・2019年12月にアメリカで統合失調症治療薬として承認されたルマテペロンの薬理作用と臨床試験の報告をまとめてみます。

・基礎実験の報告だけみるとなんだかすごい薬のように思えますが、実際はどうなのでしょうか?

・特記すべきこととしては、PETで線条体D2受容体占有率が約40%とされているlumateperone tosylate 60mg(ルマテペロンとして42mg)の投与量において、臨床的有効性が報告されていることです。そのためEPSリスクが低いことが期待されます。

・またルラシドンと同様にヒスタミンH1受容体阻害作用およびセロトニン2C受容体阻害作用がほとんどなく、体重増加や過鎮静が起こりにくいことが期待できることもあります。

・薬理学的特徴としては、基礎実験の結果からは、シナプス前ドパミンD2受容体には部分アゴニスト作用を有すること、D1受容体への作用が比較的高いこと、セロトニントランスポーター阻害作用を有していることなどです。

・シナプス前ドパミンD2受容体に対しては部分アゴニスト作用を有するため、多くの抗精神病薬がシナプス前ドパミンD2受容体を阻害し、ドパミン合成なども阻害し、黒質線条体経路における錐体外路症状発現リスクをさらに増加させるのと異なり、ルマテペロンは黒質線条体ドパミン神経におけるドパミン代謝を変化させず、そのため錐体外路症状が起こりにくいことが期待されること。さらにはD1受容体への作用を介して、側坐核のグルタミン酸神経系の神経伝達を高めることが期待でき、統合失調症のグルタミン酸仮説で言われているNMDA受容体の機能低下を補い、治療的に作用しうることが期待できることなどが言われています。

・果たしてそのような結果が臨床試験で見られたのでしょうか?まずは基礎実験からの報告(文献1)を要約してみます。

薬理学的特徴

・Tmax 3~4時間

・主にCYP3A4で代謝

・半減期は13時間で、ルマテペロンと同等の活性を有する活性代謝物の半減期は約20時間。1日1回投与でOK

・セロトニン2A受容体への親和性が強い(Ki=0.54nM。D2受容体(Ki=32nM)、D1受容体(Ki=52nM)への親和性もあり。セロトニントランスポーターへの親和性もドパミン受容体と同等程度に有する

・抗ヒスタミン作用は極めて弱く、セロトニン2C受容体への親和性も低い(Ki=173nM)。体重増加の副作用がほとんどないことが期待される。この点はルラシドンにも似ている

・シナプス前D2自己受容体(刺激によりドパミン合成が促進)に対しては、多くの抗精神病薬と異なり部分アゴニストとして作用し(シナプス前D2受容体活性のマーカーである線条体でのチロシンヒドロキシラーゼのリン酸化などの指標を変化させないことから)、シナプス後D2受容体にはアンタゴニストとして作用(in vitroで用量依存性にGSK3βのリン酸化を増加させる)

・低用量では選択的なセロトニン2A遮断薬として機能し、高用量でドパミン系やセロトニントランスポーターへの作用が顕在化する

・中脳辺縁系および中脳皮質経路に対して選択的な作用を発揮する。齧歯類での実験では、内側前頭皮質でのドパミン放出を増加させ、D1受容体との間接的な相互作用を介して、側坐核におけるNMDA受容体のリン酸化を引き起こし、グルタミン酸系の神経伝達を高めることが期待される(統合失調症のグルタミン酸仮説ではNMDA受容体の機能低下が想定されており、この点でグルタミン酸系の神経伝達を高めうることは治療的に作用する可能性がある)。またドーパミンD2受容体を含む前頭前野および側坐核神経細胞のシグナル伝達物質であるGSK3のリン酸化を増加させることが確認されている。

・一方で線条体におけるドーパミン放出やNR2BとGSK3のリン酸化、線条体におけるドーパミン代謝やチロシン水酸化酵素活性などは増加させず、運動機能障害(齧歯類におけるカタレプシー)についても増加させないことが報告されている

・抗精神病薬は陽性症状への有効性が期待できるが、線条体D2占有率が80%以上に達した場合には錐体外路症状が生じうるとされる。しかしルマテペロンは上記のような経路選択性により、運動機能障害を引き起こすことなく、精神病や幅広い症状に対して効果的な作用を発揮する可能性がある。(コメント:シナプス前ドパミン自己受容体への部分アゴニスト性からこのような選択性が生じうるとされる)

・ルマテペロンは強力なセロトニン2A受容体拮抗作用と、ドパミン受容体下流のリン酸化蛋白質経路の調節作用を有している。ドーパミン受容体リン酸化蛋白質調節剤(DPPM)として、ルマテペロンは中脳辺縁系/中脳皮質経路選択性を有し、シナプス後D2受容体アンタゴニストとシナプス前D2部分アゴニストの2つの特性を併せ持っている。

・また、D1受容体の細胞内シグナル伝達の下流に位置する、中脳辺縁系のグルタミン酸作動性NMDA受容体のリン酸化を促進し、グルタミン酸経路の神経伝達を促進することが期待される。

・そのため理論的には、運動機能障害を呈することなく統合失調症に伴う陽性症状、陰性症状、認知症状に対する有効性が期待される。また、抗精神病薬の中では珍しく、セロトニン再取り込み阻害作用を有しており、抗うつ作用を発揮することも期待されている

PET試験より

・線条体D2受容体占有率は、 lumateperone tosylate 40mg投与時には39%。 lumateperone tosylate 10mgの低用量では、皮質のセロトニン2A受容体占有率がほぼ飽和し(前頭前野では平均88%)、線条体D2受容体占有率は平均12%であった。

・高用量( lumateperone tosylate 40mg)では、線条体のセロトニントランスポーター占有率が31%。40mgまで増量すると、完全に飽和したセロトニン2A受容体系の上にドーパミン受容体とセロトニントランスポーターを含む占有率が増大するが、シナプス後ドパミンD2受容体の占有率は中等度であった

・統合失調症患者に対して有効用量である60mgのlumateperone tosylateを1日1回経口投与して2週間後の線条体D2受容体占有率は平均40%であり、他の抗精神病薬が有効性を達成するために必要とする線条体D2受容体占有率の範囲よりも低かった。

ルマテペロンの第3相試験(文献3)

 

対象と方法

・対象:18-60歳の統合失調症患者(DSM-5)、BPRS40点以上(陽性症状尺度2つ以上で4点以上)の精神病症状急性増悪患者。最近4週間以内で急性増悪したもの、CGI-Sで4点以上、PANSS totalで70点以上、これまでに抗精神病薬治療への治療反応歴があること

・プラセボ対照無作為割付比較試験

・試験期間:4週間

・lumateperone tosylate 60mg(ルマテペロン42mg相当) N=150
・lumateperone tosylate 40mg(ルマテペロン28mg相当)N=150
・プラセボ N=150

・主要評価項目はPANSS totalスコアの平均変化量

・副次評価項目はCGI-S、PANSS positive,negative,general、Calgary Depression Scale for Schizophrenia(CDSS)など


結果

・完遂率は42mg群 85.3%、28mg群80%、プラセボ群 74%

・42mg群はPANSS totalにおいて4週後にプラセボ群より有意に改善(プラセボ群とのLeast-squares mean differenceは-4.2点 )。28mg群は有意差なし

・PANSS totalで30%以上の改善を反応とすると42mg群 36.5%、28mg群 36.3%、プラセボ群 25.5%

・PANSS postiveは42mg群、28mg群ともにプラセボ群より有意に改善

・PANSS negativeは有意差なし

・PANSS generalは42mg群で有意差あり

・CDSSは有意差なし

・有害事象については42mg群の64.7%、28mg群の56.7%、プラセボ群の50.3%に出現

・プラセボ群の2倍以上もしくは5%以上でみられた副作用は、傾眠(42mg群 17.3%、28mg群 11.3%)、鎮静(42mg群 12.7%、28mg群 9.3%)、疲労感(42mg群 5.3%、28mg群 4.7%)、便秘(42mg群 6.7%、28mg群 4.0%)

・錐体外路症状はいずれの群も5%未満

・体重増加は42mg群 0.9kg、28mg群 0.6kg,プラセボ群 0.7kgで有意差なし

コメント

・やはりこの第3相試験でもプラセボ群がベースラインから10点くらい改善しています。ここ最近の臨床試験ではだいたいその傾向(ブレクスピプラゾール、ブロナンセリンパッチ、ルラシドンなど)があり、unblinding biasがないためかもしれません(安全性が高い薬剤の場合、評価者に副作用によりプラセボとの違いがなんとなくわかってしまうこととがないため、そうでないために生じるunbliding biasが混入しない:文献3)

・抗H1作用がほとんどないのに傾眠が有意に多かったのは何故でしょうか。どのような説明ができるのかわかりません。

・またセロトニントランスポーター阻害作用を有するもののCDSSは有意差がありませんでした。いろいろな作用部位がある薬剤において理屈では期待される作用がみられない(例えばボルチオキセチンの抗不安作用が期待されるほどないなど)のはよくあることで、そう簡単にはいかないということなのだと思います。

・体重増加は期待通り有意なものはありませんでした。また確かに錐体外路症状は少なく、安全性はかなり期待ができそうです。その点文献1にもありますが、高齢者やBPSDに対する処方としても適応となりうるかもしれません。

 

引用文献

文献1:Davis RE, Correll CU. ITI-007 in the treatment of schizophrenia: from novel pharmacology to clinical
outcomes. Expert Rev Neurother. 2016;16(6):601-614.doi:10.1080/14737175.2016.1174577
文献2:Correll CU, et al. JAMA Psychiatry. 2020. PMID: 31913424
文献3:Holper L, Hengartner MP.BMC Psychiatry. 2020 Sep 7;20(1):437. doi: 10.1186/s12888-020-02839-y.