院長ブログ

  • RCTについて 2022年01月30日

    ・無作為割付比較試験(RCT)については、試験のエントリー基準(inclusion criteria)が事細かに定めてあり、除外基準(exclusion criteria)も定めてあるため、この厳しい選択基準をくぐり抜けた人しか参加することができません。

    ・特に精神疾患の介入試験では、物質使用障害や身体合併症を併存したり、希死念慮が一定以上ある方などは除外されることが多く、リアルワールドの臨床場面で対応すべき患者像と乖離があることがしばしば指摘されてきました。ただ、実際のどの程度乖離しているのかについての報告は乏しく、なんとなくRCTにエントリーしうる患者層は全体の半数以下かなとか、1/3くらいかなとかぼんやりとしたイメージしかありませんでした。

    ・今回、この疑問に答えるコホート研究の結果が報告(文献1)されました。結論からいうと、統合失調症(および統合失調感情障害)については、RCTのエントリーしうる患者の割合はなんと1/5程度と、かなり少ないことがわかりました。選ばれた一群のみがRCTに参加し、その結果からエビデンスが構築されるわけですし、臨床家はこの情報に頼らざるを得ないわけですが、このようなRCTから構築されたエビデンスをどこまで一般化していいのかという疑問も生じます。今回の報告の結果からは、一般臨床場面ではRCTへの参加層を超えた、さらに難しいケースに数多く対面しているといえるかと思います。

    臨床試験参加に不適合な統合失調症患者の特徴と転帰

    背景

    ・医療行為の有効性と安全性に関するエビデンスの多くは、高度に標準化された体系的な研究である無作為化臨床試験(RCT)に基づいている。RCTにエントリーしうる患者は、精神疾患では希死念慮が乏しいとか、併存症(物質使用障害やパーソナリティ障害など)がない、身体合併症がないなど、厳しい除外基準をくぐりぬけた、選別された一群のみがエントリー対象となっている。そのためRCTの結果(efficacy)は、日常臨床における介入の有用性(effectiveness)と異なる場合があり、efficacy-effectiveness gapと呼ばれている。

    ・今回、日常臨臨床でみられうる多様な統合失調症患者を対象にその特徴と転帰について2つの大規模レジストリのデータを用いて検討した。

    対象と方法

    ・フィンランドとスウェーデンの大規模全国レジストリの登録データを利用(患者との対面は実施せず)。フィンランドでは2005年から2017年まで、スウェーデンは2006年から2016年までのデータを用いた。

    ・これらレジストリから統合失調症ないし統合失調感情障害患者で、で少なくとも1回入院し、追跡調査開始時に第二世代抗精神病薬を使用していた患者を抽出。

    ・これら患者について、統合失調症のRCTにおける一般的なinclusion criteriaおよびexclusion criteriaを適応し、患者を適合群、不適合群に分類

    ・追跡期間は、再発予防RCTの典型的な期間である12か月とし、外来患者として非定型抗精神病薬を単剤で12週間継続使用した後を追跡開始時点と定義した。

    ・対象患者を3群に分類して解析
    (1)抗精神病薬による再発予防に関する標準的なRCTへの適合群(すべてのエントリー基準を満たし、除外基準のいずれにも該当しない)
    (2)何らかの理由でRCTに不適合群(すべての組み入れ基準を満たすが、除外基準を1つ以上満たす)
    (3)不適合群をさらに特定の除外基準毎に分類(年齢、物質使用、自殺のリスク、治療抵抗性、重篤な身体疾患、気分安定剤または抗うつ剤の使用、知的障害、遅発性ジスキネジア、妊娠/授乳)

    ・使用された抗精神病薬についてはオランザピン、クエチアピン、リスペリドン、アリピプラゾールに分類し、残りはすべてのLAIとその他の経口抗精神病薬に分類

    ・主要評価項目は12か月間の精神病症状による入院

    ・副次評価項目は、あらゆる精神疾患による入院、あらゆる理由による入院、抗精神病薬追加の必要性、あらゆる理由による抗精神病薬中断

    結果

    ・フィンランドのコホート(n = 17801)の平均年齢は47.5才で、8972人(50.4%)が女性。スウェーデンのコホート(n = 7458)の平均年齢は44.8才で、3344人(44.8%)が女性。

    ・フィンランドのコホートでは、3580人(20.1%)がRCT適合群となった。14221人(79.9%)が少なくとも一つの除外基準を満たしたため不適合群に分類された。スウェーデンのコホートでは、1619人(21.7%)がRCT適合群、5839人(78.3%)が不適合群であった。

    ・LAI投与率は,適合群よりも不適合群への処方頻度が低かった(フィンランド:適合群:1767[12.4%]対 不適合群 753[21.0%],スウェーデン:適合群:1075[18.4%]対 不適合群:390[24.1%]

    ・不適合群のうち、フィンランドでは5875人(33.0%)とスウェーデンでは2514人(33.7%)が1つの除外基準を満たすのみで、フィンランドでは3271人(18.4%)、スウェーデンでは1338人(17.9%)が3項目以上の除外基準を満たしていた。

    ・最も多い不適合の理由は、重篤な身体合併症(広義の身体合併症:フィンランド:7202 [51%]、スウェーデン:2866 [49%]、狭義の身体合併症:フィンランド:5287 [36%]、スウェーデン:1747 [30%])、気分安定剤または抗うつ剤の併用(フィンランド:7983 [56%]、スウェーデン:3281 [56%])であった。次いで、物質使用歴(フィンランド:3808 [27%]、スウェーデン:1828 [31%])、自殺リスク(フィンランド:1690 [12%]、スウェーデン:1032 [18%])となった
    *狭義の身体合併症:悪性症候群、中枢神経系疾患全般、頭部外傷、心疾患(虚血性心疾患 、その他の心疾患、脳血管疾患など)、無顆粒球症

    ・12ヶ月の追跡期間中、RCT不適合群は、適合群に比べて精神病症状による入院率が有意に高かった(フィンランドのコホート:適合群:2609人[18. 4%] 対 不適合群:615[17.2%];ハザード比 1.14[95%CI:1.04 - 1.24];スウェーデンのコホート:適合群:1174[20.1%] 対 不適合群 240[14.8%];ハザード比 1.47[95% CI:1.28-1.92])

    ・全ての精神科入院およびあらゆる理由による入院のリスクも有意に不適合群で高かった

    ・スウェーデンのコホートでは、不適合群は適合群よりも抗精神病薬の追加投与を必要とするリスクが有意に高かったが(ハザード比 1.31[95%CI:1.15-1.48])、フィンランドのコホートでは有意差はなかった(ハザード比1.06[95%CI:0.96-1.17])。あらゆる理由による抗精神病薬中止のリスクは、不適合群と適合群の間で有意差なし

    ・治療抵抗性(フィンランド HR: 1.71、スウェーデン HR:2.31)、遅発性ジスキネジア(フィンランド HR: 1.77(有意差なし)、スウェーデン HR: 2.13)、自殺未遂歴(フィンランド HR: 1.61、スウェーデン HR: 2.13)などの理由でRCTへのエントリーが不適合となったサブグループにおいて、精神病症状による入院リスクが大きかった。

    議論

    ・フィンランドおよびスウェーデンのコホートでは統合失調症患者の8割がRCT不適合となった。

    ・リアルワールドではRCTの結果ほどうまくいかない可能性がある

    ・不適合群の約50%が身体的合併症の除外基準を満たしたため、有害事象、及び薬理学的相互作用のリスクは、RCTよりもリアルワールドで高くなる可能性がある。

    ・今回の解析対象となった一群は外来患者として非定型抗精神病薬を単剤で12週間安定して継続使用可能であった群が対象となっているため、統合失調症患者全体を反映した結果ではない

    コメント

    ・実臨床場面ではなかなか実施することが難しいSDMですが、SDMにあたっては、患者さんとなるべく多くの情報、エビデンスを共有し、話し合うことが求められるとのことです。しかし、厳密にしようとなると、根拠となるエビデンスがどのような背景の患者層により構築されているのか、そして目の前の患者さんがRCT参加者とどのような点で乖離があるのかについても注意しなくてはならないということになりそうです。ただそのような情報はまだまだ乏しいため、今後さらに検証の必要な分野といえそうです。交絡因子のリスクはありますが、リアルワールドデータの結果も無視できないということになりそうです。

    引用文献

    文献1:Taipale H. et al. JAMA Psychiatry. 2022 Jan 26. doi: 10.1001/jamapsychiatry.2021.3990. Online ahead of print.

  • CBT-I 2022年01月25日

    ・AASMガイドライン2008では、慢性の原発性ないし二次性不眠症に対して、行動・心理的介入が推奨され、薬物療法は、行動・心理的介入の短期間の補助的な手段として考慮すべきということになっています(J Clin Sleep Med 2008;4(5):487-504)。行動・心理的介入としてはCBT-Iがstrong recommendationとなっています(J Clin Sleep Med. 2021;17(2):255–262.)

    ・日本睡眠学会の「睡眠薬の適正な使用と休薬のための診療ガイドライン」(2013)でも、まずは睡眠衛生指導が最初のステップになっています。

    ・というわけで、薬物療法の前にまずは自分の生活習慣を見直しましょうという不眠症治療の流れですが、今回CBT-Iが睡眠教育療法(睡眠衛生指導など)と比較して高齢者のうつ病の発症(初発ないし再発)予防に有効かどうかについて検証した介入試験の結果が報告されました(文献1)

    ・結果だけ見ると、CBT-Iがうつ病予防にもよさそう、ということになっているのですが、細かいところをみるとすっきりしないものが残ってしまう結果となりました(コメントでまとめます)。概略は以下の通りとなります。

    不眠伴う高齢者に対するCBT-Iによるうつ病予防効果

    背景

    ・老年期うつ病(60歳以上)は、高齢者において12カ月間の有病率が10%を超えており、認知機能の低下、身体機能障害、身体合併症、あらゆる理由による死亡の危険因子である。しかし、老年期うつ病は治療を受けても寛解に至るのは約3分の1である。

    ・不眠症は60歳以上の約50%にみられ、大うつ病のリスクが2倍高くなる要因となる。不眠症の非薬物療法のうち、普遍的な行動プログラムは睡眠教育療法(SET)であり、睡眠障害の原因となる日々の行動および環境因子をターゲットとする。その他の非薬物療法として認知療法、睡眠制限法、睡眠衛生指導、リラクゼーション技法などを組み合わせたCBT-Iがある。

    ・うつ病が残存または併発している患者では、CBT-Iは不眠症状を改善しうるが、うつ病の転帰についての結論は一定しない

    ・今回、不眠症を伴い、うつ症状が最小限の地域在住の高齢者について、CBT-Iがうつ病を予防しうるかについて、36か月間、睡眠教育療法との比較で検証した。

    方法と対象

    ・単施設無作為割付single blind比較試験

    ・スクリーニングで60歳以上でPSQIが6点以上かつEpidemiologic Studies–Depression score で3点以下のうつ症状のないものを対象とし、問診によりDSM-IVの不眠症に該当しかつ最近12カ月以内で大うつ病(DSM-IVないしDSM-V)の診断に該当しないことを確認

    ・CBT-I群 n=156

    ・睡眠教育療法(SET)群 n=135

    ・CBT-IないしSETは週に1回、1回120分のグループセッションで、2カ月間施行

    ・CBT-Iは1)認知療法、2)睡眠制限法、3)刺激制御、4)睡眠衛生、5)リラクゼーションの5つの構成要素からなる。

    ・SETは1)睡眠に関する基本的な事実、2)睡眠衛生指導、3)一般的な健康と加齢、4)睡眠に関する補完的医療アプローチと健康因子、5)医療制度との関係、の5つの構成要素からなる

    ・主要評価項目は、介入後36か月間のうつ病(DSM-V)の初発ないし再発率(6か月ごとに評価)。PHQ-9(うつ症状)を毎月電話インタビューで評価され、10点を超えたらうつ病について面接評価された

    ・副次評価項目は不眠症の寛解維持状況

    結果

    ・うつ病の既往を有する割合はCBT-I群 58名(37.2%)、SET群 65名(48.1%)(コメントでも触れますが、この差がちょっと気になります)

    ・ベースラインで抗うつ薬の内服はCBT-I群 25名(16%)、SET群 20名(14.8%)

    ・ベースラインのPHQ-8得点はCBT-I群平均3.4点、SET群平均4.0点

    ・2か月間の心理療法の継続率はCBT-Iが89.7%、SETが96.3%

    ・36か月間でのうつ病の初発ないし再発率は、CBT-I群 12.2%、SET群 25.9% カイ二乗検定で有意差あり

    ・Cox比例ハザード回帰モデルでの解析により、CBT-I群のSET群に対するうつ病発症の未調整ハザード比は0.51で有意差あり

    ・性別、教育レベル、収入、併存症、うつ病の既往について調整後のハザード比は0.45で有意差あり

    ・2か月間の介入後の不眠症の寛解率はCBT-I群 71名(50.7%)、SET群 49名(37.7%)で有意差あり。その後寛解を維持できた割合も、CBT-I群 41名(26.3%)、SET群 26名(19.3%)で有意差あり

    ・不眠症の寛解、非寛解でうつ病発症率を検討すると、不眠症寛解群では、CBT-I群 2名(4.9%)、SET群 5名(19.2%)がうつ病初発ないし再発、不眠症非寛解群では、CBT-I群 17名(14.8%)、SET群 30名(27.5%)がうつ病初発ないし再発

    コメント

    ・この結果がすっきりしない理由は両群のベースラインの特性にあります。SET群の方がうつ病既往者が多く(ギリギリ有意差はないものの、うつ病の既往者がCBT-I群で1人でも減るもしくはSET群で1人でも増えればカイ二乗検定で有意差ありとなる)、SET群にうつ病発症リスクが高い一群がより多く含まれていたことになるからです。(これを調整した結果も書いてあるのですが、予想とは数値が逆に変化しており、このことから結果を一般化してよいのか疑問が生じます)。論文の考察でもこのことには触れてありません。

    ・本文中で引用された論文(Am J Psychiatry 2003; 160:1147–1156)のtable 5では高齢者うつ病のリスク因子としては、女性、最近の喪失体験、睡眠障害、身体機能障害、うつ病の既往などが同定されています(教育歴、婚姻状態、社会的地位などは有意差はない結果となっていました)。

    ・ベースラインの特性が本文中の表にまとめてありますが、SET群の方が女性がやや多く、平均収入はやや低く、教育レベルはほぼ同じ(若干低い)、うつ病の既往率が高く、抗うつ薬使用率は若干低く、不安症併存率もやや高い、アルコール使用障害の割合もやや高いなどの特性がみてとれます。このようなベースラインの特性からは、対象集団においてリスク因子通りにうつ病発症が観察された場合、これら交絡因子について調整をしたら、ハザード比は調整後に1に近くなることが予想されます。(SupplementのeTable 5では、概ねリスク因子から予想される通りにうつ病が発症したことがわかります )

    ・これらの交絡因子のうち、性別、教育レベル、収入、併存症、うつ病の既往について調整(Cox比例ハザード回帰分析により)した結果もあるのですが、調整後の数値の方がCBT-Iにより優位な方に移動しており(予想と違いました)、この結果をどう解釈すればいいのか、解析手法に問題がないのか、あるいは研究に参加した集団が一般的なリスク因子から予想される結果とは逆になったのか(SupplementのeTable 5を見る限りはそのようなことはなさそうなのですが)、そのようなことから、結果を果たして一般化していいのか疑問です。自分でも解析してみようと思ったのですが、生データがなくできませんでした。

    ・私の解釈が間違っている可能性があるので、このブログにコメント欄があるといいのですが、もし何か教えて頂ける方がおられましたら、sekitoblogアットマークgmail.comまでメールいただけますと幸いです。

    引用文献

    文献1:Michael R Irwin et al. JAMA Psychiatry. 2022 Jan 1;79(1):33-41. doi: 10.1001/jamapsychiatry.2021.3422.

  • 短期精神病エピソード 2022年01月16日

    ・メルボルンのPACEクリニックの創設者たちが、2018年にARMSを包括するより広い概念としてCHARMSを提唱(World Psychiatry. 2018 Jun;17(2):133-142)したのですが、まだあまり流行ってないのでしょうか。

    ・今回Dr. Fusar-Poliらが短期精神病エピソードに関する総説をlancet psychiatryに公表された(文献1:Lancet Psychiatry. 2022 Jan;9(1):72-83)ので一部まとめておきます。歴史的な概念の発展についての理解は難しいところですが、満田久敏先生の非定型精神病も引用されており、その歴史的意義の大きさを認識しました。

    短期精神病エピソード

    背景

    ・短期精神病エピソードは、診断、治療、予後について課題の多い病態である。寛解しうるため、統合失調症の治療戦略をそのまま適応することもできない

    ・現段階での短期精神病エピソードの診断、治療、予後についてレビューした

    歴史

    ・歴史的には、1863年にKhalbaumが障害部位に応じてウェザニア(人格全体を侵し単一精神病の経過をたどる特発性精神障害)とその他の疾患群(感情面のdysthymia,思考面のparanoia,意志面のdiastrephia、身体疾患に起因するdysphreniaなど)に分類した。Dysphreniaは身体因(てんかんや性病、リウマチなど)を背景とし、完全に寛解しうるものとされた

    ・フランスではMorelの変質(遺伝的に不安定な神経中枢のアンバランスによる)の概念に基づいて、1895年にManganが変質のある妄想状態(急性に発症して突然に治癒する突発妄想あるいは急性錯乱)の概念を提唱した。その概念をEyやpullが継承した。この概念は、突然の発症と動的な性質を特徴とし、時に幻覚を伴う急速に変化する妄想、情緒不安定に伴う意識の混濁、病前段階の機能への急速な復帰を特徴とする。

    ・ドイツでは1900年にウェルニケが一過性の精神病性障害として不安精神病(不安症状が精神病症状を引き起こす)と運動精神病(運動症状が主体)を報告し、1924年にKleist、1957年にLeonhardが非定型精神病に該当する類循環精神病(多彩な病像を反復して寛解する予後の良い精神病)の概念を発展させた

    ・1913年にヤスパースが反応性精神病理学的状態の概念を発展させ、1916年にwimmerは心因性精神病を発表し、1963年にFaergeman、1986年にStrömgrenがさらに詳しく反応性精神病へと発展させた。その他、短期精神病エピソードに該当する概念として、1939年にLangfeldtが統合失調症様状態、1942年に満田が非定型精神病を提唱している。

    診断

    ・DSM-IIIの短期反応精神病では診断上ストレス因子の存在が必要とされたが、DSM-IVの短期精神病性障害では、ストレス因子の存在は必須ではなくなった(下位分類としてストレス因子があれば短期反応精神病と診断)。

    ・DSM-Vでは、統合失調症の5つの中核症状のうち、妄想、幻覚、まとまりのない発語(例‥頻繁な脱線または滅裂)、ひどくまとまりのない,または緊張病性の行動の4つを有するものを短期精神病性障害と定義されている。エピソードの期間は、少なくとも1日以上1ヶ月未満(抗精神病薬による治療を行っても)でなければならず、最終的には病前レベルの機能に完全に戻らなければならない

    ・ICD-10では、急性一過性精神病性障害(ATPD)という概念が、特定の病因に言及することなく定義されている。診断上、精神病症状の急性発症(2週間以内、48時間以内なら突発性発症)と早期寛解(抗精神病薬治療でも1〜3ヶ月以内に完全回復すると予想される)を特徴とする

    ・ICD-10では急性一過性精神病性障害に6つの亜型が分類されており、(1)統合失調症症状を伴わない急性多形性精神病性障害(日によってまたは同じ日の中で症状の種類と強さの両方が変化し、感情状態が変化することを特徴。類循環精神病に該当)、(2)統合失調症症状を伴う急性多形性精神病性障害(精神病症状が短期間で変化する)、(3)急性統合失調症様精神病性障害(精神病症状が比較的安定して存在するが、統合失調症症状の持続期間が1か月以内)、(4)妄想を主とする他の急性精神病性障害(比較的安定した妄想と幻聴を特徴とする)、(5)他の急性一過性精神病性障害、(6)特定不能の急性一過性精神病性障害となる

    ・ICD-11ではICD-10の(1)統合失調症症状を伴わない急性多形性精神病性障害、(2)統合失調症症状を伴う急性多形性精神病性障害、は急性一過性精神症とし、(3)急性統合失調症様精神病性障害、(4)妄想を主とする他の急性精神病性障害は他の一次性精神症群に分類されることが提唱されている(これは論文の本文と異なる内容となっていますが、中山書店、精神疾患の臨床:統合失調症 2020を参考にしました)

    ・ICD-10の急性一過性精神病性障害の61-9%はDSM-Vの短期精神病性障害と重複しているが、ICD-11の急性一過性精神症と短期精神病性障害の診断上の重複はより低いと思われる

    ・1990年代には短期精神病エピソードの研究用基準として、精神病の臨床的高リスク状態(CHR-P)が提唱された。1996年にはYungらにより、将来精神病発症リスクの高い若者の一群を抽出するため、短期間欠型精神病症状群(BLIPS:brief limited intermittent psychotic symptoms)の概念が提唱された。 BLIPSの3分の2(68%)がICD-10の急性一過性精神病性障害の診断基準を満たす

    ・短期間欠型精神病症状群:ARMSの一亜型(他に閾値下/微弱な精神病症状群、素因と状態のリスク因子群が含まれる)。精神病症状は明らかに病的と考えられる閾値を超えるが、それは一過性であり、1週間未満で自然消退する。

    ・2003年にはMillerがBLIPSの概念を改訂し、深刻な解体症状や危険の高い症状を呈する群を除外したBIPS(短期間の間欠的な精神病状態:Brief Intermittent Psychotic Symdrome)を提唱。BIPSは前駆症状の診断基準であるCOPSの一亜型として定義(他に微弱な陽性症状、遺伝的なリスクと機能低下が含まれる)。

    ・BIPSは一定の精神病的強度を超えた陽性症状が過去3か月以内に始まり、少なくとも1カ月に1回の割合で1日に数分間以上存在するとして定義された。BLIPSと比較して症状の存在期間が3か月間に延長されたことと、抗精神病薬の併用が認められた

    ・急性一過性精神病性障害、短期精神病性障害、BIPSでは、より長く続く精神病性障害、物質使用障害(薬物使用を含む)、器質的状態、他の精神障害(特に気分障害)との鑑別診断が必要であるが、BLIPSは、非精神病性疾患の併存や大麻関連・アルコール関連症状を許容する。より長く続く精神病性障害は除外する

    ・短期精神病性障害は、臨床症状から統合失調症と区別することができるが、精神病性障害のかなりの割合が気分障害に先行することがあるため、双極性障害との区別は一般に困難といわれる。

    ・短期精神病エピソードの全平均期間は10.2日(95%CI 8.0-12.4日、n=295)、急性一過性精神病性障害の期間は平均15.7日(8.6-22.9、n=215)。BLIPSの期間は平均6.2日。

    ・ICD-10の急性多形性精神病性障害の平均エピソード期間は9日であり、1ヶ月未満は53.3%、1-3ヶ月は46.7%であった(0-7日:60%、8-15日:33%、16-30日:6.6%、1ヶ月以上:29%)。症例の 96%で 1 ヶ月以内に完全寛解。 

    疫学

    ・初回エピソード精神病の約3分の1(32%)は、減弱した精神病症状が先行することなく、突然発症するとされる。

    ・初回エピソード精神病患者の19%が急性一過性精神病性障害と報告されている。急性一過性精神病性障害の人口10万人当たり罹患率は年間、イギリスで3.9、デンマークで9.6と報告されている(すべての精神病性障害の発生率は10万人年当たり26.6)

    ・急性一過性精神病性障害の約3分の1(27.6%[95%CI 21.0-35.3%])が、統合失調症の症状を伴わない急性多形性精神病性障害と報告されている

    ・短期精神病性障害は初発の精神病性障害の2〜7%とされるが、その発生率はよくわかっていない。BLIPSやBIPSは、助けを求めるCHR-P患者を対象に定義されているため、助けを求めない一般集団におけるその発生率は推定不可能である。ほとんどの研究では、男性よりも女性の方が短期精神病エピソードの発生率が高いことが分かっているが、低~中所得国ではそうではない

    病因と予後因子

    ・病因はよくわかっていないが、初回エピソードの統合失調症に比べて短期精神病エピソードの臨床経過が良好であることから、短期精神病エピソードにおける脳の回復力を促進する因子を理解することは、他の精神病性疾患全体の臨床転帰を予測する能力を高めることになるかもしれない

    ・短期間の精神病エピソードの発症に影響を与える社会文化的要因としては、伝統文化と現代文化の対立、移住、迫害による出身国からの避難、急激な社会変化(例:COVID-19の流行、2001年9月11日の出来事)、結婚などのライフイベントや宗教的体験などが報告されている

    ・短期精神病エピソードにおける予後因子は確証に乏しいが、陰性症状や抑うつ症状は重度の社会的障害と関連しており、発症年齢が遅いこと、うつ病の家族歴、急性ストレス、物質使用は自殺行動と関連している。逆に、1ヶ月以内の障害期間、突然の発症、短い精神病期間、発症前3ヶ月間のストレスイベント、発展途上国での発症、統合失調症症状(例:幻覚)の欠如、変動する多形症状または運動障害の存在は、一般的に良好な予後と関連するといわれる

    予後

    ・メタ解析では、短期精神病エピソードの再発率は24ヵ月で39%[95% CI 31-47%]、36ヵ月で51%[95%CI 41-61%]であり、統合失調症の初回エピソードから寛解した患者の再発率は、24ヵ月で78%[95% CI 58-93%]、36ヵ月で84%[95% CI: 70-94%]とされていることから、短期精神病エピソードの再発率は統合失調症初回エピソードよりも低いことが報告されている(JAMA Psychiatry 2016;73: 211–20)

    ・亜群毎の再発率は、メタ解析により、BLIPSの精神病再発リスクは、6ヶ月で8%(95%CI 0-23%)、12ヶ月で28%(95%CI 8-52%)、24ヶ月で32%(95%CI 11-57%)、36ヶ月以上では30%(95%CI 12-52%)。BIPSの精神病再発リスクは、6ヶ月で22%(95%CI 9-36%)、12ヶ月で35%(95%CI 23-48%)、24ヶ月で43%(95%CI 26-61%)、36ヶ月以上で46%(95%CI 32-61%)。急性一過性精神病性障害の精神病再発リスクは、6ヶ月で13%(95%CI 9-18%)、12ヶ月で30%(95%CI 19-42%)、24ヶ月で38%(95%CI 27-48%)、36ヶ月以上で54%(95%CI 41-66%)。短期精神病性障害の精神病再発リスクは、6ヶ月で20%(95%CI 8-36%)、12ヶ月で31%(95%CI 12-52%)、24ヶ月で46%(95%CI 31-60%)、36ヶ月以上で53%(95%CI 34-72%)。亜群間で再発リスクに統計的有意差なし

    ・メタ解析では、平均4.5年の追跡調査において、短期精神病性障害と急性一過性精神病性障害の44%が他の診断に移行している(56%が最初の診断を保持)。21%が統合失調症、2%が統合失調感情障害、2%が統合失調様障害、12%が精神病を伴う気分障害に移行

    ・急性一過性精神病性障害の約33%が8年後までに少なくとも1回の精神科入院を、29%が強制入院を経験し、平均66日間が精神科病院に入院していた。これらの長期的予後は、サブタイプ間で差はなかった。BLIPSでも同様の結果が得られ、4年後までに34%の患者が入院し、16%の患者が強制入院を経験した。

    治療

    ・短期精神病エピソードについてエビデンスのある薬物療法は存在しない。CHR-Pサービスが利用可能であれば、CHR-Pガイドライン(Orygen, The National Centre of Excellence in Youth Mental Health. Australian clinical guidelines for early psychosis, 2 edn)に基づき、BLIPSまたはBIPSの患者については、患者が著しい機能低下と自己または他人へのリスクの上昇を示さない限り、抗精神病薬を推奨しない一方で、綿密な監視と認知行動療法を推奨しており、CHR-P全体としては精神病への移行を有意に防ぎうるとのメタ解析の報告がある(Psychol Med, 2014. 44(3): p. 449-68.)。しかし、BLIPSやBIPSにおいて、このような心理療法的介入の有効性は検討されていない

    ・推奨される精神療法を受けているのはごくわずか(8%)である。さらに長期的なリスクを抱えているにもかかわらず、これらの患者は非常に短い臨床フォローアップしか受けていない(平均1年)

    ・臨床ガイドラインでは推奨されていないが、BLIPSおよびBIPSの約半数(52%)は、長期にわたって抗精神病薬を投与されている


    引用文献

    文献1:Paolo Fusar-Poli et al. Lancet Psychiatry. 2022 Jan;9(1):72-83. doi: 10.1016/S2215-0366(21)00121-8. Epub 2021 Nov 29.

  • シグマ1受容体のこと

    ・今年もよろしくお願いいたします。

    ・もともとシグマ1受容体のことがよくわからなかったのですが、益々わからなくなる論文(文献1)が出たので、記事にしておきます。シグマ1受容体が主に小胞体上に存在する細胞内受容体ということ。シャペロンとしての機能も有するようだということ。そのあたりはいいのですが、フルボキサミンがシグマ1受容体のアゴニストだから精神病性うつ病に有効かもしれないという考察があることが理解できてませんでした。

    ・フルボキサミンの膜透過性がどうなのかということですが、細胞内に入って細胞内の受容体に作用する物質として、ステロイドや甲状腺ホルモンなど疎水性物質があるようです。フルボキサミンは構造的にどうなのでしょうか。親水基があるので、細胞内にまでそう簡単に入っていくようにはみえないのですが。そもそも血液脳関門を透過するので、脂溶性が高いのでしょうか。そう思ってちょっと調べると文献2にフルボキサミンの膜透過性についての記述がありました。「フルボキサミンの酸解離定数は8.86くらいで、生理的pHの範囲内では極性を持ちにくく、イオン化しにくい塩基性物質なので、膜を透過しやすい」そうです。ということで、細胞内受容体に作用するという事は、ありのようです。

    ・続いて、精神病性のうつ病にフルボキサミンが効果があるのではないかという説があるようですが、これについても臨床的なエビデンスはありません。そもそもこのような話が出現した背景には、1990年代後半からの1つのグループからのいくつかの報告があります。いずれも単一のグループ(Zanardiら)からの小規模な報告であり、これらの報告についてもフルボキサミンの優位性を示したわけではないので(メッセージとしてはフルボキサミンのみならず、ベンラファキシンも、セルトラリンも単剤で精神病性うつ病に効果があるかもしれませんというメッセージ)、シグマ1受容体へのアゴニスト作用があるからといって、それがフルボキサミンにとって特別になんらかのメリットになっているとは読み取れないのです。

    ・1つ目の報告は文献3になります。この論文では、平均年齢50.6歳の精神病性のうつ病エピソード(DSM-III-R)患者59名を対象に、オープン試験で6週間、フルボキサミン300mgにて有効性を検証したものです。

    ・6週間でのresponse rateが主要評価項目でしたが、このresponseはHAM-D21で8点以下かつDimensions of Delusional Experience rating scaleで0点ということで、ほぼ寛解といってもいい定義になっていました。結果は、脱落がわずかに2名、response rate 84.2%とすごい数字が報告されました。精神病性うつ病に対して抗うつ薬+抗精神病薬での治療を行っても、ここまでの高い寛解率は介入試験では報告されておらず(例えばセルトラリン+オランザピン(STOP-PD試験)では12週間で41.9%(Arch Gen Psychiatry. 2009 AUG;66(8):838-47)、ベンラファキシン+クエチアピンでは7週間で41.5%(Acta Psychiatr Scand. 2010 Mar;121(3):190-200.)など)臨床的な感覚とかなり乖離を感じる数値となっています。

    ・2つ目の報告は文献4になります。この報告では、28名の精神病性の特徴を有する大うつ病(DSM-IV)患者が対象となり、フルボキサミンないしベンラファキシンに無作為割付され6週間観察されました。文献3と同じくresponseはHAM-D21で8点以下かつDimensions of Delusional Experience rating scaleで0点で定義され、寛解と言っていい定義になっていました。その結果、6週間でのフルボキサミンの反応率78.6%、ベンラファキシンは58.3%で有意差なく、どちらも効果が期待できそうだという結論になっています。

    ・さらに3つ目の報告(文献5)では、フルボキサミンは入っていませんが、セルトラリン(150mg/day)とパロキセチン(50mg/day)が、精神病性のうつ病エピソード(DSM-III-R)患者46名(大うつ病が32名、双極性うつ病が14名)を対象に、二重盲検で6週間、有効性が比較されました。responseの定義は文献3、文献4と同じくHAM-D21で8点以下かつDimensions of Delusional Experience rating scaleで0点で定義されました。その結果、6週間での反応率はセルトラリン群75%、パロキセチン群46%であり、OC解析では有意差なし(ITT解析では有意差あり)との結果でした。ここで注目すべきはセルトラリン群の反応率もかなり高い数字である点です。セルトラリンは文献6によるとシグマ1受容体に対しては機能的にはアンタゴニストとして作用すると解説されています。

    ・そういうわけで、シグマ1受容体アゴニストとされるフルボキサミンも、シグマ1受容体アンタゴニストとされるセルトラリンも、精神病症状を伴ううつ病に対して単一グループからの報告では、かなりの良好な治療反応率が報告されているわけで、治療反応性をシグマ1受容体で説明することはどうなんだろうと思っていたのです。

    ・ちなみにZanardiらは別にフルボキサミンがシグマ1受容体に親和性が高いので、精神病性うつ病に効果があったのではなどという主張はしていません。このような話がでてきたのは、かのStahl先生がこちらの論文(CNS Spectr. 2005 Apr;10(4):319-23. doi: 10.1017/s1092852900022641)でそのような議論をされたからではないかと思われます。

    ・そして益々わけがわからなくなったのが文献1の報告です。この報告では。SOD1変異ALSモデルマウスに対してシグマ1受容体のアゴニスト(PRE-084、SA4503)とアンタゴニスト(BD1063)が投与され、その効果が検証されました。その結果アゴニスト(PRE-084)もアンタゴニスト(BD1063)もいずれもモデルマウスの神経筋接合部機能を対照群と比較して有意に保存し、運動神経細胞数も有意に保持される結果となりました。シグマ1受容体に対して正反対の作用をするはずの両薬剤が、いずれも治療的効果を発揮したことの理由については、シグマ1受容体のリガンドの分類方法そのものに問題があるのではないかということが考察されています。

    ・この報告ではアゴニストとアンタゴニストの分類については、シグマ1受容体と、同じくシャペロン分子であり、シグマ1受容体と結合するBiP(binding immunoglobulin protein)との相互作用に対する影響で定義されていますが、このようにして分類した場合、同じアゴニスト同士でも機能が異なるものが生じるということです。具体例として、シグマ1受容体アゴニストのSA4503は、神経筋接合部においてカイニン酸による活性化およびブラジキニンによる活性化後に細胞質カルシウムイオン濃度を正常化したのに対し、同じシグマ1受容体アゴニストとされるPRE-084はいかなる有意な効果も及ぼさないことがあげられています。このような事実から、Gaja-Capdevilaらは、シグマ1受容体リガンドは、効果の微妙なバランスで異なる経路の活性を促進する可能性があり、アゴニストまたはアンタゴニストという従来の単純な分類は当てはめることができないのではないか、アンタゴニストとされるBD1063は実は機能的に部分アゴニスト作用を有しているのではないかとなどと考察されています。というわけで、セルトラリンも機能的には部分アゴニスト作用とされるような機能を発揮するのでしょうか。わかりませんが少なくともシグマ1受容体への作用については、単純にアゴニスト、アンタゴニストと言わず、もう少し活性化する細胞内シグナル経路により細かく分類した方がいいのかもしれません。

    ・ここ最近盛り上がっているのはフルボキサミンのCOVID-19に対する効果ですが、これについてもシグマ1受容体との関連で議論されており、2つの異なるグループからの介入試験の報告で有効かもしれないと言われているようですが、まだ第1種過誤の可能性はぬぐえず、結論はだせないと思われます。現在実施中の4つの大規模臨床試験の結果を待ちたいところです。

    文献1:Núria Gaja-Capdevila et al. Front Pharmacol. 2021 Dec 10;12:780588. doi: 10.3389/fphar.2021.780588. eCollection 2021.
    文献2:Front Pharmacol. 2021 Apr 20;12:652688. doi: 10.3389/fphar.2021.652688. eCollection 2021.
    文献3:Gatti F, Bellini L, Gasperini M, Perez J, Zanardi R, Smeraldi E. Am J Psychiatry. 1996 Mar;153(3):414-6. doi: 10.1176/ajp.153.3.414.
    文献4:R Zanardi 1, L Franchini, A Serretti, J Perez, E Smeraldi J Clin Psychiatry. 2000 Jan;61(1):26-9. doi: 10.4088/jcp.v61n0107.
    文献5:Am J Psychiatry. 1996 Dec;153(12):1631-3. doi: 10.1176/ajp.153.12.1631.
    文献6:Ann Gen Psychiatry. 2010 May 21;9:23. doi: 10.1186/1744-859X-9-23.

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