▽まだ国内ではおそらくあまり広まっていない用語かと思われますが、self-disorderもしくはbasic self-disturbanceという概念があり、これの日本語をどうするかでちょっと悩みました。self-disorderについては2021年にLancet psychiatryで特集されていました(Lancet Psychiatry 2021; 8: 1001–12)。結局基底自己障害としました(近日発行予定の臨床精神薬理の総説にちょっと入る予定です)

▽その総説では全くself-disorderのことについては詳細は触れていないので、ここでちょっとまとめておきます。

▽欠点はEASE得点などをとるには随分とトレーニングとか必要みたいで、まだそう簡単にできるものではないもののようだということです。

▽概念としてはそんなに新しいものでもなく、Huberの基底症状概念に由来するものでもあり、以前から言われているものとなります。以下総説では文字数の関係でボツにしたself-disorderに関する部分を抜粋します。

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▽初発精神病において、治療的介入の観点から統合失調症らしさの手がかりとなる症状を同定することは重要である。近年、そのような手がかりとして基底自己障害(basic self-disturbancesもしくはself-disorder)が注目されている(Lancet Psychiatry 2021; 8: 1001–12)。

▽基底自己障害はSchneiderの一級症状に含まれる被影響体験や考想伝播、考想奪取などの自我障害(ego disturbance)とは異なる概念であり、自己の感覚や自己と世界との関係性の微細な変化などの主観的体験の異常を表すものである。例えば、自己の存在感の希薄化による自己の一貫性や連続性の欠如、自己と環境の境界があいまいになる感覚や自己の内的体験の疎外感、思考や行動の主体性の低下などに伴う、身体感覚の異常(自分の身体が自分のものでないように感じる)、思考の流れの異常(思考が断片的に感じられる)などが含まれる。なお操作的診断基準における一級症状は主に体験内容に焦点を当てており、Schneiderが一級症状の本質として重視した、自己経験の質的変化としての自他境界の曖昧さという視点が見落とされている。従って初発精神病患者の見立てに際しては、患者の主観的体験の質的な変化に着目することが重要である(Lancet Psychiatry 2021; 8: 1001–12)、

▽基底自己障害の評価尺度としてHuberの基底症状概念を基に開発されたBSABS(Bonn Scale for the Assessment of Basic Symptoms)(Gross G, Huber G, Klosterkötter J, Linz M: Bonner Skala für die Beurteilung von Basis symptomen. Berlin, Springer, 1987, p 1995.)や、ParnasらによるEASE(Examination of Anomalous Self-Experience)(Psychopathology 2005;38:236–258)などが知られている。

▽Henriksenらは診断カテゴリー毎のEASE得点の加重平均を報告した(Lancet Psychiatry 2021;8: 1001–12)。EASE得点については57項目のEASEの各項目を0点ないし1点の二値に変換し、診断カテゴリー毎に平均何項目自己の障害を有するかによって比較された。24報の結果が統合され、統合失調症(n=214)では平均20.7項目、統合失調症型障害(n=87)では平均19.7項目、双極性障害(n=21)では平均6.3項目、その他の精神病性障害 (n=21)では平均11項目、自閉スペクトラム症 (n=22)では平均7.4項目、健常対照群 (n=95)では平均0.8項目となり、統計的な検定はなされていないが、統合失調症圏において特異的にEASE得点が高いことを示唆する結果となった。

▽Nordgaardらは初回入院した統合失調スペクトラム症患者48名を対象に、ベースラインと5年後のEASE得点、機能的尺度(global assessment of functioning)、陽性症状、陰性症状などを評価した(Eur Arch Psychiatry Clin Neurosci (2018) 268:713–718)。その結果、ベースラインのEASE得点が5年後の機能的尺度の改善度と有意に相関した一方で、ベースラインと5年後のEASE総得点は有意差がなかった。小規模試験のため再現性の確認を要するが、この結果は、基底自己障害が統合失調スペクトラム症の機能的予後の予測因子となりうる可能性を示唆する一方で、基底自己障害が時間的安定性の高い統合失調スペクトラム症の特性マーカーとなりうる可能性を示唆するものである。

▽Parnasらは初回精神科入院患者151名を前向きに5年間追跡し、ベースラインのBSABS得点、PANSS(Positive and Negative Syndrome Scale)などを評価し、その後の統合失調スペクトラム症への診断変更の予測因子を検討した(World Psychiatry 2011;10:200-204)。その結果、ベースラインで非統合失調スペクトラム症と診断され、追跡可能であった38名のうち、14名が5年以内に統合失調スペクトラム症に診断変更された。診断変更群と診断非変更群でベースラインの特性を比較したところ、統合失調スペクトラム症への診断変更の最も大きな予測因子はベースラインのBSABS得点であった(オッズ比=12.00:95%信頼区間 (CI) 2.15-67.07)。ついで困惑気分が抽出され(オッズ比=6,11; 95%CI 1.34-27.96)、ベースラインのPANSS得点は統合失調スペクトラム症への診断変更の有意な予測因子ではなかった(陽性症状尺度オッズ比=1.13.95%CI 0.30-4.26、陰性症状尺度オッズ比=0.90、95%CI 0.23-3.59)。この結果は、基底自己障害が後の統合失調スペクトラム症への診断変更のリスク因子となりうる可能性を示唆するものである。

▽なお、Huberの基底症状と中安の初期統合失調症症状については共通点が多く(針間 博彦、西田 淳志:統合失調症ないし精神病性障害の前駆期/超ハイリスクの症候学:臨床精神薬理 13:23-36,2010)、初期統合失調症概念の統合失調症の中核症状としての重要性を示唆するものである

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▽まだまだ研究はこれからというところですが、病態生理との関連でも議論されており、なかなか興味深いところです