院長ブログ

  • 抗精神病薬の用量効果関係について 2020年08月29日


    ・抗精神病薬の薬剤毎の用量効果関係についてのメタ解析結果が文献1にて報告されています。この論文の結果は臨床医として知っておいた方が良いと思われます。

    ・ただし、プラセボ対照試験のみを解析対象としているため、解析対象となった試験の数は少なく、エビデンスの質としてはそこまで確かなものではありません。

    ・固定用量の介入試験について、プラセボ対照ではないものについても、ネットワークメタ解析を行い、対プラセボの効果量を推定し解析に含むことは可能と思われるため、そのような解析を行ってみても面白いのかもしれません。

     

    背景

     

    ・急性期統合失調症治療における抗精神病薬の用量効果関係はよくわかっていないが、臨床家にとって、最小有効用量と最大有効用量を知ることは重要である

    ・多くの薬剤では用量効果関係は横軸に用量の対数をとるとS字型曲線となることが知られている

    ・今回、抗精神病薬の用量効果関係についての臨床試験を基にメタ解析を行い、最大有効用量に近い用量(ED95)を決定するために定量的な解析を行った

    ・さらに、現在承認されている用量よりもさらに高用量を用いた臨床試験を行うべき薬剤がないかどうかについても検討した
    最後に、最大有効用量の近似値(ED95)を用いて等価用量換算を行った

     

    対象と方法

     

    ・統合失調症ないし統合失調感情障害慢性期の急性増悪に対する、2種類以上の固定用量でのプラセボ対照介入試験

    ・さらに初発精神病、陰性症状主体群、高齢者、治療抵抗性とにわけて解析を行った

    ・症状変化はPANSSないしBPRSを使用(陰性症状主体の試験についてはPANSS negativeかSANSを使用)

    ・試験毎に用量効果関係を25パーセンタイル、50パーセンタイル、75パーセンタイルの3点に制御点を有するスプライン曲線で近似。その後各試験のスプライン曲線を多変量random-effects modelで統合

    ・ED50をプラセボと比較して最大効果の50%の症状改善効果が得られる平均用量と定義。ED95は最大効果の95%の症状改善効果が得られる平均用量。ED95を有効性に関する等価用量換算に使用

    ・解析に使用された試験の数は、アミスルプリド N=3、アリピプラゾール N=5、アリピプラゾールLAI N=1、アセナピン N=6、ブレクスピプラゾール N=4、カリプラジン N=4、クロザピン N=1、ハロペリドール N=1、イロペリドン N=4、ルラシドン N=7、オランザピン N=4、オランザピン LAI N=1、パリペリドン N=5、パリペリドンLAI N=4、クエチアピン N=4、リスペリドン N=4、リスペリドン LAI N=1、セルチンドール N=4、ジプラシドン N=5

    ・試験期間の中央値は6週間(4-26週)

    ・用量効果関係を、プラトー型、逆U字型、漸増型に3分類(下図)

    プラトー型逆U字型漸増型


    結果

     

    ・陰性症状主体の患者に対するアミスルプリド:50-300mgの低用量アミスルプリドによる陰性症状主体の患者に対する2つの臨床試験から、ED95 は約70mg/dayであり、さらに、用量効果関係はプラトー型で、高用量でより有効性が増大することを示唆する結果は得られなかった

    ・陽性症状に対するアミスルプリド:陽性症状の急性増悪に対する1つの試験(100mgを400mg、800mg、1200mgと比較)の結果から、用量効果関係は逆U字型であり、537mg程度で効果が最大となることを示唆する結果となった

    ・経口アリピプラゾール:5つの急性期に対する固定用量試験(2-30mg)の結果からED95は約12mgであり、用量効果曲線はやや逆U字型に近く、高用量がより有効であることを示唆する結果は得られなかった

    ・アリピプラゾールLAI(lauroxil):1つの急性期に対する試験があり、441mgと882mgがプラセボと比較。プラトー型でありED95 は463mg

    ・アセナピン:急性期の6つの試験があり0.4mgから20mgを比較。ED95 は15mgであり、用量効果曲線はプラトー型であった

    ・ブレクスピプラゾール:4つの急性期試験があり、ED95が3.4mgであり、用量効果曲線はプラトー型であった

    ・クロザピン:治療抵抗性に対する小規模(N=48)試験があり、100mg、300mg、600mgが比較。クロザピンの固定用量での比較試験はこれのみ。ED95 は567mg。用量効果曲線は小規模にて推定困難(無理やり当てはめると漸増型)

    ・ハロペリドール:急性期に対する1つの固定用量試験があり、4mg、8mg、16mgが比較。用量効果曲線は逆U字型であり、ED95 は6.3mg

    ・ルラシドン:6つの急性期に対する固定用量試験があり、20mgから160mgまで比較。用量効果関係は漸増型であり、ED95 は147mg。さらに高用量で有効性の増大が期待できる可能性がある

    ・経口オランザピン:2つの急性期に対する固定用量試験があり、1mgから15mg±2.5mgまで比較。用量効果関係は漸増型であり、ED95は15.1mg。さらに高用量で有効性の増大が期待できる可能性がある結果となった

    ・経口オランザピン:陰性症状主体の患者に対する1つの固定用量試験があり(N=174)5mg、20mgがプラセボと比較。ED95 は6.5mgとなり、用量効果関係は逆U字型となった。2点しか観察点がないため一般化困難

    ・オランザピンLAI:1つの急性期に対する固定用量試験があり、210mg(2週に1回)、405mg(4週に1回)、300mg(2週に1回)が比較。405mgを203mg(2週に1回)に変換し比較。用量効果関係は漸増型だが、2点しか観察点がなく、一般化は困難

    ・経口パリペリドン:5つの急性期に対する固定用量試験があり、1.5mgから15mgが比較。ED95は13.4mgとなり、用量効果関係は漸増型となった

    ・パリペリドンLAI:4つの急性期に対する固定用量試験があり、25mgから150mgが比較。ED95は120mg。用量効果関係はプラトー型に近い漸増型

    ・クエチアピン:4つの急性期試験があり、75mgから800mgが比較。ED95は482mgであり、用量効果関係はプラトー型。速放製剤と徐放製剤とでわけて解析すると、速放製剤のED95は297mg、徐放製剤では739mgと大きな違いがあった(ただし徐放製剤の最小設定用量が300mgでありそれ以下の効果が不明)

    ・経口リスペリドン:3つの急性期試験があり、2mgから16mgまで比較。ED95 は6.3mg。用量効果関係は逆U字型

    ・リスペリドンLAI:1つの急性期試験があり、25mg(2週間に1回)、37.5mg、75mgを比較。ED95 は37mgであり、用量効果関係は逆U字型

    ・ED95の数値から、有効性についてリスペリドン1mgに対する等価用量換算を行うと、アリピプラゾールは1.84mg、アセナピン 2.39mg、ブレクスピプラゾール 0.54mg、ハロペリドール 1.01mg、ルラシドン 23.49mg、オランザピン 2.42mg、パリペリドン 2.13mg、クエチアピン 77.01mgなどとなった

    ・全体を平均するとリスペリドン換算で急性期においては3.66mgを超えたあたりで効果はプラトーに達する傾向がみら、それ以上の増量は有意な効果の増強はもたらさないとの結果となった

    結論

    ・オランザピン、パリペリドン、ルラシドン、ジプラシドン、セルチンドール、イロペリドンについては、用量効果関係が、承認用量範囲内で漸増型を示し、さらに高用量において効果が増強する可能性を示唆する結果となった。ただし今回の解析は副作用を考慮しておらず、さらに高用量では有害性が有効性を上回る可能性があり、慎重な解釈を要する。

    ・個々の患者では代謝能力なども異なるため、個別の症例で用量を最適化することが望ましい

    コメント

    ・以前より統合失調症に対する抗精神病薬の有効性についての用量効果関係は、D2受容体の占有率との関係から、あるところでピークに達し、それ以上は効果増大せず有害性が増大してくると言われていましたが、逆U字型の用量効果関係を示す薬剤があったり、一方で承認された用量の範囲内では効果は最大に達するようにみえず、さらにそれ以上の用量での効果の増大が見込める可能性がある薬剤があるなど、臨床上重要な知見が含まれている論文と思われました。今後さらに固定用量での試験結果が集積されて、結論が確かなものになっていくことが期待されます。

     

    引用文献
    1)Stefan Leucht et al. Am J Psychiatry. 2020 Apr 1;177(4):342-353.

     

  • スボレキサントとレンボレキサント 2020年08月23日

    藤田医科大学の岸先生らが、スボレキサントとレンボレキサントについてのネットワークメタ解析の結果を報告され(文献1)、主観的尺度について興味深い報告をされていますが(詳細は省きます)、以前スボレキサントとレンボレキサントについて、高齢者ではどうかということを勉強会で文献的に検討したことがあり、岸先生らの論文の結果に触発されて、高齢者におけるデータを用いて解析したら何かでてくるのではないかと思い、手持ちのデータでネットワークメタ解析をしてみました(selection biasの問題があるので、よろしくないことではありますが)。


    どのような点を明らかにしたかったかというと、文献1ではスボレキサントとレンボレキサントの18歳以上の原発性不眠症を対象とした介入試験の結果を解析対象としており、ポリグラフを用いた客観的指標については、例えば1か月時点での客観的持続睡眠潜時(LPS)は両群間有意差がでていない結果となっています(主観的指標では有意差あり)。しかし高齢者についての結果(SUNRISE1試験(文献2)および文献3)を見た感じでは、レンボレキサントは投与開始後1カ月時点での客観的持続睡眠潜時の短縮効果についても、プラセボと比較してなかなか良好なものがあるのではないかという印象をもっており、高齢者では有意な結果が出るのではないか、と期待したものです。


    Rのnetmetaパッケージを用いて、頻度論によるネットワークメタ解析をrandom effectsモデルで解析してみました。評価尺度は投与1か月後のPSGによる客観的持続睡眠潜時(LPS)となります。結果は以下となりますが、有意差はなく、期待した結果は得られませんでした。しかしかなり良い線をいっている印象です。

    netmeta1

    ネットワークメタ解析をきちんとするためにはデータの均質性や結果の一致性などを慎重に評価する必要があり、inconsistencyはありませんでしたが、均質性の評価はすっとばしています。もうちょっと症例数が蓄積すると結果が違ってくるかもしれません。オレキシン2受容体への選択性が高いことからノンレム睡眠を増加させることが期待されるとのことであり(文献1)、悪夢などの副作用がどうかについても気になるところです。

    引用文献
    1)Kishi T. et al. J Psychiatr Res. 2020 May 28;128:68-74. doi: 10.1016/j.jpsychires.2020.05.025. .
    2)Rosenberg R, JAMA Netw Open. 2019 Dec 2;2(12):e1918254. doi: 10.1001/jamanetworkopen.2019.18254.
    3)Herring W. et al. Am J Geriatr Psychiatry. 2017 Jul;25(7):791-802. doi: 10.1016/j.jagp.2017.03.004. Epub 2017 Mar 8.

  • 全般不安症とヨガ 2020年08月16日

    全般不安症(GAD)に対するヨガとCBT、ストレス教育に関する介入試験がJAMA Psychiatry誌に掲載されていたので、現段階でのGADのエビデンスと一緒にまとめてみました。ヨガは2017年にはアメリカ人の14.3%が体験したそうです。大人気ですね。

     

    全般不安症に対するヨガ、CBT、ストレス教育(文献1)

     

    背景


    ・全般不安症は強い苦悩と機能障害を伴うが、およそ半分の患者しか治療を求めず、1/3の患者しか精神科専門治療を受けていないといわれている。


    ・認知行動療法(CBT)は全般不安症に対する心理療法の第1選択となっているが、コストや偏見などの理由により多くの患者がCBTを受けていない。薬物療法にも抵抗を感じたり、有効性が乏しい場合もあり、患者はヨガなどの代替療法を求めることがある

    ・ヨガは人気があるが、不安に対する効果はよくわかっていない。

    ・伝統的にはヨガは姿勢や運動、呼吸の制御とリラクゼーション、瞑想などの訓練を伴う

    ・ヨガの人気は上昇しており、2017年には全米の約14.3%が健康のためのヨガを体験したと報告されている

    ・マインドフルネスに基づくアプローチはGADに有効性が確認されているが、ヨガの有効性はよくわかっていない。これまでの不安に対するヨガの効果についてのメタ解析の結果は結論がはっきりせず、より質の高い研究が求められている

    ・そこで今回ヨガのCBTに対する非劣性、ストレス教育に対するヨガおよびCBTの優位性、治療開始後6か月時点でのヨガのCBTに対する非劣性やストレス教育に対するヨガおよびCBTの優位性などを検証すべく、介入試験を行った

     

    対象と方法


    ・Single blind無作為割付比較試験

    ・試験期間:12週間

    ・18歳以上の全般不安症患者(DSM-V)。PSTD、物質使用障害、摂食障害の合併は除外。希死念慮を有する場合も除外。過去5年間に5回以上のヨガないしCBTセッションを受けたことがないこと。2週間以内に向精神薬投与を受けていないこと

    ・治療は3-6名の小集団毎に施行されブロックランダマイゼーションで治療法が決定された

    ・ヨガ群 N=93
    ・CBT群 N=90
    ・ストレス教育群 N=43

    ・全ての群について、治療は1回120分、合計12回のセッションが3-6人の集団に対して行われ、各回20分の宿題が与えられた

    ・ヨガ群ではKundalini yogaがGuru Ram Das Center for Medicine and Humanologyにおいて開発された手法により行われた

    ・CBTは5つの治療コアモデュール(心理教育、認知再構成、漸進的筋弛緩法、不安への曝露、in vivo曝露訓練)を含み、メタ認知(不安への不安)をターゲットとしたが、マインドフルネスの要素は含まない

    ・ストレス教育はストレスの生理的、心理的反応や、カフェインやアルコール、喫煙などのライフスタイルの影響、レジリエンスに関与する要因、運動や食事の重要性などの教育が行われた

    ・主要評価項目は12週後のCGI-Iによる治療反応性(much improved ないしvery much improved)

    ・副次的評価項目は6か月時点での反応率

     

    結果

     

    ・完遂率はヨガ群 64.5%、CBT群 74.4%、ストレス教育群 65.1%で有意差なし

    ・主要評価尺度の反応率については、ヨガ群(54.2%)はストレス教育群(33.0%)より有意に反応率が良好であった(OR 2.46 CI 1.12-5.42)

    ・CBT群(70.8%)はストレス教育群(33.0%)より反応率が有意に良好であった(OR 5.00 CI 2.12-11.82)

    ・非劣勢マージンΔを17.85%(反応率の差)に設定したところ、ヨガ群とCBT群の反応率の差は16.6%であり、ヨガ群のCIはマージンを超えるため、ヨガ群のCBT群に対する非劣性は支持されなかった。ただしCBTはヨガよりも有意に反応率が良好ということも統計的には示すことができなかった

    ・副次的評価尺度の6か月後の反応率は、CBT(76.7%)はストレス教育群(48.0%)より有意に良好であった

    ・ヨガ群(63.2%)はストレス教育群との有意差を示すことができなかった。

    ・またヨガ群のCBTに対する非劣性も支持されなかった

    ・ただし注意点としては、ベースラインにおけるうつ病の合併率(CBT群 24.4%対 ヨガ群 12.9%)が有意差があり、さらにフォローアップ期間での投薬率(CBT群 24.4% 対 ヨガ群 3.2%)が有意に異なったことがあげられる。そのためこれら交絡因子について調整したが結果は不変であった

     

    結論

     

    ・ヨガはGADについて、ストレス教育より治療的効果が高そうだが、CBTに対する非劣性は支持されなかった


    続いてGADに対するこれまでのエビデンスを概観してみます。
    まず注目すべきは2019年のLancet誌(文献2)のネットワークメタ解析になります

     

    GADに対する薬物療法のネットワーク・メタ解析(文献2)

     

    背景


    ・GADの生涯罹患率は5.7%と言われており、12か月罹患率は65歳未満で約1.7%、65歳以上で3.4%と報告されている

    ・GADは診断されにくい疾患であり、イギリスでの調査では一般人口の約3%がGADと診断可能であったが、そのうち約8%しか診断され治療を受けていなかったと報告されている。またプライマリケアにおいてGADが正確に診断されている割合は罹患者の34%であったとされている

    ・またGAD患者の62%が少なくとも1回以上の大うつ病エピソードを生涯に併発しているといわれている

    ・これまでの報告ではSSRIおよびSNRIの治療反応率が最も高く、60-75%と報告されている。Berezaら(2012)のレビューでは、第1選択薬での反応率は67.7%であり、第2選択薬での治療での反応率は54.5%と報告されている

    ・イギリスでの29131名の患者(大うつ病併発は除外)を対象とした報告では、平均3.7か月の治療後に46.0%の患者が処方されたSSRIや三環系抗うつ薬などを中断していたと報告されている(中断理由は不明)

    ・今回様々な薬物療法の有効性と安全性を比較するため、ネットワークメタ解析を行った

    対象と方法

    ・1998年1月から2016年4月までに報告された89の介入試験(プラセボないし実薬対照) N=25441。71%がプラセボ対照
    82%でDSMを診断に使用(罹病期間6か月以上が必要)

    ・フォローアップ期間は4-26週間(中央値 8週間)

    ・全ての試験でHAM-Aを評価尺度として使用

     

    結果

     

    ・クエチアピンの効果が最大(プラセボとのHAM-Aの差が―3.60点 CI -4.83 -2.39)だが、忍容性はあまりよくない

    ・デュロキセチン(MD -3.13 CI -4.13 2.13)、プレガバリン(MD -2.79 CI -3.69 -1.91)、ベンラファキシン(MD -2.69 CI -3.50 -1.89)、エスシタロプラム(MD -2.45 CI -3.27 -1.63)はいずれもプラセボより有意に治療反応率が良好

    ・その他ocinaplonは良好だがNが少なく根拠に乏しい

    ・パロキセチンとベンゾジアゼピンはサンプル数が多く、有効性もプラセボより有意に良好だが、脱落もまた多い

    ・ボルチオキセチンはプラセボと有意差なし(意外なことに)。忍容性は良好だが

    結論

     

    ・安全性、忍容性を相互すると、プレガバリン、デュロキセチン、エスシタロプラム、セルトラリン、ベンラファキシンあたりが優れていそう

    ・ヒドロキシジン(アタラックス)が意外にも有効性、忍容性良好。しかし長期的には耐性などの問題もありそう

    ・ボルチオキセチンが結果が出せていないのが意外なところ(抗うつ薬としてはおそらくは優れているとの報告があるため)

     

    ボルチオキセチンについては昨年、用量毎にGADに対する有効性などを検証したメタ解析が報告されているのでみてみます(文献3)

     

    ボルチオキセチンのGADに対する有効性、安全性メタ解析(文献3)

     

    背景


    ・ボルチオキセチンは直接的な受容体への作用(セロトニン3 、セロトニン7 、セロトニン1D 阻害作用、セロトニン1B 部分アゴニスト作用、セロトニン1Aアゴニスト作用)とセロトニントランスポーター阻害作用を併せ持つ複合的な作用を有する薬剤である。そのため大うつ病のみならず不安障害にも有効性が期待される

    ・またSSRIと比較して海馬のBDNF発現量を有意に増加させるとの報告もある

    ・しかし近年のメタ解析ではボルチオキセチンのGADに対する有効性に関して否定的な結果を報告している(Fu et al 2016)。しかし機能障害やQOLについての評価はなされていない。そこで今回は有効性のみならず、その他の指標についてもメタ解析で評価してみた

    対象と方法

    ・18歳以上のGAD(DSM)を対象としたプラセボ対照無作為割付試験

    ・有効性、QOL、機能障害を評価したもの

    ・反応はHAM-A50%以上の改善で定義

    ・寛解はHAM-Aが7点以下で定義

    ・QOLはSF-36(Short-Form 36 Health Survey)を尺度として用いた。機能障害についてはSDS(Sheehan Disability Scale)を用いた

    ・2012年から2014年に出版された4つの介入試験(ボルチオキセチン群 N=1074 、プラセボ群 613)、用量は2.5mg(N=308)、5mg(N=458)、10mg(N=308)

    ・試験期間はいずれも8週間

    結果

    ・反応率はいずれの用量でもプラセボと有意差なし

    ・QOLはいずれの用量でもプラセボと有意差なし

    ・機能障害も同様

     

    結論

    ・現段階ではボルチオキセチンは2.5mgから10mgまでの用量においてGADに対する有効性は確認できず(用量をいっしょくたにした過去のメタ解析では有効性を報告したものもあるが、用量毎にわけた今回の解析の方が臨床的には意義がある)

    ・安全性は良好であった

    ・まだNが少ないので、エビデンスの質としては低い

     

    ボルチオキセチンについて一言

     

    最後にボルチオキセチンについてフォローをしておきます。
    私個人がボルチオキセチンを評価するのは、その安全性のみならず、2018年のLancet誌に掲載された21の抗うつ薬のネットワークメタ解析の報告(文献4)の図5の結果です。この図5の結果が2009年のMANGA studyと同じ解析(プラセボ対照試験を除外し、head-to-head試験のみで解析したもの)となります。
    著作権の関係から図5は引用しませんが、論文そのものは無料で閲覧できますので、ご確認ください。ボルチオキセチンの有効性、安全性についての立ち位置がなんとなくわかると思います。

    また2016年のJournal of Affective Disorders誌の論文(文献5)においても、LHH(likelihood to be helped or harmed)=NNH/NNTという指標で解析した結果、ボルチオキセチンがデュロキセチン、エスシタロプラム、ベンラファキシン、セルトラリンなどの薬剤と比較して最も良好な数字を残しており、さらに5mgの試験を除外し10-20mgの試験のみで解析すると、ボルチオキセチンのNNT=5.3、NNH=63.3、LHH=11.9と群を抜いてよい数字となることがわかります。
    ですので、大うつ病についてのボルチオキセチンのこれまでのエビデンスは比較的良好といえます。

     

    引用文献
    1)Naomi M. et al. JAMA Psychiatry. Published online August 12, 2020. doi:10.1001/jamapsychiatry.2020.2549
    2)April Slee et al. Lancet. 2019 Feb 23;393(10173):768-777. doi: 10.1016/S0140-6736(18)31793-8.
    3)Bin Qin et al. BMJ Open. 2019 Nov 28;9(11):e033161. doi: 10.1136/bmjopen-2019-033161.
    4)Cipriani A et al. Lancet. 2018 Apr 7;391(10128):1357-1366. doi: 10.1016/S0140-6736(17)32802-7. Epub 2018 Feb 21.
    5)Citrome L. J Affect Disord. 2016 May 15;196:225-33. doi: 10.1016/j.jad.2016.02.042.

     

     

     

     

  • アメリカ精神医学会のガイドライン草稿に思うこと 2020年08月09日

    ・10年ぶりくらいにアメリカ精神医学会の統合失調症のガイドラインが改訂されそうということで、その草稿(2019年12月版:文献1)が公表されていたのでざっと眺めてみました。


    ・草稿なので、最終版は改訂がされている可能性がありますが、薬物療法のところだけを眺めた感想を一言で述べるならば、BAP(文献2)の方が充実してていいんじゃないのか?ということでした。


    ・その理由としては、BAP版はちゃんとARMS、初発精神病エピソード、再発、維持療法と分けてそれぞれのエビデンスがかなり細かく網羅されているのに対して、APA版は急性期と維持療法期のみの記載となっていること。BAP版は陰性症状に対する項目や、過感受性精神病についての記述があることなどが挙げられます。

    以下BAP2019とAPA2019草稿版の一部をみていきたいと思います。

     

    AMERICAN PSYCHIATRIC ASSOCIATION(APA)ガイドライン(2019年草稿)

     

    Antipsychotic Medicationsの項目の概略

     

    ・クロザピンを除いては、特定の薬剤が別の薬剤に優れるとの十分なエビデンスはない

    ・初発エピソードについて第2世代抗精神病薬では薬剤間の有効性の差はあきらかではない。患者の特性と作用機序、副作用プロフィールに応じて選択する

    ・アドヒアランス不良の患者についてはLAI導入を考慮する

    ・副作用が問題なければ至適用量にて2-4週間は臨床症状の経過をみる(至適用量で2週間様子を見た時の反応率が20%未満であれば、その後の治療反応性が不良であるとの報告がある:Samaraら 2015)

    ・至適用量で2-4週間、2剤の抗精神病薬で治療反応性が不十分であればクロザピンを考慮する

    ・若年者では代謝系副作用や体重増加に注意

    ・抗精神病薬増強による増強療法も選択肢となる。ただし増強療法にこだわるあまり、クロザピン導入が遅れることは避けなければならない

    ・クロザピン使用に同意がない場合や忍容性不良の場合には、抗精神病薬高用量投与による利益はないことを示唆する限られたエビデンスがあり、副作用が増えるだろう。

    ・陰性症状ないしうつ症状があれば、抗うつ薬増強はメタ解析(Helfer ら 2016:文献3)により軽度の利益(うつ症状、QOLなどの改善に)があることが示されている。

    ・緊張病症状があればロラゼパムなどのベンゾジアゼピン投与は選択肢

    ・抗精神病薬の2剤併用については、コホート研究で単剤療法と比べて入院率や救急受診率が低かったとの報告(Tiihonenら 2019)があり、併用療法が単剤療法よりも有害であるとの明確な根拠もない。ただし副作用のモニタリングは重要である

    ・抗精神病薬治療に反応した場合には、その治療を継続することが推奨される(具体的な継続期間についての言及なし。短期間の精神病エピソード、物質誘発性精神病や気分関連精神病などについては抗精神病薬継続が必要ない場合もあるかもしれないとの記載はある。それ以外の場合には忍容性などに問題がなければ、ずっと続けるというようにも読み取れる)

     

    British Association for Psychopharmacology(BAP)ガイドライン2019年版

     

    ARMSについて

     

    ・ARMS(At Risk Mental State)患者は12か月以内での精神病性障害移行率は15-30%で、3年で36%以上といわれている(Fusar-Poliら 2012)

    ・減弱精神病症状(APS:attenuated psychotic symptoms)への介入について:オフラベル投与にはなるが、超低用量抗精神病薬投与(初発精神病よりも低用量)は考慮しうる(推奨度D:BAPガイドラインの推奨度は文献2を参照してください)。しかし投薬を好まず心理療法的介入を好む場合も多い

    ・予備的なエビデンスだが、低用量抗精神病薬、CBT、支持的精神療法いずれもAPSを改善しうるとの報告がある。ただし抗精神病薬とCBTの併用はCBT単独と比較してより有益であるとのエビデンスはない(Yungら 2011)。

    ・6 studiesのメタ解析ではCBTは支持的なneeds-based interventionと比較して有意にAPSを改善したと報告している(Davis 2018b)。また家族療法もAPSに有効であったと報告されている

    ・ジプラシドンはプラセボよりも6か月予後が有意に良好であったとの介入試験の報告がある

     

    精神病顕在発症を防ぐための介入

     

    ・低用量抗精神病薬ないしCBTが精神病顕在発症を防ぎうるかについて検討したメタ解析では抗精神病薬のNNT=7、CBTのNNT=13と報告されている(van der Gaagら 2013)

    ・ジプラシドン対プラセボの精神病顕在発症進展リスクについての介入試験では有意差が検出できなかった。規模が小さかったことも原因

    ・CBT、アリピプラゾール+ケースマネジメント、プラセボ+ケースマネジメントの3群比較試験では群間の有意差はなかった。有意差はなかったがCBTが良好な傾向があった(52週の精神病移行率:CBT:19%、アリピプラゾール:26.8%、プラセボ:30%)。CBTは脱落率も低かった(Bechdolfら 2016)

    ・抗精神病薬を用いた介入試験では、抗精神病薬の脱落率が高く、ARMS群における忍容性が不良であることを示唆している
    個別CBTは薬物療法の代替として考慮しうる(推奨度D)

    ・オメガ3不飽和脂肪酸については、1つの介入試験で有意な精神病発症予防効果が報告されたが、その後2つの大規模試験では否定的な結果となった

     

    初発精神病

     

    ・一過性精神病なのか、統合失調症なのか、気分障害に伴う精神病なのかで予後が異なる

    ・抗精神病薬を使用せず、精神病に対するCBTを行う選択肢がある。投薬を拒否した群に対してCBTpを6か月施行した介入試験では症状改善に有用であったとの報告がある(Morrisonら 2014)。

    ・CBTpと抗精神病薬、両者併用を比較した小規模試験では、1年以上後の症状改善度においてCBTp群と抗精神病薬群とで有意差なく、併用群でCBTp単独よりも有意に良好な結果であった。(Morrisonら 2018)。

    ・小規模の試験結果しかないため、CBTpが抗精神病薬と同等の有効性を有するとのエビデンスは非常に限定的であり、自傷リスクが少なく、投薬が困難なケースについては心理療法単独を考慮してもよいかもしれない

    ・統合失調症では低~中用量抗精神病薬単剤療法が第1選択

    ・ハロペリドールについては2mgで大半がD2/3受容体占有率が60%を超えると報告されており、D2/3受容体占有率が80%を超えるとプロラクチン上昇やEPSなどのリスクが増加する

    ・ハロペリドールについてはパーキンソンズム出現の中央値は初発精神病では2mg、非初発であれば4mgといわれている

    ・オランザピンの初発精神病の有効平均用量は7.7mgと報告されている

    ・EUFEST studyなどのオープン試験での報告では、初発精神病の抗精神病薬有効用量として、リスペリドン2-4mg、ハロペリドール2-5mg、クエチアピン400-500mg、アミルスプリド 450mg、オランザピン 10mgを推奨している

    ・薬剤選択については、特定の薬剤が別の薬剤と比較して有意に優れているとの明らかなエビデンスはない

    ・リスペリドン、オランザピン、アミルスプリドがハロペリドールより良好であったとのネットワークメタ解析の報告があるが、studyの質は低~中等度である(Lancet Psychiatry. 2017 Sep;4(9):694-705.)

    ・治療開始6か月時点で寛解基準を満たすのは観察研究では中央値40%(17-78%)と2012年に報告され、その後の報告では59%(Gaebel 2014)、60%(Chiliza 2016)との数値が報告されている。一方で経過中の一時点でも症状寛解を達成する割合は55-70%と報告されており、Gaebel (2014)は91%と報告している

    ・OPTIMISE試験(Kahnら 2018)では、初発統合失調症446名を対象に第1相で4週間アミスルプリド投与され、非寛解群が第2相で6週間アミスルプリド継続ないしオランザピンに無作為割付され、非寛解群が第3相でクロザピンにスイッチされた。446名中33%は脱落し、64%は寛解し、3%が全ての相終了後も非寛解だった。4週間のアミスルプリドで56%が寛解。その後第2相でアミスルプリドに割付された47名のうち6週間で45%が寛解。全体として10週間でアミスルプリドで82%が寛解。ただし脱落者が非寛解と仮定すると、寛解率は60%に低下する

    ・初期治療は6週間行い、十分な反応がなければ、次の薬剤に変更を考慮する

    ・初発精神病後に抗精神病薬継続は再発リスクを半分に低下させる。Leuchtら(2012)は65試験のメタ解析を行い、1年間の再発率は抗精神病薬を中止すると64%、継続すると27%であったと報告している。Zipurskyらは2014年にメタ解析により副作用の問題がなければ投薬は中断すべきではないと結論付けている

    ・観察研究によれば、一部の患者においては抗精神病薬を中止可能であることが報告されている。初発の非気分障害精神病のデンマークでのコホート研究では、1-5年のフォローアップで25%が寛解しかつ抗精神病薬投与を受けていなかった。10年後はその数が30%に増加した。5年時点で投薬を受けておらず寛解していた患者は10年時点でそのうち87%が無投薬での寛解を維持できていたという

    ・Huiら(2018)の10年予後の結果を引用し、少なくとも3年間投薬を維持することはその後の長期予後を良好にする可能性について言及されている

    ・BAPガイドラインは少なくとも2年間の継続を推奨

    ・LAIについてはアドヒアランス不良患者に適していると思われ、早期からの導入により再発を防ぐとの報告は信頼に値するが、研究デザインと対象群の非均一性の問題により、治療における位置づけを確信を持って評価することはできない

     

    (BAPガイドラインには含まれていないが、初発精神病に関して含まれていてもよさそうなその他の報告)

     

    ・初発精神病の治療反応率については、522名がリスペリドンとハロペリドールに無作為割付され治療反応性(PANSSで20%以上の改善度で定義)が観察された試験(Am J Psychiatry. 2006 Apr;163(4):743-5.)があり、治療期間の中央値206日間で全体の反応率は400名(77%)。反応した400名の中で1週目で反応したのは23.3%、2週目23.3%、3週目18.5%、4週目12.5%(4週目までで全体の8割)。8週目11.2%、さらにそれ以降で反応したのは11.3%。反応を達成した時の用量は1mgが15.5%、2mgが29.8%、3mgが27.3%、4mgが16.8%、4mg以上が10.8%。そこまで高用量使用しなくても反応は得られる

    ・中国からの報告であるが(例えばLancet. 2019 Sep 14;394(10202):939-951のような有名なメタ解析では中国大陸からの報告というだけで質に問題ありとのことで解析対象から除外されたりしている)、未治療の初発統合失調症200名に対してリスペリドン、オランザピン、アリピプラゾール、クエチアピン、ジプラシドンが比較され、リスペリドンがオランザピン、アリピプラゾールより有意にBPRS改善度が良好だったとの報告がある(Ann Gen Psychiatry. 2017 Dec 22;16:47)

    ・198名の初発精神病患者についてアリピプラゾール5-30mgとリスペリドン1-6mgが比較され、陽性症状の反応率は有意差なく(ARI対RIS:62.8% 対56.8)、陰性症状はアリピプラゾールが良好だったがアカシジアが多く、アカシジアの観点からはリスペリドン少量が、代謝系副作用の観点からはアリピプラゾールが推奨されるとの結論であった(Schizophr Bull. 2015 Nov;41(6):1227-36. )

    ・TEA試験(Lancet Psychiatry. 2017 Aug;4(8):605-618)の結果は重要と思われる。
    12-17歳の若年初発精神病患者113名に対してクエチアピンER(ターゲット用量600mg)ないしアリピプラゾール(ターゲット用量20mg)の無作為割付比較試験が行われ、12週間で両薬剤に有効性に有意差はなく、クエチアピン群とアリピプラゾール群の体重増加量の差は3.33kg、2週目のアカシジア出現率がアリピプラゾール群60%、クエチアピン群30%で有意差あり(その後有意差なし)。振戦がアリピプラゾール群91%、クエチアピン群79%。鎮静がアリピプラゾール群97.1%、クエチアピン群89.2%(有意差あり:これは意外な結果)

    ・若年者の初発精神病に対する薬物療法は、副作用出現率が極めて高く注意を要する

     

    急性精神病エピソード(再発)

     

    ・再発に伴い抗精神病薬に対する反応性が悪化することが報告されている。メタ解析(Leucht 2017)ではPANSS/BPRS得点が少なくとも20%以上改善する反応率については、反応率は50%と報告されている(プラセボでは30%)。さらに50%以上改善する割合は23%でプラセボでは13%と報告されている

    ・抗精神病薬の有効性に関しては同等であり、治療抵抗性についてはクロザピンが最善となる

    ・用量は初発エピソードよりも一般的に多くなる。PETを用いたstudyでは、D2受容体占有率が60%を超せば治療反応性が増大し、線条体ないし下垂体D2受容体占有率が80%を超すとEPS、高プロラクチン血症のリスクが高まると言われている。アリピプラゾールは例外であり治療用量である10-15mgでD2受容体占有率は85%以上と言われている。

    ・治療開始後2週間でPANSS改善度が20%未満の非反応群は、治療開始後3か月時点でも84%が非反応群であったと報告されている(Kinon 2008)

    ・罹病期間が長引くにつれて、治療反応性が悪化することは介入試験の結果から統計的に有意であることが示されている(Leucht 2012)

    ・このことは部分的にはドパミンD2/D3過感受性精神病で説明がつくかもしれない。Howesらは一部の患者でD2/D3受容体の発現亢進が起きていることを報告した

    ・D2受容体遮断長期治療の結果、過感受性精神病による病状悪化が起こりうるなら、D2受容体部分アゴニストのアリピプラゾールでは長期治療後の再燃が起こりにくいことが推測されるが、現在までのところそのことを明確に支持するデータはない

    ・また、D2受容体の過感受性が形成されると、維持中の抗精神病薬を中断した際の反跳性精神病も起こりやすくなることが推測される

    ・抗精神病薬中断による精神病症状の増悪は疾患の自然経過と反跳性精神病の区別が難しいため、臨床的に反跳性精神病を見分けることは困難である。またコリン離脱性反跳症状との区別も困難である

    ・ただし、この問題は抗精神病薬を中断した場合と持続した場合の介入試験の結果の事後解析から推測が可能であり、Emslryら(2018)は、中断後の症状増悪の両群間の特徴の類似性(治療反応性も含め)から、再燃は自然経過によるものが大半と結論付けている(コメント:ただしこの試験はパリペリドンLAIによるものであり離脱症状を正しく評価できたとはいえないのではないか)。

    ・さらにTakeuchiら(2017)は、中断後の症状増悪は急速な増悪ではなく、徐々に増悪がみられることから、反跳性精神病にあたらないのではないかと考察している。

    ・メタ解析(Leucht 2012)でも、急な中断群と漸減群とで再燃リスクが変わらないことが示されている
    以上の結果は、ドパミン過感受性が症状再燃の誘因であるとの仮説が一貫して支持されるものではないことを示唆している

     

    うつ症状に対する抗うつ薬増強について

     

    ・Helferら(2016:文献3)は統合失調症患者について、抗うつ薬増強の安全性と有効性についてのメタ解析を報告した。全体としてうつ症状の改善についての効果量-0.25(CI -0.38 -0.12)でありプラセボよりも有意に良好であり、うつ症状の重症度が増せばより効果量が高まるとの結果であった。

    ・Gregoryら(2017)は統合失調症にうつ病を合併した症例(陰性症状とうつ症状との鑑別により有用とされるCDSSを用い、うつ病の診断がきちんと下されたケースについての報告)についての薬物療法のメタ解析を行い、抗うつ薬(多くがSSRI)はNNTが約5で有効であると報告している。ただし含まれた26の試験の質は中から低品質であり、26のうち19の試験で現在のRCTの報告基準を満たさなかったとされている。

    ・抗うつ薬を使用するかどうかについては、臨床医は患者とこれまでの介入試験の結果などについて話し合うこと。もし抗うつ薬の効果が認められないならば中止すべきである。

    (コメント:BAPガイドラインでは陰性症状についての項目で文献4のGallingらの報告が取り上げられており、うつ症状についての項目ではなぜかGallingらの報告についての記載がありません。しかし個人的には統合失調症における抗うつ薬増強の現段階で最も質の高いエビデンスの1つがGallingらの報告ではないかと思われるため、この報告が入っていないのは釈然としません。ちなみにGallingらの報告は、最初から抗うつ薬の増強を行った試験などは除外しており、より抗うつ薬増強の有効性の評価に特化した試験のみを抽出しており、Helferらの報告よりも質が高いことが期待されるものです。Gallingらの報告では、統合失調症に併発するうつ症状に対して抗うつ薬増強はプラセボに対して有意差がないとするものでした。この結果を信じるならば、日本神経精神薬理学会の現在のガイドラインの記載が最も妥当ということになります。ただしうつ症状が重度の場合には個別に慎重に判断すべきとは思われます)

     

    最後に

     

    ・APAガイドライン草稿の統合失調症における抗うつ薬の増強については2016年のHelferらの報告(文献3)が引用され、Gallingの2018年の報告(文献4)は引用されていません(BAPでは陰性症状の項目で引用されている)。結論もHelferらの報告に準じたものであり、違和感を感じます。
    ・BAPガイドラインは引用されている文献も豊富で、全体的にこれまでのエビデンスの復習としてもとても有用と感じました。


    文献1)https://www.psychiatry.org/psychiatrists/practice/clinical-practice-guidelines
    文献2)J Psychopharmacol. 2020 Jan;34(1):3-78. doi: 10.1177/0269881119889296. Epub 2019 Dec 12.
    文献3)Helfer B, et al. Am J Psychiatry. 2016 Sep 1;173(9):876-86. doi: 10.1176/appi.ajp.2016.15081035. Epub 2016 Jun 10.
    文献4)Galling B, et al., Acta Psychiatr Scand. 2018 Mar;137(3):187-205. doi: 10.1111/acps.12854.

  • gene silencingの2報

    ・7月9日付The New England Journal of Medicine誌にSOD1変異家族性ALSに対するgene silencing療法についての2報が報告(文献1、文献2)されました。

    ・SOD1遺伝子変異に起因したALSは家族性ALSの約20%、孤発性ALSの約1-2%と言われています。

    ・今回報告された治療法については、いずれも既によく知られている手法であり、手法そのものの新規性はないのですが、ヒトに対して行われた結果という点が新しいこととなります。特に文献1のmicroRNAをエンコードするアデノ随伴ウイルスベクターを投与してSOD1遺伝子発現を阻害する手法については2018年にモデルマウスでの報告がなされたばかりでしたが、2年足らずの間にヒトに対する実際の投与が行われたことになり、急速な進展を感じます。

    ・もう1つ(文献2)は2019年の製薬会社売上高世界20位の大企業(世界20位の売上高でも日本企業と比較すれば2位相当となります)Biogen社のALS治療薬候補Tofersenの第1/2相試験の結果となります。

    ・Biogen社の薬で有名なものとして脊髄性筋萎縮症治療薬のスピンラザ(選択的スプライシングを制御するhnRNAのmRNA前駆体への結合を阻害するアンチセンス・オリゴヌクレオチド製剤)があります。

    ・薬価が1バイアル949万円となり、これでも十分高いのですが、最近発売承認され、史上最高に高い薬として有名になったゾルゲンスマ(1バイアル 1億6707万円:アデノ随伴ウイルスベクターに正常SMN1遺伝子をエンコードするもの)と比較すると、ゾルゲンスマが単回投与でかつ静注可能なのに比較して(それでも手が滑ってこぼしてしまったりしたら1億6千万がパーですから、手が震えそうです)、スピンラザは髄腔内投与が必要で侵襲性も高く、4回目以降は4か月に1回(乳児型の場合)の投与が必要となる点でいろいろと異なるため、この価格差ということのようです。

    ・もっともゾルゲンスマが単回投与である理由は、投与後にアデノ随伴ウイルスに対する抗体が形成され、免疫反応が賦活されるからということで、単回投与後も肝機能障害が起きたり(その結果ステロイド剤を投与しないといけなかったり)することもあるようです。

    ・命はお金には替えられないということで高額であってもその治療効果は何物にもかえがたいのは理解できるのですが、最新号のMuscle & Nerve誌に脊髄性筋萎縮症1型に対してスピンラザとゾルゲンスマを併用して良好な治療効果が得られる可能性があるとの報告(Harada et al., Combination molecular therapies for type 1 spinal muscular atrophy. Muscle Nerve. 2020 Jul 25)が掲載されました。両者併用だと、2年間で薬代だけで2億6千万円というものすごいお値段になってしまいます。

    ・ゾルゲンスマを販売しているノバルティス社は、ゾルゲンスマを開発したベンチャー企業であるAveXis社を2018年4月に9300億円で買収しています。第3相試験まで到達していたゾルゲンスマが前途有望であると見込んで買収したものと思われますが、これまた桁違いの金額です。

    ・話を元に戻します。SOD1変異ALSに対するgene silencing療法のうちmicroRNAを注入する治療法ですが、2名の患者(22歳男性と56歳男性)に対して単回投与(髄腔内)が行われました。変異SOD1遺伝子由来のmRNAをブロックするmicroRNAは、ALS発症に関連する多くの変異をカバーできるように設計されたものということです。

    ・22歳の患者については、一過性に右下肢筋力の改善効果を認めたものの、呼吸機能は改善せず、投与後15.6か月で死亡しました。

    ・一方で、あらかじめ免疫抑制剤を投与された後にウイルスベクターを投与された56歳の男性については、1年以上安定した状態を維持しているということです。

    ・今後ウイルスベクターによる中枢神経に対するgene silencing療法は免疫抑制剤とセットにして行われるようになるのかもしれません。

    ・一方でもう1つのgene silencing療法であるアンチセンス・オリゴヌクレオチドを用いた治療法ですが、ALSに対してはもう第3相試験まで進んでいます。

    ・今回の報告は第1/2相試験の結果についての報告となります。

    ・第1/2相試験では、SOD1変異ALS患者50名に対して、プラセボ対照で行われ20mg、40mg、60mg、100mgの4つの異なる用量で髄腔内投与されました。

    ・主要評価項目は安全性と薬物動態であり、副次的評価項目は85日目の髄液中SOD1濃度の変化でした。50名中48名が5回すべての投与を受けました。

    ・腰椎穿刺に伴う有害事象はほとんどの患者で観察され、髄液中白血球数の増加が4名で、蛋白質増加が5名で観察されました。

    ・85日目の髄液中SOD1濃度のプラセボ群との差は20mg投与群で平均2%、40mg投与群で平均‐25%、60mg投与群で平均-19%、100mg投与群で平均-33%でした。

    ・症例数が少ないため、有効性についての結論は出せませんが、12週後にプラセボ群はALSFRS-R得点で平均5.6点、肺機能得点で平均14.5点悪化したのに対して、tofersen100mg投与群ではALSFRS-R得点で平均1.2点、肺機能得点で平均7.1点の悪化となりました。特に進行の早い一群において進行抑制効果が顕著であったとのことです。

    ・髄液中SOD1濃度の減少はtofersenの最高用量で観察されました。一部の患者で髄液中の細胞増加が観察され、大半の患者で腰椎穿刺に伴う有害事象が観察されました。

    ・最高用量ではALSFRS-Rの12週間の変化量がかなり改善しているようにみえるので、現在進行中の第3相試験の結果が期待されます

    引用文献
    1)Mueller C et al. N Engl J Med. 2020 Jul 9;383(2):151-158. doi: 10.1056/NEJMoa2005056.
    2)Timothy Miller et al. N Engl J Med. 2020 Jul 9;383(2):109-119

このページのトップへ