院長ブログ

  • 耳鳴のこと 2022年05月29日

    ・耳鳴は原因がはっきりしている場合(口蓋ミオクローヌス、聴覚系の脱神経、蝸牛有毛細胞の喪失、耳毒性薬剤(アミノグリコシド系抗菌薬,プラチナ製剤,サリチル酸,ループ利尿薬,抗マラリア薬,マクロライド系抗菌薬など)など)には介入可能な場合もあるらしいのですが、なかなか原因がはっきりしない場合も多いみたいです。耳鳴再訓練療法(TRT)などが行われ有効性が報告されていますが、薬物療法についてはどうなのかということで、ネットワークメタ解析の結果が報告されました(文献1)

    対象と方法


    ・薬物療法ないし栄養サプリメントによる耳鳴への有効性を評価したRCT

    ・ネットワークメタ解析(頻度論)

    ・主要評価項目は耳鳴重症度変化、副次評価項目は反応率、QOLなど

    ・反応の定義は様々で、Tinnitus Handicap Inventory(THI)でベースラインの1/3以上の改善、VASで50%以上の改善、ベースラインから15dB以上の耳鳴の減少、全般的改善度4点以上、THI36点未満、THIで10点以上の改善、tinnitus handicap questionnaire scoreで20点以上改善など

    結果

    ・36 studies(n=2761)、平均治療期間 11.9週間(2-24週)

    ・耳鳴重症度の改善についてプラセボと有意差がみられたのはアミトリプチリン、acamprosate、ガバペンチン+リドカイン皮内注射(intradermal lidocaine injectionと書いてあったので訳に間違いはないと思うのですが、場所が気になります)であった。

    ・反応率については鼓室内デキサメタゾン注入+メラトニン経口投与,メラトニン経口投与+sulodexide,メラトニン単独投与,アミトリプチリン経口投与,acamprosate経口投与,亜鉛補給,ガバペンチン経口投与+リドカイン皮内注射がプラセボ群に比べ有意に高い反応率となった

    ・QOL、脱落率についてはプラセボと有意差なし

    議論

    ・重度の耳鳴知覚は、体性感覚系の痛み知覚に見られるのと同様の神経伝達物質分泌異常を引き起こし、それはGABA作動性抑制の低下と関連するとの報告がある。カルシウムチャネル蛋白に結合して広く抑制作用を発揮するガバペンチンはGABA系作動薬と類似の効果が期待できる。

    ・アミトリプチリンは、GABAやα1アドレナリン受容体など複数の神経伝達系を介して、中枢体性感覚系の侵害受容に役割を発揮することが報告されている。

    ・特定の原因または治療可能な起源のない耳鳴患者は、脳の複数の領域で有意に過活動であることが報告されており、異常な過活動を抑制する戦略は、耳鳴りの重症度を減らすために有益な効果を発揮する可能性がある。例えば、acamprosateは、グルタミン酸作動性のNMDA受容体阻害とGABA系促進作用(この部分原文がGABA抑制と間違いがありましたので修正しています)により、治療的効果を発揮する可能性がある

    ・メラトニンは、ドーパミン拮抗作用(Cell Mol Neurobiol. 2001 Dec;21(6):605-16)と抗酸化作用を併せ持つといわれている。耳鳴関連聴覚辺縁系ドーパミン作動性経路は、前頭前野、primary temporal、側頭頭頂連合野および辺縁系内に位置し 、耳鳴知覚経路と脳内構造を共有しているので、耳鳴治療への新規アプローチと考えられる.酸化ストレスと抗酸化酵素の不均衡は、耳鳴の病因のひとつと考えられている。メラトニンのような抗酸化物質の補給は、耳鳴治療に有効である可能性がある

    ・鼓室内ステロイド注射(デキサメタゾン)は理論的には蝸牛損傷に由来する初期段階の耳鳴に対する有望な治療方法である。今回のネットワークメタ解析では原因不明の耳鳴を対象としたため鼓室内ステロイド注射単独ではプラセボとの有意差がみられなかったが、メラトニン投与と組み合わせることで有意な治療効果が期待できる結果となった

    コメント

    ・メラトニンにはいろいろな作用があるようで、強力な抗酸化作用があることは知っていたのですが、この点ラメルテオンはどうなのでしょうか?抗炎症作用を示唆する動物実験はあるようですが、なかなか答えがみつかりません。

    文献1
    J.-J. Chen et al. / EClinicalMedicine 39 (2021) 101080

  • 統合失調症の病態生理 2022年05月18日

    2年ぶりに勉強会でこの話題に触れることになったので、以下の論文などを参考に内容をアップデートしました

    1.Dopaminergic dysfunction and excitatory/inhibitory imbalance in treatment-resistant schizophrenia and novel neuromodulatory treatment
    Wada M. et al. Mol Psychiatry. 2022 Apr 20. doi: 10.1038/s41380-022-01572-0. Online ahead of print.

    ・ゆるゆるLINE抄読会で慶應の中島先生にシェアいただいた論文です。ドーパミン仮説からExcitatory/Inhibitory Imbalance仮説に至る全体的な流れを構成するのにものすごく引用させていただきました。現段階では統合失調症および治療抵抗性統合失調症の病態生理に関する最も優れた総説で大変勉強になりました。この場を借りてお礼申し上げます。

    2.Prefrontal and Striatal Dopamine Release Are Inversely Correlated in Schizophrenia
    W. Gordon Frankle et al. Biological Psychiatry May 14,2022DOI:https://doi.org/10.1016/j.biopsych.2022.05.009

    ・これも中島先生に教えていただいた論文です。1991年にPETを用いた研究(Am. J. Psychiatry 1991, 148, 1474–1486.)により前頭葉でのドーパミン伝達の減少と線条体におけるドーパミン伝達の過剰にドーパミン仮説が修正されましたが、今回、統合失調症患者にアンフェタミンを投与し、2種類のトレーサーを用いてPETで同時に複数の関心領域と背側尾状核のドーパミン放出量の変化についての相関関係が検討されました。その結果、dorsolateral prefrontal cortex、medial prefrontal cortex、parietal cortex、enthorinal cortex、anterior cingulate cortexなど複数の部位におけるドーパミン放出量の変化と背側尾状核におけるドーパミン放出量の変化の間に逆相関関係が観察されました。健常者ではこのような逆相関関係は観察されませんでした。1991年以来の仮説が検証されたことになります。

    3.Striatal dopamine mediates hallucination-like perception in mice
    K. Schmack et al. Science. 2021 Apr 2;372(6537):eabf4740. doi: 10.1126/science.abf4740.

    ・マウスの幻聴体験を間接的にdetectしたかもしれないという論文です。40 dbの背景ノイズ中で様々な大きさのシグナル音を提示して、そのシグナル音を探知した場合には探知(Hit)側のポートを突いて、音を探知しなかった場合には別のポート(Correct reject)を突き、正しい選択をした場合には予測不可能なランダムな時間後に水の報酬が与えられるシステムが作成されました。マウスは中央のポートを突くことにより、自ら新たな試行を開始するようにされました。このシステムで数週間トレーニングを実施し、十分なトレーニングを実施し正確な選択ができるようになってから5%の確率で正しい選択をしても水がでないように設定されました(無報酬課題)。この無報酬課題において、invested timeを測定(「あれ?正しい選択をしたのに水がでてこないぞ」と次の課題に行かず水を待っている時間)し、このinvested timeがマウスの自信の程度とみなされました。つまり、自信をもって間違える=幻聴を体験している?とみなされたということです。

    ・報酬処理に関与することが知られている腹側線条体と知覚処理に関与することが知られている背側尾部線条体の細胞に、アデノ随伴ウイルスベクターでドーパミン蛍光センサーであるGRABDAを発現させ、ファイバーフォトメトリーを用いたこれらの部位のドーパミン量を定量化し測定した結果、両部位のドーパミン放出量は、invested timeの大きい誤選択課題時に有意に多いことがわかりました。さらに背側尾部線条体のドーパミン神経にチャネルロドプシン2を発現させたトランスジェニックマウスを作成し、背側尾部線条体のドーパミン放出を刺激したところ、刺激施行しドーパミン放出を増加させた時には、無刺激施行時と比較して、有意に誤選択率が上昇し、その上昇はハロペリドールにて改善したということです。線条体のドーパミン放出の増加と幻聴の関連性を示唆する結果かもしれません。

    4.Muscarinic Cholinergic Receptor Agonist and Peripheral Antagonist for Schizophrenia
    Stephen K. Brannan et al. N Engl J Med 2021; 384:717-726

    ・背側線条体でのドパミン放出はアセチルコリンM4受容体により調節を受けることが知られています。M4受容体を介した薬が開発されれば錐体外路症状のない抗精神病薬が期待できることとなります。M1/M4受容体のアゴニストであるxanomelineは小規模RCTで統合失調症患者の症状改善に有効な可能性を示唆する結果が得られていましたが、消化器系などの副作用のため開発は中断されていました。そこで副作用軽減のため末梢性ムスカリン受容体アンタゴニストであるtrospiumと組み合わせた臨床試験が行われました。5週間で投薬群はプラセボ群と比較して有意に陽性症状尺度などで改善効果がみられ、消化器系の副作用も顕著ではなかったようです。期待通りパーキンソニズムも有意なものはありませんでした。今後どうなるのか注目されます

    5.Pimavanserin for negative symptoms of schizophrenia: results from the ADVANCE phase 2 randomised, placebo-controlled trial in North America and Europe
    Bugarski-Kirola D et al. Lancet Psychiatry. 2021 Nov 30:S2215-0366(21)00386-2. doi: 10.1016/S2215-0366(21)00386-2. Online ahead of print

    ・セロトニン仮説は下火ですが、健常者へのLSD投与による自我障害を示唆する結果の報告(J Neurosci. 2018 Apr 4;38(14):3603-3611. doi: 10.1523/JNEUROSCI.1939-17.2018. Epub 2018 Mar 19.)を引用していたことに関連して、セロトニン2A逆作動薬のピマバンセリンの臨床試験の結果についても紹介しました

    6.Top-down control of hippocampal signal-to-noise by prefrontal long-range inhibition
    Malik et al. Cell. 2022 Apr 28;185(9):1602-1617.e17. doi: 10.1016/j.cell.2022.04.001

    ・グルタミン酸神経系の異常が、内側前頭前野→視床結合核→海馬→腹側被蓋野の流れで、ドーパミン神経系の活動亢進をもたらすということが報告(J Neurosci. 2001 Jul 1;21(13):4915-22 )されており、グルタミン酸系の異常がドーパミン系の異常の上流に位置することが示唆されていましたが、今回前頭前野から海馬への直接的なトップダウン制御がGABA神経の長距離投射により行われていることがわかったという報告になります。長距離投射GABA神経は海馬CA1のVIP介在神経を抑制し、物体位置の符号化のための信号についてのsignal-to-noise比を向上させ、物体によって生じる空間情報を増大させ、探索行動に関連するネットワークダイナミクスを促進しているということのようです。

    7,Current findings and perspectives on aberrant neural oscillations in schizophrenia
    Hirano et al. Psychiatry Clin Neurosci. 2021 Dec;75(12):358-368

    ・九大の平野先生らの総説となります。ゆるゆるLINE抄読会で平野先生に教えていただきました。統合失調症におけるgamma oscillationの異常からExcitatory/Inhibitory Imbalance仮説まで、統合失調症のelectrophysiologicalな病態についての現状理解と今後の展望が解説されています。十分な理解はできていないのですが、特に論文中figure.3の40 Hz(70dB)のauditory steady-state response(ASSR)時のEEGから得られた誘導ガンマ帯域 oscillationの図はとても美しい結果で感動しました。ご紹介いただきありがとうございます。

    8.Mapping genomic loci implicates genes and synaptic biology in schizophrenia
    Trubetskoy et al. Nature. 2022 Apr;604(7906):502-508. doi: 10.1038/s41586-022-04434-5. Epub 2022 Apr 8.

    ・過去最大規模の統合失調症に関するゲノムワイド関連分析になります。ヒトの単細胞発現データからは、大脳皮質や海馬の興奮性グルタミン酸作動性ニューロン(錐体細胞CA1、CA3細胞、歯状回顆粒細胞)や皮質抑制性介在ニューロンで高発現する遺伝子に、強く統合失調症との関連が濃縮されていることが分かりました。Excitatory/Inhibotory Imbalance仮説を支持する所見かもしれません。

    9.The shallow cognitive map hypothesis: A hippocampal framework for thought disorder in schizophrenia
    Musa et al. Schizophrenia (2022) 8:34 ; https://doi.org/10.1038/s41537-022-00247-7

    ・海馬を舞台としたshallow cognitive map hypothesisですが、海馬でのabberant salience仮説とも関連があり、海馬での統合失調症の病態に関する総説としても優れており、引用させていただきました。

     

  • CHR-P 2022年05月09日

    ・統合失調症の専攻医勉強会を進めるにあたって、この分野は避けて通れないので、何年か前から少しずつまとめていた論文集の見直しと、ここ2年ほどで新たに出版された論文を付け加えるアップデート作業をしていて、疾患概念について知らなかった点に気がつきました。

    ・今までCHR-P(Clinical High Risk for Psychosis)とUHR-P(Ultra High Risk for Psychosis)はほぼ同じ概念だろうと思ってあまり気にしてなかったのですが、厳密には違うようです。

    ・Dr. Fusar-Poliによれば、CHR-PはUHR-Pかつ/またはbasic symptoms(基底症状)を含む概念ということで、UHR-Pよりも幅広い概念のようです(Fusar-Poli et al. JAMA Psychiatry. 2020 Jul 1;77(7):755-765)。

    ・さらにUHR-Pとは何か?ということですが、オーストラリアでYungらによりARMS(at risk mental state)の概念が1990年代後半に提唱され、ARMSの基準を満たす前駆状態のことがUHR-Pと呼ばれたようです。アメリカでもこの考え方を導入し同時期にCOPS(Criteria of Psychosis-Risk Syndrome)の概念が定められました。ARMSとCOPSは似ていますが細かいところで診断基準が異なっており、詳細は辻野尚久先生らの総説(発症危険状態の評価:臨床精神医学 41(10):1407-1412, 2012)をご参照いただければと思いますが、この2つの概念が出てからは、だいたいCOPSかARMSのことをUHR-Pと呼ぶようです(Fusar-Poliら 2020)。

    ・ARMSないしCOPSにはそれに対応する操作的診断基準と構造化面接法が定められており、ARMSに対してはCAARMS、COPSに対してはSIPS/SOPSが対応します。CHR-Pに関するメタ解析などに含まれるstudyでは、SIPSを用いたものの比率が一番高いようです。

    ・さらに基底症状を軸にした診断基準としてはドイツのケルン早期発見研究で用いられた予測的基底症状(COPER)および認知的基底症状(COGDIS)があり、それに対応する評価尺度としてずボン基底症状評価尺度(BSABS)、その英語版のSPI-Aなどがあるようです。このあたりの詳しいところは針間博彦先生の総説(臨床精神医学 41(10):1395-1405,2012)をご参照ください。

    ・というわけで、細かいところですが、CHRに関する論文を読むときに、このあたりの用語の違いをおさえておくと混乱が少なくなるのでいいかと思います。CHR-Pに関する系統的レビューなどに含まれる論文では、CHRの診断的評価にCAARMSを用いたのか、SIPSを用いたのか、それともSPIなどか、それ以外かなどにわかれており、どの基準を用いたかで、オーストラリアからの報告なのか、北米なのか、それ以外なのか、ということも読みとれます。

    ・CHRの論文を読んでいて気になるのはcomobidityの多さです。UHR患者の90%が何らかの非精神病性の精神疾患を合併しているとの報告(Early Interv Psychiatry. 2021 Feb;15(1):104-112 )もあり(一番多いのは不安障害)、機能的予後はUHR症状が改善しようがしまいが、有意差はないとの報告もあることから(Am J Psychiatry. 2011 Aug;168(8):800-5)、これら併存疾患で機能的予後が規定されているような気がしなくもないです。

    ・CHRに含まれる患者群は多種多様であることを踏まえて、どのように介入するかは個別に検討する必要がありそうです。

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