院長ブログ

  • メチルフェニデートと催奇形性について 2021年04月12日

    ・若い方にADHD治療薬を処方する機会もあるため、催奇形性リスクについて調べておこうと思ったら、アトモキセチンとグアンファシンについてはそれぞれの薬剤のみで検討された疫学的研究がまだなく、よくわからない状況です。現実的には添付文書に従い、アトモキセチンについては”治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること”、グアンファシンについては”妊婦又は妊娠している可能性のある女性には投与しないこと”となります。

    ・メチルフェニデート徐放剤については、添付文書では”妊婦又は妊娠している可能性のある女性には投与しないことが望ましい”との記載になっています。メチルフェニデートについては海外では妊娠中の投与例もこのところ増えており、大規模な疫学的研究による報告が散見されるようになってきています。FDAでは既に廃止された分類ですが、カテゴリーC(危険性を否定することができない)に分類されており、海外の添付文書ではラットでの実験結果が記載されており”ラットを用いた研究では、30mg/kg/dayまでの経口投与で胎仔に害を及ぼす証拠はなく、これは、mg/kgおよびmg/m2ベースに換算するとそれぞれコンサータのヒトへの最大推奨投与量の約15倍および3倍にあたる。妊娠ラットにおけるメチルフェニデートとその主な代謝物であるPPAへの暴露量は、AUCに基づくと最大推奨量のコンサータを使用したボランティアおよび患者を対象とした試験で見られた値の2倍になる”とのことです。

    ・妊娠第1三半期のメチルフェニデート内服と催奇形リスクとの関係については、疫学的研究から得られている結論から言うとまだはっきりしたものはでていないということになりますが、その理由としては暴露による催奇形リスクの増加量がおそらくは小さい(高々1%程度)ことと、メチルフェニデート暴露妊娠例がまだ少ないということがあります(それでも年々かなりの割合で増えてきているようです。文献2ではデンマークにおいて妊娠中におけるADHD治療薬処方は2003年には10万人年当たり5人でしたが、2010年には10万人年あたり533名に増加しているとのことで、7年間で100倍になっており増加率に驚きました)。

    ・たとえば文献1のメタ解析で対象となった2つのコホートに含まれた人数は、大奇形に関してメチルフェニデート暴露群はn=3474(アメリカと北欧の2つのコホートの合計)、非暴露群はn=4373963となっています。

    ・この報告で共変量としてアメリカのMedicaidデータベースからのデータについては、年齢、出生年、人種、多胎妊娠、精神疾患合併症、アルコール依存ないし乱用、薬物依存ないし乱用、喫煙、慢性疾患(糖尿病、高血圧、肥満、腎臓病)、向精神薬処方(抗てんかん薬、抗うつ薬、抗不安薬、抗精神病薬、ベンゾジアゼピン系など)、その他の併用薬剤などが抽出されました。北欧(デンマーク、フィンランド、アイスランド、ノルウェー、スウェーデン)のレジストリからのデータについては共変量として、年齢、出生年、出生順、性別、出産方法、喫煙、BMI、精神疾患による入院歴、催奇形性薬剤の服用などが抽出されました。

    ・あらゆる大奇形の調整後の相対リスク(RR)については、アメリカからのデータでは調整後RR=1.11(95% CI 0.91-1.35)、北欧からのデータについては調整後RR=0.99(95% CI 0.74-1.32)となり、全体としてRR=1.07(95% CI 0.91-1.26)となり、非暴露群と暴露群とで有意差はでませんでした。また心血管系奇形の相対リスクについては、アメリカからのデータでは調整後RR=1.28(95% CI 0.94-1.74)、北欧からのデータでは調整後RR=1.28(95% CI 0.83-1.97)となり、この2つをひっくるめると全体として心血管系奇形の相対リスク=1.28(95% CI 1.00-1.64)となり、ぎりぎり有意差がでている感じです。それでも各データの調整を行った共変量の内容が異なっており(北欧のはアルコール乱用の有無とかが入っていないなど)、そのあたりを加味すると、結果の信頼性という点ではまだまだという気がします。

    ・絶対的なリスク値(未調整)についてはMedicaidからのデータによると、あらゆる大奇形の発生率は非暴露群で3.5%、暴露群では4.59%であり、心血管系奇形の発生率は非暴露群で1.27%、暴露群で1.88%となりました。抗うつ薬の時もそうでしたが、暴露群と非暴露群とで絶対リスクの差が1%を切るような疾患については、疫学的に暴露、非暴露での有意差を確実に抽出するのはとても大変な作業になっている印象です。

    ・ちなみに文献1において、心血管系奇形のさらにどのような奇形が有意にメチルフェニデートにより増加していたかについては、Medicaidからのデータの解析ではConotruncal and major arch anomalies(調整後RR=3.44 95% CI 1.54-7.65)となっており、心房中隔欠損および心室中隔欠損については有意差がみられませんでした。北欧からのデータについては、どの心血管系奇形についてもはっきりと暴露との関係性を示せたものはありませんでした。

    ・今回、新たな視点から、メチルフェニデートの催奇形性について検討した論文が出ました(文献2)。どのような点が新しいかと言うと、これまで報告された結果は、催奇形性については生児出産例のデータによるものであり、死産や流産に至る重度奇形に関するデータは含まれておらず、生児出産例のみのデータではsurvivor biasにより、真の奇形リスクが低く見積もられる可能性があるということから、妊娠中の超音波検査により判明した奇形、死産、流産、奇形などのデータも収集し、妊娠第1三半期におけるメチルフェニデート暴露と催奇形性との関連を検討したという点です。

    ・対象となったのはデンマークの5つの全国データベース(the Danish Fetal Medicine Database, the Danish National Patient Registry(妊娠22週以前の死産ないし流産の情報), the Danish Medical Birth Registry, the Danish Health Services Prescription Database)であり、2007年11月から2014年2月までの単胎妊娠の胎生11週からの情報が収集されました

    ・共変量として、人種、伴侶の有無、未経産ないし経産、妊娠年齢、BMI、妊娠中の喫煙、妊娠180日前から妊娠第1期までの既知の催奇形性薬剤の処方の有無、妊娠2年前のADHD診断ないし糖尿病診断の有無、妊娠2年前から第1期までの降圧薬や糖尿病治療薬、抗てんかん薬、抗精神病薬、抗不安薬などの処方歴などのデータが抽出されました。

    ・log-binomial回帰法により罹患率比(PR : prevalence ratio)が算出(オッズ比ではなく、暴露群が非暴露群の何倍リスクが高いかを算出)されました。

    ・364012例の単胎妊娠が対象となり、うち96%で超音波検査のデータがありました。妊娠第1期へのADHD治療薬への暴露率は0.16%(n=569)であり、うち83%がメチルフェニデートでした。ADHD治療薬暴露群は非暴露群と比較して、より若年で、喫煙率が高く、向精神薬投薬率が高い傾向がありました。

    ・あらゆる理由による11週以降の妊娠終了はADHD治療薬暴露群で9.8%、非暴露群では2.6%(暴露群の大半が胎児が原因による妊娠終了ではなかった)であり、全体の奇形率はメチルフェニデート暴露群では5.1%(29例)、非暴露群では4.6%でした。心奇形率はメチルフェニデート暴露群で2.1%、非暴露群では1.0% であり、重症心奇形についてはメチルフェニデート暴露群0.9%、非暴露群0.2%となりました

    ・メチルフェニデートについては、調整後PRは全奇形について1.04(95% CI 0.70-1.55)、心奇形は1.65(95% CI 0.89-3.05)、重症心奇形 2.59(95% CI 0.98-6.90)でした。心奇形のうちわけについては、12例中10例が中隔欠損であり、心房中隔欠損の調整後PRは1.21(95% CI 0.45-3.21)、心室中隔欠損の調整後PRは2.74(95% CI 1.03-7.28)となりました。一方中枢神経系奇形の調整後PRは2.03(95% CI 0.65-6.27)となりました。

    ・暴露症例数が少ないため、確定的なことは言えませんが、妊娠第1三半期におけるメチルフェニデート内服により、一部心奇形の発生リスクがわずかながら上昇する可能性があるという結果になりました。

    文献1:JAMA Psychiatry. 2018;75(2):167-175.
    文献2:J Clin Psychiatry. 2021 Jan 5;82(1):20m13458. doi: 10.4088/JCP.20m13458

  • PTSDと睡眠障害 2021年04月05日

    ・ちょうど専攻医勉強会でPTSDに入りましたので、これに関連した話題をまとめておきます。

    ・PTSDに伴う睡眠障害、悪夢などの症状に対して、どのように対処すればよいのか、2018年のNICEガイドライン(https://www.nice.org.uk/guidance/ng116)をみても、睡眠障害に対してCBTを考慮するとの記載はあるものの、薬物療法についての記載はなく(成人のPTSDの予防のためにベンゾジアゼピン系を含む薬物療法はしてはいけないとの記載はあり)、オーストラリアとニュージーランドのエキスパートを対象とした調査(J Clin Pharm Ther. 2021 Feb;46(1):158-165)では、PTSDに関連した悪夢に対して86%の精神科医がプラゾシン(α1アドレナリン受容体アンタゴニスト)を投与しているとの結果が報告されています。

    ・しかしプラゾシンといえば、2016年のメタ解析(Gen Hosp Psychiatry. Mar-Apr 2016;39:46-52)では睡眠の質の改善やPTSD症状の改善に対して有効な可能性を示唆する結果が報告されたものの、2018年の比較的規模の大きな(n=304)、退役軍人のPTSDを対象とした多施設でのプラセボ対照試験(N Engl J Med 2018; 378: 507-517)により、26週間後のPTSD症状や睡眠障害(PSQI)の改善効果についていずれもプラセボと有意差なしとの結果が報告され、その効果については懐疑的な状況となりました。ただし、この報告については、いろいろとつっこまれるところがあるようで、慢性期の安定状態にありα1受容体遮断薬への反応性に乏しい患者が対象となったなどのselection biasがあるためじゃないかとか、未診断の睡眠時無呼吸症候群の患者が混ざっているためではないか(確実なエビデンスではないものの、観察研究でα1アドレナリン遮断薬使用と睡眠時無呼吸の増加との関連性を指摘する報告がある:J Clin Sleep Med. 2019 Nov 15;15(11):1571-1579.)とか、使用されたプラゾシンの用量も2-20mg(平均14.8mg)であり、悪夢に有効であったと症例報告で報告されてきた25-45mgよりも少なかったのも問題じゃないかなどの指摘があるようです(Nat Sci Sleep. 2018 Nov 26;10:409-420)。この介入試験の結果を受けて、2018年にAmerican Academy of Sleep Medicine(AASM)はプラゾシンのPTSDの悪夢に対する位置づけをdowngradeする判断を下しています(J Clin Sleep Med. 2018 Jun 15;14(6):1041-1055)ただし、プラゾシンの効果を実感する臨床家も多いことから、PTSDに関連する悪夢に対する薬物療法の選択肢の1つとして、2018年の段階ではオランザピン、リスペリドン(VA/DoDガイドライン2017ではエビデンス欠如によりPTSDに対する使用を強く非推奨)、アリピプラゾールなどの非定型抗精神病薬、トラゾドン、フルボキサミン、三環系抗うつ薬、クロニジン、ガバペンチンなどとともに掲載されています。なお、クロナゼパムとベンラファキシンは非推奨となっています。

    ・SSRIの睡眠への効果ですが、セルトラリンについては介入試験(Arch Gen Psychiatry. 2001;58(5):485–92.)においてPTSD症状には有効であるものの、PSQIについてプラセボと有意差なく、また副作用として不眠がプラセボより有意に多く報告(35%対22%)されており、睡眠に対する有効性についてはあまりぱっとしない状況のようです(Curr Psychiatry Rep. 2015 Jun;17(6):41)

    ・エスシタロプラムについては、急性ストレス障害患者(75%が交通外傷によるもの)を対象にPTSD予防効果を検証した52週間のプラセボ対照比較試験(J Clin Psychiatry. 2018 Mar/Apr;79(2):16m10730.)では、12-24週間のエスシタロプラム投与(91%が24週間投与)により52週後のCAPS得点はプラセボと有意差がなくPTSD進展予防効果は明らかではなかったものの、PSQIではエスシタロプラム投与群が有意に良好な結果となりました。PTSDの睡眠障害に対する効果がどうなのかについてはやや気になるところです

    ・トラゾドンもPTSDの悪夢にしばしば使用されています。介入試験ではなく、質問紙による調査なのでエビデンスの質としては低いのですが、8週間のPTSD治療のために入院した患者への調査で、50-200mgのトラゾドン投与を受けた60名中72%で悪夢の減少を自覚し、週平均3.3回/週から1.3回/週に悪夢頻度が減少し、92%が入眠に、78%が睡眠維持に効果を感じたと報告されています(Pharmacopsychiatry. 2001;34(4):128–131.)。また小規模のオープン試験でPTSDの不眠への有効性が報告されているようです(J Clin Psychopharmacol 1996; 16: 294-298)

    ・ベンゾジアゼピンですが、芳しくない報告が多く、アルプラゾラムは小規模のプラセボ対照クロスオーバー試験で不安には効果があったものの、PTSD症状に対しては利益がなく(J Clin Psychiatry 1990; 51: 236-238)、クロナゼパムの小規模プラセボ対照試験では戦争後PTSDの悪夢などの睡眠障害に有効ではなかったと報告されています(Ann Pharmacother 2004; 38:1395-1399)。またアルプラゾラムをバーチャルリアリティーを用いた暴露療法の開始30分前に投与したところ、3か月後のフォローアップ時点でプラセボと比較してより重篤なPTSD症状と関連した(3か月後にPTSDの診断基準を満たした割合がアルプラゾラム投与群 79.2%、プラセボ群 47.8%で有意差あり)との報告もあり(Am J Psychiatry. Jun 2014;171(6):640-648.)、心理療法の妨げになるどころか予後を悪化させる可能性も指摘されています。そのためVA/DoDガイドライン2017などではPTSDに対するベンゾジアゼピンの使用は強く非推奨とされています。

    ・心理療法の有効性も報告されており、悪夢の修正のための睡眠教育に焦点化した認知行動療法技法であるImagery Rehearsal therapy(IRT)が、PTSDの悪夢やPTSD症状の改善に有効であったとの報告があります(JAMA 2001; 286: 537-545)
    ・この報告でのIRTは3時間×2回+1時間×1回の3回のセッションで構成されました。IRTは悪夢に対する認知行動療法的技法であり、以下の仮説からなります。
    1. 悪夢は、コントロールできないトラウマ的な出来事によって引き起こされるが、トラウマの直後には、悪夢が情報や感情処理の機会を提供することで有益な機能を果たすことがある。
    2. 悪夢が何ヶ月も続く場合は、もはや有益な機能を果たせず、有害なものとなる
    3. 悪夢は、習慣や学習された行動として治療対象にすることで、うまくコントロールできるかもしれない。
    4. 昼間に考えたことが夜に見る夢に関係するため、起きているときのイメージに働きかけることが悪夢に影響する。
    5. 悪夢は、ポジティブで新しいイメージに変えることができる。
    6. 起きている時に新しいイメージ(新しい夢)のリハーサルをすることにより、悪夢そのものに変化を求めることなく、悪夢を減少させたり、なくしたりすることができる

    ・IRTの中核的なセッションでは、参加者は自分の悪夢を書き留め、「好きなように(自由に)悪夢を変える」ように指示され、変えた夢を書き留めます。その後、参加者はイメージを使って、自分の「新しい夢」のシナリオを10〜15分間リハーサルします。次に、以前見ていた悪夢と、それをどのように変えたかを書き出し、必要に応じて実際のリハーサルで簡単に説明します。この後、参加者は想像のみで新しい夢のリハーサルするよう求められます。また、1日5〜20分程度、新しい夢のリハーサルを行います、IRTでは、トラウマになるような経験や悪夢の内容を語ることは避け、再体験を最小限に抑えるように配慮されます

    ・このようなIRTにより、性被害によるPTSD患者の悪夢を60%減少させることができたことが報告されています。

    ・今回の本題ですが、ベンゾジアゼピン系がダメなら、非ベンゾジアゼピン系とよばれるエスゾピクロンならどうか?ということを検証した小規模の介入試験(World J Psychiatry. 2020 Mar 19;10(3):21-28.)になります。

    ・対象となったのは、18-65歳のPTSD患者(DSM-IV)で、CAPSで46点以上、かつ睡眠潜時が30分以上かつ総睡眠時間が6.5時間未満の状態が最近1カ月以内で少なくとも週に3回以上の睡眠障害を有するものとされました。

    ・抗うつ薬ないしベンゾジアゼピンの併用は許可されました。ただし最近6週間以上変薬されていないものであり、最近3月以内に心理療法を開始されたものや、PTSDないし睡眠障害を治療対象とした心理療法をうけているものは除外されました

    ・対象患者の平均PTSD罹病期間は約6年でした。またPTSDの発症要因は性的暴力が6名、身体的暴力が6名、近親者への暴力ないし死の目撃が3名、戦争が1名、医療的トラウマが2名、交通事故が5名、火災が1名、事故が1名などでした

    ・試験期間は12週間でプラセボ対照二重盲検無作為割付比較試験で行われました。

    ・主要評価項目はCAPS変化量、およびPSQIで評価した睡眠障害の程度であり、副次評価項目は、SPRINTで評価されたPTSD症状、睡眠日誌、睡眠評価のために実施されたアクチグラフ検査(開始後1週間および11週目~12週目の2回実施)などでした。

    ・エスゾピクロン 3mg群(n=13)とプラセボ群(n=12)とで比較された結果、12週間でエスゾピクロン群6名、プラセボ群3名が脱落(エスゾピクロン群2名、プラセボ群2名で症状増悪、エスゾピクロン群1名で記憶障害、エスゾピクロン群3名とプラセボ群1名で脱落により追跡不能)しました。

    ・両群ともにベースラインから12週間でCAPS得点は有意に減少しましたが、群間有意差はありませんでした。またPSQI得点の変化量について群間有意差はなく、アクチグラフで評価した総睡眠時間および睡眠潜時についても群間有意差はありませんでした。MADRS変化量、CGI-S変化量も群間有意差なしとの結果になりました。

    ・小規模ではありますが、PTSDの睡眠障害およびPTSD症状に対するエスゾピクロンの効果はプラセボと有意差はありませんでした。ただし今回の試験では脱落が多く、かつエスゾピクロン群におけるアルコールもしくは物質乱用ないし依存の既往が13名中8名と多かったことも結果に影響しているかもしれません

    ・ラメルテオンやスボレキサント、レンボレキサントのPTSDの睡眠障害への有効性はどうなのでしょうか?悪夢の副作用が生じうる薬剤はあまりよくないでしょうか?Pubmedで調べても基礎実験しか報告がなく、臨床的な効果が気になるところです。

     

  • PMDDとウリプリスタル酢酸エステル 2021年03月28日

    ・2018年の勉強会でPMDD(月経前不快気分障害)について触れる機会があったのですが、その際に抗うつ薬とホルモン製剤とで、有効性はどのように違うのかという疑問が残りました。当時少し調べたのですが、試験毎に使用されている評価尺度の違いなどにより、結論にたどり着くことができませんでした

    ・唯一みつけることのできた論文(Obstet Gynecol. 2005 Sep;106(3):492-501)によると、ドロスピレノン 3mgとエチニルエストラジオールの合剤(ヤーズ配合錠)のPMSに対するプラセボ対照試験において、24日間 active pill、4日間inactive pill(24/4)のサイクルで投与したところ、3サイクル後のDRSP(Daily Rating of Severity of Problems )総得点の変化量は実薬群平均 -37.49点、プラセボ群平均 -29.99点で差は平均-7.5点(有意差あり)となりました

    ・一方セルトラリンの症状発現後(黄体期投与ではなく、症状発現後に投与)の投与試験(JAMA Psychiatry. 2015;72(10):1037-1044)では5サイクル後でのDRSP総得点の平均変化量はセルトラリン群 -29.7点、プラセボ群-22.4点で差が平均-7.3点(有意差あり)という数字が出ているので、この試験でのセルトラリンの投与方法は一般的ではないものの、だいたい全体的な効果としては同じくらいなのかな、程度の感覚でした。

    ・今回、選択的プロゲステロン受容体調節剤であるウリプリスタル酢酸エステルのPMDDに対する介入試験の結果が報告されました(文献1)。主要評価項目がDRSPなので、なんとなくの比較はできそうです。

    ・プロゲステロンとPMDDの関係性はよくわかっていないようですが、基礎実験では、中枢神経ではプロゲステロンは、扁桃体に最も高い濃度で存在することがわかっており、プロゲステロン受容体は、情動処理に重要な部位である扁桃体、海馬、視床下部、視床、前頭皮質などに存在することが報告されているようです。

    ・今回試験で用いられたウリプリスタル酢酸エステルは選択的プロゲステロン受容体調節剤であり、FDAでは子宮筋腫治療薬として承認されているようです。プロゲステロン受容体を介した転写活性を制御し、中枢神経ではプロゲステロンの拮抗作用を発揮すると考えられています。

    ・対象となったのは、18-46歳の女性で月経周期正常なPMDD患者であり、現在治療中の精神疾患を有する人や最近3か月間以内に向精神薬による治療歴がある人は除外されました。

    ・卵胞期と黄体期の間で、DRSP( Daily Record of Severity of Problems )得点の増加率を100×(黄体期スコアの平均値-卵胞期スコアの平均値)/(卵胞期スコアの平均値)として定義し、11の症状のうち少なくとも5つで50%以上増加していることが必要とされました。PMDDの診断には平均黄体期スコア3.0点以上かつ、平均卵胞期スコア2.0点未満が用いられました。

    ・スウェーデンの複数の大学病院産婦人科で2017年1月から2019年10月まで実施され、主要評価項目はDRSPでスマートフォンのアプリを用いて連日記録されました。プラセボ対照無作為割付二重盲検比較試験で、期間は28日間×3サイクルでした。

    ・ウリプリスタル酢酸エステル(UPA)5mg群(n=48)とプラセボ群(n=47)とで比較され、症状評価は試験期間中の最終2サイクルにおける月経前5日間のDRSPの平均得点で行われました。無月経となった患者については月経周期が規則的と仮定した場合の各サイクルの最終5日間の平均得点で行われました。

    ・結果ですが、脱落はUPA群 8名(うち7名が副作用による脱落。主に頭痛、倦怠感、嘔気、1名はうつ症状の悪化で脱落)、プラセボ群 9名でした。

    ・UPA群において、57.5%(23名)は月経周期が35日以上に延長、27.5%(11名)が無月経、15%(6名)が正常周期でした。

    ・UPA群とプラセボ群とのDRSP得点の比較において、群×時間の交互作用は有意であり、最終月経前5日間のDRSP得点の平均値のベースラインからの変化量の平均値は、UPA群で-30.4点、プラセボ群 -16.6点で、群間差は-13.8点でUPA群はプラセボ群より有意にDRSP得点が改善する結果となりました。

    ・DRSP得点の下位尺度において、UPA群とプラセボ群の有意差がみられた項目は、抑うつ気分、イライラ感や怒り、他者への葛藤や問題、気力減退であり、身体症状(頭痛、筋肉痛、食欲亢進など)についてはプラセボと有意差がみらませんでした。

    ・そのほか社会的機能、家族機能についてもUPA群はプラセボ群より有意に良好でした。

    ・最終月経周期における完全寛解率はUPA群50%(20名)、プラセボ群21.1%(8名)で有意差ありでした。

    ・結論として、UPAはPMDDの身体症状には効果が期待できないものの、精神症状の緩和には有効そうです。ただし多くのUPA投与群で月経周期が乱れたためunblinding biasが混入した可能性がある点については注意が必要となります。

    ・対象となった患者群や試験デザインが異なるため、単純な比較はできませんが、ヤーズ配合錠やセルトラリンの過去の試験結果よりもDRSP得点の改善度は数値的に良好であり、なかなかの良い結果といえそうです。今後の大規模試験での検証が期待されます。

    引用文献
    文献1 Comasco E. et al. Am J Psychiatry. 2021 Mar 1;178(3):256-265

     

  • β遮断薬とうつ 2021年03月21日

    ・β遮断薬といえば、心不全や虚血性心疾患、頻脈性不整脈などで使用される薬剤であり、副作用として抑うつなどの精神神経系副作用がありうることがこれまで言われてきました。ところが今回、そうでもないらしいというメタ解析結果が報告されました(文献1)。

    ・β遮断薬は精神科領域では抗精神病薬誘発性のアカシジアに対して使用されることもある薬剤として頭にうかびます。

    ・抗精神病薬誘発性アカシジアに対する治療薬については、2018年のシステマティックレビュー(Can J Psychiatry. 2018 Nov;63(11):719-729.)において、β遮断薬は抗精神病薬の切り替え、抗コリン薬、セロトニン2Aアンタゴニスト、クロナゼパムなどと共にレベルI-(Meta-analyses, systematic reviews, or RCTs with a high risk of bias)に位置付けられており(ビタミンB6はレベルI+:Well conducted meta-analyses, systematic reviews, or RCTs with a low risk of bias)、エビデンスのレベルは高いとはいえないものの、推奨されうる治療法の1つになっています。

    ・β遮断薬の添付文書には副作用として抑うつなど精神症状に関する記載があります。どの程度の頻度かについては、例えばインデラルの添付文書では0.1~5%未満となっています。

    ・今回β遮断薬の抑うつの副作用について、メタ解析とシステマティックレビューが行われました(文献1)。解析対象となった介入試験の69%(N=197)が心筋梗塞や狭心症、心不全に伴う高血圧症に対する介入試験でした。全試験数はN=285(n=53533)で、24種類のβ遮断薬が含まれました。対象となったプラセボ対照試験の試験期間は15日~24か月間で平均約28週間でした。

    ・主要評価項目は抑うつの頻度および抑うつによる脱落で、副次評価項目はその他の精神神経系副作用の出現率と精神神経系副作用による脱落とされました。

    ・結果ですが、Β遮断薬投与群26832人中1600名(5.96%)で抑うつが報告され、精神神経系副作用で最多でした。抑うつによる脱落は13225名中47名でした。プラセボ対照試験(N=31)を用いてメタ解析を行ったところ、β遮断薬による抑うつリスクは対プラセボのオッズ比 1.02で有意差はありませんでした。抑うつによる脱落についても対プラセボのオッズ比 0.97で有意差はありませんでした。

    ・その他の精神神経系副作用としては、焦燥性興奮 15/6618(0.24%)、不安 228/11308(2.02%)、食欲減退 279/9420(2.96%)、異常な夢 1038/19624(5.29%)、幻覚 130/11380(1.14%)、不眠 1225/21810(5.62%)、性欲減退 108/10356(1.04%)、記憶障害 116/7349(1.58%)、睡眠障害 411/11304(3.64%)、傾眠 395/16072(2.46%)などとなりました。その他倦怠感は 4065/29322(13.9%)でした。これら精神神経系副作用でプラセボとの有意差がでたものは、異常な夢(OR 1.15)のみで、倦怠感(OR 1.35)もプラセボとの有意差がみられました。

    ・平均28週程度のΒ遮断薬使用と抑うつの関連性は有意ではなさそうという結果となりました

    ・添付文書に記載された抑うつなどの精神神経系副作用のうち、対プラセボで有意差がみられるものは異常な夢のみであり、その他の精神神経系副作用については、抑うつも含め投与された患者群の基礎疾患に起因するものである可能性が高いことになります。

    文献1:Thomas G. Riemer et al. Hypertension. 2021;77:00-00. DOI: 10.1161/HYPERTENSIONAHA.120.16590.

  • オレキシン受容体拮抗薬 2021年03月14日

    ・オレキシン受容体拮抗薬には既に発売中のスボレキサントとレンボレキサントの他に、ダリドレキサントとかアルモレキサントとかセルトレキサントなど、いろいろと開発中の薬剤があるようなので、特性の違いを調べておこうと思ったら、興味深い介入試験(文献1)があったので、まとめておきます。

    ・この介入試験の結果に注目した理由は、以前の勉強会で取り上げた文献2の結果が頭にあったこともあります。睡眠薬投与により希死念慮が改善するかどうかを検証したものです。

    ・この文献2では、SSRI投与中の大うつ病患者で、かつ睡眠潜時が30分以上ないし中途覚醒時間が30分以上などの睡眠障害を有し、なおかつScale for Suicide Ideationで3点以上の希死念慮を有する患者が対象となりました。

    ・主要評価項目はScale for Suicide Ideationなどで評価した希死念慮であり、ゾルピデムCR 12.5mg群(n=51)とプラセボ群(n=52)とに無作為割付され、試験期間は8週間でした

    ・結果ですが、主要評価項目の8週後のScale for Suicide Ideationでは有意差はありませんでした。両群ともにScale for Suicide Ideationはベースラインと比較して有意に改善し、8週後にはゾルピデム-CR群の61%、プラセボ群の57%がScale for Suicide Ideationで0点を達成しました。

    ・Insomnia Severity Indexで評価した不眠尺度はゾルピデムCRにより有意に改善し、その改善度はより不眠が重度の群で大きい結果でした。

    ・副次評価項目のC-SSRSで評価した希死念慮においてはゾルピデムCR群は8週後にプラセボ群より有意に良好でした。またC-SSRSの改善度は、ベースラインの不眠が重度なほど大きい傾向(有意差なし)がありました。しかしのC-SSRSの改善度は効果としては全体としては軽度(効果量 -0.26)であり(ベースラインの不眠が重度の群での効果量は-0.41)、多重比較の補正(Bonferroni correction)を行うと有意差はなくなりました

    ・HAM-Dで評価されたうつ尺度については、両群間有意差はありませんでした

    ・以上より、ベースラインの不眠が重度の群においては、ゾルピデムCRは希死念慮の改善にもやや有用である可能性はあるものの、うつ症状尺度、希死念慮尺度いずれもプラセボと比較して、統計的に有意に改善しうることは示されませんでした。

    ・今回は選択的オレキシン2受容体拮抗薬のセルトレキサントの大うつ病に対する第1b相試験の結果(文献1)です。

    ・この試験は、HAM-D17で平均点19点のmoderateなうつ病患者を対象に、ジフェンヒドラミンおよびプラセボ対照で行われた小規模の介入試験です。文献1の概略は以下となります

    大うつ病に対する選択的オレキシン2受容体拮抗薬セルトレキサントの効果

    背景

    ・大うつ病(非定型の特徴を伴うものを除く)においては入眠困難や睡眠維持困難、早朝覚醒などの過覚醒症状が特徴であり(専門医試験的に押さえておくべきことは、うつ病の睡眠の特徴として、(1)睡眠潜時の延長・中途覚醒の増加・早朝覚醒などの睡眠障害(2)徐波睡眠の減少(3)レム潜時の短縮(4)相対的レム活動の増加などでしょうか)、このような症状は睡眠中における扁桃体などの辺縁系の活動を抑制する能力の低下を反映すると言われている。

    ・過覚醒状態は、視床下部-下垂体-副腎皮質系(HPA-axis)の過活動と関連し、慢性的な中枢神経系の活性化と、大うつ病サブタイプにおける持続的な交感神経系の活性化などを反映すると考えられている。

    ・うつ病患者と健常者ととHPA活性の差異は夜間に最大になる。概日リズムにおける低活動期に覚醒を抑制できないと、神経生物学的な異常につながり、それがうつ症状の原因となると考えられている。

    ・オレキシン受容体は脳全体に分布しており、ストレスやパニックに対する生理的反応に関与する特定の脳部位に選択的に発現している。外側視床下部のオレキシン神経は、覚醒状態の維持に関与しており、睡眠中は活動せず、覚醒状態では高い活動性を示す。

    ・オレキシンは、ストレス下においてオレキシン1受容体とオレキシン2受容体の両方を活性化し、HPA-axisの活性化を引き起こすが、これはオレキシン2受容体拮抗薬によって選択的に阻害され、血圧と心拍数の上昇はオレキシン1受容体拮抗薬によって阻害されることが基礎実験で示されている。

    ・げっ歯類では、オレキシン受容体拮抗薬は、予測不可能な慢性ストレスによる行動上の影響を改善し、HPA-axis機能を正常化し、オレキシンによる副腎皮質刺激ホルモンの上昇を抑制した。

    ・以上のように前臨床試験では、オレキシン受容体拮抗薬のうつ病への有効性が期待される結果が報告されているが、現在のところ、臨床的な証拠はほとんどない。

    ・オレキシン受容体のデュアルアンタゴニストであるフィロレキサントは大うつ病を対象とした第2相試験でプラセボに対する優位性を示すことができなかった

    ・大うつ病の睡眠構造では、深睡眠の減少が報告されている。前臨床試験では、 オレキシン1受容体拮抗薬とオレキシン2受容体拮抗薬を組み合わせて投与すると、レム睡眠潜時が大幅に短縮し、レム睡眠の持続時間が延長することが示されている(Front Neurosci. 2014 Feb 14;8:28. )。これらの結果は、オレキシン2受容体遮断下でオレキシン1受容体遮断薬を追加投与すると、ノンレム睡眠を犠牲にしてレム睡眠にバランスをシフトさせることにより、レム睡眠の調節障害を引き起こす可能性を示唆するものである。この結果は、デュアルアンタゴニストが大うつ病に伴う睡眠障害には逆効果である可能性を示唆している。

    ・そのためオレキシン1受容体阻害作用のないオレキシン2受容体に選択的な拮抗薬は大うつ病に対して有用である可能性がある。

    ・セルトレキサントはヒトオレキシン2受容体遮断の選択性がオレキシン1受容体への選択性と比較して約2桁高く、動物実験ではノンレム潜時、ノンレム時間を延長させることが確認されている(J Pharmacol Exp Ther 354:471–482,2015)

    ・今回、大うつ病患者に対するセルトレキサントの有効性をジフェンヒドラミンおよびプラセボ対照にて検証した

    対象と方法

    ・18-64才のBMI 18-30までの大うつ病患者(DSM-IV)。精神病症状を伴わない。Inventory of Depressive Symptomatology(IDS-C30)で30点以上

    ・主要評価項目であるうつ症状はHAM-D17、およびHAM-D6(中核症状:抑うつ気分、罪責感、仕事と活動、精神運動制止、不安の精神症状、全身の身体症状の6項目)、Quick Inventory of Depressive Symptoms (QIDSSR16)で評価

    ・睡眠ポリグラフ検査を1日目、5日目、10日目で施行

    ・投薬期間は妊娠可能女性は10日間(催奇形性が不明のため)、その他28日間

    ・セルトレキサント 20mg n=22
    ・プラセボ n=12
    ・ジフェンヒドラミン 25mg n=13

    結果

    ・エントリー時点で抗うつ薬を投与されていたのは21%(10名)のみ。うち9名がSSRI、1名がデュロキセチン

    ・10日間投与後のHAM-D17より睡眠尺度を除外した得点の変化量は、セルトレキサント群 -4.5点、プラセボ群 -2.3点、ジフェンヒドラミン群 -2.3点で有意差あり

    ・10日間投与後のHAM-D6についての変化量は セルトレキサント群 -3.8点、プラセボ群 -1.5点、ジフェンヒドラミン群 -1.8点で有意差あり

    ・自己評価式尺度( IDS-C30 )では群間有意差なし

    ・ポリグラフで測定した11日目の総睡眠時間、入眠潜時、中途覚醒時間は群間有意差なし

    ・希死念慮についての尺度の詳細は記載されておらず

    ・安全性は概ね良好であったが、試験終了後のフォローアップ期間でジフェンヒドラミン群の1名で自殺既遂あり

    結論

    ・小規模試験にて何らかの結論はだせないが、セルトレキサントは短期的にうつ病の中核症状に有効な可能性がある

    ・ベースラインのHAM-D17の平均点は19点であり、重症度が高くない群に対する結果となる。今後さらにより重症度の高い群での検証が必要

    コメント

    ・結論はでませんが、もしかしたらオレキシン2受容体の選択的遮断はうつ病の症状改善に寄与しうるかもしれません。現在大規模な複数の第3相試験(NCT04533529、 NCT04532749)が行われており、来年6月頃には結果の大勢が判明すると思われますので、結果を待ちたいと思います

    引用文献

    文献1:Kasper Recourt et al. Transl Psychiatry. 2019 Sep 3;9(1):216.
    文献2:William V McCall et al. Am J Psychiatry. 2019 Nov 1;176(11):957-9

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