院長ブログ

  • PMDDとウリプリスタル酢酸エステル 2021年03月28日

    ・2018年の勉強会でPMDD(月経前不快気分障害)について触れる機会があったのですが、その際に抗うつ薬とホルモン製剤とで、有効性はどのように違うのかという疑問が残りました。当時少し調べたのですが、試験毎に使用されている評価尺度の違いなどにより、結論にたどり着くことができませんでした

    ・唯一みつけることのできた論文(Obstet Gynecol. 2005 Sep;106(3):492-501)によると、ドロスピレノン 3mgとエチニルエストラジオールの合剤(ヤーズ配合錠)のPMSに対するプラセボ対照試験において、24日間 active pill、4日間inactive pill(24/4)のサイクルで投与したところ、3サイクル後のDRSP(Daily Rating of Severity of Problems )総得点の変化量は実薬群平均 -37.49点、プラセボ群平均 -29.99点で差は平均-7.5点(有意差あり)となりました

    ・一方セルトラリンの症状発現後(黄体期投与ではなく、症状発現後に投与)の投与試験(JAMA Psychiatry. 2015;72(10):1037-1044)では5サイクル後でのDRSP総得点の平均変化量はセルトラリン群 -29.7点、プラセボ群-22.4点で差が平均-7.3点(有意差あり)という数字が出ているので、この試験でのセルトラリンの投与方法は一般的ではないものの、だいたい全体的な効果としては同じくらいなのかな、程度の感覚でした。

    ・今回、選択的プロゲステロン受容体調節剤であるウリプリスタル酢酸エステルのPMDDに対する介入試験の結果が報告されました(文献1)。主要評価項目がDRSPなので、なんとなくの比較はできそうです。

    ・プロゲステロンとPMDDの関係性はよくわかっていないようですが、基礎実験では、中枢神経ではプロゲステロンは、扁桃体に最も高い濃度で存在することがわかっており、プロゲステロン受容体は、情動処理に重要な部位である扁桃体、海馬、視床下部、視床、前頭皮質などに存在することが報告されているようです。

    ・今回試験で用いられたウリプリスタル酢酸エステルは選択的プロゲステロン受容体調節剤であり、FDAでは子宮筋腫治療薬として承認されているようです。プロゲステロン受容体を介した転写活性を制御し、中枢神経ではプロゲステロンの拮抗作用を発揮すると考えられています。

    ・対象となったのは、18-46歳の女性で月経周期正常なPMDD患者であり、現在治療中の精神疾患を有する人や最近3か月間以内に向精神薬による治療歴がある人は除外されました。

    ・卵胞期と黄体期の間で、DRSP( Daily Record of Severity of Problems )得点の増加率を100×(黄体期スコアの平均値-卵胞期スコアの平均値)/(卵胞期スコアの平均値)として定義し、11の症状のうち少なくとも5つで50%以上増加していることが必要とされました。PMDDの診断には平均黄体期スコア3.0点以上かつ、平均卵胞期スコア2.0点未満が用いられました。

    ・スウェーデンの複数の大学病院産婦人科で2017年1月から2019年10月まで実施され、主要評価項目はDRSPでスマートフォンのアプリを用いて連日記録されました。プラセボ対照無作為割付二重盲検比較試験で、期間は28日間×3サイクルでした。

    ・ウリプリスタル酢酸エステル(UPA)5mg群(n=48)とプラセボ群(n=47)とで比較され、症状評価は試験期間中の最終2サイクルにおける月経前5日間のDRSPの平均得点で行われました。無月経となった患者については月経周期が規則的と仮定した場合の各サイクルの最終5日間の平均得点で行われました。

    ・結果ですが、脱落はUPA群 8名(うち7名が副作用による脱落。主に頭痛、倦怠感、嘔気、1名はうつ症状の悪化で脱落)、プラセボ群 9名でした。

    ・UPA群において、57.5%(23名)は月経周期が35日以上に延長、27.5%(11名)が無月経、15%(6名)が正常周期でした。

    ・UPA群とプラセボ群とのDRSP得点の比較において、群×時間の交互作用は有意であり、最終月経前5日間のDRSP得点の平均値のベースラインからの変化量の平均値は、UPA群で-30.4点、プラセボ群 -16.6点で、群間差は-13.8点でUPA群はプラセボ群より有意にDRSP得点が改善する結果となりました。

    ・DRSP得点の下位尺度において、UPA群とプラセボ群の有意差がみられた項目は、抑うつ気分、イライラ感や怒り、他者への葛藤や問題、気力減退であり、身体症状(頭痛、筋肉痛、食欲亢進など)についてはプラセボと有意差がみらませんでした。

    ・そのほか社会的機能、家族機能についてもUPA群はプラセボ群より有意に良好でした。

    ・最終月経周期における完全寛解率はUPA群50%(20名)、プラセボ群21.1%(8名)で有意差ありでした。

    ・結論として、UPAはPMDDの身体症状には効果が期待できないものの、精神症状の緩和には有効そうです。ただし多くのUPA投与群で月経周期が乱れたためunblinding biasが混入した可能性がある点については注意が必要となります。

    ・対象となった患者群や試験デザインが異なるため、単純な比較はできませんが、ヤーズ配合錠やセルトラリンの過去の試験結果よりもDRSP得点の改善度は数値的に良好であり、なかなかの良い結果といえそうです。今後の大規模試験での検証が期待されます。

    引用文献
    文献1 Comasco E. et al. Am J Psychiatry. 2021 Mar 1;178(3):256-265

     

  • β遮断薬とうつ 2021年03月21日

    ・β遮断薬といえば、心不全や虚血性心疾患、頻脈性不整脈などで使用される薬剤であり、副作用として抑うつなどの精神神経系副作用がありうることがこれまで言われてきました。ところが今回、そうでもないらしいというメタ解析結果が報告されました(文献1)。

    ・β遮断薬は精神科領域では抗精神病薬誘発性のアカシジアに対して使用されることもある薬剤として頭にうかびます。

    ・抗精神病薬誘発性アカシジアに対する治療薬については、2018年のシステマティックレビュー(Can J Psychiatry. 2018 Nov;63(11):719-729.)において、β遮断薬は抗精神病薬の切り替え、抗コリン薬、セロトニン2Aアンタゴニスト、クロナゼパムなどと共にレベルI-(Meta-analyses, systematic reviews, or RCTs with a high risk of bias)に位置付けられており(ビタミンB6はレベルI+:Well conducted meta-analyses, systematic reviews, or RCTs with a low risk of bias)、エビデンスのレベルは高いとはいえないものの、推奨されうる治療法の1つになっています。

    ・β遮断薬の添付文書には副作用として抑うつなど精神症状に関する記載があります。どの程度の頻度かについては、例えばインデラルの添付文書では0.1~5%未満となっています。

    ・今回β遮断薬の抑うつの副作用について、メタ解析とシステマティックレビューが行われました(文献1)。解析対象となった介入試験の69%(N=197)が心筋梗塞や狭心症、心不全に伴う高血圧症に対する介入試験でした。全試験数はN=285(n=53533)で、24種類のβ遮断薬が含まれました。対象となったプラセボ対照試験の試験期間は15日~24か月間で平均約28週間でした。

    ・主要評価項目は抑うつの頻度および抑うつによる脱落で、副次評価項目はその他の精神神経系副作用の出現率と精神神経系副作用による脱落とされました。

    ・結果ですが、Β遮断薬投与群26832人中1600名(5.96%)で抑うつが報告され、精神神経系副作用で最多でした。抑うつによる脱落は13225名中47名でした。プラセボ対照試験(N=31)を用いてメタ解析を行ったところ、β遮断薬による抑うつリスクは対プラセボのオッズ比 1.02で有意差はありませんでした。抑うつによる脱落についても対プラセボのオッズ比 0.97で有意差はありませんでした。

    ・その他の精神神経系副作用としては、焦燥性興奮 15/6618(0.24%)、不安 228/11308(2.02%)、食欲減退 279/9420(2.96%)、異常な夢 1038/19624(5.29%)、幻覚 130/11380(1.14%)、不眠 1225/21810(5.62%)、性欲減退 108/10356(1.04%)、記憶障害 116/7349(1.58%)、睡眠障害 411/11304(3.64%)、傾眠 395/16072(2.46%)などとなりました。その他倦怠感は 4065/29322(13.9%)でした。これら精神神経系副作用でプラセボとの有意差がでたものは、異常な夢(OR 1.15)のみで、倦怠感(OR 1.35)もプラセボとの有意差がみられました。

    ・平均28週程度のΒ遮断薬使用と抑うつの関連性は有意ではなさそうという結果となりました

    ・添付文書に記載された抑うつなどの精神神経系副作用のうち、対プラセボで有意差がみられるものは異常な夢のみであり、その他の精神神経系副作用については、抑うつも含め投与された患者群の基礎疾患に起因するものである可能性が高いことになります。

    文献1:Thomas G. Riemer et al. Hypertension. 2021;77:00-00. DOI: 10.1161/HYPERTENSIONAHA.120.16590.

  • オレキシン受容体拮抗薬 2021年03月14日

    ・オレキシン受容体拮抗薬には既に発売中のスボレキサントとレンボレキサントの他に、ダリドレキサントとかアルモレキサントとかセルトレキサントなど、いろいろと開発中の薬剤があるようなので、特性の違いを調べておこうと思ったら、興味深い介入試験(文献1)があったので、まとめておきます。

    ・この介入試験の結果に注目した理由は、以前の勉強会で取り上げた文献2の結果が頭にあったこともあります。睡眠薬投与により希死念慮が改善するかどうかを検証したものです。

    ・この文献2では、SSRI投与中の大うつ病患者で、かつ睡眠潜時が30分以上ないし中途覚醒時間が30分以上などの睡眠障害を有し、なおかつScale for Suicide Ideationで3点以上の希死念慮を有する患者が対象となりました。

    ・主要評価項目はScale for Suicide Ideationなどで評価した希死念慮であり、ゾルピデムCR 12.5mg群(n=51)とプラセボ群(n=52)とに無作為割付され、試験期間は8週間でした

    ・結果ですが、主要評価項目の8週後のScale for Suicide Ideationでは有意差はありませんでした。両群ともにScale for Suicide Ideationはベースラインと比較して有意に改善し、8週後にはゾルピデム-CR群の61%、プラセボ群の57%がScale for Suicide Ideationで0点を達成しました。

    ・Insomnia Severity Indexで評価した不眠尺度はゾルピデムCRにより有意に改善し、その改善度はより不眠が重度の群で大きい結果でした。

    ・副次評価項目のC-SSRSで評価した希死念慮においてはゾルピデムCR群は8週後にプラセボ群より有意に良好でした。またC-SSRSの改善度は、ベースラインの不眠が重度なほど大きい傾向(有意差なし)がありました。しかしのC-SSRSの改善度は効果としては全体としては軽度(効果量 -0.26)であり(ベースラインの不眠が重度の群での効果量は-0.41)、多重比較の補正(Bonferroni correction)を行うと有意差はなくなりました

    ・HAM-Dで評価されたうつ尺度については、両群間有意差はありませんでした

    ・以上より、ベースラインの不眠が重度の群においては、ゾルピデムCRは希死念慮の改善にもやや有用である可能性はあるものの、うつ症状尺度、希死念慮尺度いずれもプラセボと比較して、統計的に有意に改善しうることは示されませんでした。

    ・今回は選択的オレキシン2受容体拮抗薬のセルトレキサントの大うつ病に対する第1b相試験の結果(文献1)です。

    ・この試験は、HAM-D17で平均点19点のmoderateなうつ病患者を対象に、ジフェンヒドラミンおよびプラセボ対照で行われた小規模の介入試験です。文献1の概略は以下となります

    大うつ病に対する選択的オレキシン2受容体拮抗薬セルトレキサントの効果

    背景

    ・大うつ病(非定型の特徴を伴うものを除く)においては入眠困難や睡眠維持困難、早朝覚醒などの過覚醒症状が特徴であり(専門医試験的に押さえておくべきことは、うつ病の睡眠の特徴として、(1)睡眠潜時の延長・中途覚醒の増加・早朝覚醒などの睡眠障害(2)徐波睡眠の減少(3)レム潜時の短縮(4)相対的レム活動の増加などでしょうか)、このような症状は睡眠中における扁桃体などの辺縁系の活動を抑制する能力の低下を反映すると言われている。

    ・過覚醒状態は、視床下部-下垂体-副腎皮質系(HPA-axis)の過活動と関連し、慢性的な中枢神経系の活性化と、大うつ病サブタイプにおける持続的な交感神経系の活性化などを反映すると考えられている。

    ・うつ病患者と健常者ととHPA活性の差異は夜間に最大になる。概日リズムにおける低活動期に覚醒を抑制できないと、神経生物学的な異常につながり、それがうつ症状の原因となると考えられている。

    ・オレキシン受容体は脳全体に分布しており、ストレスやパニックに対する生理的反応に関与する特定の脳部位に選択的に発現している。外側視床下部のオレキシン神経は、覚醒状態の維持に関与しており、睡眠中は活動せず、覚醒状態では高い活動性を示す。

    ・オレキシンは、ストレス下においてオレキシン1受容体とオレキシン2受容体の両方を活性化し、HPA-axisの活性化を引き起こすが、これはオレキシン2受容体拮抗薬によって選択的に阻害され、血圧と心拍数の上昇はオレキシン1受容体拮抗薬によって阻害されることが基礎実験で示されている。

    ・げっ歯類では、オレキシン受容体拮抗薬は、予測不可能な慢性ストレスによる行動上の影響を改善し、HPA-axis機能を正常化し、オレキシンによる副腎皮質刺激ホルモンの上昇を抑制した。

    ・以上のように前臨床試験では、オレキシン受容体拮抗薬のうつ病への有効性が期待される結果が報告されているが、現在のところ、臨床的な証拠はほとんどない。

    ・オレキシン受容体のデュアルアンタゴニストであるフィロレキサントは大うつ病を対象とした第2相試験でプラセボに対する優位性を示すことができなかった

    ・大うつ病の睡眠構造では、深睡眠の減少が報告されている。前臨床試験では、 オレキシン1受容体拮抗薬とオレキシン2受容体拮抗薬を組み合わせて投与すると、レム睡眠潜時が大幅に短縮し、レム睡眠の持続時間が延長することが示されている(Front Neurosci. 2014 Feb 14;8:28. )。これらの結果は、オレキシン2受容体遮断下でオレキシン1受容体遮断薬を追加投与すると、ノンレム睡眠を犠牲にしてレム睡眠にバランスをシフトさせることにより、レム睡眠の調節障害を引き起こす可能性を示唆するものである。この結果は、デュアルアンタゴニストが大うつ病に伴う睡眠障害には逆効果である可能性を示唆している。

    ・そのためオレキシン1受容体阻害作用のないオレキシン2受容体に選択的な拮抗薬は大うつ病に対して有用である可能性がある。

    ・セルトレキサントはヒトオレキシン2受容体遮断の選択性がオレキシン1受容体への選択性と比較して約2桁高く、動物実験ではノンレム潜時、ノンレム時間を延長させることが確認されている(J Pharmacol Exp Ther 354:471–482,2015)

    ・今回、大うつ病患者に対するセルトレキサントの有効性をジフェンヒドラミンおよびプラセボ対照にて検証した

    対象と方法

    ・18-64才のBMI 18-30までの大うつ病患者(DSM-IV)。精神病症状を伴わない。Inventory of Depressive Symptomatology(IDS-C30)で30点以上

    ・主要評価項目であるうつ症状はHAM-D17、およびHAM-D6(中核症状:抑うつ気分、罪責感、仕事と活動、精神運動制止、不安の精神症状、全身の身体症状の6項目)、Quick Inventory of Depressive Symptoms (QIDSSR16)で評価

    ・睡眠ポリグラフ検査を1日目、5日目、10日目で施行

    ・投薬期間は妊娠可能女性は10日間(催奇形性が不明のため)、その他28日間

    ・セルトレキサント 20mg n=22
    ・プラセボ n=12
    ・ジフェンヒドラミン 25mg n=13

    結果

    ・エントリー時点で抗うつ薬を投与されていたのは21%(10名)のみ。うち9名がSSRI、1名がデュロキセチン

    ・10日間投与後のHAM-D17より睡眠尺度を除外した得点の変化量は、セルトレキサント群 -4.5点、プラセボ群 -2.3点、ジフェンヒドラミン群 -2.3点で有意差あり

    ・10日間投与後のHAM-D6についての変化量は セルトレキサント群 -3.8点、プラセボ群 -1.5点、ジフェンヒドラミン群 -1.8点で有意差あり

    ・自己評価式尺度( IDS-C30 )では群間有意差なし

    ・ポリグラフで測定した11日目の総睡眠時間、入眠潜時、中途覚醒時間は群間有意差なし

    ・希死念慮についての尺度の詳細は記載されておらず

    ・安全性は概ね良好であったが、試験終了後のフォローアップ期間でジフェンヒドラミン群の1名で自殺既遂あり

    結論

    ・小規模試験にて何らかの結論はだせないが、セルトレキサントは短期的にうつ病の中核症状に有効な可能性がある

    ・ベースラインのHAM-D17の平均点は19点であり、重症度が高くない群に対する結果となる。今後さらにより重症度の高い群での検証が必要

    コメント

    ・結論はでませんが、もしかしたらオレキシン2受容体の選択的遮断はうつ病の症状改善に寄与しうるかもしれません。現在大規模な複数の第3相試験(NCT04533529、 NCT04532749)が行われており、来年6月頃には結果の大勢が判明すると思われますので、結果を待ちたいと思います

    引用文献

    文献1:Kasper Recourt et al. Transl Psychiatry. 2019 Sep 3;9(1):216.
    文献2:William V McCall et al. Am J Psychiatry. 2019 Nov 1;176(11):957-9

  • Xanomeline+trospium 2021年03月07日

    ・専攻医勉強会で統合失調症の病態仮説について説明する際、文献4などをベースにしたスライドを提示しているのですが、統合失調症に対する創薬戦略の1つとして、これまでにムスカリンM4受容体アゴニストが開発され、ヒトに対する介入試験が行われたものの、副作用の問題から実用化しなかったということも触れていました。この度、この副作用の問題を回避するため末梢性ムスカリン受容体アンタゴニストを併用した試験が公表(文献1)されたのでみてみます。

    ・ムスカリン受容体は代謝調節型受容体であり、5つのサブタイプが存在します。主としてM1受容体は中枢神経、交感神経などに、M2受容体は心臓に、M3受容体は平滑筋や分泌腺に、M4受容体は中枢神経(前脳、線条体)に、M5受容体は黒質などに分布しているようです。

    ・統合失調症に関しては、動物実験の段階で、M4およびM5受容体が統合失調症の病態に関与する可能性が示されており、M4受容体をノックアウトしたマウスでは、ドパミン刺激に対する過剰反応性がみられ、M4受容体がドパミン放出と関連している可能性が示されていました(文献3)。中脳被蓋野のコリン神経系は中脳被蓋野ドパミン系と相互作用をし、精神病症状との関連を示唆する報告がされています(Neuropsychopharmacology 1995; 12:3–16)。

    ・xanomelineはM1とM4に主として作用するアゴニストであり、動物実験においてドパミン誘発性の行動異常に対して拮抗的な作用を発揮し、腹側被蓋野におけるドパミン神経系の発火を減少させることが示されています(文献3)。錐体外路症状を惹起せずに精神病症状への治療的効果をもたらすことが期待されます。

    ・もともとxanomelineはアルツハイマー型認知症治療薬として開発されていた薬剤であり、文献2などで報告された通り、比較的規模の大きなプラセボ対照無作為割付比較試験も行われたようです。

    ・アルツハイマー型認知症を対象とした介入試験では、xanomeline 75mg、150mg、225mgの3つの用量とプラセボの4群比較が行われ、6か月間で有効性、安全性などが検証されました

    ・M1受容体はシナプス後膜に存在し、皮質と海馬において最も豊富に発現する受容体であり、アルツハイマー型認知症の主要な治療ターゲットとなります。アルツハイマー型認知症の病態が進行すると前頭葉からのコリン作動性入力は減少するものの、M1受容体の発現量は比較的保持されるといわれています。そのためコリンエステラーゼ阻害薬は、コリン作動性神経のシナプス変性の程度によりその作用が影響を受けるのに対して、M1アゴニストはそのような神経変性の影響を受けにくく、より治療的効果が良好であることが期待されていました

    ・M4受容体は皮質、線条体、海馬、黒質などで発現していることが報告されており、動物実験ではM4受容体のアロステリック調節剤が内因性カンナビノイドシグナル経路を介してドパミン放出を抑制することを示唆する結果が報告されています(Neuron 2016; 91: 1244–1252)。

    ・この介入試験では、平均75歳、MMSE平均得点18.6点のアルツハイマー型認知症患者343名が対象となりました。主要評価項目はADAS-cogであり、副次評価項目として、周辺症状がADSSで評価されました・ベースラインでは40%が暴言、37%が妄想、22%が幻覚、25%が徘徊、52%が情動易変性、55%が焦燥性興奮などの周辺症状を呈していました。

    ・6か月後のADAS-cogについては、1カ月以上治療継続できた群でのend pointデータによる解析では、いずれの用量についてもプラセボとの有意差は示されませんでした。いくつかの認知機能の下位項目については有意に良好な結果が得られたものもあったようです。

    ・一方で周辺症状については、ベースラインより症状が悪化した患者の割合やベースラインで症状がなく、6か月間で症状が出現した患者の割合、ベースラインに症状があり、その後消失した割合などで評価されましたが、幻覚、暴言、強迫行動、妄想、猜疑心などで有意な用量依存性の改善効果が認められました。暴言、猜疑心、焦燥性興奮、幻覚、妄想などの症状については、経過中増悪する割合や新たに出現した割合についても用量依存性に有意な抑制効果がみられました。

    ・しかしながら、安全性については、225mg群では52%が副作用のため中断しており、失神も12.6%で報告され、さらに嘔気・嘔吐、発汗なども全体の約3割で報告されるなど、かなり問題がある結果となりました。

    ・このように周辺症状に対する有効性を示唆する結果は得られましたが、安全性に関する問題により、アルツハイマー型認知症に対してxanomelineが承認されることはありませんでした。

    ・2008年には統合失調症に対するxanomelineの予備的な小規模介入試験が行われました。ベースラインのPANSS totalが61点以上でかつ陽性症状尺度のうち2つ以上で3点以上の統合失調症患者20名を対象に4週間で行われました。xanomelineは開始後4日間で225mgまで漸増されました。

    ・4週間でPANSS total平均のxanomeline群とプラセボ群との差は24.0点となり、有意差を認めました。このように平均点の差は大きなものとなりましたが、xanomeline投与群でも症状が悪化したケースもあり、そのような症例の詳細が本文中には記載されていました。認知機能についても短期記憶や言語的学習などの項目でプラセボより有意に良好な結果となりました

    ・副作用については嘔気が10名中7名、嘔吐が10名中6名などやはりかなり高率で消化器系副作用がみられています。

    ・この後のxanomelineについての統合失調症に対する介入試験の報告は2008年以降今回の介入試験までなされておらず、安全性に関する問題が実用化への阻害要因になっていました。

    ・そこで今回、13年の時を経てxanomelineに末梢性ムスカリン受容体アンタゴニストであるtrospium(FDAでは過活動膀胱治療薬として承認されている)を組み合わせて、末梢性の副作用を起こりにくくして臨床試験をしてみようということで、統合失調症に対するxanomelineの初の比較的規模の大きな介入試験が行われました。注目点は安全性がどうか、治療効果はどのように表れるのか(陰性症状や認知機能など)になります。

    ・18-60歳の統合失調症患者(DSM-V)が対象となりました。エントリー基準としては、ベースラインのPANSS totalが80点以上、かつ陽性症状尺度のうち1つで5点以上ないし少なくとも2つで4点以上である、かつCGI-Sで4点以上であり、発症2カ月以内の精神病症状の急性増悪により入院治療が必要で、かつ少なくとも2週間以上抗精神病薬治療を受けていないものなどとされました。

    ・アメリカの12の施設で、5週間のプラセボ対照無作為割付比較試験として行われました。xanomelineの用量は8日目までにxanomeline 250mg/日+trospium 60mg/日に設定されましたが、耐用性不良の場合にはxanomeline 200mg/日+trospium 40mg/日に減量も可とされました(結果的に実薬群の91%が最高用量で継続)

    ・主要評価項目は5週後のPANSS totalの変化量でした。90名がxanomeline+trospium群、92名がプラセボ群に割付されました


    ・5週後のPANSS totalの変化量はxanomeline+trospium群は-17.4点、プラセボ群 -5.9点でプラセボ群の最小二乗平均差は-11.6点と有意差を認めました。

    ・陽性症状得点についてはプラセボとの差は-3.2点、陰性症状得点(PANSS negative)のプラセボとの差は-2.3点でいずれも有意差ありでした(PANSS Marder negative symptom subscoreでも有意差あり)

    ・中断率は実薬群20%、プラセボ群21%であり、副作用出現率は実薬群54%、プラセボ群43%でした。xanomeline-trospium群での副作用出現頻度として多かったものは、便秘17%、嘔気17%、口渇9%、ディスペプシア 9%、嘔吐9%などとなっており、半数以上で嘔気、嘔吐のみられた2008年の小規模試験より随分少なく、消化器系副作用が緩和されていそうなことがわかります。

    ・アカシジアはxanomeline-trospium群で3例(プラセボ0例)報告されましたが、Barnes Akathisia Rating Scaleの平均点の変化量は5週間で実薬群-0.1点、プラセボ群 0点、Simpson-Angus Scaleの変化量は5週間で実薬群 -0.1点、プラセボ群 -0.1点であり、確かにパーキンソニズムは全体として有意なものはなかったようです。

    ・trospium併用により、これまでみられていた副作用の問題はかなり解消したかのようにみえますが、長期的安全性などはどうなのでしょうか。今後さらに検証が必要と思われます

    引用文献
    文献1:Stephen K. Brannan et al. N Engl J Med 2021; 384:717-726
    文献2:Arch Neurol 1997; 54:465–473
    文献3:Am J Psychiatry 2008; 165:1033–1039
    文献4:Robert A McCutcheon et al. Trends Neurosci. 2019 Mar;42(3):205-220

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