・若い方にADHD治療薬を処方する機会もあるため、催奇形性リスクについて調べておこうと思ったら、アトモキセチンとグアンファシンについてはそれぞれの薬剤のみで検討された疫学的研究がまだなく、よくわからない状況です。現実的には添付文書に従い、アトモキセチンについては”治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること”、グアンファシンについては”妊婦又は妊娠している可能性のある女性には投与しないこと”となります。

・メチルフェニデート徐放剤については、添付文書では”妊婦又は妊娠している可能性のある女性には投与しないことが望ましい”との記載になっています。メチルフェニデートについては海外では妊娠中の投与例もこのところ増えており、大規模な疫学的研究による報告が散見されるようになってきています。FDAでは既に廃止された分類ですが、カテゴリーC(危険性を否定することができない)に分類されており、海外の添付文書ではラットでの実験結果が記載されており”ラットを用いた研究では、30mg/kg/dayまでの経口投与で胎仔に害を及ぼす証拠はなく、これは、mg/kgおよびmg/m2ベースに換算するとそれぞれコンサータのヒトへの最大推奨投与量の約15倍および3倍にあたる。妊娠ラットにおけるメチルフェニデートとその主な代謝物であるPPAへの暴露量は、AUCに基づくと最大推奨量のコンサータを使用したボランティアおよび患者を対象とした試験で見られた値の2倍になる”とのことです。

・妊娠第1三半期のメチルフェニデート内服と催奇形リスクとの関係については、疫学的研究から得られている結論から言うとまだはっきりしたものはでていないということになりますが、その理由としては暴露による催奇形リスクの増加量がおそらくは小さい(高々1%程度)ことと、メチルフェニデート暴露妊娠例がまだ少ないということがあります(それでも年々かなりの割合で増えてきているようです。文献2ではデンマークにおいて妊娠中におけるADHD治療薬処方は2003年には10万人年当たり5人でしたが、2010年には10万人年あたり533名に増加しているとのことで、7年間で100倍になっており増加率に驚きました)。

・たとえば文献1のメタ解析で対象となった2つのコホートに含まれた人数は、大奇形に関してメチルフェニデート暴露群はn=3474(アメリカと北欧の2つのコホートの合計)、非暴露群はn=4373963となっています。

・この報告で共変量としてアメリカのMedicaidデータベースからのデータについては、年齢、出生年、人種、多胎妊娠、精神疾患合併症、アルコール依存ないし乱用、薬物依存ないし乱用、喫煙、慢性疾患(糖尿病、高血圧、肥満、腎臓病)、向精神薬処方(抗てんかん薬、抗うつ薬、抗不安薬、抗精神病薬、ベンゾジアゼピン系など)、その他の併用薬剤などが抽出されました。北欧(デンマーク、フィンランド、アイスランド、ノルウェー、スウェーデン)のレジストリからのデータについては共変量として、年齢、出生年、出生順、性別、出産方法、喫煙、BMI、精神疾患による入院歴、催奇形性薬剤の服用などが抽出されました。

・あらゆる大奇形の調整後の相対リスク(RR)については、アメリカからのデータでは調整後RR=1.11(95% CI 0.91-1.35)、北欧からのデータについては調整後RR=0.99(95% CI 0.74-1.32)となり、全体としてRR=1.07(95% CI 0.91-1.26)となり、非暴露群と暴露群とで有意差はでませんでした。また心血管系奇形の相対リスクについては、アメリカからのデータでは調整後RR=1.28(95% CI 0.94-1.74)、北欧からのデータでは調整後RR=1.28(95% CI 0.83-1.97)となり、この2つをひっくるめると全体として心血管系奇形の相対リスク=1.28(95% CI 1.00-1.64)となり、ぎりぎり有意差がでている感じです。それでも各データの調整を行った共変量の内容が異なっており(北欧のはアルコール乱用の有無とかが入っていないなど)、そのあたりを加味すると、結果の信頼性という点ではまだまだという気がします。

・絶対的なリスク値(未調整)についてはMedicaidからのデータによると、あらゆる大奇形の発生率は非暴露群で3.5%、暴露群では4.59%であり、心血管系奇形の発生率は非暴露群で1.27%、暴露群で1.88%となりました。抗うつ薬の時もそうでしたが、暴露群と非暴露群とで絶対リスクの差が1%を切るような疾患については、疫学的に暴露、非暴露での有意差を確実に抽出するのはとても大変な作業になっている印象です。

・ちなみに文献1において、心血管系奇形のさらにどのような奇形が有意にメチルフェニデートにより増加していたかについては、Medicaidからのデータの解析ではConotruncal and major arch anomalies(調整後RR=3.44 95% CI 1.54-7.65)となっており、心房中隔欠損および心室中隔欠損については有意差がみられませんでした。北欧からのデータについては、どの心血管系奇形についてもはっきりと暴露との関係性を示せたものはありませんでした。

・今回、新たな視点から、メチルフェニデートの催奇形性について検討した論文が出ました(文献2)。どのような点が新しいかと言うと、これまで報告された結果は、催奇形性については生児出産例のデータによるものであり、死産や流産に至る重度奇形に関するデータは含まれておらず、生児出産例のみのデータではsurvivor biasにより、真の奇形リスクが低く見積もられる可能性があるということから、妊娠中の超音波検査により判明した奇形、死産、流産、奇形などのデータも収集し、妊娠第1三半期におけるメチルフェニデート暴露と催奇形性との関連を検討したという点です。

・対象となったのはデンマークの5つの全国データベース(the Danish Fetal Medicine Database, the Danish National Patient Registry(妊娠22週以前の死産ないし流産の情報), the Danish Medical Birth Registry, the Danish Health Services Prescription Database)であり、2007年11月から2014年2月までの単胎妊娠の胎生11週からの情報が収集されました

・共変量として、人種、伴侶の有無、未経産ないし経産、妊娠年齢、BMI、妊娠中の喫煙、妊娠180日前から妊娠第1期までの既知の催奇形性薬剤の処方の有無、妊娠2年前のADHD診断ないし糖尿病診断の有無、妊娠2年前から第1期までの降圧薬や糖尿病治療薬、抗てんかん薬、抗精神病薬、抗不安薬などの処方歴などのデータが抽出されました。

・log-binomial回帰法により罹患率比(PR : prevalence ratio)が算出(オッズ比ではなく、暴露群が非暴露群の何倍リスクが高いかを算出)されました。

・364012例の単胎妊娠が対象となり、うち96%で超音波検査のデータがありました。妊娠第1期へのADHD治療薬への暴露率は0.16%(n=569)であり、うち83%がメチルフェニデートでした。ADHD治療薬暴露群は非暴露群と比較して、より若年で、喫煙率が高く、向精神薬投薬率が高い傾向がありました。

・あらゆる理由による11週以降の妊娠終了はADHD治療薬暴露群で9.8%、非暴露群では2.6%(暴露群の大半が胎児が原因による妊娠終了ではなかった)であり、全体の奇形率はメチルフェニデート暴露群では5.1%(29例)、非暴露群では4.6%でした。心奇形率はメチルフェニデート暴露群で2.1%、非暴露群では1.0% であり、重症心奇形についてはメチルフェニデート暴露群0.9%、非暴露群0.2%となりました

・メチルフェニデートについては、調整後PRは全奇形について1.04(95% CI 0.70-1.55)、心奇形は1.65(95% CI 0.89-3.05)、重症心奇形 2.59(95% CI 0.98-6.90)でした。心奇形のうちわけについては、12例中10例が中隔欠損であり、心房中隔欠損の調整後PRは1.21(95% CI 0.45-3.21)、心室中隔欠損の調整後PRは2.74(95% CI 1.03-7.28)となりました。一方中枢神経系奇形の調整後PRは2.03(95% CI 0.65-6.27)となりました。

・暴露症例数が少ないため、確定的なことは言えませんが、妊娠第1三半期におけるメチルフェニデート内服により、一部心奇形の発生リスクがわずかながら上昇する可能性があるという結果になりました。

文献1:JAMA Psychiatry. 2018;75(2):167-175.
文献2:J Clin Psychiatry. 2021 Jan 5;82(1):20m13458. doi: 10.4088/JCP.20m13458