・結論から言えばNOですし、リスク評価ツールをそのように使用してはならないというのがNICEガイドラインなどの説くところですが、今回はちょうど12月号のlancet psychiatryにこれと関連した話題(文献2)も出たので、このあたりの話をまとめておきます。

・まずは文献1のリスク評価ツールの自殺関連事象(自殺企図+自殺既遂)の陽性的中率についてです

・文献1では自殺リスク評価ツールを第1世代から第3世代までに分類しています。第1世代は慣用的なBeck Hopelessness Scale(BHS)やBeck Depression Inventory (BDI)など。第2世代は髄液中の5-HIAAなどの生物学的指標。第3世代は統計学的に作成された指標(Manchester Self-Harm Rule (MSHR), Edinburgh Risk Rating Scale (ERRS)など)とのことです。

・この統計学的に作成された指標とはなんぞやということですが、文献3がわかりやすく、あらかじめ自傷行為で入院した患者を対象に、その後一定期間観察研究を行い、自傷行為再発のリスク因子を複数抽出し、因子毎にオッズ比に応じて重みづけしスコアリングするものです。例えば文献3のThe Repeated Episodes of Self-Harm (RESH) scoreでは、性別や年齢、手段、診断など多数の因子の中から、ロジスティック回帰分析により自傷行為再発に関して有意な因子として抽出された、これまでの自傷行為回数、エピソード間の間隔、最近12か月間の精神科診断、最近12月間の入院歴の4つの因子について、それぞれをオッズ比で重みづけをし、スコアリングするというシンプルなわかりやすい指標となっています。

リスク評価ツールの陽性的中率(文献1)

背景

 

・臨床家はどのような患者が自殺で死亡するのか、あるいは自傷行為を繰り返すのかを予測したいと考えている

・多くのリスク評価ツールがあり、例えばBeck Depression Inventory(BDI)やSADPERSONSスケールなどの心理学的尺度(第1世代)、デキサメタゾン抑制試験(DST)や髄液中5-ヒドロキシインドール酢酸(5-HIAA)濃度などの生物学的検査(第2世代)、ReACT自傷行為ルールやRESHスコアなどの統計モデルに基づいた尺度(第3世代)などが提唱されている。

・しかしこれらの尺度による予測精度は不正確であり、NICEガイドラインでは、将来の自殺や自傷行為を予測するためにリスク評価ツールを使用しないことを推奨しており、これらツールの使用を、リスク評価目的ではなく、患者にどのようなケアが適切かのニーズ評価目的として使用するように推奨している。

・リスク評価ツールの陽性的中率についてメタ解析を行ってみた

対象と方法

・縦断的コホート研究を解析対象とした。

・自殺のリスク評価について心理学的尺度ないし生物学的尺度ないし第3世代尺度を用いるもので、ハイリスク患者を同定し、追跡期間中の自殺関連事象(自傷行為や自殺既遂)をアウトカムとして評価しているもの

・70 studies(52が心理学的尺度、17が生物学的尺度、1つが両方)。成人が43 studies、思春期のみが4 studies、両方が9 studies。

・多くが最近の自傷行為ないし希死念慮を有する患者を対象(37 studies)としたもの、精神疾患患者を対象としたものが 29 studies、その他が4 studies。精神疾患を対象としたもののうちわけは気分障害が12 studies、初発精神病ないし統合失調症が3 studies、PTSDが1 study、退役軍人が2 studies、囚人が2 studies。

・追跡期間は6か月以下(18 studies)、10年以上が5 studies、1年が最頻で 19 studies

結果

・心理学的尺度については全体のpooled positive predictive value(PPV:陽性的中率)は自傷行為+自殺で38.9%、自傷行為のみが27.5%、自殺が3.7%

・生物学的尺度については、自傷行為のみのPPVが14.7%、自殺のPPVが14.5%

・第3世代尺度については自傷行為ないし自殺のPPVが38.7%

・自殺に関して最も良好なPPVは髄液中 5-HIAAであり、PPVが21.1%であった

・個別の心理尺度で自傷行為または自傷行為+自殺のPPVが最も高かったのはBeck Hopelessness ScaleとBuglass and Horton Scaleで,29.1%,28.8%と同程度であった。第三世代尺度の中で自殺+自傷行為のPPVが最も高かったのはエジンバラリスク評価尺度(Edinburgh Risk Rating Scale)であり,27.6%であった

・陽性尤度比は感度/(1-特異度)で表され、1に近い数値の場合、その検査は臨床的に意義がなく、10以上だと臨床的に有用とされている。

・自傷行為で受診した患者の12か月間の自傷行為再発率として16.3%を採用し、これを検査前確率とすると、 Beck Hopelessness ScaleとBuglass and Horton Scaleの陽性尤度比は2.1、第3世代尺度についての陽性尤度比は3.3程度となり、心理学的尺度の陽性尤度比は2から3程度であり、検査としての臨床的有用性は乏しいと言える

コメント

・自殺に関して髄液中5-HIAAの陽性的中率が21.1%というのはかなり高いように思えますが、引用文献をみると1980年くらいから2000年くらいまでの古い研究が大半で最近の報告がないのが気になるところです。

 

イギリスでの自殺リスク評価(文献2)

背景

・イギリスでの自殺者数は毎年約6000人でありここ10年間増加傾向にある

・自殺者の4人に1人以上が最近の精神保健サービスへの接触歴があることが報告されている

・リスク管理が重要であり様々なリスク評価のツールが使用されている。しかし自殺リスク評価ツールの自殺予測に関する有用性のエビデンスは限られている

・リスク評価ツールの予測能力には大きな差があり、臨床での使用が推奨されるほど診断精度で十分な結果が得られているものはない

・イギリス、オーストラリア、ニュージーランドのガイドラインでは、評価ツールを自殺関連リスクを評価するために使用することや、治療決定するために使用することを推奨していない。その代わり、個々のニーズとリスクの包括的な心理社会的評価を行い、治療計画を伝えるべきとされる。
一方でアメリカなど一部の国では、リスクの層別化と評価手法の普及を提唱している。

・リスク評価ツールの使用についての大規模研究は少なく、現場レベルでの評価ツール使用についての経験的知識に関する研究も限られている

・今回、イギリスにおいて精神保健サービスの現場でどのリスク評価ツールが使用されているか、またそれらがどのように評価され、改善される可能性があるかについて調べた

対象と方法

・リスク評価ツールについてのレビュー、オンライン調査、臨床家へのインタビューを行った

・使用しているリスク評価ツールについては、イギリス85カ所の国民保健サービス(NHS)拠点に対して調査を行った。

・オンライン調査では、臨床家やサービスの利用者(患者)、支援者らが対象となり、臨床家に対しては評価ツールをどのように見て、どのように使用しているか、評価ツールを使用するためにどのようなトレーニングを受けているかなどを尋ねた。患者や支援者に対しては評価の経験やツールへの認識などを尋ね、全員に対してリスク評価ツールの改善点についての意見を求めた

・臨床家への電話インタビューについては、精神保健サービスを受診してから12ヵ月以内に自殺で死亡した人が登録されているNCISHデータベースを使用し、2015年1月1日から2015年12月31日までの間に自殺で死亡した患者の診療を担当したことがあり、最後の接触時(自殺の3か月以内)に低リスクと判断された患者の臨床家20~30名が対象となった

NHSに対する調査の結果

・リスク評価ツールに関して、調査対象となった85カ所の国民保健サービス(NHS)拠点全てから回答がえられ、156のリスク評価ツールが回答された。その中で主に使用されているツールが特定された

・評価ツールの3分の1以上は各地域で考案されたものであった。20%はelectronic patient recordを活用したRio risk screenを用いていた
北アイルランドではすべてのNHSで2段階プロセスを採用しており、最初にすべての患者を対象とした標準化されたリスクスクリーニングツールを使用し、その後に包括的な臨床リスク評価および管理ツールを使用していた。

・85個中72個(85%)はチェックリスト形式であり、全てのツールにおいて特定されたリスクをより詳細に説明できるようにテキストボックスで記録するオプションが含まれていた。

・ほとんどのツール(94%)では、患者の将来の行動を予測し、リスクを高、中、低などのように層別化するよう構成されていた。

・患者を積極的にケアに参加させることについては59%のツールにおいて推奨しており、評価されたリスクについて患者の確認を得ることから、患者との協働作業についての詳細まで様々な程度で記載されていた。

・62%のツールでは臨床家が、患者、支援者双方からの意見を聴取することを推奨し、協働作業の詳細について解説していた

オンライン調査の結果

・オンライン調査は358人が対象となり。うちわけは患者42名、支援者26名、臨床スタッフ290名(看護師109名、医師または精神科医34名、管理者48名、心理士22名、作業療法士7名、ソーシャルワーカー8名、その他医療従事者62名)であった

・患者42名中15名はデータ不足のため分析から除外。残りの27名中20名(74%)は、アセスメントの際に支援者や家族が同席する機会を与えられなかったと報告した。9名(33%)は危機時の連絡先に関する情報を提供されていなかった。12名(44%)はアセスメントのプロセスに批判的であった

・批判的な意見では、評価の非人間的な性質が強調されており、自分の感情や意見が無視されているとの意見が述べられていた。ある患者は「調査フォームは政府の調査のように感じる」と述べ、別の患者は「自殺についての質問は評価ではすぐに流されてしまう」と自殺についてのアプローチを批判した。「自殺について真正面から取り組み、もっと詳しく質問する必要があると思う。一度の質問だけでは十分ではない」との意見もあった。

・6人(22%)の患者は、リスクを評価する際のスタッフのアプローチに一貫性がないと感じていた。「決められた手順がなく、その場しのぎのものであり、受診する職員に依存する。スタッフのためのトレーニングをもっと充実させる必要がある」との意見もあった

・26人の支援者の回答のうち20人が分析対象となった。9人(45%)が、安全性について話し合われた際に患者との評価に出席したと報告し、同じく45%が、ミーティング中に自分の意見が認められたと感じていた。

・しかし際立った課題として、支援者が患者の支援計画や安全計画に参加することが不足していることへの不満と失望であり、それは家族では手に負えないとケアチームに解釈されているとの感覚につながっていた。

・ある支援者は、「コミュニケーションは私からケアチームへの一方通行であり、自宅で深刻化する状況をどのように管理すべきかについての議論または情報がなかった」と述べた。

・潜在的なリスクについて意見を述べる機会がないことへの懸念も指摘されている。「安全計画には支援者の意見はほとんど含まれていないのに、自殺願望のある子どもの世話を24時間365日していた。ケアや危機管理計画についてほとんど知らされておらず、うまくいかなかったときにはそれに従うことを期待されていただけで、実際に考えたり、考慮したりすることなく、全体が『チェックボックス』のように見えた」との意見もあっ

・臨床スタッフへの調査結果として、臨床医は、ツールの要約結果について、他の医療チームに問題点を伝えるのに有用なものと回答した。また、評価ツールの使用は、患者との信頼関係を築き、率直な会話を促進し、現在および過去のリスク要因を探ることができる貴重な機会であると捉えていた。

・「リスク評価ツールはリスクとレジリエンス要因について考えるための良い枠組みを提供するが、臨床経験に取って代わるものではない。患者に関する情報は臨床病歴に基づいており、広範な環境要因は含まれていない傾向がある」との意見がみられた

・定期的なトレーニングの重要性を指摘する意見もあった

・課題として評価ツールが長く煩雑な場合、重要な患者の詳細を見落としてしまう可能性があるという懸念が表明された。またツールが長すぎると、関連性の低い分野については記入するのを躊躇してしまうとの意見もあった

・またリスク評価ツールは、それを実行する個人の介入能力を上回るものではなく、誤った安心感を持たないようにということを指摘する意見もあった

電話インタビューの結果

 

・電話インタビューでは、22名の臨床スタッフが対象となり、精神科医(13名)のほか、看護師、ソーシャルワーカー、心理士(9名)が参加した

・インタビューした臨床スタッフは全員、ツールを予測手段としてではなく、リスクに関しての判断を分類するためのガイドとして使用していると感じていた。

・ある臨床医は、「あなたの仕事は誰が死ぬかを予測することではなく、患者が提示した問題に有益な方法で関与することである」とコメントしている。

・臨床医はツール自体を意思決定の判断役とするのではなく、臨床判断に基づいて治療計画を通知し、策定するためにツールを使用していた。

・リスクサマリや系統的記載は、入院患者と地域ケアの間の移行を容易にするなど、ケアチームに良いコミュニケーション源を提供するものと捉えられていた。

・徹底的な病歴を収集し、その情報を一つの文書にまとめることは、患者との率直な議論を促進するために有用であると考えられた。

・一方で治療関係にはオープンな会話が必要であり、チェックリストが流動的な会話を奪ってしまうため、オープンな会話が妨げられている可能性があるという問題も示された。

リスク評価ツールの改善点についての意見

(1)臨床スタッフ

・スコアリングシステムやレーティングシステムを削除すること

・一貫性の向上と簡潔化

・全ての専門用語を解説し、患者や支援者にとって評価ツールを使いやすいようにすること

・継続的なトレーニングとスーパービジョンを通じてスタッフの自信を高めること

(2)患者

・チェックリストに頼らない個別化されたアプローチをすること

・希死念慮に焦点をあてること。スタッフが自信をもって難しい質問を扱えるよう促すこと

・クライシスプランや安全計画の共有を含め、家族や支援者を巻き込むこと

・地域の支援選択肢やヘルプライン、24時間対応のサービスに関する情報提供

(3)支援者

・危機的状況に陥る前、または危機的状況に陥った時に、家庭での状況管理の方法や、何を想定すべきかについての情報や助言を得ることができること

・患者を支援するための技術と知識を獲得するための訓練が提供されること

・支援者が孤立感を感じないようにすること

・患者の同意がある場合には、家族とのより一貫性のある相談体制と情報共有。リスクの高い行動について家族や支援者と話し合うこと

まとめ(文献4より引用)


(1)リスク評価ツールは、将来の自殺行動を予測する方法と見なすべきではない。これはNICEの自傷行為ガイドラインと一致している。

(2)ツールを使用する場合は、シンプルでアクセスしやすく、より広範な評価プロセスの一部として考慮されるべきである。治療方針は点数によって決定されるべきではない。

(3) リスクツールは自殺の予防にはほとんど役に立たないというコンセンサスが広まっている。本研究は、臨床的判断を重視し、関係性を構築し、現在の状況、既往歴、社会的要因に関する情報を収集し、共同で開発した管理計画を充実させることにより、臨床的なリスク評価プロセスを改善する方法を提案するものである

(4)リスク評価のプロセスは精神保健サービス全体で一貫している必要があり、スタッフはリスクの評価、策定、管理の方法について訓練を受けるべきである。

(5) 家族や支援者は、潜在的なリスクについて意見を述べる機会を含め、アセスメントのプロセスに可能な限り多くの 関与を持つべきである。管理計画は、可能であれば共同で作成されるべきである。

(6) リスクの管理は個人的で個別化されたものでなければならないが、同時にシステム全体のアプローチとしてすべての人に対する標準的ケアの質を高めるものであるべきである。監督、委任、紹介経路がすべて安全に管理されていることが保障されるべきである

コメント

・今回の報告の結果を踏まえて日本精神科救急学会のガイドライン(https://www.jaep.jp/gl_2015.html)をみると、家族などへの支援やケアの項目などもきちんと整理されており、素晴らしい内容であることがわかります。

・課題は実践的なトレーニングの充実ということになるでしょうか


引用文献
文献1:Carter G, Milner A, McGill K, Pirkis J, Kapur N, Spittal MJ. Br J Psychiatry. 2017 Jun;210(6):387-395. doi: 10.1192/bjp.bp.116.182717. Epub 2017 Mar 16.
文献2:Lancet Psychiatry. 2020 Dec;7(12):1046-1053. doi: 10.1016/S2215-0366(20)30381-3. Epub 2020 Nov 12.
文献3:J Affect Disord. 2014 Jun;161:36-42. doi: 10.1016/j.jad.2014.02.032. Epub 2014 Mar 12.
文献4:The assessment of clinical risk in mental health services. National Confidential Inquiry into Suicide and Safety in Mental Health (NCISH). Manchester: University of Manchester, 2018.