)を用いたgrade表記などは、ネットワークメタ解析における結果の信頼性を併記するという点で素晴らしいものだと思いました。

    ・ネットワークメタ解析の結果に注意すべき具体例を挙げると、例えば2011年のBMJ誌に掲載された全般不安症に対するネットワークメタ解析の論文(BMJ. 2011 Mar 11;342:d1199. doi: 10.1136/bmj.d1199.)があります。

    ・結果を見ると、やたらフルオキセチンの結果が良好で、有効性に関して第一位、フルオキセチンすばらしいという結論になっているのですが、いざその根拠となった論文をみてみると、フルオキセチンについてはたった1つだけの介入試験しかなく、しかもフルオキセチンの症例数は33例、さらにこの介入試験は大うつ病に全般不安症を合併した症例に対するベンラファキシンとの比較試験です(純粋に全般不安症の患者を対象としたものではない)。

    ・従来のメタ解析においては、このような単一の介入試験がメタ解析の対象として組み込まれることはないので、まずこのようなバイアスリスクの高い結果を主張するようなことは起こりません。この報告をみて一気にネットワークメタ解析への信頼感が薄れ、警戒心が高まりました。少なくともこの報告については、科学的に信頼に足る結果とはとてもいえません。しかも著明な雑誌にこのような結果が掲載されてしまうのですから、恐ろしいことです。ネットワークメタ解析の結果については批判的に吟味しなくてはならないのはこのような理由からです。

    ・ちなみに現段階でそこそこあてにすべき全般不安症のネットワークメタ解析の結果は、2019年のlancet(Slee A. et al. Lancet. 2019 Feb 23;393(10173):768-777)あたりでしょうか。2020年にもより解析対象を絞ったネットワークメタ解析(Kong W. et al. Front Pharmacol. 2020 Nov 11;11:580858.)が出ていますので、こちらもチェックしておきたいところです。

    ・そのような実例を勉強会で具体的な例で示そうと思い、ちょうど良いと思って、統合失調症のpredominant negative symptom症例に対する介入試験のメタ解析の報告(Mark Krause et al. Eur Arch Psychiatry Clin Neurosci. 2018 Oct;268(7):625-639.)を基に、いかに従来型のメタ解析とネットワークメタ解析が異なり注意が必要かについて示そうと思ったら、思いがけず、元論文の間違いではないかという点を見つけてしまい(結果的に間違いとは言えなかったのですが)、corresponding authorのLeucht教授(世界的に超有名な方です)にメールしたところ、思いがけず返信をいただいて、その内容に納得したところです。

    ・まず、この論文の主要な結果を示します。

    fig05s

    ・この図でわかるように、メタ解析が可能なのはアミスルプリドくらいしかなく、他の薬剤については介入試験が1つか2つ程度しかないため、エビデンスは不十分であり、明確な結論を引き出すことができないことがわかります。直接比較のメタ解析では、このようなこともforest plotから読み取れるのでわかりやすいです。

    ・ところが、実際のところ、このようなデータしかなくても強引にネットワークメタ解析を施行することはできてしまいます。この点については、この論文の著者もネットワークメタ解析を当初行おうと思ったけども、結果のinconsistencyが大きく断念したと記載されています

    ・いざネットワークメタ解析をしようと思った場合、特にmulti-armsの介入試験の場合には元データから新たにデータを作り直す必要がある場合があるため、multi-armsの介入試験(この図ではLecrubier 2006にあたる)については元論文をあたって、元データを取り出して、そこからRでのネットワークメタ解析に使用できるデータに変換する必要があります。

    ・そこで元論文(Acta Psychiatr Scand 2006: 114: 319–327)を眺めてみたところ、主要評価項目はSANS summary scoreとなっています。結果はどうかというと、24週間でのベースラインからの変化量は、アミスルプリド群 -4.3点(SD 4.9)、オランザピン20mg群 -4.0点(SD 5.1)、オランザピン 5mg群-4.7点(SD 5.3)、プラセボ群 -3.1点(SD 4.8)とのことでした。ここから標準化平均差(SMD)を出すことは各群のnがわかれば手計算で簡単にできて、アミスルプリド群は0.237(SE 0.21)、オランザピン群は5mgと20mgをひとまとめにして、0.178(SE 0.209)となります、アミスルプリド群とオランザピン群とのSMDは-0.06(SE 0.169)となります。

    ・さて、Krauseらの論文とおんなじかなと思い確認したら、なんとこの論文ではアミスルプリドのSMD 0.04、オランザピンのSMD -0.03とあるではありませんか。この理由がどうしてもわからなくて、だめもとでLeucht教授にメールしてみました。そしたら思いがけず返信をいただいて驚愕しました。

    fig01s

    ・何度かやりとりをしたのですが、結論から言うと、Krauseらの論文では、主要評価項目としてPANSS negativeをまず第1に設定していて、その次にSANSなどとしており、どちらのデータもある場合にはPANSS negativeをとるということでした(Lecrubierらの論文の本文中にはPANSS negativeの数値がないのですが、おそらくどこからかデータをもってこられたのでしょう)。あらかじめ設定したルールに従って解析したということです。

    ・ただ陰性症状の評価尺度としてはSANSの方が優れているので、この点は確かに議論の対象となりうることだとメールにありました。Leucht教授は精神医学の分野におけるEBMにおいては世界トップクラスの業績を上げておられ、極めて重要な論文も数多く公表されおられる大先生で、お忙しい中このような日本の片田舎の一臨床医の質問にも丁寧にお答えいただき実にありがたいことでした。

    ・というわけで私は、SANSを使って勝手にネットワークメタ解析を進めたわけですが、その結果は以下となります。(いつものようにRのnetmetaパッケージを使って、頻度論によるネットワークメタ解析をしています)

    fig02sfig03sfig04s

     

    ・このような解析をしてはいけませんよという注意喚起でやってみたネットワークメタ解析ですが、なにやら面白そうな結果がでてしまいました。Meiji SeikaファルマのMRさんが喜ぶかもしれない結果ですが、この結果も先に述べたようにエビデンスの質という観点から注意して解釈いただくことが必要となります(規模はまあまあ大きく、異質性も小さいのですが、アセナピンについては1つのグループだけからの2つの介入試験の結果から構成された結果のため)。

    ・ちなみにKrauseらのデータによるNMAでは問題となったinconsistencyの問題ですが、Lecrubierらの論文に関してSANSを使用すると、inconsistencyは問題なく、異質性に関する指標I^2についてもQ^het=0.343, d.f.=3から0となり(ネットワークメタ解析では、I^2=max((Q-d.f.)/Q,0)で決定するため)問題がない状況に落ち着いています。

    ・この結果にpartial agonistがどう食い込んでくるのかなど、今後注目すべき事柄となります。

     

     

     

     

     

  • いろいろ心配はされていますが

    ・昨日のaducanumabの承認を受けて、nature誌(doi: https://doi.org/10.1038/d41586-021-01546-2)もscience誌(https://www.sciencemag.org/news/2021/06/alzheimer-s-drug-approved-despite-doubts-about-effectiveness)もどちらかというと批判的な記事を公表しています。

    ・最も批判の対象となっているのは、その有効性についての根拠が乏しい点と、脳内アミロイドβの減少というアウトカムにより薬剤承認されてしまったため、他の製薬会社もこのような本来の治療効果ではない指標により、薬剤承認を目指すようになるのではないかという懸念です。

    ・nature誌の記事を引用すると”Biogen says that it will charge around US$56,000 per year per person for the drug. If 5% of the United States’ 6 million Alzheimer’s patients receive the treatment, the drug’s revenue would reach nearly $17 billion per year.”

    ということで、全米600万人のアルツハイマー型認知症患者の5%がaducanumabを投与された場合、biogen社の利益は170億ドル(現在のレートで約1兆8600億円)になるとのことです

    ・また同記事では、Penn Memory CenterのJason Karlawish氏の発現を引用し、” Alzheimer’s patients might start dropping out of ongoing clinical trials to take aducanumab. Others worry that drug developers might abandon other targets.”とのことで、さらに別の研究者からの発言として、研究を10-20年後退させることになるのでは(他の治療ターゲットについての創薬が衰退することにより)との憂慮も掲載されていました。

    ・高額な薬ゆえに日本で保険収載された場合、日本の保険制度が崩壊するのではないかとの懸念も出ているようです。願わくば安価で提供されるといいのですが。その問題はさておき、私の個人的意見では、研究が後退するのではという点は杞憂かと思います。Biogen社に巨額の利益がもたらされた場合(それは当然多くの患者に良好なアウトカムをもたらした結果であるべきですが)、中枢神経疾患における他の治療対象をターゲットとした創薬も大きく進展する可能性があるためです。

    ・Biogen社では現在、アルツハイマー型認知症以外の神経変性疾患に対する多くの治療薬候補が同社のパイプラインを走っており、特にALSに対するアンチセンス・オリゴヌクレオチド製剤については、SOD1変異家族性ALSに対するtofersenの第3相試験、C9orf72遺伝子変異ALSに対するBIIB078(第1相)、ataxin-2 mRNAをターゲットにしたBIIB105(第1相)など他社の追随を許さない位置にいます(これら薬剤を開発したベンチャー企業を買収してきたためですが)。

    ・その他XPO1阻害薬であるBIIB100(第1相)など、細胞内封入体が特徴の神経変性疾患に対する創薬も積極的に取り組んでいるため、同社の研究資金が増え、αシヌクレイン(レビー小体型認知症、パーキンソン病(BIIB054、BIIB094)、多系統萎縮症(BIIB101))、TDP-43(ALS/FTLD)(BIIB105、BIIB100)、タウ(アルツハイマー、進行性核上性麻痺、皮質基底核変性症)など(タウオパチ―については一昨年進行性核上性麻痺に対するBIIB092がnegative resultとなり、難しいところのようですが)、この度のaducanumabなど細胞外アミロイドβを対象とした創薬のみならず、より難易度の高い細胞内封入体を特徴とする神経変性疾患に対する創薬が大いに進展することが期待されます。

  • 抗うつ薬と心理療法 2021年06月08日

    ・5月号のJAMA Psychiatry誌に、完全または部分寛解状態にあるうつ病患者について、抗うつ薬をそのまま継続した場合と、抗うつ薬を減量し、そこに予防的心理療法を行う場合とで、平均15か月間での予後がどのように異なるかについてのメタ解析結果が報告されました(文献1)。

    ・結論は予想通りで、再発リスクに関して有意差なしというものでした。

    ・結論が予想できた背景には、2015年のBMJ誌の報告(文献2)の知見があります。まずはこの内容からみていきます

    大うつ病に対する第2世代抗うつ薬とCBTの有効性比較(文献2)

    背景

    ・毎年アメリカ人の7%が大うつ病に罹患し、治療を求めるのはその約半分といわれている

    ・さらに治療を受けた患者の20%ほどしか適切な治療を受けていないといわれる(薬物療法では、最低2ヶ月間の適切な薬剤による薬物療法と4回以上の診察、精神療法では、少なくとも1回30分以上で合計8回以上の専門家による精神療法施行)

    ・薬物療法では第2世代抗うつ薬(SSRI、SNRI、その他)が最も多く処方されている。2011年のメタ解析(Gartlehner G, et al. Ann Intern Med 2011;155:772-85)では、これら薬剤間で、有効性に関して有意な差はないとされている(注:より新しいメタ解析(文献3)やCANMATガイドライン(これについては文献3の影響などを大きく受けたものではありますが)については、ここでは明示しませんが一部の抗うつ薬が、別の抗うつ薬に対して有意に治療効果が優れている可能性が報告されています)

    ・今回、うつ病エピソードに対する初期治療としての、第2世代抗うつ薬とCBTの有効性の比較を行った

    対象と方法

    ・18歳以上の大うつ病性障害患者

    ・第2世代抗うつ薬(ブプロピオン、シタロプラム、デスベンラファキシン、デュロキセチン、フルオキセチン、エスシタロプラム、フルボキサミン、レボミルナシプラン、ミルタザピン、ネファゾドン、パロキセチン、セルトラリン、トラゾドン、ベンラファキシン、ヴィラゾドン、ボルチオキセチンのいずれか)とCBTを直接比較したRCT

    ・11 RCTs(n=1511)

    ・HAM-D17で16-23点以上

    結果

     

    寛解率

    ・3つのRCTが寛解率を評価(n=432、寛解はHAM-D17で7点以下ないし7点未満で定義)

    ・試験期間は12-16週

    ・抗うつ薬群とCBT群で有意差はなかったが、数値的には抗うつ薬群が寛解率が高かった(47.9%対40.7%、risk ratio 0.98, 95% CI 0.73-1.32)

    反応率

    ・5つのRCTが反応率を評価(n=660)

    ・試験期間は8-16週

    ・反応はHAM-D17 50% 以上の改善で定義

    ・反応率は抗うつ薬とCBTで有意差なし(44.2% 対 45.5%; risk ratio 0.91, 95% CI:0.77 - 1.07)

    HAM-D変化量


    ・HAM-D変化量の差を2つのRCT(n=249)が報告

    ・試験期間は8週間

    ・平均変化量の差( 0.38, 95% CI:2.87 to 2.10 )は有意差なし

    長期経過

    ・2つのstudyが長期経過を報告

    ・1つは論理療法(rational emotive therapy:認知行動療法と治療的枠組みはほぼ同一)ないし認知療法と第2世代抗うつ薬を比較したもの。

    ・6ヶ月時点ではHAM-D17得点は精神療法群で有意に抗うつ薬群よりも低かった。寛解率や反応率は有意差なし

    ・もう1つは問題解決療法と第2世代抗うつ薬を比較したもので、1年時点での寛解率は問題解決療法群で高く、一方反応率は抗うつ薬群で高かった(いずれも有意差なし)

    再燃率

    ・再燃率をみたものが1つ

    ・初期治療として、認知療法ないし第2世代抗うつ薬を使用し、最初1年間再燃がなかった群をさらにもう1年間フォロー

    ・初期治療として認知療法を受けた群の再発率は24%、抗うつ薬群は52%で、症例数が少なく有意差はなし(p=0.06)

    中断率

    ・4つのstudyで評価。あらゆる理由による中断率は有意差なし(risk ratio=1.00)

    ・ただし副作用による中断は抗うつ薬群で多かった(有意差はなし)

    ・有効性欠如による中断についても有意差なし

    抗うつ薬単独対抗うつ薬+CBTの比較

    ・3つのstudyあり。いずれも反応率、寛解率において有意差なし

    ・1つのstudyではMADRSの変化量において、併用群が有意に抗うつ薬単独群よりも大きな変化量を示したとの結論が得られている(しかしこのstudyはbiasが大きいという問題が指摘されている)

    結論

    ・現在までに行われた11の直接比較のRCTによれば、大うつ病に対する初期治療として抗うつ薬がCBTよりも有意に優れているとの証拠はない。

    ・ただし、この結論はサンプルサイズが小さいことや、現段階ではエビデンスの質が低いことにより、決定的なものではない

    ・また、両者併用が抗うつ薬単独よりも優れていることを積極的に支持するエビデンスもなく、今後の検証が必要

    ・重症度により結論が変化する可能性があり(重症群ではそもそも初期からの精神療法的介入そのものが困難)、検証する必要あり

    ・以上の現状により、日本うつ病学会のガイドラインでもこの報告は引用されていない(しかし無視できる報告でもない)

    ・この報告が今後の検証においても正しいままであった場合、軽度~中等症のうつ病(HAM-D17で18点程度まで)においても、第1選択としてCBT単独として行うことは選択肢として除外できない、ということになる

    うつ病再発予防における抗うつ薬と心理療法(文献1)

    背景

    ・APA2010やNICE2009などのガイドラインでは、再発リスクの高い患者に対して、寛解後少なくとも2年間の維持療法として抗うつ薬を継続することが推奨されている(日本うつ病学会のガイドラインでもAPA2010を引用し、同様の記載となっている)

    ・抗うつ薬は副作用、安全性の問題や、漸減時に再発リスクが高まることが指摘されている

    ・うつ病の再発予防のための、心理学的介入(予防的認知療法、マインドフルネス・ベースド・コグニティブ・セラピー[MBCT]、ウェルビーイング・セラピーなど)を抗うつ薬の投与後に順次行うことも選択肢である。

    ・これらの介入は、抗うつ薬単独と比較して、抗うつ薬との併用で特に治療効果が高く、急性期治療後に抗うつ薬に追加することで、抗うつ薬単独よりも、より再発予防に効果的であることが報告されている(再発のリスク比 0.84で有意差あり。JAMA Psychiatry.2021;78(3):261-269.)

    ・しかし、どのような患者に対して抗うつ薬を漸減するのか、あるいは継続するのがよいかについてのエビデンスはない。

    ・再発うつ病の場合、治療効果に関連する修飾因子や予測因子を特定する試みがこれまでに報告されている。

    ・うつ病の再発リスクと関連する要因としては、以下のようなものが検討されている。発症時の年齢と過去のエピソードの数、成人(小児では関連なし)では初発エピソードの重症度、成人での(小児では関連なし)共存する他の精神病理(特に気分障害)の存在、うつ病や他の気分障害の家族歴(すべての年齢)は再発リスクの増加に関係、さらにネガティブな認知、神経症傾向が高いこと、社会的支援の不足、ストレスの多いライフイベントなども再発リスクとされている。一方で性別、社会経済的地位、配偶者の有無は、うつ病の再発の危険因子ではなさそうとされた(Clin Psychol Rev. 2007;27(8):959-985)

    ・その他、小児期の感情的なネグレクト、心理的虐待(Acta Psychiatr. Scand. 126, 198?207)、慢性疼痛や慢性疾患( BMC Psychiatr. 14, 1?9.)、残遺うつ症状(Behav Cogn Psychother.2019;47(5):514-529.)なども再発リスク因子として報告されている

    ・しかしメタ解析による結果は、全体を総括した結果であり、患者の個別性に応じた治療法の最適化に関する情報は得られない

    ・今回、Individual participant data meta-analysis(IPDMA)を用いて、抗うつ薬の漸減中または漸減後に心理学的介入を順次行うことが、抗うつ薬単独投与の代替となるかどうか、またどのようなケースに有効かを検証した

    方法と対象

    ・完全または部分的に寛解しているうつ病患者(18~65歳)

    ・抗うつ薬漸減しながら予防的心理療法を行う場合と抗うつ薬単剤療法を比較した無作為割付比較試験 N=4 (n=714)

    ・平均追跡期間15カ月

    ・抗うつ薬継続群 n=369、抗うつ薬漸減ないし中止+マインドフルネスに基づく認知療法併用(n=287)、抗うつ薬漸減ないし中止+予防的認知療法(n=58)

    ・共変量として年齢、うつ病発症年齢、婚姻状態、治療セッションへの参加回数、性別、共存する精神疾患の有無、過去のうつ病エピソードの回数、学歴、寛解月数、HAM-Dで測定したベースラインの残存抑うつ症状を抽出

    結果

    ・対象者の平均うつ病エピソード回数 5.6回。すべての参加者は寛解状態で、うつ病寛解得点を定義した試験は4つのうち2つで1つがHAM-Dで7点以下、1つは10点以下。寛解期間は6-8か月(1つは未定義)

    ・ランダム効果モデルでは、抗うつ薬漸減ないし中止+精神療法の抗うつ薬継続に対する再発のハザード比は0.86(95%CI,0.60-1.23)で有意差なし

    ・再発リスクに有意に関連した共変量としては、寛解月数、発症年齢、ベースラインの残存うつ症状であった

    ・これらリスク因子を有する場合でも、(例えばうつ病の残存症状が強く、過去のエピソード回数が多くても)、抗うつ薬漸減+心理療法により、再発のリスクの有意な上昇はみられなかった

    結論


    ・うつ病の臨床的予後因子にかかわらず、抗うつ薬の漸減中および漸減後に心理療法を併用することにより再発リスクの上昇を防ぐことができる可能性がある

    コメント

    ・再発予防のために用いられた心理療法の大半がマインドフルネスに基づくもの(対象症例の83.2%)であったのは印象的でした。いわゆる第2世代の定型的な認知行動療法であればどうなのかについての結論もほしいと思いました(たぶん結論は変わりませんが)


    文献1:Josefien J.F. Breedvelt et al. JAMA Psychiatry. 2021 May 19. doi: 10.1001/jamapsychiatry.2021.0823. Online ahead of print.
    文献2:Halle R Amick et al. BMJ. 2015 Dec 8;351:h6019. doi: 10.1136/bmj.h6019.
    文献3:Cipriani A et al. Lancet. 2018 Apr 7;391(10128):1357-1366

  • これは驚いた

    ・つい1時間前ですが、biogenとエーザイの開発したaducanumabがFDAにより条件付き承認を得たとの衝撃的ニュースが世界中を駆け巡りました。かなり驚きました。

    ・FDAからのpress releaseは以下となります

    FDA’s Decision to Approve New Treatment for Alzheimer’s Disease | FDA

    ・アルツハイマー型認知症に対する承認薬剤としては18年ぶり?の新規作用機序による薬剤となります

    ・ただし今回の承認は条件付き承認であり、Acceraleted Approval pathwayによるもので、臨床的効果に基づく承認ではなく、アミロイドβプラークを減少させることができるという客観的事実から、臨床的有益性を発揮することが期待できそうだということでの承認のようです。ですので、上市後の第4相試験により、臨床効果が検証され、その結果によっては販売中止もありうるようです。

    ・なぜ驚いたかというと、2019年3月にaducanumabの第3相試験中止のニュースが流れた際に公表された、2つの第3相試験(ENGAGE試験、EMERGE試験)の結果において、主要評価項目であるCDR-SBの変化量が、全体としてあまりすっきりせず、例えば対象となる患者群が異なるにしても、ドネペジルでのCDR-SBの変化についての結果(Tariot PN et al ,J Am Geriatr Soc. 2001 Dec;49(12):1590-9.)と比べても、当初6か月間の治療効果について、その差異(ドネペジルではほぼベースラインから変化していない)が明確だったからです。FDA Advisory Committeeも、11人中10人(1人は不明)がEMERGE試験の結果について否定的見解を述べたとも報道され、かなり承認の雲行きが怪しい状態でした。

    ・1年やそこらの期間では、Aβプラーク除去による治療効果ははっきりしないのかもしれません。少なくとも短期的に劇的によくなる、という薬ではなさそうです。

    ・disease modifyingという観点から、ENGAGE試験とEMERGE試験では試験期間が72週間でしたが、さらに2年、3年とみていけば、進行停止が得られるのでしょうか。

    ・結論が得られるのは数年後になりそうで、実際にメリットがあれば素晴らしいことと思います

    ・1つ夢のある方向性があるとすれば、アミロイドβの蓄積自体はアルツハイマー型認知症の発症15年以上前から既に始まっていると言われており、この超早期の段階で、健診などで脳内Aβの蓄積をスクリーニングし、aducanumabを予防的投与することにより、将来のアルツハイマー型認知症の発症が防げるとすれば、それはそれで素晴らしい方向性と言えると思います。今後の進展が期待されるところです。

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