院長ブログ

  • 統合失調症の病態生理 2022年05月18日

    2年ぶりに勉強会でこの話題に触れることになったので、以下の論文などを参考に内容をアップデートしました

    1.Dopaminergic dysfunction and excitatory/inhibitory imbalance in treatment-resistant schizophrenia and novel neuromodulatory treatment
    Wada M. et al. Mol Psychiatry. 2022 Apr 20. doi: 10.1038/s41380-022-01572-0. Online ahead of print.

    ・ゆるゆるLINE抄読会で慶應の中島先生にシェアいただいた論文です。ドーパミン仮説からExcitatory/Inhibitory Imbalance仮説に至る全体的な流れを構成するのにものすごく引用させていただきました。現段階では統合失調症および治療抵抗性統合失調症の病態生理に関する最も優れた総説で大変勉強になりました。この場を借りてお礼申し上げます。

    2.Prefrontal and Striatal Dopamine Release Are Inversely Correlated in Schizophrenia
    W. Gordon Frankle et al. Biological Psychiatry May 14,2022DOI:https://doi.org/10.1016/j.biopsych.2022.05.009

    ・これも中島先生に教えていただいた論文です。1991年にPETを用いた研究(Am. J. Psychiatry 1991, 148, 1474–1486.)により前頭葉でのドーパミン伝達の減少と線条体におけるドーパミン伝達の過剰にドーパミン仮説が修正されましたが、今回、統合失調症患者にアンフェタミンを投与し、2種類のトレーサーを用いてPETで同時に複数の関心領域と背側尾状核のドーパミン放出量の変化についての相関関係が検討されました。その結果、dorsolateral prefrontal cortex、medial prefrontal cortex、parietal cortex、enthorinal cortex、anterior cingulate cortexなど複数の部位におけるドーパミン放出量の変化と背側尾状核におけるドーパミン放出量の変化の間に逆相関関係が観察されました。健常者ではこのような逆相関関係は観察されませんでした。1991年以来の仮説が検証されたことになります。

    3.Striatal dopamine mediates hallucination-like perception in mice
    K. Schmack et al. Science. 2021 Apr 2;372(6537):eabf4740. doi: 10.1126/science.abf4740.

    ・マウスの幻聴体験を間接的にdetectしたかもしれないという論文です。40 dbの背景ノイズ中で様々な大きさのシグナル音を提示して、そのシグナル音を探知した場合には探知(Hit)側のポートを突いて、音を探知しなかった場合には別のポート(Correct reject)を突き、正しい選択をした場合には予測不可能なランダムな時間後に水の報酬が与えられるシステムが作成されました。マウスは中央のポートを突くことにより、自ら新たな試行を開始するようにされました。このシステムで数週間トレーニングを実施し、十分なトレーニングを実施し正確な選択ができるようになってから5%の確率で正しい選択をしても水がでないように設定されました(無報酬課題)。この無報酬課題において、invested timeを測定(「あれ?正しい選択をしたのに水がでてこないぞ」と次の課題に行かず水を待っている時間)し、このinvested timeがマウスの自信の程度とみなされました。つまり、自信をもって間違える=幻聴を体験している?とみなされたということです。

    ・報酬処理に関与することが知られている腹側線条体と知覚処理に関与することが知られている背側尾部線条体の細胞に、アデノ随伴ウイルスベクターでドーパミン蛍光センサーであるGRABDAを発現させ、ファイバーフォトメトリーを用いたこれらの部位のドーパミン量を定量化し測定した結果、両部位のドーパミン放出量は、invested timeの大きい誤選択課題時に有意に多いことがわかりました。さらに背側尾部線条体のドーパミン神経にチャネルロドプシン2を発現させたトランスジェニックマウスを作成し、背側尾部線条体のドーパミン放出を刺激したところ、刺激施行しドーパミン放出を増加させた時には、無刺激施行時と比較して、有意に誤選択率が上昇し、その上昇はハロペリドールにて改善したということです。線条体のドーパミン放出の増加と幻聴の関連性を示唆する結果かもしれません。

    4.Muscarinic Cholinergic Receptor Agonist and Peripheral Antagonist for Schizophrenia
    Stephen K. Brannan et al. N Engl J Med 2021; 384:717-726

    ・背側線条体でのドパミン放出はアセチルコリンM4受容体により調節を受けることが知られています。M4受容体を介した薬が開発されれば錐体外路症状のない抗精神病薬が期待できることとなります。M1/M4受容体のアゴニストであるxanomelineは小規模RCTで統合失調症患者の症状改善に有効な可能性を示唆する結果が得られていましたが、消化器系などの副作用のため開発は中断されていました。そこで副作用軽減のため末梢性ムスカリン受容体アンタゴニストであるtrospiumと組み合わせた臨床試験が行われました。5週間で投薬群はプラセボ群と比較して有意に陽性症状尺度などで改善効果がみられ、消化器系の副作用も顕著ではなかったようです。期待通りパーキンソニズムも有意なものはありませんでした。今後どうなるのか注目されます

    5.Pimavanserin for negative symptoms of schizophrenia: results from the ADVANCE phase 2 randomised, placebo-controlled trial in North America and Europe
    Bugarski-Kirola D et al. Lancet Psychiatry. 2021 Nov 30:S2215-0366(21)00386-2. doi: 10.1016/S2215-0366(21)00386-2. Online ahead of print

    ・セロトニン仮説は下火ですが、健常者へのLSD投与による自我障害を示唆する結果の報告(J Neurosci. 2018 Apr 4;38(14):3603-3611. doi: 10.1523/JNEUROSCI.1939-17.2018. Epub 2018 Mar 19.)を引用していたことに関連して、セロトニン2A逆作動薬のピマバンセリンの臨床試験の結果についても紹介しました

    6.Top-down control of hippocampal signal-to-noise by prefrontal long-range inhibition
    Malik et al. Cell. 2022 Apr 28;185(9):1602-1617.e17. doi: 10.1016/j.cell.2022.04.001

    ・グルタミン酸神経系の異常が、内側前頭前野→視床結合核→海馬→腹側被蓋野の流れで、ドーパミン神経系の活動亢進をもたらすということが報告(J Neurosci. 2001 Jul 1;21(13):4915-22 )されており、グルタミン酸系の異常がドーパミン系の異常の上流に位置することが示唆されていましたが、今回前頭前野から海馬への直接的なトップダウン制御がGABA神経の長距離投射により行われていることがわかったという報告になります。長距離投射GABA神経は海馬CA1のVIP介在神経を抑制し、物体位置の符号化のための信号についてのsignal-to-noise比を向上させ、物体によって生じる空間情報を増大させ、探索行動に関連するネットワークダイナミクスを促進しているということのようです。

    7,Current findings and perspectives on aberrant neural oscillations in schizophrenia
    Hirano et al. Psychiatry Clin Neurosci. 2021 Dec;75(12):358-368

    ・九大の平野先生らの総説となります。ゆるゆるLINE抄読会で平野先生に教えていただきました。統合失調症におけるgamma oscillationの異常からExcitatory/Inhibitory Imbalance仮説まで、統合失調症のelectrophysiologicalな病態についての現状理解と今後の展望が解説されています。十分な理解はできていないのですが、特に論文中figure.3の40 Hz(70dB)のauditory steady-state response(ASSR)時のEEGから得られた誘導ガンマ帯域 oscillationの図はとても美しい結果で感動しました。ご紹介いただきありがとうございます。

    8.Mapping genomic loci implicates genes and synaptic biology in schizophrenia
    Trubetskoy et al. Nature. 2022 Apr;604(7906):502-508. doi: 10.1038/s41586-022-04434-5. Epub 2022 Apr 8.

    ・過去最大規模の統合失調症に関するゲノムワイド関連分析になります。ヒトの単細胞発現データからは、大脳皮質や海馬の興奮性グルタミン酸作動性ニューロン(錐体細胞CA1、CA3細胞、歯状回顆粒細胞)や皮質抑制性介在ニューロンで高発現する遺伝子に、強く統合失調症との関連が濃縮されていることが分かりました。Excitatory/Inhibotory Imbalance仮説を支持する所見かもしれません。

    9.The shallow cognitive map hypothesis: A hippocampal framework for thought disorder in schizophrenia
    Musa et al. Schizophrenia (2022) 8:34 ; https://doi.org/10.1038/s41537-022-00247-7

    ・海馬を舞台としたshallow cognitive map hypothesisですが、海馬でのabberant salience仮説とも関連があり、海馬での統合失調症の病態に関する総説としても優れており、引用させていただきました。

     

  • CHR-P 2022年05月09日

    ・統合失調症の専攻医勉強会を進めるにあたって、この分野は避けて通れないので、何年か前から少しずつまとめていた論文集の見直しと、ここ2年ほどで新たに出版された論文を付け加えるアップデート作業をしていて、疾患概念について知らなかった点に気がつきました。

    ・今までCHR-P(Clinical High Risk for Psychosis)とUHR-P(Ultra High Risk for Psychosis)はほぼ同じ概念だろうと思ってあまり気にしてなかったのですが、厳密には違うようです。

    ・Dr. Fusar-Poliによれば、CHR-PはUHR-Pかつ/またはbasic symptoms(基底症状)を含む概念ということで、UHR-Pよりも幅広い概念のようです(Fusar-Poli et al. JAMA Psychiatry. 2020 Jul 1;77(7):755-765)。

    ・さらにUHR-Pとは何か?ということですが、オーストラリアでYungらによりARMS(at risk mental state)の概念が1990年代後半に提唱され、ARMSの基準を満たす前駆状態のことがUHR-Pと呼ばれたようです。アメリカでもこの考え方を導入し同時期にCOPS(Criteria of Psychosis-Risk Syndrome)の概念が定められました。ARMSとCOPSは似ていますが細かいところで診断基準が異なっており、詳細は辻野尚久先生らの総説(発症危険状態の評価:臨床精神医学 41(10):1407-1412, 2012)をご参照いただければと思いますが、この2つの概念が出てからは、だいたいCOPSかARMSのことをUHR-Pと呼ぶようです(Fusar-Poliら 2020)。

    ・ARMSないしCOPSにはそれに対応する操作的診断基準と構造化面接法が定められており、ARMSに対してはCAARMS、COPSに対してはSIPS/SOPSが対応します。CHR-Pに関するメタ解析などに含まれるstudyでは、SIPSを用いたものの比率が一番高いようです。

    ・さらに基底症状を軸にした診断基準としてはドイツのケルン早期発見研究で用いられた予測的基底症状(COPER)および認知的基底症状(COGDIS)があり、それに対応する評価尺度としてずボン基底症状評価尺度(BSABS)、その英語版のSPI-Aなどがあるようです。このあたりの詳しいところは針間博彦先生の総説(臨床精神医学 41(10):1395-1405,2012)をご参照ください。

    ・というわけで、細かいところですが、CHRに関する論文を読むときに、このあたりの用語の違いをおさえておくと混乱が少なくなるのでいいかと思います。CHR-Pに関する系統的レビューなどに含まれる論文では、CHRの診断的評価にCAARMSを用いたのか、SIPSを用いたのか、それともSPIなどか、それ以外かなどにわかれており、どの基準を用いたかで、オーストラリアからの報告なのか、北米なのか、それ以外なのか、ということも読みとれます。

    ・CHRの論文を読んでいて気になるのはcomobidityの多さです。UHR患者の90%が何らかの非精神病性の精神疾患を合併しているとの報告(Early Interv Psychiatry. 2021 Feb;15(1):104-112 )もあり(一番多いのは不安障害)、機能的予後はUHR症状が改善しようがしまいが、有意差はないとの報告もあることから(Am J Psychiatry. 2011 Aug;168(8):800-5)、これら併存疾患で機能的予後が規定されているような気がしなくもないです。

    ・CHRに含まれる患者群は多種多様であることを踏まえて、どのように介入するかは個別に検討する必要がありそうです。

  • いじめと内在化障害など 2022年04月30日

    ・内在化障害、外在化障害というと児童思春期の分野で時々でてくるワードになります。

    ・例えば、ADHDに対するペアレント・トレーニングの有効性に関するコクランレビュー(Cochrane Database Syst Rev. 2011 Dec 7;2011(12))では、2011年と少し古いのですが、ペアレント・トレーニングは子の外在化問題(攻撃性、反抗的態度、反社会的行動など)の改善には有意な効果は認めないものの、内在化問題(過度の不安や恐怖、抑うつ、心身症状など)の改善については、有意な効果(SMDで-0.48)を認めると報告されています(nが小さくエビデンスとしては成熟したものではないですが)

    ・今回、学校でのいじめ対策が内在化障害に対してどの程度の効果を有するかというメタ解析がでました(文献1)

    いじめ対策は内在化障害の改善に有効か

    背景


    ・うつ病や不安障害などの内在化障害は小児期において最も頻繁に診断される精神疾患の一つであり、若者の障害と負荷の最も頻度の高い要因となっている

    ・縦断的研究では,内在化障害は小児期から成人期まで連続性があり,内在化障害は他のあらゆる精神疾患と比較して生涯有病率が高く、発症年齢の中央値は、不安障害は11歳と言われている。あらゆる精神疾患の生涯発症者の半数は14歳までに、4分の3は24歳までに発症していることから(Arch Gen Psychiatry. 2005 Jun;62(6):593-602),小児期の介入で標的となり得る修正可能なリスク要因を特定することが重要である。

    ・いじめの被害は、内在化障害の最も抽出しやすい危険因子の1つであると思われる。18歳でうつ病になるケースの29.2%は、青年期初期のいじめ被害が原因かもしれないとの報告があり(BMJ. 2015 Jun 2;350:h2469.)、13歳時点でいじめ被害を受けていない子どもと比較して、仲間から頻繁にいじめ被害を受けている子どもは、18歳時点でのうつ病発症の調整後オッズ比が2.32と報告されている

    ・いじめ防止は若者の精神的健康のために重要な課題である

    ・ユネスコ(2019)の調査によると、世界の子どもの32%が過去1カ月間に1日以上いじめの被害を経験し、若者の7.3%が過去1か月間に6日以上のいじめを経験している(UNESCO, 2019: https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000366483)。大半の子供が学童期を通じて低頻度のいじめを経験するが、一部の子供では慢性的でエスカレートするいじめを経験することがあり、このようないじめが、より内在化障害のリスクを高めるといわれている( Journal of Community Psychology, 48, 1751–1769. 2020)

    ・国際人権法の観点からは、学校で安全に過ごす権利、いじめに伴う攻撃や被害に遭わない権利は、すべての子どもに与えられるべきである(Convention on the Rights of the Child 1989; Universal Declaration of Human Rights 1948)。

    ・いじめには様々な形態があるが、小児期の身体的、精神的、言語的いじめについては学校が主な舞台になると言われている。そのため学校におけるいじめ対策が重要である

    学校でのいじめ対策の有効性

    ・いじめに対する12の国と65の学校ベースの介入プログラム(うち4つの主要なプログラム(KiVa, Olweus Bullying Prevention Program, NoTrap!, Viennese Social Competence Program )は複数の地域で複数回評価されていた)のいじめ加害および被害の減少に対する有効性を評価したメタ解析(International Journal of Bullying Prevention, 1, 14–31. 2019)によると、個別のプログラムでは、主なものではOlweus Bullying Prevention Programがいじめ加害の減少に最も効果量が大きく、NoTrap! Programが最もいじめ被害の減少に有効であった。

    ・いじめ対策の有効性には地域間格差が存在した。いじめ加害対策については香港、北アメリカやスカンジナビアで行われているものの効果量が大きく、いじめ被害対策についてはオーストラリア(https://apo.org.au/node/66537 )、スイス、スカンジナビア、北アメリカなどの順で効果量が大きかった

    ・プログラム全体として、いじめ加害を19-20%減少させ、いじめ被害を15-16%減少させると報告されている

    ・Fraguasらは、学校でのいじめ防止プログラムが精神的健康に及ぼす効果を評価した無作為割付試験(N=20)をメタ解析で評価し、介入を受けた集団全体の精神的健康に対する効果量 cohen’d= 0.205(95% CI 0.277-0.133)と報告した(JAMA Pediatrics, 175, 44–55. 2021)。ただし精神的健康の尺度は、QOL、自尊感情、自責感、社会的スキルなど様々な尺度が用いられており、内在化障害については評価されていない。またいじめ被害者の減少が、精神的健康の改善を媒介するのかどうかなども評価されていない

    方法と対象

    ・4-19歳を対象に学校で実施されたいじめ防止のための介入を評価した研究

    ・いじめの定義を明確にし、主要評価項目としていじめの加害または被害の変化を測定し、介入後の副次評価項目として内在化障害を測定したもの

    ・介入群と介入を行わない対照群が設定されていること。無作為割付試験ないし非無作為割付で群間の介入前後での内在化障害に対する効果の比較を行った試験
    メタ解析での効果の指標としてはHedge’s gを 用いた

    結果

    ・27 studies

    ・各試験のサンプルサイズは、対象を絞った介入の24人から、学校全体の介入における7,741人まで。
    対象学年は、1~6年生が48%、7~12年生が52%。参加者の平均年齢は10.5歳。59%が、学校スタッフまたは教師によって介入が行われた。全校的な介入を含む研究が70%、対象を絞った介入が26%、全校と対象を絞った両方の要素を含む研究が3.7%。
    51.9%(n=14)がクラスター無作為化試験、11.1%(n=3)が個別無作為化試験、29.6%(n=8)が非無作為割付試験、7.4%(n=2)がクロスオーバー試験

    ・22の試験のうち15(68%)で効果量が0より大きく、介入が内在化障害の軽減が有効であることを示唆する結果であった。ただし全体として効果量はg=0.06(95%CI, 0.0284~0.1005)であり、対照群と比較して有意差はあるものの、いじめ防止介入は全体としては内在化障害の改善に対してほとんど効果がないことが示された

    ・うつ症状に対する効果量は0.06(95% CI, 0.014 ~ 0.107)、不安症状については0.08(95% CI, 0.11 ~0.158)であった
    主にいじめ被害者らを対象とした標的型介入の効果量=0.01(95%CI, ー0.094~0.109)で対照群と比較して有意差なし,全校型介入では0.08(95%CI, 0.036~0.117)で対照群と比較して有意差あり。しかし,標的型と全校型介入の効果を直接比較した場合,群間差は有意ではなかった。

    議論

    ・学校を拠点としたいじめ防止介入が、内在化障害に与える効果は全体として有意ではあったが、効果量はとても小さく臨床的に意義のある効果とはいいがたい。またいじめ被害者などを対象とした標的型の介入が対象者の内在化障害の改善に対照群と比較して有意差がなかったのは意外な結果であり、いじめ発生後の心理的問題の解決が学校ベースの介入のみでは容易ではないことを示唆するものかもしれない

    ・主としていじめ被害者らを対象とした標的型の介入において有意な効果がみられなかったのは、その介入方法に一貫性がなく、6つの試験のうち、介入の実施も教師や学校職員によるものが3つ、臨床心理士実習生や心理学生によるものが2つなど経験豊富な専門家による介入が行われたとは言い難いことも原因かもしれない。標的型の介入については、より専門的な知識を有する者が一貫性のある介入を実施すべきであるといえるかもしれない。

    ・あるいは単に対照群の改善度も大きく、それゆえに介入群と有意差がつかなかったという可能性もある(個人的にはこれが一番可能性高いのではと思っています。included studiesの詳細を見たわけではないのですが、標的型の介入については、倫理的にいじめ被害者も含まれる対照群に何もしないというわけにはいかないので)

    ・というわけで、一次予防も大事ということもいえそうです。

    CNS10-NPC-GDNF

    ・ついにこんな試験が始まるのかと注目の臨床試験なのですが、アメリカのCedars-Sinai Medical Centerで、ALSに対するCNS10-NPC-GDNFの第1相試験が開始予定となっています。

    ・このCNS10-NPC-GDNFとはなんぞやというとこですが、神経前駆細胞です。神経前駆細胞なので、おそらく臍帯血から採取されており、同種移植になりますので、免疫抑制剤も必要でしょう。

    ・何がすごいかというと、移植部位です。これまで脊髄実質に神経幹細胞を移植する臨床試験は行われてきました。

    ・有名なのがNeuralstem社の同種神経幹細胞移植であるNSI-566です。第2相試験までいったのですが、発症2年以内の15名の患者がエントリーされ、頸髄のC3からC5の間の領域に両側性の幹細胞移植を受け、3名では腰髄領域にも移植を受けました。椎弓切除術を受けなくてはならないので、かなり侵襲性の高い治療になります。結果は残念ながら有意な進行遅延効果はみられませんでした。そこで立ち消えになったかと思ったら、2020年4月にNeuralstem社がSeneca社に社名変更して、第3相試験を始めますみたいなことを公表したまま、その後音沙汰がない状況になっています。

    ・そこで今回のCNS10-NPC-GDNFです。神経栄養因子を分泌するように分化誘導した(アストロサイトになるとか?)神経幹細胞で、なんと移植部位は大脳の一次運動野です。脳に直接細胞移植されることになります。上位運動神経細胞の周辺に移植する臨床試験はこれまで行われたことがなかったので、初の試みになります。

    ・良い結果になることを願います。

    elicit

    ・慶應の中島先生がオープンチャットでelicitの話題をシェアされてて、どんなもんなんじゃろうと思って使ってみてものすごくびっくりしました。

    ・なんだかAIをベースにした論文検索システムだとか。質問を入れると、その質問の答えに該当する論文をピックアップしてくれるどころか、質問に対する答えをその論文のアブストラクトから?抽出して簡潔に表示してくれます。

    ・この答えの部分が、まるで中に人間が入っているんじゃないかと思うくらい、うまいことまとめられています。最新の情報を手に入れるにはpubmedがいいのでしょうが、大雑把に自分の手に入れた知識などの普遍性や正確性などを検証するための目的にはとても便利だと思います。

    ・今後AIにGRADEシステムを教え込んだら、もう勝手にガイドラインを作ってくれる時代が来るのではないかと思わせる、そんな可能性を感じさせてくれるelicitです。研究者を対象にしているみたいですが、臨床疑問にもホイホイ答えてくれるので、臨床家にも全然お勧めです。


    文献1:Carolina Guzman-Holst et al. J Child Psychol Psychiatry. 2022 Apr 26. doi: 10.1111/jcpp.13620. Online ahead of print.

  • 治療継続期間について 2022年04月24日

    ・日本神経精神薬理学会から公表されている統合失調症薬物療法治療ガイドラインが改訂され2022年版になるとのことで、少し前までパブリックコメントが募集されていました。

    ・内容を拝見していて前の版にあったCQが一部無くなっていて(例えばCQ1-4:初発精神病性障害の再発予防効果における抗精神病薬の最適な治療継続期間はどのくらいか?)、これはAPAガイドライン2020と同じくTiihonenらの報告(Am J Psychiatry. 2018 Aug 1;175(8):765-773)などが影響したためなのかな?などと思っていたのですが、観察研究の帰結はこのガイドライン構築のためのエビデンスとしてみる限り採用されていないようなので、そうではないようです。

    ・今回無くなったCQの一部の現段階での答えにあたるような論文がでました(文献1)。Asian network of early psychosis working groupによるもので、総説として読んでみてもとてもよくまとまっていて勉強になりました。日本からもこの分野の第1人者である慶應の竹内先生らが参加されています。この論文のfirst authorかつ初発精神病エピソードの10年予後の論文(Lancet Psychiatry 5:432-442. 2018)で有名なDr.Huiらのグループが以前よりこのテーマに関してかなり精力的かつ重要な報告を数多くされていることがわかり驚きでした。今後の動向も要注目となります。

    ・まずここ最近で一番新しいと思われるAPA2020のこのCQに関する内容(Am J Psychiatry 177:9, September 2020)ですが、概略は以下の通りとなります。

    ・抗精神病薬で症状が改善した統合失調症患者に対して、抗精神病薬による治療を継続することを推奨する
    ・維持療法を継続することの利点としてTiihonenらの観察研究の報告(Am J Psychiatry. 2018 Aug 1;175(8):765-773)も引用されている
    ・治療が進むにつれて、抗精神病薬による治療を継続することのプラス面とマイナス面を、患者との共同意思決定という観点から検討する必要がある。
    ・家族やその他の支援者を巻き込むことは、アドヒアランスを改善するのに有効である。剤型がアドヒアランスに影響することもある
    ・精神病エピソードが短期間であったり不確かな精神病診断(例えば、物質誘発性精神病や気分障害関連精神病の可能性)を持つ人の中には、抗精神病薬治療の継続を必要としない人もいるかもしれない。一方、慢性的な症状を持ち、再燃を繰り返し、統合失調症の診断上の特徴が明らかな人は、薬物療法を中止した場合、より悪い結果をもたらす可能性が高い。

    ・というわけで、APAガイドラインの前のバージョン(2004年版でしょうか?)と同じく、治療継続が推奨されています。

    ・ではAsian Network of Early Psychosis Writing Groupのガイドラインではどのようになっているでしょうか。概略は以下の通りとなります。
    (1)抗精神病薬は、初回精神病エピソードから少なくとも1〜3年間は継続する。抗精神病薬の中止を希望する患者には、患者が自分の病気について主体的に考え、患者独自の特徴や再燃の早期警告徴候を認識できるように、意思決定のプロセスを共有し、中止のリスクと利益を患者と話し合った上で決定すること。中止する場合、再燃が急速に起こる可能性があり、再燃が洞察力の喪失や助けを求める行動の低下と関連する可能性があることを注意するべきである。
    (2)抗精神病薬の中断が成功するかどうかは、統合失調症以外の診断、発症前の社会的・職業的機能の向上、社会的支援の充実、DUPが短いこと、認知機能障害がない、好ましい特性(自己統制感に関連する内的統制などの評価と自尊心など)、回復力が高いこと(病前機能発達の程度や良好な予後因子、良好な特性などから推測される)、自殺傾向や危険な行動がない、などによって予測することができる。初回エピソード後に再燃した経歴を持つ患者には、治療中止しないことを勧めるべきである。
    (3)抗精神病薬を中止する前に、6~12 ヵ月間、症状(PANSS の P1~3、N1、N4、N6、G5、G9 のスコアが 2 以下)及び機能の回復が得られていること
    (4)抗精神病薬の漸減は6-12ヵ月かけて行い、精神病症状の再出現や再燃の兆候を注意深く観察する。減量は個人差はあるが徐々に行い、1回の減量は前投与量の25%を超えないこと。投与中止前の最終的な抗精神病薬の用量は、リスペリドン1mgと同等かそれ以下とする。
    (5)抗精神病薬中止の過程では、自己効力感、疾病管理、社会的・職業的機能の改善を目的とした患者・家族への心理社会的介入を実施すべきである。ケースマネージメントと継続的な支援と監視は、抗精神病薬中止後少なくとも2年間は継続されるべきである。
    (6)抗精神病薬中止後に減弱した陽性症状が出現した場合には、集中的かつ頻繁に心理社会的介入を行うべきである。出現している症状を評価し,抗精神病薬の再開を決定する必要がある。精神病症状が改善しないないし悪化する場合には、共有の意思決定プロセスを通じて、抗精神病薬の服用を再開するかどうかを速やかに決定する必要がある
    ・このガイドラインの最も重要な点は、中止の基準について、症状の寛解だけでなく、包括的な回復(陽性症状と陰性症状の消失、機能回復)を求めるという、より保守的なスタンスを採用したことである。

    ・以上となります。ここ10年ほどはガイドラインはWunderinkらの報告(JAMA psychiatry 70:913-920 .2013)などの影響もあり、下村先生らの報告(Schizophr res 215:8-16:2020)によると維持療法期の抗精神病薬中止について「推奨しない」から「一部推奨」に傾いていたようです。しかし直近2つ(統合失調症ガイドライン2022を入れると3つ)のガイドラインは中止に対してより慎重な方向にシフトしているようです。また共同意思決定や心理社会的介入が重視されていることもポイントとなります。

    文献1:Christy L.M. Hui et al. Int J Neuropsychopharmacol. 2022 Apr 22:pyac002. doi: 10.1093/ijnp/pyac002. Online ahead of print.

  • 運動とうつ 2022年04月17日

    ・dose-response meta analysisは視覚的にわかりやすく結果が提示され、妙に説得力があるのですが、運動とうつの関連についてのdose-response meta analysisが公表されました(文献1)

    ・前向き観察研究からの帰結なので、うつに対する脆弱性の高い人が運動をしない可能性があるという逆因果関係などのバイアスには注意が必要ですが、週2.5時間の早歩き程度の運動量を継続すると、うつ(大うつ病のみではなく、スクリーニング用紙などでカットオフ値以上のうつ状態を含む)の相対リスクは25%低下し、現在の罹患率から推定すると、うつを11.5%(うつ病だと7.3%)減少させることができる可能性があるとの結論でした。

    ・睡眠時間を増やした先日の報告(JAMA Intern Med. 2022 Feb 7. doi: 10.1001/jamainternmed.2021.8098. Online ahead of print.)もですが、忙しくても生活習慣をきちんと見直せば、時間はつくれるもののようです。1週間くらい自分の生活記録をしてみて、振り返ってみるのもいいかもしれません。

    運動とうつ病リスク

    背景

    ・前向き観察研究(n=49)のメタ解析(Am J Psychiatry. 2018; 175(7):631-648.)では、平均7.4年の追跡期間で身体活動レベルが最も低い群と比較して、最も高い群はうつ病発症の調整後オッズ比が0.83(95% CI, 0.79-0.88) と報告された。この効果は高齢者においてより良好(オッズ比=0.79)であった。

    ・別のメタ解析(Br J Sports Med. 2021; 55(16):926-934)では、111の前向きコホート研究を対象にうつ病ないし診断閾値下のうつ状態発症率について、身体活動度が高い群は低い群と比較して調整後オッズ比が0.79(95% CI, 0.75-0.82) と報告された

    ・運動量とうつ病リスクとの関連についてdose-responseメタ解析はこれまでされていないのでしてみた

    対象と方法

    ・18歳以上を対象とした前向きコホート研究

    ・身体活動度を3段階以上で評価したもので、うつ病発症リスク(DSMないし ICDによる診断もしくはスクリーニングでカットオフ得点以上で定義される)を報告したもの。サンプルサイズが3000人以上かつフォローアップ期間が3年以上

    ・身体的活動量の指標として、1週間あたりの安静時代謝率(1 MET)を超過して消費されたエネルギーを反映する運動量(marginal metabolic equivalent task hours=mMET-h/週)を使用。1週間あたりの運動時間に軽い運動では1.5 mMETを、中等度の運動では3.5 mMETを、激しい運動では7.0 mMETを掛け合わせてmMET-h/週を算出。エネルギー消費量について報告した1つの報告については、1 kcal/kg= 1 MET-hに換算。またほとんどの報告が仕事以外の運動を活動量指標としていたが1つの報告は仕事も含めた運動量を用いており、この報告については、仕事量をMETに換算し、その分を差し引いて、身体活動量を求めた

    ・Dose-responseメタ解析については、人年数の0、37.5、75パーセンタイル点にノットを有する制限付き三次スプライン曲線でフィッテングした
    さらに、どの程度リスクを低減できるかの指標であるPIFs(potential impact fractions)をWHOが推奨する運動量である、8,8 mMET-h/週(中等度の強度の運動を週に2.5時間行ったことに相当)、さらなる健康のために推奨される運動量である17.5 mMET-h/週、さらに推奨運動量の半分の4.4 mMET-h/週について算出した

    結果

    ・15 studies(n=191130)

    ・運動を全くしていない成人に対して、WHO推奨運動量の半分(4.4 mMET-h/週)をしている人は、うつリスクが18%(95%CI、13%-23%)低かった。

    ・推奨される8.8 mMET-h/週の運動をしている人は、うつリスクが25%(95%CI、18%-32%)減少することを示唆する結果が得られた。この運動量を超えると潜在的な利益は減少し、不確実性が高くなった。

    ・PIFを見積もると、すべての成人が少なくともWHOの推奨する週に8.8 mMET-hの運動を行うと、うつ患者(大うつ病のみではなく、一部試験でのエントリー基準(スクリーニング用紙でのカットオフ以上になったケースも含む)に合致するもの)を11.5%(95%CI、7.7%-15.4%)減少させることができる可能性がある。17.5 mMET-hでは13.9%、4.4 mMET-hでは6.4%となった。

    ・大うつ病についてはPIFは8.8 mMET-hでは7.3%、17.5 mMET-hでは8%、4.4 mMET-hでは3%となった

    議論

    ・軽度の運動であってもうつ病リスクの低減にかなり寄与しうる可能性があることを示唆する結果となった。週2.5時間の早歩き程度の運動量を積み重ねると、うつのリスクは25%低下し、その半分の量では、運動しない場合に比べて18%低下した。

    ・うつ病の予防効果は、運動に伴う身体イメージの改善、社会的交流の増加、内因性カンナビノイド系の活性化などの神経内分泌機能の変化、脳構造の変化、対処戦略の向上などの影響も関与している可能性がある。

    ・考慮すべきバイアスとして、ベースラインでうつ症状を有する場合(2つの試験でベースラインのうつ病を除外していなかった)、ないしうつ病の寛解状態であった場合、逆因果バイアスが混入する可能性がある

    ・限界としては、運動量が、全て自己報告式であったこと。そのためリコールバイアスや、 social-desirability(社会的望ましさ)バイアスが混入しうる

    文献1:Pearce M. et al. JAMA Psychiatry. 2022 Apr 13. doi: 10.1001/jamapsychiatry.2022.0609. Online ahead of print

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