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リード・タイム・バイアスなのか?
2020年04月05日
なんだか納得のいかない論文がでたのでコメントをしてみます(単に納得がいかないだけで、論文の結果は正しいのかもしれませんが)。
聞きなれませんが、リード・タイム・バイアスという言葉があります。
例えば、検診によって癌が早期発見された患者は、有症状のためにある程度病期が進展してから外来を受診した患者に比べ、癌発見が早いことから、見かけ上治療介入開始から一定期間経過後の生存率が増加する可能性のあるバイアスのことです。もし治療介入効果が実は全くなくても、早期発見後3年後と、外来受診後3年後とでは、同じ3年後でも病期が異なるので、見かけ上早期発見3年後の生存率は高くなり、検診後の早期治療介入の意義があるとの誤った解釈につながります。検診による早期発見とその後の治療介入の実益性を正しく評価するために注意すべきバイアスとなります。このリード・タイム・バイアスを除去するためには、早期発見時からの介入方法をプラセボと実薬などで無作為割付を行い、二重盲検などで経過をみていく必要があります。もしくは、観察研究であれば、介入開始時点での疾患の病期をできるだけ揃える必要があります。このような研究手段によって、初めてリード・タイム・バイアスを除去できるといえます。
精神科領域において、このリード・タイム・バイアスを問題とする論文1)が出ました。今回の話題はこの論文を扱います。
初発精神病に関して、DUP(Duration of untreated psychosis)という言葉があります。これは精神病未治療期間と呼ばれ、精神病発症から治療開始までの期間を指します。DUPには様々な定義があり、精神病発症をどのように定義するのか、治療開始をどの時点とするのかなどで異なります。発症時期を見定める困難さは、後顧的に患者や家族に思い出してもらう形式が多いため、recall biasの影響を受けるなどで正確性に欠ける可能性がある点です。また潜在発症の場合には、発症時期をどの時点と1時点に決め難いこともあげられます。その点で社会的機能の低下なども、発症時期の定義に含める報告もあります。ちなみに今回の論文では、評価者が被検者の初回入院後と6か月後のフォローアップ時点でのインタビューでアセスメントしており、明らかな幻覚、妄想、緊張病症状の発現時期となっています(陽性症状の顕在化時期に着目している)。
なぜこのDUPが注目を集めているのか。それはもし仮にDUPが統合失調症の予後規定因子であるならば、外部から操作可能な予後規定因子になるからです。統合失調症の予後規定因子として性別、病前社会適応、発症年齢など1)が知られていますが、いずれも操作困難であり、早期発見、早期治療で予後が良くなりうるとすれば、精神医学にとって重要な課題となります。DUP短縮につながりうる試み、あるいはそれ以前に精神病の顕在発症自体を防ごうとする試みとして、精神病が顕在発症するさらに前の段階である、臨床的精神病高リスク状態(Clinical High Risk of psychosis:CHR-P)または精神病の超ハイリスク状態(ultra-high risk of psychosis:UHRP)とよばれる状態を捉え、さらに早い段階から介入しようとする試みも世界中で行われています(これについても最新の総説2)がJAMA Psychiatryで出版されましたので、いずれ記事にしようと思います)。
DUPについてのエビデンス構築は困難な過程となります。これについては、Jonasらの論文が掲載された号のAmerican Journal of Psychiatryの編集記3)において記載された以下の一文に集約されます。
”Because ethically we cannot randomly assign individuals to a long or short DUP, we do not have definitive evidence with which to answer questions about the clinical consequences of early intervention”
(倫理的にDUPに対する介入試験(DUPの短い群と長い群に無作為割付するような)は不可能である。そのため、早期介入の有効性に関する明確なエビデンスを得ることはできない)
したがって、我々は、観察研究からの帰結に頼るしかない現状で、全ての交絡因子を除外できない以上、DUPに関しての明確なエビデンスを手にすることはできないということになります。そのため、せめて質の高い大規模な前向き観察研究による検証が期待されます。今回の報告は、The Suffolk County Mental Health Projectというニューヨーク州サフォーク郡で行われた、初発精神病で入院し、統合失調症ないし統合失調症スペクトラム障害と診断された患者287名を対象とした長期間(20年間)の前向き観察研究から得られた結果になります。
この報告では、まず、統合失調症においてDUPが長いとなぜ予後が不良にみえるのか、について以下の3つの仮説が立てられました。
(1)1つ目の仮説としては精神病症状が有害であり(仮説としてグルタミン酸神経の興奮毒性などにより)、長期間の精神病症状が不可逆な神経学的、心理学的損傷をもたらすとの説。この仮説が正しければ病前の社会的機能は同じレベルであり発症後に低下していくこととなりDUPが長いほど低下の度合いが大きいこととなる
(2)2つ目の仮説として、DUPの長さは、統合失調症の病型がより重症であることと関連するとの仮説。DUPが長い群は、より陰性症状主体の発症形式であり、病前からの社会的機能が低く、治療抵抗性であるとの仮説。この仮説が正しければ、DUPが長いと、発症前の社会的機能はより低く、さらにその後の疾病経過もより重症な経過をとりうることとなる。
(3)3つ目の仮説は、DUPは疾患の予後を予測するものではなく、単に疾患の病期を反映するとの仮説。DUPが長い患者は、初回入院時に既に疾患の進行期にあり、それゆえに社会的機能も低いとするもの。DUPの長短による社会的機能の低下の度合いの差は、リード・タイム・バイアスによる見かけ上の差であるとするもの。この仮説が正しければ、疾患の発見が早かろうが、遅かろうが、疾患の経過と予後そのものは変わらないこととなり、長期予後はDUPの長短と関連しないこととなる。この観察研究は、以上3つの仮説のうち、どれが正しいのかを検証する目的で行われました。
アセスメントの実施は初回入院時と初回アセスメント後6か月後、24か月後、48か月後、10年後、20年後にインタビュー形式で行われました。
主要評価項目は発症前についてはPremorbid Adjustment Scale(PAS)で評価。学校の記録や両親のPAS評価、本人のPAS評価などで評価。小児期から18歳までの心理社会的機能を評価。初回入院後はGAFで機能障害を評価。同一軸で評価するためPASをGAFに一定のルールで変換して評価。
ここで、うーんGAFかあ、と思いました。最後にコメントします。共変量として、患者家族の主たる養育者の職業(1(経営者クラス)から8(無職)までの8段階で評価)、抗精神病薬処方の有無(0か1)を設定。DUPと入院前後での心理社会的機能の変化の関連についてはKendall rank-order correlationsで解析。DUPと心理社会的尺度(GAF)の変化との関連については、DUPが短い群(256日未満)、中間の群(256-629日)、長い群(630日以上)とに層別化し、LOESS関数(離散データを平滑化するための関数)で視覚化し、相関についてはmultilevel spline modelsを用いて解析。結果は性別、職業、人種、抗精神病薬処方の有無で調整。
結果です。ちょっと衝撃的な結果となります。
・DUPは最初の入院時点、6か月時点、24か月時点での心理社会的機能と有意な相関を示した(DUPが長いと心理社会的機能が有意に低かった)
・DUPと病前機能の差異との関連は有意ではなかった(病前機能はDUPの長短と有意な関連はみられなかった)
・DUPと入院後24か月以上の長期の心理社会的機能予後との関連は有意ではなかった(DUPが長かろうが短かろうが、24か月を超える予後には影響がないようだった)
・DUPが長いと、小児期から最初の入院までの心理社会的機能の低下はより有意に大きくなった。しかし、その後のフォローアップ期間においては、反対にDUPが短いとより入院後の心理社会的機能低下が有意に大きいとの結果となった。つまり、DUPが長くても短くても、精神病症状の発症時点を基準にすると、心理社会的機能の低下は、DUPが長い群も短い群もほぼ同じ時間経過をたどる。つまり、入院時点でのDUPが長いと、その分心理社会的機能は低いが、単に発症から長く時間がたっているだけであり、DUPが短い群は、なんらかの要因により早期に発見され入院しただけであるともいえる。このことは仮説(3)を支持する結果と言え、DUPが長いと入院時点での機能が低いのはリード・タイム・バイアスの結果と言える、ということになりました。
DUPが長いと精神病症状による神経障害が進行し、それゆえより予後が悪化するとの神経障害仮説は支持されず、DUPの長短はその後の長期的な予後に有意な影響を与えないとの結果です。また潜行性の経過をたどる、病前社会的機能の低い陰性症状主体の患者群がDUPが長く、さらに予後も悪いとの仮説も支持されなかったことになります。なんだか納得がいきません。
この結果が正しければ、例えば、2018年のJAMA Psychiatryに掲載された、DUPと治療開始後の海馬体積の変化を調べた論文4)の結果(DUPの長さと、8週間での左海馬体積の減少率は有意な相関を示した)についても、単にDUPが長い=疾患の進行期であり、より初期よりも急激に体積減少が起きている時期をみているだけ、ということになってしまいかねません。
なんとか反論したいので、手法についてちょっとつっこんでみます。どれほど意味のあるつっこみかはわかりませんが、まず主要評価項目としての心理社会的尺度として、GAFを使っているところ。
皆さんご存じの通り、GAFを見ると、
60-51点:中等度の症状、または、社会的、職業的、 または学校の機能における中等度の障害
50-41点:重大な症状、または、社会的、職業的または学校の機能において何か重大な障害
とあるように、症状または機能となっており、どちらか重たい方をとることとなります。つまり、症状をみているのか機能をみているのかわからない。おそらく両者に一定の相関はあるとは思いますが、ここはすっきりしません。
もっと純然たる心理社会的尺度を主要評価項目に用いてアセスメントをした方がよかったのではないかと思われます。たとえば、DUPと予後についての割と最近の報告として、中国で行われた14年間の前向き観察研究があります5)。
この報告では209名の統合失調症患者をDUPが6か月以下と6か月より長い群とに層別化し、予後を比較しています。
Jonasらの論文よりも若干観察期間は短いけれど、似たような規模の報告といえます。GAFだけでなく、PANSSとか独身率、有症状期間、就労、犯罪率、寛解率など様々な尺度を用いて評価しています。
結論として、14年後においてDUPが長い群は独居率が有意に高く、PANSS generalとnegativeで有意に高く、有症状期間も長いとの結果となりました。この報告では、Jonasらのように、精神病発症時期に横軸を合わせて、リード・タイム・バイアスを無くした状態で両群の変化を比較することをしていませんが、Jonasらの論文と同じ解析はできるはずですので、彼らの結論が正しいのか、いろいろな尺度で検証しうると思います。14年という長期経過後の結果なので、リード・タイム・バイアスを考慮にいれても有意差は残る気がします。
真実は今後の検証結果をまつということになるでしょうか。1)Jonas KG, et al. Am J Psychiatry. 2020 Apr 1;177(4):327-334
2)Fusar-Poli P et al. JAMA Psychiatry. 2020 Mar 11. doi: 10.1001
3)Donald C. Goff, et al., Am J Psychiatry 2020 Apr 1; 177(4):1–3
4)Goff DC, et al., JAMA Psychiatry. 2018 Apr 1;75(4):370-378
5)Ran MS et al., Psychiatry Res. 2018 Sep;267:340-345 -
これはすごい
専門外ではありますが、当事者の方と御縁があったこともあり、最近5年間くらいずっとALSの臨床試験などの動向を追いかけています。
ここ最近、印象的な話題があったのでコメントします。
夢のある話題でもありますので、興味がある方はお読みくださいこのブログの記事を書くきっかけになった論文は、こちらの論文(Mol Ther. 2020 Jan 14. pii: S1525-0016(20)30011-3)ですが、この論文について触れる前に、遺伝子編集技術の進歩を簡単に振り返ります(大雑把なことしかわかりませんが)。
CRISPR-Cas9と呼ばれる遺伝子編集技術は2012年に報告され、遺伝子配列の任意の場所を削除、置換、挿入することのできる技術として注目されました。
当初報告されたCRISPR-Cas9はDNAの二本鎖を両方とも切断するため、その他の部位で予期しない遺伝子変化を生じるリスクがあり、実用性には乏しいとされていました。
その後選択性を高める工夫はいろいろなされましたが、2017年にDNAではなく、RNAをターゲットとする遺伝子編集技術(RNA-targeting Cas9、略してRCas9)が開発されました。2017年8月のCell誌に公表された論文(Ranjan Batra et al., Cell,170(5), P899-912.e10, August 24, 2017)では、RCas9により、ALS患者細胞内(C9orf72遺伝子変異ALSなど)でみられうるマクロサテライト反復伸長とよばれる繰り返し配列を有する異常RNA蓄積の除去に成功したことが報告されました。CRISPR-Cas9システムにおいては、RNAプローブが特定のDNA配列に結合し、Cas9酵素がDNAを切断しますが、RCas9では、RNAをターゲットとし、RNAを切断します。DNAに恒久的な変化をもたらす手法においては、選択性が完全ではない場合に、ターゲットではない部分の遺伝子編集が行われ、危険が生じる可能性がありますが、RNAをターゲットとすることで、効果が可逆性となることから、安全性が高いことが期待できます。
さらにMITの研究者らによりRNAの単一塩基配列の編集が可能となりました(Science. 2017 Nov 24;358(6366):1019-1027)。CRISPRシステムに改変を加えたREPAIR(RNA Editing for Programmable A to I Replacement)とよばれる技術により、正確に選択的なRNA配列のアデノシンをイノシンに置換することが可能となりました。これにより一部のデュシャンヌ型筋ジストロフィーやパーキンソン病などでみられる点変異(グアノシンからアデノシンへの変異)に起因した病態への遺伝子編集による治療が可能となる道が拓けました。
当然、このような遺伝子編集技術を、治療的にALSに対して応用しようということになります。
遺伝子変異が明らかな家族性ALS(ALS全体の10%程度と言われていますが)、その家族性ALSの中の20%程度を占めるといわれるSOD1遺伝子変異ALSなどがターゲットとなります。このSOD1変異ALSにおいては、変異したSOD1蛋白質が折り畳み異常を呈し、細胞質内で凝集体を形成することが主要な病態と考えられています。そうなると当然この異常SOD1蛋白質の発現をなんとか阻害しようという治療戦略になり、そのために例えば変異SOD1遺伝子由来のmRNAの相補的配列を有するアンチセンス・オリゴヌクレオチドにより、mRNAからの蛋白質への転写過程を阻害しようとする治療戦略(これについてはBiogen社などが開発中で、すでに第3相試験に到達しています。日本でも2019年から第3相試験への参加者が募集されていました(まだ募集中でしょうか?)。ただし投与経路がクモ膜下腔内投与のため、腰椎穿刺が必要など侵襲性はやや高いものです)や、マイクロRNAを用いて、発現を阻害しようとする治療戦略(アデノ随伴ウイルスベクターを用いた動物実験での成功例が報告されています。これは静注できるので、投与経路は安全です)などの手法が現在精力的に研究されています。
そこに、遺伝子編集技術による治療法開発も参入しています。こちらの論文(Sci Adv. 2017 Dec 20;3(12):eaar3952)にて公表されたように、アデノ随伴ウイルスベクター内にCRISPR-Cas9システムを組み込んで、モデルマウスに投与し、in vivoで遺伝子編集を行い、運動神経細胞内における変異SOD1遺伝子の発現を阻害しうることが示されました。アンチセンス・オリゴヌクレオチドやマイクロRNAを用いる方法と比較して、選択性や効率がより高い点が期待しうるのではないかとのことです。
DNAについてもCRISPR技術の応用により一塩基編集技術が開発されました(Nature. 2016 May 19;533(7603):420-4.)。CBEs(cytidine base editors)とよばれるこの方法は、単一塩基を変化させるものであり、具体的にはシトシン(C)をチミン(T)に変化させるものです。
これをALS治療に応用しようとしたのが、今回の論文(Mol Ther. 2020 Jan 14. pii: S1525-0016(20)30011-3)となります。研究者らは変異SOD1遺伝子の上流部位を終止コドンに変化させるようCBEsに基づくシステムを構築しました。さらにこのシステムをアデノ随伴ウイルスベクターに組み込み、モデルマウスに投与して治療的効果がみられることを報告しました(そこまで劇的な効果ではありませんでしたが)
ここからが空想です。
このような話が例えば癌医療にも将来応用ができれば、患者ごとの癌の遺伝子変異を同定し、その癌の増殖を抑制するようにうまいこと終止コドンに変化させるようなCBEsをエンコードしたアデノ随伴ウイルスベクターを作成し、それを静注すれば癌の治療終了、みたいな、夢のようなまさにPrecision Medicineが実現できるのでは、などと勝手に夢想していました。実際の研究の進展はどうなのでしょうか。実際にはウイルスベクターを用いることによる限界や、効率の問題、副作用の問題、癌細胞の遺伝子変異なんて同一生体内でもとらえきれない程variantが多く、そんなに単純な話でもないのかもしれません。
しかし夢のある話だと思われませんか?専門家の方に一度お話を聞いてみたい気がします。これからの研究の進展に期待です。 -
はじめに
2020年03月26日
このブログでは、私が院内勉強会および大学病院で主として精神科専攻医を対象として行っている勉強会での話題の一部を掲載していく予定です。
そのためある程度の医学的知識を有する方を対象としており、また比較的最近の論文を対象とした話題ではありますが、数年後にはその内容が間違いとなっている可能性があることに注意が必要です。したがって、ここに書かれていることも数年後にはすべて間違いということもありうるかもしれません。
医学の知識は常に更新されており、その知識は数年経つと古いものになってしまいます。教科書ですら数年たつと古い、時には間違った情報が掲載されていることということもあります。そのため臨床医は最新の知識をもって臨床に向かうことが必要となります。
精神医学の分野でそのような例をあげると、ここ最近では、例えば統合失調症の病態仮説の1つである、ドパミン仮説についての話題があります。2016年刊のカプラン臨床精神医学テキスト第3版1)には、ドパミン仮説において統合失調症の病態に関与する主な経路として中脳辺縁系ドパミン経路の異常が挙げられており、これは長年広く受け入れられてきた概念です。
実際に精神薬理学の大家であるStephen M. Stahl博士(ストール精神薬理学エッセンシャルズで有名な)が2018年に出版した統合失調症の総説2)でも、幻聴や妄想の病態の中核として中脳辺縁系ドパミン経路の過活動が考えられていることが明記されています。
このような仮説は、辺縁系に焦点を有するてんかん患者において統合失調症様症状がみられうること3)や、1960年代の実験において統合失調症患者の辺縁系に電極を埋め込んだところ、精神病症状が活発な際には辺縁系の神経細胞の過活動が観察されたこと4)、アンフェタミン誘発性精神病モデル動物において、側坐核に抗精神病薬を注入すると行動異常が改善したが、尾状核に注入しても改善しなかったこと5)などの報告により提起されたものです。
しかし、2019年3月のTrends in Neurosciences誌に公表された総説6)などにみられるように、ここ最近の研究では統合失調症におけるドパミン経路の異常は、驚くべきことに黒質線条体経路において最も顕著にみられることが報告されてきています。
このような結果を受けて、最新の精神病に関する病態仮説を示した論文など7)においては、中脳から線条体連合部位(associative striatum)のドパミン系の過活動が明示されています。
中脳辺縁系経路の異常の存在が否定されたわけではありませんし、この内容も将来否定される可能性もありますが、医学的知識は常に更新されており、教科書的知識は既に古い可能性に注意すべき一例といえます。だからこそ臨床医は常に最新の情報にアンテナを張らないといけないと思います。
中枢神経疾患の病態解明はとても難しく、ヒトの精神的活動の異常は科学的にはよくわかっていません。例えば筋萎縮性側索硬化症は、疾患の臨床表現型は極めて明確であるにも関わらず、その病態生理はほとんどわかっていません。
95%の患者においてTDP-43蛋白質の局在化異常、折り畳み異常と凝集体形成が生じることがわかっています8)が、なぜ核内蛋白質であるTDP-43が細胞質内に異常局在化し凝集するのか、そのメカニズムについては今後の研究の進展を待つ必要があります。
このように臨床表現型のはっきりした中枢神経疾患ですら未解明なことが多い現状において、ましてや精神疾患はさらに手の届かないことが多く、challengingな、しかしだからこそ面白い分野ともいえるかもしれません。
精神疾患においても、単極性うつ病と双極性うつ病、いずれも疾患の臨床表現型は区別がつきませんが(NIRSが保険承認されていますが、初発うつ病相にある患者の検査前確率を果たしてどこまで上げることができるでしょうか?)、かたや病態仮説としてモノアミン仮説があり(それでもSSRI、SNRIのNNTは5-8程度と言われています9))、一方で双極性うつ病については、同じうつ病でも抗うつ薬の効果は、例えばEMBOLDEN II studyでパロキセチンがプラセボとの有意差を示せなかったり10)、双極性うつ病に対する抗うつ薬併用に関する論文で現時点でおそらく最も引用されている総説11)においても、気分安定薬併用下での抗うつ薬の有効性については対プラセボでの効果量で短期的にはわずかながら有意差があるものの、臨床的に効果があるとは言い難く、さらに副次的評価尺度である反応率などでは有意差はなく、また52週間を超える長期使用では、躁転率が抗うつ薬併用群17%、プラセボ群10%で有意差を認めるなどの報告となっており、日本うつ病学会のガイドライン12)の推奨事項に行きつくということになります。
双極性うつ病の病態仮説としてモノアミン仮説はそのまま適応することはできない印象です。最近日本で上市された薬剤にクエチアピン徐放剤がありますが、その作用機序の説明文書をみてみると、クエチアピン代謝産物がモノアミン系に作用しうるということで、双極性うつ病に対して奏効するメカニズムとしてモノアミン仮説を用いた説明が何故かなされており、すっきりしないものを感じます。
FDAではルラシドン、カリプラジンなどいくつかの非定型抗精神病薬が承認されている現状からするとモノアミンでもドパミン系などもからんでくるのでしょうか。それとも理研の加藤先生らのグループが研究されているように、もっと細胞内レベルでの病態が関与しているのでしょうか。精神医学はわからないことだらけです。
疑問はつきませんが、確実に治療的介入が奏効する症例があることも間違いなく、個々の患者さんの状態をきちんとアセスメントし、適した介入方法を適切に見極めることが臨床家にとって重要な作業となります。日常診療の中で浮かんでくる様々な課題や疑問に対して、少しでも真実に近い答えにたどり着くために、また患者さんに対して現段階で最適なサービスを提供するために、学んでいきたいと思います。
引用文献
1)カプラン臨床精神医学テキスト DSM-5診断基準の臨床への展開 第3版 メディカルサイエンスインターナショナル (2016/5/31)
2)Stephen M. Stahl, CNS Spectrums (2018), 23, 187–191
3)Gibbs, F.A. (1951) J. Nerv. Ment. Dis. 113, 522–528
4)Heath, R.G. (1962) Am. J. Psychiatry 118, 1013–1026
5)Pijnenburg, A.J. et al. (1975) Psychopharmacologia 41, 87–95
6)Robert A. McCutcheon et al., Trends in Neurosciences, March (2019),42,No 3,205-220
7)Paolo Fusar-Poli et al.,JAMA Psychiatry Published online March 11, (2020)
8)Majumder V et al., BMC Neurol.(2018) Jun 28;18(1):90
9)Citrome L. J Affect Disord. (2016) May 15;196:225-33.
10)McElroy SL et al., J Clin Psychiatry.(2010) Feb;71(2):163-74.
11)McGirr A et al., Lancet Psychiatry. (2016) Dec;3(12):1138-1146.
12)日本うつ病学会治療ガイドライン I. 双極性障害 2017