院長ブログ

  • 残念なニュース

    ・非常に期待され、個人的にも期待していたBrainStorm社の自家間葉系幹細胞移植であるNurOwn細胞の第3相試験ですが、同社の11月17日付press releaseにより主要評価項目を達成できなかったことが公表されました。

    ・189名のALS患者を対象に行われたこの第3相試験の主要評価項目はALSFRS-Rの変化率が治療開始後に治療開始前と比較して1.25点/月以上の改善度を示した反応群の割合でした。

    ・NurOwn投与群では34.7%、プラセボ群では27.7%で統計的有意差はみられませんでした。

    ・副次評価項目の28週間でのALSFRS-Rの変化量はNurOwn群 -5.52点、プラセボ群 -5.88点でこれも有意差なしでした。

    ・その他サブグループではどうなるかということも掲載されていましたが、事前に計画されていた層別化であればいいのですが、結果がでてから都合の良いようにサブグループを選んで、検定を行うことは禁忌ですので、触れないようにしておきます。

    ・髄液中の神経栄養因子などのマーカーの有意な上昇と神経炎症に関わるマーカーの有意な低下は観察された(プラセボ群では観察されなかった)とのことです

    ・再生医療関連のALS臨床試験としては、まだ第2相以前ですが同種幹細胞由来アストロサイトの移植(AstroRx)、Mayoクリニックなどで行われている自家脂肪組織由来間葉系幹細胞移植などが進行中です。NurOwn細胞は幹細胞移植のトップランナーだっただけに、残念度が大きいです。

    ・孤発性ALSに関しては、Ionis社のION541(ataxin-2 mRNAに対するアンチセンス・オリゴヌクレオチド製剤)の臨床試験など期待できる材料もありますので、今後の進展を待ちたいところです

    引用元
    https://ir.brainstorm-cell.com/2020-11-17-BrainStorm-Announces-Topline-Results-from-NurOwn-R-Phase-3-ALS-Study

  • ルマテペロン 2020年11月14日

    ・2019年12月にアメリカで統合失調症治療薬として承認されたルマテペロンの薬理作用と臨床試験の報告をまとめてみます。

    ・基礎実験の報告だけみるとなんだかすごい薬のように思えますが、実際はどうなのでしょうか?

    ・特記すべきこととしては、PETで線条体D2受容体占有率が約40%とされているlumateperone tosylate 60mg(ルマテペロンとして42mg)の投与量において、臨床的有効性が報告されていることです。そのためEPSリスクが低いことが期待されます。

    ・またルラシドンと同様にヒスタミンH1受容体阻害作用およびセロトニン2C受容体阻害作用がほとんどなく、体重増加や過鎮静が起こりにくいことが期待できることもあります。

    ・薬理学的特徴としては、基礎実験の結果からは、シナプス前ドパミンD2受容体には部分アゴニスト作用を有すること、D1受容体への作用が比較的高いこと、セロトニントランスポーター阻害作用を有していることなどです。

    ・シナプス前ドパミンD2受容体に対しては部分アゴニスト作用を有するため、多くの抗精神病薬がシナプス前ドパミンD2受容体を阻害し、ドパミン合成なども阻害し、黒質線条体経路における錐体外路症状発現リスクをさらに増加させるのと異なり、ルマテペロンは黒質線条体ドパミン神経におけるドパミン代謝を変化させず、そのため錐体外路症状が起こりにくいことが期待されること。さらにはD1受容体への作用を介して、側坐核のグルタミン酸神経系の神経伝達を高めることが期待でき、統合失調症のグルタミン酸仮説で言われているNMDA受容体の機能低下を補い、治療的に作用しうることが期待できることなどが言われています。

    ・果たしてそのような結果が臨床試験で見られたのでしょうか?まずは基礎実験からの報告(文献1)を要約してみます。

    薬理学的特徴

    ・Tmax 3~4時間

    ・主にCYP3A4で代謝

    ・半減期は13時間で、ルマテペロンと同等の活性を有する活性代謝物の半減期は約20時間。1日1回投与でOK

    ・セロトニン2A受容体への親和性が強い(Ki=0.54nM。D2受容体(Ki=32nM)、D1受容体(Ki=52nM)への親和性もあり。セロトニントランスポーターへの親和性もドパミン受容体と同等程度に有する

    ・抗ヒスタミン作用は極めて弱く、セロトニン2C受容体への親和性も低い(Ki=173nM)。体重増加の副作用がほとんどないことが期待される。この点はルラシドンにも似ている

    ・シナプス前D2自己受容体(刺激によりドパミン合成が促進)に対しては、多くの抗精神病薬と異なり部分アゴニストとして作用し(シナプス前D2受容体活性のマーカーである線条体でのチロシンヒドロキシラーゼのリン酸化などの指標を変化させないことから)、シナプス後D2受容体にはアンタゴニストとして作用(in vitroで用量依存性にGSK3βのリン酸化を増加させる)

    ・低用量では選択的なセロトニン2A遮断薬として機能し、高用量でドパミン系やセロトニントランスポーターへの作用が顕在化する

    ・中脳辺縁系および中脳皮質経路に対して選択的な作用を発揮する。齧歯類での実験では、内側前頭皮質でのドパミン放出を増加させ、D1受容体との間接的な相互作用を介して、側坐核におけるNMDA受容体のリン酸化を引き起こし、グルタミン酸系の神経伝達を高めることが期待される(統合失調症のグルタミン酸仮説ではNMDA受容体の機能低下が想定されており、この点でグルタミン酸系の神経伝達を高めうることは治療的に作用する可能性がある)。またドーパミンD2受容体を含む前頭前野および側坐核神経細胞のシグナル伝達物質であるGSK3のリン酸化を増加させることが確認されている。

    ・一方で線条体におけるドーパミン放出やNR2BとGSK3のリン酸化、線条体におけるドーパミン代謝やチロシン水酸化酵素活性などは増加させず、運動機能障害(齧歯類におけるカタレプシー)についても増加させないことが報告されている

    ・抗精神病薬は陽性症状への有効性が期待できるが、線条体D2占有率が80%以上に達した場合には錐体外路症状が生じうるとされる。しかしルマテペロンは上記のような経路選択性により、運動機能障害を引き起こすことなく、精神病や幅広い症状に対して効果的な作用を発揮する可能性がある。(コメント:シナプス前ドパミン自己受容体への部分アゴニスト性からこのような選択性が生じうるとされる)

    ・ルマテペロンは強力なセロトニン2A受容体拮抗作用と、ドパミン受容体下流のリン酸化蛋白質経路の調節作用を有している。ドーパミン受容体リン酸化蛋白質調節剤(DPPM)として、ルマテペロンは中脳辺縁系/中脳皮質経路選択性を有し、シナプス後D2受容体アンタゴニストとシナプス前D2部分アゴニストの2つの特性を併せ持っている。

    ・また、D1受容体の細胞内シグナル伝達の下流に位置する、中脳辺縁系のグルタミン酸作動性NMDA受容体のリン酸化を促進し、グルタミン酸経路の神経伝達を促進することが期待される。

    ・そのため理論的には、運動機能障害を呈することなく統合失調症に伴う陽性症状、陰性症状、認知症状に対する有効性が期待される。また、抗精神病薬の中では珍しく、セロトニン再取り込み阻害作用を有しており、抗うつ作用を発揮することも期待されている

    PET試験より

    ・線条体D2受容体占有率は、 lumateperone tosylate 40mg投与時には39%。 lumateperone tosylate 10mgの低用量では、皮質のセロトニン2A受容体占有率がほぼ飽和し(前頭前野では平均88%)、線条体D2受容体占有率は平均12%であった。

    ・高用量( lumateperone tosylate 40mg)では、線条体のセロトニントランスポーター占有率が31%。40mgまで増量すると、完全に飽和したセロトニン2A受容体系の上にドーパミン受容体とセロトニントランスポーターを含む占有率が増大するが、シナプス後ドパミンD2受容体の占有率は中等度であった

    ・統合失調症患者に対して有効用量である60mgのlumateperone tosylateを1日1回経口投与して2週間後の線条体D2受容体占有率は平均40%であり、他の抗精神病薬が有効性を達成するために必要とする線条体D2受容体占有率の範囲よりも低かった。

    ルマテペロンの第3相試験(文献3)

     

    対象と方法

    ・対象:18-60歳の統合失調症患者(DSM-5)、BPRS40点以上(陽性症状尺度2つ以上で4点以上)の精神病症状急性増悪患者。最近4週間以内で急性増悪したもの、CGI-Sで4点以上、PANSS totalで70点以上、これまでに抗精神病薬治療への治療反応歴があること

    ・プラセボ対照無作為割付比較試験

    ・試験期間:4週間

    ・lumateperone tosylate 60mg(ルマテペロン42mg相当) N=150
    ・lumateperone tosylate 40mg(ルマテペロン28mg相当)N=150
    ・プラセボ N=150

    ・主要評価項目はPANSS totalスコアの平均変化量

    ・副次評価項目はCGI-S、PANSS positive,negative,general、Calgary Depression Scale for Schizophrenia(CDSS)など


    結果

    ・完遂率は42mg群 85.3%、28mg群80%、プラセボ群 74%

    ・42mg群はPANSS totalにおいて4週後にプラセボ群より有意に改善(プラセボ群とのLeast-squares mean differenceは-4.2点 )。28mg群は有意差なし

    ・PANSS totalで30%以上の改善を反応とすると42mg群 36.5%、28mg群 36.3%、プラセボ群 25.5%

    ・PANSS postiveは42mg群、28mg群ともにプラセボ群より有意に改善

    ・PANSS negativeは有意差なし

    ・PANSS generalは42mg群で有意差あり

    ・CDSSは有意差なし

    ・有害事象については42mg群の64.7%、28mg群の56.7%、プラセボ群の50.3%に出現

    ・プラセボ群の2倍以上もしくは5%以上でみられた副作用は、傾眠(42mg群 17.3%、28mg群 11.3%)、鎮静(42mg群 12.7%、28mg群 9.3%)、疲労感(42mg群 5.3%、28mg群 4.7%)、便秘(42mg群 6.7%、28mg群 4.0%)

    ・錐体外路症状はいずれの群も5%未満

    ・体重増加は42mg群 0.9kg、28mg群 0.6kg,プラセボ群 0.7kgで有意差なし

    コメント

    ・やはりこの第3相試験でもプラセボ群がベースラインから10点くらい改善しています。ここ最近の臨床試験ではだいたいその傾向(ブレクスピプラゾール、ブロナンセリンパッチ、ルラシドンなど)があり、unblinding biasがないためかもしれません(安全性が高い薬剤の場合、評価者に副作用によりプラセボとの違いがなんとなくわかってしまうこととがないため、そうでないために生じるunbliding biasが混入しない:文献3)

    ・抗H1作用がほとんどないのに傾眠が有意に多かったのは何故でしょうか。どのような説明ができるのかわかりません。

    ・またセロトニントランスポーター阻害作用を有するもののCDSSは有意差がありませんでした。いろいろな作用部位がある薬剤において理屈では期待される作用がみられない(例えばボルチオキセチンの抗不安作用が期待されるほどないなど)のはよくあることで、そう簡単にはいかないということなのだと思います。

    ・体重増加は期待通り有意なものはありませんでした。また確かに錐体外路症状は少なく、安全性はかなり期待ができそうです。その点文献1にもありますが、高齢者やBPSDに対する処方としても適応となりうるかもしれません。

     

    引用文献

    文献1:Davis RE, Correll CU. ITI-007 in the treatment of schizophrenia: from novel pharmacology to clinical
    outcomes. Expert Rev Neurother. 2016;16(6):601-614.doi:10.1080/14737175.2016.1174577
    文献2:Correll CU, et al. JAMA Psychiatry. 2020. PMID: 31913424
    文献3:Holper L, Hengartner MP.BMC Psychiatry. 2020 Sep 7;20(1):437. doi: 10.1186/s12888-020-02839-y.

     

     

     

  • 抗精神病薬とうつ症状 2020年11月07日

    ・福島県立医大の三浦先生らが抗精神病薬とうつ症状の改善について興味深い報告をされました(文献1)。その内容の概略と感想を書きます。

    ・この報告の素晴らしいところは、メタ回帰分析を行い、うつ症状の改善度とその他の症状の改善度との相関を調べているところです。最後にコメントしますが、その結果から面白い考察も可能かと思います。

    ・これまでにも統合失調症の急性期試験を解析対象として、抗精神病薬とうつ症状の改善度についての報告はいくつかされています。有名なものとしては、文献2のネットワークメタ解析の結果(Fig.2D)がありますし、文献3の2009年のLancet誌の報告も第1世代と第2世代の比較という点で注目されました。またCATIE試験の事後解析としてうつ症状の効果についての報告(文献4)もありますし、うつ症状が主体の統合失調症患者に対するオランザピンとジプラシドンの直接比較試験(文献5)、アミスルプリドとオランザピンの直接比較試験(文献6)、急性期におけるうつ症状に対するリスペリドン、ハロペリドールに対するアミスルプリドの優位性を報告したpooled analysisの結果(文献7)などもあります。

    ・今回は統合失調症急性期患者を対象としたプラセボ対照試験を解析対象とし、抗精神病薬のうつ症状への効果について、その他の症状の改善度との相関なども含めて解析されたものです。

    統合失調症治療における抗精神病薬の抗うつ作用

    方法と対象

    ・統合失調症と関連疾患についてプラセボ対照無作為割付比較試験を抽出。非公表も含む。

    ・クロザピンは除外(わずか1つの小規模(N=16)試験しかないため)、筋注製剤、LAIも除外

    ・主要評価項目はMADRSないしHAM-DないしCDSSにより評価されたうつ症状尺度の平均変化量。もしこれら尺度が使用できなければPANSSのAnxiety/Depression項目ないしBPRSのDepressionクラスターを効果量評価のため使用

    ・副次評価項目は症状重症度、CGI-S、QOL、あらゆる理由による中断率、忍容性欠如による中断率、有効性欠如による中断率など

    ・メタ回帰分析により交絡因子を同定。抗精神病薬が第1世代か第2世代か、neuroscience-based nomenclature(向精神薬の国際分類法による命名:M1:D2遮断薬(ハロペリドールなど)、M2:D2およびセロトニン2受容体遮断薬(クロルプロマジン、ルラシドン、オランザピン、ジプラシドン、ゾテピンなど)、M3:D2およびセロトニン1A部分アゴニスト(アリピプラゾール、ブレクスピプラゾールなど)、M4:D2、セロトニン2、ノルエピネフリン、α2アンタゴニスト(アセナピン、パリペリドン、リスペリドン)、M5:D2およびセロトニン2アンタゴニストおよびNET再取り込み阻害(クエチアピン))、出版年(1999年以前か、2000年から2009年までか、2010年以降か)、国、サンプルサイズ(400より多いか少ないか)、平均年齢(30-35歳、35-40歳、40-45歳、45-50歳)、含まれた疾患(統合失調症+統合失調感情障害か統合失調症のみか)、評価尺度(HAM-DかMADRSか、CDSSかPANSSかBPRSか)などについてうつ症状改善度との相関の有無を調べた。

    結果と議論

    ・35RCTs(N=13890)

    ・平均年齢39.2歳、平均介入期間5.7週間(3-7週)

    ・ルラシドン 7RCTs、オランザピン 7 RCTs、パリペリドン 6 RCTs、クエチアピン 5 RCTS、ブレクスピプラゾール 4 RCTs、ハロペリドール 4 RCTs、リスペリドン 4RCTs,アセナピン 3 RCTs、アリピプラゾール 2 RCTs、ジプラシドン 2 RCTs、カリプラジン 1 RCT、クロルプロマジン 1 RCT

    ・クロルプロマジン、ハロペリドール、ジプラシドンを除いて、抗精神病薬はプラセボより有意なうつ症状改善効果を有していた

    ・うつ症状改善のSMDの平均値は、アリピプラゾール -0.40、パリペリドン -0.39、カリプラジン -0.36、クエチアピン -0.32、オランザピン -0.31、アセナピン -0.30、リスペリドン -0.24、ルラシドン -0.21、ブレクスピプラゾール -0.19など。ジプラシドン、ハロペリドール、クロルプロマジンは有意差なし。

    ・メタ回帰分析の結果、HAM-DないしMADRSないしCDSSで評価されたうつ症状の改善度は、PANSSないしBPRS totalスコアの改善度、陽性症状、陰性症状、CGI-Sの改善度と有意な相関関係を有した。陰性症状の改善度との相関係数が最も大きかった。しかしPANSS総合精神病理評価尺度の改善度とは有意な相関を示さなかった

    ・うつ症状の改善度と参加者の平均年齢、性別比とは有意な相関はみられなかった

    ・出版年度が1999年以前では抗精神病薬のうつ症状改善効果はプラセボと比較して有意差がなかった。2000年以降では有意となった。

    ・第2世代抗精神病薬、M2-M5群であることは有意なうつ症状改善と関連した。第1世代、M1群はプラセボと有意差がなかった

    ・錐体外路症状がうつ症状と関連する可能性は注意が必要であり、その点においてCDSSはうつ症状と陰性症状、錐体外路症状の分離に最も優れていると言われており、CDSSを用いることが望ましそう

    ・急性期に対する介入では、第2世代抗精神病薬によりうつ症状は有意に改善すると言えそう。ただし効果量は0.19~0.4とsmallからmedium。このうつ症状の改善は陰性症状の改善、陽性症状の改善+使用する抗精神病薬のクラス(第2世代)により部分的に説明できるかもしれない。

    ・初発ではなく、罹病期間がある程度長い患者のため、前治療薬などの影響などもある可能性があり、その点が除外できない。初発精神病で検証できるとよい

    コメント


    ・ハロペリドールは陽性症状の改善は有意でしたが、うつ症状の改善は有意なものではありませんでした。ハロペリドールは陰性症状の改善が有意ではなかったことと関連があるかもしれません。しかしジプラシドンについては陰性症状の改善が有意であったにも関わらずうつ症状の改善は有意ではありませんでした。M2に属するオランザピンやルラシドンは有意なうつ症状改善効果を示していることから、サンプル数が少ないためか、なんらかのその他の要因が関与しているためと思われます。

    ・陰性症状の評価尺度がPANSS negativeであれば純粋に陰性症状を抽出できていない可能性があり(抽象的思考の困難、常同的思考については陽性症状とも関連した尺度であるため)、評価尺度としてはSANSやPANSS FSNSなどが望ましいといわれています。

    ・うつ病でみられるような、ベースラインの重症度が高いほど、プラセボに対する薬剤の優位性が高くなるとの関連性は、統合失調症のうつ症状についてはみられませんでした。この結果が一番興味深いものでした。

    ・ベースラインのPANSS 不安/抑うつ尺度が高いほど、有意に抗精神病薬のうつ症状に対する治療効果は小さくなる傾向があり、ここを覆しうる抗精神病薬が登場すれば興味深いものです。クロザピンだとどういうデータがでるのかは知りたいところです。自殺リスクを減少させると言われているため、もしかしたらクロザピンについてはベースラインのうつ症状が高いほど、うつ症状に対する治療効果が高いという結果になるかもしれません。

    ・patient level dataを用い、薬剤毎に解析を行うと、ベースラインのうつ症状の重症度が高いほど、うつ症状の改善効果が高い薬剤がみつかるかもしれません。そのような薬剤があれば真に統合失調症のうつ症状に有効な薬剤と言えるのかもしれません。

    ・細かいことを言えば、統合失調症のうつ症状には、awakeningによるものや、post-psychotic depression、陽性症状に伴う二次的なものなど様々な亜型がありうるため、一括りに議論しにくいものかもしれません。

     

    引用文献

    文献1:Miura I, Nosaka T, Yabe H, Hagi K. Antidepressive Effect of Antipsychotics in the Treatment of Schizophrenia: Meta-Regression Analysis of Randomized Placebo-Controlled Trials. Int J Neuropsychopharmacol. 2020 Nov 5:pyaa082. doi: 10.1093/ijnp/pyaa082. Online ahead of print. PMID: 33151310
    文献2:Huhn M. et al, Lancet. 2019 Sep 14;394(10202):939-951. doi: 10.1016/S0140-6736(19)31135-3. Epub 2019 Jul 11.
    Comparative efficacy and tolerability of 32 oral antipsychotics for the acute treatment of adults with multi-episode schizophrenia: a systematic review and network meta-analysis
    文献3:Second-generation versus fi rst-generation antipsychotic drugs for schizophrenia: a meta-analysis Stefan Leucht, Caroline Corves, Dieter Arbter, Rolf R Engel, Chunbo Li, John M Davis lancet Vol 373 January 3, 2009
    文献4:J Clin Psychiatry. 2011 Jan;72(1):75-80. doi: 10.4088/JCP.09m05258gre. Epub 2010 Sep 21. Impact of second-generation antipsychotics and perphenazine on depressive symptoms in a randomized trial of treatment for chronic schizophrenia. Addington DE, Mohamed S, Rosenheck RA, Davis SM, Stroup TS, McEvoy JP, Swartz MS, Lieberman JA.
    文献5:J Clin Psychopharmacol. 2006 Apr;26(2):157-62. A 24-week randomized study of olanzapine versus ziprasidone in the treatment of schizophrenia or schizoaffective disorder in patients with prominent depressive symptoms. Kinon BJ, Lipkovich I, Edwards SB, Adams DH, Ascher-Svanum H, Siris SG.
    文献6:Eur Psychiatry. 2006 Dec;21(8):523-30. Epub 2006 Nov 20. A double-blind randomised comparative trial of amisulpride versus olanzapine for 2 months in the treatment of subjects with schizophrenia and comorbid depression. Vanelle JM, Douki S.
    文献7: Eur Neuropsychopharmacol. 2002 Aug;12(4):305-10. Amisulpride improves depressive symptoms in acute exacerbations of schizophrenia: comparison with haloperidol and risperidone. Peuskens J, Moller HJ, Puech A.

  • Muse細胞の話題とか

    ・ここ最近メディア上でもニュースになりましたが、岡山大学の研究チームがMuse細胞をSOD1変異ALSモデルマウスに移植して治療的効果がみられたことを10月13日付のScientific Reports誌に公表しました(Sci Rep. 2020 Oct 13;10(1):17102)。

    ・何が素晴らしいかというと、静注で中枢神経に到達しているところです。現在第3相試験が行われている自家間葉系幹細胞であるBrainstorm社のNurOwn細胞は髄腔内投与(くも膜下腔内投与)となっていますが、これはおそらく以前の当ブログでも触れたように静注すると肺にひっかかって、中枢神経まで到達しないからだと思われます。

    ・ですので、これまでの慣習では間葉系幹細胞については、腰椎穿刺をして、髄腔内カテーテルから注入というのが筋でした。

    ・Muse細胞は優れた遊走能を発揮して中枢神経に到達しているため、非侵襲的な幹細胞移植が可能となる可能性があり、期待がもてるものです。

    ・間葉系幹細胞といえば、10月19日付のNeurological Research誌に中国の研究グループが公表した論文(Neurol Res. 2020 Oct 19:1-11)に、ヒト臍帯間葉系幹細胞由来運動神経細胞(human umbilical cord mesenchymal stem cell-derived motor neurons)という文字があり、まじか、となりました。

    ・これも以前触れたことですが、中胚葉系といわれる間葉系幹細胞でも外胚葉系細胞に分化しうるということが報告されているわけですが、ここまで明示的に間葉系幹細胞由来の神経細胞という文字をみたことがなかったので衝撃でした。技術的背景は気になるところです。

    ・あと面白いなと思ったのは、フランスのソルボンヌ大学の研究グループが11月号のNature Neuroscience誌に掲載した、末梢のマクロファージを修飾すると、ミクログリアの活性に影響し、神経保護作用を発揮する形態に変化させうるという報告(Nat Neurosci. 2020 Nov;23(11):1339-1351.)でした。

    ・大学で元論文をゲットしようと思ったのですが、経費削減のためかNature Neuroscience誌にアクセス権がなく、どのようにマクロファージを修飾したのかよくわからなかったのが心残りですが、末梢の免疫系細胞を加工することで中枢神経の神経変性過程に影響を及ぼしうるというのはとても興味深い報告でした。

    ・あとは10月3日付のCell誌に掲載されたTDP-43蛋白症の病態機序についての報告も面白いものでした。TDP-43はミトコンドリアに侵入し、ミトコンドリアの透過性遷移孔を介したDNA放出を引き起こし、細胞質のDNAセンサーであるcGAS(cyclic guanosine monophosphate-AMP synthase)がそれを探知し、炎症反応を誘発するというものでした。cGASや、その下流経路の存在する物質を阻害するとNF-κBなどの炎症促進性サイトカイン産生が抑制されており、治療的観点からも注目すべきものと思われます。

  • エスシタロプラムは違うのか 2020年10月25日

    ・大うつ病に対するSSRIの用量効果関係についてはFurukawaらの報告(Lancet Psychiatry. 2019 Jul;6(7):601-609. )がよく知られているところです。つまりフルオキセチン換算20~40mg程度までは用量の増加に伴い効果も増加が見込める可能性があるものの、それ以上については効果が減弱する傾向がみられ、臨床用量の範囲内においても逆U字型の用量効果関係となる可能性があるというものです。

    ・しかしエスシタロプラムについては臨床用量の範囲(20mgまで)で、そのような関係性はみられないかもしれません。

    ・この報告以前から、SSRIの用量効果関係については、あるところでピークに達するとの報告が複数ありました。

    ・古いものからみてみると、フルボキサミンについてはWalczakらが (Ann Clin Psychiatry. 1996 Sep;8(3):139-51.)、フルボキサミンの最小有効用量が50mg(N=101)であり、100mg(N=100)が最も反応率が高く、150mg(N=99)では副作用が多く有効性も減少することを報告しています。

    ・フルボキサミンについては50mgで視床でのセロトニントランスポーターの占有率( [11C](+)McN565をリガンドとして使用:リガンドとしては[11C]DASBの方が特異性が高くS/N比が高いことから最近の主流となっている )が80%を超えるとの報告があり( Arch Gen Psychiatry. 2003;60(4):386-391)そのことと臨床効果がある程度相関しているのかもしれません。

    ・セルトラリンについては、2001年にSchweizerら(Int Clin Psychopharmacol. 2001 May;16(3):137-43.)が3週間オープンでセルトラリン50mgを投与し、寛解基準(HAM-D17で8点以下)を満たさない場合にセルトラリン50mg継続継続群(N=37)と150mg増量群(N=38)に無作為割付してその後5週間追跡し非寛解率を比較しました。

    ・その結果、非寛解率に両群間有意差はなく、高用量で恩恵をうける患者の存在を否定するものではないものの、用量増大による効果増強について懐疑的な結果となりました。

    ・セルトラリンについては最近ではSUN D試験(Kato et al. BMC Med. 2018 Jul 11;16(1):103.)において、治療歴のない大うつ病患者について、3週間のセルトラリン50mgないし100mgの無作為割付比較試験が行われ、その後各群継続(寛解後継続と非寛解後継続)ないしミルタザピン併用ないしミルタザピン置換の8群間比較試験が行われました。

    ・セルトラリン50mg(N=390)と100mg(N=391)との比較だけに注目すると、投与開始9週時点での反応率は両群間有意差なく、全体として100mgまで増量することの治療効果の差は見いだされませんでした。

    ・セルトラリンによるセロトニントランスポーターの占有率については約50mgの4週間投与で線条体においては80%を超える(リガンドとして[11C]DASBを使用)との報告(Am J Psychiatry. 2004 May;161(5):826-35. )があり、このことが用量効果関係を説明しうるのかもしれません。

    ・パロキセチンについてはRuheらの報告(Neuropsychopharmacology. 2009 Mar;34(4):999-1010.)によると6週間オープン試験でパロキセチン20mgが投与され、その後非反応群が20mg継続群(N=30)と30-50mgまでの増量群(N=30)に無作為割付され、さらに6週間比較されました。

    ・その結果反応率は継続群33.3%対増量群37%で有意差はありませんでした。その理由として[123I]β-CIT SPECTを用いて評価した中脳でのセロトニントランスポーターの占有率は継続群(中央値82.2%)と増量群(中央値72.7%)とで有意差がなかったためとされています。

    ・エスシタロプラムについてはBoseらが重症うつ病に対する介入試験を報告しています(Clin Drug Investig. 2012 Jun 1;32(6):373-85.)。

    ・この試験では571名の18-65歳のMADRS30点以上の重度の大うつ病患者が対象となりSingle blindで2週間エスシタロプラム10mgが投与されMADRSが50%以上改善しなかった群(N=474)がdouble blindでエスシタロプラム20mg(N=229)ないしデュロキセチン60mg(N=245)を8週間投与され寛解率が比較されました。

    ・その結果、寛解率はエスシタロプラム20mg群が54%、デュロキセチン60mg群が42% で有意差を認めました。2週間でエスシタロプラム10mgに反応しない群は、デュロキセチンへの変薬よりも20mgに増やした方がいいかもしれないという結果でした。

    ・ただしこの試験ではエスシタロプラム10mg継続群が設定されていないため、そのままの用量で継続した場合の治療効果がわからないため、単に用量を増やせばいいかどうかという疑問に対する結論は得られません。

    ・Kimらは大うつ病患者98名を対象に、4週間オープンでエスシタロプラム10-20mgを投与し、MADRS9点以下の治療反応基準を満たさなかった群をエスシタロプラム20mg群(N=25)とエスシタロプラム30mg群(N=25)とに無作為割付し、6週間で治療効果を評価しました(J Affect Disord. 2019 Dec 1;259:91-97)。

    ・その結果エスシタロプラム20mg群のMADRS変化量は平均8.0点、エスシタロプラム30mg群のMADRS変化量は平均-11.8点で有意差を認めました。

    ・エスシタロプラムの用量とセロトニントランスポーターの占有率については、Kimらの報告(Clin Pharmacokinet. 2017 Apr;56(4):371-381)があり、20mg以上の用量によりようやく線条体でのセロトニントランスポーター占有率が80%を超える(リガンドは[11C]DASB)と報告されています。

    ・以上からエスシタロプラムは臨床用量である20mgまでの範囲においては、治療効果が用量依存性に増大することが期待できるのかもしれません(QT延長も用量依存性に増悪する点には要注意ですが)。

    ・セロトニントランスポーター占有率と臨床効果についての関連性については、エスシタロプラムのようにセロトニントランスポーターへの選択性が高い薬剤であれば、ある程度直接的に関連付けた議論ができるのかもしれませんが、ボルチオキセチンやSNRIなどその他のトランスポーターや受容体への結合親和性もみられる薬剤であれば、セロトニントランスポーターだけでは議論できないため、注意が必要となります。

    ・またここで議論された用量効果関係については個別の患者に対してそのまま適応することはできず、Saruwatariらが報告(Pharmgenomics Pers Med. 2014 May 28;7:121-7.)したように、CYP遺伝子多型により薬物の代謝が異なり、その結果同一用量でも血中濃度が大きく(2倍以上)違いうることにも注意が必要であり、一部患者においてはより高用量において有効性が期待される可能性があることに注意が必要です。

    ・そのためSSRIの用量は副作用に注意しつつ、やはり個別に設定する必要があるということになります。

    ・さらにセロトニントランスポーターの占有率と臨床効果を直接的に結びつけることはできない可能性もあります。

    ・PETやSPECTを用いたセロトニントランスポーターの占有率は、定常状態における数値であり、うつ病の病態がセロトニンなど神経伝達物質の動的な異常をきたしているものの場合、病態の本質をみていない可能性もあります。

    ・計測しているのはあくまでトランスポーターであり、セロトニンそのものが定量化されているわけではありません。

    ・このような考察をする背景に、Dankoskiらの興味深い報告(Neuropsychopharmacology (2014) 39, 2928–2937)があります。

    ・マウスを用いた基礎実験ではありますが、in vivo voltammetryを用いて、直接セロトニン動態をリアルタイムで検出しようとしている点で興味深いものです。

    ・実験では4-5週齢の雄マウス(N=76)が用いられました。うち40体は孤立した環境におかれ、36体はペアで飼育されました。20日間シタロプラム(15mg/kg/day)ないしプラセボが投与され、その後ガラス玉覆い隠し行動試験により不安関連行動の評価、オープンフィールド試験での行動量評価などが行われ、同時にin vivo voltammetryにより、背側縫線核の電気刺激により放出されるセロトニン量が定量されました。

    ・その結果、ガラス玉覆い隠し行動試験により評価された不安様行動は、ペア環境下のシタロプラム投与群において、プラセボ群と比較して埋められたガラス玉の数は有意に少なく、一方で孤立環境下でのマウス群においては、プラセボ群と有意差を認めませんでした。

    ・オープンフィールド試験では、シタロプラム投与群における全体的な運動量の減少は有意ではなく、ガラス玉覆い隠し行動試験の結果が単にシタロプラムによる行動抑制ではないことを示唆する結果がえられました。

    ・また、in vivo voltammetryにより、背側縫線核の電気刺激により放出されるセロトニン量を評価したところ、ペア環境下のシタロプラム投与群においては、有意なセロトニン放出量の増加を認めましたが、孤立環境下のマウスでは、シタロプラム投与群と非投与群とでセロトニン放出量の有意差はみられませんでした。

    ・以上の結果は、SSRIが効果を発揮するためには、孤立しないような、社会的環境が重要ではないかとの解釈が可能です(あくまでマウスの結果なので単純にヒトに当てはめることはできないとは思いますが)。つまり薬物療法が効果を発揮するには、心理社会的介入もしくは孤立しないような環境が必要であると結論を外挿できなくもありません。

    ・また、SSRIの効果がこのように動的な変化としてのみとらえられるのであれば、単にセロトニントランスポーターの占有率を評価したところで、それを効果に結びつけることはできないことになります。

    ・今後直接的に脳内セロトニンの動態がリアルタイムで定量化できる技術が開発されれば、興味深い知見が得られるようになるかもしれません。

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