勉強会の記録

  • 産後うつ病に関する話題 2020年04月10日

    はじめに

     

    GABA A受容体のアロステリック調節剤、および産後うつ病の発症メカニズムについて興味深い話題になります。


    日本では未承認ですが、2019年5月にFDAが産後うつ病に対してbrexanoloneを承認しました。brexanoloneはGABA A受容体のアロステリック調節剤になります。

    産後うつ病はDSM-Vでは産後4週までに発症のうつ病エピソードと定義されていますが、実際には産後4週を越えての発症もありうるものです。またその半数がすでに産前からうつ病エピソードを発症しているとされ、この場合、周産期うつ病とよぶのが妥当とされています。


    発症率は10-15%といわれています。


    産後3日以内にみられる悲しさ、惨めさなどの感情はマタニティーブルーと呼ばれ、多くの母親が経験するものです。通常は2週間以内に軽快しますが、産後うつ病になると症状が数週間から数か月間続き、日常生活に支障をきたします。


    平成29年7月に日本産婦人科医会がマニュアルを作成しており、産後うつ病の早期発見、包括的な介入を目指してシステム作りが進んでいます。


    2018年のLancet誌に産後うつ病に対する新規治療薬候補としてbrexanoloneの第3相試験の結果が公表されました1)

    後述しますが、産後うつ病の病態仮説としてGABA系の異常が提唱されています。

    プロゲステロン代謝物であり、GABA A受容体のアロステリック調節作用を有するallopregnanoloneが産後に減少することが報告されており、brexanoloneはAllopregnanoloneの静注可能な可溶体とのことです。


    Lancet論文1)では、2つの第3相試験(study1とstudy2)の結果がまとめて報告されました。study2よりもstudy1の方がより重症度が高い群がエントリーされています。


    第3相試験の概略は以下の通りとなります。

     

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    対象患者

     


    18-45歳の妊娠28週目(第3期)以降産後4週以内に大うつ病を発症(DSM-IV)しスクリーニング時点で産後6ヶ月以内のもの。HAM-Dで20-25点(study 2)ないし26点以上(study 1)


    方法


    プラセボ対照無作為割付比較試験

     


    投薬中と投薬後4日間のみ授乳中止

    患者はBrexanolone 90ug/kg毎時群(N=45(study 1)、N=54(study 2))、60ug/kg毎時群(N=46(study 1))、プラセボ群(N=46(study 1)、N=54(study 2))の3群に無作為割付。

    Brexanolone 90ug/kg毎時群では、最初4時間は30ug/kg毎時で静注、4-24時間は60ug/kg毎時、24-52時間は90ug/kg毎時、52-56時間は60ug/kg毎時、56-60時間は30ug/kg毎時で投与。

    Brexanolone 60ug/kg毎時群は24時間-56時間が60ug/kg毎時

    投薬期間は60時間の持続静注のみ

    主要評価項目はHAM-Dの変化量。評価は投与開始7日目と30日目の2回。

    結果

     


    脱落率はstudy 1では18%、study 2では7%。副作用出現率や脱落率は群間で有意差なし


    投与開始60時間でのHAM-Dの変化量はstudy1(より重症な群)では90ug群では19.5点、60ug群では17.7点、プラセボ群は14.0点で実薬群はいずれもプラセボより有意に改善。

    Study2では60時間後のHAM-Dの変化量は90ug群は14.6点、プラセボでは12.1点で有意差あり(速効性があることがわかります)


    30日後では、study 1では有意差あり。Study 2では有意差なし(より軽症群がエントリーされており、プラセボの改善も大きかった)


    study1とstudy2を併せた結果では投与60時間後、30日後いずれもbrexanolone投与はプラセボより有意にうつ症状を改善するとの結果になりました。

     

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    この結果を受けて、FDAは産後うつ病に対してbrexanoloneを承認しました。

    めでたしめでたしというところですが、どうもすっきりしません。

    そもそもGABA A受容体アロステリック調節剤といえば、そのまんまベンゾジアゼピンではないですか?

    じゃあベンゾと何が違うのか?依存性はないのか(Brexanoloneは単回投与なのでその心配はなさそうですが、2019年9月に経口投与可能な類似薬剤SAGE-217の大うつ病に対する第2相試験の結果が公表されており2)、こちらは依存性、耐性も心配しなければいけなさそうです)そのあたりがとても疑問なところでした。

    その疑問に対する現段階での回答にあたるような論文3)がでていましたので、読んでみました。内容の概略は以下のようになります。

     

    *****

     

    神経ステロイドについて

    神経ステロイドの概念はBaulieuにより1980年代に提唱された、コレステロールやステロール前駆体より中枢神経において合成される内因性ステロイドである


    その後内因性および外因性ステロイドは中枢神経において多様な生理作用を有することがわかり、神経活性ステロイド(NAS : neuroactive steroid)と呼ばれるようになった。


    合成NASにおいては、特定の受容体への親和性を特異的に強めることができる

    GABA A受容体について


    GABA A受容体については、α1-6、β1-3、γ1-3、δ、ρ1-3、π、Θのサブユニットが存在することが知られている。


    GABA A受容体は2つのαサブユニット、2つのβサブユニット、さらにもう1つのγやδなどいずれかのサブユニットから構成されることが多い

    シナプス後膜に存在して、周期的(phasic)な抑制作用を発揮するGABA A受容体はγ2サブユニットを含む。一方で、シナプス外に存在し、持続的な(tonic)抑制をもたらすGABA A受容体はδサブユニットを含むことが多い

    ベンゾジアゼピンはGABA A受容体のベンゾジアゼピン結合部位に結合し、アロステリックにGABA A受容体のGABAに対する感受性を高める

    NASの結合部位はベンゾジアゼピンと異なる

    δサブユニットを含むGABA A受容体の方がNASにより活性化されやすい。NASはδサブユニット含有GABA A受容体、γサブユニット含有GABA A受容体双方に作用する

    一方ベンゾジアゼピンはδではなくγサブユニットを含む周期的抑制に関与するGABA A受容体に作用する

     

    GABA A受容体とNAS


    様々な神経活性ステロイドのGABA A受容体への作用には3種類ある

    第1群はSAGE-217、 Brexanolone、Allopregnanoloneなどのpositive allosteric modulator(PAM)であり、GABA A受容体のGABAへの感受性を高めるよう作用する

    第2群はpregnenolone、DHEASなどのnegative allosteric modulatorであり、GABA A受容体のGABAへの感受性を弱め、さらに第1群のNASの効果と競合し、PAMに対して抑制性に作用する

    第3群はGABA A受容体に対する固有活性がわずかないし無い群である

     

    GABA A受容体とNAS、ベンゾジアゼピン

     

    ベンゾジアゼピンに抗うつ作用がみられず?(コメント:これについては断言はできないところです。理由は後述します)、NASが抗うつ作用を有するのは、NASがδサブユニット含有GABA A受容体にも作用することによることかもしれない


    一方で抗不安作用については、αサブユニットを含むGABA A受容体が関与しているとの報告があり、NASの抗不安作用はαサブユニット含有GABA A受容体を介したものかもしれない。

    ベンゾジアゼピンもαサブユニット含有GABA A受容体に作用するため、ベンゾの抗不安作用もαサブユニット含有GABA A受容体を介したものではないかといわれている

     

    神経ステロイドの抗うつ作用について

     

    内因性の神経ステロイドはアストロサイトや神経細胞などでストレスなどに反応して産生亢進することが知られている。ストレスを受けて数分後には脳内Allopregnanoloneが増加し、その後2時間以上増加した状態が持続することが実験的に報告されている。


    さらに、これらのストレス刺激は、グルタミン酸NMDA受容体刺激をもたらすことがしられており、ストレス暴露中にNMDA受容体遮断を行うと内因性神経ステロイド増加が抑制されることが知られている


    低濃度のNMDA投与は海馬CA1錐体細胞での神経ステロイド産生を促進する。


    以上の結果は、神経ステロイドがストレス反応性に産生されるstress modulatorであることを示唆している


    急性ストレスの場合には、神経ステロイド産生は増加するが、慢性ストレス下においては、 Allopregnanoloneとその前駆体DHPが減少することが知られている。一方でpregnenoloneやprogesteroneは減少しない


    慢性ストレス下の動物モデルにおいて、 Allopregnanolone産生を亢進させると行動異常が正常化することが知られている


    慢性ストレスは、 Allopregnanolone減少をもたらし、うつ症状につながるのかもしれない


    大うつ病患者の髄液中および血中Allopregnanolone減少が報告されている


    いくつかの報告では、うつ病の治療成功後にAllopregnanolone濃度が改善したことを報告している


    さらにうつ病死後脳研究において、前頭前野の錐体細胞において1型5AR(神経ステロイド合成に関与する酵素)の発現が50%減少していたことが報告されている。

    うつ病を合併するPTSD患者においても同様のAllopregnanolone濃度減少を示唆する報告がある。

    男女で酵素活性の欠損に性差が存在するとの報告があり、男性では5AR活性の低下が、女性では3α-hydroxysteroid dehydrogenaseの異常が報告されている

     

    産後うつ病と神経ステロイド

     

    産後うつ病では神経ステロイドの変化を伴うと考えられている。

    多くの女性が妊娠後に一過性の気分変動を経験し、産後に持続的な気分障害と伴う産後うつ病の罹患率は15%との報告がある。その発症時期は妊娠第3期から産後6か月までの報告がある


    妊娠期間においては、 Allopregnanoloneなどの神経ステロイドは劇的に増加し、出産とともに急激に減少する。

    一方で、GABA A受容体δサブユニット発現量についても変化するが、妊娠期間中は発現抑制され、産後神経ステロイドの減少と同時に発現増加するが、発現増加までラグが存在する。

    そのため、このラグが存在する間において神経細胞の過剰興奮状態がもたらされ、高ストレス状態ないしうつ状態がもたらされるのではないかとの仮説が存在する。

    これらは動物モデルでの現象であり、産後神経ステロイド投与で産後の行動異常が是正されたという。

    またδサブユニット発現をノックアウトないしノックダウンしたモデル動物においては、非妊娠期間では正常な行動を示すが、産後においては顕著な行動異常(ストレス様行動や仔殺し)を呈することが報告されている、さらにNAS投与により行動異常の是正が報告されている

     

    依存性リスク

     

    よくわかっていない

     

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    論文の概略は以上となります。ベンゾジアゼピンとの違いがよくわかりました。また産後うつ病の病態仮説についても大変興味深いものです。依存性、耐性についての検証は今後の課題というところでしょうか。


    SAGE-217の今後の動向が気になります。


    ところで、この論文3)中に、ベンゾジアゼピンは抗うつ作用がないとの一文がありましが、これについてはそう言い切ることもできません。またそうでないというエビデンスも不十分です。

    というのは、昔の論文で、あまり知られてはいないかもしれませんが、1995年にこういう論文”Treatment of depressive outpatients with Lorazepam, alprazolam, amytriptyline and placebo”4)がでているのです。

    結果は6週間で実薬群はいずれもプラセボと有意差をもって有効であったというものでした(ベンゾとアミトリプチリン有意差なし)。

    評価項目はHAM-Dなどであったため、それは当然だろうとも思えます。というのもHAM-Dには不眠や不安、焦燥などの項目が入っており、当然ベンゾはそれらを解消してくれることが期待できるはずです。

    しかしながら、HAM-D下位尺度の改善度の図もあり、HAM-D1(抑うつ気分)、HAM-D2(罪責感)、HAM-D3(自殺)、HAM-D7(仕事と活動)などの項目もプラセボと明確な差があるようなのです。

    これをどう解釈すればいいのか。その後の検証もあまりないようなので、なんともいえませんが、少なくとも実用的な結果ではないことは確かです。ベンゾを長期間用いることは、それこそ依存性、耐性、離脱症状などのため薬漬けとなるリスクがあり、全く推奨できません。

    その点においてもSAGE-217が今後どのような評価になるのか、興味深いところです。

     


    1)Meltzer-Brody S et al. Lancet. 2018 Sep 22;392(10152):1058-1070.
    2)Gunduz-Bruce H et al. N Engl J Med. 2019 Sep 5;381(10):903-911
    3)Zorumski CF et al. Neurobiol Stress. 2019 Sep 27;11:100196. doi: 10.1016
    4)G Laakman et al. Psychopharmacology (1995) 120:109-115

  • リード・タイム・バイアスなのか? 2020年04月05日

    なんだか納得のいかない論文がでたのでコメントをしてみます(単に納得がいかないだけで、論文の結果は正しいのかもしれませんが)。

    聞きなれませんが、リード・タイム・バイアスという言葉があります。
    例えば、検診によって癌が早期発見された患者は、有症状のためにある程度病期が進展してから外来を受診した患者に比べ、癌発見が早いことから、見かけ上治療介入開始から一定期間経過後の生存率が増加する可能性のあるバイアスのことです。もし治療介入効果が実は全くなくても、早期発見後3年後と、外来受診後3年後とでは、同じ3年後でも病期が異なるので、見かけ上早期発見3年後の生存率は高くなり、検診後の早期治療介入の意義があるとの誤った解釈につながります。検診による早期発見とその後の治療介入の実益性を正しく評価するために注意すべきバイアスとなります。

    このリード・タイム・バイアスを除去するためには、早期発見時からの介入方法をプラセボと実薬などで無作為割付を行い、二重盲検などで経過をみていく必要があります。もしくは、観察研究であれば、介入開始時点での疾患の病期をできるだけ揃える必要があります。このような研究手段によって、初めてリード・タイム・バイアスを除去できるといえます。

    精神科領域において、このリード・タイム・バイアスを問題とする論文1)が出ました。今回の話題はこの論文を扱います。

    初発精神病に関して、DUP(Duration of untreated psychosis)という言葉があります。これは精神病未治療期間と呼ばれ、精神病発症から治療開始までの期間を指します。DUPには様々な定義があり、精神病発症をどのように定義するのか、治療開始をどの時点とするのかなどで異なります。発症時期を見定める困難さは、後顧的に患者や家族に思い出してもらう形式が多いため、recall biasの影響を受けるなどで正確性に欠ける可能性がある点です。また潜在発症の場合には、発症時期をどの時点と1時点に決め難いこともあげられます。その点で社会的機能の低下なども、発症時期の定義に含める報告もあります。ちなみに今回の論文では、評価者が被検者の初回入院後と6か月後のフォローアップ時点でのインタビューでアセスメントしており、明らかな幻覚、妄想、緊張病症状の発現時期となっています(陽性症状の顕在化時期に着目している)。

    なぜこのDUPが注目を集めているのか。それはもし仮にDUPが統合失調症の予後規定因子であるならば、外部から操作可能な予後規定因子になるからです。統合失調症の予後規定因子として性別、病前社会適応、発症年齢など1)が知られていますが、いずれも操作困難であり、早期発見、早期治療で予後が良くなりうるとすれば、精神医学にとって重要な課題となります。DUP短縮につながりうる試み、あるいはそれ以前に精神病の顕在発症自体を防ごうとする試みとして、精神病が顕在発症するさらに前の段階である、臨床的精神病高リスク状態(Clinical High Risk of psychosis:CHR-P)または精神病の超ハイリスク状態(ultra-high risk of psychosis:UHRP)とよばれる状態を捉え、さらに早い段階から介入しようとする試みも世界中で行われています(これについても最新の総説2)がJAMA Psychiatryで出版されましたので、いずれ記事にしようと思います)。

    DUPについてのエビデンス構築は困難な過程となります。これについては、Jonasらの論文が掲載された号のAmerican Journal of Psychiatryの編集記3)において記載された以下の一文に集約されます。
    ”Because ethically we cannot randomly assign individuals to a long or short DUP, we do not have definitive evidence with which to answer questions about the clinical consequences of early intervention”
    (倫理的にDUPに対する介入試験(DUPの短い群と長い群に無作為割付するような)は不可能である。そのため、早期介入の有効性に関する明確なエビデンスを得ることはできない)
    したがって、我々は、観察研究からの帰結に頼るしかない現状で、全ての交絡因子を除外できない以上、DUPに関しての明確なエビデンスを手にすることはできないということになります。そのため、せめて質の高い大規模な前向き観察研究による検証が期待されます。

    今回の報告は、The Suffolk County Mental Health Projectというニューヨーク州サフォーク郡で行われた、初発精神病で入院し、統合失調症ないし統合失調症スペクトラム障害と診断された患者287名を対象とした長期間(20年間)の前向き観察研究から得られた結果になります。

    この報告では、まず、統合失調症においてDUPが長いとなぜ予後が不良にみえるのか、について以下の3つの仮説が立てられました。
    (1)1つ目の仮説としては精神病症状が有害であり(仮説としてグルタミン酸神経の興奮毒性などにより)、長期間の精神病症状が不可逆な神経学的、心理学的損傷をもたらすとの説。この仮説が正しければ病前の社会的機能は同じレベルであり発症後に低下していくこととなりDUPが長いほど低下の度合いが大きいこととなる
    (2)2つ目の仮説として、DUPの長さは、統合失調症の病型がより重症であることと関連するとの仮説。DUPが長い群は、より陰性症状主体の発症形式であり、病前からの社会的機能が低く、治療抵抗性であるとの仮説。この仮説が正しければ、DUPが長いと、発症前の社会的機能はより低く、さらにその後の疾病経過もより重症な経過をとりうることとなる。
    (3)3つ目の仮説は、DUPは疾患の予後を予測するものではなく、単に疾患の病期を反映するとの仮説。DUPが長い患者は、初回入院時に既に疾患の進行期にあり、それゆえに社会的機能も低いとするもの。DUPの長短による社会的機能の低下の度合いの差は、リード・タイム・バイアスによる見かけ上の差であるとするもの。この仮説が正しければ、疾患の発見が早かろうが、遅かろうが、疾患の経過と予後そのものは変わらないこととなり、長期予後はDUPの長短と関連しないこととなる。

    この観察研究は、以上3つの仮説のうち、どれが正しいのかを検証する目的で行われました。

    アセスメントの実施は初回入院時と初回アセスメント後6か月後、24か月後、48か月後、10年後、20年後にインタビュー形式で行われました。

    主要評価項目は発症前についてはPremorbid Adjustment Scale(PAS)で評価。学校の記録や両親のPAS評価、本人のPAS評価などで評価。小児期から18歳までの心理社会的機能を評価。初回入院後はGAFで機能障害を評価。同一軸で評価するためPASをGAFに一定のルールで変換して評価。
    ここで、うーんGAFかあ、と思いました。最後にコメントします。

    共変量として、患者家族の主たる養育者の職業(1(経営者クラス)から8(無職)までの8段階で評価)、抗精神病薬処方の有無(0か1)を設定。DUPと入院前後での心理社会的機能の変化の関連についてはKendall rank-order correlationsで解析。DUPと心理社会的尺度(GAF)の変化との関連については、DUPが短い群(256日未満)、中間の群(256-629日)、長い群(630日以上)とに層別化し、LOESS関数(離散データを平滑化するための関数)で視覚化し、相関についてはmultilevel spline modelsを用いて解析。結果は性別、職業、人種、抗精神病薬処方の有無で調整。

    結果です。ちょっと衝撃的な結果となります。
    ・DUPは最初の入院時点、6か月時点、24か月時点での心理社会的機能と有意な相関を示した(DUPが長いと心理社会的機能が有意に低かった)
    ・DUPと病前機能の差異との関連は有意ではなかった(病前機能はDUPの長短と有意な関連はみられなかった)
    ・DUPと入院後24か月以上の長期の心理社会的機能予後との関連は有意ではなかった(DUPが長かろうが短かろうが、24か月を超える予後には影響がないようだった)
    ・DUPが長いと、小児期から最初の入院までの心理社会的機能の低下はより有意に大きくなった。しかし、その後のフォローアップ期間においては、反対にDUPが短いとより入院後の心理社会的機能低下が有意に大きいとの結果となった。

    つまり、DUPが長くても短くても、精神病症状の発症時点を基準にすると、心理社会的機能の低下は、DUPが長い群も短い群もほぼ同じ時間経過をたどる。つまり、入院時点でのDUPが長いと、その分心理社会的機能は低いが、単に発症から長く時間がたっているだけであり、DUPが短い群は、なんらかの要因により早期に発見され入院しただけであるともいえる。このことは仮説(3)を支持する結果と言え、DUPが長いと入院時点での機能が低いのはリード・タイム・バイアスの結果と言える、ということになりました。

    DUPが長いと精神病症状による神経障害が進行し、それゆえより予後が悪化するとの神経障害仮説は支持されず、DUPの長短はその後の長期的な予後に有意な影響を与えないとの結果です。また潜行性の経過をたどる、病前社会的機能の低い陰性症状主体の患者群がDUPが長く、さらに予後も悪いとの仮説も支持されなかったことになります。なんだか納得がいきません。

    この結果が正しければ、例えば、2018年のJAMA Psychiatryに掲載された、DUPと治療開始後の海馬体積の変化を調べた論文4)の結果(DUPの長さと、8週間での左海馬体積の減少率は有意な相関を示した)についても、単にDUPが長い=疾患の進行期であり、より初期よりも急激に体積減少が起きている時期をみているだけ、ということになってしまいかねません。

    なんとか反論したいので、手法についてちょっとつっこんでみます。どれほど意味のあるつっこみかはわかりませんが、まず主要評価項目としての心理社会的尺度として、GAFを使っているところ。

    皆さんご存じの通り、GAFを見ると、
    60-51点:中等度の症状、または、社会的、職業的、 または学校の機能における中等度の障害
    50-41点:重大な症状、または、社会的、職業的または学校の機能において何か重大な障害
    とあるように、症状または機能となっており、どちらか重たい方をとることとなります。つまり、症状をみているのか機能をみているのかわからない。おそらく両者に一定の相関はあるとは思いますが、ここはすっきりしません。
    もっと純然たる心理社会的尺度を主要評価項目に用いてアセスメントをした方がよかったのではないかと思われます。

    たとえば、DUPと予後についての割と最近の報告として、中国で行われた14年間の前向き観察研究があります5)
    この報告では209名の統合失調症患者をDUPが6か月以下と6か月より長い群とに層別化し、予後を比較しています。
    Jonasらの論文よりも若干観察期間は短いけれど、似たような規模の報告といえます。GAFだけでなく、PANSSとか独身率、有症状期間、就労、犯罪率、寛解率など様々な尺度を用いて評価しています。
    結論として、14年後においてDUPが長い群は独居率が有意に高く、PANSS generalとnegativeで有意に高く、有症状期間も長いとの結果となりました。この報告では、Jonasらのように、精神病発症時期に横軸を合わせて、リード・タイム・バイアスを無くした状態で両群の変化を比較することをしていませんが、Jonasらの論文と同じ解析はできるはずですので、彼らの結論が正しいのか、いろいろな尺度で検証しうると思います。14年という長期経過後の結果なので、リード・タイム・バイアスを考慮にいれても有意差は残る気がします。
    真実は今後の検証結果をまつということになるでしょうか。

    1)Jonas KG, et al. Am J Psychiatry. 2020 Apr 1;177(4):327-334
    2)Fusar-Poli P et al. JAMA Psychiatry. 2020 Mar 11. doi: 10.1001
    3)Donald C. Goff, et al., Am J Psychiatry 2020 Apr 1; 177(4):1–3
    4)Goff DC, et al., JAMA Psychiatry. 2018 Apr 1;75(4):370-378
    5)Ran MS et al., Psychiatry Res. 2018 Sep;267:340-345

  • はじめに 2020年03月26日

    このブログでは、私が院内勉強会および大学病院で主として精神科専攻医を対象として行っている勉強会での話題の一部を掲載していく予定です。

    そのためある程度の医学的知識を有する方を対象としており、また比較的最近の論文を対象とした話題ではありますが、数年後にはその内容が間違いとなっている可能性があることに注意が必要です。したがって、ここに書かれていることも数年後にはすべて間違いということもありうるかもしれません。

    医学の知識は常に更新されており、その知識は数年経つと古いものになってしまいます。教科書ですら数年たつと古い、時には間違った情報が掲載されていることということもあります。そのため臨床医は最新の知識をもって臨床に向かうことが必要となります。

    精神医学の分野でそのような例をあげると、ここ最近では、例えば統合失調症の病態仮説の1つである、ドパミン仮説についての話題があります。2016年刊のカプラン臨床精神医学テキスト第3版1)には、ドパミン仮説において統合失調症の病態に関与する主な経路として中脳辺縁系ドパミン経路の異常が挙げられており、これは長年広く受け入れられてきた概念です。

    実際に精神薬理学の大家であるStephen M. Stahl博士(ストール精神薬理学エッセンシャルズで有名な)が2018年に出版した統合失調症の総説2)でも、幻聴や妄想の病態の中核として中脳辺縁系ドパミン経路の過活動が考えられていることが明記されています。

    このような仮説は、辺縁系に焦点を有するてんかん患者において統合失調症様症状がみられうること3)や、1960年代の実験において統合失調症患者の辺縁系に電極を埋め込んだところ、精神病症状が活発な際には辺縁系の神経細胞の過活動が観察されたこと4)、アンフェタミン誘発性精神病モデル動物において、側坐核に抗精神病薬を注入すると行動異常が改善したが、尾状核に注入しても改善しなかったこと5)などの報告により提起されたものです。

    しかし、2019年3月のTrends in Neurosciences誌に公表された総説6)などにみられるように、ここ最近の研究では統合失調症におけるドパミン経路の異常は、驚くべきことに黒質線条体経路において最も顕著にみられることが報告されてきています。

    このような結果を受けて、最新の精神病に関する病態仮説を示した論文など7)においては、中脳から線条体連合部位(associative striatum)のドパミン系の過活動が明示されています。

    中脳辺縁系経路の異常の存在が否定されたわけではありませんし、この内容も将来否定される可能性もありますが、医学的知識は常に更新されており、教科書的知識は既に古い可能性に注意すべき一例といえます。だからこそ臨床医は常に最新の情報にアンテナを張らないといけないと思います。

    中枢神経疾患の病態解明はとても難しく、ヒトの精神的活動の異常は科学的にはよくわかっていません。例えば筋萎縮性側索硬化症は、疾患の臨床表現型は極めて明確であるにも関わらず、その病態生理はほとんどわかっていません。

    95%の患者においてTDP-43蛋白質の局在化異常、折り畳み異常と凝集体形成が生じることがわかっています8)が、なぜ核内蛋白質であるTDP-43が細胞質内に異常局在化し凝集するのか、そのメカニズムについては今後の研究の進展を待つ必要があります。

    このように臨床表現型のはっきりした中枢神経疾患ですら未解明なことが多い現状において、ましてや精神疾患はさらに手の届かないことが多く、challengingな、しかしだからこそ面白い分野ともいえるかもしれません。

    精神疾患においても、単極性うつ病と双極性うつ病、いずれも疾患の臨床表現型は区別がつきませんが(NIRSが保険承認されていますが、初発うつ病相にある患者の検査前確率を果たしてどこまで上げることができるでしょうか?)、かたや病態仮説としてモノアミン仮説があり(それでもSSRI、SNRIのNNTは5-8程度と言われています9))、一方で双極性うつ病については、同じうつ病でも抗うつ薬の効果は、例えばEMBOLDEN II studyでパロキセチンがプラセボとの有意差を示せなかったり10)、双極性うつ病に対する抗うつ薬併用に関する論文で現時点でおそらく最も引用されている総説11)においても、気分安定薬併用下での抗うつ薬の有効性については対プラセボでの効果量で短期的にはわずかながら有意差があるものの、臨床的に効果があるとは言い難く、さらに副次的評価尺度である反応率などでは有意差はなく、また52週間を超える長期使用では、躁転率が抗うつ薬併用群17%、プラセボ群10%で有意差を認めるなどの報告となっており、日本うつ病学会のガイドライン12)の推奨事項に行きつくということになります。

    双極性うつ病の病態仮説としてモノアミン仮説はそのまま適応することはできない印象です。最近日本で上市された薬剤にクエチアピン徐放剤がありますが、その作用機序の説明文書をみてみると、クエチアピン代謝産物がモノアミン系に作用しうるということで、双極性うつ病に対して奏効するメカニズムとしてモノアミン仮説を用いた説明が何故かなされており、すっきりしないものを感じます。

    FDAではルラシドン、カリプラジンなどいくつかの非定型抗精神病薬が承認されている現状からするとモノアミンでもドパミン系などもからんでくるのでしょうか。それとも理研の加藤先生らのグループが研究されているように、もっと細胞内レベルでの病態が関与しているのでしょうか。精神医学はわからないことだらけです。

    疑問はつきませんが、確実に治療的介入が奏効する症例があることも間違いなく、個々の患者さんの状態をきちんとアセスメントし、適した介入方法を適切に見極めることが臨床家にとって重要な作業となります。日常診療の中で浮かんでくる様々な課題や疑問に対して、少しでも真実に近い答えにたどり着くために、また患者さんに対して現段階で最適なサービスを提供するために、学んでいきたいと思います。


    引用文献
    1)カプラン臨床精神医学テキスト DSM-5診断基準の臨床への展開 第3版 メディカルサイエンスインターナショナル (2016/5/31)
    2)Stephen M. Stahl, CNS Spectrums (2018), 23, 187–191
    3)Gibbs, F.A. (1951) J. Nerv. Ment. Dis. 113, 522–528
    4)Heath, R.G. (1962) Am. J. Psychiatry 118, 1013–1026
    5)Pijnenburg, A.J. et al. (1975) Psychopharmacologia 41, 87–95
    6)Robert A. McCutcheon et al., Trends in Neurosciences, March (2019),42,No 3,205-220
    7)Paolo Fusar-Poli et al.,JAMA Psychiatry Published online March 11, (2020)
    8)Majumder V et al., BMC Neurol.(2018) Jun 28;18(1):90
    9)Citrome L. J Affect Disord. (2016) May 15;196:225-33.
    10)McElroy SL et al., J Clin Psychiatry.(2010) Feb;71(2):163-74.
    11)McGirr A et al., Lancet Psychiatry. (2016) Dec;3(12):1138-1146.
    12)日本うつ病学会治療ガイドライン I. 双極性障害 2017

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