・新型コロナウイルス感染症が精神疾患患者にどのような心理的影響を与えるかについてのオランダでの縦断的研究の報告がlancet psychiatryに掲載されました(文献1)

・この報告はオランダの3つの精神疾患を対象としたコホート研究の参加者からデータを抽出し、ロックダウン開始後2-8週後にwebにて参加者の一部を対象に調査を実施しコロナパンデミック前のデータ(ただし一番最近でも4年くらい前のもの)と比較したものです。

・パンデミック前後でメンタルヘルスを比較したコホートは数少ない(精神疾患では初?)ため、貴重な報告にはなりますが、額面通りには受け取れないところもありますので、そのあたりも含めてまとめてみます。

・まずはこれまでに報告された、一般人口を対象としたパンデミック前後での精神的健康度についての比較研究がアメリカとイギリスで1報ずつありますので、簡単にまとめておきます。

・まずは2020年6月にJAMAで報告されたアメリカ成人を対象にした縦断的調査結果(JAMA 2020; 324: 93–94)についてです。

・この報告ではNORC's AmeriSpeak Panel(確率的に抽出された成人アメリカ人の代表サンプル)から対象者を抽出し、2018年には64.2%の回答率で25417名のデータが解析対象となり、2020年4月は70.4%の回答率で1468名のデータが解析対象となりました。

・心理的苦痛の評価尺度としてはKessler 6 Psychological Distress Scale(最近30日間の心理的苦痛を評価する自己記入式尺度。6項目で各項目4点満点。絶望感や無価値感などを頻度で評価。24点満点で13点以上が深刻な心理的苦痛とされた)で評価されました。

・また孤独感についても評価され、“どの程度頻繁に孤独感を感じますか?”との質問で5段階(いつも、しばししば、ときどき、まれに、決して)で評価されました。

・その結果、2018年の調査では3.9%が深刻な心理的苦痛を有するとされましたが、2020年4月では13.6%に上昇していました。COVID-19による心理的影響は、特に女性、若年者、同居者ありのサブグループでより深刻な傾向がみられました。

・孤独感については、孤独感が”いつも”ないし”しばしば”の割合は2018年に11%、2020年4月には13.8%でわずかに増加していました。

・18-29歳においては、深刻な心理的苦痛に分類される人の割合が2018年では3.7%でしたが、2020年4月には24%まで増加し、一方で55歳以上の年齢層では、2018年では約4%で2020年4月は7.7%と若年層ほどの心理的苦痛の増加はみられませんでした。新型コロナウイルスの心理的影響は若い人や女性ほど大きく、若年者では4人に1人が深刻なレベルの心理的苦痛を感じていた点に注意が必要と思われます

・続いてlancet psychiatryに報告されたイギリスでの一般人口を対象とした縦断的研究の結果(Lancet Psychiatry 2020; 7: 883–92 )です。

・16歳以上のThe UK Household Longitudinal Studyのエントリー者が対象(第6回から第9回調査まででN=53351、第8回ないし9回調査参加者N=42330)となりました。第8回ないし第9回調査に参加した人を対象にロックダウン開始1か月後の2020年4月23日から30日にウェブ調査が実施され42330人中17452名(41.25%)から回答が得られました。

・12-item General Health Questionnaire (GHQ-12)により過去2週間の精神的苦痛が評価されました。12項目中4項目以上で2点ないし3点であった場合(各項目3点満点)、心理的苦痛が閾値以上とされました。

・その結果、心理的苦痛が閾値以上の割合は、2020年4月は27.3%、2018-2019年では18.9%であり増加を認めました。

・また、GHQ-12の平均点の変化を経年変化率などで調整後にサブグループで比較すると、18-24才(2.69点)、25-34才(1.57点)、女性(0.97点)、就学前の子供のいる人(1.45点)、パンデミック前から雇用されている人(0.63点)、低所得者などで有意な精神的苦痛の増加を認めました。アメリカでの報告結果と同様、若年者や女性で心理的影響が大きく、就学前の子供がいる家庭でロックダウンによる精神的苦痛の増加が大きいことは注意を要する結果と思われます。

・以上が一般人口を対象とした縦断的調査の結果となります。今回の報告では、オランダでの3つの精神疾患患者と健常者を対象としたコホートが調査対象となりました。

・1つ目のコホートは、the Netherlands Study of Depression and Anxiety(NESDA:18-65才のうつ病と不安障害患者 N=2329とその血縁兄弟N=367、健常者N=652、エントリー2年目、4年目、6年目、9年目のQIDSなどのデータあり)であり、最終調査は2016年でした。

・2つ目のコホートはNetherlands Study of Depression in Older Persons (NESDO:60-93才のうつ病患者378名と健常者N=132。エントリー2年目、6年目のQIDSなどのデータあり)で、最終調査は2016年でした。

・3つ目のコホートはNetherlands Obsessive Compulsive Disorder Association Study (NOCDA:18-65歳の強迫性障害の診断歴のある419名。エントリー2年目、4年目、6年目のBAIなどのデータあり)で、最終調査は2016年でした。

・これら3つのコホート研究から参加者を募り、ロックダウン開始2-8週後にオンライン調査が実施され。現在も治療中かどうか、COVID-19の精神的健康への影響はどうか(9項目)、COVID-19への恐れはどうか(6項目)、前向きなコーピングはどうか(5項目)、さらに過去の調査で使用されたQIDS(うつ症状)、BAI(不安症状)、PSWQ(憂慮症状)、DJGLS(孤独感)などの精神症状の評価尺度も実施され、これら4つの尺度について、ロックダウン前後で比較されました。

・また、参加者はこれまでに診断された精神疾患の数(併存症の数:大うつ病、気分変調症、全般不安症、パニック症、社交不安症、広場恐怖の6つのうちいくつ併存するか)により分類されました。議論の余地はありますが、この併存症の数が重症度の指標とされました。また過去に行われた複数回の調査で非寛解であった頻度から疾患の慢性度が算出され、慢性度に応じて層別化され結果が解析されました。

・その結果、精神疾患併存数が多ければ多いほど、また疾患の慢性度が高いほど、COVID-19による精神的健康への影響が大きく、COVID-19への恐れが大きく、前向きなコーピングに乏しいことが明らかになりました。

・一方で、パンデミック前と比較した精神症状の変化については、意外なことに併存する精神疾患の数が少ないほど、変化が大きく(孤独感、憂慮、不安については重重症度の高い上位3群では有意差なし)、COVID-10流行前の精神疾患の併存数が最も多い群(5ないし6個の併存疾患あり)では、逆にうつ症状、憂慮症状は2016年までの結果と比較して有意に軽減している傾向がみられました。健常者や併存疾患の少ない患者程うつ症状や不安症状、孤独感などの悪化が大きい結果となりました。

・論文のdiscussionでは、併存疾患の多い群についてCOVID-19流行後に流行前の数値と比較してむしろうつ症状や憂慮症状が改善していたことについては、移動制限などにより自分の生活スタイルに周囲が同調することで安心感を得たり、ステイホームが彼らが固定化された生活スタイルを送ることの支援となり安全感を得ることにつながったのかもしれないと考察されていますが、このような解釈については慎重になる必要があると思われます。むしろ、これも著者らが記載していることですが、併存疾患の多い群が、自然経過によりうつ症状や憂慮症状が改善し、一見COVID-19流行後に精神症状が改善したように見えてしまっている、と解釈した方が合理的な気がします。

・実際に論文のappendixにも記載がありますが、過去の調査において、併存疾患の多い群については、調査回数を重ねる毎に精神症状の平均値については、経時的に改善がみられています。COVID-19流行前の最終調査が2016年であったことを考えても、最低でも4年間のタイムラグがありますので、重症群全体でみた場合に平均値が改善する方向に動いていると考えるのが自然であり、この経時的な変化も統計的に調整し、結果を解析できれば良かったのかもしれません(先の健常者を対象としたLancet Psychiatry 2020; 7: 883–92の論文では、スコアの経時的変化について調整し解析が行われています)。少なくとも言えることは、重症群ではおしなべるとパンデミック前の状態を上回って精神症状が悪化するという仮説は支持されなかったことになります。

・日本国内ではどうかという点についても興味があるところです。例えばデイケアが閉鎖されたり、訪問看護サービスなどが縮小するなどしたことにより、どのような心理的影響があったのかについて、今後検討された論文がでると興味深いと思います

引用文献
文献1:Pan KY et al. Lancet Psychiatry. 2020 Dec 8:S2215-0366(20)30491-0. doi: 10.1016/S2215-0366(20)30491-0.