いじめと内在化障害など
2022年04月30日
・内在化障害、外在化障害というと児童思春期の分野で時々でてくるワードになります。
・例えば、ADHDに対するペアレント・トレーニングの有効性に関するコクランレビュー(Cochrane Database Syst Rev. 2011 Dec 7;2011(12))では、2011年と少し古いのですが、ペアレント・トレーニングは子の外在化問題(攻撃性、反抗的態度、反社会的行動など)の改善には有意な効果は認めないものの、内在化問題(過度の不安や恐怖、抑うつ、心身症状など)の改善については、有意な効果(SMDで-0.48)を認めると報告されています(nが小さくエビデンスとしては成熟したものではないですが)
・今回、学校でのいじめ対策が内在化障害に対してどの程度の効果を有するかというメタ解析がでました(文献1)
いじめ対策は内在化障害の改善に有効か
背景
・うつ病や不安障害などの内在化障害は小児期において最も頻繁に診断される精神疾患の一つであり、若者の障害と負荷の最も頻度の高い要因となっている
・縦断的研究では,内在化障害は小児期から成人期まで連続性があり,内在化障害は他のあらゆる精神疾患と比較して生涯有病率が高く、発症年齢の中央値は、不安障害は11歳と言われている。あらゆる精神疾患の生涯発症者の半数は14歳までに、4分の3は24歳までに発症していることから(Arch Gen Psychiatry. 2005 Jun;62(6):593-602),小児期の介入で標的となり得る修正可能なリスク要因を特定することが重要である。
・いじめの被害は、内在化障害の最も抽出しやすい危険因子の1つであると思われる。18歳でうつ病になるケースの29.2%は、青年期初期のいじめ被害が原因かもしれないとの報告があり(BMJ. 2015 Jun 2;350:h2469.)、13歳時点でいじめ被害を受けていない子どもと比較して、仲間から頻繁にいじめ被害を受けている子どもは、18歳時点でのうつ病発症の調整後オッズ比が2.32と報告されている
・いじめ防止は若者の精神的健康のために重要な課題である
・ユネスコ(2019)の調査によると、世界の子どもの32%が過去1カ月間に1日以上いじめの被害を経験し、若者の7.3%が過去1か月間に6日以上のいじめを経験している(UNESCO, 2019: https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000366483)。大半の子供が学童期を通じて低頻度のいじめを経験するが、一部の子供では慢性的でエスカレートするいじめを経験することがあり、このようないじめが、より内在化障害のリスクを高めるといわれている( Journal of Community Psychology, 48, 1751–1769. 2020)
・国際人権法の観点からは、学校で安全に過ごす権利、いじめに伴う攻撃や被害に遭わない権利は、すべての子どもに与えられるべきである(Convention on the Rights of the Child 1989; Universal Declaration of Human Rights 1948)。
・いじめには様々な形態があるが、小児期の身体的、精神的、言語的いじめについては学校が主な舞台になると言われている。そのため学校におけるいじめ対策が重要である
学校でのいじめ対策の有効性
・いじめに対する12の国と65の学校ベースの介入プログラム(うち4つの主要なプログラム(KiVa, Olweus Bullying Prevention Program, NoTrap!, Viennese Social Competence Program )は複数の地域で複数回評価されていた)のいじめ加害および被害の減少に対する有効性を評価したメタ解析(International Journal of Bullying Prevention, 1, 14–31. 2019)によると、個別のプログラムでは、主なものではOlweus Bullying Prevention Programがいじめ加害の減少に最も効果量が大きく、NoTrap! Programが最もいじめ被害の減少に有効であった。
・いじめ対策の有効性には地域間格差が存在した。いじめ加害対策については香港、北アメリカやスカンジナビアで行われているものの効果量が大きく、いじめ被害対策についてはオーストラリア(https://apo.org.au/node/66537 )、スイス、スカンジナビア、北アメリカなどの順で効果量が大きかった
・プログラム全体として、いじめ加害を19-20%減少させ、いじめ被害を15-16%減少させると報告されている
・Fraguasらは、学校でのいじめ防止プログラムが精神的健康に及ぼす効果を評価した無作為割付試験(N=20)をメタ解析で評価し、介入を受けた集団全体の精神的健康に対する効果量 cohen’d= 0.205(95% CI 0.277-0.133)と報告した(JAMA Pediatrics, 175, 44–55. 2021)。ただし精神的健康の尺度は、QOL、自尊感情、自責感、社会的スキルなど様々な尺度が用いられており、内在化障害については評価されていない。またいじめ被害者の減少が、精神的健康の改善を媒介するのかどうかなども評価されていない
方法と対象
・4-19歳を対象に学校で実施されたいじめ防止のための介入を評価した研究
・いじめの定義を明確にし、主要評価項目としていじめの加害または被害の変化を測定し、介入後の副次評価項目として内在化障害を測定したもの
・介入群と介入を行わない対照群が設定されていること。無作為割付試験ないし非無作為割付で群間の介入前後での内在化障害に対する効果の比較を行った試験
メタ解析での効果の指標としてはHedge’s gを 用いた
結果
・27 studies
・各試験のサンプルサイズは、対象を絞った介入の24人から、学校全体の介入における7,741人まで。
対象学年は、1~6年生が48%、7~12年生が52%。参加者の平均年齢は10.5歳。59%が、学校スタッフまたは教師によって介入が行われた。全校的な介入を含む研究が70%、対象を絞った介入が26%、全校と対象を絞った両方の要素を含む研究が3.7%。
51.9%(n=14)がクラスター無作為化試験、11.1%(n=3)が個別無作為化試験、29.6%(n=8)が非無作為割付試験、7.4%(n=2)がクロスオーバー試験
・22の試験のうち15(68%)で効果量が0より大きく、介入が内在化障害の軽減が有効であることを示唆する結果であった。ただし全体として効果量はg=0.06(95%CI, 0.0284~0.1005)であり、対照群と比較して有意差はあるものの、いじめ防止介入は全体としては内在化障害の改善に対してほとんど効果がないことが示された
・うつ症状に対する効果量は0.06(95% CI, 0.014 ~ 0.107)、不安症状については0.08(95% CI, 0.11 ~0.158)であった
主にいじめ被害者らを対象とした標的型介入の効果量=0.01(95%CI, ー0.094~0.109)で対照群と比較して有意差なし,全校型介入では0.08(95%CI, 0.036~0.117)で対照群と比較して有意差あり。しかし,標的型と全校型介入の効果を直接比較した場合,群間差は有意ではなかった。
議論
・学校を拠点としたいじめ防止介入が、内在化障害に与える効果は全体として有意ではあったが、効果量はとても小さく臨床的に意義のある効果とはいいがたい。またいじめ被害者などを対象とした標的型の介入が対象者の内在化障害の改善に対照群と比較して有意差がなかったのは意外な結果であり、いじめ発生後の心理的問題の解決が学校ベースの介入のみでは容易ではないことを示唆するものかもしれない
・主としていじめ被害者らを対象とした標的型の介入において有意な効果がみられなかったのは、その介入方法に一貫性がなく、6つの試験のうち、介入の実施も教師や学校職員によるものが3つ、臨床心理士実習生や心理学生によるものが2つなど経験豊富な専門家による介入が行われたとは言い難いことも原因かもしれない。標的型の介入については、より専門的な知識を有する者が一貫性のある介入を実施すべきであるといえるかもしれない。
・あるいは単に対照群の改善度も大きく、それゆえに介入群と有意差がつかなかったという可能性もある(個人的にはこれが一番可能性高いのではと思っています。included studiesの詳細を見たわけではないのですが、標的型の介入については、倫理的にいじめ被害者も含まれる対照群に何もしないというわけにはいかないので)
・というわけで、一次予防も大事ということもいえそうです。
CNS10-NPC-GDNF
・ついにこんな試験が始まるのかと注目の臨床試験なのですが、アメリカのCedars-Sinai Medical Centerで、ALSに対するCNS10-NPC-GDNFの第1相試験が開始予定となっています。
・このCNS10-NPC-GDNFとはなんぞやというとこですが、神経前駆細胞です。神経前駆細胞なので、おそらく臍帯血から採取されており、同種移植になりますので、免疫抑制剤も必要でしょう。
・何がすごいかというと、移植部位です。これまで脊髄実質に神経幹細胞を移植する臨床試験は行われてきました。
・有名なのがNeuralstem社の同種神経幹細胞移植であるNSI-566です。第2相試験までいったのですが、発症2年以内の15名の患者がエントリーされ、頸髄のC3からC5の間の領域に両側性の幹細胞移植を受け、3名では腰髄領域にも移植を受けました。椎弓切除術を受けなくてはならないので、かなり侵襲性の高い治療になります。結果は残念ながら有意な進行遅延効果はみられませんでした。そこで立ち消えになったかと思ったら、2020年4月にNeuralstem社がSeneca社に社名変更して、第3相試験を始めますみたいなことを公表したまま、その後音沙汰がない状況になっています。
・そこで今回のCNS10-NPC-GDNFです。神経栄養因子を分泌するように分化誘導した(アストロサイトになるとか?)神経幹細胞で、なんと移植部位は大脳の一次運動野です。脳に直接細胞移植されることになります。上位運動神経細胞の周辺に移植する臨床試験はこれまで行われたことがなかったので、初の試みになります。
・良い結果になることを願います。
elicit
・慶應の中島先生がオープンチャットでelicitの話題をシェアされてて、どんなもんなんじゃろうと思って使ってみてものすごくびっくりしました。
・なんだかAIをベースにした論文検索システムだとか。質問を入れると、その質問の答えに該当する論文をピックアップしてくれるどころか、質問に対する答えをその論文のアブストラクトから?抽出して簡潔に表示してくれます。
・この答えの部分が、まるで中に人間が入っているんじゃないかと思うくらい、うまいことまとめられています。最新の情報を手に入れるにはpubmedがいいのでしょうが、大雑把に自分の手に入れた知識などの普遍性や正確性などを検証するための目的にはとても便利だと思います。
・今後AIにGRADEシステムを教え込んだら、もう勝手にガイドラインを作ってくれる時代が来るのではないかと思わせる、そんな可能性を感じさせてくれるelicitです。研究者を対象にしているみたいですが、臨床疑問にもホイホイ答えてくれるので、臨床家にも全然お勧めです。
文献1:Carolina Guzman-Holst et al. J Child Psychol Psychiatry. 2022 Apr 26. doi: 10.1111/jcpp.13620. Online ahead of print.