院長ブログ

  • 今年も1年ありがとうございました

    ・今年も残すところあとわずかとなりましたが、皆様体調に御変わりなどありませんでしょうか?

    ・本年一年間いろいろなことがありましたが、お世話になりました皆様にこの場を借りて御礼申し上げます。

    ・勉強会については今年は新たに専攻医の先生4名を迎え、全面的に遠隔形式に移行し、これまでできていたちょっとした議論などがなかなかできずリモートの限界を感じています。一方で学会などはオンデマンドなどでいろいろな講演をじっくりと勉強できたのはとても良かったと思います(このスタイルはできれば残してほしいです)。

    ・来年はこの状況が一刻も早く収束することを願います。今後ともご指導ご鞭撻のほど何卒よろしくお願いいたします。

    ・皆様にとって来年が幸多き一年でありますよう、祈念いたします。

    令和2年12月31日
    石東病院
    院長 安田 英彰

  • Endoxifen 2020年12月29日

    ・エンドキシフェンはエストロゲン受容体陽性の乳癌治療薬候補であり、タモキシフェンの活性代謝物です。抗エストロゲン作用により乳癌の増殖を抑制するとされています。またプロテインキナーゼC阻害作用を有しており、血液脳関門の透過性を有するとされています

    ・今回、エンドキシフェンの急性躁病エピソードに対するインドでの第3相試験の結果が報告されました(文献1)。Jina製薬などがスポンサーとなり実施された試験のようですが、clinicaltrials.govにエントリーされていなくてどうなのかなと思うところはあります(結果がnegativeの場合に非公表となるなどの懸念から。インドのレジストリにはエントリーされているようです)。ただし、前駆物質のタモキシフェンは以前から抗躁作用を有する可能性は注目されていて双極性障害の国際的なガイドラインの一部(CINP2017年版:文献2)にも記載があり、もともと注目はされていました。

    ・CINP2017年版では、急性躁病ないし混合性エピソードに対する治療選択肢の第4段階として、タモキシフェン単剤療法ないしリチウム/バルプロ酸との併用療法が記載されています。第3段階にはセレコキシブの文字もあり、ガイドラインの割にあまり土台がしっかりしていない治療法の記載もあって、かなりchallengingなガイドラインだなあと当時思った記憶があります。

    ・そもそもなぜエンドキシフェンが躁病に効果があるとされるのか?それは躁病の病態仮説にプロテインキナーゼC経路が関与しており、リチウムもバルプロ酸もこの経路への作用を通じて抗躁作用を発揮するのではないかとの仮説があるため(文献3)で、プロテインキナーゼC阻害作用を有するエンドキシフェンが効くのではということのようです。

    ・2008年には小規模のプラセボ対照無作為割付比較試験が行われ(文献3)、positiveな結果も報告されています。

    。今回の第3相試験では、18-65才の急性躁病エピソード(DSM-V:双極I型障害)入院患者228名(YMRS20点以上かつ中核4症状(破壊的-攻撃的行為、易怒性,会話(速度と量の増加))のうち2項目以上で2点以上、CGI-BP4点以上かつこれまでに気分安定薬ないし抗精神病薬1剤以上で治療反応歴があるもの)が対象となりました。

    ・試験期間は21日間でactive control(divalproex 1000mg)対照で無作為割付二重盲検比較試験で行われました。アカシジア、焦燥性興奮への対処としてロラゼパム、ジアゼパムの併用は許可され(実際に併用されたのは両群ともに1割程度)、リスペリドン、ハロペリドールの屯服としての併用は許可されました

    ・主要評価項目は21日間のYMRSの変化量でした。また副次評価項目として反応率(YMRS50%以上の改善率を示した割合)なども評価されました。

    ・エンドキシフェン8mgに116名、divalproexに112名が割付されました。21日後のYMRSの変化量はエンドキシフェン群 15.6点、divalproex群 15.8点で有意差なく、両群ともにベースラインからの躁症状の有意な改善効果を認めました。反応率はエンドキシフェン群49%、divalproex群50%でした

    ・副作用による脱落はエンドキシフェン群1名、divalproex群で0名であり、頻度の高い副作用としてはエンドキシフェン群では頭痛7.8%(divalproex群:3.6%)、落ち着きのなさ2.6%(divalproex群0%)、嘔吐4.3%(divalproex群 3.6%)、不眠3.5%(divalproex群 4.5%)などでした。

    ・というわけで結果はdivalproexと同等の有効性が示されて、安全性もまずまずということのようでした。果たしてインドで承認されるのでしょうか?エンドキシフェン8mgがタモキシフェン換算でどの程度の量なのかわからなかったのですが、文献3ではタモキシフェンの平均用量は41.8mgでした。両者の分子量はほとんど変わらないようですので、タモキシフェン換算でも同じくらいとみていいのでしょうか。タモキシフェンの1日用量は20-40mgとされていますので、臨床用量の半分以下の用量で効果が認められたと考えていいのかもしれません。

    ・躁病治療においては急性期のみならず維持療法期間を見据えた治療選択を考慮する必要がありますので、長期安全性や有効性などについても重要な指標となります。プロテインキナーゼCは正常ではがん抑制性に作用しているとの報告(Cell. 2015 Jan 29; 160(3): 489–502.)もあり、長期的安全性についての検証も必要です。また抗エストロゲン作用のない選択性の高いプロテインキナーゼC阻害剤についてはどうなのか。プロテインキナーゼCの複数のアイソザイムについて、どのアイソザイムへの阻害作用が有用なのか、プロテインキナーゼC活性化剤を投与したモデル動物は躁病モデル動物になりうるのか?など、細かい疑問はいろいろありますが、今後の検証課題かもしれません。

    引用文献
    文献1:Ahmad A. et al. Bipolar Disord. 2020 Dec 25. doi: 10.1111/bdi.13041. Online ahead of print.
    文献2:Int J Neuropsychopharmacol. 2017 Feb 1;20(2):180-195. doi: 10.1093/ijnp/pyw109.
    文献3:Arch Gen Psychiatry. 2008 Mar;65(3):255-63. doi: 10.1001/archgenpsychiatry.2007.43.

     

  • アセナピン貼付剤 2020年12月22日

    ・アドヒアランス向上のため、いろいろな剤型、投与経路があるのは望ましいことです。

    ・日本では2019年9月10日にロナセンテープが発売となりましたが、アメリカではちょうど同時期の2019年10月にアセナピン貼付剤がFDAにより承認されました。

    ・いずれ日本にも入るといいなと思うのですが、両薬剤の薬物動態や臨床試験などについてまとめておきます。

    ・アセナピンの長所としては主にグルクロン酸抱合で代謝されるため、肝機能障害があっても代謝遅延や蓄積などの心配があまりないことです。ブロナンセリンは主としてCYP3A4で代謝されます。

    ・単回投与の際、アセナピン貼付剤のTmaxは約16時間、半減期30時間(文献1)とされています。ブロナンセリン貼付剤はTmax約25時間程度、半減期約42時間時間でブロナンセリン貼付剤の方がいずれもやや長いようです。

    ・アセナピン貼付剤については熱を加えると吸収速度が倍になる(約8時間)ため、炎天下や電気毛布などで熱する場合には要注意のようです。ブロナンセリンパッチはどうなのでしょうか。

    ・ブロナンセリンパッチの第3相試験の結果は文献2にて公表されています。

    ・アセナピンパッチの第3相試験の結果は文献3にて公表されています。

    ブロナンセリンパッチの第3相試験の概略(文献2)

    ・6週間のプラセボ対照二重盲検無作為割付比較試験
    ・参加者:18歳以上の統合失調症(DSM-5)患者。最近2カ月以内で精神症状悪化したもの
    ・PANSSの妄想、概念の統合障害、幻覚、猜疑心、不自然な思考内容のいずれか2項目以上で4点以上、かつPANSS total 80点以上など
    ・主要評価項目:PANSS totalの6週間での変化量
    ・ブロナンセリンパッチ40mg N=196
    ・ブロナンセリンパッチ80mg N=194
    ・プラセボ N=190
    ・結果:参加者平均年齢: 40.9才、平均罹病期間:13.8年、 ベースラインのPANSS total平均: 100.9点
    ・6週後のブロナンセリンパッチ40mgのPANSS totalのプラセボとの差:平均 -5.6 点(95%CI -9.6~-1.6 ) 有意差あり
    ・6週後のブロナンセリンパッチ80mgのPANSS totalのプラセボとの差:平均 -10.4 点(95%CI -14.4~-6.4 )  有意差あり
    ・中断は、プラセボ群52名(うち副作用による中断17)、ブロナンセリンパッチ40mg群 47名(うち副作用17名)、ブロナンセリンパッチ80mg群 33名(うち副作用12名)

    アセナピンパッチの第3相試験の概略(文献3)

    ・6週間のプラセボ対照二重盲検無作為割付比較試験
    ・参加者:18歳以上の統合失調症(DSM-5)患者で自発入院患者
    ・3から14日間のプラセボ run-in期間。この期間でPANSS totalが20%以上改善ないしパッチが合わない患者は除外
    ・急性増悪期。CGI-Sで4点以上かつPANSS total 80点以上かつ概念の統合障害、妄想、幻覚による行動、不自然な思考内容のいずれか2項目以上で4点以上
    ・主要評価項目:PANSS totalの6週間での変化量
    ・アセナピンパッチ7.6mg N=204
    ・アセナピンパッチ3.8mg N=204
    ・プラセボ N=206
    ・結果:参加者平均年齢:42.0才、平均罹病期間:15.7年、ベースラインのPANSS total平均:96.7点
    ・6週後のアセナピンパッチ7.6mgのPANSS totalのプラセボとの差:平均 -4.8点(95%CI -8.06 ~-1.64) 有意差あり
    ・6週後のアセナピンパッチ3.8mgのPANSS totalのプラセボとの差:平均 -6.6点(95%CI -9.81 ~-3.40 ) 有意差あり
    ・中断は、プラセボ群44名(うち副作用による中断14名)、アセナピンパッチ7.6mg群 46名(うち副作用18名)、アセナピンパッチ3.8mg群 38名(うち副作用10名)

    コメント

    ・忍容性は両者同等のようです。アセナピンパッチはなぜか3.8mgが数値的に上回る結果となりました。ブロナンセリンパッチ80mgの結果が良さげにみえたので、ここからは遊びですが、ネットワークメタ解析にかけてみました。

    ・pubmedで調べてひっかかる介入試験はこの2つだけですし、ベースラインの患者特性もそこまで違わないのでまあいいでしょう。ただアセナピンパッチの試験はプラセボrun-in期間があり、試験にエントリーされた患者の質が異なるのはこうして比較する際によろしくないことではあります。そこは目をつむってやってみます。

    ・使用ソフトはRでnetmetaパッケージを用いて頻度論によるネットワークメタ解析を行いました。

    ・結果は図の通りでアセナピンパッチ7.6mgを基準にすると有意差が出てしまってますが、遊びでしたことなので、コメントは差し控えます。アセナピンパッチの試験でもプラセボ反応率が大きい(6週間で15点くらい)のが印象的でした。今後日本でも発売されれば一つの治療選択肢になりそうです。

    fig01

    fig02


    文献1:Carrithers B et al. Patient Preference and Adherence 2020:14 1541–1551
    文献2:Iwata N. et al. Schizophrenia Research 215 (2020) 408–415
    文献3:Citrome L. et al. J Clin Psychiatry 2021;82(1):20m13602

     

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  • ベンゾジアゼピン中止のメリット 2020年12月15日

    ・ベンゾジアゼピン系薬剤を長期使用した後に中止することのメリットがあるのかどうか。その点についてアセスメントした報告を3つほど眺めてみます。

    ・文献1はベンゾジアゼピンを中止した場合と中止できなかった場合とで転倒頻度を比較したものです。

    ・文献2はベンゾジアゼピンおよびZ-drugsを中止した場合と継続した場合とで睡眠の質やQOLについて比較した介入試験の結果です

    ・文献3はベンゾジアゼピン系睡眠薬を中止した場合に認知機能にどのような影響があるかを評価した試験です。

    ・3つのうち2つはオープン試験であり試験の質としては高いものではありませんが、その結論は重要といえます。

    ベンゾジアゼピン中止と転倒リスク(文献1)

    背景

    ・ベンゾジアゼピン長期使用は高齢者における転倒リスクの増加につながることが報告されている。

    ・フランスは2007年に高齢者向けにベンゾジアゼピン中止のためのガイドラインを作成した。漸減法や代替療法、CBT併用による減量などが提案された

    ・今回ナーシングホームにおける1年間のベンゾジアゼピン中止プログラム実施と転倒数の変化について観察を行った

    方法と対象


    ・2011年から2013年にかけて108名の入所するナーシングホームにおいて行われた

    ・対象は少なくとも1種類のベンゾジアゼピン系薬剤を投与されている患者

    ・重度の不安を有する患者は除外

    ・長期ないし高用量投与患者については、4-10週間ないしそれ以上かけての漸減が行われた。1週間当たり25%の減量が推奨されたが、患者ごとに現実的な減量ペースが設定された。長時間作用型であれば短時間作用型に置換するなどの方法もとられた

    ・対象者に対しては、ベンゾジアゼピン長期使用の有害性などの教育が行われた

    ・転倒回数については、ベンゾジアゼピン減量開始前半年間(T1期間)、およびベンゾジアゼピン中止後半年間(T2期間)、記録された

    結果

    ・2011年9月の段階で108名中28.7%(31名)がベンゾジアゼピンを処方中であり、平均年齢は89歳であった。その全員が1か月以上処方されており、27名は半年以上処方されていた。また20名は中時間ないし長時間作用型ベンゾジアゼピンであり、11名は短時間作用型ないしZ-drugsを処方されていた

    ・1年間で完全なベンゾジアゼピン中断を完遂できたのは31名中11名(35.5%)であった

    ・T1期間(ベンゾジアゼピン減量開始前半年間)中の転倒頻度については、ベンゾジアゼピン離脱を完遂した患者群と、非完遂群において2.1回±1.3回(非完遂群)、2.3回±0.6回(完遂群)で有意差なし

    ・一方で、ベンゾジアゼピン離脱完遂群についてはT2期間(ベンゾジアゼピン中止後半年間)において転倒数は0.5±0.2回と有意に減少した。非完遂群は有意差なし

    結論

    ・ベンゾジアゼピンからの完全な離脱はなかなか困難であるが、中止できた場合、高齢者にとっては転倒リスクの有意な減少をもたらしうるため中止が望ましいといえそう

    高齢原発性不眠症患者のゾピクロン、ゾルピデム、テマゼパム長期使用からの離脱の影響(文献2)

    背景

    ・ベンゾジアゼピンないしベンゾジアゼピン関連薬剤(ベンゾ系薬剤)は不眠に対して短期間の使用が推奨されているが、長期使用されることはしばしばである

    ・高齢者に対するベンゾ系薬剤の使用はふらつきや転倒、認知機能障害などの原因となりうる

    ・フィンランドでは2009年に、ベンゾ系薬剤の販売量は、1000人当たり51.4DDD (defined daily doses)であり、そのうち90%がゾピクロン、ゾルピデム、テマゼパムで占められていた

    ・長期使用後のベンゾ系薬剤の中断は、不眠や不安の悪化などの反跳症状を伴うことがあり、これらの症状出現は個人差が大きく、使用していた薬剤の用量や期間、併存症などの影響を受ける

    ・長期ベンゾ系薬剤からの離脱が、高齢者のQOLや睡眠にどのような影響を及ぼすかについての介入試験は少ない

    ・今回離脱6か月後に睡眠ないしQOLがどのように変化するか、離脱群と非離脱群で比較してみた

    方法

    ・ベンゾジアゼピン系薬剤離脱に対するメラトニン2mg置換の有効性についての介入試験の一部

    ・もともとの介入試験は、被検者をメラトニン2mg群とプラセボ群に無作為割付し、1か月間経過をみたもので、被検者は1週間に50%ずつそれまで内服していたベンゾ系薬剤を漸減するようにアドバイスされた(強制ではない)。減量に抵抗感の強いものやもともと高用量(2DDD以上)使用者は25%ずつ減量。結果的にはメラトニンの離脱症状予防効果は明らかではなく、ベンゾ系薬剤からの離脱率はメラトニン群 67%、プラセボ群 85%で、ベンゾ離脱補助薬としてのメラトニンの効果は否定的であった。

    ・今回はさらにそこから5か月間(トータルで6か月間)、二重盲検のままで経過をみたもの

    ・参加者は55歳以上で、1か月以上毎晩ゾルピデム、ゾピクロンないしテマゼパムを睡眠薬として使用中のもの(大半が1年以上)で、原発性不眠症患者(DSM-IV)。そのほかの睡眠薬やベンゾ、向精神薬を内服中は除外。10本以上/日の喫煙者も除外

    ・被検者はベースライン時点で睡眠衛生についての指導を実施

    ・1か月後に血中濃度を測定し、離脱成功者は70名、非成功者は20名。その後5か月後に再度血中濃度を測定し、ベンゾ系薬剤の使用から離脱を継続できているかどうかを確認。最終的に離脱に成功していた群と、失敗した群とでQOL(VAS)、睡眠状況(the Basic Nordic Sleep Questionnaire(BNSQ))を質問紙で確認

    結果

    ・1か月時点で離脱成功者70名のうちで、6か月後も離脱に成功していたのは30名、36名は不定期的にベンゾ系薬剤使用、3名は定期的にベンゾ系薬剤使用、1か月時点で離脱非成功者20名のうち、6か月後に離脱に成功したのは4名、不定期的使用が8名、定期的使用は6名。トータルで6か月時点での離脱成功者は34名、離脱非成功者は55名

    ・6か月時点での睡眠潜時は、離脱成功者で有意に短かった。ベースラインの睡眠潜時が30分以上の割合は離脱成功者で52%であったが6か月後に24%まで減少。非成功者では52%から51%と高いまま。つまり中止すると睡眠潜時が有意に改善する可能性がある

    ・QOLについては1か月後、6か月後で群間の有意差はなかったが、離脱群の方が数値的に良好であり、1か月後からベースラインと比較して有意差を示した。

    ・総睡眠時間は6か月時点でベースラインとの差なし、群間有意差なし。うつ尺度なども有意差なし

    結論

    ・高齢の原発性不眠症患者においては、ゾピクロンやゾルピデムを使い続けるよりも、中止した方が、もともとの入眠潜時が30分を超えている場合は、寝つきが良くなる可能性があり、さらにQOLも改善する可能性がある

    ・ただし自己評価式なので、ベンゾをやめられたかどうか、自分でわかっているため、バイアスが入る可能性がある

    高齢者のベンゾジアゼピン系睡眠薬からの離脱の効果(文献3)

    背景

    ・2003年時点でイギリスの65歳以上の15%が睡眠薬を定期的に内服しているといわれている。そのうち80%がベンゾジアゼピン系薬剤といわれている。4週間を超えた処方は控えるように言われているが、繰り返し処方されている現実がある

    ・高齢者に対するベンゾは認知機能への悪影響などが報告されており、今回は、ベンゾジアゼピン系薬剤からの離脱が認知機能などへどのように影響するかを調べた

    対象と方法

    ・イギリスでの多施設無作為割付試験

    ・65歳以上で6か月以上ベンゾジアゼピン系睡眠薬を内服中の患者、かつ睡眠薬をやめたいと希望した者(介入群)。および対照群(C群)として睡眠薬を継続したものを設定

    ・ベンゾ中断希望者をAとBの2群に無作為割付。A群は開始後よりベンゾを漸減し、8-9週で中断。B群は3か月間継続し、その後漸減を開始し、開始20週後で中断

    ・12週後の検査はA群とB群の比較で、中断後数週後の認知機能の比較、52週後はA群+B群(中断群)とC群(継続群)との比較でベンゾ中止後32週以上後の認知機能などの比較となる

    結果

    ・12週時点(A群が中断して3-4週後)での認知機能についてはA群、B群で群間有意差なし

    ・52週後の認知機能(map search、reaction time in speed of information processing、total digit span、単純反応時間)については中断群(A群+B群)と継続群(C群)とで有意差あり。中断群において一部認知機能が継続群より有意に良好であった

    ・睡眠については睡眠日誌でアセスメントされ、12週後において睡眠時間や中途覚醒時間、入眠困難などはA群とB群で有意差なし。52週後の中断群(A群+B群)と継続群C群との比較では、睡眠に関する問題などにおいて有意差なし

    ・睡眠薬を継続していても、中断しても、睡眠に関する指標は有意差なかった。このことは睡眠薬を継続することの意味が有意なものがないことを示唆している

    結論

    ・ベンゾジアゼピン長期使用後に中断すると、その後すぐには有意な変化はないが、半年くらいたってから認知機能はやや改善する可能性があり。また睡眠状態については、やめても継続しても睡眠日誌では有意な差がなかった。このことは睡眠薬(テマゼパムやニトラゼパム)を長期継続した場合に、耐性が形成され、効果がなくなっている可能性があることを示唆している。

    まとめ

    ・ベンゾ系薬剤を長期使用していると、離脱症状により中断しにくくなりますが、耐性が形成されその効果がほとんど無くなっている可能性もあります。中止できた場合には利益がある可能性もありますので、漸減中止を目指す意義があります。

     

    引用文献

    文献1:Javelot H et al. Pharmacy (Basel). 2018 Apr 6;6(2):30. doi: 10.3390/pharmacy6020030.
    文献2:Ritva Lähteenmäki et al. Basic Clin Pharmacol Toxicol. 2019 Mar;124(3):330-340.
    文献3:H V Curran , R Collins, S Fletcher, S C Y Kee, B Woods, S Iliffe Psychol Med. 2003 Oct;33(7):1223-37. doi: 10.1017/s0033291703008213

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  • ベンゾジアゼピン系薬剤の問題点など 2020年12月08日

    ・なかなかまとめる機会がなかったのですが、ベンゾジアゼピン系薬剤(とZ drugs)を中心とした睡眠薬の問題点をまとめておきます。今回は主に問題点についてで次回はベンゾジアゼピン系薬剤を中止した場合の利点などについて2回にわけてまとめます。

    ・問題点については文献1を中心にまとめます

    交通事故リスクについて


    ・交通事故リスクについては、走行テストにおけるSDLP(standardized deviation of lateral position)によりある程度定量化できます。

    ・これは、定速走行中に側線に沿って運転したときの車体の側線からのずれの標準偏差(SDLP)を指標とするものです。

    ・実際の走行テストではサーキットを95km/時の定速で100km(約1時間)走行します。被検者は走行する際に視線の右側に点線で描かれた境界線と一定の距離をとって、点線に沿って走行するように指示され、この点線からのずれの標準偏差が走行中の左右のぶれの指標となります。血中アルコール濃度0.05%時のSDLPが2.4cm程度とされており、プラセボ群との比較におけるSDLP値が2.4cm以上の場合に、自動車運転能力において臨床的に問題となると考えられています。

    ・2009年のRapoportらのメタ解析(J Clin Psychiatry.2009;70(5):663–73.)では、前夜にジアゼパム等価換算5mg以下のベンゾジアゼピン内服後の翌朝の運転では対照群との比較においてSDLPの差のSMDが0.80(SDLPに換算して+2.7cm程度)との報告がなされています。また10mgをこえるとSMDは3.07となり、用量依存性の運転コントロール喪失のリスクが報告されています。

    ・またZ-drugについても報告があり、zopiclone内服後11時間のSDLPの障害があり、この状態は血中アルコール濃度0.8mg/Lに相当し、交通事故リスクが2倍になると報告されています。

    ・International Council on Alcohol, Drugs and Traffic Safety (ICADTS) は薬剤を三段階にランク付けしており、Iがほぼ安全、IIが軽度から中等度の障害、IIIが重度の障害とされ、22種類のベンゾジアゼピン系薬剤およびzopicloneがIIIにランク付け、zolpidemとzaleplonがIIにランク付けされています。

    ・ラメルテオンについても健常者を対象としたSDLPの報告(SLEEP 2011;34(10):1327-1334)があり、8mg内服8時間半後に実施された運転テストではプラセボと比較してSDLP+2.2cmとプラセボ投与期間と比較して有意な増加を示しました。また運転試験後に実施された認知機能テストなどにおいても反応時間の有意な延長などの影響が報告されています。筋弛緩作用がないためか、内服1時間半後に実施されたバランステストではプラセボ投与期間と比較して有意な悪化はみられませんでした。

    ・スボレキサントについては、健常者を対象とした報告があり(Sleep. 2015 Nov 1;38(11):1803-13.)、スボレキサント20mg投与後翌日の運転試験でのSDLPのプラセボとの差は+1.01cm(統計的有意差あり)、投与9日目のSDLPは0.48cm(有意差なし)と報告されています。

    ・レンボレキサントについては、健常者を対象とした第1相試験の結果(Sleep. 2019 Apr 1;42(4):zsy260)によると、レンボレキサント単回投与後(2日目朝)および反復投与開始9日目朝におけるプラセボ群との平均SDLP値の比較について、いずれも統計的有意差は認められず、投与翌日におけるプラセボ群に対する平均SDLP値の差は、レンボレキサント2.5mg群0.02cm、レンボレキサント5mg群0.23cm、レンボレキサント10mg群0.73cm、反復投与開始9日目におけるプラセボ群に対する平均SDLP値の差は、レンボレキサント2.5mg群0.48cm、レンボレキサント5mg群0.36cm、レンボレキサント10mg群0.74cmと報告されています。

    ・これらの結果は、主に健常者を対象としたデータによるものでした。

    ・では、ベンゾジアゼピン系薬剤を慢性に内服している人ではどうか?その結果を報告した論文(Hum Psychopharmacol. 2019 Nov;34(6):e2715)によると、週に4日以上少なくとも半年以上ベンゾジアゼピン系薬剤を内服している人(全て免許取得後3年以上で年間500km以上運転している人)について、内服継続期間が半年以上3年未満の場合、午前11時から午後3時までに開始された走行テストにおけるSDLPは対照群と比較して平均+4.56cm(N=9:ロラゼパム1mg、ゾルピデム10mg、テマゼパム20mg、ロルメタゼパム2mgなど標準的な摂取量。ただし抗うつ薬など併用薬剤はあり)。一方で内服継続期間が3年以上の群(N=23)ではSDLPは対照群と比較して+0.70cmとなりました(同じく抗うつ薬などの併用薬剤は各種あり)。

    ・これは長期服用により耐性がついたためとも考えられますが、両群ともに各種認知機能検査においては対照群と比較して有意な悪化を示していました。

    ・半年以上3年未満の服用期間におけるこのSDLPの数字はアルコール血中濃度0.08%以上0.1%未満に相当する数字であり、酒気帯び運転の基準は大幅に超えている状況ですので、常に酔っぱらったような状態で運転しているともいえます。

    ・この結果については、併用薬剤の影響や疾病そのものによる影響を除外できていない可能性もありますが、漫然とベンゾジアゼピン系薬剤を継続することのリスクといえます。

    ・ちなみにアルコールとベンゾジアゼピンを同時に摂取してしまうと、交通事故リスクが約7.7倍になるとのメタ解析の報告があります(Drug Saf. 2011 Feb 1;34(2):125-56.)

    ・以上SDLPの結果をざっと記載しましたが、一点注意点があります。

    ・SDLPの平均値での比較だけでは、現実的には安心できないという点です。

    ・例えば、スボレキサントについては、投与2日目にSDLP平均+1.01cmとなっていますが、あくまで平均であり、20mg投与群28名中6名がSDLPのプラセボ群との差が2.4cmを超えていたことも報告されています(Sleep. 2015 Nov 1;38(11):1803-13.)

    ・従って、どの程度持ち越しの影響があるかについては個別に注意すべきということになります。

    ・また以前にも当ブログ記事で触れましたが、ベンゾジアゼピン系薬剤、スボレキサント、レンボレキサントについてはCYP3A4により主に代謝されるため、クラリスロマイシン、イトラコナゾール、グレープフルーツなどCYP3A4阻害作用を有する物質との併用は、作用が増強される恐れがあるため注意となります(クラリスロマイシン、イトラコナゾールなどはスボレキサントと併用禁忌。レンボレキサントは併用注意で禁忌ではない)

    転倒、骨折リスク


    ・Khongらの2012年の14のstudyのメタ解析(Calcif Tissue Int.2012;91(1):24–31)では、骨折のリスクはベンゾジアゼピン使用により24-58%増加するとしています。

    ・2014年のXingらのメタ解析(25 studies:Osteoporos Int. 2014;25(1):105–20.)でもベンゾジアゼピン使用により13-30%の骨折リスク増加が報告されています。この解析では、同時に短時間作用型においてよりリスクが高かったことが報告されています(ただしこれについてはバイアスの可能性があり、転倒リスクが高い患者に短時間作用型を好んで処方する傾向などが影響している可能性があるとされています)。

    ・投与開始後1-2週間の転倒リスクが特に高く、また高用量とリスク増加は関連があるとされています。

    ・Z-drugと骨折リスクについては報告が少ないものの、Parkらが2016年に報告したもの(Osteoporos Int. 2016;27(10):2935–44.)によると、9つstudiesのメタ解析の結果、zolpidemによる骨折リスクは92%増加するとされ、このリスク増加は、ベンゾジアゼピン系薬剤による骨折リスクを上回るものでした

    その他のリスクについて

    ・ベンゾジアゼピン系薬剤の長期内服と認知症リスクとの関連を指摘する観察研究(Neuroepidemiology. 2016;. doi:10.1159/000454881.など)もあります。

    ・しかし方法論的限界があり、交絡因子(ベンゾジアゼピン系薬剤を使用せざるを得ない基礎疾患の存在と認知症発症との関連など)が除去できない問題もあります。

    ・また発症早期の認知症症状においてもまず最初にベンゾジアゼピン系薬剤が投与されることがしばしばあるとの指摘もあります。

    ・そこで文献1では、疫学研究においてある要因Aがある疾患Bの発症に関連するかどうか評価する際に用いられる判定基準であるBradford-hill criteriaを用いて、ベンゾジアゼピン系薬剤とリスクとの関連性についてのエビデンスをまとめています。

    ・Bradford-hill criteriaとは、以下の8項目で要因と疾患との関連性を評価するものです
    (1)関連の一貫性(consistency):要因Aと疾患Bとの関連が異なった地域、集団、時間でも一貫してえられるか
    (2)関連の強固性(strength):要因Aに暴露された群の疾患Bの発症率が、非暴露群に比べてどの程度高いか
    (3)関連の時間性(temporality):要因Aへの暴露があって、その後疾患Bが発生しているか
    (4)生物学的説得性(specificity):要因Aが疾患Bを招くという説得性のある形態学的、機能的な説明ができるか
    (5)量反応関係(dose-response):関連の強固性を補強するもので、疾患Bの罹患 率の大きさが要因Aの暴露量(期間、強さ、量)によって変化するか
    (6)現時点の知識との整合性(coherence):発見された要因Aと疾患Bの関連性は現在一般的に認められている疾患史や経過と矛盾しないか
    (7)実験的証拠(experimental evidence):要因Aと疾患Bの関連について実験でえられた証拠があるか
    (8)類似性(analogy):要因Aと疾患Bの関連性に、既に認められている因果関係でよく似たものがあるか

    ・その結果が次図となります

    bradford-hill


    ・ベンゾジアゼピンと交通事故や転倒による骨折との関連はほぼ確かであるものの、認知症との関連については、現段階でのエビデンスでは不明確ということがいえます。

    文献1)Jaden Brandt , Christine Leong, Drugs R D. 2017 Dec;17(4):493-507. doi: 10.1007/s40268-017-0207-

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