院長ブログ

  • 自閉スペクトラム症と腸内細菌 2022年02月22日

    ・以前腸内細菌のことを懇話会などで話題にしたこともあったので、まとめておきたいと思い時間がたってしまいました。

    ・特に自閉スペクトラム症(ASD)に対する糞便移植の結果についての報告(文献1)などは驚異的な結果で、オープン試験なのでエビデンスとしての質は低いものの、ほんとならすごいことだと思っていたのですが、今回の結果は、少し冷静になるべきかもしれない結果となります。(糞便移植自体は、ESBL産生大腸菌による死亡例の報告もあるので、慎重にすべきことになります)

    ・今回扱うのは2021年11月にCell誌に掲載された自閉スペクトラム症と腸内細菌の論文です(文献2)。なんとなく違和感を感じながら読んでいたのですが、その理由は横断研究なのに因果関係にまで言及されているからだと思います(例えば結果のところの表題でBehavior and preferences are upstream of reduced dietary and taxonomic diversityと表現されているなど)。この研究は横断研究なので、相関関係は議論できますが、因果関係については確定的なことは言えません。それなのに因果関係の議論についてかなり力が入っていて(著者らは仮説として慎重に扱ってはいますが)、表現を気をつけないとその話が独り歩きしてしまいかねません。横断研究の中で、因果関係を見出すためのいろいろな工夫がなされていることはわかるのですが、もうちょい慎重な書き方をされてもよかったのかなと思います。Behavior and preferences may be upstream of reduced dietary and taxonomic diversityくらいの表現でもよかったのではと思います。

    ・論文のFigure 4Jなどをみると、まるで自閉スペクトラム症の特性に起因した食事内容の偏りが腸内細菌叢の多様性の減少につながるかのようなモデルが提示してありますが、あくまで1つの仮説が提示してあるだけであり、この論文から結論付けられることではありません。正しいかもしれませんが、モデルの検証のためにはやはり前向き研究、できれば介入研究を行う必要があると思います。

    ・その点を踏まえても、これまでの大半の腸内細菌研究と異なり、細菌種のみを特定する16SrRNA解析ではなく、存在する腸内微生物(ウイルスも含む)の全ゲノム配列を調べるメタゲノムシークエンシングを行った点などはCell誌に掲載される価値のあった点になるのではないかと思います。

    ・文献2の概略ですが、オーストラリアの双生児プロジェクトなどに登録されたASD患者などを対象に、食事データ、便性状の一貫性、心理学的特徴、SNP遺伝子型などの共変量を用いて、腸内細菌叢の特徴を抽出しました。腸内微生物の同定にこれまでの16S rRNAシークエンシングとは異なり、メタゲノミクスシークエンシングを用いた点が異なります。

    ・対象となったのは自閉スペクトラム症と診断された99人(ASD群)、ASD診断のない同胞対照群51人(SIB群)、ASD診断のない同胞関係のない対照群97人(UNR群)の合計247人(2-17歳)でした。

    ・食事については、摂取記録から、3種類のPC値(PC1、PC2、PC3)が算出(PC1値が高いと植物性食品(野菜、果物、代替タンパク質)を多く含み、肉以外の非中核食品(甘い飲み物、スナック、焼き菓子、脂肪分の多い肉など)をあまり含まない食事と関連。PC2値が高いと、乳製品が多く、穀物が少ない食事と関連。PC3値が高いと、肉(脂肪の多い肉を含む)が多く、穀物や乳製品が少ない食事と関連)されました。便性状はブリストル・スケールで評価され、一塩基多型(SNP)より、ASDに関連したpolygenic risk scoreおよび神経症傾向に関連したpolygenic risk scoreが算出されました。

    ・便はティースプーン大の便サンプルを、おむつから掻き出すか、便器に吊るした器具から自宅で親が採取し、4mL RNAlaterに懸濁させたサンプルをクリニックに持参。便よりDNAを抽出し、Microba Genome Databaseを用いて微生物の種類が同定されました。

    ・分散成分分析により各共変量のb2値が算出(b2が大きいほど、その要因の寄与率が大きい)されました。このb2値を用いて、各共変量がどのASD診断などに寄与しているかが推定されています。

    ・結果ですが、腸内細菌叢の構成は自閉スペクトラム症診断に関して有意な相関があるとの結果は得られませんでした。それよりも腸内細菌叢構成は年齢や便性状、食事内容と有意な相関があることがわかりました。

    ・607種の腸内細菌の種について、ASD群とSIB群+UNR群の複合群(共変量:年齢、性別、食事PC1-3)で比較すると、Romboutsia timonensisという種のみがASD群で有意に低存在でした。

    ・これまでにASDとの関連が報告されてきたプレボテラ属、ファーミキューテス門、クロストリジウム属クラスター、ビフィドバクテリウムの種で有意な群間差は再現できませんでした。

    ・分散成分分析では、食品がASD診断と強い関連を有していました(b2=14%)。ASD群では、PC3値がSIB群およびUNR群より低く、肉類摂取が少ないことを示唆する結果でした。Shannon指数で評価した食事内容の多様性についてもASD群は有意に乏しいことがわかりました。

    ・食事と腸内細菌叢の多様性の間には有意な正の相関が見られました。相互回帰分析では、食事と腸内細菌叢の多様性は、互いの有意な予測因子でした。さらに、食事多様性回帰における最大の効果は群(SIB群、UNR群)からのものであり、一方、腸内細菌叢の多様性は群と関連していませんでした。このことから、ASDに伴う食事の偏りが、腸内細菌叢の多様性の低下と関連する可能性が示唆されました(あくまで可能性のみ。横断的研究の限界)

    コメント


    ・興味深かったのは、figure 2より睡眠について、食事内容が有意な相関があるようにみえることでした。この点については論文中では触れてありませんでしたが、小児の睡眠について食事が重要であることを示唆する結果とはいえないのか、気になるところでした。

    ・いずれにせよ、現在進行中の介入試験(NCT03408886、NCT04182633)の結果を待ちたいと思います。

    文献1:Dae-Wook Kang et al. Sci Rep. 2019 Apr 9;9(1):5821. doi: 10.1038/s41598-019-42183-0
    文献2:Chloe X. Yap et al., Cell. 2021 Nov 24;184(24):5916-5931.e17. doi: 10.1016/j.cell.2021.10.015. Epub 2021 Nov 11.

     

     

     

     

  • 寝るとやせるのか 2022年02月16日

    ・もともと睡眠時間が少なめで過体重気味の人が睡眠時間を増やすとどうなるかという短期的な介入試験の結果がJAMA Internal Medicine誌に公表されました(文献1)

    ・一番興味があったのは、どうやって睡眠時間を増やしたのかということでしたが、1時間程度のカウンセリングで、個別のライフスタイルに合わせた睡眠衛生指導をして、平日と休日における習慣的な睡眠・覚醒スケジュール、昼寝(ある場合)、環境要因(寝室の温度、騒音、環境光)、就寝時の習慣、テレビ・電子機器の使用、生理的要因(例:運動、カフェイン)などが検討され、就寝時間を8.5時間に延長することを目標に、2週間自宅で行う就寝・起床時間のスケジュールが個別に提供されたとのことです。要は自分の生活スタイルをきちんと見直して、睡眠を確保できる時間を作り出しましょうということになります。

    過体重に対する睡眠延長効果

    背景


    ・米国人口の3分の1は、推奨される7~9時間の睡眠をとっていない。定期的な睡眠時間が7時間未満であることは、健康への悪影響と関連することが報告されている。

    ・前向き観察研究により、睡眠時間の短さは体重増加の危険因子であることが報告されている(JAMA Intern Med. 2020;180(12):1694- 1696)。しかし、睡眠時間の延長が肥満の予防や改善に有効であるかどうかはわかっていない。

    ・エネルギー摂取量が100kcal/日持続的に増加すると、3年間で約4.5kgの体重増加をもたらすとされている

    ・実験室での短期的な研究では、健康な人の睡眠を制限すると、エネルギー消費量はほとんど変化せず、平均エネルギー摂取量が約250〜350kcal/日増加することが報告されている(Sleep Med Rev. 2019;45:18-30)

    ・今回、習慣的に睡眠時間が短い過体重の成人を対象に、実生活の場で客観的に評価したエネルギー摂取量、エネルギー消費量、体重に対する睡眠延長介入の効果を明らかにするために、RCTを実施した

    対象と方法


    ・21歳から40歳の成人男女で、BMIが25.0〜29.9、平均習慣的睡眠時間が一晩あたり6.5時間未満の人。

    ・過去6ヶ月間、自己申告による睡眠習慣が安定していること。

    ・習慣的な睡眠時間は、自宅でのアクチグラフ検査(1週間)で確認。

    ・睡眠ポリグラフ検査で確認された閉塞性睡眠時無呼吸症候群(AHI>5)、不眠症または他の睡眠障害の既往、夜勤および交代制勤務(現在または過去2年間)を有する者は除外参加者は全員、ベースライン評価期間で2週間の習慣的睡眠をとり(この期間に習慣的な睡眠覚醒パターンを把握)、その後2週間の睡眠延長(睡眠延長群)または2週間の習慣的睡眠継続(対照群)のいずれかに無作為に割り付けられた。ベースライン評価期間中、参加者は、食事や身体活動を制限されることなく、自宅で日常的な活動を継続した。

    ・睡眠覚醒リズムは4週間の全期間中アクチグラフで評価

    ・睡眠延長群では、構造化面接により個別の睡眠衛生カウンセリングを受けた。面接の最後に、参加者は就寝時間を8時間半に延長する目的で2週間自宅で実行すべき個別の推奨事項を提示された。22日目(介入開始1週間後)にはフォローアップ訪問が実施された。アクチグラフでの睡眠データに応じて、さらなる睡眠カウンセリングが提供された。

    ・対照群では、15日目(介入開始時)と22日目に調査員と面会を実施。対照群のアクチグラフデータはダウンロードされたが、特に睡眠に関する指示を受けず、研究終了まで日常生活と習慣的な睡眠行動を継続するよう指示された

    ・総エネルギー消費量は二重標識水法で測定。

    ・2週間ごとに、体内エネルギー貯蔵量の変化を、毎日の体重測定と二重エネルギーX線吸収測定法による体組成(脂肪量と無脂肪量)の変化の回帰係数(傾き、グラム/日)から計算。

    ・参加者は毎朝起床後、飲食前に2回、裸体重を測定するように指示され、体重は、行動への影響を最小限にするため、参加者に隠蔽された。

    ・体組成の変化は、脂肪量のエネルギー係数を9.5 kcal/g、無脂肪量のエネルギー係数を1.0 kcal/gとして、貯蔵エネルギーの変化に換算した。

    ・安静時代謝量は、空腹時30分後と標準化した朝食後4時間の間接熱量測定により測定した。

    ・活動エネルギー消費量は、総エネルギー消費量から安静時代謝量と食事の熱効果を差し引くことで算出された。

    結果

    ・対照群41人、睡眠延長群39人。平均年齢29.8歳、男性41人(51.3%)、女性39人(48.7%)

    ・睡眠延長群の参加者は、対照群の参加者と比較して平均睡眠時間がベースラインから有意に増加した(1.2時間;95%CI、1.0 -1.4時間)。参加者の勤務日(1.3時間;95%CI、1.0~1.5時間)または非勤務日(1.1時間;95%CI、0.7~1.5時間)いずれも有意に増加。

    ・睡眠効率の変化は2群間で有意差なし。

    ・エネルギー摂取量は、対照群と比較して睡眠延長群で有意に少なかった(-270.4 kcal/日;95% CI,-393.4 to -147.4 kcal/日)。

    ・対照群ではエネルギー摂取量がベースラインから有意に増加し(114.9 kcal/日;95%CI、29.6~200.2 kcal/日)、睡眠延長群ではエネルギー摂取量がベースラインから有意に減少した(-155.5 kcal/d;95%CI、-244.1~-66.9 kcal/d)

    ・すべての参加者を考慮すると、睡眠時間の変化はエネルギー摂取量の変化と逆相関していた(r = -0.41; 95% CI, -0.59 to -0.20)。睡眠時間が1時間増加するごとに、エネルギー摂取量は約162 kcal/日減少した(-162.3 kcal/日;95% CI,-246.8 to -77.7 kcal/日)。

    ・総エネルギー消費量やその他のエネルギー消費量の指標に、両群間の有意差なし。

    ・睡眠延長群では、対照群と比較して、体重が有意に減少(-0.87 kg; 95% CI, -1.39 to -0.35 kg)。

    ・対照群ではベースラインからの有意な体重増加(0.39 kg; 95% CI, 0.02 to 0.76 kg)があり、睡眠延長群ではベースラインからの有意な体重減少(-0.48 kg; 95% CI, -0.85 to -0.11 kg)がみられた

    議論

    ・健康的な睡眠時間に延長することが、客観的に評価されたエネルギー摂取量および体重に有益な効果をもたらすことを示唆する結果が得られた。Hallの動的予測モデルによると、本試験で観察された約270kcal/日のエネルギー摂取量の減少は、その効果が長期的に持続した場合、3年間で約12kgの体重減少を予測する。これが続けられるかどうかはわからない

    ・一方でメタ解析では、健常者における1~14日間の短期睡眠制限は、平均エネルギー摂取量の約253kcal/日の増加と関連することが報告されている( Sleep Med Rev. 2019;45:18-30)。また別のメタ解析では、睡眠時間が1時間減少するごとに肥満リスクが9%増加することが報告されている(Sleep Breath. 2019;23 (4):1035-1045)

    ・睡眠延長群は対照群と比較して、十分な睡眠を得るという主観的スコアが有意に高く、日中のエネルギーと覚醒度が高まり、気分も良くなった

    ・健康な睡眠習慣は肥満および関連疾患の予防のためにも重要である

    コメント


    ・対照群ではそのままの生活の継続なのになぜか消費カロリーが有意に増えてしまっているのがどういう理由なのか気になります。

    ・ちなみにアクチグラフによる睡眠ないし覚醒の判定にはAW2式とCole式の2つの方法があるようですが、だいたいポリグラフとの睡眠覚醒判定の一致率は88%くらいのようです(文献2)

    引用文献


    文献1:Tasali E. et al. JAMA Intern Med. 2022 Feb 7. doi: 10.1001/jamainternmed.2021.8098. Online ahead of print.

    文献2:Cole R.J. et al. Sleep 1992;15(5):461-469 

     

  • 備忘録

    ・忘れないでおきたい小ネタをいくつか書き留めておきたいと思います。

    診断分類の話とか

    ・診断カテゴリーの細かいことはなかなか覚えづらいのですが、専門医試験で聞かれることもあるみたいなので、無視もできないことになります。DSM-IVの身体醜形障害は身体表現性障害下に分類されていましたが、DSM-Vでは強迫症および関連症群下に分類されています。ICD-10では身体醜形障害は独立した病名として存在せず、身体表現性障害下の心気障害に含まれています。ICD-11では心気障害が心気症として強迫症または関連症群のカテゴリー下に移されました。またICD-11では身体醜形症として心気症から独立しました。適応障害はICD-11では適応反応症へ病名変更。このような変更点はまだまだたくさんあるのでまとめておこうかと思いましたが、気力がわきません。DSM-IV-TRで研修した身としては、病名の変更など、患者さんの利益にすぐにつながりにくいことについては、なかなかなじみにくいことではあります(多分専門が精神科以外の先生はもっと戸惑われると思います)

    ALS plateauとreversal

    ・PRO-ACTデータベースには、様々な臨床試験におけるALSのデータが集積されており、それを用いて一定期間において進行が停止する(プラトーになる)もしくは改善(reversal)する割合がどの程度かについての報告(Neurology. 2016 Mar 1;86(9):808-12.)がありました。最近中国からの前向き観察研究の結果が報告(J Clin Neurosci. 2022 Jan 21;97:93-98)されたのですが、こちらの方が大規模データなので、小規模試験の結果を解釈する際に参考になるのでまとめておきます。特に10例程度の症例報告で一部に進行停止がみられたなどの報告がある場合に、その結果がどの程度確からしいのかについて批判的に吟味する際に役にたちそうです。

    ・PRO-ACTデータベースによると、ALSFRS-Rの変化量でみた場合、6カ月間では25%が進行せず(対象者数3132名)、12カ月では16%が進行せず(2105名中)、18カ月間では7%が進行しなかった(1218名中)。reversalについては、180日間で14%(1343名中)がALSFRS-Rの変化量が0を超えた(改善した)とのことです。。この結果に関する注意点は、PRO-ACTデータベースへの参加者で構成されており、主に無作為割付比較試験への参加者であるため、実際の患者層の状態変化を反映していない可能性がある点です。四肢発症型の118名を対象とした前向き観察研究(J Clin Neurosci. 2022 Jan 21;97:93-98)では、6カ月間でのreversalの割合が8.47%であり、3か月間でのプラトーの割合はだいたい20-25%程度と報告されています。これらの結果から得られることは、例えば10名を対象とした小規模試験を行う場合、この規模の試験ではそもそもが病気の進行について何か言える試験規模ではないのですが、予備的な結果として、6カ月間で5名が進行停止しましたという結果が得られた場合、非常に大雑把な検定をすると、統計的に有意な結果とはいえないということになります。

    ADHD治療薬と物質乱用リスク

    ・ADHD治療薬、特に精神刺激薬(メチルフェニデートなど)と物質乱用リスクについてです。勉強会ではlancetの総説(Lancet. 2020 Feb 8;395(10222):450-462)を使ったりしていたのですが、その中において、精神刺激薬が物質乱用や依存の可能性を高めるかもしれないという懸念について、2014年の観察研究の報告(J Child Psychol Psychiatry. 2014 Aug;55(8):878-85.)が引用されていたのでまとめておきます。結論からいうと、3年程度の観察期間において、ADHD患者全体としては、非ADHD患者よりも物質乱用リスクは高かったものの、ADHD患者内で検討した場合、精神刺激薬を使用していた群は、使用していなかった群と比較して、物質乱用リスクは各種共変量(年齢、性別、服薬状況、精神疾患、社会経済状況など)についてCox回帰分析にて調整した結果、31%程度有意に低くなるとの結果でした。SSRIの使用の有無で物質乱用リスクを比較したところ、ハザード比は1.04と有意差はありませんでした。ADHD治療薬は犯罪率の減少にもつながりうるとの報告(N Engl J Med 2012; 367: 2006–14.)もあり、いずれも観察研究からの帰結ではありますが、長期的有益性を支持する結果といえそうです。しかし精神刺激薬については耐性などの問題もあり、その適応には慎重になる必要があります。

    上市される割合はどのくらいか

    ・世界のバイオ技術関連企業などが設立した団体であるThe Biotechnology Innovation Organizationというところが、2011年から2020年までの臨床試験の成功率などを分野毎にまとめて公表しています(https://www.bio.org/clinical-development-success-rates-and-contributing-factors-2011-2020)。
    ・神経変性疾患領域でのここ最近の第3相試験の惨敗状況(NurOwn細胞やtofersen、レボシメンダン、aducanumabはさておき、その他の抗Aβ抗体、BACE阻害薬など)をみると、ここまで第3相からNDAに行く割合が高い(53.1%)とは思っておらず意外な数字でした。
    ・ここまで高い数字になっているのは、基礎から開発された薬剤のみならず、例えば注射薬の経口薬版とか(最近だとエダラボンの経口薬)の第3相試験も含んでいるからかなと思います。

     

  • RCTについて 2022年01月30日

    ・無作為割付比較試験(RCT)については、試験のエントリー基準(inclusion criteria)が事細かに定めてあり、除外基準(exclusion criteria)も定めてあるため、この厳しい選択基準をくぐり抜けた人しか参加することができません。

    ・特に精神疾患の介入試験では、物質使用障害や身体合併症を併存したり、希死念慮が一定以上ある方などは除外されることが多く、リアルワールドの臨床場面で対応すべき患者像と乖離があることがしばしば指摘されてきました。ただ、実際のどの程度乖離しているのかについての報告は乏しく、なんとなくRCTにエントリーしうる患者層は全体の半数以下かなとか、1/3くらいかなとかぼんやりとしたイメージしかありませんでした。

    ・今回、この疑問に答えるコホート研究の結果が報告(文献1)されました。結論からいうと、統合失調症(および統合失調感情障害)については、RCTのエントリーしうる患者の割合はなんと1/5程度と、かなり少ないことがわかりました。選ばれた一群のみがRCTに参加し、その結果からエビデンスが構築されるわけですし、臨床家はこの情報に頼らざるを得ないわけですが、このようなRCTから構築されたエビデンスをどこまで一般化していいのかという疑問も生じます。今回の報告の結果からは、一般臨床場面ではRCTへの参加層を超えた、さらに難しいケースに数多く対面しているといえるかと思います。

    臨床試験参加に不適合な統合失調症患者の特徴と転帰

    背景

    ・医療行為の有効性と安全性に関するエビデンスの多くは、高度に標準化された体系的な研究である無作為化臨床試験(RCT)に基づいている。RCTにエントリーしうる患者は、精神疾患では希死念慮が乏しいとか、併存症(物質使用障害やパーソナリティ障害など)がない、身体合併症がないなど、厳しい除外基準をくぐりぬけた、選別された一群のみがエントリー対象となっている。そのためRCTの結果(efficacy)は、日常臨床における介入の有用性(effectiveness)と異なる場合があり、efficacy-effectiveness gapと呼ばれている。

    ・今回、日常臨臨床でみられうる多様な統合失調症患者を対象にその特徴と転帰について2つの大規模レジストリのデータを用いて検討した。

    対象と方法

    ・フィンランドとスウェーデンの大規模全国レジストリの登録データを利用(患者との対面は実施せず)。フィンランドでは2005年から2017年まで、スウェーデンは2006年から2016年までのデータを用いた。

    ・これらレジストリから統合失調症ないし統合失調感情障害患者で、で少なくとも1回入院し、追跡調査開始時に第二世代抗精神病薬を使用していた患者を抽出。

    ・これら患者について、統合失調症のRCTにおける一般的なinclusion criteriaおよびexclusion criteriaを適応し、患者を適合群、不適合群に分類

    ・追跡期間は、再発予防RCTの典型的な期間である12か月とし、外来患者として非定型抗精神病薬を単剤で12週間継続使用した後を追跡開始時点と定義した。

    ・対象患者を3群に分類して解析
    (1)抗精神病薬による再発予防に関する標準的なRCTへの適合群(すべてのエントリー基準を満たし、除外基準のいずれにも該当しない)
    (2)何らかの理由でRCTに不適合群(すべての組み入れ基準を満たすが、除外基準を1つ以上満たす)
    (3)不適合群をさらに特定の除外基準毎に分類(年齢、物質使用、自殺のリスク、治療抵抗性、重篤な身体疾患、気分安定剤または抗うつ剤の使用、知的障害、遅発性ジスキネジア、妊娠/授乳)

    ・使用された抗精神病薬についてはオランザピン、クエチアピン、リスペリドン、アリピプラゾールに分類し、残りはすべてのLAIとその他の経口抗精神病薬に分類

    ・主要評価項目は12か月間の精神病症状による入院

    ・副次評価項目は、あらゆる精神疾患による入院、あらゆる理由による入院、抗精神病薬追加の必要性、あらゆる理由による抗精神病薬中断

    結果

    ・フィンランドのコホート(n = 17801)の平均年齢は47.5才で、8972人(50.4%)が女性。スウェーデンのコホート(n = 7458)の平均年齢は44.8才で、3344人(44.8%)が女性。

    ・フィンランドのコホートでは、3580人(20.1%)がRCT適合群となった。14221人(79.9%)が少なくとも一つの除外基準を満たしたため不適合群に分類された。スウェーデンのコホートでは、1619人(21.7%)がRCT適合群、5839人(78.3%)が不適合群であった。

    ・LAI投与率は,適合群よりも不適合群への処方頻度が低かった(フィンランド:適合群:1767[12.4%]対 不適合群 753[21.0%],スウェーデン:適合群:1075[18.4%]対 不適合群:390[24.1%]

    ・不適合群のうち、フィンランドでは5875人(33.0%)とスウェーデンでは2514人(33.7%)が1つの除外基準を満たすのみで、フィンランドでは3271人(18.4%)、スウェーデンでは1338人(17.9%)が3項目以上の除外基準を満たしていた。

    ・最も多い不適合の理由は、重篤な身体合併症(広義の身体合併症:フィンランド:7202 [51%]、スウェーデン:2866 [49%]、狭義の身体合併症:フィンランド:5287 [36%]、スウェーデン:1747 [30%])、気分安定剤または抗うつ剤の併用(フィンランド:7983 [56%]、スウェーデン:3281 [56%])であった。次いで、物質使用歴(フィンランド:3808 [27%]、スウェーデン:1828 [31%])、自殺リスク(フィンランド:1690 [12%]、スウェーデン:1032 [18%])となった
    *狭義の身体合併症:悪性症候群、中枢神経系疾患全般、頭部外傷、心疾患(虚血性心疾患 、その他の心疾患、脳血管疾患など)、無顆粒球症

    ・12ヶ月の追跡期間中、RCT不適合群は、適合群に比べて精神病症状による入院率が有意に高かった(フィンランドのコホート:適合群:2609人[18. 4%] 対 不適合群:615[17.2%];ハザード比 1.14[95%CI:1.04 - 1.24];スウェーデンのコホート:適合群:1174[20.1%] 対 不適合群 240[14.8%];ハザード比 1.47[95% CI:1.28-1.92])

    ・全ての精神科入院およびあらゆる理由による入院のリスクも有意に不適合群で高かった

    ・スウェーデンのコホートでは、不適合群は適合群よりも抗精神病薬の追加投与を必要とするリスクが有意に高かったが(ハザード比 1.31[95%CI:1.15-1.48])、フィンランドのコホートでは有意差はなかった(ハザード比1.06[95%CI:0.96-1.17])。あらゆる理由による抗精神病薬中止のリスクは、不適合群と適合群の間で有意差なし

    ・治療抵抗性(フィンランド HR: 1.71、スウェーデン HR:2.31)、遅発性ジスキネジア(フィンランド HR: 1.77(有意差なし)、スウェーデン HR: 2.13)、自殺未遂歴(フィンランド HR: 1.61、スウェーデン HR: 2.13)などの理由でRCTへのエントリーが不適合となったサブグループにおいて、精神病症状による入院リスクが大きかった。

    議論

    ・フィンランドおよびスウェーデンのコホートでは統合失調症患者の8割がRCT不適合となった。

    ・リアルワールドではRCTの結果ほどうまくいかない可能性がある

    ・不適合群の約50%が身体的合併症の除外基準を満たしたため、有害事象、及び薬理学的相互作用のリスクは、RCTよりもリアルワールドで高くなる可能性がある。

    ・今回の解析対象となった一群は外来患者として非定型抗精神病薬を単剤で12週間安定して継続使用可能であった群が対象となっているため、統合失調症患者全体を反映した結果ではない

    コメント

    ・実臨床場面ではなかなか実施することが難しいSDMですが、SDMにあたっては、患者さんとなるべく多くの情報、エビデンスを共有し、話し合うことが求められるとのことです。しかし、厳密にしようとなると、根拠となるエビデンスがどのような背景の患者層により構築されているのか、そして目の前の患者さんがRCT参加者とどのような点で乖離があるのかについても注意しなくてはならないということになりそうです。ただそのような情報はまだまだ乏しいため、今後さらに検証の必要な分野といえそうです。交絡因子のリスクはありますが、リアルワールドデータの結果も無視できないということになりそうです。

    引用文献

    文献1:Taipale H. et al. JAMA Psychiatry. 2022 Jan 26. doi: 10.1001/jamapsychiatry.2021.3990. Online ahead of print.

  • CBT-I 2022年01月25日

    ・AASMガイドライン2008では、慢性の原発性ないし二次性不眠症に対して、行動・心理的介入が推奨され、薬物療法は、行動・心理的介入の短期間の補助的な手段として考慮すべきということになっています(J Clin Sleep Med 2008;4(5):487-504)。行動・心理的介入としてはCBT-Iがstrong recommendationとなっています(J Clin Sleep Med. 2021;17(2):255–262.)

    ・日本睡眠学会の「睡眠薬の適正な使用と休薬のための診療ガイドライン」(2013)でも、まずは睡眠衛生指導が最初のステップになっています。

    ・というわけで、薬物療法の前にまずは自分の生活習慣を見直しましょうという不眠症治療の流れですが、今回CBT-Iが睡眠教育療法(睡眠衛生指導など)と比較して高齢者のうつ病の発症(初発ないし再発)予防に有効かどうかについて検証した介入試験の結果が報告されました(文献1)

    ・結果だけ見ると、CBT-Iがうつ病予防にもよさそう、ということになっているのですが、細かいところをみるとすっきりしないものが残ってしまう結果となりました(コメントでまとめます)。概略は以下の通りとなります。

    不眠伴う高齢者に対するCBT-Iによるうつ病予防効果

    背景

    ・老年期うつ病(60歳以上)は、高齢者において12カ月間の有病率が10%を超えており、認知機能の低下、身体機能障害、身体合併症、あらゆる理由による死亡の危険因子である。しかし、老年期うつ病は治療を受けても寛解に至るのは約3分の1である。

    ・不眠症は60歳以上の約50%にみられ、大うつ病のリスクが2倍高くなる要因となる。不眠症の非薬物療法のうち、普遍的な行動プログラムは睡眠教育療法(SET)であり、睡眠障害の原因となる日々の行動および環境因子をターゲットとする。その他の非薬物療法として認知療法、睡眠制限法、睡眠衛生指導、リラクゼーション技法などを組み合わせたCBT-Iがある。

    ・うつ病が残存または併発している患者では、CBT-Iは不眠症状を改善しうるが、うつ病の転帰についての結論は一定しない

    ・今回、不眠症を伴い、うつ症状が最小限の地域在住の高齢者について、CBT-Iがうつ病を予防しうるかについて、36か月間、睡眠教育療法との比較で検証した。

    方法と対象

    ・単施設無作為割付single blind比較試験

    ・スクリーニングで60歳以上でPSQIが6点以上かつEpidemiologic Studies–Depression score で3点以下のうつ症状のないものを対象とし、問診によりDSM-IVの不眠症に該当しかつ最近12カ月以内で大うつ病(DSM-IVないしDSM-V)の診断に該当しないことを確認

    ・CBT-I群 n=156

    ・睡眠教育療法(SET)群 n=135

    ・CBT-IないしSETは週に1回、1回120分のグループセッションで、2カ月間施行

    ・CBT-Iは1)認知療法、2)睡眠制限法、3)刺激制御、4)睡眠衛生、5)リラクゼーションの5つの構成要素からなる。

    ・SETは1)睡眠に関する基本的な事実、2)睡眠衛生指導、3)一般的な健康と加齢、4)睡眠に関する補完的医療アプローチと健康因子、5)医療制度との関係、の5つの構成要素からなる

    ・主要評価項目は、介入後36か月間のうつ病(DSM-V)の初発ないし再発率(6か月ごとに評価)。PHQ-9(うつ症状)を毎月電話インタビューで評価され、10点を超えたらうつ病について面接評価された

    ・副次評価項目は不眠症の寛解維持状況

    結果

    ・うつ病の既往を有する割合はCBT-I群 58名(37.2%)、SET群 65名(48.1%)(コメントでも触れますが、この差がちょっと気になります)

    ・ベースラインで抗うつ薬の内服はCBT-I群 25名(16%)、SET群 20名(14.8%)

    ・ベースラインのPHQ-8得点はCBT-I群平均3.4点、SET群平均4.0点

    ・2か月間の心理療法の継続率はCBT-Iが89.7%、SETが96.3%

    ・36か月間でのうつ病の初発ないし再発率は、CBT-I群 12.2%、SET群 25.9% カイ二乗検定で有意差あり

    ・Cox比例ハザード回帰モデルでの解析により、CBT-I群のSET群に対するうつ病発症の未調整ハザード比は0.51で有意差あり

    ・性別、教育レベル、収入、併存症、うつ病の既往について調整後のハザード比は0.45で有意差あり

    ・2か月間の介入後の不眠症の寛解率はCBT-I群 71名(50.7%)、SET群 49名(37.7%)で有意差あり。その後寛解を維持できた割合も、CBT-I群 41名(26.3%)、SET群 26名(19.3%)で有意差あり

    ・不眠症の寛解、非寛解でうつ病発症率を検討すると、不眠症寛解群では、CBT-I群 2名(4.9%)、SET群 5名(19.2%)がうつ病初発ないし再発、不眠症非寛解群では、CBT-I群 17名(14.8%)、SET群 30名(27.5%)がうつ病初発ないし再発

    コメント

    ・この結果がすっきりしない理由は両群のベースラインの特性にあります。SET群の方がうつ病既往者が多く(ギリギリ有意差はないものの、うつ病の既往者がCBT-I群で1人でも減るもしくはSET群で1人でも増えればカイ二乗検定で有意差ありとなる)、SET群にうつ病発症リスクが高い一群がより多く含まれていたことになるからです。(これを調整した結果も書いてあるのですが、予想とは数値が逆に変化しており、このことから結果を一般化してよいのか疑問が生じます)。論文の考察でもこのことには触れてありません。

    ・本文中で引用された論文(Am J Psychiatry 2003; 160:1147–1156)のtable 5では高齢者うつ病のリスク因子としては、女性、最近の喪失体験、睡眠障害、身体機能障害、うつ病の既往などが同定されています(教育歴、婚姻状態、社会的地位などは有意差はない結果となっていました)。

    ・ベースラインの特性が本文中の表にまとめてありますが、SET群の方が女性がやや多く、平均収入はやや低く、教育レベルはほぼ同じ(若干低い)、うつ病の既往率が高く、抗うつ薬使用率は若干低く、不安症併存率もやや高い、アルコール使用障害の割合もやや高いなどの特性がみてとれます。このようなベースラインの特性からは、対象集団においてリスク因子通りにうつ病発症が観察された場合、これら交絡因子について調整をしたら、ハザード比は調整後に1に近くなることが予想されます。(SupplementのeTable 5では、概ねリスク因子から予想される通りにうつ病が発症したことがわかります )

    ・これらの交絡因子のうち、性別、教育レベル、収入、併存症、うつ病の既往について調整(Cox比例ハザード回帰分析により)した結果もあるのですが、調整後の数値の方がCBT-Iにより優位な方に移動しており(予想と違いました)、この結果をどう解釈すればいいのか、解析手法に問題がないのか、あるいは研究に参加した集団が一般的なリスク因子から予想される結果とは逆になったのか(SupplementのeTable 5を見る限りはそのようなことはなさそうなのですが)、そのようなことから、結果を果たして一般化していいのか疑問です。自分でも解析してみようと思ったのですが、生データがなくできませんでした。

    ・私の解釈が間違っている可能性があるので、このブログにコメント欄があるといいのですが、もし何か教えて頂ける方がおられましたら、sekitoblogアットマークgmail.comまでメールいただけますと幸いです。

    引用文献

    文献1:Michael R Irwin et al. JAMA Psychiatry. 2022 Jan 1;79(1):33-41. doi: 10.1001/jamapsychiatry.2021.3422.

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