院長ブログ

  • メンデルランダム化など 2022年10月22日

    ・小児期のトラウマの存在が成人期におけるうつ病の治療効果に影響するかどうかについての報告がでました(文献1)。

    ・解析手法としてpre-post effect sizeを用いており、それをさらにpairwise meta-analysisで比較して統合しているため、因果推論の技法の1つであるDifference in differences法を用いているということなのだと思います。これによりベースラインの重症度によらず、治療効果(HAM-Dなどの変化量)のみを比較可能ということになります。

    ・結論としてはトラウマの有無に関わらず治療効果は有意差なしということなのですが、このことはアウトカムが有意差がないということにはなりません。変化量だけを比較しているため、ベースラインが重症であればエンドポイントもその分重たいということになります。

    ・実際ベースラインはトラウマ有群が有意に悪く、エンドポイントもそのようにみえますので、寛解率などの数値で比較すれば、トラウマ有群がなし群より有意に悪いという結論もありうることになります


    ・メンデルランダム化解析により脳画像由来表現型と精神疾患リスクとの因果関係を考察した論文(文献2)がでました。

    ・メンデルランダム化は曝露要因(リスク因子)と因果関係を有し、なおかつ交絡因子とは因果関係のない遺伝子多型を用いて、曝露群と非曝露群とで疑似的なランダム化を実現するという手法です。

    ・観察研究でありながら、因果関係も議論できるのが強みというところです。ただし、因果関係について議論するためにはいくつか前提条件を満たす必要がありますし、メンデルランダム化解析により因果関係が有意ではなかったからといって、曝露要因とアウトカムとの因果関係がないと結論付けることはできません。

    ・なぜなら、遺伝子多型がもたらす曝露要因への影響は、長期間ほぼ一定の影響を与える性質のものであり、リスク因子に短時間で高用量の曝露がもたらされるような状況は実現できないからです。あくまで遺伝子多型の範囲で差異が生じうる曝露要因とアウトカムとの因果関係を議論可能ということになります。

    ・メンデルランダム化解析が、群間の交絡因子の偏りを除去しうる強力な手法であることは、例えばCRPの高値と冠動脈疾患のリスクとの因果関係を調べたメンデルランダム化解析(BMJ. 2011 Feb 15;342:d548. doi: 10.1136/bmj.d548.)の図1をみればよくわかります。

    ・結論としては、forceps majorのorientation dispersion index(OD)が1SD増加すると、統合失調症リスクが32%低下(orientation dispersion index は神経突起のangular variationを特徴づける指標)

    ・tapetumの平均拡散性(mean diffusivity:MD)が1SD増加すると、統合失調症のリスクが35%増加(MDは脳の構造的統合性を評価するための全方向への水分子の拡散性を示す指標)

    ・両脳半球の上前頭後頭束の異方性比率(fractional anisotropy:FA)は統合失調症リスクと負の相関みられ、右半球の上前頭後頭束のFAが1SD減少するごとに統合失調症リスクが21%増加。また、左半球では同じ構造変化で23%増加

    ・第三脳室の容積が1SD増加すると、統合失調症のリスクが16%増加。

    ・左半球の上放線冠のMD値が1SD増加すると、神経性やせ症のオッズが26%増加。

    ・右半球の上放線冠の細胞内の制限拡散(intracellular volume fraction:ICVF)の値が1SD増加すると、神経性やせ症のオッズが18%低下。左半球の同様の構造変化も、神経性やせ症の低リスクと関連(ICVFは、細胞内拡散に基づく神経突起密度の測定に有用な微細構造パラメータ)

    ・左側坐核の体積が 1SD増加すると、双極性障害のリスクが 46%低下

    ・結果の多くがMRIの拡散テンソル画像から得られた指標であったことは興味深い点でした。これらの変化が各疾患のどのような症状と関連するのか、治療の影響はどうなのかなどが気になります。


    文献1:Childhood Trauma Meta-Analysis Study Group Lancet Psychiatry. 2022 Nov;9(11):860-873. doi: 10.1016/S2215-0366(22)00227-9. Epub 2022 Sep 22.

    文献2:Guo J. et al. Nat Neurosci. 2022 Oct 10. doi: 10.1038/s41593-022-01174-7. Online ahead of print

  • SARS-Cov-2 2022年10月01日

    ・研究者らにとっても予期したことと、正反対な結果が得られたとの興味深い報告がありました。

    ・ショウジョウバエモデルでの実験の話なのですが、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のウイルス非構造タンパク質(ウイルスがコードしているが、ウイルス粒子の一部ではないタンパク質)であるNsp1がALSやアルツハイマー病を含むいくつかの神経変性疾患のショウジョウバエモデルにおいて神経や筋組織の変性などを防ぐ効果を有することが報告されました(文献1)。

    ・もともとはLong-COVIDの病態解明のために実験されたようで、病態のさらなる悪化がみられることを予想して実験したら反対の結果になったようです。

    ・Nsp1の機能はよくわかっていないようですが、ウイルスが細胞に侵入した後に最初に合成されるタンパク質群の一部のようで、宿主の40SリボソームのmRNAエントリーチャネルをブロックしたり、mRNAの分解を引き起こしたりして、宿主遺伝子の翻訳を阻害する悪さをするようです。

    ・今回、研究者らはアルツハイマー型認知症(AD)モデルショウジョウバエを用いた実験を行いました。アミロイド前駆タンパク質のC末端断片(C99)を発現させADの病態を再現するモデルのようです。

    ・組織特異的にNsp1を発現させる方法により、C99を発現させたショウジョウバエ筋組織にNsp1を共発現させたところ、C99によるタンパク質恒常性維持機能の障害とタンパク質凝集体形成による筋組織の異常が、完全に抑制されたとのことです。

    ・神経細胞においてもC99を発現させると認知機能障害がみられるらしいのですが、これらの障害もNsp1の共発現により抑制されたとのことです。

    ・同様の結果はfull-lengthのアミロイド前駆タンパク質を発現させた場合でも観察されました。

    ・Nsp1のこのような保護的な効果は、C9orf72遺伝子変異ALSショウジョウバエモデルやパーキンソン病のショウジョウバエモデルにおける神経筋接合部においても観察されています。

    ・Nsp1はリボソームによる翻訳の停滞(ribosome stalling)とその結果として生じるリボソームの衝突(ribosome collision)によって生じるタンパク質品質管理機構の障害を防ぐ効果により、細胞を保護する作用を発揮するようです。

    ・もともとはNsp1のこのような機能は、ウイルスの生存戦略として宿主の翻訳が停滞したリボソームをリサイクルし、ウイルス翻訳に利用できるようにするためなどではないかと考察されています。

    ・組織特異的にこのようなタンパク質を発現させることができれば、もしかしたら新しい治療法の開発につながるかもしれません。

    文献1:Xingjun Wang et al. Proc Natl Acad Sci U S A. 2022 Oct 18;119(42):e2202322119. doi: 10.1073/pnas.2202322119. Epub 2022 Sep 28.:

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