院長ブログ

  • 抗うつ薬中断について 2020年06月25日

    抗うつ薬中断についての話題をいくつかまとめておきたいと思います。


    まず最初は妊娠中の抗うつ薬中断によるうつ病再発リスクについてのレビュー(文献1)です。

     

    妊娠中の抗うつ薬中断によるうつ病再発リスク

    背景

     

    ・妊娠中のうつ病罹患率は12%と言われている。また妊娠中女性に対する抗うつ薬処方率は1.8-8%と言われている

    ・妊娠は抗うつ薬中断の主要イベントである。妊娠第3期においては、妊娠前に抗うつ薬を内服していた女性の4人に1人しか抗うつ薬を内服していないとの報告がある

    ・うつ病を治療しないことによる母体や児への影響も報告されている。

    ・妊娠中の抗うつ薬中断によるうつ病再発リスクなどはよくわかっていない

    ・Cohenは2006年に201名の女性を対象に前向きコホート研究を行い、うつ病の再発リスクは全体として妊娠中に43%であり、抗うつ薬を中断した女性は、中断しなかった女性よりもより再発率が高かったことを報告している

    ・しかし2011年の別のコホート研究では、中断しようがしまいが再発率は同等でありこの結果は再現されなかった。

    ・2015年のメタ解析では、抗うつ薬を中断すると再発率が2倍になるとされた。

    ・最近の9つのガイドラインでは、4つのガイドラインで妊娠中の抗うつ薬継続を推奨しており、5つは抗うつ薬の継続の是非について明記していない

    ・今回妊娠中の抗うつ薬中断によるうつ病再発率についてのメタ解析を行った

    対象

    ・抗うつ薬を妊娠前に中断した女性を含むstudyで、妊娠中のうつ病再発を評価したもの

    ・6 studies:4つが前向きコホート、2つが後顧的観察研究

    結果


    ・抗うつ薬の中断率は22%から78%。抗うつ薬の中でSSRIおよびSNRIが最多で処方率は59%から71%。妊娠中に継続した群はSSRIを選択する傾向が高かった

    ・独身妊婦と予期しない妊娠では中断率が高かった

    ・再発率は15%から68%であり、4つの報告で再発率60%以上を報告した

    ・全ての報告で、最も高い再発リスクが第1三半期であり、32歳未満、未経産妊婦であることが再発リスクが高いことが報告されている

    ・独身妊婦であることも再発リスクの高さと関連したことが報告されている

    ・うつ病の経過が慢性であることが再発の予測するリスクとして最も多く報告された。5年以上のうつ病罹病期間を有する女性は、そうでない場合と比較して3倍再発リスクが高かった

    ・重症うつ病の既往を有する女性は、そうでない場合と比較してより再発リスクが高かった(80%対38%)

    ・その他の再発予測因子としては、これまでのうつ病エピソードの回数、妊娠初期におけるEdinburgh Postnatal Depression Scaleが高得点であることなどであった

    ・201名を対象とした観察研究では、抗うつ薬減量群では再発率35%、維持群は26%、中断群では68%と報告されている

    ・別の報告では、抗うつ薬を中断することで再発した女性について、抗うつ薬を再開したところ、症状が改善したと報告している。抗うつ薬再開は再発リスクを低減したが、維持群と比較すれば再発リスクは高かったと報告されている

    ・希死念慮についての報告もあり、Suzukiらは抗うつ薬を中断した37名中3名が希死念慮を訴え、維持した49名中1名が希死念慮を訴えたと報告した。この差は統計的には有意ではなかった

    ・4つの報告では、抗うつ薬継続群と中断群との比較が可能であり、メタ解析が行われた。全体として518名が含まれ、うち302名が抗うつ薬継続群、206名が中断群

    ・全体として、継続群と中断群とで、うつ病再発リスクについて有意差はぎりぎりみられなかった(RR=1.74:CI 0.97-3.10)。継続群再発率18.9%、中断群再発率54.4%

    ・しかし、重症度毎にわけて解析した結果、重症ないし反復性うつ病群を対照とした1つの報告では、抗うつ薬中断は有意に再発リスクを増加させる結果となった(RR=2.30:CI 1.58-3.35)。継続群再発率25.6%、中断群再発率67.7%。一方で軽症から中等症までの妊婦においては、抗うつ薬継続群と中断群とで再発リスクについては有意差は認めなかった(RR=1.59:CI 0.83-3.04)。継続群再発率16.5%、中断群再発率48.2%

    ・数値的には随分と中断による再発率が上昇しているようにみえるが、メタ解析で有意差がでるほどNが多くないため有意差がでていない 

    結論

     


    ・観察研究のみからの帰結ではあるが、妊娠前のうつ病が重症ないし反復性の場合には妊娠中の抗うつ薬継続により有意なうつ病再発予防効果が期待できそう。

    ・軽症から中等症群については、抗うつ薬継続による再発予防効果はまだNが少なく有意差がでるレベルではない。軽症から中等症において抗うつ薬中断によりうつ病の再発率が上昇しないということはできず、数値的には2倍以上中断により再発率が上がる結果となっている。まだまだNが少なくはっきりとした結果が得られない状況

     

    続いて、妊娠前や妊娠中にも問題となりうるSSRIないしSNRIの中断に際しての離脱症候群の報告をみてみます。

     

    SSRI離脱症候群について(文献2)

     

    ・実はあまりきちんとした報告は多くないのが離脱症候群になります。というのも普遍的な診断基準がないこと、DESSなど離脱症状の尺度はあるものの、それを用いて報告されたものも、そう多くはないこと、などから、どのくらいの割合で離脱症状が起こりうるかは、報告によってばらつきが大きいのが現状です。

    背景

     

    ・1990年代からSSRIの中断に伴う身体症状、精神症状の出現が報告されてきた。

    ・当時の報告では、離脱症状は3週間程度まで持続(1年以上続いたとの症例報告もあるが)し、同じないし同一クラスの抗うつ薬を再開することで改善すると報告された。

    ・離脱症状は急な断薬で多く報告されているが、漸減した場合でも報告されている。

    ・1998年には離脱症状の評価のためのthe Discontinuation Emergent Signs and Symptoms(DESS) チェックリストが開発された。

    ・診断基準も提唱され、身体的症状(浮動性めまい、軽い頭痛、回転性めまい、電気ショック様感覚、感覚麻痺、疲労、頭痛、嘔気、振戦、下痢、視覚障害)と心理的症状(不安、不眠、イライラ感)の両方を含み、それらに関連して著しい苦痛を伴うものとされた。

    ・中断症候群という用語は、離脱症候群との表現に置き換えられつつある。SSRI離脱症候群についてのシステマティック・レビューを行ってみた

     

    対象

     

    ・61のstudies。15 RCTs(フルオキセチン、セルトラリン、パロキセチン、シタロプラム、エスシタロプラムをプラセボや他の抗うつ薬と比較したもの)。4つのオープン試験、4つの後方視的観察研究。残り38は症例報告集。

     

    RCTにおけるSSRI離脱症候群

     

    ・120名のパニック障害患者を対象とし、認知療法とパロキセチン20、40、60mgで12週間比較された試験があり、その後急に中断したところ、離脱症状(大半が浮動性めまい)がパロキセチン群の34.5%に観察され、プラセボ群(13.5%)よりも有意に多い結果となった。

    ・大うつ病患者395名を対象に、フルオキセチンないしプラセボが12週間投与され、さらに治療に反応した群が、無作為にプラセボ(急な中断)ないし継続に割り付けされた研究では、急に中断された群において2週間後に傾眠が有意に多い結果となった(中断群4%対継続群0%)。さらに中止4週後、6週後においては中断群では浮動性めまいが有意に多かった(4週後 7%対4%、6週後 5% 対 1%)

    ・242名の寛解状態の大うつ病患者でフルオキセチン、セルトラリン、パロキセチンが既に4-24か月間継続投与中の患者を対象に、約8割がプラセボに約2割が継続に無作為割付され、1週間程度離脱症状が観察された報告において、30%以上みられた離脱症状は、パロキセチン中断群(N=59)において、突然の気分悪化が45%、浮動性めまい50%、錯乱 42%、嘔気40%、易刺激性 35%、焦燥性不隠 31%、頭痛34%、神経過敏または不安 34%、号泣または涙ぐむ発作 40%、疲労感 32%、夢の増加または悪夢 37%など、セルトラリン中断群(N=63)では、焦燥性不隠 37%、易刺激性 38%、頭痛31%、神経過敏または不安 31%、情動易変性 31%などであった。フルオキセチン中断群(N=63)では30%以上にみられた離脱症状はなかった。パロキセチンの離脱症状が目立つ結果となった。特に突然の気分の悪化などうつ病の反跳症状のような離脱症状がみられる点は注意を要する点である。

    ・さらに似たような介入試験として、4か月以上3年未満、同一薬剤を継続投与されている寛解状態の大うつ病患者107名を対象に、プラセボ期間5日、実薬継続期間5日を二重盲検でランダムに設定し(プラセボ期間について実薬継続期間、ないし実薬継続期間についでプラセボ期間)離脱症状についてアセスメントを行った。その結果パロキセチン中断群のみが、他2群と比較して有意な離脱症状数の出現の増加が観察され、パロキセチン中断群では中断2日目から有意差があり、次第に増加し4日目では平均4つの症状を呈するに至った。特に浮動性めまいが最多でパロキセチン中断期間中33.3%でみられた。セルトラリン中断群では35.3%であった。そのほかパロキセチン中断群では頭痛27.8%、嘔気 16.7%、不安 16.7%などとなった。フルオキセチンでは実薬期間とプラセボ機関とで統計的有意差を認めた離脱症状はなかった。

    ・プライマリケア領域における大うつ病患者293名に対して8週間エスシタロプラム10-20mgないしベンラファキシンXR 75-150mgを投与し、その後用量に応じて最大4日間かけて中断し、3-7日間離脱症状が観察された。その結果、DESSにおいて10%以上の患者で離脱症状のみられた項目数はエスシタロプラム中断群で5項目、ベンラファキシン中断群で23項目であった。エスシタロプラム中断群で多くみられた離脱症状としては睡眠障害19%、神経過敏または不安 16%、易刺激性 15%、夢の増加または悪夢 13%、気分の突然の悪化10%などであった。ベンラファキシンの離脱症状については次の論文紹介において触れる。

    ・681名の全般不安症患者に対して12週間プラセボ、エスシタロプラム5-20mg、パロキセチン20mgを投与し、終了後に中断ないし1週間で漸減(エスシタロプラム20mg群のみ)し、その後1週間経過観察した報告によると、なんらかの離脱症状を呈した割合は、プラセボ群19.4%、エスシタロプラム5mg群 11.1%、エスシタロプラム10mg群25.4%、エスシタロプラム20mg群18.9%、パロキセチン群41.6%であった。パロキセチン群のみ有意に多く、浮動性めまい19.5%、回転性めまい5.3%、嘔気 8.0%などとなった。そのほか有意差がみられたのは、エスシタロプラム10mg群での不眠5.1%、エスシタロプラム20mg群での回転性めまい 3.6%などであった。

    ・介入試験の結果からは、パロキセチンの離脱症状の出現率が目立っていることがわかる。

     

    SNRI離脱症候群について(文献3)

     

    RCTにみるベンラファキシンおよびデュロキセチンの離脱症状

     

    ・大うつ病患者を対象として8週間ベンラファキシンXR 75-225mg(N=84:平均161.4mg)を投与し、2週間で漸減した試験(セルトラリン 50-150mg、N=79:平均105.4mgとの比較)。ベンラファキシン84例中、10%以上出現した離脱症状は、浮動性めまいが43.8%、倦怠感が32.8%、回転性めまいが17.2%、鮮明な夢が42.2%(セルトラリンでは、不動性めまい 33.3%、倦怠感22.2%、回転性めまい 5.6%、鮮明な夢 26.4%)

    ・ベンラファキシンがセルトラリンの2倍以上の出現率であった離脱症状は、情動易変性が14.1%(セルトラリン 6.9%)、振戦が12.5%(セルトラリン 2.8%)、頻脈が9.4%(セルトラリン 4.2%)、協調運動障害が7.8%(セルトラリン 0%)、錯乱が9.4%(セルトラリン 1.4%)、寒気が7.8%(セルトラリン 2.8%)、軽躁状態が1.6%(セルトラリン 0%)。協調運動障害と振戦については有意差ありであった。ミオクローヌスはセルトラリンが2.8%(ベンラファキシンは0%)。2週間漸減による離脱症状はセルトラリンのほうが軽度であった。

    ・大うつ病患者を対象に8週間ベンラファキシンXR75mgないし150mg(N=142 )を投与し、エスシタロプラム10mgないし20mg(N=146)と比較した試験。8週間終了後に、ベンラファキシン75mg群では即中断、150mg群では4日間75mgに減量し、その後中断し1週間目に離脱症状評価(エスシタロプラム群は20mg群は10mgに減量し4日後に中断、10mg群は即中断)。ベンラファキシン中断群は、発汗(22%)、倦怠感(25%)、嘔気(15%)、忘れっぽさ(15%)、歩行不安定(10%)、焦燥性不穏(12%)、浮動性めまい(20%)、灼熱感(11%)、落ち着きのなさ(12%)などにおいてエスシタロプラムより有意に離脱症状が多かった

    ・大うつ病患者に対してデュロキセチン 60mg(N=149)、クエチアピンXR150mg(N=152)、クエチアピンXR(N=152)、プラセボ(N=157)で6週間比較し、クエチアピン150mg群は即中断、デュロキセチン60mg群とクエチアピン300mg群は2週間で漸減し、離脱症状を比較。デュロキセチン 60mg群において5%以上出現した離脱症状は頭痛(6.0%:プラセボは3.8%)、浮動性めまい(5.4%:プラセボ 0.6%)のみ

    ・全般性不安障害に対してデュロキセチン 60mgないし120mg(N=168)ないしプラセボ(N=159 )を10週間投与し、2週間で漸減中止。漸減期間での離脱症状出現率はデュロキセチン群 22.1%、プラセボ群 17.3%であり、全体として有意差なし。浮動性めまいのみ5%以上の出現率があり、デュロキセチンで6.3%、プラセボでは2.7%で有意差はなし

    ・全般性不安障害に対してデュロキセチン 60mg(N=168)、デュロキセチン120mg(N=170)ないしプラセボ(N=175 )を9週間投与し、9週間後にデュロキセチン投与群は即中断群と2週間で漸減群に無作為割付され離脱症状比較。全体として離脱症状出現率は、デュロキセチン60mg群では31.1%、デュロキセチン 120mgでは29.8%、プラセボ群では16.2%、有意差あり。浮動性めまいが漸減群13%、中断群9%で、頭痛が中断群7%、漸減群6%、嘔気は中断群4%、漸減群3%、感覚異常が中断群4%、漸減群2%。漸減群と即中断群とで有意差のあった離脱症状はなしであった。

    ・SNRIのうち、ベンラファキシンは離脱症状が出現しやすい可能性があり、急な中断に要注意。デュロキセチンは中断に際して比較的安全そう


    SSRI中断症候群か、離脱症候群か(文献4)

    ・SSRIの中断に際しては、パロキセチンを中心に離脱症状の出現が比較的多くみられ、服用に際して依存性物質のような渇望や過剰な使用、耐性などはないと言ってもよいが、離脱症状が生じ、それを緩和するために服用しつづけないといけないことがあるということから、中断症候群ではなく、離脱症候群とよぶべきである、との議論があり、国際的にもその流れのようです。

     

    実際にどのように減量していけばいいのかについてはすぐれた総説(例えば文献5)があるので参照してください。

     

    ・結論としては妊娠可能女性のうつ病については妊娠中の中止を見越した場合、離脱症状の観点からはパロキセチン、ベンラファキシンは避けた方がいいということかもしれません。特にパロキセチンは先のブログ記事でみたように妊娠中の催奇形性の問題が解決していませんし、慎重にということになりそうです。半減期が長い方が離脱症状が起こりにくいとされていますので日本未発売のフルオキセチンを除くと、半減期が比較的長いセルトラリンあたりでしょうか。胎盤通過率からみても、フルオキセチン65%、エスシタロプラム 50%、セルトラリン30%とされていますので、セルトラリンはよい選択肢になるのかもしれません。

     

    引用文献
    1)Bayrampour H. et al. J Clin Psychiatry 2020;81(4):19r13134
    2)Giovanni A. Fava et al. Psychother Psychosom 2015;84:72–81
    3)Giovanni A. Fava et al. Psychother Psychosom 2018;87(4):195-203.
    4)Ivana Massabki and Elia Abi-Jaoude Br J Psychiatry (2020) Page 1 of 4.doi:10.1192/bjp.2019.269
    5)辻 敬一郎, 田島 治:抗うつ薬、気分安定薬の離脱に伴う問題と減量中止の方法 臨床精神薬理 20:1033-1042、2017

  • PTSDについて(2) 2020年06月18日

    ・DSM-5になりPTSDのサブタイプに解離の有無が加わりましたが、解離を伴うと感情のovermodulation(過変調)が起こり、外傷記憶想起時の情動変化が減弱しうるとの報告があります(文献3)

    ・この外傷記憶想起時の情動変化は、PTSDに対する心理療法(特に持続エクスポージャー療法)が効果を発揮する際に必要な要素と考えられているため、解離サブタイプのPTSDでは、心理療法の効果が減弱するのではないかという点に着目したメタ解析の結果(文献2)が報告されましたので、みていきたいと思います。

    ・まずは文献1を参考に、PTSDに対する持続エクスポージャー療法について簡単にまとめておきます。

    PTSDに対する持続エクスポージャー療法

     

    ・安全な状況で不安を喚起させる状況に向き合うようにサポートする

    ・PTSDの情動処理理論に基づく。

    情動処理理論について

     

    ・トラウマ的な出来事を頭の中で消化し、処理していくことがPTSD症状を緩和させるとの仮説

    ・恐怖は、危険を回避する一種のプログラムとして記憶に再現されると考える

    ・PTSDにおける非現実的で異常な恐怖構造を修正し、不安を軽減するには以下の2つの条件が必要であるとする
    (1)その人の恐怖や不安が引き起こされ活性化すること。活性化されないと恐怖構造を修正できない
    (2)非現実的な恐怖構造の情報(トラウマについて話したり考えたりするとおかしくなるだろう)を現実的な情報(トラウマについて考えてもおかしくなったりしない)に置き換えること

    ・トラウマ記憶をしっかりと処理していくことがうまくいかないとPTSD症状の慢性化を招くと考える。PTSDの治療は情動の処理を促進することとなる

    持続エクスポージャー療法の概略

    ・安全な環境で、想像エクスポージャー(心の中で繰り返しトラウマ体験を思い出す)および現実エクスポージャー(トラウマ体験後に、実際には安全でも怖くて避けるようになってしまった状況に現実場面で向き合うこと)により恐怖を引き起こす刺激にエクスポージャーし、恐怖記憶を活性化させる

    ・その時に恐れていることが起こる可能性がどの程度であるのか、また起こったとして何が困るのかについて現実に即して考えるための情報が与えられる

    ・外界の危険に対する恐怖のみならず、不安そのものについての役に立たない不正確な信念も否定される

    ・馴化により学習された恐怖構造が変わり、よりエクスポージャーによる恐怖が軽減していく

     

    以上となります。

    ・持続エクスポージャーが推奨されない状況としては、希死念慮や自殺企図がある場合、現在もなお暴力や虐待を受ける可能性が高い場合、トラウマ体験についての十分な記憶がない場合などとされています。

    ・実施方法の詳細については文献1を参照してください

     

    PTSDに対する心理療法の解離の有無による有効性の違い

    背景


    ・およそ14%のPTSD患者が解離症状を有するサブタイプと言われている

    ・慢性的な長期トラウマ体験(幼少期の虐待など)に曝露されたPTSD患者においては、解離サブタイプが多いとされる。急性トラウマによるPTSD患者では外傷記憶の想起により心拍数増加が観察されたが、解離サブタイプでは外傷記憶を想起しても心拍数増加はおきなかったことが報告されている

    ・再体験/過覚醒タイプのPTSDにおいては、外傷記憶想起中のfMRIにおいて、内側前頭領域(覚醒度の調整と情動制御に関与する腹内側前頭前野と吻側前部帯状回を含む領域)の低活性化がみられた。このことは辺縁系(特に扁桃体)の過剰活性化が外傷記憶想起時にみられるとの報告と整合性のあるものである。

    ・一方で解離サブタイプにおいては、背側前部帯状回や内側前頭前野などの覚醒や情動の調節領域の過剰活性化がみられた。外傷記憶想起時に感情の過変調(overmodulation)が起きている可能性を示唆するものである。この感情の過変調により、外傷記憶想起時の情動変化が減弱しうるが、この外傷記憶想起時の情動変化は、PTSDに対する心理療法(特に持続エクスポージャー療法)が効果を発揮する際に必要な要素と考えられている。

    ・そのため、解離サブタイプにおいては、心理療法の有効性が非解離型のPTSDとは異なるのではないか、場合によっては、トラウマ焦点化療法はPTSD症状の悪化をもたらすのではないかと考えメタ解析を行った

    対象と方法


    ・18歳以上のPTSD患者(DSM-IIIから5まで)。PTSDの症状変化、解離症状についてきちんとアセスメントしてあるもの。解離症状の重症度が治療前後で評価してあるもの

    ・オープン試験でもOK

    ・査読付き論文に公表されたもの

    ・必ずしも解離サブタイプのみを対象としたstudyではない

    結果


    ・21 studies(N=1714、9つがRCT、12はオープン試験)

    ・介入技法はEMDRが5つ、持続エクスポージャー療法が5つ、認知行動療法が2つ、催眠療法が2つ、弁証法的行動療法が2つなど

    ・治療前の解離症状の程度(大半がDissociative Experiences Scaleで評価)と治療効果の相関は0.04で有意な相関なし

    ・Moderation analysisにより、トラウマ焦点化療法と非トラウマ焦点化療法について解離症状の影響による有効性の差はなし

    結論


    ・非ランダム化、非盲検試験が大半なのでエビデンスの質は不十分だが、解離症状の有無はPTSDに対する精神療法の治療効果への影響はあまりない可能性がある

     

    ・以上のように解離があろうが、なかろうが、PTSDに対する心理療法の効果は全体としてはさほど違いがないのではないかとの結果になりました。

    ・ただしこれらは解離を有するサブタイプに絞った解析ではなく、解析対象となった論文もエビデンスの質が低いため、結果をうのみにすることもできません。patient level dataを用いた解析があるといいのですが。

     

    ・最後に解離に向き合う際に重要な考え方を引用してまとめておきます。

    ジャネの解離の定義

    ・観念や機能など人格を構成する様々なシステム間の統合能力の破綻を解離と定義

    ・心理的緊張が低下すると、心的統合の範囲が狭まって意識野の狭窄が生じ、ある種の心理現象が特殊な一群をなして切り離される(解離)。こうした弛緩した放心状態でいろいろな雑念がまとまりなく浮かんでくるものを「心理学的自動症」と呼んだ


    野間 俊一先生(「解離症患者の病識と治療」臨床精神医学 46(12):1489-1492 2017)より引用

     

    ・解離症患者は症状を取り去りたいのかどうかはっきりしないこと、それでも恒常的な不安を抱いており、その軽減を望んていること、そして根本には、他者への根源的不信と自己存在の後ろめたさがあること・・このように考えれば、解離症患者の治療の最終目標は、症状の軽減や除去ではなく、「自分が生きていてもいい」という自己存在の承認と、それを可能にするための他者への信頼の回復であることがわかる

    ・症状の存在を正確に把握するという表層的な意味での病識の獲得は解離症患者にとって必要ではない・・・症状の背後にある自己存在のテーマを含んだ疾病理解という意味での病識が可能であれば、解離症を治癒に向かわせる重要な病識だろう

    ・解離症患者は、現在の苦悩を生き抜くためになんとか解離症状を身につけることになったのだが、その症状自体が周囲の人からは「演技的で嘘っぽく」感じられて、一定の距離を置かれてしまいがちである・・・治療者はまずは患者の体験をそのまま受け取ることが大事である。患者の訴えをしっかりと聴取しそれが「解離という精神現象である」との判断を伝え、解離が生じているということは「心の守りが薄くなり傷つきやすい状態だと推測される」ということを説明することが重要なのである。


    田中 究先生(「解離の臨床」臨床精神医学 43(8):1137-1142, 2014)より引用

    ・私が助言の際に心がけていること

    1)基本的態度
    ・信頼関係をつくる
    ・症状の意味を考える

    2)基本的対応
    ・症状の背景にある本人のしんどさ、ストレスをとらえる
    ・症状の意味に直面化させない
    ・症状にはほどよく関わる(必要な応援だけをして、退行促進的にはならない、熱心さのあまり関わりすぎることがないように注意する)
    ・逆転移感情に気づく

    3)解離性障害についての確認
    ・解離性障害=解離性同一性障害=境界性パーソナリティ障害ではない
    ・解離性障害の治療=外傷治療ではない

     

    引用文献
    1)PTSDの持続エクスポージャー療法 ワークブック 星和書店 バーバラ・O・ロスバウム 他著、訳 小西 聖子、金 吉晴
    2)C.M. Hoeboer et al. BJPsych Open (2020) 6, e53, 1–8. doi: 10.1192/bjo.2020.30
    3)Lanius RA, et al. Am J Psychiatry 2010; 167: 640–7.

  • PTSDについて 2020年06月13日

    PTSDの薬物療法についてのメタ解析がでていましたので(文献1)、PTSDについて少しまとめておきたいと思います


    DSM-5になってから、DSM-IVまでの3つの症状群(再体験、回避/麻痺、覚醒亢進)から、回避/麻痺が2つの項目に分かれ、4つの症状群(再体験、回避、認知と気分の陰性の変化、覚醒亢進)に変化しました。

    また無症状から遅れて発症することは極めてまれで、部分的な症状から診断基準を満たす状態に病態が進展することが多いため、発症遅延型から遅延顕症型に変更となりました。

    また、解離症状の有無が予後に影響しうることから、解離症状の有無によるサブタイプが追加されました。

     

    治療についてまずはガイドラインをみてみようと思いましたが、外傷体験を取り扱うにあたって、してはいけないことをまずみてみます。

    外傷体験の被害者(災害での被災者なども含む)に対して、体験の内容や感情を聞きただすような災害直後のカウンセリング(心理的デブリーフィング)は有害ですので、してはいけません(文献2)。

    その根拠は文献3、文献4によります。

     

    心理的デブリーフィングの有害性

     

    ・この2つの報告(文献3,4)は、交通事故の被害者で入院した方を対象に、心理的デブリーフィング施行群と何もしない(リーフレットを受け取るだけ)対照群に無作為割付され、4か月後(文献3)、3年後(文献4)の予後が報告したものです。

    ・心理的デブリーフィングは、事故から24時間から48時間後までの間に施行され、1時間程度で外傷体験の想起、感情表出の促進、体験の認知的処理の促進、一般的な情動反応について、体験について話すことの価値や、徐々に通常生活に戻ることについての助言などが行われました。

    ・心理的デブリーフィング施行群は54名、対照群は52名でした。

    ・4か月後の状態ですが、心理的デブリーフィング群は、brief symptom inventoryの2つの下位尺度において有意に対照群より悪い結果でした。また侵入的記憶による苦痛を有する患者の割合は心理的デブリーフィング群9名、対照群5名。旅行への不安を有する患者は心理的デブリーフィング群 18名、対照群 16名でした。心理的デブリーフィングを行った方が、4か月後の心理的予後が悪いとの結果になりました。

    ・さらに3年後の状態ですが、3年後も追跡できたのは心理的デブリーフィング群30名、対照群31名でした。これらの対象者に対してImpact of Event Scale(IES)を施行し、侵入および回避の合計点を求めました。全体として3年後のIES得点について両群で有意差はありませんでしたが、ベースラインのIES得点が高い群と低い群に分けて解析すると、ベースラインのIES得点が低い軽症群では対照群と心理的デブリーフィング群とで3年後のIES得点で有意差がありませんでしたが、ベースラインのIES得点が高い重症群については、心理的デブリーフィング群で有意に予後が悪いとの結果でした。


    ・つまり、外傷直後の症状が強い人については、心理的デブリーフィングを行うと、年単位の長期予後も悪化させる可能性があるということになり、何もしない(安全を確保するなどを除いて)ほうがよほど良いということになります。

     

    NICEガイドライン2018

     

    続いて、治療法についてNICEガイドライン2018(文献5)をみてみます。

    1)成人PTSDに対する心理療法として推奨されるもの

    1.トラウマ焦点化CBT

    ・治療効果が年単位で持続しうる。様々な外傷体験に有効である。

    ・大半のエビデンスは外傷体験後3か月以上たってからの介入効果であり、外傷後1-3か月の時点での介入効果についてのエビデンスは限定的。

    ・個別の12回のセッションによるトラウマ焦点化CBTが費用対効果において優れているとのエビデンスがある。一方集団でのトラウマ焦点化CBTについては臨床的ないし費用面において有用であるとはいえないようである。

    ・心理教育については、それ単独ではなく、トラウマ焦点化CBTと同時に提供されることが推奨される

    2.EMDR

    ・EMDRについては、トラウマに焦点化CBTよりもエビデンスが少ない。EMDRとトラウマ焦点化CBTを直接比較した研究では有意な差は認められていない。

    ・EMDRは戦争関連のトラウマには有効ではないことが示唆されており、EMDRの推奨を非戦争関連トラウマに限定する。

    3.支援付きコンピュータによるトラウマ焦点化CBT

    ・支援付きセルフヘルプおよび支援なしセルフヘルプ、特にコンピュータによるトラウマ焦点化CBTが、自己評価式PTSD症状などの改善において有用であるとのエビデンスがある。

    ・これらの有益性は、1年後まで維持された。どちらの介入も他の心理学的介入と比較して費用対効果が高かった。支援付きセルフヘルプと支援なしセルフヘルプの両方が有効であるが、支援付きセルフヘルプの方が臨床的にもコスト的にも優れているのは効果量が大きいためである。

    ・対面でのトラウマ焦点化CBTやEMDRよりも支援付きコンピュータによるトラウマ焦点化CBTを好むPTSDの成人のための選択肢としてこの方法を考慮すべきである。

    ・この方法の適応は重度のPTSD症状(特に解離症状)がなく、自分自身や他人に危害を加える危険性がない成人に限定される。


    4.非トラウマ焦点化CBT


    ・非トラウマ焦点化CBTは、睡眠障害や怒りなどの特定の症状を対象とした場合に有益であり、PTSD症状の改善にもつながるという証拠がいくつかあったが、これらの有益性がどのくらいの期間維持されるのかは明らかではなかった。

    ・非トラウマ焦点化CBTは、個人トラウマ焦点化CBT、EMDR、セルフヘルプよりは費用対効果が低いが、present-centerd therapy、集団トラウマ焦点化CBT、個人トラウマ焦点化CBTとSSRIの併用、カウンセリング、無治療などの他の介入よりは費用対効果が高かった。

    ・非トラウマ焦点化CBTは第1選択にはならないが、トラウマの記憶と直接向き合う準備ができていない場合の選択肢となり、トラウマに焦点を当てた介入の利用を促進することができる。また、トラウマに焦点を当てた介入の後に残存する症状を対象とするためにも使用できる。

    (この非トラウマ焦点化CBTの特定の症状への推奨と支援されたコンピュータによるトラウマ焦点化CBTの推奨の追加がこれまでのガイドラインとの大きな違いとなっている)

    2)成人PTSDに対する薬物療法

    ・SSRIとベンラファキシンがPTSDの治療に有効であるというエビデンスがある。

    ・SSRIについては効果量はベンラファキシンよりも小さい。

    ・薬物治療を希望する場合にはSSRIとベンラファキシンのいずれかを検討してもよいが、PTSDの第一選択の治療とすべきではない。

    ・SSRIが推奨されている心理的介入のいずれよりも効果が低いことが理由の一つである。

    ・SSRIはEMDR、個人トラウマ焦点化短期CBT、または支援を伴うセルフヘルプよりも費用対効果が低い。

    ・特定のSSRI(セルトラリン、フルオキセチン、パロキセチン)の有効性に有意な差があるという証拠はない。

    ・抗精神病薬は、単独でも併用でも、PTSD症状の治療に有効であるといういくつかのエビデンスがある。しかし、SSRIや心理的介入を支持するエビデンスよりも限定的である。

    ・抗精神病薬は心理療法の補助的なものとしてのみ考慮すべきである。しかし、症状が他の薬物治療や心理療法に反応せず、対処困難な精神症状や行動を呈している場合には抗精神病薬は選択肢となりうる。

     

    以上となります。薬物療法は心理療法の次ということになります。2013年のコクランレビュー(文献6)ではトラウマ焦点化認知行動療法(効果量:-1.62)、EMDR(効果量:-1.17)などとなっています。

    最近薬物療法について、効果量を症状ごとに少し細かく評価したメタ解析がでましたので、みてみたいと思います(文献1)。ただし数字の羅列になりますので、実際の論文も参照しながらご覧ください。

     

    成人PTSDの薬物療法

    背景


    ・2017年にはPTSDの生涯罹患率が3.9%と報告されており、外傷体験への曝露率は5.6%と報告されている(Koenenら 2017)。

    ・2005年のNCS-R(National Comorbidity Survey Replication)ではアメリカ成人のPTSD生涯罹患率を6.8%と報告している

    ・2018年のMRI研究においては、PTSDは海馬体積の減少などと関連していることが報告されている(Bromisら 2018)。またノルアドレナリン系の活動亢進も報告されている(Milaniら 2017)

    ・現在アメリカ心理学会ガイドライン(2017)では、薬物療法としてフルオキセチン、パロキセチン、セルトラリン、ベンラファキシンを推奨しており、セルトラリンとパロキセチンのみがFDAに承認されている(日本も同様)。

    ・一方でリスペリドンやトピラマートについてのエビデンスは十分ではない。またPTSDのサブタイプや重症度(戦争や性被害か、暴力かなど)によりどのような治療が推奨されるのかもよくわかっていない。

    ・そこで臨床的特徴によってどのような治療法が最適かについてメタ解析を行った

    方法と対象


    ・成人(18歳以上)PTSD(DSM-IIIからVないしICD-10)
    ・単剤ないし増強での経口ないし静注による薬物療法
    ・プラセボないし実薬対照試験
    ・78 RCTs:うち14はすべて男性が対象。31が退役軍人を対象とし戦争関連PTSD
    ・DSM-5からは中核症状が4つ必要(侵入症状、回避、過覚醒、麻痺)となったが、それまでは3つ(侵入症状、回避、過覚醒)

    結果


    ・ラモトリギン(N=1 RCT)、divalproex(N=2)、プレガバリン、トピラマートいずれもプラセボと比較して有意差のみられた尺度(回避、過覚醒、侵入)なし

    ・クエチアピン(N=1:n=42)は全症状尺度(SMD=-0.49,CI:-0.93, -0.04)、侵入症状(SMD=-0.55,CI:-1.00,-0.10)、回避(SMD=-0.53,CI:-0.98, -0.09)、過覚醒は有意差なし、抑うつ(SMD=-0.63,CI:-1.08,-0.18)、不安は有意差なし。Nが少ない

    ・リスペリドン(N=6 RCTs:n=206)は全症状尺度(SMD=-0.23,CI:-0.42, -0.03)、侵入症状は有意差なし、回避(SMD=-0.36,CI:-0.56, -0.15)、過覚醒は有意差なし、抑うつは有意差なし、不安は有意差なし

    ・オランザピン(N=3 RCTs:n=34)は全症状尺度(SMD=-0.66,CI:-1.19, -0.13)、侵入症状は有意差なし、回避は有意差なし、過覚醒は有意差なし、抑うつ(SMD=-0.81,CI:-1.41,-0.20),nが少ない

    ・ベンラファキシン(N=2 RCTs:n=340)は全症状尺度(SMD=-0.29,CI:-044, -0.14)、侵入症状(SMD=-0.25,CI:-0.40,-0.10)、回避(SMD=-0.20,CI:-0.35, -0.05)、過覚醒( SMD=-0.28,CI:-0.43,-0.13 )、抑うつ(SMD=-0.21,CI:-0.36,-0.06)、不安は報告されていない。どれもSMDは小さい

    ・セルトラリン(N=6 RCTs:n=494)は全症状尺度(SMD=-0.22,CI:-035, -0.10)、侵入症状(SMD=-0.45,CI:-0.75,-0.16)、回避(SMD=-0.26,CI:-0.47, -0.06)、過覚醒( SMD=-0.33,CI:-0.46,-0.20 )、抑うつは有意差なし、不安は有意差なし(意外なことに)

    ・フルオキセチン(N=6 RCTs:n=521)は全症状尺度(SMD=-0.27,CI:-042, -0.12)、侵入症状(SMD=-0.27,CI:-0.43,-0.10)、回避(SMD=-0.24,CI:-0.41, -0.08)、過覚醒( SMD=-0.20,CI:-0.37,-0.04 )、抑うつ(SMD=-0.25,CI:-0.40,-0.10)、不安(SMD=-0.28,CI:-0.44,-0.12)

    ・パロキセチン(N=4 RCTs:n=533)は全症状尺度(SMD=-0.48,CI:-060, -0.36)、侵入症状(SMD=-0.40,CI:-0.52,-0.27)、回避(SMD=-0.39,CI:-0.51, -0.27)、過覚醒( SMD=-0.42,CI:-0.54,-0.30 )、抑うつ(SMD=-0.49,CI:-0.61,-0.36)、不安はN=1:n=17のみの報告しかなく、有意差なし。いずれもSMDが比較的他の薬剤より良好なのが特徴

    ・シタロプラムはN=1:n=25の小規模試験しかなくnegative。エビデンスは不十分

    ・ミルタザピンとアミトリプチリンは小規模試験が1つしかなく、明確な結論は出せない

    ・CAPS得点で60-79点の重症群を対象とした試験の結果によると、フルオキセチン(n=421、MD:--5.23 CI:-10.20,-0.27)、パロキセチン(n=1044、MD:-12.63 CI:-15.78,-9.48)、クエチアピン(n=80, MD:-11.81 CI:-22.18,-1.44)のみ有意差あり。

    ・CAPSが80点以上の最重症群を対象とした試験の結果については、フルオキセチン(n=301,MD:-7.80 CI:-14.75,-0.85)、オランザピン(n=47,MD:-17.49 CI:-32.68,-2.30)、セルトラリン(n=427, MD:-5.41 CI:-8.70,-2.11)、ベンラファキシン(n=687, MD:-8.10 CI:-12.27,-3.92)が有意差あり。パロキセチンについてはn=30程度の小規模試験しかなく結論がだせない

    ・退役軍人を対象としたものについては、アミトリプチリン(n=33)、フルオキセチン(n=12)、オランザピン(n=19)など小規模のものや、クエチアピン(n=80)、リスペリドン(n=351)、セルトラリン(n=208)、トピラマート(n=91)などがあり(パロキセチンはない)、有意差がみられたのは、クエチアピン( SMD:-0.49 CI:-0.94,-0.04)、リスペリドン( SMD:-0.22 CI:-0.44,-0.01)、トピラマート( SMD:-1.14 CI:-2.16,-0.12)のみ。セルトラリンが比較的規模がそろっているが有意差がなく、非定型抗精神病薬でわずかに有意差があったことから、戦争による心的外傷については薬物療法はなかなか難しいことを表しているのか。エビデンス自体もまだまだ不十分

    結論


    ・PTSDに対する薬物療法の効果量は全体として概ねsmallの範疇。心理療法が第1選択であることがよく理解できる。エスシタロプラム、ボルチオキセチンなどのエビデンスはまだない。ミルタザピンも不十分。

    ・非定型抗精神病薬による増強も選択肢だろうが、クエチアピン、オランザピンはNがまだ少なく(有意差はでているが)、リスペリドンも結果はあまりぱっとしない。

     

    引用文献
    1)Zhen-Dong Huang et al. Front Pharmacol. 2020 May 8;11:559
    2)災害時地域精神保健医療活動ガイドライン 平成13年度厚生科学研究費補助金(厚生科学特別研究事業)「学校内の殺傷事件を事例とした今後の精神的支援に関する研究」
    3)Hobbs M. et al. BMJ. 1996 Dec 7;313(7070):1438-9
    4)R A Mayou et al. Br J Psychiatry . 2000 Jun;176:589-93. doi: 10.1192/bjp.176.6.589.
    5)NICE guideline (NG116) https://www.nice.org.uk/guidance/ng116
    6)Bisson JI, et al. Cochrane Database Syst Rev. 2013 Dec 13;2013(12):CD003388. doi:10.1002/14651858.CD003388.pub4.

  • しっかりしてください 2020年06月08日

    掲載を急ぐあまり、COVID-19に関連した論文の査読過程がずさんとなり、Lancet誌やNEJM誌に掲載された論文が取り下げとなったことが話題となりましたが、さっそく今日の勉強会でそういう状況に直面しました。
    扱った論文は、lancet psychiatryのMost readに載ってた、文献1の. ”Psychiatric and neuropsychiatric presentations associated with severe coronavirus infections: a systematic review and meta-analysis with comparison to the COVID-19 pandemic”だったんですけど、重症コロナウイルス感染症に伴う精神症状は知っておいた方がいいし、ここ最近で一番よく読まれてる論文だし、無料だからこれはいいと思って読んだんですけど、間違いがあって、しっかりしてほしいと思いました。
    間違いあったのは12ページの右段7行目”MRI demonstrated larger leptomeningeal spaces in eight (62%) of 13 patients”
    COVID-19で精神症状を呈し、MRIを撮像された患者の13名中8名でくも膜下腔の拡大がみられた。と訳せると思うんですけど、これは間違いです。
    引用元の論文(文献2)では”Enhancement in leptomeningeal spaces was noted in 8 patients”と書いてあり、くも膜下腔の高信号域がみられたということなのです。拡大したなんてどこにもない。
    どんなに掲載を急いでも、こんな間違いはいかんです。どんな画像なんだろうと思って、たまたま元論文をあさってみたからよかったようなものの、誤った情報を流してしまうところでした。
    lancet psychiatryに掲載された論文はこれまでのエビデンスのまとめが載ってて好きなんですけど、COVID関連論文は気を付けないといけないと思いました。

    1)Jonathan P Rogers et al. Lancet Psychiatry 2020 Published Online May 18, 2020
    2)Julie Helms et al. N Engl J Med . 2020 Jun 4;382(23):2268-2270. doi: 10.1056/NEJMc2008597. Epub 2020 Apr 15.

  • いじめに関すること

    いじめに関して、いくつかの情報をまとめておきたいと思います。

     

    いじめの定義

     

    まず「いじめ」とは何か、ですが、平成25年に制定されたいじめ防止対策推進法第2条によると、

    「この法律において「いじめ」とは、児童等に対して、当該児童等が在籍する学校に在籍している等当該児童等と一定の人的関係にある他の児童等が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)であって、当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているものをいう」

    となっています。被害者の主観的な感情が重要である点がポイントとなります。

    これは、いじめの”深刻さ”を評価する際に、加害者が行った行為が性質が客観的に見て深刻であるかのみでは評価されないということです。

    つまり、暴力行為と言葉による嫌がらせを伴ういじめが、言葉のみのいじめと比較してより深刻であると一般的に言うことはできず、いじめを受けた被害者が、どのような心理的ないし物理的苦痛を受けたか、によりいじめの深刻さは定義されるということになります。

    日本の被害者への心理的影響を主体とした定義では一部のいじめ被害者を見落としてしまう可能性も指摘されています。
    例えば文献1ではいじめを以下のように定義しています

    ”Bullying is any unwanted aggressive behavior(s) by another youth or group of youths . . . that involves an observed or perceived power imbalance and is repeated multiple times or is highly likely to be repeated. Bullying may inflict harm or distress on the targeted youth including physical, psychological, social, or educational harm.”

    「いじめとは、他の青少年または青少年グループによる、観察された、または知覚された力関係の不均衡を伴う、望まれない攻撃的な行動であり、複数回繰り返されるか、またはその可能性が高いものである。いじめは、対象となる青少年に身体的、心理的、社会的、教育的な被害を含め、被害や苦痛を与える可能性がある」とされています。

    ポイントは、「観察された」「可能性がある」との記載が入っている点で、いじめを受けたすべての青少年が、いじめによってどのような被害や苦痛を受けたかをすぐに特定したり、表現することができるわけではないことがありうるということです。

    例えば、神経発達症児は、自分がいじめられたりからかわれたりしても、いじめであることを理解できず、将来的にはそれが繰り返されることで重大な結末を招く可能性があるものの、現時点では大きな苦痛を主観的に感じているとは限らないということです。このようなケースもいじめと定義すべきとされています。ですので、被害者の捉え方のみがいじめを定義する要件ではないとされています。

     

    いじめの早期発見

     

    いじめ被害者の心理的苦痛をきちんとアセスメントすることができないと、教師は潜在的ないじめの存在を見落とす危険もあります。

    文献2によるとオーストラリアの8歳から16歳までの女子913人、男子755人のうち、約半数の回答者(682人)が、過去 12 ヶ月間に少なくとも 1 回はいじめられたことがあると報告しました。

    このうち、教師に助けを求めたのは男子の41.1%、女子の35.6%でした。

    日本での調査結果では、いじめ発見のきっかけとして、教職員が発見した割合が約13%、本人が訴えたのは約18%、アンケート結果が約52%、保護者からの訴えが約10%となっています(平成30年児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査より)。

    つまり、いじめを受けても教師に助けを求めない児童生徒の割合の方が大きいということになります。

    これについては、児童生徒の教師への信頼度などにより個人差はあるでしょう。普段から相談しやすい体制作りが重要であるということになります。

    アンケートで明らかになる割合が過半数であり。文科省の作成した「いじめ防止等に効果的な学校基本方針の例」では、「各学期に1回以上、無記名でいじめに特化したアンケートを行う」こととなっています(それを忠実に反映した学校いじめ防止基本方針はあまりないようです。だいたい年に2回とかのところが多いようです)。

    保護者への定期的なアンケート実施も必要と思われます

     

    いじめの被害者、加害者の割合

     

    日本での小学校から高校までのいじめ認知件数は平成30年度で年間約54万件となっていますが、これはのべ件数ですので、実際に被害を受けた児童生徒の割合はわかりません。


    アメリカでの年齢層が若干異なる4つの全国調査の結果(文献1)によると、National Crime Victimization Survey では、2011年に12歳から18歳の28%が学校でいじめを受けたことがあると回答しています。

    高校生を対象としたYouth Risk Behavior Surveyでは、2011年には20%の生徒が前年に学校の敷地内でいじめを受けたことがあると報告しています。

    The Health Behaviour in School-aged Childrenは、5年生から高校1年までの児童生徒を対象とし、2009~2010年には、28%の児童生徒が過去2カ月間に少なくとも1回学校でいじめを受けたことがあり、11%の児童生徒がこの期間に月に2~3回以上いじめを受けたことがあると報告しています。

    2歳から17歳までを対象とした養育者と児童生徒を対象とした全国電話調査では、13パーセントの子どもたちが身体的ないじめを受け、20パーセントの子どもたちが前年にいじめられたり、感情的ないじめを受けたりしたことがあることがわかりました。

    アメリカと日本では状況は異なるかもしれませんが、日本がアメリカと同じ状況であり、仮に年間のいじめ被害率が20%とすると、日本での年間いじめ発生件数は小学校から高校までの児童生徒数を1250万人とすると、少なくとも250万件と推計されることとなります。

    人種的問題などの背景の違いはありますが、潜在的ないじめ発生件数はもっと多い可能性があることに注意を要します。

    一方、いじめに関して、第一群を、他人をいじめているが、自分自身はいじめられていない群(被害者)、第二群を、いじめられているが、他の人をいじめていない群(加害者)、第三群を、自分自身がいじめられているだけでなく、他の児童生徒もいじめている群(被害者であり加害者でもある)とすると、いじめに月に 2~3 回以上関与していた小学3 年生から 高校3年生を対象とした研究では、第一群が全生徒の 13%(被害者)、第2群が4%(加害者)、第3群が3%(被害者であり加害者でもある)との調査結果が報告されています(文献1)。

    単なる加害者と同じくらいの割合で加害者かつ被害者も存在する可能性があることに注意を要します。

     

    いじめの態様

     

    どのようないじめが認知されているかについて、文科省平成30年児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査より引用すると、「冷やかしやからかい,悪口や脅し文句,嫌なことを言われる」が62.7%(いじめ全体に占める割合)、「仲間はずれ,集団による無視をされる」が13.6%、「軽くぶつかられたり,遊ぶふりをして叩かれたり,蹴られたりする」が21.4%、「ひどくぶつかられたり,叩かれたり,蹴られたりする」が5.5%、「金品をたかられる」が1.0%、「金品を隠されたり,盗まれたり,壊されたり,捨てられたりする」が5.5%、「嫌なことや恥ずかしいこと,危険なことをされたり,させられたりする」が7.8%、「パソコンや携帯電話等で,ひぼう・中傷や嫌なことをされる」が3.0%などとなっています。


    海外のデータでは、12-18歳におけるネットいじめ被害を受ける割合が生徒全体の9%(いじめに占める割合ではなく、生徒全体に占める割合)との報告もあり、悪い噂を流す(18%)、悪口(18%)に次いで3番目に多い態様であったとの報告(文献1)もあり、海外では生徒の10人に1人がネットいじめの被害を受けているとの報告(2014年)もあり注意を要します。

     

    いじめの加害者の心理と加害者のリスク

     

    いじめ加害者になる心理的背景としては、一般化は困難であるにしても、以下のような状況は想定すべきでしょう。

    加害者における家庭環境における問題や未熟な防衛機制の発動しやすい状況など、学校内外での抑圧された状況が、心理的な代償として、被害者をターゲットとするいじめにつながると理解できる場合があります。

    このあたりはいじめ加害者の保護者と面談の際、考慮すべき状況と思われます。

    またいじめ加害者のその後の経過として、中学時代にいじめ加害者となると、成人になってから3つ以上の犯罪歴を持つ可能性が4倍になることや、後に犯罪に巻き込まれるリスクが高いことがわかっています。

    また中学生でいじめ加害者となることは、その後の他人へのセクシュアル・ハラスメントやデート・バイオレンスの加害者となるリスクが高いことがわかっています(文献1)。


    このようなことから、被害者のみならず、加害者へのケアも重要であることがわかります。

    単なる加害者に対する注意や叱責、懲罰によるいじめの抑圧は、さらに加害者の抱える心理的問題を悪化させる可能性があり、問題行動の修正のための肯定的なモデルが提案されていないため、最小限の効果しかないと言われています(文献3)

     

    いじめへの対応について

     

    いじめにどう対応すべきか、文科省の「いじめ防止等に効果的な学校基本方針の例」によれば、
    *いじめられた生徒又はその保護者への対応
    ・ 生徒から,事実関係の聴き取りを行う。
    ・ 生徒や保護者に「最後まで守り抜くこと」や「秘密を守ること」をはっきりと伝える。
    ・ 生徒の個人情報の取扱い等,プライバシーには十分に留意する。
    ・ 事実確認のための聴き取りやアンケート等により判明した情報は,家庭訪問等で速やかに保護者に伝える(即日対応)。
    ・ 生徒にとって信頼できる友人や教職員,家族等と連携して支える。
    ・ 安心して学習に取り組むことができるよう,必要に応じて別室での学習を提案する。
    ・ 状況に応じて,スクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカーなどの協力を得る。
    ・ 謝罪や事後の行動観察の結果,いじめが解消したと思われる場合でも,見守りは継続する。
    * いじめた生徒への指導又はその保護者への助言
    ・ 生徒から事実関係の聴き取りを行う。
    ・ いじめとして認知した場合,組織で速やかに対応し,謝罪の指導を行う。
    ・ 聴き取った内容を速やかに保護者に連絡し,事実に対する保護者の理解を得る。
    ・ 保護者と連携した適切な対応ができるよう協力を求めるとともに,継続的な助言を行う。
    ・ 組織として毅然とした指導を行い,いじめは絶対に許されない行為であることを理解させる。
    ・ 生徒が抱える問題にも目を向け,いじめを繰り返さないよう継続的に指導・支援する。
    * いじめが起きた集団への働きかけ
    ・ 知らなかった生徒や傍観していた生徒に対しても,自分の問題として捉えるように指導する。
    ・ いじめをやめさせることはできなくても,誰かに知らせる勇気を持つよう伝える。
    ・ はやしたてたり,同調したりする行為は,いじめに加担する行為であることを理解させる。
    ・ 教育活動全体を通して,いじめは絶対に許されない行為であり,根絶しなければならないという態度を育む。

    などとなっています。


    実際にどのような対応がなされているかですが、文科省平成30年児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査によれば、「いじめられた児童生徒への特別な対応」(特別な対応と書いてありますので、上記のいじめられた生徒又はその保護者への対応以外の対応と思われます)としてはは「スクールカウンセラー等の相談員が継続的にカウンセリングを行う」が3.2%、「別室を提供したり,常時教職員が付くなどして心身の安全を確保」が4.0%、「緊急避難としての欠席」が0.2%、「学級担任や他の教職員等が家庭訪問を実施」が11.3%、「学級替え」が0.1%、「当該いじめについて,教育委員会と連携して対応」が2.9%、「児童相談所等の関係機関と連携した対応(サポートチームなども含む)」が0.3%など(複数回答可)となっています。

    続いて、「いじめる児童生徒への特別な対応」としては、「スクールカウンセラー等の相談員がカウンセリングを行う」が1.8%、「校長,教頭が指導」が4.8%、「別室指導」が11.3%、「学級替え」が0.1%、「退学・転学」が0.1%、「停学」が0.1%、「出席停止」は全国で1名(中学校1件)のみ、「自宅学習・自宅謹慎」(出席停止との違いがいまいちわかりませんが)が0.2%、「訓告」が0.1%、「保護者への報告」が45.6%、「いじめられた児童生徒やその保護者に対する謝罪の指導」が43.4%、「警察等の刑事司法機関等との連携」は0.2%、「児童相談所等の福祉機関等との連携」が0.2%、「病院等の医療機関等との連携」が0.1%、「地域の人材や団体等との連携」が0.1%などとなっています(0.1%で500件程度)。

     

    いじめに対する対応として、推奨されない方法が存在します。文献1によれば、いじめをした生徒を自動的に停学にするゼロ・トレランス・ポリシーは推奨されません。

    またいじめをする生徒を一緒にグループ化することは、攻撃性を高め、いじめを悪化させる可能性があります。

    また簡潔な集会や1日だけの啓発キャンペーンは、児童生徒に対する持続的な教育効果という点では、ほとんど効果がないと言われています。

    またいじめ対策としては、傍観者をいかに仲裁者ないしシェルターのような存在にするかが重要であるとの議論もあります(文献4)。

    これは教師の介入の契機をつくるため、およびたとえ中立的な存在であっても(友人とまでは言えなくても)、被害者を孤立させない仲間の存在があることにより、いじめによる心理的苦痛の軽減効果が大きいことを示唆する研究結果が存在していることによります。


    文献1によれば、オンライン実験により、オンラインの活動から排除された若者について、無作為に未知の仲間とのインスタント メッセージのやり取りを行う群と、孤独なコンピューター ゲームをプレイする群とに割り付けしたところ、心理的苦痛からの回復は、孤独なコンピュータゲームをプレイするよりも、未知の仲間と対話する機会を持っていた人のためにはるかに迅速であったことが報告されています。

    これらの知見は、中立的な社会的交流でさえも、いじめられた後の心理的苦痛の回復に有用である可能性があることを示唆するものです。

    したがって、教室における傍観者をいかに積極的に関わりうる存在にするかは重要といえます。

    教師らの介入により、どの程度いじめの軽減効果があるかについては、文献2によると、いじめ被害者223名へのアンケートにより、7割近い児童生徒がいじめがなくなった(29%)ないし減少した(39%)と報告しています。

    悪化したと答えたのは全体の7.6%でした。

    このように教師の介入により大半が改善していることから、まずはいじめを教師が知るところとし、教師が介入を行うことが重要と言えます。


    また教師はいじめを認知した場合には速やかに介入することが求められます。

    文献3によれば、教師がいじめを無視したり矮小化したりする場合、あるいは教師の介入の欠如を生徒がいじめを暗黙のうちに受け入れていると解釈する場合、攻撃的な行動が増える可能性が高くなるとされています。

    また被害を受けた生徒は今後いじめを報告することを躊躇し、いじめを観察した生徒は介入したり助けを求めたりする意欲が減退すると感じることがあります。

    教師が介入して、教師はいじめは受け入れられないことを伝えると、その結果、生徒はこの種の行動を正当化しようとする傾向が少なくなります。

    また、いじめは放置すればするほどエスカレートする可能性も指摘されています(文献4)。早期介入が重要といえます。

    教師の介入手法としては大まかに3つの戦略があるとされます。

    第一は,加害者に対する懲罰戦略(指導,叱責、除名など)です。

    しかし先に述べたように、この方法は社会的行動の修正のための肯定的なモデルが提案されないと、効果が乏しいものとなります。また加害者の心理的ケア(特に未熟な防衛機制が関与していると考えうる場合)が置き去りになってしまうと、根本的問題の解決にはなりません。

    第二の戦略は、被害者や加害者に向けられた個別の支援であり、心理的に支援し、被害を受けた生徒への共感を高めることです。

    第三の戦略は、生徒間の協力を促進し、保護者や他の専門家の支援を得て、クラスのすべての生徒を巻き込む支援協力的介入になります。

    文科省の「いじめ防止等に効果的な学校基本方針の例」では、加害者の保護者とも連携し、より効果的な加害者への教育的介入を模索する方向性が提示してあります。

    この際、加害者の保護者の加害生徒への関わり方、家庭環境などが加害行為の背景要因として存在していないかをアセスメントすることは重要と思われます。実際には平成30年の文科省の報告では、先にみたように、加害者の保護者に対して報告などを行ったケースは全体の45.6%とされており、保護者との連携は半数以下となっている現状があり、今後の課題と思われます。

    いじめが集団で行われている場合の対処は困難度が高いと言われていますが、以下のような方法が提案されています(文献2)

    第1にサポートグループ法とよばれる方法があります。

    これは、まず被害者にインタビューを行い、いじめの影響を受けた経緯や加害者が誰であるかなどの詳細な知識を収集します。

    その後、この知識を加害者らと共有し、被害者をサポートし、加害者にも同じように影響を与えることを期待されている生徒を含む会議で共有し、加害者集団の問題意識の自覚と行動変容を期待するものです。

    第2に共有懸念法(Method of Shared Concern)、またはPikas法として知られる方法があります。

    この方法では、加害者である疑いのある生徒との一対一の面談に始まり、ついで被害者との面談が行われ、その後、加害者である疑いのあるすべての生徒との面談が行われ、話し合いによるいじめ解決策となりうる積極的な提案を考案し、可能であれば、被害者を含む最終的なグループ面談で解決策について合意するという包括的なアプローチになります。

     

    いじめ防止対策推進法の施行に伴い、年々認知されるいじめ件数が増加し、現場の先生方のご負担は増えていきますが、先生方の心身の健康を保持しながら、包括的かつ効果的ないじめ対策が進むことが期待されます。

     

    引用文献
    1)National Research Council 2014. Building Capacity to Reduce Bullying: Workshop Summary. Washington, DC: The National Academies Press. https://doi.org/10.17226/18762.
    2)Int. J. Environ. Res. Public Health 2020, 17, 2338; doi:10.3390/ijerph17072338
    3)De Luca L, Nocentini A and Menesini E (2019) The Teacher’s Role in Preventing Bullying. Front. Psychol. 10:1830. doi: 10.3389/fpsyg.2019.01830
    4)荻上 チキ. いじめを生む教室 子どもを守るために知っておきたいデータと知識 (PHP新書). 株式会社PHP研究所.

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