・以前腸内細菌のことを懇話会などで話題にしたこともあったので、まとめておきたいと思い時間がたってしまいました。

・特に自閉スペクトラム症(ASD)に対する糞便移植の結果についての報告(文献1)などは驚異的な結果で、オープン試験なのでエビデンスとしての質は低いものの、ほんとならすごいことだと思っていたのですが、今回の結果は、少し冷静になるべきかもしれない結果となります。(糞便移植自体は、ESBL産生大腸菌による死亡例の報告もあるので、慎重にすべきことになります)

・今回扱うのは2021年11月にCell誌に掲載された自閉スペクトラム症と腸内細菌の論文です(文献2)。なんとなく違和感を感じながら読んでいたのですが、その理由は横断研究なのに因果関係にまで言及されているからだと思います(例えば結果のところの表題でBehavior and preferences are upstream of reduced dietary and taxonomic diversityと表現されているなど)。この研究は横断研究なので、相関関係は議論できますが、因果関係については確定的なことは言えません。それなのに因果関係の議論についてかなり力が入っていて(著者らは仮説として慎重に扱ってはいますが)、表現を気をつけないとその話が独り歩きしてしまいかねません。横断研究の中で、因果関係を見出すためのいろいろな工夫がなされていることはわかるのですが、もうちょい慎重な書き方をされてもよかったのかなと思います。Behavior and preferences may be upstream of reduced dietary and taxonomic diversityくらいの表現でもよかったのではと思います。

・論文のFigure 4Jなどをみると、まるで自閉スペクトラム症の特性に起因した食事内容の偏りが腸内細菌叢の多様性の減少につながるかのようなモデルが提示してありますが、あくまで1つの仮説が提示してあるだけであり、この論文から結論付けられることではありません。正しいかもしれませんが、モデルの検証のためにはやはり前向き研究、できれば介入研究を行う必要があると思います。

・その点を踏まえても、これまでの大半の腸内細菌研究と異なり、細菌種のみを特定する16SrRNA解析ではなく、存在する腸内微生物(ウイルスも含む)の全ゲノム配列を調べるメタゲノムシークエンシングを行った点などはCell誌に掲載される価値のあった点になるのではないかと思います。

・文献2の概略ですが、オーストラリアの双生児プロジェクトなどに登録されたASD患者などを対象に、食事データ、便性状の一貫性、心理学的特徴、SNP遺伝子型などの共変量を用いて、腸内細菌叢の特徴を抽出しました。腸内微生物の同定にこれまでの16S rRNAシークエンシングとは異なり、メタゲノミクスシークエンシングを用いた点が異なります。

・対象となったのは自閉スペクトラム症と診断された99人(ASD群)、ASD診断のない同胞対照群51人(SIB群)、ASD診断のない同胞関係のない対照群97人(UNR群)の合計247人(2-17歳)でした。

・食事については、摂取記録から、3種類のPC値(PC1、PC2、PC3)が算出(PC1値が高いと植物性食品(野菜、果物、代替タンパク質)を多く含み、肉以外の非中核食品(甘い飲み物、スナック、焼き菓子、脂肪分の多い肉など)をあまり含まない食事と関連。PC2値が高いと、乳製品が多く、穀物が少ない食事と関連。PC3値が高いと、肉(脂肪の多い肉を含む)が多く、穀物や乳製品が少ない食事と関連)されました。便性状はブリストル・スケールで評価され、一塩基多型(SNP)より、ASDに関連したpolygenic risk scoreおよび神経症傾向に関連したpolygenic risk scoreが算出されました。

・便はティースプーン大の便サンプルを、おむつから掻き出すか、便器に吊るした器具から自宅で親が採取し、4mL RNAlaterに懸濁させたサンプルをクリニックに持参。便よりDNAを抽出し、Microba Genome Databaseを用いて微生物の種類が同定されました。

・分散成分分析により各共変量のb2値が算出(b2が大きいほど、その要因の寄与率が大きい)されました。このb2値を用いて、各共変量がどのASD診断などに寄与しているかが推定されています。

・結果ですが、腸内細菌叢の構成は自閉スペクトラム症診断に関して有意な相関があるとの結果は得られませんでした。それよりも腸内細菌叢構成は年齢や便性状、食事内容と有意な相関があることがわかりました。

・607種の腸内細菌の種について、ASD群とSIB群+UNR群の複合群(共変量:年齢、性別、食事PC1-3)で比較すると、Romboutsia timonensisという種のみがASD群で有意に低存在でした。

・これまでにASDとの関連が報告されてきたプレボテラ属、ファーミキューテス門、クロストリジウム属クラスター、ビフィドバクテリウムの種で有意な群間差は再現できませんでした。

・分散成分分析では、食品がASD診断と強い関連を有していました(b2=14%)。ASD群では、PC3値がSIB群およびUNR群より低く、肉類摂取が少ないことを示唆する結果でした。Shannon指数で評価した食事内容の多様性についてもASD群は有意に乏しいことがわかりました。

・食事と腸内細菌叢の多様性の間には有意な正の相関が見られました。相互回帰分析では、食事と腸内細菌叢の多様性は、互いの有意な予測因子でした。さらに、食事多様性回帰における最大の効果は群(SIB群、UNR群)からのものであり、一方、腸内細菌叢の多様性は群と関連していませんでした。このことから、ASDに伴う食事の偏りが、腸内細菌叢の多様性の低下と関連する可能性が示唆されました(あくまで可能性のみ。横断的研究の限界)

コメント


・興味深かったのは、figure 2より睡眠について、食事内容が有意な相関があるようにみえることでした。この点については論文中では触れてありませんでしたが、小児の睡眠について食事が重要であることを示唆する結果とはいえないのか、気になるところでした。

・いずれにせよ、現在進行中の介入試験(NCT03408886、NCT04182633)の結果を待ちたいと思います。

文献1:Dae-Wook Kang et al. Sci Rep. 2019 Apr 9;9(1):5821. doi: 10.1038/s41598-019-42183-0
文献2:Chloe X. Yap et al., Cell. 2021 Nov 24;184(24):5916-5931.e17. doi: 10.1016/j.cell.2021.10.015. Epub 2021 Nov 11.