・ちょうど専攻医勉強会でPTSDに入りましたので、これに関連した話題をまとめておきます。

・PTSDに伴う睡眠障害、悪夢などの症状に対して、どのように対処すればよいのか、2018年のNICEガイドライン(https://www.nice.org.uk/guidance/ng116)をみても、睡眠障害に対してCBTを考慮するとの記載はあるものの、薬物療法についての記載はなく(成人のPTSDの予防のためにベンゾジアゼピン系を含む薬物療法はしてはいけないとの記載はあり)、オーストラリアとニュージーランドのエキスパートを対象とした調査(J Clin Pharm Ther. 2021 Feb;46(1):158-165)では、PTSDに関連した悪夢に対して86%の精神科医がプラゾシン(α1アドレナリン受容体アンタゴニスト)を投与しているとの結果が報告されています。

・しかしプラゾシンといえば、2016年のメタ解析(Gen Hosp Psychiatry. Mar-Apr 2016;39:46-52)では睡眠の質の改善やPTSD症状の改善に対して有効な可能性を示唆する結果が報告されたものの、2018年の比較的規模の大きな(n=304)、退役軍人のPTSDを対象とした多施設でのプラセボ対照試験(N Engl J Med 2018; 378: 507-517)により、26週間後のPTSD症状や睡眠障害(PSQI)の改善効果についていずれもプラセボと有意差なしとの結果が報告され、その効果については懐疑的な状況となりました。ただし、この報告については、いろいろとつっこまれるところがあるようで、慢性期の安定状態にありα1受容体遮断薬への反応性に乏しい患者が対象となったなどのselection biasがあるためじゃないかとか、未診断の睡眠時無呼吸症候群の患者が混ざっているためではないか(確実なエビデンスではないものの、観察研究でα1アドレナリン遮断薬使用と睡眠時無呼吸の増加との関連性を指摘する報告がある:J Clin Sleep Med. 2019 Nov 15;15(11):1571-1579.)とか、使用されたプラゾシンの用量も2-20mg(平均14.8mg)であり、悪夢に有効であったと症例報告で報告されてきた25-45mgよりも少なかったのも問題じゃないかなどの指摘があるようです(Nat Sci Sleep. 2018 Nov 26;10:409-420)。この介入試験の結果を受けて、2018年にAmerican Academy of Sleep Medicine(AASM)はプラゾシンのPTSDの悪夢に対する位置づけをdowngradeする判断を下しています(J Clin Sleep Med. 2018 Jun 15;14(6):1041-1055)ただし、プラゾシンの効果を実感する臨床家も多いことから、PTSDに関連する悪夢に対する薬物療法の選択肢の1つとして、2018年の段階ではオランザピン、リスペリドン(VA/DoDガイドライン2017ではエビデンス欠如によりPTSDに対する使用を強く非推奨)、アリピプラゾールなどの非定型抗精神病薬、トラゾドン、フルボキサミン、三環系抗うつ薬、クロニジン、ガバペンチンなどとともに掲載されています。なお、クロナゼパムとベンラファキシンは非推奨となっています。

・SSRIの睡眠への効果ですが、セルトラリンについては介入試験(Arch Gen Psychiatry. 2001;58(5):485–92.)においてPTSD症状には有効であるものの、PSQIについてプラセボと有意差なく、また副作用として不眠がプラセボより有意に多く報告(35%対22%)されており、睡眠に対する有効性についてはあまりぱっとしない状況のようです(Curr Psychiatry Rep. 2015 Jun;17(6):41)

・エスシタロプラムについては、急性ストレス障害患者(75%が交通外傷によるもの)を対象にPTSD予防効果を検証した52週間のプラセボ対照比較試験(J Clin Psychiatry. 2018 Mar/Apr;79(2):16m10730.)では、12-24週間のエスシタロプラム投与(91%が24週間投与)により52週後のCAPS得点はプラセボと有意差がなくPTSD進展予防効果は明らかではなかったものの、PSQIではエスシタロプラム投与群が有意に良好な結果となりました。PTSDの睡眠障害に対する効果がどうなのかについてはやや気になるところです

・トラゾドンもPTSDの悪夢にしばしば使用されています。介入試験ではなく、質問紙による調査なのでエビデンスの質としては低いのですが、8週間のPTSD治療のために入院した患者への調査で、50-200mgのトラゾドン投与を受けた60名中72%で悪夢の減少を自覚し、週平均3.3回/週から1.3回/週に悪夢頻度が減少し、92%が入眠に、78%が睡眠維持に効果を感じたと報告されています(Pharmacopsychiatry. 2001;34(4):128–131.)。また小規模のオープン試験でPTSDの不眠への有効性が報告されているようです(J Clin Psychopharmacol 1996; 16: 294-298)

・ベンゾジアゼピンですが、芳しくない報告が多く、アルプラゾラムは小規模のプラセボ対照クロスオーバー試験で不安には効果があったものの、PTSD症状に対しては利益がなく(J Clin Psychiatry 1990; 51: 236-238)、クロナゼパムの小規模プラセボ対照試験では戦争後PTSDの悪夢などの睡眠障害に有効ではなかったと報告されています(Ann Pharmacother 2004; 38:1395-1399)。またアルプラゾラムをバーチャルリアリティーを用いた暴露療法の開始30分前に投与したところ、3か月後のフォローアップ時点でプラセボと比較してより重篤なPTSD症状と関連した(3か月後にPTSDの診断基準を満たした割合がアルプラゾラム投与群 79.2%、プラセボ群 47.8%で有意差あり)との報告もあり(Am J Psychiatry. Jun 2014;171(6):640-648.)、心理療法の妨げになるどころか予後を悪化させる可能性も指摘されています。そのためVA/DoDガイドライン2017などではPTSDに対するベンゾジアゼピンの使用は強く非推奨とされています。

・心理療法の有効性も報告されており、悪夢の修正のための睡眠教育に焦点化した認知行動療法技法であるImagery Rehearsal therapy(IRT)が、PTSDの悪夢やPTSD症状の改善に有効であったとの報告があります(JAMA 2001; 286: 537-545)
・この報告でのIRTは3時間×2回+1時間×1回の3回のセッションで構成されました。IRTは悪夢に対する認知行動療法的技法であり、以下の仮説からなります。
1. 悪夢は、コントロールできないトラウマ的な出来事によって引き起こされるが、トラウマの直後には、悪夢が情報や感情処理の機会を提供することで有益な機能を果たすことがある。
2. 悪夢が何ヶ月も続く場合は、もはや有益な機能を果たせず、有害なものとなる
3. 悪夢は、習慣や学習された行動として治療対象にすることで、うまくコントロールできるかもしれない。
4. 昼間に考えたことが夜に見る夢に関係するため、起きているときのイメージに働きかけることが悪夢に影響する。
5. 悪夢は、ポジティブで新しいイメージに変えることができる。
6. 起きている時に新しいイメージ(新しい夢)のリハーサルをすることにより、悪夢そのものに変化を求めることなく、悪夢を減少させたり、なくしたりすることができる

・IRTの中核的なセッションでは、参加者は自分の悪夢を書き留め、「好きなように(自由に)悪夢を変える」ように指示され、変えた夢を書き留めます。その後、参加者はイメージを使って、自分の「新しい夢」のシナリオを10〜15分間リハーサルします。次に、以前見ていた悪夢と、それをどのように変えたかを書き出し、必要に応じて実際のリハーサルで簡単に説明します。この後、参加者は想像のみで新しい夢のリハーサルするよう求められます。また、1日5〜20分程度、新しい夢のリハーサルを行います、IRTでは、トラウマになるような経験や悪夢の内容を語ることは避け、再体験を最小限に抑えるように配慮されます

・このようなIRTにより、性被害によるPTSD患者の悪夢を60%減少させることができたことが報告されています。

・今回の本題ですが、ベンゾジアゼピン系がダメなら、非ベンゾジアゼピン系とよばれるエスゾピクロンならどうか?ということを検証した小規模の介入試験(World J Psychiatry. 2020 Mar 19;10(3):21-28.)になります。

・対象となったのは、18-65歳のPTSD患者(DSM-IV)で、CAPSで46点以上、かつ睡眠潜時が30分以上かつ総睡眠時間が6.5時間未満の状態が最近1カ月以内で少なくとも週に3回以上の睡眠障害を有するものとされました。

・抗うつ薬ないしベンゾジアゼピンの併用は許可されました。ただし最近6週間以上変薬されていないものであり、最近3月以内に心理療法を開始されたものや、PTSDないし睡眠障害を治療対象とした心理療法をうけているものは除外されました

・対象患者の平均PTSD罹病期間は約6年でした。またPTSDの発症要因は性的暴力が6名、身体的暴力が6名、近親者への暴力ないし死の目撃が3名、戦争が1名、医療的トラウマが2名、交通事故が5名、火災が1名、事故が1名などでした

・試験期間は12週間でプラセボ対照二重盲検無作為割付比較試験で行われました。

・主要評価項目はCAPS変化量、およびPSQIで評価した睡眠障害の程度であり、副次評価項目は、SPRINTで評価されたPTSD症状、睡眠日誌、睡眠評価のために実施されたアクチグラフ検査(開始後1週間および11週目~12週目の2回実施)などでした。

・エスゾピクロン 3mg群(n=13)とプラセボ群(n=12)とで比較された結果、12週間でエスゾピクロン群6名、プラセボ群3名が脱落(エスゾピクロン群2名、プラセボ群2名で症状増悪、エスゾピクロン群1名で記憶障害、エスゾピクロン群3名とプラセボ群1名で脱落により追跡不能)しました。

・両群ともにベースラインから12週間でCAPS得点は有意に減少しましたが、群間有意差はありませんでした。またPSQI得点の変化量について群間有意差はなく、アクチグラフで評価した総睡眠時間および睡眠潜時についても群間有意差はありませんでした。MADRS変化量、CGI-S変化量も群間有意差なしとの結果になりました。

・小規模ではありますが、PTSDの睡眠障害およびPTSD症状に対するエスゾピクロンの効果はプラセボと有意差はありませんでした。ただし今回の試験では脱落が多く、かつエスゾピクロン群におけるアルコールもしくは物質乱用ないし依存の既往が13名中8名と多かったことも結果に影響しているかもしれません

・ラメルテオンやスボレキサント、レンボレキサントのPTSDの睡眠障害への有効性はどうなのでしょうか?悪夢の副作用が生じうる薬剤はあまりよくないでしょうか?Pubmedで調べても基礎実験しか報告がなく、臨床的な効果が気になるところです。