・双極性障害うつ病エピソード急性期および維持療法期における抗うつ薬の有効性(気分安定薬併用下)に関する新たな介入試験の報告がありました(文献1)

・これまで双極性障害のうつ病エピソード急性期においてはFDAにおいて承認されている薬剤として、クエチアピン、クエチアピンER、オランザピン/フルオキセチン合剤、ルラシドン、ルラシドン+気分安定薬、カリプラジンがあり、日本で承認されている薬剤としては、オランザピン、クエチアピンER、ルラシドンがあります。

・まずは双極性障害うつ病エピソードに対する新規抗うつ薬単剤療法のエビデンスについてですが、比較的規模の大きなEMBOLDEN II試験の結果が重要と思われます(文献2)。双極性障害うつ病エピソード急性期患者を対象に、クエチアピン300mg、クエチアピン600mg、パロキセチン20mg、プラセボの4群が8週間比較されました。

・その結果、クエチアピン群は、MADRSで評価したうつ病尺度において、プラセボ群よりも有意にうつ症状を改善しました。一方でパロキセチン群はMADRSではプラセボとの有意差は見られませんでした(不安尺度であるHAM-Aでは対プラセボで有意差あり)。パロキセチンについてはII型患者に限って解析を行ってもプラセボと比較して有意なうつ症状の改善効果は認めませんでした。

・クエチアピン群においては薬理作用から期待されるように不眠の改善効果が目立っていたことの他に、希死念慮についてもプラセボと比較して有意に改善していたこと(パロキセチンは有意差なし)が注目点であり、また躁転率(2週続けてYMRSが16点以上で定義)についてはクエチアピン300mg群2.1%、600mg4.1%であり、パロキセチン群10.7%、プラセボ群8.9%と比較して、クエチアピン両群は有意に低い結果となりました。

・以上より、双極性障害うつ病エピソード急性期に対してパロキセチン単剤はプラセボと比較して有意な抗うつ作用を示すことはできませんでした(抗不安作用は有意差がでており、この結果がCINP2017ガイドラインにおいて不安症状を伴ううつ病エピソードで第2段階でパロキセチン使用の記載がある理由かもしれません)。

・その他、双極II型障害のうつ病相については、Amsterdamグループがフルオキセチンやベンラファキシンの有効性、安全性を報告しており(Br J Psychiatry 208: 359-365, 2016、 Am J Psychiatry 167: 792-800, 2010)、ネットワークメタ解析の結果( J Affect Disord. 2020 May 15;269:154-184)に大いに影響を与えていますが、単一グループからの報告のみですし、日本うつ病学会のガイドラインにあるように、エビデンスとしても確立したものとは言えない状況です。

・続いて、今回の報告にあたる、気分安定薬+抗うつ薬のこれまでのエビデンスですが、文献3のメタ解析が重要と思われます。この報告では、双極性うつ病に対する新規抗うつ薬+気分安定薬(ないしオランザピン(1RCT)、リスペリドン+気分安定薬(1 RCT))のプラセボに対する有効性が解析されました。

・その結果、うつ症状について報告された5つの介入試験の抗うつ薬併用の対プラセボに対する標準化平均差(SMD)は、全体では0.165で有意差あり、オランザピン+フルオキセチンの試験を除外してもSMD=0.134とわずかながら有意差を示しました。臨床的に有効と言えるレベルではないにせよ一応有意差がでましたが、反応率でみた場合には、抗うつ薬群48%対プラセボ群 43%と有意差は認めませんでした(STEP-BD試験を除外すると有意差あり)。

・また躁転リスクについては、急性期治療後においては、抗うつ薬群6%、プラセボ群6%で有意差なし。しかし、52週間の延長期間後においては、抗うつ薬群17%、プラセボ群10%で有意差あり(OR=1.774.NNH=19)との結果でした。以上より、抗うつ薬併用はHAM-Dなどの得点でみれば、一応有意差はでるものの、反応率、寛解率では有意差はなく、個別にみれば有効なケースの存在を否定するものではないものの、臨床的に有意な効果とは言いがたい可能性もあり、さらに52週間の長期投与では、躁転リスクが有意に上昇するため、投与するとしてもなるべく短期間にすべきということがいえるかと思います。日本うつ病学会のガイドラインでは、抗うつ薬の使用は推奨されていません。

・最後にガイドラインで推奨されている方法です。日本うつ病学会のガイドラインについては、文献5を参照してください。CANMAT2018(文献4)ですが、双極性うつ病について、第1選択薬としては、クエチアピン(レベル1)、リチウム(レベル2)、ラモトリギン(レベル2)、ルラシドン(レベル2)を推奨しており、いずれも単剤で第1選択となりうるとしています。またルラシドン、ラモトリギンについては併用療法でも第1選択となりうるとしています。推奨順序は、クエチアピン、ルラシドン+Li/VPA、リチウム、ラモトリギン、ルラシドン、ラモトリギン+Li/VPAとなっており、リチウムの推奨血中濃度は0.8-1.2mEq/l、ラモトリギンは最低200mg、クエチアピンも300mg以上の使用をすることとされています。

・オランザピンが入っていない点を除いて日本うつ病学会のガイドラインに近い内容になっていますが、うつ病相に対するエビデンスの乏しいリチウムとラモトリギンが入っている理由としては以下のように記載されています

・リチウムを第1選択とする推奨理由については、「現在までの唯一のリチウムの双極性うつ病に対する大規模介入試験では、リチウムは有効性を示せなかったが、平均血中濃度が0.61 mEq/lであり、推奨される0.8mEq/lより低かったことも一因ではないか。いくつかのクロスオーバー試験ではプラセボに対する優位性が示されており、レベル2の推奨度とした」とのことです。

・またラモトリギンを第1選択とする理由については、「ラモトリギン単剤療法は4つの介入試験でプラセボに対する優位性が示されなかったが、メタ解析では有効性が示されている。さらにはリチウムへの併用療法で、リチウム単剤より有効性が示されており、クエチアピンとの併用でも有効な傾向が示されている。そのためレベル2の推奨度で第1選択とした」とされています。ラモトリギンについては、リチウム併用でリチウム単剤よりも有意に良好な治療効果を示したとの結果(J Clin Psychiatry, 2009 Feb;70(2):223-31.)やクエチアピンとの併用でクエチアピン単剤よりも有意に良好な治療効果を示したとの結果の報告(Lancet Psychiatry. 2016 Jan;3(1):31-39)があり、CANMATガイドラインでの記載の根拠となっています。

・今回は、双極性うつ病について、気分安定薬併用下でのシタロプラムの有効性を評価した介入試験の報告(文献1)となります。果たしてこれまでの報告との整合性はどうか(特に文献2)という点が注目点となります

双極性うつ病とシタロプラム

背景

・双極性うつ病の治療は困難である。抗うつ薬は双極性障害において最もよく使用される薬剤である。しかし最も最近のメタ解析(lancet psychiatry 2016;3(12):1138-1146)において双極性うつ病における抗うつ薬の有効性は否定的な結果となっている。さらに維持療法期のメタ解析においても予防効果は確認されていない

・急性双極性うつ病エピソードに対する有効性とは別に、躁転リスクも多く議論されており、三環系抗うつ薬の方が、新しいセロトニン再取り込み阻害薬よりも起こりやすいと言われている。特にラピッドサイクリングでは抗うつ薬使用がよりエピソードの増加など病状悪化につながるとのエビデンスがある

・今回、プラセボ対照で双極性うつ病急性期におけるシタロプラムの有効性と、維持療法期間(1年間)でのうつ病エピソードの予防効果を検証した。

対象と方法

・18-64歳の双極I型ないしII型障害患者

・現在8週間以上うつ病エピソードにある(DSM-IV)

・エントリー前4週間以上標準的な気分安定薬(リチウム(N=61)、divalproex(N=17)、カルバマゼピン(N=21)ないしラモトリギン(N=20))を内服中

・気分安定薬についてはそのまま継続。その他の向精神薬についても継続は許可された。ベンゾジアゼピン以外の変薬は不許可とされた

・プラセボ対照無作為割付試験(急性期6週間+維持療法期1年間)。6週時点での反応群のみが維持療法期間に入るなどという手法は用いず、その後1年間エントリー時点での割付のまま継続

・主要評価項目は6週時点でのMADRS得点

・副次評価項目は反応率(MADRS50%以上改善率)、寛解率(MADRS7点以下)

・維持療法期間での再発はDSM-IVによる躁病ないし軽躁病エピソードで定義。MRS-SADS得点で閾値下の躁症状についても評価。

・シタロプラム+気分安定薬群 N=60
・プラセボ+気分安定薬群 N=59

結果

・6週後のMADRSのベースラインからの変化量はシタロプラム群平均-14.3点、プラセボ群-12.2点。ベースラインの重症度を混合効果回帰モデルで調整すると、シタロプラム群とプラセボ群のMADRS得点の変化量の差は1.7点(有意差なし)。MADRSの経時変化について、時間×治療群の交互作用も有意でなかった

・反応率はシタロプラム群 48.3%、プラセボ群 45.8% 有意差なし

・6週後の継続率はシタロプラム群 72%、プラセボ群  68%

・12か月間の維持療法期間について、MADRSの変化について、反復測定による線形混合効果モデルで解析の結果、シタロプラムの12か月間の有効性はプラセボと有意差なし

・維持療法期間に入ってから(急性期を除く)12か月後の反応率はシタロプラム群31.8%(14/44)、プラセボ群41.5%(17/41)で有意差なし

・I型とII型とで層別化し解析した結果、6週間での反応率はII型ではシタロプラム群 53.8%(14/26)、プラセボ群 50%(9/18)、I型ではシタロプラム群 44.1%(15/34)、プラセボ群 43.9%(18/41)。

・6週間での寛解率はII型ではシタロプラム群 26.9%(7/26)、プラセボ群 27.8%(5/18)、I型ではシタロプラム群 35.3%(12/34)、プラセボ群 26.8%(11/41)

・急性期ないし維持療法期間中の躁病ないし軽躁病エピソード(DSM-IV)については全体で9エピソードであり、シタロプラム群3/60、プラセボ群 6/59で、シタロプラム群で必ずしも多いわけではなかった。しかしMRS-SADS得点で評価した躁症状得点については、全体としてはシタロプラム群とプラセボ群とで有意差はなかったが、ラピッドサイクリング群においては、特に維持療法期間においてベースラインから平均1.9点の得点上昇を認め、プラセボ群の0.1点の変化と有意差を認めた。非ラピッドサイクリング群では両群ともにベースラインからの得点は有意な減少(改善)を認めた

結論

・双極性うつ病の急性期ないし維持療法期において、気分安定薬にシタロプラムを増強しても全体としてプラセボに対して臨床的に有意な利益はなかった。I型とII型とでシタロプラムの利益が異なることもなかった

・ラピッドサイクリング群においては、シタロプラム投与が閾値下の躁症状の出現につながる可能性があり要注意。この結果はこれまでの報告とも整合性がある。診断可能なレベルの躁病ないし軽躁病エピソードの出現率はシタロプラム群とプラセボ群とで有意差はなかった。

・併用薬剤が両群で異なっており(シタロプラム群ではカルバマゼピンとラモトリギンの処方比率がプラセボ群よりも大きく、プラセボ群ではリチウムの比率が大きい)、第2種の過誤が生じているかもしれない、

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・気分安定薬の血中濃度との関連性などは過去の報告から気になるところではありますが、これまでのエビデンスと概ね整合性のある結果となりました。

文献1:Ghaemi SN et al. J Clin Psychiatry. 2021 Jan 12;82(1):19m13136. doi: 10.4088/JCP.19m13136.
文献2:J Clin Psychiatry. 2010 Feb;71(2):163-74.
文献3:Lancet Psychiatry. 2016 Dec;3(12):1138-1146. doi: 10.1016/S2215-0366(16)30264-4.
文献4:Bipolar Disord. 2018 Mar;20(2):97-170. doi: 10.1111/bdi.12609.
文献5:日本うつ病学会治療ガイドラインⅠ.双極性障害 2020 https://www.secretariat.ne.jp/jsmd/iinkai/katsudou/data/guideline_sokyoku2020.pdf