院長ブログ

  • いじめと内在化障害など 2022年04月30日

    ・内在化障害、外在化障害というと児童思春期の分野で時々でてくるワードになります。

    ・例えば、ADHDに対するペアレント・トレーニングの有効性に関するコクランレビュー(Cochrane Database Syst Rev. 2011 Dec 7;2011(12))では、2011年と少し古いのですが、ペアレント・トレーニングは子の外在化問題(攻撃性、反抗的態度、反社会的行動など)の改善には有意な効果は認めないものの、内在化問題(過度の不安や恐怖、抑うつ、心身症状など)の改善については、有意な効果(SMDで-0.48)を認めると報告されています(nが小さくエビデンスとしては成熟したものではないですが)

    ・今回、学校でのいじめ対策が内在化障害に対してどの程度の効果を有するかというメタ解析がでました(文献1)

    いじめ対策は内在化障害の改善に有効か

    背景


    ・うつ病や不安障害などの内在化障害は小児期において最も頻繁に診断される精神疾患の一つであり、若者の障害と負荷の最も頻度の高い要因となっている

    ・縦断的研究では,内在化障害は小児期から成人期まで連続性があり,内在化障害は他のあらゆる精神疾患と比較して生涯有病率が高く、発症年齢の中央値は、不安障害は11歳と言われている。あらゆる精神疾患の生涯発症者の半数は14歳までに、4分の3は24歳までに発症していることから(Arch Gen Psychiatry. 2005 Jun;62(6):593-602),小児期の介入で標的となり得る修正可能なリスク要因を特定することが重要である。

    ・いじめの被害は、内在化障害の最も抽出しやすい危険因子の1つであると思われる。18歳でうつ病になるケースの29.2%は、青年期初期のいじめ被害が原因かもしれないとの報告があり(BMJ. 2015 Jun 2;350:h2469.)、13歳時点でいじめ被害を受けていない子どもと比較して、仲間から頻繁にいじめ被害を受けている子どもは、18歳時点でのうつ病発症の調整後オッズ比が2.32と報告されている

    ・いじめ防止は若者の精神的健康のために重要な課題である

    ・ユネスコ(2019)の調査によると、世界の子どもの32%が過去1カ月間に1日以上いじめの被害を経験し、若者の7.3%が過去1か月間に6日以上のいじめを経験している(UNESCO, 2019: https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000366483)。大半の子供が学童期を通じて低頻度のいじめを経験するが、一部の子供では慢性的でエスカレートするいじめを経験することがあり、このようないじめが、より内在化障害のリスクを高めるといわれている( Journal of Community Psychology, 48, 1751–1769. 2020)

    ・国際人権法の観点からは、学校で安全に過ごす権利、いじめに伴う攻撃や被害に遭わない権利は、すべての子どもに与えられるべきである(Convention on the Rights of the Child 1989; Universal Declaration of Human Rights 1948)。

    ・いじめには様々な形態があるが、小児期の身体的、精神的、言語的いじめについては学校が主な舞台になると言われている。そのため学校におけるいじめ対策が重要である

    学校でのいじめ対策の有効性

    ・いじめに対する12の国と65の学校ベースの介入プログラム(うち4つの主要なプログラム(KiVa, Olweus Bullying Prevention Program, NoTrap!, Viennese Social Competence Program )は複数の地域で複数回評価されていた)のいじめ加害および被害の減少に対する有効性を評価したメタ解析(International Journal of Bullying Prevention, 1, 14–31. 2019)によると、個別のプログラムでは、主なものではOlweus Bullying Prevention Programがいじめ加害の減少に最も効果量が大きく、NoTrap! Programが最もいじめ被害の減少に有効であった。

    ・いじめ対策の有効性には地域間格差が存在した。いじめ加害対策については香港、北アメリカやスカンジナビアで行われているものの効果量が大きく、いじめ被害対策についてはオーストラリア(https://apo.org.au/node/66537 )、スイス、スカンジナビア、北アメリカなどの順で効果量が大きかった

    ・プログラム全体として、いじめ加害を19-20%減少させ、いじめ被害を15-16%減少させると報告されている

    ・Fraguasらは、学校でのいじめ防止プログラムが精神的健康に及ぼす効果を評価した無作為割付試験(N=20)をメタ解析で評価し、介入を受けた集団全体の精神的健康に対する効果量 cohen’d= 0.205(95% CI 0.277-0.133)と報告した(JAMA Pediatrics, 175, 44–55. 2021)。ただし精神的健康の尺度は、QOL、自尊感情、自責感、社会的スキルなど様々な尺度が用いられており、内在化障害については評価されていない。またいじめ被害者の減少が、精神的健康の改善を媒介するのかどうかなども評価されていない

    方法と対象

    ・4-19歳を対象に学校で実施されたいじめ防止のための介入を評価した研究

    ・いじめの定義を明確にし、主要評価項目としていじめの加害または被害の変化を測定し、介入後の副次評価項目として内在化障害を測定したもの

    ・介入群と介入を行わない対照群が設定されていること。無作為割付試験ないし非無作為割付で群間の介入前後での内在化障害に対する効果の比較を行った試験
    メタ解析での効果の指標としてはHedge’s gを 用いた

    結果

    ・27 studies

    ・各試験のサンプルサイズは、対象を絞った介入の24人から、学校全体の介入における7,741人まで。
    対象学年は、1~6年生が48%、7~12年生が52%。参加者の平均年齢は10.5歳。59%が、学校スタッフまたは教師によって介入が行われた。全校的な介入を含む研究が70%、対象を絞った介入が26%、全校と対象を絞った両方の要素を含む研究が3.7%。
    51.9%(n=14)がクラスター無作為化試験、11.1%(n=3)が個別無作為化試験、29.6%(n=8)が非無作為割付試験、7.4%(n=2)がクロスオーバー試験

    ・22の試験のうち15(68%)で効果量が0より大きく、介入が内在化障害の軽減が有効であることを示唆する結果であった。ただし全体として効果量はg=0.06(95%CI, 0.0284~0.1005)であり、対照群と比較して有意差はあるものの、いじめ防止介入は全体としては内在化障害の改善に対してほとんど効果がないことが示された

    ・うつ症状に対する効果量は0.06(95% CI, 0.014 ~ 0.107)、不安症状については0.08(95% CI, 0.11 ~0.158)であった
    主にいじめ被害者らを対象とした標的型介入の効果量=0.01(95%CI, ー0.094~0.109)で対照群と比較して有意差なし,全校型介入では0.08(95%CI, 0.036~0.117)で対照群と比較して有意差あり。しかし,標的型と全校型介入の効果を直接比較した場合,群間差は有意ではなかった。

    議論

    ・学校を拠点としたいじめ防止介入が、内在化障害に与える効果は全体として有意ではあったが、効果量はとても小さく臨床的に意義のある効果とはいいがたい。またいじめ被害者などを対象とした標的型の介入が対象者の内在化障害の改善に対照群と比較して有意差がなかったのは意外な結果であり、いじめ発生後の心理的問題の解決が学校ベースの介入のみでは容易ではないことを示唆するものかもしれない

    ・主としていじめ被害者らを対象とした標的型の介入において有意な効果がみられなかったのは、その介入方法に一貫性がなく、6つの試験のうち、介入の実施も教師や学校職員によるものが3つ、臨床心理士実習生や心理学生によるものが2つなど経験豊富な専門家による介入が行われたとは言い難いことも原因かもしれない。標的型の介入については、より専門的な知識を有する者が一貫性のある介入を実施すべきであるといえるかもしれない。

    ・あるいは単に対照群の改善度も大きく、それゆえに介入群と有意差がつかなかったという可能性もある(個人的にはこれが一番可能性高いのではと思っています。included studiesの詳細を見たわけではないのですが、標的型の介入については、倫理的にいじめ被害者も含まれる対照群に何もしないというわけにはいかないので)

    ・というわけで、一次予防も大事ということもいえそうです。

    CNS10-NPC-GDNF

    ・ついにこんな試験が始まるのかと注目の臨床試験なのですが、アメリカのCedars-Sinai Medical Centerで、ALSに対するCNS10-NPC-GDNFの第1相試験が開始予定となっています。

    ・このCNS10-NPC-GDNFとはなんぞやというとこですが、神経前駆細胞です。神経前駆細胞なので、おそらく臍帯血から採取されており、同種移植になりますので、免疫抑制剤も必要でしょう。

    ・何がすごいかというと、移植部位です。これまで脊髄実質に神経幹細胞を移植する臨床試験は行われてきました。

    ・有名なのがNeuralstem社の同種神経幹細胞移植であるNSI-566です。第2相試験までいったのですが、発症2年以内の15名の患者がエントリーされ、頸髄のC3からC5の間の領域に両側性の幹細胞移植を受け、3名では腰髄領域にも移植を受けました。椎弓切除術を受けなくてはならないので、かなり侵襲性の高い治療になります。結果は残念ながら有意な進行遅延効果はみられませんでした。そこで立ち消えになったかと思ったら、2020年4月にNeuralstem社がSeneca社に社名変更して、第3相試験を始めますみたいなことを公表したまま、その後音沙汰がない状況になっています。

    ・そこで今回のCNS10-NPC-GDNFです。神経栄養因子を分泌するように分化誘導した(アストロサイトになるとか?)神経幹細胞で、なんと移植部位は大脳の一次運動野です。脳に直接細胞移植されることになります。上位運動神経細胞の周辺に移植する臨床試験はこれまで行われたことがなかったので、初の試みになります。

    ・良い結果になることを願います。

    elicit

    ・慶應の中島先生がオープンチャットでelicitの話題をシェアされてて、どんなもんなんじゃろうと思って使ってみてものすごくびっくりしました。

    ・なんだかAIをベースにした論文検索システムだとか。質問を入れると、その質問の答えに該当する論文をピックアップしてくれるどころか、質問に対する答えをその論文のアブストラクトから?抽出して簡潔に表示してくれます。

    ・この答えの部分が、まるで中に人間が入っているんじゃないかと思うくらい、うまいことまとめられています。最新の情報を手に入れるにはpubmedがいいのでしょうが、大雑把に自分の手に入れた知識などの普遍性や正確性などを検証するための目的にはとても便利だと思います。

    ・今後AIにGRADEシステムを教え込んだら、もう勝手にガイドラインを作ってくれる時代が来るのではないかと思わせる、そんな可能性を感じさせてくれるelicitです。研究者を対象にしているみたいですが、臨床疑問にもホイホイ答えてくれるので、臨床家にも全然お勧めです。


    文献1:Carolina Guzman-Holst et al. J Child Psychol Psychiatry. 2022 Apr 26. doi: 10.1111/jcpp.13620. Online ahead of print.

  • 治療継続期間について 2022年04月24日

    ・日本神経精神薬理学会から公表されている統合失調症薬物療法治療ガイドラインが改訂され2022年版になるとのことで、少し前までパブリックコメントが募集されていました。

    ・内容を拝見していて前の版にあったCQが一部無くなっていて(例えばCQ1-4:初発精神病性障害の再発予防効果における抗精神病薬の最適な治療継続期間はどのくらいか?)、これはAPAガイドライン2020と同じくTiihonenらの報告(Am J Psychiatry. 2018 Aug 1;175(8):765-773)などが影響したためなのかな?などと思っていたのですが、観察研究の帰結はこのガイドライン構築のためのエビデンスとしてみる限り採用されていないようなので、そうではないようです。

    ・今回無くなったCQの一部の現段階での答えにあたるような論文がでました(文献1)。Asian network of early psychosis working groupによるもので、総説として読んでみてもとてもよくまとまっていて勉強になりました。日本からもこの分野の第1人者である慶應の竹内先生らが参加されています。この論文のfirst authorかつ初発精神病エピソードの10年予後の論文(Lancet Psychiatry 5:432-442. 2018)で有名なDr.Huiらのグループが以前よりこのテーマに関してかなり精力的かつ重要な報告を数多くされていることがわかり驚きでした。今後の動向も要注目となります。

    ・まずここ最近で一番新しいと思われるAPA2020のこのCQに関する内容(Am J Psychiatry 177:9, September 2020)ですが、概略は以下の通りとなります。

    ・抗精神病薬で症状が改善した統合失調症患者に対して、抗精神病薬による治療を継続することを推奨する
    ・維持療法を継続することの利点としてTiihonenらの観察研究の報告(Am J Psychiatry. 2018 Aug 1;175(8):765-773)も引用されている
    ・治療が進むにつれて、抗精神病薬による治療を継続することのプラス面とマイナス面を、患者との共同意思決定という観点から検討する必要がある。
    ・家族やその他の支援者を巻き込むことは、アドヒアランスを改善するのに有効である。剤型がアドヒアランスに影響することもある
    ・精神病エピソードが短期間であったり不確かな精神病診断(例えば、物質誘発性精神病や気分障害関連精神病の可能性)を持つ人の中には、抗精神病薬治療の継続を必要としない人もいるかもしれない。一方、慢性的な症状を持ち、再燃を繰り返し、統合失調症の診断上の特徴が明らかな人は、薬物療法を中止した場合、より悪い結果をもたらす可能性が高い。

    ・というわけで、APAガイドラインの前のバージョン(2004年版でしょうか?)と同じく、治療継続が推奨されています。

    ・ではAsian Network of Early Psychosis Writing Groupのガイドラインではどのようになっているでしょうか。概略は以下の通りとなります。
    (1)抗精神病薬は、初回精神病エピソードから少なくとも1〜3年間は継続する。抗精神病薬の中止を希望する患者には、患者が自分の病気について主体的に考え、患者独自の特徴や再燃の早期警告徴候を認識できるように、意思決定のプロセスを共有し、中止のリスクと利益を患者と話し合った上で決定すること。中止する場合、再燃が急速に起こる可能性があり、再燃が洞察力の喪失や助けを求める行動の低下と関連する可能性があることを注意するべきである。
    (2)抗精神病薬の中断が成功するかどうかは、統合失調症以外の診断、発症前の社会的・職業的機能の向上、社会的支援の充実、DUPが短いこと、認知機能障害がない、好ましい特性(自己統制感に関連する内的統制などの評価と自尊心など)、回復力が高いこと(病前機能発達の程度や良好な予後因子、良好な特性などから推測される)、自殺傾向や危険な行動がない、などによって予測することができる。初回エピソード後に再燃した経歴を持つ患者には、治療中止しないことを勧めるべきである。
    (3)抗精神病薬を中止する前に、6~12 ヵ月間、症状(PANSS の P1~3、N1、N4、N6、G5、G9 のスコアが 2 以下)及び機能の回復が得られていること
    (4)抗精神病薬の漸減は6-12ヵ月かけて行い、精神病症状の再出現や再燃の兆候を注意深く観察する。減量は個人差はあるが徐々に行い、1回の減量は前投与量の25%を超えないこと。投与中止前の最終的な抗精神病薬の用量は、リスペリドン1mgと同等かそれ以下とする。
    (5)抗精神病薬中止の過程では、自己効力感、疾病管理、社会的・職業的機能の改善を目的とした患者・家族への心理社会的介入を実施すべきである。ケースマネージメントと継続的な支援と監視は、抗精神病薬中止後少なくとも2年間は継続されるべきである。
    (6)抗精神病薬中止後に減弱した陽性症状が出現した場合には、集中的かつ頻繁に心理社会的介入を行うべきである。出現している症状を評価し,抗精神病薬の再開を決定する必要がある。精神病症状が改善しないないし悪化する場合には、共有の意思決定プロセスを通じて、抗精神病薬の服用を再開するかどうかを速やかに決定する必要がある
    ・このガイドラインの最も重要な点は、中止の基準について、症状の寛解だけでなく、包括的な回復(陽性症状と陰性症状の消失、機能回復)を求めるという、より保守的なスタンスを採用したことである。

    ・以上となります。ここ10年ほどはガイドラインはWunderinkらの報告(JAMA psychiatry 70:913-920 .2013)などの影響もあり、下村先生らの報告(Schizophr res 215:8-16:2020)によると維持療法期の抗精神病薬中止について「推奨しない」から「一部推奨」に傾いていたようです。しかし直近2つ(統合失調症ガイドライン2022を入れると3つ)のガイドラインは中止に対してより慎重な方向にシフトしているようです。また共同意思決定や心理社会的介入が重視されていることもポイントとなります。

    文献1:Christy L.M. Hui et al. Int J Neuropsychopharmacol. 2022 Apr 22:pyac002. doi: 10.1093/ijnp/pyac002. Online ahead of print.

  • 運動とうつ 2022年04月17日

    ・dose-response meta analysisは視覚的にわかりやすく結果が提示され、妙に説得力があるのですが、運動とうつの関連についてのdose-response meta analysisが公表されました(文献1)

    ・前向き観察研究からの帰結なので、うつに対する脆弱性の高い人が運動をしない可能性があるという逆因果関係などのバイアスには注意が必要ですが、週2.5時間の早歩き程度の運動量を継続すると、うつ(大うつ病のみではなく、スクリーニング用紙などでカットオフ値以上のうつ状態を含む)の相対リスクは25%低下し、現在の罹患率から推定すると、うつを11.5%(うつ病だと7.3%)減少させることができる可能性があるとの結論でした。

    ・睡眠時間を増やした先日の報告(JAMA Intern Med. 2022 Feb 7. doi: 10.1001/jamainternmed.2021.8098. Online ahead of print.)もですが、忙しくても生活習慣をきちんと見直せば、時間はつくれるもののようです。1週間くらい自分の生活記録をしてみて、振り返ってみるのもいいかもしれません。

    運動とうつ病リスク

    背景

    ・前向き観察研究(n=49)のメタ解析(Am J Psychiatry. 2018; 175(7):631-648.)では、平均7.4年の追跡期間で身体活動レベルが最も低い群と比較して、最も高い群はうつ病発症の調整後オッズ比が0.83(95% CI, 0.79-0.88) と報告された。この効果は高齢者においてより良好(オッズ比=0.79)であった。

    ・別のメタ解析(Br J Sports Med. 2021; 55(16):926-934)では、111の前向きコホート研究を対象にうつ病ないし診断閾値下のうつ状態発症率について、身体活動度が高い群は低い群と比較して調整後オッズ比が0.79(95% CI, 0.75-0.82) と報告された

    ・運動量とうつ病リスクとの関連についてdose-responseメタ解析はこれまでされていないのでしてみた

    対象と方法

    ・18歳以上を対象とした前向きコホート研究

    ・身体活動度を3段階以上で評価したもので、うつ病発症リスク(DSMないし ICDによる診断もしくはスクリーニングでカットオフ得点以上で定義される)を報告したもの。サンプルサイズが3000人以上かつフォローアップ期間が3年以上

    ・身体的活動量の指標として、1週間あたりの安静時代謝率(1 MET)を超過して消費されたエネルギーを反映する運動量(marginal metabolic equivalent task hours=mMET-h/週)を使用。1週間あたりの運動時間に軽い運動では1.5 mMETを、中等度の運動では3.5 mMETを、激しい運動では7.0 mMETを掛け合わせてmMET-h/週を算出。エネルギー消費量について報告した1つの報告については、1 kcal/kg= 1 MET-hに換算。またほとんどの報告が仕事以外の運動を活動量指標としていたが1つの報告は仕事も含めた運動量を用いており、この報告については、仕事量をMETに換算し、その分を差し引いて、身体活動量を求めた

    ・Dose-responseメタ解析については、人年数の0、37.5、75パーセンタイル点にノットを有する制限付き三次スプライン曲線でフィッテングした
    さらに、どの程度リスクを低減できるかの指標であるPIFs(potential impact fractions)をWHOが推奨する運動量である、8,8 mMET-h/週(中等度の強度の運動を週に2.5時間行ったことに相当)、さらなる健康のために推奨される運動量である17.5 mMET-h/週、さらに推奨運動量の半分の4.4 mMET-h/週について算出した

    結果

    ・15 studies(n=191130)

    ・運動を全くしていない成人に対して、WHO推奨運動量の半分(4.4 mMET-h/週)をしている人は、うつリスクが18%(95%CI、13%-23%)低かった。

    ・推奨される8.8 mMET-h/週の運動をしている人は、うつリスクが25%(95%CI、18%-32%)減少することを示唆する結果が得られた。この運動量を超えると潜在的な利益は減少し、不確実性が高くなった。

    ・PIFを見積もると、すべての成人が少なくともWHOの推奨する週に8.8 mMET-hの運動を行うと、うつ患者(大うつ病のみではなく、一部試験でのエントリー基準(スクリーニング用紙でのカットオフ以上になったケースも含む)に合致するもの)を11.5%(95%CI、7.7%-15.4%)減少させることができる可能性がある。17.5 mMET-hでは13.9%、4.4 mMET-hでは6.4%となった。

    ・大うつ病についてはPIFは8.8 mMET-hでは7.3%、17.5 mMET-hでは8%、4.4 mMET-hでは3%となった

    議論

    ・軽度の運動であってもうつ病リスクの低減にかなり寄与しうる可能性があることを示唆する結果となった。週2.5時間の早歩き程度の運動量を積み重ねると、うつのリスクは25%低下し、その半分の量では、運動しない場合に比べて18%低下した。

    ・うつ病の予防効果は、運動に伴う身体イメージの改善、社会的交流の増加、内因性カンナビノイド系の活性化などの神経内分泌機能の変化、脳構造の変化、対処戦略の向上などの影響も関与している可能性がある。

    ・考慮すべきバイアスとして、ベースラインでうつ症状を有する場合(2つの試験でベースラインのうつ病を除外していなかった)、ないしうつ病の寛解状態であった場合、逆因果バイアスが混入する可能性がある

    ・限界としては、運動量が、全て自己報告式であったこと。そのためリコールバイアスや、 social-desirability(社会的望ましさ)バイアスが混入しうる

    文献1:Pearce M. et al. JAMA Psychiatry. 2022 Apr 13. doi: 10.1001/jamapsychiatry.2022.0609. Online ahead of print

  • 維持療法期間のここ最近の報告について 2022年04月09日

    ・年度が新しくなり、勉強会も2年間で一巡して統合失調症に戻ってきたところです。

    ・統合失調症維持療法期間の論文で、勉強会でチェックしておくべき論文をまとめておこうと思い、ここ数年以内のものではだいたい以下のような論文をおさえておくといいのかなと思って独断と偏見でリストアップしてみました。重要なもので見落としているのがあるかもしれないです。

    1)Leucht S. et al. Examination of Dosing of Antipsychotic Drugs for Relapse Prevention in Patients With Stable Schizophrenia: A Meta-analysis. JAMA Psychiatry. 2021 Nov 1;78(11):1238-1248.

    ・dose-response meta analysisを用いた解析が新しく、2011年の慶應の内田先生らの報告(Schizophr Bull. 2011; 37(4):788-799)の解析が論文内でアップデートされたりしています。用量として1 DDD(リスペリドン換算で5mg)くらいが再燃予防によさそうで、これを超えてもあまり利益がなさそうということです。ただし代謝活性などが個人で異なるため、最適な維持用量については個別に設定する必要があります。

    2)Taipale H. et al. Real-world effectiveness of antipsychotic doses for relapse prevention in patients with first-episode schizophrenia in Finland: a nationwide, register-based cohort study. Lancet Psychiatry. 2022 Apr;9(4):271-279. doi: 10.1016/S2215-0366(22)00015-3. Epub 2022 Feb 16

    ・標準用量と比較すると、低用量の抗精神病薬(<0.6 DDD/日)は、2回目の再燃のリスクが大幅に高く(対標準用量の調整後HR 1.54) 、2回目の再燃後にすべての用量で再燃予防効果が低下する傾向がみられたというもの。再燃エピソードを繰り返す度に治療反応性が悪化する可能性があるため、2回目の再燃をいかに防ぐかが重要であることを示唆する報告です。最近の治療抵抗性に関する疫学研究(Schizophr Bull. 2021 Mar 16;47(2):485-494)とも関連して、クロザピンの導入をあまり遅らせるべきではないのではないかということにもつながるかと思います。5回目までの再燃エピソードについて解析した点が新しく、2回目の再燃までについては、2019年に慶應の竹内先生らが報告された結果(Neuropsychopharmacology. 2019 May;44(6):1036-1042. doi: 10.1038/s41386-018-0278-3. Epub 2018 Nov 22)を再現するものです。

    3)Christy L M Hui et al. Long-term effects of discontinuation from antipsychotic maintenance following first-episode schizophrenia and related disorders: a 10 year follow-up of a randomised, double-blind trial. Lancet Psychiatry. 2018 May;5(5):432-442.

    ・初発精神病エピソード後、2年間継続し断薬をした群よりも、治療開始後3年以上継続した群の方が10年予後が有意に良かったという報告。使用した薬剤がクエチアピンであったことや、nが小さいことなど一般化するには問題があるかもしれませんが、今後のガイドラインに影響を与える可能性のある結果かもしれません。

    4)Irene Bighelli et al. Psychosocial and psychological interventions for relapse prevention in schizophrenia: a systematic review and network meta-analysis. Lancet Psychiatry 2021; 8: 969–80

    ・非急性期における統合失調症の心理社会的介入による再燃予防効果を比較したネットワークメタ解析です。再燃率でみた場合、家族関係介入、家族への疾病教育、認知行動療法、患者への疾病教育、複数の介入を組み合わせた統合的介入、再発防止プログラムなどが通常治療と比較して有意に再燃予防効果が優れていることを示唆する結果となりました。維持療法期間における心理社会的介入の重要性を示唆するものです。

    5)Johannes Schneider-Thoma et al. Comparative efficacy and tolerability of 32 oral and long-acting injectable antipsychotics for the maintenance treatment of adults with schizophrenia: a systematic review and network meta-analysis. Lancet 2022; 399: 824–36

    ・安定期における統合失調症維持療法期間における抗精神病薬の再燃予防効果をみたネットワークメタ解析です。クロザピンは解析対象に含まれていませんが、全体として維持療法期間における抗精神病薬間に再燃防止の観点からは明確な差を見出すことはできませんでした。長期内服の必要性から忍容性が薬剤選択の重要な基準となりうることを示唆する結果になります。

    6)Lasse Brandt et al. Adverse events after antipsychotic discontinuation: an individual participant data meta-analysis. Lancet Psychiatry. 2022 Mar;9(3):232-242

    ・維持療法期における抗精神病薬中断試験での離脱症状についての報告です。不安や下痢、不眠などが継続群と比較して有意に多い結果となりました。漸減中止は有害事象の有意な減少と関連していました。これに関連して、再燃リスクを最小化するための抗精神病薬の漸減法について提案された論文(Schizophr Bull. 2021 Jul 8;47(4):1116-1129)についてもチェックしておくべきかと思います。

    7)Georgios Schoretsanitis et al. Predictors of Lack of Relapse After Random Discontinuation of Oral and Long-acting Injectable Antipsychotics in Clinically Stabilized Patients with Schizophrenia: A Re-analysis of Individual Participant Data. Schizophr Bull. 2022 Mar 1;48(2):296-306

    ・どのような特性を有する方が抗精神病薬を中断可能なのか、期待したのですが、まだまだはっきりとした結論が出せる段階ではないようです。喫煙や性別(女性)などが有意な再燃リスク因子として抽出されていました。また中断後の再燃率(中央値で4カ月間くらいの期間)について、LAIの優位性に驚きました。1年後や3年後などでみた場合にはどうなるかは気になるところです。

    8)Christoph U Correll, Oliver D Howes Treatment-Resistant Schizophrenia: Definition, Predictors, and Therapy Options. J Clin Psychiatry. 2021 Sep 7;82(5):MY20096AH1C. doi: 10.4088/JCP.MY20096AH1C

    ・治療抵抗性統合失調症についての総説です。primary TRS、secondary TRSの疫学やクロザピンなどについて要点がまとめてあります。ここ最近、慶應の中島先生が主催されているLINEのオープンチャット(ゆるゆるLINE抄読会)に参加させていただいているのですが、各分野の最先端を走る先生方からいろいろと教えていただけたりしてとても勉強になっています。若い先生方は是非参加されると良いと思います。詳細は中島先生のtwitter(@Luke_629)をフォローしてください。

    9)Jari Tiihonen et al. Association of Antipsychotic Polypharmacy vs Monotherapy With Psychiatric Rehospitalization Among Adults With Schizophrenia. JAMA Psychiatry. 2019 May 1;76(5):499-507.

    ・再入院リスクに関して多剤併用療法の予防効果をみたコホート研究になります。クロザピン+アリピプラゾールの優位性が目立つ結果となっています。他の抗精神病薬に関しても、いくつかの組み合わせが評価されており、多剤併用は原則的に推奨はされませんが、いろいろと考察ができそうな内容になっています。

     

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