院長ブログ

  • イントラボディ

    ・細胞外の物質に対して抗体で何とかしようという治療戦略はわかるのですが、細胞内抗体(イントラボディ)なるもので、細胞内凝集体を何とかしようという治療戦略があることを最近知りました。

    ・例えば滋賀医科大学の研究グループの報告(Sci Rep. 2018 Apr 16;8(1):6030. doi: 10.1038/s41598-018-24463-3)とかですが、TDP-43の特定の部位を認識するモノクローナル抗体から一本鎖フラグメントを抽出し、それをコードする遺伝子を細胞内にウイルスベクターなどで注入し、細胞にそのイントラボディを発現させて、蛋白質分解機構による凝集体分解を誘導させようということのようです。これは以前こちらの記事で紹介した手法(https://keiwakai-ohda.jp/byoin/greeting/incho_blog/2021/06/?page=2)と本質的には変わらないかと思います。うまくいけば革新的なことです。

    ・このような創薬戦略はベンチャー企業でも研究されていて、先のSOLA社の他に、抗体医薬品の開発を主に行っているProMIS Neuroscience社は、各種神経変性疾患における凝集体に対する抗体を開発しています。Aβプラークに対する抗体(PMN310)も開発していて、こちらの資料(https://promisneurosciences.com/wp-content/uploads/2021/08/PromIS-OV-Aug-8-2021.pdf)ではaducanumabと比べてARIA-E(Amyloid Related Imaging Abnormality-Edema)がないのだということで安全性が強調されていたりします。

    ・ProMIS社の資料によると、同社が開発中のTDP-43に対する細胞外投与されるモノクローナル抗体では、折り畳み異常TDP-43蛋白質の細胞間の伝播を抑制した(プリオン様の異常伝播メカニズムが推定されている)とか、イントラボディに関しては、細胞内のTDP-43凝集体がリソソームによる分解経路により減少したとか、基礎実験ではいろいろ報告されているようです。近々臨床試験開始のニュースが出てくるかもしれませんが、個人的には国産の滋賀医大の研究の進展を応援したいところです。こういうところで日本と海外との資金力の差が出るとすれば残念なことです。

  • BPSD 2021年09月24日

    ・こういう報告もある(JAMA Netw Open. 2019 Mar 1;2(3):e190828.)ということは知っておいた方がいいのでまとめておきます。特にみるべきは副作用の部分かと思います。

    ・認知症のBPSD、特にagitationなどの症状に対してなぜ抗精神病薬による薬物療法が第1選択にならないのか、については短期的なリスクと、中長期的なリスク・ベネフィットのバランスの問題の2点によるところかと思います。

    ・まず短期的リスクについては、よく知られているように2005年にFDAが、非定型抗精神病薬(オランザピン、アリピプラゾール、リスペリドン、クエチアピン)について、高齢の認知症患者における行動障害を対象とした 17のプラセボ対照無作為割付比較試験に参加した5106 例を解析し、非定型抗精神病薬使用による死亡率がプラセボと比較して約1.6-1.7倍高いと結論づけました。死因は主として心臓疾患(心不全、突然死等)、感染症(肺炎)等でした。

    ・この1.6-1.7倍というのはabsolute riskに換算すると、どの程度の割合なのでしょうか。ほぼ同時期にJAMAからも同様の報告(JAMA. 2005 Oct 19;294(15):1934-43. doi: 10.1001/jama.294.15.1934)が出ていて、15のプラセボ対照試験を解析(実薬群 3353名、プラセボ群 1757名、87%がアルツハイマー型認知症、平均年齢81.2歳、介入期間8-26週間、8-12週が大半)した結果、死亡率のpooled incidenceは実薬群 3.5%、プラセボ群 2.3%。メタ解析での死亡率の対プラセボのオッズ比は1.54(95% CI, 1.06-2.23)となりました。ですので、BPSDに対して非定型抗精神病薬(アリピプラゾール、クエチアピン、オランザピン、リスペリドン)を10週間程度使用すると、死亡率が1.2%程度上昇する可能性があるということになります。ちなみに、解析に含まれた15の試験にはハロペリドールも2つの試験で含まれていて、ad hoc解析が行われていて、ハロペリドールについて死亡リスクは,オッズ比 1.68(95%CI,0.72-3.92)でした。有意差はないですが、非定型だけのリスク増加というわけではなさそうな雰囲気です。

    ・非定型対定型薬についてはまた別のstudyでも報告されています。retrospective cohort studyですが、2005年にNew Englend Journal of Medicine誌に定型薬と非定型薬の死亡リスクの比較が検討された報告がでており(N Engl J Med 2005;353:2335-41.)、65歳以上の高齢者で、定型(n=13748)ないし非定型抗精神病薬使用者(n=9142)について死亡リスクを検討したところ、定型薬による死亡の対非定型薬のハザード比は80日未満で1.37、40日未満では1.56と有意にリスクが高い結果となりました。

    ・以上が短期的な死亡リスクという観点からの検討になりますが、どれも比較的短期間の介入試験からの帰結になります。最も強いインパクトを与えたのは、NIMH主導で行われた(sponsorship biasの心配の少ない)CATIE-AD試験の結果です。phase Iでは36週間というこれまでにない長期間、アルツハイマー型認知症のBPSDに対してオランザピン(n=100)、リスペリドン(n=85)、クエチアピン(n=94)の受容性、有効性、安全性、費用対効果などに関するプラセボ対照試験が行われました。

    ・主要評価項目は受容性(あらゆる理由による中断率)で、その報告(N Engl J Med. 2006 Oct 12;355(15):1525-38.、Am J Psychiatry. 2008 Jul;165(7):844-54.)によると、最終的には36週に到達するまでに各群77-85%が中断。投薬期間の中央値が7.1週ということで、非常に脱落が多い結果となりました。

    ・平均用量はオランザピン5.5mg、クエチアピン56.5mg、リスペリドン1mgでした。死亡については、オランザピン群1例、クエチアピン群1例、リスペリドン群1例、プラセボ群1例で有意差はありませんでした。絶対リスクの差が1%程度の副作用については各群100例程度の介入試験では有意差がでることはないのでしょう。第1種過誤の生じるリスク(α)を5%、第二種過誤の生じるリスク(β)を20%として、母集団における死亡の発生リスクが2%とすると、1%のリスクの増加のイベントを検出しようとすると、計算ミスがなければ必要サンプル数は3000とかになりそうです。そもそも、この試験では、死亡リスクの増加は検出できない(議論できない)ことになります。

    ・あらゆる理由による中断までの時間については、群間有意差なく、カプラン-マイヤー法によるあらゆる理由による中断までの時間の中央値は、オランザピン群 8.1週、クエチアピン群5.1週、リスペリドン群 7.4週、プラセボ群 8.0週でした。一方、有効性欠如による中断までの時間の中央値はオランザピン群22.1週、クエチアピン群 9.1週、リスペリドン群 26.7週、プラセボ群 9.0週であり、オランザピン群、リスペリドン群がプラセボ群より有意に長い結果となっています。さらに副作用、忍容性欠如による中断率は、オランザピン群 24%、クエチアピン群 16%、リスペリドン群 18%、プラセボ群 5%で実薬群はプラセボ群より有意に高い結果となりました。

    ・副次評価項目の有効性に関する評価も行われていて、CGICについては、脱落群はすべて非反応群に分類するという多少強引な設定の下で、12週時点で残存していたobserved case解析になっているのですが、その結果としては、minimal improvement以上の反応を示した割合は、オランザピン群 32%、クエチアピン群 26%、リスペリドン群 29%、プラセボ群 21%と群間有意差なしとの結果でした。脱落データをどう扱うかという点で議論の余地があることになります。この論文の結論としては、agitationなどのBPSDに対する非定型抗精神病薬のメリットは副作用などのデメリットにより相殺されてしまうようだということになっています。

    ・CATIE-AD試験における他のNPIなどの副次評価項目については別の論文で報告(Am J Psychiatry. 2008 Jul;165(7):844-54.)されています。12週時点でみてみても、脱落はオランザピン群59.2%、クエチアピン群 66.7% 、リスペリドン群61%、プラセボ群66%であり、ここまで脱落が多いと、脱落データをどう扱うのかについては慎重になる必要があります。主要な結果はLOCFで脱落データの観測値の推定がされていますが、副作用による中断が実薬群で多かったことを考えると、NPIなどの尺度がプラセボ群でも一定の割合で改善していくという流れが仮にあるのであれば、LOCFだと実薬群でスコアがまだ悪い早期の脱落が多くなり、実薬群で不利な結果になっている可能性があります。一方confirmatory analysisでMMRM(Mixed effect Models for Repeated Measures)による解析が行われていますが、MMRMで行うにしても、ここまで様々な理由による脱落が多いと欠測メカニズムがすでに観察されたデータからすべて説明できる(MAR:missing at random)との前提が崩れてしまうような気がしなくもないです。というわけでいくつかの尺度において結果の統計的解釈に困難があるCATIE-AD試験の結果ですが、NPIについては一応LOCFでは12週時点ではリスペリドン群とオランザピン群が有意にプラセボ群より良好であるとの結果が報告されています。

    ・CATIE-AD試験については、その他にも認知機能(Am J Psychiatry. 2011 Aug;168(8):831-9.)、代謝系副作用(Am J Psychiatry. 2009 May;166(5):583-90)、費用対効果(Arch Gen Psychiatry. 2007 Nov;64(11):1259-68)などの報告がなされており、総じて非定型抗精神病薬に対して分が悪い結果となっています。というわけでこれらの結果をもって、非定型抗精神病薬は第1選択とはならず、日本神経学会の認知症疾患診療ガイドライン2017のCQ 3B-2の推奨内容となるわけです。

    ・ただし、非定型抗精神病薬がBPSDに対して有効性は期待できないかという観点については、今回触れるメタ解析でも統計的には若干の有効性が期待できるという結果になっています。ですので、個別にリスクを慎重に考慮した上で自己または他者に危害が及ぶリスクがあるなど、やむを得ない場合に投与を検討する必要があります。厚労省が2011年に、保険適応外使用ではあっても、クエチアピン、ハロペリドール、ペロスピロン、リスペリドンに関しては、器質的疾患に伴うせん妄・精神運動興奮状態・易怒性に対して処方した場合でも審査場認めると通達しています。

    ・ちなみに詳しくは触れませんが、徘徊と転倒に関しては、この論文(Am J Geriatr Psychiatry. 2004 Sep-Oct;12(5):499-508)は後期研修医の先生方はチェックしておきましょう。

    ・さらにいうと、CATIE-AD試験はphase 2ではシタロプラムの介入試験が行われる予定になっており、結果に期待していたのですが、どこに行ってしまったのでしょうか?試験そのものからの脱落が多く、継続できなかったのでしょうか。CATIE-AD試験のclinicaltrials.govのサイトをみても(NCT00015548)、publicationsにシタロプラムの名前が見当たりません。シタロプラムはこれとは別にCitAD試験が行われ、結果が公表されています(JAMA. 2014 Feb 19;311(7):682-91. doi: 10.1001/jama.2014.93.)。現在エスシタロプラムの第3相試験が行われていますので、こちらの結果にも注目しています( NCT03108846)

    ・というわけで今回の本題ですが、2019年のJAMA Network Open誌に掲載されたBPSDに対する非定型抗精神病薬のネットワークメタ解析です(JAMA Netw Open. 2019 Mar 1;2(3):e190828.)。

    BPSDに対する非定型抗精神病薬のネットワークメタ解析

    背景

    ・認知症の行動・心理症状は、認知症患者の生活の質を低下させ、施設入所の可能性を高めるといわれている。

    ・リスペリドンは、オーストラリア、カナダ、ニュージーランド、イギリスでは重度のBPSDの治療薬として認可されているが、米国では認可されていない。

    ・無作為割付試験のpairwise meta-analysisによると、非定型抗精神病薬はBPSDをわずかに改善するだけで、死亡や脳血管系副作用などの重篤な有害事象を引き起こす可能性があることを示唆する結果が報告されている

    ・欧州医薬品庁、FDA、カナダ保健省などから警告が出されているが、これらの警告にもかかわらず、非定型抗精神病薬はBPSDの治療に12.3%~37.5%の患者に使用されている

    ・2015年、米国老年医学会は、高齢者における不適切な薬物使用の可能性に関するBeers基準を更新し(日本では、日本老年医学会、「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015」https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/info/topics/pdf/20170808_01.pdfが該当)、非薬物療法が奏功しないか不可能であり、患者が自己または他者に重大な危害を加える恐れがある場合を除き、BPSDに対する抗精神病薬の使用を避けることを推奨した

    ・これまでのpairwise meta-analysisでは、非定型抗精神病薬とプラセボを比較した試験がほとんどで、他の非定型抗精神病薬を比較した試験はあまりなく、どの抗精神病薬が有益で安全であるかは明らかにされていない。そのためネットワークメタ解析をしてみた

    対象と方法

    ・65歳以上でBPSDに対する非定型抗精神病薬の有効性などを検証した6週以上の無作為割付試験

    ・17 RCTs(n=5373)。平均フォロー期間10週間。12の試験がナーシングホーム、3つが外来、2つがナーシングホーム+外来で施行

    ・主要評価項目は有効性(NPI)、副次評価項目はCMAI、BPRS

    ・主要安全性評価項目は死亡率と脳血管系副作用、副次安全性評価項目は錐体外路系副作用、傾眠/鎮静、転倒、骨折、尿路感染症、失禁

    結果

    ・NPIについては、アリピプラゾールが対プラセボのSMD -0.17(95%CI -0.31 to -0.02)で有意差あり。オランザピン、クエチアピン、リスペリドンは有意差なし。リスペリドンやオランザピンの試験についてはプラセボ群の改善効果も大きかったため(細かいことをいうと、用量固定試験(Int J Geriatr Psychiatry. 2004 Feb;19(2):115-26、Arch Gen Psychiatry. 2000 Oct;57(10):968-76)では、オランザピンも特定の用量5mgとか7.5mgではNPIでプラセボと有意差ありとする報告などもあり、すべての用量をひっくるめた結果とは違ってくる可能性がある。またNPIの結果でアリピプラゾールの結果が有意にでているのはAm J Geriatr Psychiatry. 2008 Jul;16(7):537-50. の報告の影響を強く受けているためと思われる)

    ・CMAIではリスペリドン(SMD -0.26)とアリピプラゾール(SMD -0.30)がプラセボより有意に良好。BPRSではアリピプラゾール(SMD -0.20)、クエチアピン(SMD -0.24)がプラセボより有意に良好

    ・死亡に関しては対プラセボのオッズ比で有意差が出た薬剤はなし

    ・脳血管系副作用については、オランザピン(OR 4.28)とリスペリドン(OR 3.85)が有意なリスク上昇と関連あり。アリピプラゾール(OR 1.09)、クエチアピン(OR 1.36)は有意差なし

    ・錐体外路系副作用については、リスペリドン(OR 2.23)が有意なリスク上昇と関連あり。アリピプラゾール(OR 1.26)、オランザピン(OR 1.54)、クエチアピン(OR 0.59)は有意差なし

    ・傾眠/鎮静については、すべての非定型抗精神病薬が有意なリスク上昇と関連。アリピプラゾールOR 3.14、オランザピンOR 4.08、クエチアピンOR 4.47、リスペリドンOR 2.57。リスペリドンはオランザピンとクエチアピンと比較しても有意に鎮静/傾眠リスクが少なかった

    ・転倒/骨折/外傷については、リスペリドンはプラセボと比較して、有意な転倒/骨折/外傷リスクの軽減と関連した(OR 0.79 95%CI 0.64-0.98)。その他の非定型抗精神病薬はプラセボと有意差なし。アリピプラゾールOR 0.96、オランザピンOR 1.26。クエチアピンOR 0.78

    ・尿失禁/尿路感染症については、クエチアピンは有意なリスク上昇と関連(OR 2.11)、他はプラセボと有意差なし。アリピプラゾールOR 1.58、オランザピンOR 1.12,リスペリドンOR 1.38

    結論

    ・非定型抗精神病薬のBPSDに対する有効性については効果量はいずれも小さい。

    ・オランザピン、リスペリドンは脳血管系副作用などに注意が必要

    ・非定型抗精神病薬についてはリスクーベネフィットがトレードオフ関係にあり、投与対象を慎重に見極める必要がある

  • エビデンスの変化 2021年09月16日

    ・GRADE Working Groupメンバーである相原 守夫先生が”内科医のエビデンスに基づく医療情報”で触れておられたので、一度まとめておきたいと思いつつ、時間がたってしまったのですが、京都大学の古川先生らのグループからのネットワークメタ解析における抗うつ薬の有効性と受容性が、年代によってどのように変化するかについての論文(文献1)をまとめておきます。

    ・エビデンスの成熟には時間がかかりそうということで、発売直後の薬剤の評価は注意したほうがいいというものです。最近のCOVID-19に関する論文など、主要評価項目が客観的指標で構成されている領域ならまだしも、精神疾患など、主要評価項目が心理的尺度などの主観的指標で、バイアスの入りやすい領域におけるネットワークメタ解析では特に注意が必要なのかもしれません。

    抗うつ薬ネットワークメタ解析結果の経年変化

    背景

    ・ネットワークメタ解析用の解析ツールは近年大幅に進歩している

    ・Shinyアプリケーションにより、過去40年間の抗うつ薬の有効性、受容性、エビデンスの信頼性を統合したプロットを用いて、抗うつ薬の効果に関するエビデンスの進化と信頼性のレベルを可視化した

    ・可視化することで、より早い時期に最適な薬剤の選択が容易になったかどうかを検討する。

    対象と方法

    ・18歳以上の大うつ病の急性期治療における二重盲検RCT(公表、未公表含む)

    ・対象薬剤は、アゴメラチン、アミトリプチリン、ブプロピオン、シタロプラム、クロミプラミン、デスベンラファキシン。デュロキセチン、エスシタロプラム、フルオキセチン、フルボキサミン、レボミルナシプラン、ミルナシプラン、ミルタザピン、ネファゾドン、パロキセチン、レボキセチン、セルトラリン、トラゾドン、ベンラファキシン、ビラゾドン、ボルチオキセチン(いずれも承認用量範囲内の試験のみを対象)

    ・主要評価項目は、8週に一番近い時点での反応率(評価尺度の50%以上の改善)、受容性(あらゆる理由による中断率)

    ・エビデンスの進化を観察するため、異なる時点でネットワークメタ解析を実行した

    ・各RCTのバイアスリスク(低い,高い,不明確)は,7つの領域(ランダム化の手法,割付隠蔽,参加者の盲検化,治療者の盲検化,評価者の盲検化,選択的報告バイアス,減少バイアス)について評価された。どの領域も高リスクと評価されず、3つ以下の領域が不明確なリスクと評価された場合は低リスク、1つの領域が高リスク、またはいずれも高リスクではないが4つ以上の領域が不明確なリスクと評価された場合は中リスク、その他のすべての状況では高リスクのバイアスを持つ研究と分類

    ・1990年、1995年、2000年、2005年、2010年、2016年の時点をとり、その1年前までに完了したRCTを含む解析を各時点で行った

    ・CINeMA(Confidence in Network Meta-Analysis)フレームワークを用いて、NMAのエビデンスの信頼性を評価し、各薬剤間のオッズ比のエビデンスの信頼度を「高い」「中程度」「低い」「非常に低い」に分類した

    ・190のhead-to-head のRCTsと460のプラセボ対照試験

    結果

    ・発売直後は有効性に関するオッズ比は高い数値を示すものが多く、20年以上の経過観察可能であった薬剤については、大半の薬剤の有効性に関するオッズ比は年々減少し、安定するまでに10年以上を要した。新薬発売後の有効性データには注意が必要

    ・発売直後の薬剤の有効性が高く評価され、その後年々落ち着いていく現象は、 “wish bias”、“the fading of reported effectiveness”、 “novel agent effects”などと呼ばれている。発売直後の薬剤においては、このような現象に注意する必要がある。

    ・この原因としては、介入試験において患者層が高度に選択されていること、small study effect、選択的報告バイアス、出版バイアスなどの影響が考えられている

    ・エビデンスはすぐに古くなるため、タイムリーに新しい情報を手に入れることが必要

    コメント

    ・この論文はフリーで公表されていますので、実際に論文のfigure. 3などを見てみるととても興味深い傾向がみてとれると思います。

    引用文献
    文献1.Yan Luo, Anna Chaimani, Toshi A Furukawa, Yuki Kataoka, Yusuke Ogawa, Andrea Cipriani, Georgia Salanti ;Res Synth Methods. 2021 Jan;12(1):74-85. doi: 10.1002/jrsm.1413. Epub 2020 May 25.

  • 抗精神病薬と乳癌リスク 2021年09月08日

    ・抗精神病薬による高プロラクチン血症が乳癌リスクの増加と関連するかどうかについては、これまで基礎実験や疫学的研究でそれを支持する結果が報告されていましたが、重要な共変量が入っていないなど、方法論的問題があったようです。そこで今回nested case-control studyで、なるべく様々な交絡因子の影響を考慮して大規模コホート研究をしてみたというフィンランドからの報告がありました(文献1)

    抗精神病薬と乳癌リスク

    背景

    ・乳癌の生涯罹患率は女性の12%と言われている。さらに統合失調症患者では一般人口よりも25%罹患率が上昇すると言われている。

    ・また、統合失調症患者についてのメタ解析結果によると、統合失調症患者では乳癌スクリーニング検査を受ける割合が対一般人口のオッズ比にして48%少ない(OR 0.52 95% CI 0.43-0.62)ことが報告されており、統合失調症患者では乳癌が過少診断されている可能性がある。

    ・このスクリーニング受診率の格差が、乳癌診断の遅れをもたらし、乳癌による死亡率の増加につながっている可能性がある

    ・統合失調症患者においてはメラノーマ(日光浴が少ないため?)と前立腺癌のリスクは一般人口より低いといわれており、乳癌は高いといわれている。

    ・統合失調症患者においては喫煙率が高いにも関わらず、肺癌リスクについては、一般人口と有意差がないといわれており、遺伝的要因の関与も推測されているが、単に検診率が低いなどの理由によるのではないかという指摘もある。

    ・全癌のリスクは一般人口と有意差ないといわれているが、癌による死亡率は一般人口より高い。これは発見時にすでに進行期である割合が高い可能性や、術後の化学療法や放射線治療を受けられないケースが多いためではないかなどと考察されている(Special Issues in Schizophrenia and Cancer July 31, 2020 Mary V. Seeman, MD Psychiatric Times, Vol 37, Issue 7)

    ・統合失調症患者は肥満や糖尿病、喫煙や経産率の低さ、授乳率の低さなど乳癌リスク因子を有する割合が高い。

    ・さらに高プロラクチン血症も乳癌リスクの増加と関連する

    ・基礎実験ではプロラクチンが乳管癌と小葉癌の両方の細胞増殖を増加させる可能性が示されているが、そのリスクが乳管癌と小葉癌のどちらで高いかは不明である

    ・イギリスでのコホート研究では抗精神病薬服用中の女性における乳癌リスクが小さいながらも有意に(調整後ハザード比=1.16 95%CI 1.07-1.26)増加することを報告している。しかし診断の大半が統合失調症以外であったため、抗精神病薬の総暴露量(cumulative DDD)の中央値は39であり、少なかった。さらにプロラクチン増加をもたらす抗精神病薬への暴露と、プロラクチンを増加させない抗精神病薬への暴露との区別がなされてなかった

    ・デンマークでの大規模症例対照研究では、5-20年のフォローアップ期間を設け、プロラクチン増加をもたらす抗精神病薬(クロザピン、クエチアピン、アセナピン、アリピプラゾール、セルチンドールへの暴露は除外。ジプラシドン、オランザピン、スルピリド、アミスルプリド、リスペリドン、パリペリドンの他、大半の第1世代抗精神病薬への暴露)への累積暴露量がオランザピン換算で10000mg(1000 DDD)を超えるケースのみを対象とした。その結果、プロラクチン増加をもたらす抗精神病薬の用量と乳癌発症率の間に、弱い用量反応関係があることが報告された(2000 DDDを超えると調整後ORが1.27)。またエストロゲン受容体陽性乳癌の発症リスクのみ抗精神病薬暴露(1000 DDD以上)と有意に関連した(エストロゲン受容体陽性乳癌 調整後OR 1.29,陰性乳癌 調整後OR 0.92 )。しかしこの報告では、経産率や肥満、物質使用などの抗精神病薬使用よりも重要な交絡因子の影響が考慮されていない。

    ・今回、フィンランドの大規模コホートを対象に、nested case-control studyを行い、糖尿病、薬物乱用、子供の数、乳癌のリスクに影響を与える他の薬剤の使用などのリスク要因を調整して、最長20年以上の追跡調査を行い、乳癌のリスクと抗精神病薬暴露の関係を調査した。

    対象と方法

    ・Nested case-control study

    ・1972年から2014年まででフィンランドで統合失調症と診断された16歳以上の女性30785名を含むデータベースを利用し、症例はその中で2000年から2017年までの間で乳癌と診断されたケース。18-85歳で、少なくとも5年以上の投薬歴のデータがあるもの。各症例について、発生密度サンプリング(症例発生時点毎にほぼ同等のリスク環境下にあると思われる対照をサンプリングすること)により、統合失調症データベースから乳がんのない対照者を最大5人まで選んだ。マッチング基準は、年齢(±1年)、初めて統合失調症と診断されてからの期間(±1年)、マッチング以前にがんの診断を受けていないこととした。

    ・抗精神病薬をプロラクチン増加型(オランザピン、スルピリド、リスペリドン、パリペリドン、第1世代抗精神病薬)とプロラクチン温存型(アリピプラゾール、クロザピン、クエチアピン)に分類し、プロラクチン温存型については原則単剤での使用期間を、両者併用の場合にはプロラクチン増加型の使用期間としてカウントした。抗精神病薬への累積暴露期間を1年まで、1~4年、5年以上で分類した

    ・1 DDDはリスペリドン5mgに対応

    ・共変量として心血管疾患、糖尿病、喘息、慢性閉塞性肺疾患、薬物乱用、自殺未遂の既往、子供の数。乳癌のリスクに関与しうる薬剤の使用(βブロッカー、ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬、ベラパミル、アンジオテンシン系薬剤、ジゴキシン、スピロノラクトン、ループ利尿薬、スタチン、NSAIDs、オピオイド、パラセタモール、抗コリン系抗パーキンソン剤、三環系抗うつ剤、SSRI、ホルモン補充療法(エストロゲン、プロゲステロン、ゲスターゲンを含む全身性製剤およびそれらの組み合わせ)など。これらの薬剤の累積使用期間は、不使用、1年未満、1~4年、5年以上に分類された)を抽出

    ・条件付ロジスティック回帰分析

    結果

    ・乳癌と診断された症例1069人と、対照群5339人を同定

    ・症例と対照者の平均年齢62歳、統合失調症と診断されてからの平均期間は24年

    ・プロラクチン増加型抗精神病薬への5年以上の暴露は1年未満の暴露と比較して、乳癌発症の調整後OR 1.56(95%CI 1.27-1.92)と有意に増加

    ・一方プロラクチン温存型への5年以上の暴露は対照群と比較して、乳癌発症リスクの有意な増加とは関連しなかった(調整後OR 1.19 95% CI 0.90-1.58)

    ・プロラクチン増加型抗精神病薬に5,000 DDD以上暴露した場合、500 DDD未満と比較して、乳癌発症リスクの有意な増加を認めた(調整後OR 1.36(95%CI 1.09-1.70)

    ・プロラクチン増加型抗精神病薬に5年以上曝露した場合、小葉癌と管状腺癌の両方のリスクが上昇した。そのリスクは小葉癌(調整後OR 2.36 [95%CI 1.46-3.82])の方が管状腺癌(調整後OR 1.42 [1.12-1.80])よりも高かった。

    議論

    ・プロラクチン増加型抗精神病薬への5年以上の暴露は、プロラクチン温存型抗精神病薬への暴露と比較して乳癌の絶対リスクを4%程度上昇させる可能性があり、臨床的には無視できない数値と考えられる

    ・乳癌リスクを考慮すると女性統合失調症患者の維持療法にはプロラクチン温存抗精神病薬(アリピプラゾール、ブレクスピプラゾール、カリプラジン、ルマテペロン、クエチアピン、クロザピン)を選択することが適切かもしれない

    ・肥満度や喫煙、乳癌の家族歴は共変量に入っていないため、これら交絡因子の影響は除外できていない

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    ・ルラシドンやブレクスピプラゾールはフィンランドでは解析対象となった症例期間後の発売のため、含まれていません。ルラシドンは(Patel PJ et al. Neurol Ther. 2020 Oct 24.)によれば、どちらかというとprolactine-sparing antipsychoticsに入りそうですが、どうでしょうか。

    ・統合失調症と癌については、発症後に適切な治療を受けられるかどうかというところが最大の問題かと思われます。

    文献1:Taipale H et al ; Lancet Psychiatry. 2021 Aug 30;S2215-0366(21)00241-8. doi: 10.1016/S2215-0366(21)00241-8

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