統合失調症の病態生理
2022年05月18日
2年ぶりに勉強会でこの話題に触れることになったので、以下の論文などを参考に内容をアップデートしました
1.Dopaminergic dysfunction and excitatory/inhibitory imbalance in treatment-resistant schizophrenia and novel neuromodulatory treatment
Wada M. et al. Mol Psychiatry. 2022 Apr 20. doi: 10.1038/s41380-022-01572-0. Online ahead of print.
・ゆるゆるLINE抄読会で慶應の中島先生にシェアいただいた論文です。ドーパミン仮説からExcitatory/Inhibitory Imbalance仮説に至る全体的な流れを構成するのにものすごく引用させていただきました。現段階では統合失調症および治療抵抗性統合失調症の病態生理に関する最も優れた総説で大変勉強になりました。この場を借りてお礼申し上げます。
2.Prefrontal and Striatal Dopamine Release Are Inversely Correlated in Schizophrenia
W. Gordon Frankle et al. Biological Psychiatry May 14,2022DOI:https://doi.org/10.1016/j.biopsych.2022.05.009
・これも中島先生に教えていただいた論文です。1991年にPETを用いた研究(Am. J. Psychiatry 1991, 148, 1474–1486.)により前頭葉でのドーパミン伝達の減少と線条体におけるドーパミン伝達の過剰にドーパミン仮説が修正されましたが、今回、統合失調症患者にアンフェタミンを投与し、2種類のトレーサーを用いてPETで同時に複数の関心領域と背側尾状核のドーパミン放出量の変化についての相関関係が検討されました。その結果、dorsolateral prefrontal cortex、medial prefrontal cortex、parietal cortex、enthorinal cortex、anterior cingulate cortexなど複数の部位におけるドーパミン放出量の変化と背側尾状核におけるドーパミン放出量の変化の間に逆相関関係が観察されました。健常者ではこのような逆相関関係は観察されませんでした。1991年以来の仮説が検証されたことになります。
3.Striatal dopamine mediates hallucination-like perception in mice
K. Schmack et al. Science. 2021 Apr 2;372(6537):eabf4740. doi: 10.1126/science.abf4740.
・マウスの幻聴体験を間接的にdetectしたかもしれないという論文です。40 dbの背景ノイズ中で様々な大きさのシグナル音を提示して、そのシグナル音を探知した場合には探知(Hit)側のポートを突いて、音を探知しなかった場合には別のポート(Correct reject)を突き、正しい選択をした場合には予測不可能なランダムな時間後に水の報酬が与えられるシステムが作成されました。マウスは中央のポートを突くことにより、自ら新たな試行を開始するようにされました。このシステムで数週間トレーニングを実施し、十分なトレーニングを実施し正確な選択ができるようになってから5%の確率で正しい選択をしても水がでないように設定されました(無報酬課題)。この無報酬課題において、invested timeを測定(「あれ?正しい選択をしたのに水がでてこないぞ」と次の課題に行かず水を待っている時間)し、このinvested timeがマウスの自信の程度とみなされました。つまり、自信をもって間違える=幻聴を体験している?とみなされたということです。
・報酬処理に関与することが知られている腹側線条体と知覚処理に関与することが知られている背側尾部線条体の細胞に、アデノ随伴ウイルスベクターでドーパミン蛍光センサーであるGRABDAを発現させ、ファイバーフォトメトリーを用いたこれらの部位のドーパミン量を定量化し測定した結果、両部位のドーパミン放出量は、invested timeの大きい誤選択課題時に有意に多いことがわかりました。さらに背側尾部線条体のドーパミン神経にチャネルロドプシン2を発現させたトランスジェニックマウスを作成し、背側尾部線条体のドーパミン放出を刺激したところ、刺激施行しドーパミン放出を増加させた時には、無刺激施行時と比較して、有意に誤選択率が上昇し、その上昇はハロペリドールにて改善したということです。線条体のドーパミン放出の増加と幻聴の関連性を示唆する結果かもしれません。
4.Muscarinic Cholinergic Receptor Agonist and Peripheral Antagonist for Schizophrenia
Stephen K. Brannan et al. N Engl J Med 2021; 384:717-726
・背側線条体でのドパミン放出はアセチルコリンM4受容体により調節を受けることが知られています。M4受容体を介した薬が開発されれば錐体外路症状のない抗精神病薬が期待できることとなります。M1/M4受容体のアゴニストであるxanomelineは小規模RCTで統合失調症患者の症状改善に有効な可能性を示唆する結果が得られていましたが、消化器系などの副作用のため開発は中断されていました。そこで副作用軽減のため末梢性ムスカリン受容体アンタゴニストであるtrospiumと組み合わせた臨床試験が行われました。5週間で投薬群はプラセボ群と比較して有意に陽性症状尺度などで改善効果がみられ、消化器系の副作用も顕著ではなかったようです。期待通りパーキンソニズムも有意なものはありませんでした。今後どうなるのか注目されます
5.Pimavanserin for negative symptoms of schizophrenia: results from the ADVANCE phase 2 randomised, placebo-controlled trial in North America and Europe
Bugarski-Kirola D et al. Lancet Psychiatry. 2021 Nov 30:S2215-0366(21)00386-2. doi: 10.1016/S2215-0366(21)00386-2. Online ahead of print
・セロトニン仮説は下火ですが、健常者へのLSD投与による自我障害を示唆する結果の報告(J Neurosci. 2018 Apr 4;38(14):3603-3611. doi: 10.1523/JNEUROSCI.1939-17.2018. Epub 2018 Mar 19.)を引用していたことに関連して、セロトニン2A逆作動薬のピマバンセリンの臨床試験の結果についても紹介しました
6.Top-down control of hippocampal signal-to-noise by prefrontal long-range inhibition
Malik et al. Cell. 2022 Apr 28;185(9):1602-1617.e17. doi: 10.1016/j.cell.2022.04.001
・グルタミン酸神経系の異常が、内側前頭前野→視床結合核→海馬→腹側被蓋野の流れで、ドーパミン神経系の活動亢進をもたらすということが報告(J Neurosci. 2001 Jul 1;21(13):4915-22 )されており、グルタミン酸系の異常がドーパミン系の異常の上流に位置することが示唆されていましたが、今回前頭前野から海馬への直接的なトップダウン制御がGABA神経の長距離投射により行われていることがわかったという報告になります。長距離投射GABA神経は海馬CA1のVIP介在神経を抑制し、物体位置の符号化のための信号についてのsignal-to-noise比を向上させ、物体によって生じる空間情報を増大させ、探索行動に関連するネットワークダイナミクスを促進しているということのようです。
7,Current findings and perspectives on aberrant neural oscillations in schizophrenia
Hirano et al. Psychiatry Clin Neurosci. 2021 Dec;75(12):358-368
・九大の平野先生らの総説となります。ゆるゆるLINE抄読会で平野先生に教えていただきました。統合失調症におけるgamma oscillationの異常からExcitatory/Inhibitory Imbalance仮説まで、統合失調症のelectrophysiologicalな病態についての現状理解と今後の展望が解説されています。十分な理解はできていないのですが、特に論文中figure.3の40 Hz(70dB)のauditory steady-state response(ASSR)時のEEGから得られた誘導ガンマ帯域 oscillationの図はとても美しい結果で感動しました。ご紹介いただきありがとうございます。
8.Mapping genomic loci implicates genes and synaptic biology in schizophrenia
Trubetskoy et al. Nature. 2022 Apr;604(7906):502-508. doi: 10.1038/s41586-022-04434-5. Epub 2022 Apr 8.
・過去最大規模の統合失調症に関するゲノムワイド関連分析になります。ヒトの単細胞発現データからは、大脳皮質や海馬の興奮性グルタミン酸作動性ニューロン(錐体細胞CA1、CA3細胞、歯状回顆粒細胞)や皮質抑制性介在ニューロンで高発現する遺伝子に、強く統合失調症との関連が濃縮されていることが分かりました。Excitatory/Inhibotory Imbalance仮説を支持する所見かもしれません。
9.The shallow cognitive map hypothesis: A hippocampal framework for thought disorder in schizophrenia
Musa et al. Schizophrenia (2022) 8:34 ; https://doi.org/10.1038/s41537-022-00247-7
・海馬を舞台としたshallow cognitive map hypothesisですが、海馬でのabberant salience仮説とも関連があり、海馬での統合失調症の病態に関する総説としても優れており、引用させていただきました。