院長ブログ

  • 児童思春期に対する向精神薬の安全性について 2020年09月16日

    ・児童思春期に対する向精神薬の安全性についての報告(文献1)がでました。

    ・参考にすべき点もありますが、今回の報告の解析方法には問題もあり、結果の解釈について慎重にならないといけない部分もあります。

    ・それは主要評価尺度がプラセボに対して有意な副作用を認めた項目数となっている点です。

    ・Nが大きくなればプラセボとの差が小さな副作用でも有意差が出現しうるため、適応承認されていたり、規模の大きなRCTが行われた薬剤ほど有意差が出やすい傾向があります。

    ・異なるメタ解析間の比較をしているため、ある薬剤では有意差がでやすく、一方でまた別の薬剤では有意差がでにくいということが起こりえます。

    ・なので参考にするならば児童思春期に対して適応承認されている薬剤で副作用がどのようになっているかのだいたいの傾向をみるくらいの見方をすることが望ましいことになります。その他の薬剤については結果の解釈に注意する必要があります。

    ・各薬剤の副作用ごとにNを抽出しようと思いましたが、論文中の表にはネットワークメタ解析が使用された項目については、すべての薬剤をひっくるめたNが記載されており、薬剤毎のNを求めるにはさらに元論文をあたる必要があり、大変な手間がかかるため断念しています。専攻医の皆さんは少し批判的にこの論文を吟味してみてください。

     

    児童思春期精神疾患における80種類の向精神薬について78の副作用に関する系統的メタレビュー

     

    背景

     

    ・早期介入とDUI(duration of untreated illness)短縮の観点から児童思春期の精神疾患に対して向精神薬が投与される機会があり、実際に適応承認されている薬剤もあるが、その安全性について比較された文献は少ない。そこで今回、80の向精神薬の78の副作用に関して系統的メタレビューを行った。

    ・解析の対象となったのはネットワークメタ解析、メタ解析のみならず、リアルワールドでの結果を反映するためコホート研究も含まれた(メタ解析の解析対象の大部分がRCTであり、RCTにおいては対象となる患者層が厳格に選出されており、小規模であったり、さらに試験期間も短期間であるものが多いため、結論を一般化することが困難であったり、長期間投与後に出現しうる副作用や、まれで重篤な副作用がもれてしまう可能性があるため)

     

    方法と対象

     

    ・78の副作用は19のカテゴリーに分類された。以下の通り

    1)中枢神経系(焦燥性興奮、不安、無力症、イライラ感、認知機能障害、うつ症状、浮動性めまい、頭痛、躁症状、精神病症状、鎮静、不眠、けいれん、希死念慮/自殺関連行動/自殺企図)。

    2)栄養および代謝(食思不振、むちゃ食い/食欲亢進、コレステロール増加、中性脂肪増加、メタボリックシンドローム、耐糖能異常/糖尿病、インスリン抵抗性、腹囲長の増加、体重増加/BMIの増加、体重減少)

    3)循環器系(不整脈/頻脈、心筋症、脳血管疾患、冠動脈疾患、高血圧、低血圧、心筋炎、QT延長、心臓突然死)

    4)消化器系(腹痛、便秘、下痢、消化器症状、肝障害、悪心・嘔吐)

    5)生殖器系(夜尿、腎臓病/腎不全、月経周期変化、多嚢胞性卵巣症候群、性機能障害)

    6)運動器系(アカシジア、錐体外路系副作用、振戦、ジストニア、遅発性ジスキネジア)

    7)衝動制御障害および危険な行動(犯罪行為、ギャンブル、物質乱用、自殺でない自傷行為)

    8)内分泌系(女性化乳房/乳汁漏出症、低/高プロラクチン血症、甲状腺機能低下/甲状腺機能亢進症)

    9)血液系(貧血、白血球減少症、血小板減少症)

    10)口腔系(う蝕、ドライマウス、唾液分泌過多)

    11)呼吸器系(急性呼吸不全、喘息、鼻咽頭炎・上気道感染症/肺炎)

    12)静脈血栓塞栓症(深部静脈血栓症、肺塞栓症)

    13)骨系(骨減少症/骨粗鬆症、骨折)

    14)事故(あらゆる事故、転倒)

    15)悪性症候群(悪性症候群/発熱/CK上昇)

    16)あらゆる癌

    17)有害事象による中止

    18)重篤な有害事象

    19)死亡(あらゆる理由による死亡、自然死によるもの、自殺による死亡)。

     

    ・向精神薬は4つのカテゴリーに分類

    1)抗うつ薬

    2)抗精神病薬

    3)ADHD治療薬

    4)気分安定薬

     

    ・主要評価項目は安全性/副作用項目数比=(プラセボと比較して有意に多かった副作用の項目数)/(全副作用項目数)。全副作用項目数は79の副作用分類のうち、各薬剤で報告されている副作用の数(ただし、79の副作用のうち20%以上(16個以上)の副作用について報告されている薬剤が解析対象となった)

    ・9つのネットワークメタ解析、39のメタ解析、90のRCTs,8つのコホート研究(N=120637(抗うつ薬)、N=66764(抗精神病薬)、N=148664(ADHD治療薬)、N=1621(気分安定薬))が解析対象となった

     

    結果

     

    抗うつ薬 

     

    ・抗うつ薬のうち、16項目以上の副作用について記載のあった薬物は

    1:エスシタロプラム(安全性/副作用項目数比=1/17:プラセボと有意差のあった項目:体重増加 OR 2.3(CI 1.01-5.25))

    2:フルオキセチン(1/16:プラセボと有意差のあった項目:体重減少 MD -1.2kg(CI -1.85 -0.55))

    3:ビラゾドン(2/16:プラセボと有意差のあった項目:副作用による中断 OR 8.55 (CI 1.13-64.8)、嘔気/嘔吐 OR 4.40 (CI 2.43-9.76))

    4:パロキセチン(3/16:プラセボと有意差のあった項目:あらゆる錐体外路系副作用 OR 5.12(CI 1.09-24.1)、不眠 OR 4.05(CI 1.94-8.49)、嘔気/嘔吐 OR 3.69 (CI 1.01-13.5))

    5:セルトラリン(4/19:プラセボと有意差のあった項目:下痢 OR 3.04(CI 1.25-7.38)、不眠 OR 4.05(CI 1.94-8.49)、嘔気/嘔吐 OR 2.65 (CI 1.03-6.77))、体重増加)

    6:ベンラファキシン(7/16:プラセボと有意差のあった項目:腹痛 OR 2.36(CI 1.29-4.32)、食思不振 OR 4.25(CI 1.55-11.63)、副作用による中断 OR 3.19 (CI 1.01-18.70)、頭痛 OR 0.56(CI 0.35-0.92)、高血圧、重篤な有害事象 OR 4.14 (CI 1.15-14.9)、希死念慮ないし自殺関連行動 OR 0.13 (0.00-0.55)→有意な増加)


    ・参考としてデュロキセチン(3/13:プラセボと有意差のあった項目:下痢、副作用による中断、嘔気/嘔吐)

    ・エスシタロプラムは12歳以上の大うつ病にFDAより適応承認
    ・フルオキセチンは7歳以上のOCD、8歳以上の大うつ病にFDAより適応承認


    抗精神病薬

    ・抗精神病薬のうち、16項目以上の副作用について記載のあった薬物は

    1:ルラシドン(安全性/副作用項目数比=1/33:プラセボと有意差のあった項目:嘔気/嘔吐 OR 3.1 CI 1.50-6.60)

    2:アセナピン(2/22:プラセボと有意差のあった項目:BMI増加、血糖値増加)

    3:クエチアピン(5/37:プラセボと有意差のあった項目:コレステロール増加 MD 10.8(CI 6.6-14.5)、高プロラクチン血症 SMD 0.4(CI 0.1-0.7)、鎮静 OR 5.40 (CI 2.90-9.30)、中性脂肪増加 MD 19.5(CI 11.8-27.2)、体重増加 OR 6.20 (CI 2.60-13.6))

    4:ジプラシドン(4/25:プラセボと有意差のあった項目:あらゆる錐体外路症状 OR 20.6(CI 3.50-69.0)、浮動性めまい OR 9.15 (CI 1.20-69.7)、嘔気/嘔吐 OR 4.80(CI 1.10-21.1)、鎮静 OR 8.70 (CI 2.70-22.0))

    5:パリペリドン(5/26:プラセボと有意差のあった項目:アカシジア OR 5.60 (CI 1.80-17.7)、あらゆる錐体外路系副作用 OR 6.30 (CI 2.30-16.8)、高プロラクチン血症 SMD 0.61(CI 0.35-0.86)、鎮静 Log OR -2.4(CI -4.4 - -0.3)、体重増加 SMD -0.7(CI -1.0 - -0.5))

    6:リスペリドン(12/44:プラセボと有意差のあった項目:アカシジア OR 4.0(CI 1.40-10.9)、あらゆる錐体外路症状 OR 3.70(CI 2.20-6.0)、脱力感 OR 3.89 (CI 1.77-8.53)、便秘 OR 3.42 (CI 1.33-8.80)、消化器症状 OR 3.74 (CI 1.15-12.2)、血糖値増加 MD 3.70(CI 1.10-6.40)、高プロラクチン血症 OR 38.6(CI 8.60-126)、食欲増加 OR 4.82 (CI 2.35-9.88)、上気道感染症 OR 3.14(CI 1.26-7.80)、鎮静 OR 7.30(CI 4.60-11.2)、頻脈 OR 6.87(CI 1.49-31.7)、体重増加 OR 6.0 (CI 3.0-11.0))

    7:アリピプラゾール(10/35:プラセボと有意差のあった項目:アカシジア OR 3.10 (CI 1.0-9.0)、あらゆる錐体外路症状 OR 3.80 (CI 2.20-6.20) NNH=4.1、脱力感 OR 8.54(CI 2.59-28.1)、食思不振 OR 5.11(CI 1.14-23.0)、コレステロール増加 RR 2.50(CI 1.40-4.40)、発熱 OR 5.89(CI 1.23-28.2)、鎮静 OR 6.10 (CI 2.80-12.2)、唾液分泌過多 OR 10.5 (CI 1.30-84.2)、振戦 OR 11.5 (CI 1.40-91.6)、体重増加 OR 4.40 (CI 2.0-8.90)):多くが自閉スペクトラム症に対する試験結果から得られたもの

    8:オランザピン(13/25:プラセボと有意差のあった項目:アカシジア OR 3.70(CI1.10-12.7)、貧血、あらゆる錐体外路系副作用 OR 6.40 (CI 2.40-13.8)、コレステロール増加 MD 4.5 (CI 1.2-7.7)、CK上昇、血糖値上昇 MD 2.1(CI 0.1-4.3)、高プロラクチン血症 OR 15.6 (CI 4.40-41.1)、高血圧、肝機能障害 OR 18.7 (CI 3.60-96.4)、性機能障害 MD 11.5(CI 8.80-14.1)、鎮静 OR 8.50(CI 4.0-16.6)、中性脂肪増加 OR 5.10 (CI 2.80-9.40)、体重増加 OR 15.1(CI 6.60-31.1))

    コメント

    ・FDAより自閉スペクトラム症に対して適応承認の得られているアリピプラゾール(6-17歳)、リスペリドン(5-16歳)についてはデータが多く、副作用に着目したネットワークメタ解析も行われており、それ故に抽出された項目数が多いと思われます。

    ・オランザピンはFDAより思春期(13歳以上)の統合失調症、双極性障害に承認されており、この点でNが多く副作用項目も多くなっているのかもしれません。

    ・ただしTEA試験(文献5)のように思春期精神病患者に対する抗精神病薬投与により非常に高い割合で副作用がみられたという報告もあるため、児童思春期に対する抗精神病薬投与についてはかなり慎重になるべきということになります。

    ADHD治療薬

    ・ADHD治療薬のうち、16項目以上の副作用について記載のあった薬物は

    1:メチルフェニデート(安全性/副作用項目数比=5/25:プラセボと有意差のあった項目:腹痛 RR 1.50(CI 1.26-1.79)、食思不振 RR 3.21 (CI 2.61-3.94)、不眠 OR 4.66(CI 1.99-10.9)、嘔気/嘔吐 RR 1.38 (CI 1.04-1.84)、体重減少 SMD -0.77(CI -1.09- -0.45))

    2:グアンファシン(4/16:プラセボと有意差のあった項目:腹痛 OR 4.51 (CI 1.34-15.2)、副作用による中断 OR 2.64(CI 1.20-5.81)、QT延長 Hedge's g=0.33 (CI 0.12-0.54)、鎮静 RR 2.43(CI 1.06-5.58))

    3:アトモキセチン(5/20:プラセボと有意差のあった項目:食思不振 RR 2.51(CI 1.77-3.57)、消化器症状 RR 1.76(CI 1.51-2.07)、高血圧 SMD 0.12(CI 0.02-0.22)、嘔気/嘔吐 RR 1.91(CI 1.24-2.94)、体重減少 SMD -0.84(CI -1.16- -0.52))


    気分安定薬

    ・気分安定薬のうち、16項目以上の副作用について記載のあった薬物は

    1:リチウム(安全性/副作用項目数比=0/16)

    2:バルプロ酸(4/19:プラセボと有意差のあった項目:白血球減少、鎮静 NNH 7.8(CI 5.3-15.0)、血小板減少症、体重増加 効果量 0.4(CI 0.04-0.73))

    コメント


    ・冒頭で述べたようにプラセボとの有意差の有無で副作用項目を抽出しているため、児童思春期の精神疾患に適応症を有する薬剤はNが多くなり、それゆえに有意差が出やすくなり、抽出される項目数が多くなる傾向があるため、項目数の大小のみで安全性を評価することはできません。

    ・そのため今回の報告の結果を薬剤毎の比較に用いることはできません。

    ・抗うつ薬における希死念慮ないし自殺関連行動の増悪についてはベンラファキシンのみが有意であり、この結果は2016年のlancet誌に掲載されたネットワークメタ解析の結果を反映したものです。

    ・この報告ではパロキセチン、セルトラリンなどの抗うつ薬については、自殺関連行動ないし希死念慮の増悪傾向がみられましたが、統計的有意差はありませんでした。

    ・同様の結果は2012年のコクランレビュー(文献3)でも報告されていますが、この報告内において自殺関連事象の対プラセボの相対リスクが1を切る(プラセボより少ない傾向がある)抗うつ薬はエスシタロプラムとミルタザピンでした(ただし有意差はなし。ミルタザピンについては有効性についても有意差なし)。

    ・一方で自殺関連事象についてはpublication biasにより正しく論文に反映されていない(過少に報告されている可能性)のではないかということを指摘する報告(文献4)もあり、論文中の結果をうのみにしてはいけないのかもしれません。

    引用文献

    1)Marco Solmi et al., World Psychiatry. 2020 Jun;19(2):214-232. doi: 10.1002/wps.20765.
    2)Cipriani A, Zhou X, Del Giovane C et al. Lancet 2016;388:881-90.
    3)Cochrane Database Syst Rev. 2012 Nov 14;11:CD004851. doi: 10.1002/14651858.CD004851.pub3
    4)BMJ. 2014 Jun 4;348:g3510. doi: 10.1136/bmj.g3510.
    5)Lancet Psychiatry. 2017 Aug;4(8):605-618

  • 認知症のリスク因子について 2020年09月10日

    3年ぶりに認知症の教科書ともいえる論文(文献1)が改訂となりました。認知症診療に携わる全ての臨床医がチェックすべき論文と思われます。
    今回はその中から、今回認知症のリスク因子として抽出された12の因子について、まとめておきたいと思います。

     

    Dementia prevention, intervention, and care: 2020

     

    サマリー

     

    ・若年死亡率の低下に伴い、認知症高齢者の数は増加している。しかし、教育、栄養、ヘルスケア、ライフスタイルの変化などの改善により、多くの国で認知症の年齢別発症率は低下している。

    ・2017年のLancet Commission on dementia prevention, intervention, and careでモデル化された認知症の9つの潜在的な危険因子である、教育不足、高血圧、聴覚障害、喫煙、肥満、うつ病、運動不足、糖尿病、社会的接触の少なさ、に加えて今回、認知症の危険因子をさらに3つ追加した。

    ・追加された因子は、過度のアルコール摂取、外傷性脳損傷(TBI)、大気汚染である。

    ・修正可能な12の危険因子を合わせると、世界の認知症発症の約40%に関与しており、理論的には認知症発症を予防または遅延させることが可能である。

    ・予防効果は認知症の発生が多い低所得国や中所得国(LMIC)ではより高い可能性がある。認知症予防のための介入は、ライフコースの中で早すぎることも遅すぎることもない

    ・教育不足が認知症リスクと関連するため、政策は、すべての人を対象とした児童教育の実施を優先すべきである。頭部外傷を最小限に抑え、有害な飲酒を減らすことで、若年発症の認知症や晩年発症の認知症を減らすことができる可能性がある。

    ・中年期の収縮期血圧管理は、認知症予防のため、130mmHg以下を目指すべきである。中年期後期になっても禁煙することで、リスクは軽減される。受動喫煙は認知症の危険因子としてはあまり考慮されていない。多くの国では、受動喫煙を制限している。

    ・特に大気汚染の多い地域では、大気汚染の改善を急ぐべきである。

    ・中年期以降も認知的、身体的、社会的に活動的であることを推奨する。

    ・補聴器の使用は、難聴による認知症リスクを減少させるようである。

    ・中年期から晩年にかけての持続的な運動は、肥満、糖尿病、心血管系のリスクを減少させることで認知症を予防すると考えられる。

    ・うつ病は認知症のリスクになるかもしれないが、晩年になると認知症がうつ病を引き起こす可能性がある。

    ・行動を変えることは難しく、純粋に因果関係があるとは限らないが、個人の行動変容が認知症リスクを減らす可能性は非常に大きい。

    ・低所得国や中所得国(LMIC)では、誰もが中等教育を受けられるわけではなく、高血圧、肥満、難聴の割合が高く、糖尿病や喫煙の有病率が上昇しているため、予防が可能な認知症の割合がさらに高くなっている。

    ・アミロイドβやタウなどのバイオマーカーはアルツハイマー型認知症への進行リスクと関連するが、これらのバイオマーカー陽性のみで認知が正常な人の大半は認知症を発症しない。

    ・認知症の人は多くの領域で複雑な問題や症状を抱えている。介入は個別化され、本人だけでなく介護者への介入も考慮すべきである。

    ・周辺症状を管理するために、患者のニーズに合わせて心理社会的介入を行うことは、少なくとも短期的には有効であるというエビデンスが蓄積されてきている。

    ・介護者に対するエビデンスに基づいた介入は、何年にもわたって抑うつや不安症状を軽減し、費用対効果も高い。

    ・認知症患者は同年代の人に比べて身体的な健康問題を抱えているが、地域の医療ケアを受けることが少なく、ケアへのアクセスやケアの組織化が困難であることが多い。認知症患者は他の高齢者に比べて入院が多く、その中には自宅で管理しうる病気も含まれている。COVID-19の流行では、認知症患者は死亡率は相対的に高かった。

    ・認知症の予防、介入、ケアのために早急に行動を起こすことは、認知症患者とその家族、ひいては社会全体の生と死の問題を大きく改善することになる。

     

    12のリスク因子について

     

    教育および中年期、高齢期の認知刺激の効果


    ・小児期の高い教育レベルと高い生涯学習達成度は認知症リスクを減少させる

    ・20歳以降プラトーに達するまでの教育により全般的な認知機能は増加することが示されている。小児期に認知面での刺激を与え、認知的キャパシティーを増加させることが重要であることを示唆するものである

    認知機能を維持することと認知症リスク

    ・中国での大規模研究では、教育レベルが高い人が成人期での認知的活動が高くなるとの可能性を除外するため、教育レベルが異なる場合でも共通して行われると考えられる認知的活動(読書、ゲーム、賭博)を考慮して認知症リスクとの関連を調べた

    ・その結果、65歳以上でより頻繁に読書やゲームや賭博をする人は、認知症リスクが少ないことがわかった(OR=0.7 CI 0.6-0.8、N=15882)

    ・この結果は別の小規模研究の結果とも一致している。30-64歳の205名が66-88歳までフォローアップされ、教育レベルや職業、現在の脳器質的健康度によらず、旅行や社会的活動、楽器の演奏、芸術、運動、読書、第2言語を話すなどの活動が活発な人は、認知機能が保持されやすいことと関連した

    認知機能の低下と認知的活動との関連

    ・認知的に要求の高い仕事に就いている人は、要求の低い仕事に就いている人に比べて、退職前、時には退職後に認知機能の低下が少ない傾向がある

    ・1658人を対象とした12年間の研究では、勤務年数ではなく退職年齢の高齢化が認知症リスクの低下と関連していることを報告している

    ・別の研究では、健康、年齢、性別、経済力を調整後に、非退職者と比較して、退職者はエピソード性記憶の喪失が2倍に増加していることを報告している(n=18575、平均年齢66歳)。

    ・同様に、平均年齢61歳で退職した3433人を対象とした研究では、言語記憶は退職前よりも退職後において38%(95%CI22~60)早く低下した。

    健常者およびMCIに対する認知的介入の効果

    ・認知的介入は全般的ないし特定の領域の認知面の改善のための介入戦略ないしスキルからなる

    ・一般人口を対象にした3つのシステマティックレビューによると、コンピューターによる認知トレーニングを含む特定の認知介入による全般的な認知面での改善が得られるとのエビデンスは存在しない。ただしトレーニングを行った領域については改善が得られるかもしれない

    ・MCIに対する少なくとも4時間以上のコンピューターによる認知トレーニング(N=351、対照群 N=335)の17の介入試験のメタ解析によると、全般的認知機能の中等度の改善効果(Hedge’s g=0.4 CI 0.2-0.5)を認めた。しかし、質の高い研究は少なく、認知症の予防に関する長期的な質の高いエビデンスは現在のところ存在しない。

    ・MCIに対するコンピュータによる多様な介入についての30の試験のメタ解析はADLへの効果(d=0.23)およびメタ認知的効果(d=0.30)を対照群と比較して認めた

    ・MCIに対する5つの高品質試験(4つが集団対象、1つはコンピュータを用いたもの)についてのシステマティックレビューでは、MCIに対する認知トレーニングの効果については、結論を導くには不十分であると結論付けている

    ・健常高齢者、MCI、認知症に対する認知トレーニングについてのメタ解析の高品質な系統的総説では、大半の試験が低品質であり、positiveな結果を報告しているが、試験の質が低く、結果も多様であることから、結果が臨床的に意義のあるものかどうかわからないと結論付けている

    ・健忘型MCIを対象とした行動活性化(認知、運動、社会的活動の活性化)についての1つの介入試験(N=221)の結果は、支持的介入(attention control)と比較して、2年間での記憶機能の低下(Hopkins Verbal Learning Test-Revisedの総得点で6単語以上の記銘力の低下で定義)は行動活性化群1.2%、対照群9.3%で有意に認知機能の低下を防ぐ効果を認めるとの結果であった。同時に日常生活機能などについても有意に保持される結果となった。

    聴覚障害

    ・聴覚障害は2017年の報告では最も高いPAF(population attributable fraction:認知症発症の何%を占めるか)を示し、聴覚障害は9-17年間のフォローアップ期間において、認知症発症の相対リスクが1.9と報告された。

    ・その後の同じ3つの前向き研究を用いたメタ解析によると、聴覚障害が10dB悪化する毎に、認知症発症のオッズ比が1.3(CI 1.0-1.6)ずつ増加することが報告されている。

    ・小規模のアメリカでの194名を対象とした前向きコホート研究では(ベースラインで平均54.5歳)、平均19年間のフォローアップにおいて、中年期での聴力障害は、海馬や嗅内皮質を含む急速な側頭葉体積の減少と関連したことが報告されてる

    補聴器の使用

    ・65歳以上の3777名を対象とした25年間の前向き研究において、補聴器を使用している人を除き、自己申告による難聴者で認知症の発症率が増加することが明らかになった。

    ・50歳以上の高齢者2040人を対象としたアメリカの調査では、2年ごとに18年間にわたって検査を行った結果、補聴器の使用開始後、即時想起と遅延再生の低下が、他の危険因子を調整しても少なくなることが報告された。

    ・補聴器の使用は、その他の因子について調整後、認知機能低下に対する最も大きな保護的因子である。

    ・長角障害は認知刺激の減少により認知機能の低下をもたらす可能性がある。

    頭部外傷

    ・ICDは軽症頭部外傷を脳振盪とし、重症頭部外傷を頭蓋骨骨折、脳浮腫、脳挫傷、脳出血と定義している。単回の重症頭部外傷はヒトないし動物モデルにおいて過剰リン酸化タウの広範な病態と関連することが報告されている。

    ・50歳以上の約300万人が平均10年間フォローされたデンマークのコホート研究において、頭部外傷は認知症リスク(HR 1.2 CI 1.2-1.3)、アルツハイマー型認知症リスク(HR 1.2 CI 1.1-1.2)と関連した。認知症リスクは頭部外傷後6か月間で最も高く(HR 4.1 CI 3.8-4.3)、頭部外傷の回数に応じて増加した(1回の頭部外傷 HR 1.2 CI 1.2-1.3、5回以上の頭部外傷 HR 2.8 CI 2.1-3.8)。

    ・50歳以上のスウェーデンのコホート研究においても、頭部外傷は1年間の認知症リスクを増加(OR 3.5 CI 3.2-3.8)され、30年間での認知症リスクも増加させた(OR 1.3 CI 1.1-1.4)

    ・軽症の単回頭部外傷も認知症リスクを増加(OR 1.6 CI 1.6-1.7)させ、より重症の頭部外傷(OR 2.1 CI 2.0-2.2)、複数回の頭部外傷(OR 2.8 CI 2.5-3.2)などと報告された

    ・178779名の頭部外傷歴のある退役軍人と、性質をマッチさせた頭部外傷歴のない退役軍人との比較において、意識消失のない軽症頭部外傷歴(HR 2.4 CI 2.1-2.7)、意識消失を伴う軽症頭部外傷歴(HR 2.5 CI 2.3-2.8)、中等度以上の頭部外傷歴(HR 3.8 CI 3.6-3.9)などと報告された

    ・28815名の脳振盪歴のある高齢者を3.9年フォローアップしたコホート研究では、認知症リスクが2倍となり、6名に1名の割合で認知症を発症した(スタチン内服は13%認知症リスクの低下をもたらした)

    高血圧

    ・中年期の持続性の高血圧は晩年の認知症リスクと関連する

    ・Framingham Offspringコホートでは、収縮期血圧が中年期(平均55歳)で140mmHg以上の1440名が対象となり、18年以上追跡された結果、認知症発症リスクがHR 1.6(CI 1.1-2.4)と増加することが報告された。さらに平均69歳の晩期まで高血圧が持続すると、さらにリスクが上昇(HR 2.0 CI 1.3-3.1)となることが報告された

    ・後期中年期(平均62歳)における理想的な心血管系パラメータ(現在の非喫煙、BMI 18.5-25、定期的な運動、健康的な食生活、至適血圧(<120/<80mmHg)、コレステロール正常、空腹時血糖正常)を有する人が、これらのリスク因子を少なくとも1つ以上有する対照群と比較された結果、10年間のあらゆる認知症のリスク(HR 0.8 CI 0.1-1.0)、血管性認知症リスク(HR 0.5 CI 0.3-0.8)、アルツハイマー型認知症リスク(HR 0.8 CI 0.6-1.0)の低下と関連した。

    ・イギリスでの8639名の公務員を対象としたコホート研究において、50歳時点(60歳ないし70歳ではあてはまらず)での収縮期血圧130mmHg以上であることは、認知症リスクの増加(HR 1.4 CI 1.1-1.7)と関連した。45歳から61歳までの間で持続的に収縮期血圧130mmHg以上の群は、心血管疾患がなくても認知症リスクが高血圧がない群と比較してHR 1.3 CI 1.0-1.7と増大することが報告された

    降圧薬、アスピリン、スタチンと認知症リスク

    ・50歳以上の高血圧症患者9361名を対象としたSPRINT試験は、収縮期血圧120mmHgを目指す積極的介入群(N=4678)において、対照群(標準治療群:収縮期血圧140mmHg未満を目指す N=4683)と比較して心血管系イベントや死亡が有意に少なかったため、試験は早期終了となった。認知機能のアセスメントはその後も継続され、介入終了後2年間において、積極的介入群の認知症リスクは標準ケア群と比較してHR0.8(CI 0.7-1.0)と減少を示した。MCIについてもHR 0.8(CI 0.7-1.0)と減少

    ・降圧剤投与と認知症リスクについての4つのメタ解析について、すべてのメタ解析において、あらゆる認知症リスクおよびアルツハイマー型認知症リスクの低下を報告している。

    ・最初の報告では、あらゆる降圧薬についてのRCTが解析対象となり、降圧薬投与はRR 0.9 CI 0.9-1.0とマージナルな有意差を示した。2つ目の報告では、利尿薬についての15の試験と観察研究が対象(N=52599、中央値76歳)となり、平均6.1年間の追跡期間において、認知症リスク(HR 0.8 CI 0.9-0.9)、アルツハイマー型認知症リスク(HR 0.8 CI 0.7-0.9)の減少を報告した。3つ目の報告では、6つの観察研究が対象となり認知症リスク(HR 0.9 CI 0.8-1.0)、アルツハイマー型認知症リスク(HR 0.8 CI 0.7-1.0)と報告されている。4つ目の報告では、Caブロッカーのみが解析対象となり、10 RCTsと観察研究が対象となり(N=75239、中央値 72歳)、フォローアップ期間中央値8.2年において、認知症リスクの低下(RR 0.7 CI 0.6-0.9)が報告された

    ・2019年のメタ解析では、どのクラスの降圧薬が認知症リスクの低下と関連するかが検討され、薬剤のクラス間の差はないとの結論であった

    ・コクランレビューでは、血管性疾患リスクのある高齢者へのスタチン投与は認知機能低下や認知症リスクを減少させることはないとの結論であった。

    ・100mgのアスピリンをプラセボと比較した1つの介入試験(65歳以上の健常者19114名の対象)の結果、アスピリンは認知症リスク(HR 1.0 CI 0.8-1.2)、死亡、運動機能障害、心血管系疾患のリスクを4.7年以上の追跡期間において、減少させることはないとの結論であった

    運動不足とリスク、運動とフィットネスの認知症予防効果

    ・運動についての研究は複雑であり、運動の種類が多く、年齢と共に活動度が変化するなどの問題がある

    ・1-21年までの観察研究のメタ解析では、運動は認知症リスクの減少と関連することを報告している

    ・30-60歳までの28916名を対象としたHUNT試験によると、中年期の少なくとも週に1回の中等度から強度の運動が25年以上のフォローアップにおいて認知症リスクの減少と関連(HR 0.8 CI 0.6-1.1)する可能性が報告された

    ・10308名を対象に28年フォローアップされたWhitehall試験では、中等度から強度の週に2.5時間以上の運動は、10年以上の間の認知症リスクの低下と関連したが、28年間でのリスクの低下とは関連しなかった

    ・191名の平均50歳の女性を対象とした44年間の観察研究があり、ベースラインでの運動量が少ない群の32%、中等度の群の25%、強度の群の5%が認知症を発症した(強度対中等度 HR 0.1 CI 0.03-0.5)

    ・19の観察研究のindividual levelメタ解析により(N=404840、ベースライン年齢平均 45.5歳、平均フォローアップ期間14.9年)、診断前の10年間で運動不足な人は、あらゆる認知症リスク(HR 1.4 CI 1.2-1.7)、アルツハイマー型認知症リスク(HR 1.4 CI 1.1-1.7)とリスクが増加することが報告されたが、認知症になって運動量が低下する可能性を考慮し、診断前の10-15年間の運動不足と認知症リスクについて調べたところHR1.01(CI 0.89-1.14)と有意差は消失し(不活発はDMリスク HR 1.42、冠動脈疾患リスク HR 1.24、脳卒中 1.16とは有意に関連)、結論として運動不足は認知症リスクとは関連しないということとなった。(元となったBMJの論文では運動不足と認知症リスクは無関係との結論ですが、このlancet論文では発症前10年間の結果を引用しどちらかというと関係がありそうな書き方になっています)

    ・運動の認知症予防効果については、3つの質の高いメタ解析が報告されている。1番目は、50歳以上の認知的に正常な成人を対象(39RCTs)に、1回あたり45~60分持続する任意の頻度の中等度から強度の運動の効果を調べたもの。この解析では、1回45-60分の中等度または高強度の抵抗運動(13研究)または有酸素運動(18研究)について、全体的な認知機能の改善(SMD=0-3、CI 0-2-0-4)が報告されたが、ヨガについては両群の間に差はなかった。

    ・MCIを対象としたRCTのメタ解析では、介入群(0-3、0-1-0-5)で全体的な認知能力が向上し、有酸素運動の効果はより高い(0-6、0-5-0-6)ことが報告されている。

    ・長期の運動に関するRCTの第3のメタ分析では、5つの研究(4つが12ヵ月、1つが24ヵ月)で、ベースラインの認知が正常な2878人が対象となった。認知症発症率は運動群で3.7%、対照群で6.1%でRR 0.6(CI 0.3-1.1)であり有意差は示されなかったがNが少ないためと考察された。

    ・2017年以降、WHOのガイドラインが発表されており、具体的な活動レベルが提示されている

    ・認知症リスクに対する筋力トレーニングなどの特定の種類の運動の効果に関するエビデンスは乏しい。

    糖尿病

    ・230万人の2型糖尿病患者を含む14のコホート研究では102174名の認知症発症を含み、糖尿病は認知症の相対リスク女性1.6(CI 1.5-1.80)、男性1.6(CI 1.4-1.8)t報告された。認知症リスクは糖尿病の罹病期間と重症度に伴い増加した。

    ・どの糖尿病治療薬が認知症リスク低減と関連するかについてはよくわかっていないが、1つのメタ解析においてメトフォルミンが有意に認知機能障害リスク低減と関連する(OR 0.6 CI 0.4-0.8)と報告された(3 studies)。また縦断的にその他の糖尿病治療薬ないし無投薬と比較して認知症発症率を有意に減少させる(HR 0.8 CI 0.4-0.9)(6 studies)と報告された。ただし、その他の報告ではメトフォルミンの優位性は支持されなかった。一方でインスリン療法の有害性の可能性(RR 1.2 CI 1.1-1.4)が報告された。

    ・2型糖尿病は認知症の明白なリスク因子であるが、どの薬剤がより良いかは不明確であり、認知症予防においてintensiveな治療が標準的治療を上回るとの根拠もない。

    過剰なアルコール摂取

    ・フランスでの5年間の前向き研究では3100万人の入院患者が対象となり、アルコール使用障害は認知症リスクと関連することが報告された(女性HR 3.3 CI 3.3-3.4 男性 HR 3.4 CI 3.3-3.4)

    ・とりわけ65歳未満発症の若年性認知症においてアルコール使用障害との関連が明らかである。若年性認知症では56.6%がアルコール使用障害を有していたと報告されている

    ・45 studiesのシステマティックレビューでは、軽度から中等度までの飲酒は認知症リスクの減少と関連することを報告した(RR 0.7 CI 0.6-0.91)。1週間で21単位未満(1単位はアルコール10mlないし8gに相当)のアルコール摂取は認知症リスク低減と関連するかもしれない

    ・週21単位以上の飲酒と長期禁酒は、14単位未満の飲酒と比較して認知症リスクの17%の増加と関連した。また14単位以上の飲酒はMRI上右海馬の萎縮と関連していた。

    体重コントロールと肥満

    ・35歳から65歳までの589649名を含む19の観察研究(最大42年追跡)のレビューにより、BMIが30以上は認知症相対リスクがRR 1.3(CI 1.1-1.6)であったが、BMI 25-30については有意なリスク増加と関連しなかった(RR 1.1 CI 1.0-1.2)。

    ・7 RCTs(N=468)と13の観察研究(N=551)の認知症のない肥満成人(平均50歳)を対象としたメタ解析によりBMI25以上の人が2kg以上の減量をすると有意な注意および記憶力の改善と関連することを報告した。

    喫煙

    ・60歳以上の4年以上禁煙している50000名の男性を対象とした観察研究により、喫煙者と比較して、その後の8年間の認知症リスクが有意に減少することが報告された(HR 0.9 CI 0.7-1.0)

    うつ病

    ・62,598人を対象とした32 studiesのメタ解析では、2年から17年の追跡期間で、抑うつエピソードは認知症の危険因子であることが示された(効果量 2.0、CI 1.7-2.3)。

    ・ノルウェーのHUNT研究では、心理的苦痛が25年後の認知症発症を予測することが示唆されたが、確実な結論ではない(HR1.3, CI 1.0-1.7)。イギリスのWhitehall研究では、10189人を追跡調査し、晩年にはうつ症状が認知症リスクを増加させるが、若年のうつ症状では増加しないと報告している(追跡調査11年HR 1.7; CI 1.2-2.4; 追跡調査22年HR 1.0, 0.7-1.4)。

    ・71-89歳の認知的に健康な男性4922人を対象とした14年間の縦断的研究では、うつ病は認知症の発症率の1.5倍(CI 1.2-2.0)の増加と関連したが、この関連性はうつ病発症後5年以内に認知症を発症した人によって説明されていた。

    ・抗うつ薬の使用はそのリスクを低下させなかった。抗うつ薬による治療が認知症リスクを軽減するかどうかという問題は、未解決である。

    社会的接触

    ・社会的接触は認知症の予防因子として認められているが、認知症の進行に伴って孤立が起こる可能性がある。

    ・中年以降は結婚している人が多いが、高齢になると、一般に女性は男性よりも長命なため、未亡人となると社会的な接触が少なくなる。

    ・全世界の812047人を対象としたシステマティックレビューとメタ解析では、生涯独身者(RR1.4、CI1.1-1.9)と未亡人(1.2、1.0-1.4)は既婚者に比べて認知症リスクが高く、その関連性は異なる社会文化環境で一貫していた。

    ・社会的孤立と認知機能に関する51の縦断的コホート研究のシステマティックレビューとメタアナリシスでは、ベースライン時に50歳以上の102035人の参加者が含まれており、2~21年の追跡調査が行われ、高頻度の社会的接触は晩年の良好な認知機能と有意に関連し(r=0.05 CI 0.04-0.065)、性差は認めなかった

    ・新たなメタ解析では、長期研究(10年以上)において、良好な社会的交流が認知症リスクに対して軽度に保護的であることがわかった(n=8876, RR=0.9, CI 0.8-1.0)。孤独感は認知症リスクとの関連は有意ではなかった

    ・イギリスでの28年間の観察研究では、10308人が対象となり、60歳での社会的接触の頻度が高いほど、15年間の追跡期間で認知症リスクが低いことが報告された(1標準偏差の社会的接触頻度の増加によりHRは0.9、CI 0.8-1.0)

    ・日本の縦断的コホート研究では、65歳以上の成人13984人を対象に、平均10年間の追跡調査で、婚姻状況、家族との交流、友人との交流、コミュニティ集団への参加、仕事従事の有無の5段階評価の社会的接触尺度を算出した。その結果、最高得点の人は低得点の人に比べて46%認知症になる可能性が低く、得点は認知症リスクの低下と直線的に関連していることがわかった。

    大気汚染

    ・動物実験では、空気中の粒子状汚染物質が、脳血管疾患や心血管疾患、Aβ沈着、アミロイド前駆蛋白質処理などを介して神経変性過程を加速させることを示唆する結果が得られている

    ・二酸化窒素(NO2)濃度が高いこと(>41-5 μg/m3; 調整後HR 1-2、CI 1.0-1.3)、交通機関の排気ガスからの微粒子状物質(PM2.5)(調整後HR 1.1、CI 1.0-1.2)、住宅用木材燃焼からのPM2.5(1 μg/m3増加でHR=1.6、CI 1.0-2.4)は、認知症発症率の増加と関連することが報告されている。

    ・大気汚染物質曝露と認知症発症の関連について1-15年追跡調査を行った13の縦断的研究の系統的レビューでは、PM2.5、NO2、一酸化炭素への曝露がすべて認知症リスクの増加と関連していることが報告された

    コメント


    定年延長の流れがありますが、認知症予防の観点からは望ましいことなのかもしれません。仕事を辞めて何もしないよりも、なんらかの生産的活動に従事するか、仕事を続ける方が認知症リスクは低いようです。年をとってからも身体や頭を使うような何かを持っておいた方が、心身共に健康度が高いといえそうです。

    引用文献
    1)Lancet. 2020 Aug 8;396(10248):413-446. doi: 10.1016/S0140-6736(20)30367-6. Epub 2020 Jul 30.

  • ウルソはどうか

    ・7月に引き続き9月3日付The New England Journal of Medicine誌にALSの臨床試験についての話題が掲載されました(文献1)。


    ・Amylyx社のALS治療薬候補AMX0035の第2相試験(CENTAUR試験:NCT03127514)です。

    ・AMX0035は既存薬の組み合わせでウルソのタウリン抱合体であるタウロウルソデオキシコール酸(taurursodiol)1gとフェニル酪酸ナトリウム(尿素サイクル異常症治療薬)3gの合剤(最初3週間は1日1回投与、その後1日2回投与)になります。

    ・タウロウルソデオキシコール酸は漢方薬の原料である熊胆(ゆうたん:熊由来の動物性生薬)の主成分でもあるということです。

    ・発症18カ月未満のdefinite ALS患者(孤発性ないし家族性)137名が対象となり、2:1の割合でAMX0035とプラセボに無作為割付され、24週間経過観察されました。

    ・主要評価項目はALSFRS-Rの変化率であり、副次的評価項目としては筋力、呼吸機能、人工換気導入までの期間などでした。

    ・主要評価項目は、AMX0035群平均-1.24点/月、プラセボ群平均-1.66点/月で統計的に有意にAMX0035はALSFRS-Rの変化率を改善することを示唆する結果が得られました。副次的評価尺度については統計的有意差が得られたものはありませんでした。

    ・最初のALS治療薬としての承認薬剤のリルゾールはどうなのか?リルゾールの承認に向けた臨床試験が行われたのは1992年頃であり、この頃にはALSFRS-Rは国際的な症状評価尺度としては使用されていなかったため、比較対象となりうるデータを見つけることができませんでした。

    ・国内2番目のALS治療薬として承認されたエダラボンについては、投薬期間の24週間でのALSFRS-Rの変化量は、エダラボン群では平均-5.70点、プラセボ群では-6.35点との結果が報告されています(プラセボに対して約10%の改善効果)。一方でAMX0035は同じ期間でプラセボ比約25%の改善度を示しています(試験の規模が違うことと、両薬剤で対象となった患者の患者背景が異なるため、単純な比較はできませんが)。なかなか良い数字のように見えます。


    ・試験の規模がそこまで大きくないことと、副次的評価項目で有意差がみられなかったことは気になりますし、毎度のことながら第3相で結果がひっくり返る薬剤を多くみてきたので、全然楽観視はできないのですが、この結果を受けてアメリカALS協会では、早くもFDAに対して1年以内のAMX0035の早期承認を求める嘆願活動を開始しています(https://www.als.org/stories-news/als-association-i-am-als-call-amylyx-fda-make-promising-new-drug-available-our-als)

    ・タウロデオキシコール酸については、実はドイツで既に第3相試験が動いています(NCT03800524)。440名のALS患者を対象にタウロウルソデオキシコール酸2g/dayを18カ月投与し、プラセボと比較してどうなるかについて臨床試験が進行中です。順調にいけば結果は2021年6月には判明しそうなので、こちらの結果もどうなるか要注目というところです。

     

    ・最近のALS臨床試験の気になる動向としては、Biogen社が新たなアンチセンス・オリゴヌクレオチド製剤であるBIIB105の第1相試験(NCT04494256)の開始をアナウンスしたことです。

    ・この製剤の注目すべき新しい点は、これまでは直接的に有害性を発揮する蛋白質の発現を阻害するためのアンチセンス・オリゴヌクレオチド製剤が使用されてきたのと異なり、BIIB105は病態に間接的に関与している蛋白質の発現を抑制することにより、病態改善を図ろうという治療戦略である点です。

    ・BIIB105がターゲットするRNAはataxin 2 RNAであり、孤発性ALSにおいてはataxin 2発現量を減少させるとTDP-43蛋白症に関連した病態の改善効果が期待できることが報告されていることによるものです。

    ・これは2017年のNatureに報告されたモデルマウスでの基礎実験の報告(Nature. 2017 Apr 20;544(7650):367-371. doi: 10.1038/nature22038. Epub 2017 Apr 12.)を臨床応用するものであり、ヒトでの効果がどうなるのか期待されます

    引用文献

    1)September 3, 2020 N Engl J Med 2020; 383:919-930 DOI: 10.1056/NEJMoa1916945

  • 抗精神病薬の用量効果関係について 2020年08月29日


    ・抗精神病薬の薬剤毎の用量効果関係についてのメタ解析結果が文献1にて報告されています。この論文の結果は臨床医として知っておいた方が良いと思われます。

    ・ただし、プラセボ対照試験のみを解析対象としているため、解析対象となった試験の数は少なく、エビデンスの質としてはそこまで確かなものではありません。

    ・固定用量の介入試験について、プラセボ対照ではないものについても、ネットワークメタ解析を行い、対プラセボの効果量を推定し解析に含むことは可能と思われるため、そのような解析を行ってみても面白いのかもしれません。

     

    背景

     

    ・急性期統合失調症治療における抗精神病薬の用量効果関係はよくわかっていないが、臨床家にとって、最小有効用量と最大有効用量を知ることは重要である

    ・多くの薬剤では用量効果関係は横軸に用量の対数をとるとS字型曲線となることが知られている

    ・今回、抗精神病薬の用量効果関係についての臨床試験を基にメタ解析を行い、最大有効用量に近い用量(ED95)を決定するために定量的な解析を行った

    ・さらに、現在承認されている用量よりもさらに高用量を用いた臨床試験を行うべき薬剤がないかどうかについても検討した
    最後に、最大有効用量の近似値(ED95)を用いて等価用量換算を行った

     

    対象と方法

     

    ・統合失調症ないし統合失調感情障害慢性期の急性増悪に対する、2種類以上の固定用量でのプラセボ対照介入試験

    ・さらに初発精神病、陰性症状主体群、高齢者、治療抵抗性とにわけて解析を行った

    ・症状変化はPANSSないしBPRSを使用(陰性症状主体の試験についてはPANSS negativeかSANSを使用)

    ・試験毎に用量効果関係を25パーセンタイル、50パーセンタイル、75パーセンタイルの3点に制御点を有するスプライン曲線で近似。その後各試験のスプライン曲線を多変量random-effects modelで統合

    ・ED50をプラセボと比較して最大効果の50%の症状改善効果が得られる平均用量と定義。ED95は最大効果の95%の症状改善効果が得られる平均用量。ED95を有効性に関する等価用量換算に使用

    ・解析に使用された試験の数は、アミスルプリド N=3、アリピプラゾール N=5、アリピプラゾールLAI N=1、アセナピン N=6、ブレクスピプラゾール N=4、カリプラジン N=4、クロザピン N=1、ハロペリドール N=1、イロペリドン N=4、ルラシドン N=7、オランザピン N=4、オランザピン LAI N=1、パリペリドン N=5、パリペリドンLAI N=4、クエチアピン N=4、リスペリドン N=4、リスペリドン LAI N=1、セルチンドール N=4、ジプラシドン N=5

    ・試験期間の中央値は6週間(4-26週)

    ・用量効果関係を、プラトー型、逆U字型、漸増型に3分類(下図)

    プラトー型逆U字型漸増型


    結果

     

    ・陰性症状主体の患者に対するアミスルプリド:50-300mgの低用量アミスルプリドによる陰性症状主体の患者に対する2つの臨床試験から、ED95 は約70mg/dayであり、さらに、用量効果関係はプラトー型で、高用量でより有効性が増大することを示唆する結果は得られなかった

    ・陽性症状に対するアミスルプリド:陽性症状の急性増悪に対する1つの試験(100mgを400mg、800mg、1200mgと比較)の結果から、用量効果関係は逆U字型であり、537mg程度で効果が最大となることを示唆する結果となった

    ・経口アリピプラゾール:5つの急性期に対する固定用量試験(2-30mg)の結果からED95は約12mgであり、用量効果曲線はやや逆U字型に近く、高用量がより有効であることを示唆する結果は得られなかった

    ・アリピプラゾールLAI(lauroxil):1つの急性期に対する試験があり、441mgと882mgがプラセボと比較。プラトー型でありED95 は463mg

    ・アセナピン:急性期の6つの試験があり0.4mgから20mgを比較。ED95 は15mgであり、用量効果曲線はプラトー型であった

    ・ブレクスピプラゾール:4つの急性期試験があり、ED95が3.4mgであり、用量効果曲線はプラトー型であった

    ・クロザピン:治療抵抗性に対する小規模(N=48)試験があり、100mg、300mg、600mgが比較。クロザピンの固定用量での比較試験はこれのみ。ED95 は567mg。用量効果曲線は小規模にて推定困難(無理やり当てはめると漸増型)

    ・ハロペリドール:急性期に対する1つの固定用量試験があり、4mg、8mg、16mgが比較。用量効果曲線は逆U字型であり、ED95 は6.3mg

    ・ルラシドン:6つの急性期に対する固定用量試験があり、20mgから160mgまで比較。用量効果関係は漸増型であり、ED95 は147mg。さらに高用量で有効性の増大が期待できる可能性がある

    ・経口オランザピン:2つの急性期に対する固定用量試験があり、1mgから15mg±2.5mgまで比較。用量効果関係は漸増型であり、ED95は15.1mg。さらに高用量で有効性の増大が期待できる可能性がある結果となった

    ・経口オランザピン:陰性症状主体の患者に対する1つの固定用量試験があり(N=174)5mg、20mgがプラセボと比較。ED95 は6.5mgとなり、用量効果関係は逆U字型となった。2点しか観察点がないため一般化困難

    ・オランザピンLAI:1つの急性期に対する固定用量試験があり、210mg(2週に1回)、405mg(4週に1回)、300mg(2週に1回)が比較。405mgを203mg(2週に1回)に変換し比較。用量効果関係は漸増型だが、2点しか観察点がなく、一般化は困難

    ・経口パリペリドン:5つの急性期に対する固定用量試験があり、1.5mgから15mgが比較。ED95は13.4mgとなり、用量効果関係は漸増型となった

    ・パリペリドンLAI:4つの急性期に対する固定用量試験があり、25mgから150mgが比較。ED95は120mg。用量効果関係はプラトー型に近い漸増型

    ・クエチアピン:4つの急性期試験があり、75mgから800mgが比較。ED95は482mgであり、用量効果関係はプラトー型。速放製剤と徐放製剤とでわけて解析すると、速放製剤のED95は297mg、徐放製剤では739mgと大きな違いがあった(ただし徐放製剤の最小設定用量が300mgでありそれ以下の効果が不明)

    ・経口リスペリドン:3つの急性期試験があり、2mgから16mgまで比較。ED95 は6.3mg。用量効果関係は逆U字型

    ・リスペリドンLAI:1つの急性期試験があり、25mg(2週間に1回)、37.5mg、75mgを比較。ED95 は37mgであり、用量効果関係は逆U字型

    ・ED95の数値から、有効性についてリスペリドン1mgに対する等価用量換算を行うと、アリピプラゾールは1.84mg、アセナピン 2.39mg、ブレクスピプラゾール 0.54mg、ハロペリドール 1.01mg、ルラシドン 23.49mg、オランザピン 2.42mg、パリペリドン 2.13mg、クエチアピン 77.01mgなどとなった

    ・全体を平均するとリスペリドン換算で急性期においては3.66mgを超えたあたりで効果はプラトーに達する傾向がみら、それ以上の増量は有意な効果の増強はもたらさないとの結果となった

    結論

    ・オランザピン、パリペリドン、ルラシドン、ジプラシドン、セルチンドール、イロペリドンについては、用量効果関係が、承認用量範囲内で漸増型を示し、さらに高用量において効果が増強する可能性を示唆する結果となった。ただし今回の解析は副作用を考慮しておらず、さらに高用量では有害性が有効性を上回る可能性があり、慎重な解釈を要する。

    ・個々の患者では代謝能力なども異なるため、個別の症例で用量を最適化することが望ましい

    コメント

    ・以前より統合失調症に対する抗精神病薬の有効性についての用量効果関係は、D2受容体の占有率との関係から、あるところでピークに達し、それ以上は効果増大せず有害性が増大してくると言われていましたが、逆U字型の用量効果関係を示す薬剤があったり、一方で承認された用量の範囲内では効果は最大に達するようにみえず、さらにそれ以上の用量での効果の増大が見込める可能性がある薬剤があるなど、臨床上重要な知見が含まれている論文と思われました。今後さらに固定用量での試験結果が集積されて、結論が確かなものになっていくことが期待されます。

     

    引用文献
    1)Stefan Leucht et al. Am J Psychiatry. 2020 Apr 1;177(4):342-353.

     

  • スボレキサントとレンボレキサント 2020年08月23日

    藤田医科大学の岸先生らが、スボレキサントとレンボレキサントについてのネットワークメタ解析の結果を報告され(文献1)、主観的尺度について興味深い報告をされていますが(詳細は省きます)、以前スボレキサントとレンボレキサントについて、高齢者ではどうかということを勉強会で文献的に検討したことがあり、岸先生らの論文の結果に触発されて、高齢者におけるデータを用いて解析したら何かでてくるのではないかと思い、手持ちのデータでネットワークメタ解析をしてみました(selection biasの問題があるので、よろしくないことではありますが)。


    どのような点を明らかにしたかったかというと、文献1ではスボレキサントとレンボレキサントの18歳以上の原発性不眠症を対象とした介入試験の結果を解析対象としており、ポリグラフを用いた客観的指標については、例えば1か月時点での客観的持続睡眠潜時(LPS)は両群間有意差がでていない結果となっています(主観的指標では有意差あり)。しかし高齢者についての結果(SUNRISE1試験(文献2)および文献3)を見た感じでは、レンボレキサントは投与開始後1カ月時点での客観的持続睡眠潜時の短縮効果についても、プラセボと比較してなかなか良好なものがあるのではないかという印象をもっており、高齢者では有意な結果が出るのではないか、と期待したものです。


    Rのnetmetaパッケージを用いて、頻度論によるネットワークメタ解析をrandom effectsモデルで解析してみました。評価尺度は投与1か月後のPSGによる客観的持続睡眠潜時(LPS)となります。結果は以下となりますが、有意差はなく、期待した結果は得られませんでした。しかしかなり良い線をいっている印象です。

    netmeta1

    ネットワークメタ解析をきちんとするためにはデータの均質性や結果の一致性などを慎重に評価する必要があり、inconsistencyはありませんでしたが、均質性の評価はすっとばしています。もうちょっと症例数が蓄積すると結果が違ってくるかもしれません。オレキシン2受容体への選択性が高いことからノンレム睡眠を増加させることが期待されるとのことであり(文献1)、悪夢などの副作用がどうかについても気になるところです。

    引用文献
    1)Kishi T. et al. J Psychiatr Res. 2020 May 28;128:68-74. doi: 10.1016/j.jpsychires.2020.05.025. .
    2)Rosenberg R, JAMA Netw Open. 2019 Dec 2;2(12):e1918254. doi: 10.1001/jamanetworkopen.2019.18254.
    3)Herring W. et al. Am J Geriatr Psychiatry. 2017 Jul;25(7):791-802. doi: 10.1016/j.jagp.2017.03.004. Epub 2017 Mar 8.

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