院長ブログ

  • 久しぶりにみた

    p53というと、学生の頃に細胞内の情報伝達の授業か何かで、癌抑制遺伝子として習って、なんとなくそんな働きをしているんだなあくらいの記憶しか残っておらず、精神科臨床に出てからはまず目にする機会はほぼなかったのですが、久しぶりに目にする機会がありました。

    ・2021年1月21日のCell誌に公表された論文(文献1)にて、家族性ALS/FTLDの最も高頻度な遺伝子変異であるC9orf72遺伝子変異ALSにおいてこのp53が神経変性に重要な役割を果たしていそうだということが報告されました

    C9orf72遺伝子変異ALSでは、C9orf72遺伝子の第1イントロンにおいて6塩基繰り返し配列の過剰伸長がみられ、過剰伸長遺伝子から開始コドン非依存性のリピート関連翻訳により生成する異常RNAと異常反復配列を有するジペプチド反復蛋白質が細胞障害性を有すると考えられています。

    ・生成するジペプチド反復蛋白質は5種類(poly-グリシン-プロリン(GP)、poly-グリシンーアラニン(GA)、poly-グリシン-アルギニン(GR)、poly-プロリンーアルギニン(PR)、poly-プロリンーアラニン(PA))が知られています。

    ・このうち特に、グリシンーアルギニン(GR)およびプロリンーアルギニン(PR)の反復配列を有するジペプチド反復蛋白質が毒性が強いとする報告(文献2)があり、この報告では、ゲノムワイドスクリーニングにより、ジペプチド反復蛋白質が影響を与える遺伝子が探索されました。その結果、核細胞質間輸送に関連する遺伝子が多く抽出され、特に影響の大きなものはtransportin-1と呼ばれる、多くのRNA結合蛋白質の細胞質から核への輸送を担う蛋白質の遺伝子でした。transportin-1の機能がジペプチド反復蛋白質に障害された結果、RNA結合蛋白質の細胞質への蓄積が観察されました。

    ・さらに別の報告(文献3)ではpoly-GRとpoly-PR蛋白質は核小体に局在化し、核小体の主要な構成要素であるヌクレオホスミンを移動させ、結果的に核小体ストレスの増大と細胞死につながったことが報告されており、核小体機能を障害することも報告されています。

    ・また文献4では、poly-GRやpoly-PRが、RNAのスプライシングを行うスプライソソームに影響を与えることが報告されました。特にスプライソソームに関連したU2 snRNPとよばれる蛋白質の異常をもたらすことがわかりました。スプライソソームは本来核内で生成されるべきですが、これらジペプチド反復蛋白質の影響により、U2 snRNPが細胞質内に異常局在化し凝集することが報告されました。

    ・文献5では、Mayoクリニックの研究者らが、蛍光標識したpoly-PRジペプチド反復蛋白質(50回繰り返し)を発現するモデルマウスを開発し、病態への関与を調べました。その結果、ヘテロクロマチンに局在化したpoly-PRジペプチド反復蛋白質がDNAに結合し、HP1α(ヘテロクロマチン蛋白質1α)の液液相転移を阻害し、発現低下をもたらし、ヒストンメチル化異常などをもたらすことがわかりました。核内構造物にも異常をもたらしていることになります。

    ・文献6では、poly-GRジペプチド反復蛋白質(80回繰り返し)が徐々に蓄積する、poly-GR毒性を誘発しうるモデルマウスが作成されました。その結果、poly-GRは主としてミトコンドリア酵素複合体Vの構成要素であるATP5A1に結合し、そのユビキチン化と分解を促進することがわかりました。

    ・このように、いろんなところでいろんな悪さをしていそうなpoly-GR、poly-PRですが、今回はスタンフォード大学の研究者らが、神経細胞が変性していく過程において、クロマチンへのアクセス状況の特性と転写プログラムを調べるプラットフォームを開発し(どんなものなのか、詳細はわからないです)、その技術を用いてpoly-PRがどんな悪さをしているかを調べました。

    ・その結果、なんとpoly-PRは転写因子p53を介した転写プログラムを活性化していることがわかったとのことです。しかもC9orf72遺伝子変異モデルマウスにおいてp53を遺伝子的に除去すると、神経細胞変性が阻害され、生存期間の顕著な延長がみられたとのことです。

    ・ヒトに応用するとなると、このp53は癌抑制遺伝子なので、これを抑制してしまうと、いろんな不都合が生じてしまいそうですが、思いがけないところでp53が出てきて、懐かしく感じました。c9orf72遺伝子変異ALSについては、2011年に発見され、まだ10年しかたっていないので、新しい技術を用いて研究される度に新しい発見が報告される状況です。まだまだいろいろな興味深い報告が続くものと思われます。

    ・ちなみに、まだ発見から10年しかたっていませんが、この分野の創薬をリードするBiogen社は、既にC9orf72遺伝子由来の異常蛋白質の生成を阻害するためのアンチセンスオリゴヌクレオチド製剤(BIIB078)を開発し、第1相試験を開始しています。この結果も注目されるところです

    文献1:Cell. 2021 Jan 15:S0092-8674(20)31747-5. doi: 10.1016/j.cell.2020.12.025. Online ahead of print.
    文献2:Nat Neurosci. 2015 Sep;18(9):1226-9. doi: 10.1038/nn.4085.
    文献3:Human Molecular Genetics, Volume 24, Issue 9, 1 May 2015, Pages 2426–2441,
    文献4:Cell Rep. 2017 Jun 13;19(11):2244-2256. doi: 10.1016/j.celrep.2017.05.056.
    文献5:Science. 2019 Feb 15;363(6428):eaav2606. doi: 10.1126/science.aav2606.
    文献6:Nat Neurosci. 2019 Jun;22(6):851-862. doi: 10.1038/s41593-019-0397-0. Epub 2019 May 13.

  • 統合失調症の攻撃性への薬物療法 2021年01月28日

    ・統合失調症に行為障害の既往がある場合とない場合とで、その攻撃性に対してクロザピン、オランザピン、ハロペリドールのどれが最も有効かについての介入試験の結果が文献1にて報告されました。

    ・この研究の背景として、CATIE試験の解析結果(Br J Psychiatry 2008; 193:37–43)では、行為障害の既往がない場合には、投薬により暴力的行動の有意な減少がみられたものの、行為障害の既往があると、暴力的行動は抗精神病薬により有意な改善がみられなかったと報告されており、行為障害の既往があると抗精神病薬が有効ではない可能性を示唆する結果が報告されたことがあります。

    ・CATIE試験ではクロザピンは選択されていませんし、果たして行為障害が合併すると抗精神病薬の攻撃性改善効果がどうなるかの検証が今回の介入試験のポイントになります。またこの介入試験の特徴として、暴力的行動の尺度として、Modified Overt Aggression Scale (MOAS) が用いられており、身体的、対物的、自傷的、言語的暴力行為を程度と頻度で得点化していることもあげられます。

    ・以下文献1の概略となります

    背景

    ・クロザピンは攻撃的行動や暴力的行動に対して最も有効な抗精神病薬である。このことはFrogleyらのシステマティックレビュー(Int J Neuropsychopharmacol 2012; 15:1351–1371)でも報告されている、

    ・Citromeらの介入試験(Psychiatr Serv 2001; 52:1510–1514)でもこのことは支持される結果となった。この介入試験では、統合失調症(86%)ないし統合失調感情障害(DSM-IV)で入院中の患者(18-60才でPANSS totalで60点以上。平均罹病期間19.5年)が対象となり、14週間で行われた。被検者は最初1週間で前治療薬と試験薬をcross-titrationで置換。オランザピン、リスペリドン、ハロペリドールは1週間で各々20mg、8mg、20mgをターゲット用量とされ、クロザピンについては24日間で500mgを目指した。最終用量はクロザピン526.6mg、オランザピン30.4mg、リスペリドン11.6mg、ハロペリドール 25.7mgであった。主要評価項目はPANSSであり、クロザピン N=40、オランザピン N=39、リスペリドン N=41、ハロペリドール N=37に無作為割付された。結果は14週間でのPANSS敵意尺度の変化の効果量はクロザピン 0.25(改善)、オランザピン 0.06(改善)、リスペリドン 0.05(悪化)、ハロペリドール 0.30(悪化)(この介入試験ではリスペリドンは平均11.6mgで敵意尺度については有意な改善がみられていないが、例えばBr J Psychiatry. 1995;166:712–26においては、慢性期統合失調症患者への介入試験でリスペリドン4mg以上でハロペリドール10mgと比較して有意な敵意改善効果が報告されている)となった。ベースラインと比較した場合、クロザピンのみ有意に敵意が改善。クロザピンはハロペリドールないしリスペリドンより有意に敵意を改善した。リスペリドンないしオランザピンとハロペリドールとの間には有意差はなかった。クロザピンの有効性については、PANSSの鎮静や幻覚妄想などの尺度を共変量として調整後も保持され、鎮静とは無関係に敵意に対して有効であることを示唆する結果となった

    ・しかしこのCitromeらの介入試験では、もともと攻撃性を有する患者が選択されたわけではなく、またPANSS尺度の敵意における改善度で評価されたものである点が問題となる。

    ・クロザピン以外の第2世代抗精神病薬の攻撃性に対する有効性についてのエビデンスは豊富ではないが、敵意について、第1世代と第2世代とを比較したメタ解析(Neuropsychopharmacology 2018; 43:2340–2349)では、小さいながらも有意な第2世代抗精神病薬の第1世代に対する優位性が報告されている。ただしこの優位性については高用量投与時(CP換算500mg以上)に限られていた

    ・クロザピン以外の薬剤についての攻撃性に対する有効性については、CATIE試験の解析でも報告されており、介入開始後6か月間での攻撃的行動が評価され、ペルフェナジン、オランザピン、リスペリドン、ジプラシドン、クエチアピンにおいて、薬剤間の有意な差はみられなかったと報告されている

    ・これらの報告はPANSSの敵意尺度などを使用しており、攻撃性を評価するための尺度を用いていない問題点がある

    ・成人統合失調症患者における暴力の重要なリスク因子として、15才未満における行為障害の既往があげられている(Schizophr Bull 2017; 43:1021–1026)。統合失調症ないし統合失調感情障害患者について2年間以上の観察における攻撃的行動は、行為障害があると、ない場合に比較して2.6倍になったことが報告されている(Schizophr Res 2005; 78:323–335)

    ・CATIE試験の解析結果では、使用された薬剤では、行為障害の既往がない場合には、投薬により暴力的行動の有意な減少がみられたが、行為障害の既往があると、暴力的行動は抗精神病薬により有意な改善がみられなかったと報告されており、行為障害の既往があると抗精神病薬が有効ではない可能性を示唆している。しかしクロザピンは投与されていない。

    ・クロザピンは統合失調症患者の自殺関連行動の改善においても、オランザピンよりも優れていることが報告されており(Arch Gen Psychiatry 2003; 60:82–91)、この効果は精神病症状の改善とは無関係であった

    ・またクロザピンは児童思春期の行為障害患者の攻撃性に対して有効であることが報告されている(Clin Psychopharmacol Neurosci 2019; 17:43–53)

    ・今回、統合失調症圏患者に対して、行為障害の既往の有無でクロザピン、オランザピン、ハロペリドールの効果を検証した。


    対象と方法

    ・18-60才の統合失調症ないし統合失調感情障害患者(DSM-IV)で明らかな身体的暴力行為を行ったもの。かつ暴力行為4週間以内に言語的、対物的、身体的な攻撃的行動が明らかなもの

    ・15才までの小児期の行為障害やアルコール依存などの行動上の問題についてはDSM-IV II軸障害に対する構造化面接を用いた

    ・最初2週間のスクリーニング期間で前治療薬はCP換算750mgまで減量

    ・身体的暴力行為から介入開始までの中央値は20日間

    ・スクリーニング後にクロザピン、オランザピン、ハロペリドールに無作為割付

    ・介入期間:12週間

    ・主要評価項目はModified Overt Aggression Scale (MOAS) で評価した攻撃的行動の総得点。MOAS総得点は、身体的、対物的、自傷的、言語的暴力行為を重症度で得点化し、12週間の各暴力行為の得点の合算で評価(そのためベースラインからの変化という比較検討ができない。薬剤間の12週間での攻撃的行動の総得点の比較となる)

    結果

    ・行為障害の既往あり N=53、行為障害の既往なし N=46

    ・ハロペリドール群 行為障害既往あり 最終用量 19.4mg N=13 行為障害既往なし 24.47mg N=19

    ・クロザピン群 行為障害既往あり 552.5mg N=21 行為障害既往なし 525.9mg N=12

    ・オランザピン群 行為障害既往あり 23.42mg N=19 行為障害既往なし 25mg N=15

    ・暴力行為で逮捕歴がある患者の割合は、行為障害の既往の有無で有意差はなし(行為障害合併群 26.4%、行為障害非合併群 28.3%)

    ・12週間完遂率は行為障害合併群 64.2%、非合併群 73.9% 有意差なし

    ・12週間のMOAS総得点は、行為障害非合併群では、ハロペリドール群 平均28.7点、オランザピン群 平均 24.9点、クロザピン群15点でクロザピン群とハロペリドール群、オランザピン群とで有意差あり。行為障害合併群では、ハロペリドール群 71.6点、オランザピン群 40.7点、クロザピン群 26.6点で、クロザピン群はハロペリドール群、オランザピン群より有意に、オランザピン群はハロペリドール群より有意に良好であった

    ・行為障害を合併していると、身体的暴力行為は、非合併群と比較して3倍も起こりやすかった

    ・行為障害の既往の有無に関わらず、クロザピンは統合失調症患者の攻撃性の改善に有用であることを示唆する結果が得られた。オランザピンについても行為障害を合併するとハロペリドールより有意に攻撃的行動が少ない結果となった

    ・PANSS総得点の12週間での変化量は群間の有意差なし(クロザピン群 -2.4点、オランザピン群 -5.3点、ハロペリドール群 -2.6点)。行為障害の合併の有無でも変化量は有意差なし

    ・行為障害合併群ではMOAS総得点にみる攻撃性得点がクロザピン群ではハロペリドール群の37%少ないなど顕著な差がみられた(行為障害非合併群では52%)

    結論

    ・小規模試験の結果だが、統合失調症圏の患者の暴力行為に対するクロザピンの有効性は、行為障害の合併の有無に関わらず期待できるかもしれない。

    引用文献
    文献1:Krakowski M et al. Am J Psychiatry. 2021 Jan 21;appiajp202020010052. doi: 10.1176/appi.ajp.2020.20010052.

  • 双極性障害うつ病相における抗うつ薬 2021年01月20日

    ・双極性障害うつ病エピソード急性期および維持療法期における抗うつ薬の有効性(気分安定薬併用下)に関する新たな介入試験の報告がありました(文献1)

    ・これまで双極性障害のうつ病エピソード急性期においてはFDAにおいて承認されている薬剤として、クエチアピン、クエチアピンER、オランザピン/フルオキセチン合剤、ルラシドン、ルラシドン+気分安定薬、カリプラジンがあり、日本で承認されている薬剤としては、オランザピン、クエチアピンER、ルラシドンがあります。

    ・まずは双極性障害うつ病エピソードに対する新規抗うつ薬単剤療法のエビデンスについてですが、比較的規模の大きなEMBOLDEN II試験の結果が重要と思われます(文献2)。双極性障害うつ病エピソード急性期患者を対象に、クエチアピン300mg、クエチアピン600mg、パロキセチン20mg、プラセボの4群が8週間比較されました。

    ・その結果、クエチアピン群は、MADRSで評価したうつ病尺度において、プラセボ群よりも有意にうつ症状を改善しました。一方でパロキセチン群はMADRSではプラセボとの有意差は見られませんでした(不安尺度であるHAM-Aでは対プラセボで有意差あり)。パロキセチンについてはII型患者に限って解析を行ってもプラセボと比較して有意なうつ症状の改善効果は認めませんでした。

    ・クエチアピン群においては薬理作用から期待されるように不眠の改善効果が目立っていたことの他に、希死念慮についてもプラセボと比較して有意に改善していたこと(パロキセチンは有意差なし)が注目点であり、また躁転率(2週続けてYMRSが16点以上で定義)についてはクエチアピン300mg群2.1%、600mg4.1%であり、パロキセチン群10.7%、プラセボ群8.9%と比較して、クエチアピン両群は有意に低い結果となりました。

    ・以上より、双極性障害うつ病エピソード急性期に対してパロキセチン単剤はプラセボと比較して有意な抗うつ作用を示すことはできませんでした(抗不安作用は有意差がでており、この結果がCINP2017ガイドラインにおいて不安症状を伴ううつ病エピソードで第2段階でパロキセチン使用の記載がある理由かもしれません)。

    ・その他、双極II型障害のうつ病相については、Amsterdamグループがフルオキセチンやベンラファキシンの有効性、安全性を報告しており(Br J Psychiatry 208: 359-365, 2016、 Am J Psychiatry 167: 792-800, 2010)、ネットワークメタ解析の結果( J Affect Disord. 2020 May 15;269:154-184)に大いに影響を与えていますが、単一グループからの報告のみですし、日本うつ病学会のガイドラインにあるように、エビデンスとしても確立したものとは言えない状況です。

    ・続いて、今回の報告にあたる、気分安定薬+抗うつ薬のこれまでのエビデンスですが、文献3のメタ解析が重要と思われます。この報告では、双極性うつ病に対する新規抗うつ薬+気分安定薬(ないしオランザピン(1RCT)、リスペリドン+気分安定薬(1 RCT))のプラセボに対する有効性が解析されました。

    ・その結果、うつ症状について報告された5つの介入試験の抗うつ薬併用の対プラセボに対する標準化平均差(SMD)は、全体では0.165で有意差あり、オランザピン+フルオキセチンの試験を除外してもSMD=0.134とわずかながら有意差を示しました。臨床的に有効と言えるレベルではないにせよ一応有意差がでましたが、反応率でみた場合には、抗うつ薬群48%対プラセボ群 43%と有意差は認めませんでした(STEP-BD試験を除外すると有意差あり)。

    ・また躁転リスクについては、急性期治療後においては、抗うつ薬群6%、プラセボ群6%で有意差なし。しかし、52週間の延長期間後においては、抗うつ薬群17%、プラセボ群10%で有意差あり(OR=1.774.NNH=19)との結果でした。以上より、抗うつ薬併用はHAM-Dなどの得点でみれば、一応有意差はでるものの、反応率、寛解率では有意差はなく、個別にみれば有効なケースの存在を否定するものではないものの、臨床的に有意な効果とは言いがたい可能性もあり、さらに52週間の長期投与では、躁転リスクが有意に上昇するため、投与するとしてもなるべく短期間にすべきということがいえるかと思います。日本うつ病学会のガイドラインでは、抗うつ薬の使用は推奨されていません。

    ・最後にガイドラインで推奨されている方法です。日本うつ病学会のガイドラインについては、文献5を参照してください。CANMAT2018(文献4)ですが、双極性うつ病について、第1選択薬としては、クエチアピン(レベル1)、リチウム(レベル2)、ラモトリギン(レベル2)、ルラシドン(レベル2)を推奨しており、いずれも単剤で第1選択となりうるとしています。またルラシドン、ラモトリギンについては併用療法でも第1選択となりうるとしています。推奨順序は、クエチアピン、ルラシドン+Li/VPA、リチウム、ラモトリギン、ルラシドン、ラモトリギン+Li/VPAとなっており、リチウムの推奨血中濃度は0.8-1.2mEq/l、ラモトリギンは最低200mg、クエチアピンも300mg以上の使用をすることとされています。

    ・オランザピンが入っていない点を除いて日本うつ病学会のガイドラインに近い内容になっていますが、うつ病相に対するエビデンスの乏しいリチウムとラモトリギンが入っている理由としては以下のように記載されています

    ・リチウムを第1選択とする推奨理由については、「現在までの唯一のリチウムの双極性うつ病に対する大規模介入試験では、リチウムは有効性を示せなかったが、平均血中濃度が0.61 mEq/lであり、推奨される0.8mEq/lより低かったことも一因ではないか。いくつかのクロスオーバー試験ではプラセボに対する優位性が示されており、レベル2の推奨度とした」とのことです。

    ・またラモトリギンを第1選択とする理由については、「ラモトリギン単剤療法は4つの介入試験でプラセボに対する優位性が示されなかったが、メタ解析では有効性が示されている。さらにはリチウムへの併用療法で、リチウム単剤より有効性が示されており、クエチアピンとの併用でも有効な傾向が示されている。そのためレベル2の推奨度で第1選択とした」とされています。ラモトリギンについては、リチウム併用でリチウム単剤よりも有意に良好な治療効果を示したとの結果(J Clin Psychiatry, 2009 Feb;70(2):223-31.)やクエチアピンとの併用でクエチアピン単剤よりも有意に良好な治療効果を示したとの結果の報告(Lancet Psychiatry. 2016 Jan;3(1):31-39)があり、CANMATガイドラインでの記載の根拠となっています。

    ・今回は、双極性うつ病について、気分安定薬併用下でのシタロプラムの有効性を評価した介入試験の報告(文献1)となります。果たしてこれまでの報告との整合性はどうか(特に文献2)という点が注目点となります

    双極性うつ病とシタロプラム

    背景

    ・双極性うつ病の治療は困難である。抗うつ薬は双極性障害において最もよく使用される薬剤である。しかし最も最近のメタ解析(lancet psychiatry 2016;3(12):1138-1146)において双極性うつ病における抗うつ薬の有効性は否定的な結果となっている。さらに維持療法期のメタ解析においても予防効果は確認されていない

    ・急性双極性うつ病エピソードに対する有効性とは別に、躁転リスクも多く議論されており、三環系抗うつ薬の方が、新しいセロトニン再取り込み阻害薬よりも起こりやすいと言われている。特にラピッドサイクリングでは抗うつ薬使用がよりエピソードの増加など病状悪化につながるとのエビデンスがある

    ・今回、プラセボ対照で双極性うつ病急性期におけるシタロプラムの有効性と、維持療法期間(1年間)でのうつ病エピソードの予防効果を検証した。

    対象と方法

    ・18-64歳の双極I型ないしII型障害患者

    ・現在8週間以上うつ病エピソードにある(DSM-IV)

    ・エントリー前4週間以上標準的な気分安定薬(リチウム(N=61)、divalproex(N=17)、カルバマゼピン(N=21)ないしラモトリギン(N=20))を内服中

    ・気分安定薬についてはそのまま継続。その他の向精神薬についても継続は許可された。ベンゾジアゼピン以外の変薬は不許可とされた

    ・プラセボ対照無作為割付試験(急性期6週間+維持療法期1年間)。6週時点での反応群のみが維持療法期間に入るなどという手法は用いず、その後1年間エントリー時点での割付のまま継続

    ・主要評価項目は6週時点でのMADRS得点

    ・副次評価項目は反応率(MADRS50%以上改善率)、寛解率(MADRS7点以下)

    ・維持療法期間での再発はDSM-IVによる躁病ないし軽躁病エピソードで定義。MRS-SADS得点で閾値下の躁症状についても評価。

    ・シタロプラム+気分安定薬群 N=60
    ・プラセボ+気分安定薬群 N=59

    結果

    ・6週後のMADRSのベースラインからの変化量はシタロプラム群平均-14.3点、プラセボ群-12.2点。ベースラインの重症度を混合効果回帰モデルで調整すると、シタロプラム群とプラセボ群のMADRS得点の変化量の差は1.7点(有意差なし)。MADRSの経時変化について、時間×治療群の交互作用も有意でなかった

    ・反応率はシタロプラム群 48.3%、プラセボ群 45.8% 有意差なし

    ・6週後の継続率はシタロプラム群 72%、プラセボ群  68%

    ・12か月間の維持療法期間について、MADRSの変化について、反復測定による線形混合効果モデルで解析の結果、シタロプラムの12か月間の有効性はプラセボと有意差なし

    ・維持療法期間に入ってから(急性期を除く)12か月後の反応率はシタロプラム群31.8%(14/44)、プラセボ群41.5%(17/41)で有意差なし

    ・I型とII型とで層別化し解析した結果、6週間での反応率はII型ではシタロプラム群 53.8%(14/26)、プラセボ群 50%(9/18)、I型ではシタロプラム群 44.1%(15/34)、プラセボ群 43.9%(18/41)。

    ・6週間での寛解率はII型ではシタロプラム群 26.9%(7/26)、プラセボ群 27.8%(5/18)、I型ではシタロプラム群 35.3%(12/34)、プラセボ群 26.8%(11/41)

    ・急性期ないし維持療法期間中の躁病ないし軽躁病エピソード(DSM-IV)については全体で9エピソードであり、シタロプラム群3/60、プラセボ群 6/59で、シタロプラム群で必ずしも多いわけではなかった。しかしMRS-SADS得点で評価した躁症状得点については、全体としてはシタロプラム群とプラセボ群とで有意差はなかったが、ラピッドサイクリング群においては、特に維持療法期間においてベースラインから平均1.9点の得点上昇を認め、プラセボ群の0.1点の変化と有意差を認めた。非ラピッドサイクリング群では両群ともにベースラインからの得点は有意な減少(改善)を認めた

    結論

    ・双極性うつ病の急性期ないし維持療法期において、気分安定薬にシタロプラムを増強しても全体としてプラセボに対して臨床的に有意な利益はなかった。I型とII型とでシタロプラムの利益が異なることもなかった

    ・ラピッドサイクリング群においては、シタロプラム投与が閾値下の躁症状の出現につながる可能性があり要注意。この結果はこれまでの報告とも整合性がある。診断可能なレベルの躁病ないし軽躁病エピソードの出現率はシタロプラム群とプラセボ群とで有意差はなかった。

    ・併用薬剤が両群で異なっており(シタロプラム群ではカルバマゼピンとラモトリギンの処方比率がプラセボ群よりも大きく、プラセボ群ではリチウムの比率が大きい)、第2種の過誤が生じているかもしれない、

    *****

    ・気分安定薬の血中濃度との関連性などは過去の報告から気になるところではありますが、これまでのエビデンスと概ね整合性のある結果となりました。

    文献1:Ghaemi SN et al. J Clin Psychiatry. 2021 Jan 12;82(1):19m13136. doi: 10.4088/JCP.19m13136.
    文献2:J Clin Psychiatry. 2010 Feb;71(2):163-74.
    文献3:Lancet Psychiatry. 2016 Dec;3(12):1138-1146. doi: 10.1016/S2215-0366(16)30264-4.
    文献4:Bipolar Disord. 2018 Mar;20(2):97-170. doi: 10.1111/bdi.12609.
    文献5:日本うつ病学会治療ガイドラインⅠ.双極性障害 2020 https://www.secretariat.ne.jp/jsmd/iinkai/katsudou/data/guideline_sokyoku2020.pdf

  • ベースラインの重症度と治療反応性 2021年01月14日

    ・神経症圏の疾患について、ベースラインでの重症度と抗うつ薬への治療反応性を個別患者データによりメタ解析した論文(文献1)をとりあげてみます。

    ・大うつ病についてはPANDA study(文献2)のイントロに書いてあったように、patient level dataを用いた解析により、ここ最近の流れとしてはうつ病の重症度によらず抗うつ薬は有効であるとの報告が続いています。

    ・京大の古川先生ら(文献3)は、脱落データの取り扱いについてLOCFではなく混合効果モデルを用いて解析することで、抗うつ薬の治療反応性についてはベースラインの重症度と治療群との交互作用が有意ではないとの結論を報告されています。

    ・またHieronymusiら(文献4)は、17項目のHAM-Dからうつ病の症状に非特異的な項目を除外し、HAM-D6( 1. 抑うつ気分、2. 罪責感、7. 仕事と活動、8.精神運動制止、10. 不安の精神症状、13. 全身の身体症状の合計得点)を用いることにより、SSRIの治療反応性について、ベースラインの重症度と治療群との交互作用が有意ではなく、ベースラインの重症度によらず、軽症群でも治療効果が得られることを報告しています。

    ・ただし軽症群に対する抗うつ薬の効果が臨床的に有意といえる程度の効果かどうかということと、HAM-Dがそもそも軽症うつ病に対する評価尺度として妥当かどうかという問題もあります。

    ・今回はpatient level dataを用いた神経症圏の疾患についての報告となります。

    背景

    ・大うつ病については、抗うつ薬はベースラインの重症度が高いほど有効性が高いとする報告が複数ある。そのため、多くのガイドラインでは軽症うつ病に対して抗うつ薬の使用を推奨していない。しかし最近の報告では大うつ病の重症度と治療反応性には関連性がないとするものもあり、結論がでていない

    ・抗うつ薬は神経症圏の疾患に対して使用されるが、重症度と有効性の関連性はよくわかっておらず、試験毎でみた場合のメタ解析では、重症度が増すほど有効性が増すとの仮説は支持されていない。しかしそのようは手法による結論はpatient levelでの解析とは異なり誤った結論になる場合がある。そこでpatient level dataで解析を行った

    方法と対象

    ・SSRIないしSNRIを用いたプラセボ対照試験でClinical Study Data Requestより患者レベルデータを抽出されたものに加えてグラクソ社とリリー社より試験情報を提供

    ・主要評価項目として全般不安症ではHAM-A、社交不安症ではLSAS(Liebowitz Social Anxiety Scale)、OCDはY-BOCS、PTSDではCAPS(Clinician-Administered PTSD Scale)、パニック症では2週間でのパニック発作数を用いた

    ・全般不安症については8 RCTs(デュロキセチン 4 RCTsとパロキセチン 4 RCTs、抗うつ薬N=2088、プラセボ N=1342)、社交不安症は4 RCTs(パロキセチンのみ、抗うつ薬N=681、プラセボN=514)、強迫症は4 RCTs(フルオキセチン1 RCT,パロキセチン3 RCTs.抗うつ薬N=782、プラセボN=350)、PTSDは3 RCTs(パロキセチン 3RCTs、抗うつ薬N=612、プラセボ N=459)、パニック症は 10 RCTs(フルオキセチン 4 RCTs、パロキセチン 6 RCTs、抗うつ薬N=1160、プラセボN=991)

    結果

    ・ベースラインの重症度と治療反応性について、線形混合効果モデルで解析の結果、治療反応性に関して重症度×治療群の交互作用が有意であったのは全般不安症のみであり、社交不安症、強迫症、PTSDについては、ベースラインの重症度によらず、対プラセボの実薬の効果量は有意な変化なしとの結果になった。

    ・全般不安症では、HAM-Aベースライン10点の場合、8週後のプラセボとの差は1.4点、ベースライン30点の場合、8週後のプラセボとの差は4.0点との結果であった

    ・社交不安症については12週後の抗うつ薬群とプラセボ群とのSMD(Standardized mean difference) 0.59、強迫症では12週後のSMD 0.39、PTSDでは12週後のSMD 0.41との結果であった

    ・パニック症については実薬の対プラセボの発作頻度の減少率については発作頻度のlog尺度をとると、ベースラインの重症度による有意差はなかった。発作頻度の絶対値でみると、ベースラインの重症度が増すと有意に頻度が減少するとの結果になった

    コメント

    ・交互作用の有無のみで、軽症群に対する抗うつ薬の効果の有無について結論付けることはできないとは思います。重症度で層別化してサブグループで解析をしたたらどうなのかは気になります。少なくとも全般不安症の軽症群ではより精神療法を重視すべきということはいえるかもしれません。

    引用文献
    文献1:de Vries YA et al. Depress Anxiety. 2018 Jun;35(6):515-522. doi: 10.1002/da.22737. Epub 2018 Apr 16.
    文献2:Lancet Psychiatry. 2019 Nov;6(11):903-914
    文献3:Furukawa TA et al. Acta Psychiatr Scand. 2018 Jun;137(6):450-458. doi: 10.1111/acps.12886.
    文献4:Hieronymus F. et al. Lancet Psychiatry. 2019 Sep;6(9):745-752.

  • COVID-19と精神疾患 2021年01月07日

    ・新型コロナウイルス感染症が精神疾患患者にどのような心理的影響を与えるかについてのオランダでの縦断的研究の報告がlancet psychiatryに掲載されました(文献1)

    ・この報告はオランダの3つの精神疾患を対象としたコホート研究の参加者からデータを抽出し、ロックダウン開始後2-8週後にwebにて参加者の一部を対象に調査を実施しコロナパンデミック前のデータ(ただし一番最近でも4年くらい前のもの)と比較したものです。

    ・パンデミック前後でメンタルヘルスを比較したコホートは数少ない(精神疾患では初?)ため、貴重な報告にはなりますが、額面通りには受け取れないところもありますので、そのあたりも含めてまとめてみます。

    ・まずはこれまでに報告された、一般人口を対象としたパンデミック前後での精神的健康度についての比較研究がアメリカとイギリスで1報ずつありますので、簡単にまとめておきます。

    ・まずは2020年6月にJAMAで報告されたアメリカ成人を対象にした縦断的調査結果(JAMA 2020; 324: 93–94)についてです。

    ・この報告ではNORC's AmeriSpeak Panel(確率的に抽出された成人アメリカ人の代表サンプル)から対象者を抽出し、2018年には64.2%の回答率で25417名のデータが解析対象となり、2020年4月は70.4%の回答率で1468名のデータが解析対象となりました。

    ・心理的苦痛の評価尺度としてはKessler 6 Psychological Distress Scale(最近30日間の心理的苦痛を評価する自己記入式尺度。6項目で各項目4点満点。絶望感や無価値感などを頻度で評価。24点満点で13点以上が深刻な心理的苦痛とされた)で評価されました。

    ・また孤独感についても評価され、“どの程度頻繁に孤独感を感じますか?”との質問で5段階(いつも、しばししば、ときどき、まれに、決して)で評価されました。

    ・その結果、2018年の調査では3.9%が深刻な心理的苦痛を有するとされましたが、2020年4月では13.6%に上昇していました。COVID-19による心理的影響は、特に女性、若年者、同居者ありのサブグループでより深刻な傾向がみられました。

    ・孤独感については、孤独感が”いつも”ないし”しばしば”の割合は2018年に11%、2020年4月には13.8%でわずかに増加していました。

    ・18-29歳においては、深刻な心理的苦痛に分類される人の割合が2018年では3.7%でしたが、2020年4月には24%まで増加し、一方で55歳以上の年齢層では、2018年では約4%で2020年4月は7.7%と若年層ほどの心理的苦痛の増加はみられませんでした。新型コロナウイルスの心理的影響は若い人や女性ほど大きく、若年者では4人に1人が深刻なレベルの心理的苦痛を感じていた点に注意が必要と思われます

    ・続いてlancet psychiatryに報告されたイギリスでの一般人口を対象とした縦断的研究の結果(Lancet Psychiatry 2020; 7: 883–92 )です。

    ・16歳以上のThe UK Household Longitudinal Studyのエントリー者が対象(第6回から第9回調査まででN=53351、第8回ないし9回調査参加者N=42330)となりました。第8回ないし第9回調査に参加した人を対象にロックダウン開始1か月後の2020年4月23日から30日にウェブ調査が実施され42330人中17452名(41.25%)から回答が得られました。

    ・12-item General Health Questionnaire (GHQ-12)により過去2週間の精神的苦痛が評価されました。12項目中4項目以上で2点ないし3点であった場合(各項目3点満点)、心理的苦痛が閾値以上とされました。

    ・その結果、心理的苦痛が閾値以上の割合は、2020年4月は27.3%、2018-2019年では18.9%であり増加を認めました。

    ・また、GHQ-12の平均点の変化を経年変化率などで調整後にサブグループで比較すると、18-24才(2.69点)、25-34才(1.57点)、女性(0.97点)、就学前の子供のいる人(1.45点)、パンデミック前から雇用されている人(0.63点)、低所得者などで有意な精神的苦痛の増加を認めました。アメリカでの報告結果と同様、若年者や女性で心理的影響が大きく、就学前の子供がいる家庭でロックダウンによる精神的苦痛の増加が大きいことは注意を要する結果と思われます。

    ・以上が一般人口を対象とした縦断的調査の結果となります。今回の報告では、オランダでの3つの精神疾患患者と健常者を対象としたコホートが調査対象となりました。

    ・1つ目のコホートは、the Netherlands Study of Depression and Anxiety(NESDA:18-65才のうつ病と不安障害患者 N=2329とその血縁兄弟N=367、健常者N=652、エントリー2年目、4年目、6年目、9年目のQIDSなどのデータあり)であり、最終調査は2016年でした。

    ・2つ目のコホートはNetherlands Study of Depression in Older Persons (NESDO:60-93才のうつ病患者378名と健常者N=132。エントリー2年目、6年目のQIDSなどのデータあり)で、最終調査は2016年でした。

    ・3つ目のコホートはNetherlands Obsessive Compulsive Disorder Association Study (NOCDA:18-65歳の強迫性障害の診断歴のある419名。エントリー2年目、4年目、6年目のBAIなどのデータあり)で、最終調査は2016年でした。

    ・これら3つのコホート研究から参加者を募り、ロックダウン開始2-8週後にオンライン調査が実施され。現在も治療中かどうか、COVID-19の精神的健康への影響はどうか(9項目)、COVID-19への恐れはどうか(6項目)、前向きなコーピングはどうか(5項目)、さらに過去の調査で使用されたQIDS(うつ症状)、BAI(不安症状)、PSWQ(憂慮症状)、DJGLS(孤独感)などの精神症状の評価尺度も実施され、これら4つの尺度について、ロックダウン前後で比較されました。

    ・また、参加者はこれまでに診断された精神疾患の数(併存症の数:大うつ病、気分変調症、全般不安症、パニック症、社交不安症、広場恐怖の6つのうちいくつ併存するか)により分類されました。議論の余地はありますが、この併存症の数が重症度の指標とされました。また過去に行われた複数回の調査で非寛解であった頻度から疾患の慢性度が算出され、慢性度に応じて層別化され結果が解析されました。

    ・その結果、精神疾患併存数が多ければ多いほど、また疾患の慢性度が高いほど、COVID-19による精神的健康への影響が大きく、COVID-19への恐れが大きく、前向きなコーピングに乏しいことが明らかになりました。

    ・一方で、パンデミック前と比較した精神症状の変化については、意外なことに併存する精神疾患の数が少ないほど、変化が大きく(孤独感、憂慮、不安については重重症度の高い上位3群では有意差なし)、COVID-10流行前の精神疾患の併存数が最も多い群(5ないし6個の併存疾患あり)では、逆にうつ症状、憂慮症状は2016年までの結果と比較して有意に軽減している傾向がみられました。健常者や併存疾患の少ない患者程うつ症状や不安症状、孤独感などの悪化が大きい結果となりました。

    ・論文のdiscussionでは、併存疾患の多い群についてCOVID-19流行後に流行前の数値と比較してむしろうつ症状や憂慮症状が改善していたことについては、移動制限などにより自分の生活スタイルに周囲が同調することで安心感を得たり、ステイホームが彼らが固定化された生活スタイルを送ることの支援となり安全感を得ることにつながったのかもしれないと考察されていますが、このような解釈については慎重になる必要があると思われます。むしろ、これも著者らが記載していることですが、併存疾患の多い群が、自然経過によりうつ症状や憂慮症状が改善し、一見COVID-19流行後に精神症状が改善したように見えてしまっている、と解釈した方が合理的な気がします。

    ・実際に論文のappendixにも記載がありますが、過去の調査において、併存疾患の多い群については、調査回数を重ねる毎に精神症状の平均値については、経時的に改善がみられています。COVID-19流行前の最終調査が2016年であったことを考えても、最低でも4年間のタイムラグがありますので、重症群全体でみた場合に平均値が改善する方向に動いていると考えるのが自然であり、この経時的な変化も統計的に調整し、結果を解析できれば良かったのかもしれません(先の健常者を対象としたLancet Psychiatry 2020; 7: 883–92の論文では、スコアの経時的変化について調整し解析が行われています)。少なくとも言えることは、重症群ではおしなべるとパンデミック前の状態を上回って精神症状が悪化するという仮説は支持されなかったことになります。

    ・日本国内ではどうかという点についても興味があるところです。例えばデイケアが閉鎖されたり、訪問看護サービスなどが縮小するなどしたことにより、どのような心理的影響があったのかについて、今後検討された論文がでると興味深いと思います

    引用文献
    文献1:Pan KY et al. Lancet Psychiatry. 2020 Dec 8:S2215-0366(20)30491-0. doi: 10.1016/S2215-0366(20)30491-0.

     

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