院長ブログ

  • リチウム 2021年11月30日

    ・リチウムといえば、自殺リスクを軽減する可能性が以前から指摘されていて、その根拠となる2005年のCiprianiらのメタ解析(Am J Psychiatry. 2005 Oct;162(10):1805-19)では無作為割付試験のみを対象としており、それなりに結果の信頼性がありそうだと思っていました。今回はリチウムの自殺関連事象予防効果について、negativeな結果になった割と規模の大きなプラセボ対照試験の結果が報告(Ira R Katz et al. JAMA Psychiatry. 2021 Nov 17. doi:10.1001/jamapsychiatry.2021.3170. Online ahead of print.)されたのでちょっと考察しながらみてみます。

    ・まずは、2005年のCiprianiらの報告のまとめですが、主要評価項目を自殺既遂、故意の自傷行為(deliberate self-harm)、あらゆる理由による死亡(リチウムによる有益性が有害性によりoffsetされる可能性を考慮したもの)とし、気分障害における3か月以上の長期試験のみを対象とし、32 RCTsのメタ解析を行ったものです。ただし、自傷行為については抽出された数が非常に少なく、実際の数値を反映していない可能性があるため、割愛します。自殺既遂については7つのRCTで報告されており、試験期間は多くが52週から100週程度で、全体としてリチウムの自殺既遂は503名中2名、対照群(プラセボやアミトリプチリン、カルバマゼピン、ラモトリギンなど)では601名中11名との結果で、リチウムの対照群に対する自殺既遂のオッズ比0.26(95% CI 0.09 - 0.77)となり、リチウムは有意に対照群と比較して自殺既遂を減らすことができそうだということになっています。

    ・またあらゆる理由による死亡については、リチウム群 696名中9名、対照群 788名中22名と、こちらも有意にリチウム群で少ない(オッズ比0.42 95% CI 0.21-0.87)結果となりました。リチウムの有害性で予防効果がoffsetされることはなさそうということがいえそうです。

    ・このような報告を受けて、2012年のリチウムのリスクに関するlancetの総説(Lancet 2012; 379: 721–28)でも、イントロではリチウムは自殺リスクを減少させると書いてあります。

    ・ちなみにこの総説では、リチウムによるGFRの変化は平均-6.22 ml/minであり、腎機能低下をもたらしうるものの、末期の腎不全に至る絶対リスクの変化量は0.5%程度と小さいとされており、甲状腺機能低下症についてはプラセボに対してオッズ比 5.78、カルシウム濃度の有意な増加、副甲状腺ホルモンの有意な増加と関連しており、治療中は甲状腺機能のほか、副甲状腺機能亢進症のリスクから、カルシウム濃度は定期的にチェックしましょうということになっています。

    ・一方、脱毛や皮膚症状についても有意なリスクの増加は認めなかったと報告されています。妊娠中のリチウム投与はエプスタイン奇形のリスク(1974年にNoraらは400倍のリスク増加と報告した:Lancet 1974; 304: 594–95.)のため禁忌となっていますが、2012年の報告では明確なことは言えないとなっていました。しかしこれについては最近の報告(Am J Psychiatry
    . 2020 Jan 1;177(1):76-92.)では、やはり妊娠中のリチウム使用は催奇形性リスクについては有意な増加を認めそうだとの結論になっています(あらゆる奇形リスクがオッズ比1.81、心血管系奇形のオッズ比 1.86)。

    ・今回の報告は退役軍人を対象としたプラセボ対照試験になります。

    リチウムと自殺関連事象

    背景


    ・2017年に自殺はアメリカでの死因の第10位であり、自殺の90%は精神疾患に起因し、20%以上は気分障害である。また、2017年のアメリカにおける自殺による死亡者のうち、退役軍人が13%で、退役軍人の年齢・性別調整後の死亡率は、他の米国人の1.5倍となっている。

    ・自殺関連行動のリスクを減らすためには、いくつかの治療法があり、有効な心理療法として、認知行動療法、弁証法的行動療法、問題解決療法などがある。

    ・クロザピンは、統合失調症および統合失調感情障害の患者の自殺行動を減少させることがFDAによって承認されている。ケタミンについてもFDAは最近、大うつ病性障害および急性の自殺念慮または自殺関連行動に対して承認されているが、エスケタミンが自殺の予防、または自殺念慮や自殺関連行動の減少に有効かどうかは不明である。

    ・抗うつ薬は、高齢患者では自殺関連事象を減少させるが、若年の患者では自殺関連事象を増加させる可能性がある。
    多くの観察研究は、リチウムが双極性障害やうつ病の患者の自殺や自殺未遂を予防する可能性を報告しており、リチウムの気分への影響とは独立している可能性を示唆する報告もある。しかし、このような観察結果は、自殺未遂の可能性が低い患者にリチウムを処方するという開業医の傾向を反映している可能性がある。

    ・退役軍人のコホート研究(BMC Psychiatry. 2014;14:357.)では、リチウムとバルプロ酸を服用した双極性障害患者の自殺率に差はなかった。リチウムが双極性障害やうつ病の患者の自殺行動を予防できるかどうかを検証するこれまでの無作為化臨床試験は、規模が小さく結論が出せない。

    ・大うつ病患者を対象とした研究に限定した最近のメタ解析( Br J Psychiatry 2017; 210: 396–402 )では,リチウムの使用と自殺による死亡との関連性に疑問が生じている

    ・そこで今回、退役軍人の大うつ病ないし双極性障害患者を対象にリチウムの自殺関連事象予防効果に関するプラセボ対照の介入試験を行った

    対象と方法

    ・29か所の退役軍人医療センターに通院中で、最近6カ月以内に自殺関連行動のエピソードがあったか、もしくは自殺を防ぐための入院歴があるもの

    ・双極I型ないしII型障害、もしくは大うつ病(DSM-IV-TR)

    ・過去6回以上の自殺企図歴があるものは除外

    ・過去6カ月以内のリチウム投与歴があるものは除外

    ・プラセボ対照二重盲検無作為割付試験

    ・試験期間:52週間

    ・リチウム徐放剤群 血中濃度が0.6-0.8 mEq/Lに用量設定 n=255
    ・プラセボ群 n=264

    ・主要評価項目は最初の自殺関連事象(非致死性の自殺企図、未遂、既遂、自殺を防ぐための入院)発生までの時間

    ・精神症状はColumbia-Suicide Severity Rating Scale、PHQ-9、Internal State Scaleのactivation下位尺度、Barratt Impulsiveness Scale、Buss-Perry Aggression Questionnaireなどで評価

    結果

    ・84.6%(439名)が大うつ病、15.4%(80名)が双極性障害

    ・リチウム平均濃度は0.42mEq/l。3か月時点で、双極性障害群では0.54mEq/l、大うつ病群では0.46mEq/l

    ・リチウム群では65名(25.5%)が自殺関連事象あり。プラセボ群では23.5%が自殺関連事象あり。有意差なし

    ・ベースラインのColumbia-Suicide Severity Rating ScaleとPHQ-9は自殺関連事象の発生と有意に関連した。その他のBarratt Impulsiveness ScaleやBuss-Perry Aggression Questionnaireなどは有意な関連なし

    ・両群ともに、通常の退役軍人メンタルヘルスケア(心理社会的治療やリハビリテーションなどを含む)を提供された。参加者の平均利用頻度は1.15回/月で群間有意差なし。

    ・リチウムの血中濃度が0.5mEq/l以上であったのは、全測定回数2154回のうち、49.9%(1074回)のみであった。また519名の参加者のうち、80%以上の服薬順守率であったのはわずか17%(88名:リチウム46名、プラセボ 42名)であった。これら88

    ・名中20名で自殺関連事象があり(プラセボ群8名、リチウム群12名)、群間有意差はなかった

    ・重篤な有害事象発生率は群間で有意さなし。最も頻度の高い重篤有害事象は自殺を防ぐための入院、重篤有害事象のため試験中断したのは7名。4名が死亡(1名がリチウム群で拳銃自殺、3名がプラセボ群で拳銃自殺、オピオイド過量服薬、縊首などによるもの)

    議論

    ・退役軍人ということもあり、大半が物質使用障害(アルコール使用障害が48.4%、その他の物質使用障害が36.4%)やPTSD(59.7%)などの既往を有していたことから、この結果を一般化することには困難があるかもしれない

    ・リチウム投与群では48.1%しか血中濃度が0.5mEq/lを超えておらず、アドヒアランスも不良であった。このことも結果に影響したかもしれない。

    コメント

    ・やはりアドヒアランスの悪さや、リチウムの血中濃度が十分ではなかったのではないかということなどは気になります。

    ・また一番の問題は、議論にもありましたが、退役軍人ゆえのPTSDなどの合併率の高さです。やはりこの結果の一般化は困難にも思えます。

    ・一方、自殺既遂例は、リチウム群で1例、プラセボ群で3例(オピオイド過量服薬例も自殺とすれば)となっています。

    ・この結果を、2005年のCiprianiらのメタ解析(Am J Psychiatry. 2005 Oct;162(10):1805-19)の対プラセボ群の結果に組み込んでみます。そうすると以下の解析結果が得られました。

    ・Ciprianiらのメタ解析ではPeto法が用いられており、近似的なオッズ比(介入群と対照群のイベント数の差を分散で割ったものを対数オッズ比の近似値とする)を用いている点がポイントになります。というのも、元データからそのままオッズ比を出すと、リチウム治療群の自殺既遂発生数が0の試験もあり、そのような試験ではオッズ比=0になってしまう上に、オッズ比の95%信頼区間も分母に0が生じてしまうため、定義できなくなります。このような問題を回避しうるのがPeto法であり、この方法を用いると、メタ解析を行うことができます。今回の結果も組み込んだメタ解析の結果は下図ですが、残念ながらプラセボ対照試験のみでリチウムの自殺既遂予防効果について有意差には至りませんでした。しかしnegativeとは言い切れないことがわかると思いますし、プラセボ対照以外の試験も組み込むと、リチウムの優位性は保持されます。今後さらに前向き試験での検証が必要な状況です。

    peto

     

  • 自閉スペクトラム症の易刺激性と常同行為 2021年11月23日

    ・自閉スペクトラム症の易刺激性と常同行為に対する薬物療法に関する話題です。

    ・文献1では自閉スペクトラム症の易刺激性(irritability)に対して、非定型抗精神病薬の有効性がどの程度かについて、ネットワークメタ解析をおこなったものです。といっても、試験数は多くなく、これまでに自閉スペクトラム症の易刺激性に対してプラセボ対照2重盲検試験が行われた非定型抗精神病薬はアリピプラゾール、リスペリドン、ルラシドンの3剤しかなく、アリピプラゾール(4 RCTs, n=288)、リスペリドン(4 RCTs n=180)、ルラシドン(1RCT, n=100)ということで、ルラシドンの結果は参考程度にしたほうがよさそうです。

    ・易刺激性の主要評価項目としてはABC-I(Aberrant Behavior Checklist Irritability subscale)が用いられており、この尺度は易刺激性を自己ないし他者への攻撃性の他、かんしゃく、情動易変性、抑うつ気分などの15項目(45点満点)で評価しています。試験期間は大半が6-8週間でした。

    ・ネットワークメタ解析の結果、ABC-Iの変化量は、アリピプラゾール -6.62点(95% CI -10.88 to -2.22)、リスペリドン -6.89点(95% CI -11.14 to -2.54)となり、ほぼ両者同じような結果となりました。直接比較をした試験(Psychiatry Hum Dev 45:185–192, 2014.、およびこのメタ解析には入っていないBAART試験:Pharmacotherapy. 2019 June ; 39(6): 626–635.)も両者有意差がない結果となっているので、あとは忍容性の差で選択するということになるでしょうか。児童思春期統合失調症の介入試験でもみられるように、若年者に対する非定型抗精神病薬の使用は、様々な副作用が出現しやすいため、使用する場合、用量設定などは慎重にする必要がありそうです。ちなみにルラシドンはABC-Iについては有意差なし(-1.61点 95%CI -9.50 to 6.23)との結果でした。

    ・続いて文献2ですが、この文献は、自閉スペクトラム症の易刺激性に対するリスペリドンの有効性に関する2つの介入試験の事後解析で、易刺激性の6つのサブタイプ(受動型攻撃、積極型攻撃、自傷行為、非攻撃型など)によって、リスペリドンのABC-Iで評価した有効性が異なるかどうかを検証したものです。

    ・自閉スペクトラム症の攻撃性については、受動型攻撃と積極型攻撃に分類され、受動型攻撃(cold aggression)は、報酬を得るため(例えば、食べ物や好みのものを得るため、あるいは環境的な要求(服を着ること)から逃れるため)に行うものと定義されています。

    ・解析対象はRUPP Autism Networkが実施した2つの無作為化臨床試験でした。1つ目の試験は、5~17歳の自閉スペクトラム症(DSM-IV-TR)児101名を対象とした、リスペリドンの8週間の二重盲検プラセボ対照試験で、2つ目の試験は、4歳~13歳の自閉スペクトラム症児124名を対象に、リスペリドンのみとリスペリドン+ペアレントトレーニングの24週間のRCTで、最初の8週間は両試験ともに投薬および盲検評価がほぼ同一でした。両試験とも、ベースラインのAberrant Behavior Checklist-Iritability subscale(ABC-I)のスコアが18点以上が参加条件でした。リスペリドンの平均用量は1つ目の試験は1.7mg、2つ目は2.1mgで、主要評価項目は8週間のABC-Iの変化量でした。

    ・エントリー時点でParent Target Problems(PTP)を用いて、患者の易刺激性を分類しました。ベースライン時に、保護者に患者の行動に関する2つの主な問題点を説明してもらい、その行動の頻度、継続時間、強度、日常機能や家庭生活への影響についての情報を得ました。その結果を基に、患者を以下の6群に分類しました。(1)積極型攻撃のみ n=65(2)受動型攻撃のみ n=32(3)自傷行為のみ n=33(4)積極型攻撃と受動型攻撃の双方を伴う n=6 (人数が少ないため解析から除外)(5)積極型攻撃と自傷行為を伴う n=17(6)非攻撃型(攻撃や自傷を伴わないかんしゃくのみなど)n=53

    ・結果ですが、積極型攻撃+自傷行為群は、IQ70以下(82%)の割合が、積極型攻撃のみ(48%)、受動型攻撃のみ(47%)、非攻撃型(5%)の群と比較して有意に高く、また、自傷行為のみの群は、非攻撃性型(47%)と比較して、IQが70以下(67%)の割合が有意に高い結果となりました。

    ・またリスペリドンによるABC-Iの改善度は群間有意差はありませんでした。どのサブタイプでもリスペリドンによりABC-Iは同程度に有意に改善するとの結果になりました。

    ・ただし、この結果に関しては、各群毎にABC-Iの全得点の変化を見ており、ABC-Iの下位尺度の変化をみていない点には注意が必要です。つまり、自傷行為群で、リスペリドンにより自傷行為が実際に改善しているかどうかはわかりません。

    ・実際、アリピプラゾールの自閉スペクトラム症の易刺激性に対する効果をABC-Iの下位尺度毎にみた試験の解析結果(J Child Adolesc Psychopharmacol. 2010 Oct;20(5):415-22)では、下図の赤枠のとおり、自傷行為に対してプラセボに対しての有意な効果は認めていません。

    自閉スペクトラム

    ・リスペリドンについてもこのような解析結果があるといいのですが、残念ながらみつけることができませんでした。

    ・続いて、文献3では自閉スペクトラム症の限局的、反復的行動に対する薬物療法のメタ解析結果が報告されています。

    ・この報告では、自閉スペクトラム症の限局的、反復的な行動パターン(RRB)を評価した薬物療法についての介入試験が対象となりました。評価項目は様々なものがあるため(ABC-SB、Y-BOCS/CY-BOCS強迫行為下位尺度、RBS総得点、ASOS-RRB(Autism Diagnositic Observation Schedule-Restricted Repetitive Behavior)、RLRS(Ritro-Freeman Real Life Rating Scale Sensory Motor Behaviors subscale)、N-CBRF-P自傷行為/常同行為下位尺度、SRS(Social Responsiveness Scale: Autistic Mannerisms)、SBS(Stereotyped Behavior Scale)、GARS、CPRS常同尺度、CARS Body Use Subscale、OACIS反復行動、ASQ常同行為、RBQなど)、各評価尺度で評価されたRRBの変化量をSMD(標準化平均差)に変換し、比較されました。

    ・解析対象は64 RCTs(n=3499)でした。結果ですが、抗精神病薬は全体としてASDのRRBに対してプラセボと比較して小さいながら有意な改善効果を示しました(SMD= 0.28, 95% CI . 0.08ー0.49)。個別にみると、リスペリドン (N=3, n=208) SMD=0.40(95% CI 0.13 -0.68)、ルラシドン (N=1,n=150) SMD=-0.22(有意差なし)、アリピプラゾール (N=3、n=293)SMD=0.36 (95% CI 0.08-0.48)となりました。

    ・抗うつ薬については全体として改善効果はプラセボと有意差がありませんでした(SMD=0.24 95% CI -0.12ー0.61)。個別にみると、シタロプラム (N=1, n=149)SMD=-0.05 (95% CI -0.37 – 0.27)、フルオキセチン(N=4, n=340) SMD=-0.03 (95% CI -0.33 – 0.27)、フルボキサミン(N=1、n=30)SMD=1.03(95% CI 0.27 - 1.79)、ブスピロン(N=1、n=112)、SMD=0.83 (95% CI 0.45 -1.22)との結果でした。

    ・その他の薬剤は、オメガー3不飽和脂肪酸 (N=6 , n=268) 有意差なし SMD=0.23(95% CI -0.01 – 0.47)、メチルフェニデート(N=6,n=210)有意差なし SMD=0.19 (95% CI -0.05 – 0.43)、ナルトレキソン(N=4,n=97)有意差なし SMD=-0.07、アトモキセチン(N=4, n=281)有意差なし SMD=0.16、Divalproex (N=1, n=13)小規模で結論は出せないものの、SMD=1.42(CI 0.12-2.72)、グアンファシン(N=1 ,n=62)SMD=0.65(CI 0.14 – 1.16)などという結果でした。

    ・リスペリドンとアリピプラゾールは小さいながらも有意なRRBに対する改善効果を示しましたが、それほどメリットもないため、忍容性との兼ね合いで投与については慎重に判断すべきということになります。また自閉スペクトラム症の常同行為に対して抗うつ薬の有効性が支持されなかったというのはやや意外で注目すべき結果かと思います。

    文献1:Fallah MS, Shaikh MR, Neupane B, Rusiecki D, Bennett TA, Beyene J.J Child Adolesc Psychopharmacol. 2019 Apr;29(3):168-180.

    文献2:Devon Carroll et al., Child Adolesc Psychiatr Clin N Am. 2014 Jan;23(1):57-72. doi: 10.1016/j.chc.2013.08.002.

    文献3:Melissa S. Zhou et al. J Am Acad Child Adolesc Psychiatry 2021;60(1):35–45

     

  • オキシトシン 2021年11月14日

    ・勉強会で自閉スペクトラム症に入り、ここ数年のエビデンスをきちんとチェックしていなかったので、確認したら、オキシトシンについての残念な報告(文献1)が目に入りました。オキシトシンについてはpositiveなものからnegativeなものまで、いろいろな報告があって、そこまで劇的な効果があるものではないかもしれないけど、部分的にはある程度の効果が期待できるのかなくらいの認識だったのですが、これまでの報告はどれも小規模の試験ばかりだったので、今回の比較的規模の大きな試験結果のインパクトは大きそうです。

     

    自閉スペクトラム症に対するオキシトシン点鼻

     


    背景


    ・オキシトシンは自閉スペクトラム症の社会性の障害に対する治療として期待されている。

    ・動物では,オキシトシンは,自閉スペクトラム症患者でいずれも障害されている社会的アプローチと社会的記憶を増加させる。発達障害や精神疾患のない人では,オキシトシンの鼻腔内投与により,社会への親和性,社会的記憶,共感性が増加する。

    ・自閉スペクトラム症児の一部において、血漿オキシトシン濃度の減少が報告されている

    ・またオキシトシン受容体遺伝子におけるいくつかの一塩基多型が自閉スペクトラム症リスクと関連することがメタ解析において報告されている(Mol Psychiatry. 2015 May;20(5):640-6)

    ・オキシトシン受容体遺伝子のプロモーター領域のメチル化の増加についても自閉スペクトラム症において対照群より増加しているとの報告もある

    ・少数の死後脳研究においては、自閉スペクトラム症の腹側淡蒼球におけるオキシトシン受容体密度の低下が報告されている

    ・これまでに自閉スペクトラム症を対象としたオキシトシンの介入研究は複数行われているが、結果は一定していない(一部の課題にのみ効果がみられたと報告するもの:Mayer A. V. et al, Sci Rep. 2021 Jul 23;11(1):15056. 、Yamasue H. et al. Mol Psychiatry. 2020 Aug;25(8):1849-1858.、Bernaerts et al. Mol Autism. 2020 Jan 15;11(1):6.、社会的機能に関連した課題に有意差がみられたとするもの:Proc Natl Acad Sci U S A. 2017 Jul 25;114(30):8119-8124.など、社会的機能の改善について否定的結果を報告するもの:J Child Psychol Psychiatry. 2015 Apr;56(4):444-52.など)

    ・さまざまな研究の間で結果が一致しないのは,nが小さく検出力が限られているか,参加者の年齢,オキシトシンの投与方法や用量,治療期間,アウトカム,分析方法の違いによるものと考えられる。

    ・今回、比較的規模の大きな無作為化プラセボ対照第2相試験を実施し,自閉症スペクトラム症の小児および青年の社会的機能を高めるための24週間のオキシトシン経鼻投与の有効性を評価した.

    対象と方法

    ・3-17歳の自閉スペクトラム症患者(DSM-5)。ADOS-2により診断テストを実施

    ・エントリー前1カ月は向精神薬の変更は不許可。エントリー前2か月は非薬物療法の変更は不許可

    ・患者群は言語流暢性(最低限の言語流暢性または流暢な言語流暢性の2群、流暢な言語の指標としてADOS-2モジュール3または4を実行できること)と年齢層(3~6歳、7~11歳、12~17歳)によって層別化

    ・ベースライン時、4週目、8週目、12週目、16週目、20週目、24週目に評価

    ・保護者は、各訪問時にAberrant Behavior Checklist(ABC)およびPervasive Developmental Disorders Behavior Inventory-Screening Version(PDDBI-SV)を、ベースラインおよび24週目にVineland Adaptive Behavior Scales II(VABS-II)を、ベースラインおよび12週目と24週目にSocial Responsiveness Scale 2(SRS-2)をそれぞれ記入。基本的な感情を表現できる参加者は、ベースライン時、8週目と24週目にReading the Mind in the Eyes testを受けた

    ・主要評価項目は社会的引きこもり(社会的相互作用の乏しさ)を評価するABC modified Social Withdrawal subscale (ABC-mSW)であり、13項目からなり0点から39点(高得点程引きこもりが重度)

    ・副次評価項目は、 SRS-2 Social Motivation subscale (SRS-2-SM) のTスコア、Sociability Factor得点(社会的機能の尺度)、SB5 Abbreviated IQ(認知機能)

    ・オキシトシンの投与量は、毎朝8 IUから開始し、8週目で24 IUを1日2回投与。これを7週間維持し、4週間ごとに16 IUずつ投与量を増やし、1日の最大総投与量を80 IUとした。忍容性に問題があれば、増量しないか、いつでも8-16 IUの減量が行われた

    ・試験期間:24週間

    ・プラセボ対照無作為割付二重盲検試験

    結果

    ・オキシトシン群 n=146
    ・プラセボ群 n=144

    ・87%が男児。3-6歳が25%、7-11歳が39%、12-17歳が36%

    ・脱落はオキシトシン群 14名(有害事象は4名)、プラセボ群13名(有害事象2名)

    ・オキシトシン群146名中126名がオキシトシン 48 IUを7週間以上投与、最終の最高用量の平均は67.6 IU

    ・主要評価項目であるABC-mSWスコアのベースラインから24週までの最小二乗平均変化量は、オキシトシン群で-3.7、プラセボ群で-3.5であり有意差なし。言語が流暢な群、非流暢な群のサブグループ解析でも有意差なし

    ・副次評価項目も両群間有意差なし

    議論

    ・オキシトシンの24週間、連日投与は、自閉症スペクトラム症の社会的相互作用を評価するABC-mswスケールのスコアのベースラインからの最小二乗平均変化量に、プラセボとの有意な差は認められなかった。

    ・過去に行われた1つの試験では、ベースラインの血漿オキシトシン濃度を解析に組み込んだ場合にのみ、SRS-2総得点においてオキシトシン経鼻投与の有意な効果が示された。しかし、ベースラインの血漿オキシトシン濃度を共変量として組み込んだ感度分析では、ABC-mSWスコアおよびSRS-2総得点のベースラインからの最小二乗平均変化量に関して、プラセボに対するオキシトシン経鼻投与の有益性は示されなかった。

    ・ベースラインのABC-mswスコアが11点以上のサブグループに限定して分析しても、オキシトシンの有益性は認められなかった。

     

    文献1:L. Sikich et al. N Engl J Med. 2021 Oct 14;385(16):1462-1473. doi: 10.1056/NEJMoa2103583.

     

  • これはどうなるのか

    ・Biogen社は同社の10月14日付press releaseにおいて、同社がAmerican Neurological Association Annual Meeting 2021において発表したTofersenの第3相試験結果を公表しました

    ・TofersenはSOD1変異家族性ALSに対する治療薬候補として開発されたアンチセンス・ヌクレオチド製剤であり、SOD1 mRNAに結合し、変異SOD1蛋白質の発現を阻害することにより、病態改善効果を期待するものです。

    ・この第3相試験(NCT02623699)では、108名のALS患者が対象となり、プラセボ対照で28週間、tofersenの有効性や安全性などが検証されました(tofersen群 72名、プラセボ群 36名)

    ・Tofersenは28週間で合計6回くも膜下腔内に投与されたようです。主要評価項目は28週間でのALSFRS-Rの変化量でした。

    ・既に結果が報告された(N Engl J Med. 2020 Jul 9;383(2):109-119)第1/2相試験では、最高用量において髄液中SOD1蛋白質濃度がプラセボに比較して33%減少しており、ALSFRS-Rの平均変化量もプラセボに比べて12週間で4点以上の差があり(症例数が少なく、有効性に関する議論はできない状況でしたが)、第3相試験はいけるんちゃうかなと思わせるものでした。Biogen社はSMAに対するスピンラザでも、アンチセンス・オリゴヌクレオチド製剤の実用化を実現しており、実績があるので、まあ大丈夫じゃろうくらいに思っていました。

    ・結論は残念ながら主要評価項目は達成できず、28週でALSFRS-Rのプラセボとの差は1.2点(p=0.97)でした。第1/2相での好ましい結果についてはsmall study effectとして解釈できるものであったのかもしれません。

    ・一方で、副次評価項目である髄液中SOD1蛋白質濃度はプラセボ群と比較して、急速進行群では38%、緩徐進行群では26%の減少ということで、そこまで大幅な減少とはいえないのかもしれませんが、概ね第1/2相試験の結果を再現するものでした。別の副次評価項目の血漿中ニューロフィラメント軽鎖量は急速進行群では67%、緩徐進行群では48%の減少ということで、こちらも望ましい結果ということになりそうです。他の副次評価項目の静的肺活量などは有効性について有意差までいかないもののtrendがみられたということです。症例数がそこまで多くはないので、検出可能な差は小さくはなく、definitiveなことは言えないのかもしれません。

    ・Biogen社といえば、aducanumabの前例(臨床的効果に基づく承認ではなく、アミロイドβプラークを減少させることができるという事実に基づく承認)があるので、今回のバイオマーカーの望ましい変化についてはどう判断されるのでしょうか。

    ・ただ、tofersenの場合には、もう1つ別の第3相試験(NCT04856982)が既に開始されていて、発症前のSOD1変異家族性ALS患者を対象にした試験が行われている最中です。FDAの判断はこちらの試験結果が出てからになるのかもしれません。神経変性疾患においては、発症後に原因物質候補を除去してもあまり治療的効果は期待できないということなのでしょうか。

    ・またアメリカ版の患者申出療養制度ともいえるExpanded Access Programにおいて、tofersenはなんと無料で提供されうるとの記載があり、これまでこの種の制度には高額の自己負担費用がかかるものと思っていたので驚きました。財源はどこから拠出されるのかについても興味があるところです。

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