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ここ最近の話題について
2023年01月15日
・しばらく記事の更新をしていなかったので、昨年11月に勉強会で扱った文献の一部をまとめておきます
1.MIND-USA試験とAID-ICU試験
・2018年に報告されたMIND-USA試験(N Engl J Med 2018;379:2506-16)では、ICUせん妄に対してハロペリドール点滴とジプラシドン点滴の有効性(14日間でのせん妄ないし昏睡のない日数)がプラセボ対照で比較されました。
・主要評価項目でハロペリドールもジプラシドンもプラセボ群と有意差なしでしたが、わずか11%のみが過活動型せん妄であったなど、実臨床で投薬適応となる場面とは差異があり、外的妥当性に問題がある結果と思われました。
・今回AID-ICU試験の結果が報告され(N Engl J Med. 2022 Oct 26. doi: 10.1056/NEJMoa2211868. Online ahead of print.)、今回は過活動型せん妄が約40%と割合が多くなったことと、主要評価項目が”無作為割付後90日時点での生存かつ退院し病院外で過ごした日数”とのことで、よりアウトカムとして患者利益よりの指標となったことが特徴となります。
・結果は主要評価項目はハロペリドール群 35.8日(95% CI 32.9 to 38.6)、プラセボ群 32.9日(95% CI 29.9 to 35.8)で調整後平均差は2.9日(95% CI -1.2 to 7.0)で有意差なしで、有害事象の割合は両群間で有意差はありませんでした。
・副次的評価項目はとても保守的な評価をしていて多重比較の観点から有意水準αとして0.01(99%信頼区間)を設定していました。そのため副次的評価項目であるせん妄ないし昏睡なしの平均日数の調整後のmean differenceは5.1日(99% CI -1.2 to 11.3)となっていますが、これが95%信頼区間ならハロペリドールが優位な結果となっていたところでした。
・多重比較の調整をするのはいいのですが、副次的評価項目には有害事象も入っており、有効性に関する尺度との相関がほとんどないと思われるものまで調整されていたので疑問でした。
2.速効性のある抗うつ薬になるか
・セロトニントランスポーターの細胞内分子機構に着目し、もしかしたら速効性のある抗うつ薬になるかもしれないとの基礎実験での報告(Science. 2022 Oct 28;378(6618):390-398. doi: 10.1126/science.abo3566. Epub 2022 Oct 27.)がありました。
背景
・セロトニントランスポーター(SERT)は現在抗うつ薬の主なターゲットになっている。しかしセロトニントランスポーター阻害剤は重大な限界がある。作用発現までに3-4週間かかること、治療後に回復する患者の割合は少ないこと、自殺関連事象を含む重大な副作用がありうること、などである。
・背側縫線核は脳内の主要なセロトニン神経系の起始核である。これら神経は皮質や辺縁系に投射し抑うつ気分の改善に主要な役割を果たすと考えられている
・背側縫線核におけるセロトニン1A自己受容体の役割は、皮質や海馬におけるシナプス後膜のセロトニン1Aヘテロ受容体とは正反対の機能を有する
・生理的条件下においては、背側縫線核の細胞体樹状突起上のセロトニン1A自己受容体の活性化は、皮質、海馬、その他の部位におけるセロトニン放出の減少をもたらす。(セロトニン仮説では)うつ状態においては、背側縫線核の細胞体樹状突起上のセロトニン1A受容体は過活動状態になっており、セロトニン神経系の発火頻度の減少をもたらし、シナプス間隙のセロトニン濃度を低下させ、シナプス後膜のセロトニン1Aヘテロ受容体の不活性化をもたらすといわれている。
・セロトニントランスポーターの阻害は細胞体樹状突起上のセロトニン1A自己受容体およびシナプス後膜セロトニン1Aヘテロ受容体の双方の活性化をもたらす。セロトニン1A自己受容体の脱感作は、数週間という時間でセロトニン1A自己受容体とセロトニン1Aヘテロ受容体の間のバランスを変化させ、シナプス後膜セロトニン1Aヘテロ受容体を介した抗うつ効果が発揮されるようになる。このことは、背側縫線核におけるセロトニン1A自己受容体を介したシグナル経路の活性化がセロトニントランスポーター阻害剤の効果発現が遅れる主な理由であることを示唆している。
・神経型一酸化窒素合成酵素(nNOS)は背側縫線核において、セロトニントランスポーターとの物理的相互作用を介してセロトニントランスポーターの細胞膜表面への局在化を制御している。
・細胞膜表面へのセロトニントランスポーターの局在化は背側縫線核における細胞内セロトニン濃度を決定し、それゆえに背側縫線核のセロトニン1A自己受容体の機能を決定する
・研究者らは、セロトニントランスポーターとnNOSの結合を阻害することにより、セロトニントランスポーターの機能が亢進し、背側縫線核のセロトニン1A自己受容体を介したシグナル伝達が減少し、それ故に背側縫線核のセロトニン神経系の発火が亢進するのではないかとの仮説をたてた。
・もしこの仮説が正しければ、セロトニントランスポーターとnNOSの相互作用を阻害する薬剤は、現在の抗うつ薬の欠点を克服し、速効性のある抗うつ薬として機能することが期待される。
背側縫線核におけるSERT-nNOS複合体形成がうつ症状の変化に寄与する
・蛍光抗体法により、マウスの背側縫線核においては、nNOSとセロトニントランスポーター(SERT)の約90%が共局在していることがわかった
・共免疫沈降法とウェスタンブロット法により、セロトニントランスポーター濃度および総セロトニントランスポーターに占めるSERT-nNOS複合体の割合は、うつ病に関連する脳部位(海馬、前頭前野、側坐核、視床下部、線条体を含む)の中で背側縫線核で最も高いことがわかった
・SERT-nNOS複合体が背側縫線核で多い理由は、前頭前野や海馬などではセロトニン神経終末のシナプス前膜にnNOSが存在しないことに起因する可能性がある
・慢性軽度ストレス(CMS)モデルはげっ歯類の古典的うつ病モデルである。マウスに対して4週間の慢性軽度ストレス曝露の結果、背側縫線核のSERT-nNOS複合体は有意に増加したが、その他の脳部位では増加はみられなかった。しかし慢性軽度ストレス曝露は、背側縫線核におけるnNOSのmRNA発現量やnNOSタンパク質量、一酸化窒素産生量、タンパク質のニトロシル化には影響を与えなかった
・背側縫線核において選択的にSERT– nNOS相互作用を阻害するため、トリプトファン水酸化酵素 2(TPH2)陽性神経細胞においてのみnNOSの発現をノックアウトするコンディショナルノックアウトマウスをCRISPR/Cas9ゲノム編集技術を用いて作成した。このマウスはタモキシフェン投与によりnNOS発現が背側縫線核においてノックアウトされる
・タモキシフェン投与4週後には背側縫線核におけるnNOS濃度は顕著に減少し、細胞膜でのセロトニントランスポーター発現量の有意な増加がみられた。またtail suspension test (TST) およびforced swimming test (FST) において抗うつ薬類似の行動がみられた
・さらに背側縫線核におけるセロトニントランスポーターとnNOSの複合体形成のうつ症状への影響を調べるため、nNOSと相互作用をするタンパク質の探索を行った。その結果Sakura seriesに属する2種類の化合物(Sakura-6、Sakura-8)が同定された。この2種類の化合物はセロトニントランスポーターとnNOSの複合体の量を有意に増加させ、細胞表面のセルトラリントランスポーター濃度は減少させた、つまり、セロトニントランスポーターとnNOSの相互作用促進剤といえる
・Sakura-6を背側縫線核にマイクロインジェクションすると、2時間後にマウスにおいてうつ病様行動が観察された(TSTおよびFSTでの不動時間の延長)。Sakura-6投与はnNOSとセロトニントランスポーターの総発現量は変化させなかった。一方で背側縫線核にセロトニン1A受容体アンタゴニストを前処置で投与すると、Sakura-6を投与してもうつ病様行動は観察されなかった。このことはSakura-6の作用がセロトニン1A受容体を介していることを示唆するものである
・またSakura-6を内側前頭前野、腹側海馬に注入してもうつ病様行動はみられなかった。Sakura-8を背側縫線核に注入しても同様にうつ病様行動が観察された
・さらにnNOS発現を亢進させた場合の状態をみるため、遺伝子組み換えレンチウイルスベクターによりnNOSの全長cDNAを注入した。その結果注入28日後においてSERT-nNOS複合体は有意に増加し、細胞膜のセロトニントランスポーター濃度が減少した。またnNOSが触媒活性(NO産生活性を有しない)を有さない場合はTSTおよびFSTにおいてうつ病様行動が引き起こされたが、触媒活性を有する場合にはうつ病様行動は誘発されなかった。これは産生されたNOが予期しない効果を生じさせたためと考えられる
背側縫線核におけるSERTからのnNOSの解離が速効性のある抗うつ作用を生み出す
・セロトニントランスポーターとnNOSの相互作用には、 nNOS の PDZ 結合モチーフである セロトニントランスポーター の C末端15アミノ酸の存在で十分である。 SERT-nNOS 複合体は、脳における SERT の細胞膜への局在を減少させ、それによって 背側縫線核におけるセロトニン作動性神経の セロトニン再取込みを減少させる。
・研究者らは感情的ストレスはSERT-nNOS相互作用を促進し、細胞表面へのセロトニントランスポーターの局在化を減少させ、そのことにより背側縫線核でのセロトニン1A自己受容体の活性化を引き起こし、うつ症状を引き起こすとの仮説をたてた。
・この仮説が正しければ、セロトニントランスポーターとnNOSの解離を促進すれば、うつ症状の発現を防ぐことができる可能性がある
・研究者らはTAT-SERT-15Cとよばれる人工ペプチドを作成した。これはセロトニントランスポーターのC末端の15アミノ酸のN末端側にTatタンパク質を結合させたものである。Tatタンパク質はHIVI型由来のタンパク質であり、SERT-15Cを細胞内に注入することを可能にする
・セロトニントランスポーターおよび nNOS をコードする全長 cDNA を注入した 293T 細胞を Tat-SERT-15C と共に培養したところ、Tat-SERT-15Cの投与量に依存してSERT-nNOS複合体の減少とセロトニントランスポーターの細胞膜への局在化が増加した。
・マウスの背側縫線核にTat-SERT-15Cをマイクロインジェクションすると2時間後に全セロトニントランスポータータンパク質に占めるSERT-nNOS複合体の割合は減少し、細胞膜のセロトニントランスポーター濃度が有意に増加した。また背側縫線核における細胞間のセロトニン濃度もin vivoで有意な減少を示し、抗うつ薬様の効果を示した
・続いて、28日間の慢性軽度ストレス曝露後にTat-SERT-15C、フルオキセチン、プラセボをマウスの背側縫線核にマイクロインジェクションした。28日間の慢性軽度ストレス曝露は、背側縫線核における細胞間セロトニン濃度とSERT-nNOS複合体を有意に増加させ、細胞表面のセロトニントランスポーター濃度を減少させた。Tat-SERT-15C投与は慢性軽度ストレス曝露による変化を改善した。しかしながらフルオキセチンは慢性軽度ストレス曝露によって生じた背側縫線核におけるセロトニン濃度上昇をさらに増幅させた。
・さらに選択的セロトニン1A受容体アゴニストである8-OH-DPATを背側縫線核にマイクロインジェクションし、Tat-SERT-15Cを腹腔内投与したところ、2時間後の行動試験において、8-OH-DPATはTat-SERT-15Cによる抗うつ様作用を有意に阻害した。
・以上の結果は、SERT-nNOS相互作用が背側縫線核の細胞体樹状突起のセロトニン1A自己受容体を介してうつ症状に影響を与えることを示唆するものである。
背側縫線核におけるSERT-nNOSの作用にはセロトニン神経系の活性化が必要である
・背側縫線核におけるセロトニン神経の活動は細胞体樹状突起のセロトニン1A自己受容体を介した細胞間セロトニンのネガティブフィードバックにより制御されている
続いて、速効性のあるTat-SERT-15Cの効果が背側縫線核のセロトニン神経系の発火頻度の増加によるものかどうかを調べた・背側縫線核の神経細胞を光遺伝学的に刺激し、その神経発火を記録するin vivoモデルマウスを作成した
・モデルマウスの背側縫線核にチャネルロドプシン2(ChR2)を発現させるアデノ随伴ウイルスベクターをマイクロインジェクションし、記録電極や光源を埋め込んだ後、記録2時間前にTat-SERT-15Cを腹腔内投与した。その結果、Tat-SERT-15C投与はセロトニン神経の発火頻度を有意に増加させた
・さらに、セロトニン神経系の発火頻度の増加がTat-SERT-15Cの効果発現に必要なことを示すため、セロトニントランスポーターを発現する背側縫線核の神経細胞を、CNO(clozepine-N-oxide)投与により発火しなくさせることのできるようにCNOに対するデザイナー受容体をアデノ随伴ウイルスベクターにより発現させた。その結果、CNO非投与下においてTat-SERT-15Cを投与したマウスは抗うつ薬様行動を示したが、CNOを投与するとそのような行動変化はみられなかった
・内側前頭前野や腹側海馬に投射するセロトニン神経末端からのセロトニン放出は、背側縫線核のセロトニン神経の発火頻度により制御されており、背側縫線核のセロトニン1A自己受容体により負の制御を受けている。そこで、慢性軽度ストレス曝露による背側縫線核の細胞間セロトニン濃度の上昇は、セロトニン1A自己受容体を活性化し、セロトニン神経の発火頻度を減少させ、内側前頭前野や腹側海馬におけるセロトニン放出を減少させるとの仮説をたてた
・この仮説が正しければ、SERT-nNOS複合体を解離させることにより、慢性軽度ストレス曝露による変化を改善することができることとなる。そこで、Tat-SERT-15Cおよびフルオキセチンを背側縫線核に注入し、24時間後の背側縫線核、内側前頭前野、腹側海馬のセロトニン濃度を測定した
・その結果、Tat-SERT-15C注入により、背側縫線核のセロトニン濃度は減少し、内側前頭前野と腹側海馬のセロトニン濃度は有意に増加した。一方でフルオキセチンでは全く逆の結果となった
・フルオキセチンの慢性投与は抗うつ活性を有するが、背側縫線核へのフルオキセチンのマイクロインジェクションはうつ病様行動を引き起こした。
・再びCNOにより不活性化するデザイナー受容体と蛍光タンパク質GFPを背側線条体にAAVで注入し、行動試験の2時間前にTat-SERT-15Cを腹腔内投与し、内側前頭前野もしくは腹側海馬にCNOを注入した。その結果、背側縫線核ー内側前頭前野経路をCNOで不活性化した場合には、Tat-SERT-15Cによる抗うつ様作用は消失し、一方で背側縫線核ー腹側海馬経路をCNO で不活性化した場合には、Tat-SERT-15Cによる抗うつ作用は消失しなかった。
ケタミンないしフルオキセチン投与は背側縫線核におけるSERT-nNOS複合体形成に影響を与えなかった・RNAシークエンシングの結果、背側縫線核にTat-SERT-15Cのマイクロインジェクションを行った場合、ケタミンまたはフルオキセチンを腹腔内投与した場合とで内側前頭前野の異なる遺伝子発現プロファイルに影響を与えることを結果が得られ、Tat-SERT-15Cとケタミンとフルオキセチンの作用メカニズムが異なることを示唆する結果であった
SERTとnNOSの解離による低分子速効性抗うつ薬
・続いて、選択的にSERTとnNOSの解離をもたらす低分子を探索した。その結果、ZZL-7と呼ばれる低分子を同定した。
・nNOSとSERTを注入した293T培養細胞にZZL-7を投与し2時間培養すると、SERT-nNOS複合体濃度が有意に減少した。モデルマウスのin vivo電気生理実験では、ZZL-7は投与2時間後にセロトニン神経の発火頻度を有意に増加させた。WTマウスでは、ZZL-7は投与2時間後にTSTおよびFSTにおける無動時間の短縮を示し、速やかな抗うつ様作用が示唆された。nNOSをノックアウトしたマウスでは、ZZL-7投与はTSTおよびFSTの無動時間に影響を与えなかった
・ZZL-7を胃内投与すると、投与2時間後に用量依存性に抗うつ様行動が見られた。慢性軽度ストレス曝露マウスにZZL-7を静脈内投与したところ、ZZL-7は抗うつ作用を示した。ZZL-7は慢性軽度ストレスによる背側縫線核のSERT-nNOS複合体の増加を抑制し、投与2時間後に慢性軽度ストレス曝露によるうつ行動を回復させた。この速効性の抗うつ効果は、少なくとも24時間持続した
議論
・背側縫線核のセロトニン1A自己受容体を選択的に阻害することは、速効性のある抗うつ薬を発見するための戦略と考えられている。しかしシナプス後膜のセロトニン1A受容体に影響を与えることなく、背側縫線核のセロトニン1A自己受容体を選択的に操作するかは未解決であった。
・もし背側縫線核のセロトニンを選択的に減少させることができれば、背側縫線核のセロトニン1A受容体の機能を選択的に抑制することができる。今回、セロトニントランスポーターをnNOSから解離させる作用を有する物質(SNIBs)を投与することにより細胞膜上のセロトニントランスポーターが増加し、そのことにより背側縫線核のセロトニン神経の活動が増加し、内側前頭前野でのセロトニン放出が増加し、速効性のある抗うつ作用を発揮しうることを発見した。
・さらに低分子化合物ZZL-7はうつ病モデルマウスにおいて速効性のある抗うつ作用を発揮した。ZZL-7はセロトニン1A自己受容体の脱感作を必要とせず背側縫線核のセロトニン1A自己受容体を不活性化するためSSRIの欠点を避けることができる可能性がある。
RNAシークエンシングの結果、ケタミンとTat-SERT-15Cとで遺伝子発現プロファイルは異なっており、作用機序が異なることを示唆するものである・背側縫線核ー内側前頭前野セロトニン神経回路の活性化がSNIBsの速効性のある抗うつ作用に寄与していることを示唆する結果が得られた
・SNIBは新規速効性抗うつ薬として機能する可能性があり、今後の臨床試験の実施が期待される
コメント
・このところ何かと逆風の強いセロトニン仮説ですが、この治療戦略がうまくいけば復活できるのですがどうでしょうか。まだ基礎実験の段階で、動物実験でうまくいった化合物がヒトではその通りにいかないことは非常に多いので何ともいえないところです。
3.双極性障害と抗精神病薬
・統合失調症では疫学研究により総死亡リスクを減少させることが報告されている抗精神病薬ですが、双極性障害ではそうでもないかもという報告(Acta Psychiatr Scand. 2022 Oct 10. doi: 10.1111/acps.13509. Online ahead of print.)です。
背景
・双極性障害はスウェーデンのコホート研究では、リチウムの単剤使用と比較して、リスペリドンなど一部抗精神病薬の単剤使用は死亡率の軽度上昇との有意な関連が報告された。しかし、この報告では重症度や用量などの影響は考慮されておらず、単剤投与症例数もそこまで多くないため、確定的な結論はだせない(JAMA psychiatry. 2013;70(9):931-939.)。・双極性障害患者を対象とした研究では、他の併用薬の使用を同時にコントロールした場合の向精神薬の累積投与量と死亡リスクとの関連について検討したものはない。
・本研究では、台湾の死亡登録レジストリともリンクしたNational Health Insurance Research Database (NHIRD)を用いて、双極性障害患者の全国コホートにおいて、向精神薬への曝露の程度と全死亡および特定の死亡原因との関連を検討することを目的とした。
対象と方法
・NHIRDより2010年に15歳以上で、精神科医により双極性障害と診断された患者を抽出
双極性障害と診断後1年以内に統合失調症と診断された患者は除外・Index dateは2010年に最初に双極性障害と診断された日とし、観察期間はindex dateから2014年までのobservation windowの終了日とした。
・台湾の人口は2300万人であり、1995年に始まった台湾の国民健康保険は、医療費の払い戻しを一元化し、台湾に居住するすべての国民と外国人に医療へのアクセスを保証する、強制加入の医療サービス保険制度である。
・NHIRDは、保険加入者の匿名化された電子健康情報記録で、サービス利用日、支出、臨床的処置、投薬内容、人口統計に関するデータを含む。2016年以前のNHIRDの診断には、ICD-9-CMが適用された。
・NHIRDより年齢、性別、社会経済的指標(低所得世帯、居住地、月収に応じた保険のカテゴリー(月収に応じて4段階のカテゴリーがある)、高額医療費証明書の有無)などを抽出
抗精神病薬への曝露はDDDで評価。さらに投薬期間(日数)でDDDを合算し総投与量を算出。総投与量を投与日中で割って、平均1日投与量を算出・平均1日投与量より、非曝露群、低用量曝露群(<0.5 DDD)、中等量曝露群(0.5-1.5 DDD)、高用量曝露群(>1.5 DDD)に分類
・Cox回帰にて生存解析を行い、共変量として向精神薬への曝露の程度、年齢、性、社会経済状態、一般身体状態の代理指標として指標診断後1年間の非精神科医療費、また重症度の代理指標として高額医療費証明書の保有と指標診断後1年間の精神科病棟への入院の有無などを抽出し調整した
・全死亡のハザード比(HR)は、向精神薬の種類ごとに、曝露なし群を参照群として推定した。また、心血管疾患や自殺を含む特定の死因に対するHRも、向精神薬の種類ごとに算出された
結果
・全体として49298名の双極性障害患者が含まれた。平均年齢47.46歳。41.08%が男性
社会経済的状況については、低所得者層が3.97%、都市部出身者が29.68%であった。保険料の分布は、低い方から順に55.24%、35.20%、8.18%、0.52%であった。また、40.35%の人が高額医療費証明を受けており、12.51%の人が最初の診断から1年以内に精神科病棟に入院していた・5年間の追跡期間中に8.06%が死亡。コホート全体の平均追跡日数は1731日。
64.28%(n=31 691)が気分安定薬を、71.13%(n=35 066)が抗精神病薬を、67.65%(n=33 349)が抗うつ薬を使用し、95.64%(n=47 148)がフォローアップ期間中に何らかの鎮静催眠薬を処方されていた・非曝露群に比べて、気分安定薬曝露群は、投与量に関係なく総死亡リスクが低下し、高曝露群で最も顕著に死亡リスクが低下していた(低用量曝露群:HR: 0.778, 95% CI, 0.725 to 0.836; 中等量曝露群:HR:0.74、95%CI 0.662 to 0.827、高用量曝露群:HR:0.684、95%CI:0.472 to 0.992)
・抗精神病薬に非曝露群と比較して、抗精神病薬曝露群では、全死亡リスクが用量依存性に増加した。最大のリスク増加は高用量曝露群で認められ(HR: 2.084, 95% CI, 1.690 to 2.570)、次いで中等量曝露群(HR: 1.692, 95% CI, 1.509 to 1.898 )、低用量曝露群(HR: 1.134, 95% CI, 1.212 to 1.423 )であった。
・抗うつ薬曝露群は、非曝露群に比べて総死亡リスクが減少していた。
・鎮静催眠剤の低用量および中等量曝露群は、非曝露群と比較して、総死亡リスクの低下と関連していた。
・中等量または高用量の気分安定薬曝露は、心血管j系死亡リスクに有意な影響を及ぼさず、低用量曝露群では非曝露群と比較して心血管系死亡リスクの低下が確認された(HR: 0.705, 95% CI, 0.588 to 0.845)
・一方、抗精神病薬曝露群では、非曝露群に比べて心血管系死亡率の用量依存的な増加がみられた。
・高用量の気分安定薬曝露群は、非曝露群と比較して、自殺死亡率のハザード比が有意に減少していた。
・鎮静剤への高用量曝露は、非曝露群と比較して、自殺死亡率の有意な上昇と関連していた
議論
・気分安定薬の曝露は、非曝露群に比べて全死亡リスクの低下と関連していた。対照的に、抗精神病薬の曝露は、非曝露群に比べて全死亡および心血管死亡の用量依存的な増加と関連があることが判明した。・気分安定薬への非曝露群と比較して、気分安定薬曝露群は、投与量にかかわらず総死亡リスクが低下し、最も顕著なリスク低下は高用量曝露群で認められ、総死亡リスクは最大31.6%減少した。
・本研究では、気分安定薬は、併用薬および疾患の重症度指標で調整した後、低用量曝露群において、総死亡リスクの低下だけでなく、心血管疾患による死亡リスクの減少と関連していることを示唆する結果が得られた。リチウムとバルプロ酸は心血管系疾患に対する保護的作用を有することを示唆する基礎研究の報告がある。ただし、本研究での選択バイアスの影響も考慮する必要がある、気分安定薬の投与を受けていない患者では、心血管系疾患の併存率が高かった(非曝露群 22.35%、低用量曝露群 15.73%)
・気分安定薬への高用量曝露は、自殺死亡率の有意な減少と関連していた。このことは最近発症した双極性障害患者において、前月に気分安定薬を投与された群では、非投与群と比較して自殺関連事象および自殺完遂が減少したとのコホート研究の結果と一致している(J Affect Disord. 2016;196:71-77.) 。リチウム投与による自殺リスクの減少はしばしば報告されている。気分安定薬の十分量の投与は自殺リスクを有する患者に対して適切な可能性があるが過量服薬にも注意を要する。
・本研究では、非曝露群と比較して、抗うつ薬曝露は用量に関係なく、総死亡率および心血管系死亡率の低下と関連していた。双極性障害患者における抗うつ薬の使用と死亡率の関連については、研究によって結論が一致しない。ある報告(J Clin Psychiatry. 2005;66(12):1586-1591)では、抗うつ薬の治療期間は双極性障害患者の死亡リスクに有意な影響を及ぼさないことが報告され、別の報告(Psychosom Med. 2009;71(6):598-606)ではSSRIへの曝露が心血管死亡リスクに保護的効果を有す可能性が報告されており、これは今回の結果と一致する。
・一方、中等量および高用量の抗うつ薬曝露は、自殺死亡率の上昇と関連していることがわかった。しかし、抗うつ薬はより抑うつ状態にあり自殺リスクが高い患者に処方されている可能性があるため、この結果は重症度により媒介されている可能性がある。臨床の現場では、患者が重度の抑うつ症状を抱えている場合、抗うつ薬の使用を避けることが困難な場合がある。この点から、双極性うつ病で自殺のリスクが高い患者に抗うつ薬を処方する際には、利益と副作用を慎重に検討する必要がある。
・統合失調症においては慢性高用量ベンゾジアゼピン投与は死亡リスクの増加と関連することが報告されている(Am J Psychiatry. 2016;173(6):600-606.、Arch Gen Psychiatry. 2012;69(5):476-483)。対照的に双極性障害患者が鎮静催眠薬を使用した場合、低用量から中等量では総死亡率が低下し、用量に関係なく心血管死亡率が低下することを示唆する結果が得られた。
・一方で高用量の鎮静催眠薬を使用している双極性障害患者においては、自殺死亡リスクの増加が認められた。高用量の鎮静催眠薬を処方された患者における自殺死亡リスクの増加は、一般に自殺リスクの増加と関連する不眠や不安症状を持つ患者に鎮静催眠薬が処方されることから、疾患の重症度に一部影響を受けている可能性がある。自殺リスクの高い患者に対して高用量の鎮静催眠薬を処方する際には注意を要する。
・Limitationとして未調整の交絡因子が存在する可能性、selection biasの問題がある。また疾患の期間と重症度、向精神薬の使用歴、併存する身体疾患と精神疾患、併存する身体疾患の治療薬、患者のライフスタイル、服薬アドヒアランスに関する正確な情報は得られていない。また本研究では、個々の抗精神病薬の死亡アウトカムへの影響を評価することはできなかった。
コメント
・長期予後の観点からは気分安定薬を適切に使用することが重要であることを示唆する結果といえるかもしれません。 -
今年も1年ありがとうございました。
2022年12月31日
・今年も新型コロナウイルス終息の気配はなく、当院でもクラスターが発生し、患者様、入所の皆様、ご家族の皆様にはご心配をおかけしました。
・県央保健所や県関係者の皆様のご支援と職員の皆様のご尽力により医療介護サービスの提供を維持できていることに感謝いたします。
・クラスター発生後も勉強会は粛々と継続しておりましたが、ブログの更新は停止しておりました。年明けにでもここ2か月間扱った話題をまとめて更新いたします。
・今後も寒い日々が続きますが、皆様におかれましてはどうかご健康にお気を付けになってお過ごしください。
・来年は皆様にとって幸多き一年でありますことを祈念いたします。
石東病院
院長 安田 英彰 -
メンデルランダム化など
2022年10月22日
・小児期のトラウマの存在が成人期におけるうつ病の治療効果に影響するかどうかについての報告がでました(文献1)。
・解析手法としてpre-post effect sizeを用いており、それをさらにpairwise meta-analysisで比較して統合しているため、因果推論の技法の1つであるDifference in differences法を用いているということなのだと思います。これによりベースラインの重症度によらず、治療効果(HAM-Dなどの変化量)のみを比較可能ということになります。
・結論としてはトラウマの有無に関わらず治療効果は有意差なしということなのですが、このことはアウトカムが有意差がないということにはなりません。変化量だけを比較しているため、ベースラインが重症であればエンドポイントもその分重たいということになります。
・実際ベースラインはトラウマ有群が有意に悪く、エンドポイントもそのようにみえますので、寛解率などの数値で比較すれば、トラウマ有群がなし群より有意に悪いという結論もありうることになります
・メンデルランダム化解析により脳画像由来表現型と精神疾患リスクとの因果関係を考察した論文(文献2)がでました。・メンデルランダム化は曝露要因(リスク因子)と因果関係を有し、なおかつ交絡因子とは因果関係のない遺伝子多型を用いて、曝露群と非曝露群とで疑似的なランダム化を実現するという手法です。
・観察研究でありながら、因果関係も議論できるのが強みというところです。ただし、因果関係について議論するためにはいくつか前提条件を満たす必要がありますし、メンデルランダム化解析により因果関係が有意ではなかったからといって、曝露要因とアウトカムとの因果関係がないと結論付けることはできません。
・なぜなら、遺伝子多型がもたらす曝露要因への影響は、長期間ほぼ一定の影響を与える性質のものであり、リスク因子に短時間で高用量の曝露がもたらされるような状況は実現できないからです。あくまで遺伝子多型の範囲で差異が生じうる曝露要因とアウトカムとの因果関係を議論可能ということになります。
・メンデルランダム化解析が、群間の交絡因子の偏りを除去しうる強力な手法であることは、例えばCRPの高値と冠動脈疾患のリスクとの因果関係を調べたメンデルランダム化解析(BMJ. 2011 Feb 15;342:d548. doi: 10.1136/bmj.d548.)の図1をみればよくわかります。
・結論としては、forceps majorのorientation dispersion index(OD)が1SD増加すると、統合失調症リスクが32%低下(orientation dispersion index は神経突起のangular variationを特徴づける指標)
・tapetumの平均拡散性(mean diffusivity:MD)が1SD増加すると、統合失調症のリスクが35%増加(MDは脳の構造的統合性を評価するための全方向への水分子の拡散性を示す指標)
・両脳半球の上前頭後頭束の異方性比率(fractional anisotropy:FA)は統合失調症リスクと負の相関みられ、右半球の上前頭後頭束のFAが1SD減少するごとに統合失調症リスクが21%増加。また、左半球では同じ構造変化で23%増加
・第三脳室の容積が1SD増加すると、統合失調症のリスクが16%増加。
・左半球の上放線冠のMD値が1SD増加すると、神経性やせ症のオッズが26%増加。
・右半球の上放線冠の細胞内の制限拡散(intracellular volume fraction:ICVF)の値が1SD増加すると、神経性やせ症のオッズが18%低下。左半球の同様の構造変化も、神経性やせ症の低リスクと関連(ICVFは、細胞内拡散に基づく神経突起密度の測定に有用な微細構造パラメータ)
・左側坐核の体積が 1SD増加すると、双極性障害のリスクが 46%低下
・結果の多くがMRIの拡散テンソル画像から得られた指標であったことは興味深い点でした。これらの変化が各疾患のどのような症状と関連するのか、治療の影響はどうなのかなどが気になります。
文献1:Childhood Trauma Meta-Analysis Study Group Lancet Psychiatry. 2022 Nov;9(11):860-873. doi: 10.1016/S2215-0366(22)00227-9. Epub 2022 Sep 22.文献2:Guo J. et al. Nat Neurosci. 2022 Oct 10. doi: 10.1038/s41593-022-01174-7. Online ahead of print
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SARS-Cov-2
2022年10月01日
・研究者らにとっても予期したことと、正反対な結果が得られたとの興味深い報告がありました。
・ショウジョウバエモデルでの実験の話なのですが、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のウイルス非構造タンパク質(ウイルスがコードしているが、ウイルス粒子の一部ではないタンパク質)であるNsp1がALSやアルツハイマー病を含むいくつかの神経変性疾患のショウジョウバエモデルにおいて神経や筋組織の変性などを防ぐ効果を有することが報告されました(文献1)。
・もともとはLong-COVIDの病態解明のために実験されたようで、病態のさらなる悪化がみられることを予想して実験したら反対の結果になったようです。
・Nsp1の機能はよくわかっていないようですが、ウイルスが細胞に侵入した後に最初に合成されるタンパク質群の一部のようで、宿主の40SリボソームのmRNAエントリーチャネルをブロックしたり、mRNAの分解を引き起こしたりして、宿主遺伝子の翻訳を阻害する悪さをするようです。
・今回、研究者らはアルツハイマー型認知症(AD)モデルショウジョウバエを用いた実験を行いました。アミロイド前駆タンパク質のC末端断片(C99)を発現させADの病態を再現するモデルのようです。
・組織特異的にNsp1を発現させる方法により、C99を発現させたショウジョウバエ筋組織にNsp1を共発現させたところ、C99によるタンパク質恒常性維持機能の障害とタンパク質凝集体形成による筋組織の異常が、完全に抑制されたとのことです。
・神経細胞においてもC99を発現させると認知機能障害がみられるらしいのですが、これらの障害もNsp1の共発現により抑制されたとのことです。
・同様の結果はfull-lengthのアミロイド前駆タンパク質を発現させた場合でも観察されました。
・Nsp1のこのような保護的な効果は、C9orf72遺伝子変異ALSショウジョウバエモデルやパーキンソン病のショウジョウバエモデルにおける神経筋接合部においても観察されています。
・Nsp1はリボソームによる翻訳の停滞(ribosome stalling)とその結果として生じるリボソームの衝突(ribosome collision)によって生じるタンパク質品質管理機構の障害を防ぐ効果により、細胞を保護する作用を発揮するようです。
・もともとはNsp1のこのような機能は、ウイルスの生存戦略として宿主の翻訳が停滞したリボソームをリサイクルし、ウイルス翻訳に利用できるようにするためなどではないかと考察されています。
・組織特異的にこのようなタンパク質を発現させることができれば、もしかしたら新しい治療法の開発につながるかもしれません。
文献1:Xingjun Wang et al. Proc Natl Acad Sci U S A. 2022 Oct 18;119(42):e2202322119. doi: 10.1073/pnas.2202322119. Epub 2022 Sep 28.:
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里親と施設ケア
2022年09月19日
・PNASにかなり倫理的に実現が困難と思われるルーマニアでのRCTの結果が報告されていました(文献1)。何らかの理由で養護施設に入所した子供を里親ケア群と施設ケア群とに無作為割付し、18歳時点でのIQを評価したものです。
・倫理面への配慮として、どちらの群に割付されても、そのケアにあたって相応の資金援助を行ったとのことです。
・結論としては里親ケア群は施設ケア群と比較して有意に総IQが高いというものでした
・ただし、里親ケアでも施設ケアでも養育者によるケアの質が高いことが最も重要なmediatorであり、どちらの環境であっても質の高いケアを提供することがIQにとって重要であるということが示唆されました。
・質の高いケアの提供のためには何が必要なのかということも考えさせられる内容になっています
里親制度とIQ
背景
・低資源環境で育つ子どもたちの認知能力を強化するための早期介入は有用であるが、その恩恵は一般的に時間とともに薄れることが報告されており(J. Res. Educ. Eff. 10, 7–39 (2017).)、IQの向上は一過性である可能性が指摘されている。・早期介入による効果が一過性にもので終わるか持続するかどうかは、そのような介入のための資金配分に大きな影響を与えうる
・家庭的環境で養育された子どもの認知機能は集団的環境で養育された子どもより優れているという報告はあるが(Science 318, 1937–1940 (2007).)、これらの養育が成人期初期まで長期的に効果を持つのか、ケアの質がこの優位性に関与するのか、人生のより早い時期に家庭的養育環境ですごした方が有利なのか、同じ養育環境を子ども時代の長期にわたって継続する必要があるかどうかは分かっていない。
・ブカレスト早期介入プロジェクト(BEIP)は、ルーマニアの何万人もの施設入所児童のケアに関する緊急の意思決定ニーズに対応するため、無作為割付デザインを用いて、早期剥奪体験後のケア強化と18歳時点でのIQとの因果関係を検討した。
・施設に暮らす幼い子どもたちは,ベースライン時の平均年齢が22カ月で評価され,質の高い里親への割付群(FCG)または施設ケアの継続群(CAUG)のいずれかに無作為に割り付けられた。
・研究者らはルーマニアの共同研究者とともに里親ネットワークを構築、維持し,資金を提供した。子どもたちが54カ月になった時点で研究者らによる里親ネットワークの管理は終了し、里親らの管理は地方政府に移管された。その後成人期早期まで追跡され、成人期早期でのIQが評価された。
対象と方法
・合計135名の子供がエントリー。養護施設の子供は95名(うち46名が施設ケア継続、49名が里親ケア)、比較群(対照群ではない)として40名の地域在住の子供
・参加者は平均18.74歳までフォロー
・里親制度に興味のある成人にスタッフがコンタクトをとり、身元確認をされた後、ブカレストのNGOより施設で暮らす子どもの典型的な行動や習慣などについての研修を受けた。その後子供たちが30カ月、42カ月の時点でケアの質についてObservational Record of the Caregiving Environmentにより評価された。この評価は養育者(施設では子供がもっとも好きな養育者)と子供の間の様子を録画した際の行動により評価された。評価は感受性、発達への刺激、子どもへの肯定的な評価、平板化した感情(マイナス評点)、無関心(マイナス評点)の質的スコアを平均化することで作成。
・42か月時点で参加者はストレンジ・シチュエーション法(strange situation procedure)により愛着の質の評価をうけ、愛着の安全性を1点(安全性なし)から9点(最も安全)まででコード化した。
・無作為化後の数年間に、多くの子どもたちが養育先の転換を経験した。 施設ケアの子どもの多くは、最終的に新しく作られた政府主催の里親に預けられた。里親群に割付された子どものなかには,後に施設ケアに戻された子どももいたが,両群から実親に再会した子どももいた。
・49人の里親ケアの子どもたちについても、里親中断となったケースがあり、18歳まで継続的に研究jグループの割付した里親の元にとどまった場合、安定した里親ケア(FCG-stable;n = 20)とし、18歳までに一つ以上の養育先の変更を経験した子どもは里親中断群(FCG-disrupted;n = 28)とした。
・18歳時点で認知機能がWISC-IVにより評価された
結果
・ITT解析の結果、里親ケア群の18歳時点での総IQは、施設ケア群よりも平均して9.00ポイント高かった。ベースライン時点の発達指数(DQ)スコアを共変量としてITT解析を再実行しても18歳時点での総IQの群間有意差は不変であった・知覚推理(perceptual reasoning)やワーキングメモリーでは統計的に有意な差は認められなかったが、里親ケア群は、通常ケア群よりも、言語理解や処理速度において有意に高いスコアを示した
・ケアの質については、里親ケア群が施設ケア群より有意に高かった
・幼児期にケアの質が高かった人は、成人期早期の総IQ得点が有意に高かった
・媒介分析により里親ケアは早期養育の質を介して18歳時の総IQに有意な間接効果を持つことが確認された
・ケアの質を共変量としてモデルに含めると、総IQに対する割付群の効果は有意ではなくなった。
・ケアの質の代わりに、いくつかの追加の媒介因子(愛着の安全、身長、体重、頭囲、運動発達、ストレス因子に対するコルチゾール反応性)の影響を評価した。これらのうち、42カ月時点で評価された愛着の安全性だけが、18歳時の総IQに対するITT効果の統計的の有意な媒介因子であることがわかった。
・これらの結果は、介入が養育関係の改善によって認知能力を向上させたことを示唆しており(養育の質は総IQに対する介入効果の49%を説明し、愛着の安全は総IQに対する介入効果の71%を説明した)、より質の高い養育関係が、介入が成人早期の総IQに影響を与える機序を説明しうる要因であることを示唆している。
・里親の元に移った年齢と18歳時点の総IQとの間には小さな負の相関があった。人生の早い時期に里親ケアを開始した人は、総IQが高い傾向があった
・施設養育歴のある子どもと施設養育歴のない子どもを比較したところ、施設入所歴のある参加者の18歳時点での総IQは、比較群のスコアより平均26.21ポイント低かった。人生の早い時期に質の高い養育環境に置かれたとしても、人生早期の心理社会的剥奪の認知機能への持続的な影響を完全に改善するには不十分であることが示唆される。
議論
・早期環境を改善することで持続的な効果が得られるという証拠がこれまでも報告されている。Carolina Abecedarian Project,は、高リスクの幼児を質の高い早期教育および/または通常の小学校教育に無作為化して研究し、早期介入を受けた人は、成人期初期(21歳)にIQスコアと教育到達度が高いことを明らかにした(Appl. Dev. Sci. 6, 42–57 (2002))
・同じく、Perry Preschool Projectでは質の高い就学前教育と週1回の教師による家庭訪問が行われ、54歳時点の実行機能は、介入を受けた者の方が対照群より優れていることが報告された( https:/doi.org/10.3386/w29057. )
・今回の結果は、幼児期を通じたケアの質も成人早期のIQに重要である可能性があることを示唆している。しかし,IQの低い子どもは不安定な環境に置かれるリスクが高いため,養護施設でのケアの質とIQとの関連性を解釈することは困難でもある
・当初は成功した多くの介入の効果が長続きしない理由の一つは、質の高い養育環境が長期にわたって持続しないことであるかもしれない。つまり、介入終了後に遭遇する家庭や学校の環境が、介入中に経験したものより豊かでなくなることによって説明される可能性がある
・家庭をなくした子供たちにとって、長期的な質の高いケアの提供を行うことが、養育を必要とする子どもの認知発達を高める最も有利な戦略であることを示唆する
・Limitationとして、サンプルサイズが小さかったこと。認知機能に関連する他のいくつかの因子(出生前のケアや出生前後の栄養など)を調べることができなかったこと。また成人用の知能検査ではなく、WISCを用いたこと(IQの低い参加者に対応するため)でfloor effectが懸念されること
コメント
・ルーマニアでの結果であるため、日本の状況にそのまま適応することはできないかと思われますが、ケアの質を高めるには十分な予算配分と適切な人員配置も重要なことかと思われます。
文献1:Humphreys KL et al. Proc Natl Acad Sci U S A. 2022 Sep 20;119(38):e2119318119. doi: 10.1073/pnas.2119318119. Epub 2022 Sep 12.