その他

  • 臨床試験とCOVID-19

    臨床試験の進捗にCOVID-19が与える影響をあまり耳にすることはなかったのですが、これまでも触れたことのあるALSに対するBrainStorm社の自家間葉系骨髄幹細胞移植であるNurOwn細胞の第3相試験(NCT03280056 )が受けた影響が報じられていました。

    結論からすると臨床試験の進捗に与える影響は、それほど大きなものではなかったようで、関係者の皆さんを安心させていますが、最も問題となるのは、受診をしないと評価できない臨床尺度をどうするかです。

    臨床試験においては臨床症状の経時的な評価が重要であり、この第3相試験においても主要評価項目であるALSFRS-R得点が、正確な頻度は不明ながら、少なくとも3か月に1回以上は測定されるはずだと思われます。

    このALSFRS-RはALSの進行を測定する際に用いられる最も標準的な指標であり、患者さんが受診をし、診察を受けて測定されることが通常です。しかし、今回のCOVID-19のパンデミックにより、受診をしての測定はやはり困難(何より患者さんが感染することは避けないといけない)な場合があるようで、遠隔での評価で代替されるようです。しかし副次的評価項目である髄液中のバイオマーカーについては測定ができない状況も起こり、データの欠失が起こりうるものと思われます。

    アメリカの6つの施設で行われているこの臨床試験は、COVID-19流行以前(昨年10月)の終了予定時期が2020年10月頃でしたが、終了予定時期はそれほど影響を受けておらず、今年中には結果が判明する予定だということです。近年のALS臨床試験の中で最も期待されている試験であり、COVID-19の影響をあまり受けることなく順調に結果が出て、それが良好な結果であることを期待するばかりです。

    精神疾患に対する臨床試験でも、同様の問題が起こりうると思われますが、そのあたりはどうなのでしょうか。既に新薬の発売時期は遅延などの影響が生じていますが、臨床試験があまり影響を受けないことを願います。

     

  • いじめに関すること

    いじめに関して、いくつかの情報をまとめておきたいと思います。

     

    いじめの定義

     

    まず「いじめ」とは何か、ですが、平成25年に制定されたいじめ防止対策推進法第2条によると、

    「この法律において「いじめ」とは、児童等に対して、当該児童等が在籍する学校に在籍している等当該児童等と一定の人的関係にある他の児童等が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)であって、当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているものをいう」

    となっています。被害者の主観的な感情が重要である点がポイントとなります。

    これは、いじめの”深刻さ”を評価する際に、加害者が行った行為が性質が客観的に見て深刻であるかのみでは評価されないということです。

    つまり、暴力行為と言葉による嫌がらせを伴ういじめが、言葉のみのいじめと比較してより深刻であると一般的に言うことはできず、いじめを受けた被害者が、どのような心理的ないし物理的苦痛を受けたか、によりいじめの深刻さは定義されるということになります。

    日本の被害者への心理的影響を主体とした定義では一部のいじめ被害者を見落としてしまう可能性も指摘されています。
    例えば文献1ではいじめを以下のように定義しています

    ”Bullying is any unwanted aggressive behavior(s) by another youth or group of youths . . . that involves an observed or perceived power imbalance and is repeated multiple times or is highly likely to be repeated. Bullying may inflict harm or distress on the targeted youth including physical, psychological, social, or educational harm.”

    「いじめとは、他の青少年または青少年グループによる、観察された、または知覚された力関係の不均衡を伴う、望まれない攻撃的な行動であり、複数回繰り返されるか、またはその可能性が高いものである。いじめは、対象となる青少年に身体的、心理的、社会的、教育的な被害を含め、被害や苦痛を与える可能性がある」とされています。

    ポイントは、「観察された」「可能性がある」との記載が入っている点で、いじめを受けたすべての青少年が、いじめによってどのような被害や苦痛を受けたかをすぐに特定したり、表現することができるわけではないことがありうるということです。

    例えば、神経発達症児は、自分がいじめられたりからかわれたりしても、いじめであることを理解できず、将来的にはそれが繰り返されることで重大な結末を招く可能性があるものの、現時点では大きな苦痛を主観的に感じているとは限らないということです。このようなケースもいじめと定義すべきとされています。ですので、被害者の捉え方のみがいじめを定義する要件ではないとされています。

     

    いじめの早期発見

     

    いじめ被害者の心理的苦痛をきちんとアセスメントすることができないと、教師は潜在的ないじめの存在を見落とす危険もあります。

    文献2によるとオーストラリアの8歳から16歳までの女子913人、男子755人のうち、約半数の回答者(682人)が、過去 12 ヶ月間に少なくとも 1 回はいじめられたことがあると報告しました。

    このうち、教師に助けを求めたのは男子の41.1%、女子の35.6%でした。

    日本での調査結果では、いじめ発見のきっかけとして、教職員が発見した割合が約13%、本人が訴えたのは約18%、アンケート結果が約52%、保護者からの訴えが約10%となっています(平成30年児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査より)。

    つまり、いじめを受けても教師に助けを求めない児童生徒の割合の方が大きいということになります。

    これについては、児童生徒の教師への信頼度などにより個人差はあるでしょう。普段から相談しやすい体制作りが重要であるということになります。

    アンケートで明らかになる割合が過半数であり。文科省の作成した「いじめ防止等に効果的な学校基本方針の例」では、「各学期に1回以上、無記名でいじめに特化したアンケートを行う」こととなっています(それを忠実に反映した学校いじめ防止基本方針はあまりないようです。だいたい年に2回とかのところが多いようです)。

    保護者への定期的なアンケート実施も必要と思われます

     

    いじめの被害者、加害者の割合

     

    日本での小学校から高校までのいじめ認知件数は平成30年度で年間約54万件となっていますが、これはのべ件数ですので、実際に被害を受けた児童生徒の割合はわかりません。


    アメリカでの年齢層が若干異なる4つの全国調査の結果(文献1)によると、National Crime Victimization Survey では、2011年に12歳から18歳の28%が学校でいじめを受けたことがあると回答しています。

    高校生を対象としたYouth Risk Behavior Surveyでは、2011年には20%の生徒が前年に学校の敷地内でいじめを受けたことがあると報告しています。

    The Health Behaviour in School-aged Childrenは、5年生から高校1年までの児童生徒を対象とし、2009~2010年には、28%の児童生徒が過去2カ月間に少なくとも1回学校でいじめを受けたことがあり、11%の児童生徒がこの期間に月に2~3回以上いじめを受けたことがあると報告しています。

    2歳から17歳までを対象とした養育者と児童生徒を対象とした全国電話調査では、13パーセントの子どもたちが身体的ないじめを受け、20パーセントの子どもたちが前年にいじめられたり、感情的ないじめを受けたりしたことがあることがわかりました。

    アメリカと日本では状況は異なるかもしれませんが、日本がアメリカと同じ状況であり、仮に年間のいじめ被害率が20%とすると、日本での年間いじめ発生件数は小学校から高校までの児童生徒数を1250万人とすると、少なくとも250万件と推計されることとなります。

    人種的問題などの背景の違いはありますが、潜在的ないじめ発生件数はもっと多い可能性があることに注意を要します。

    一方、いじめに関して、第一群を、他人をいじめているが、自分自身はいじめられていない群(被害者)、第二群を、いじめられているが、他の人をいじめていない群(加害者)、第三群を、自分自身がいじめられているだけでなく、他の児童生徒もいじめている群(被害者であり加害者でもある)とすると、いじめに月に 2~3 回以上関与していた小学3 年生から 高校3年生を対象とした研究では、第一群が全生徒の 13%(被害者)、第2群が4%(加害者)、第3群が3%(被害者であり加害者でもある)との調査結果が報告されています(文献1)。

    単なる加害者と同じくらいの割合で加害者かつ被害者も存在する可能性があることに注意を要します。

     

    いじめの態様

     

    どのようないじめが認知されているかについて、文科省平成30年児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査より引用すると、「冷やかしやからかい,悪口や脅し文句,嫌なことを言われる」が62.7%(いじめ全体に占める割合)、「仲間はずれ,集団による無視をされる」が13.6%、「軽くぶつかられたり,遊ぶふりをして叩かれたり,蹴られたりする」が21.4%、「ひどくぶつかられたり,叩かれたり,蹴られたりする」が5.5%、「金品をたかられる」が1.0%、「金品を隠されたり,盗まれたり,壊されたり,捨てられたりする」が5.5%、「嫌なことや恥ずかしいこと,危険なことをされたり,させられたりする」が7.8%、「パソコンや携帯電話等で,ひぼう・中傷や嫌なことをされる」が3.0%などとなっています。


    海外のデータでは、12-18歳におけるネットいじめ被害を受ける割合が生徒全体の9%(いじめに占める割合ではなく、生徒全体に占める割合)との報告もあり、悪い噂を流す(18%)、悪口(18%)に次いで3番目に多い態様であったとの報告(文献1)もあり、海外では生徒の10人に1人がネットいじめの被害を受けているとの報告(2014年)もあり注意を要します。

     

    いじめの加害者の心理と加害者のリスク

     

    いじめ加害者になる心理的背景としては、一般化は困難であるにしても、以下のような状況は想定すべきでしょう。

    加害者における家庭環境における問題や未熟な防衛機制の発動しやすい状況など、学校内外での抑圧された状況が、心理的な代償として、被害者をターゲットとするいじめにつながると理解できる場合があります。

    このあたりはいじめ加害者の保護者と面談の際、考慮すべき状況と思われます。

    またいじめ加害者のその後の経過として、中学時代にいじめ加害者となると、成人になってから3つ以上の犯罪歴を持つ可能性が4倍になることや、後に犯罪に巻き込まれるリスクが高いことがわかっています。

    また中学生でいじめ加害者となることは、その後の他人へのセクシュアル・ハラスメントやデート・バイオレンスの加害者となるリスクが高いことがわかっています(文献1)。


    このようなことから、被害者のみならず、加害者へのケアも重要であることがわかります。

    単なる加害者に対する注意や叱責、懲罰によるいじめの抑圧は、さらに加害者の抱える心理的問題を悪化させる可能性があり、問題行動の修正のための肯定的なモデルが提案されていないため、最小限の効果しかないと言われています(文献3)

     

    いじめへの対応について

     

    いじめにどう対応すべきか、文科省の「いじめ防止等に効果的な学校基本方針の例」によれば、
    *いじめられた生徒又はその保護者への対応
    ・ 生徒から,事実関係の聴き取りを行う。
    ・ 生徒や保護者に「最後まで守り抜くこと」や「秘密を守ること」をはっきりと伝える。
    ・ 生徒の個人情報の取扱い等,プライバシーには十分に留意する。
    ・ 事実確認のための聴き取りやアンケート等により判明した情報は,家庭訪問等で速やかに保護者に伝える(即日対応)。
    ・ 生徒にとって信頼できる友人や教職員,家族等と連携して支える。
    ・ 安心して学習に取り組むことができるよう,必要に応じて別室での学習を提案する。
    ・ 状況に応じて,スクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカーなどの協力を得る。
    ・ 謝罪や事後の行動観察の結果,いじめが解消したと思われる場合でも,見守りは継続する。
    * いじめた生徒への指導又はその保護者への助言
    ・ 生徒から事実関係の聴き取りを行う。
    ・ いじめとして認知した場合,組織で速やかに対応し,謝罪の指導を行う。
    ・ 聴き取った内容を速やかに保護者に連絡し,事実に対する保護者の理解を得る。
    ・ 保護者と連携した適切な対応ができるよう協力を求めるとともに,継続的な助言を行う。
    ・ 組織として毅然とした指導を行い,いじめは絶対に許されない行為であることを理解させる。
    ・ 生徒が抱える問題にも目を向け,いじめを繰り返さないよう継続的に指導・支援する。
    * いじめが起きた集団への働きかけ
    ・ 知らなかった生徒や傍観していた生徒に対しても,自分の問題として捉えるように指導する。
    ・ いじめをやめさせることはできなくても,誰かに知らせる勇気を持つよう伝える。
    ・ はやしたてたり,同調したりする行為は,いじめに加担する行為であることを理解させる。
    ・ 教育活動全体を通して,いじめは絶対に許されない行為であり,根絶しなければならないという態度を育む。

    などとなっています。


    実際にどのような対応がなされているかですが、文科省平成30年児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査によれば、「いじめられた児童生徒への特別な対応」(特別な対応と書いてありますので、上記のいじめられた生徒又はその保護者への対応以外の対応と思われます)としてはは「スクールカウンセラー等の相談員が継続的にカウンセリングを行う」が3.2%、「別室を提供したり,常時教職員が付くなどして心身の安全を確保」が4.0%、「緊急避難としての欠席」が0.2%、「学級担任や他の教職員等が家庭訪問を実施」が11.3%、「学級替え」が0.1%、「当該いじめについて,教育委員会と連携して対応」が2.9%、「児童相談所等の関係機関と連携した対応(サポートチームなども含む)」が0.3%など(複数回答可)となっています。

    続いて、「いじめる児童生徒への特別な対応」としては、「スクールカウンセラー等の相談員がカウンセリングを行う」が1.8%、「校長,教頭が指導」が4.8%、「別室指導」が11.3%、「学級替え」が0.1%、「退学・転学」が0.1%、「停学」が0.1%、「出席停止」は全国で1名(中学校1件)のみ、「自宅学習・自宅謹慎」(出席停止との違いがいまいちわかりませんが)が0.2%、「訓告」が0.1%、「保護者への報告」が45.6%、「いじめられた児童生徒やその保護者に対する謝罪の指導」が43.4%、「警察等の刑事司法機関等との連携」は0.2%、「児童相談所等の福祉機関等との連携」が0.2%、「病院等の医療機関等との連携」が0.1%、「地域の人材や団体等との連携」が0.1%などとなっています(0.1%で500件程度)。

     

    いじめに対する対応として、推奨されない方法が存在します。文献1によれば、いじめをした生徒を自動的に停学にするゼロ・トレランス・ポリシーは推奨されません。

    またいじめをする生徒を一緒にグループ化することは、攻撃性を高め、いじめを悪化させる可能性があります。

    また簡潔な集会や1日だけの啓発キャンペーンは、児童生徒に対する持続的な教育効果という点では、ほとんど効果がないと言われています。

    またいじめ対策としては、傍観者をいかに仲裁者ないしシェルターのような存在にするかが重要であるとの議論もあります(文献4)。

    これは教師の介入の契機をつくるため、およびたとえ中立的な存在であっても(友人とまでは言えなくても)、被害者を孤立させない仲間の存在があることにより、いじめによる心理的苦痛の軽減効果が大きいことを示唆する研究結果が存在していることによります。


    文献1によれば、オンライン実験により、オンラインの活動から排除された若者について、無作為に未知の仲間とのインスタント メッセージのやり取りを行う群と、孤独なコンピューター ゲームをプレイする群とに割り付けしたところ、心理的苦痛からの回復は、孤独なコンピュータゲームをプレイするよりも、未知の仲間と対話する機会を持っていた人のためにはるかに迅速であったことが報告されています。

    これらの知見は、中立的な社会的交流でさえも、いじめられた後の心理的苦痛の回復に有用である可能性があることを示唆するものです。

    したがって、教室における傍観者をいかに積極的に関わりうる存在にするかは重要といえます。

    教師らの介入により、どの程度いじめの軽減効果があるかについては、文献2によると、いじめ被害者223名へのアンケートにより、7割近い児童生徒がいじめがなくなった(29%)ないし減少した(39%)と報告しています。

    悪化したと答えたのは全体の7.6%でした。

    このように教師の介入により大半が改善していることから、まずはいじめを教師が知るところとし、教師が介入を行うことが重要と言えます。


    また教師はいじめを認知した場合には速やかに介入することが求められます。

    文献3によれば、教師がいじめを無視したり矮小化したりする場合、あるいは教師の介入の欠如を生徒がいじめを暗黙のうちに受け入れていると解釈する場合、攻撃的な行動が増える可能性が高くなるとされています。

    また被害を受けた生徒は今後いじめを報告することを躊躇し、いじめを観察した生徒は介入したり助けを求めたりする意欲が減退すると感じることがあります。

    教師が介入して、教師はいじめは受け入れられないことを伝えると、その結果、生徒はこの種の行動を正当化しようとする傾向が少なくなります。

    また、いじめは放置すればするほどエスカレートする可能性も指摘されています(文献4)。早期介入が重要といえます。

    教師の介入手法としては大まかに3つの戦略があるとされます。

    第一は,加害者に対する懲罰戦略(指導,叱責、除名など)です。

    しかし先に述べたように、この方法は社会的行動の修正のための肯定的なモデルが提案されないと、効果が乏しいものとなります。また加害者の心理的ケア(特に未熟な防衛機制が関与していると考えうる場合)が置き去りになってしまうと、根本的問題の解決にはなりません。

    第二の戦略は、被害者や加害者に向けられた個別の支援であり、心理的に支援し、被害を受けた生徒への共感を高めることです。

    第三の戦略は、生徒間の協力を促進し、保護者や他の専門家の支援を得て、クラスのすべての生徒を巻き込む支援協力的介入になります。

    文科省の「いじめ防止等に効果的な学校基本方針の例」では、加害者の保護者とも連携し、より効果的な加害者への教育的介入を模索する方向性が提示してあります。

    この際、加害者の保護者の加害生徒への関わり方、家庭環境などが加害行為の背景要因として存在していないかをアセスメントすることは重要と思われます。実際には平成30年の文科省の報告では、先にみたように、加害者の保護者に対して報告などを行ったケースは全体の45.6%とされており、保護者との連携は半数以下となっている現状があり、今後の課題と思われます。

    いじめが集団で行われている場合の対処は困難度が高いと言われていますが、以下のような方法が提案されています(文献2)

    第1にサポートグループ法とよばれる方法があります。

    これは、まず被害者にインタビューを行い、いじめの影響を受けた経緯や加害者が誰であるかなどの詳細な知識を収集します。

    その後、この知識を加害者らと共有し、被害者をサポートし、加害者にも同じように影響を与えることを期待されている生徒を含む会議で共有し、加害者集団の問題意識の自覚と行動変容を期待するものです。

    第2に共有懸念法(Method of Shared Concern)、またはPikas法として知られる方法があります。

    この方法では、加害者である疑いのある生徒との一対一の面談に始まり、ついで被害者との面談が行われ、その後、加害者である疑いのあるすべての生徒との面談が行われ、話し合いによるいじめ解決策となりうる積極的な提案を考案し、可能であれば、被害者を含む最終的なグループ面談で解決策について合意するという包括的なアプローチになります。

     

    いじめ防止対策推進法の施行に伴い、年々認知されるいじめ件数が増加し、現場の先生方のご負担は増えていきますが、先生方の心身の健康を保持しながら、包括的かつ効果的ないじめ対策が進むことが期待されます。

     

    引用文献
    1)National Research Council 2014. Building Capacity to Reduce Bullying: Workshop Summary. Washington, DC: The National Academies Press. https://doi.org/10.17226/18762.
    2)Int. J. Environ. Res. Public Health 2020, 17, 2338; doi:10.3390/ijerph17072338
    3)De Luca L, Nocentini A and Menesini E (2019) The Teacher’s Role in Preventing Bullying. Front. Psychol. 10:1830. doi: 10.3389/fpsyg.2019.01830
    4)荻上 チキ. いじめを生む教室 子どもを守るために知っておきたいデータと知識 (PHP新書). 株式会社PHP研究所.

  • 腸内細菌の話題

    基礎研究レベルの話ですので、こんなお話もあるのかくらいの感じでみてください。


    中枢神経疾患と腸内細菌叢の関係について2019年にNature,Cellなどの主要雑誌に論文が掲載され(文献1、文献3)、つい先日の5月にもNature誌に腸内細菌叢の論文(文献2)が掲載されたので、これはちょっと注目かもしれないということでとりあげてみました。


    まず2019年のNature論文(文献1)について触れてみます。

    この論文では、家族性ALSにみられる変異SOD1蛋白質を発現するように遺伝子を組みこんだトランスジェニックマウスを作成し、SOD1変異ALSモデルマウス(仕様上イタリックにできないため、遺伝子表記をそのままにしています)の病態進行と腸内細菌叢の関係性が調べられました。


    SOD1遺伝子変異によるALSの頻度は家族性ALS(ALS全体の5-10%程度と言われている)の中のさらに20%程度と言われています。


    Blacherらはまず最初に、SOD1変異ALSモデルマウスの腸内細菌叢を各種抗菌薬を投与することにより除去しました。その結果病態進行が増悪しました。


    続いて、健常マウスとALSモデルマウスの腸内細菌叢の構成細菌が調べられました。

    その結果、細菌の種類が異なることが明らかになりました。

    11種類の細菌がモデルマウスの病態進行に影響を及ぼしうることが同定されました。

    続いて、11種類の細菌を1つずつ腸内細菌叢除去モデルマウスに投与したところ、1つの細菌(Akkermansia muciniphila)が病態進行遅延をもたらしうることがわかりました。

    一方、Ruminococcus torquesとParabacteroides distasonis は病態悪化をもたらしました。

    Akkermansia muciniphilaの産生するニコチンアミドが中枢神経に到達し、保護的な作用を発揮するらしいことがわかりました。


    研究者らはさらに、37名のALS患者について、便の遺伝子解析を行うことで腸内細菌叢を調べ、29名の健常者と比較しました。

    その結果、患者群と健常群とで腸内細菌叢の構成が異なることがわかりました。ALS患者においてはニコチンアミドを産生する腸内細菌が少ないことがわかりました。

    以上が昨年のNatureでの報告になります。

    今回のNature論文(文献2)では家族性ALSにおいて最も頻度が高い(家族性ALSの30-40%程度を占めるといわれている)C9orf72遺伝子に関連した報告です。

    家族性ALSにおけるC9orf72遺伝子変異とは、第1イントロン領域のGGGGCCの6塩基繰り返し配列が過剰伸長し、この領域由来のリピート関連非ATG依存性翻訳(RAN翻訳:開始コドンを介さない非定型的な翻訳形式)によるジペプチド繰り返し転写産物(理屈では5種類のジペプチド繰り返し配列蛋白質:poly-グリシン-プロリン(GP)、poly-グリシンーアラニン(GA)、poly-グリシン-アルギニン(GR)、poly-プロリンーアルギニン(PR)、poly-プロリンーアラニン(PA))が生じるものです。

    これらのうち特にpoly-GR,poly-PRの細胞毒性が注目されています。

    TDP-43蛋白症の病理を呈することは他のALSと共通になります。

    ハーバード大学のBurberryらは、C9orf72遺伝子を改変し、C9orf72変異ALSモデルマウスを作成しました。

    これらモデルマウスでは免疫系の過剰応答がみられ、脳内炎症の亢進と運動機能の低下、生存期間の短縮などがみられました。 

    一方で、Broad Instituteでの全く同じ遺伝子変異を有するモデルマウスにおいては、生存期間の延長など正反対の結果が報告されており、環境要因が生存期間に影響することを示唆する結果が得られました。


    環境要因が何かを調べるため、ハーバードの研究室とBroad Instituteの研究室との細菌やウイルスの環境の違いが調べられました。

    その結果、murine notovirusというウイルスと、Pasteurella pneumotropica, Tritrichomonas muris, Helicobacterと呼ばれる細菌がハーバードの研究室で多く存在することがわかりました。

    ハーバードの研究室のモデルマウスに広域スペクトラムの抗菌薬を投与し、細菌を除去するか、もしくはBroad Instituteのモデルマウスより採取した糞便移植を行ったところ、ハーバードのモデルマウスの炎症反応が減弱しました。

    研究者らは、細菌がどのように炎症をもたらすのかを調べるため、腸内細菌と共にマクロファージを単離しました。

    その結果、ハーバードのマウスより採取され、腸内細菌と共に培養されたマクロファージは、Broad Instituteのマウスより採取された腸内細菌よりも、有意に多くの炎症促進性物質を放出することがわかりました。

    以上の結果は、C9orf72蛋白質機能が低下すると、環境、特に腸内細菌叢が自己免疫、神経炎症、運動障害などの修飾因子となりうることを示唆するものといえます。

    この結果からわかるのは、もし環境的に脆弱な一部の人々がいるとすると、腸内細菌の力もバカにならない可能性があるということでしょうか。

     

    2019年のCell誌に掲載されたのは、自閉スペクトラム症患者由来の腸内細菌叢を無菌マウスに移植したところ、健常者からの腸内細菌叢を移植したマウスと比較してASD様行動を多く示したという報告になります(文献3)


    というわけで、ALS(NCT03766321)、パーキンソン病(NCT03876327)などの神経変性疾患のみならず、精神疾患に対しても、糞便移植の臨床試験が実施中ないし予定されている昨今の状況です。


    例えば、摂食障害(NCT03928808:第1相)、てんかん( NCT02889627:第2/3相)、双極性うつ病(NCT03279224:第2/3相)、統合失調症のうつ状態(NCT04001439)、自閉症スペクトラム(NCT03426826:第1相、NCT03408886:第2相、NCT03829878:第2相、 NCT04182633:第2相)、アルツハイマー型認知症(NCT03998423:第1相)など各種疾患に対する臨床試験が世界中で動いています。


    ここでは詳細に触れませんが、アリゾナ大学で行われた18名の自閉症に対する糞便移植の第1相試験の長期経過については驚くべき結果が報告されています(文献4)。オープン試験なので本当かどうかは全くわかりませんが。果たして無作為割付二重盲検試験の結果はどうでるでしょうか?

     

    引用文献
    1)Eran Blacher et al., Nature volume 572, pages 474–480(2019)
    2)Burberry, A., Wells, M.F., Limone, F. et al. C9orf72 suppresses systemic and neural inflammation induced by gut bacteria. Nature (2020). https://doi.org/10.1038/s41586-020-2288-7
    3)Cell. 2019 May 30;177(6):1600-1618.e17.
    4)Sci Rep . 2019 Apr 9;9(1):5821

  • COVID-19医療従事者のメンタルヘルスへの影響(予備的な結果)

    アブストラクトだけみて、重要な論文だと思い、以下の前文を書いてから翻訳してみましたが、論文の問題点が一部みつかって、尻すぼみになってしまいました。しかしながら重要なメッセージは含まれていますので、予備的な結果として残しておきます。


    中国湖北省でCOVID-19診療に従事した医療関係者のメンタルヘルスに関する論文が4月29日にAmerican Journal of Psychiatry誌のLetter to the Editorにacceptされ公表されました。

    COVID-19パンデミックが医療従事者のメンタルヘルスにどのような影響を与えたのか、メンタルヘルスが病的といえる水準にどの程度の割合の医療従事者が至ったのかがわかります。


    この報告をみてわかることは、COVID-19診療に従事するだけでも、これほどの精神的影響がありうることであるのに、さらにそのうえ、一部報道でみられたようなCOVID-19医療従事者へ差別的態度が向けられるということは、第一線で診療に従事し、心身ともに疲弊する医療従事者をさらに精神的に追い込む行為であり、社会的に許されることではないということです。

    以下その概略となります

     

    調査対象となったのは、COVID-19疑い症例ないし確定症例を収容する感染症指定病院に勤務する医療従事者で、オンラインで調査が行われました。

    湖北省の感染症指定病院に勤務する2316名の看護師、医師が調査に応じました。

    このうち直接COVID-19患者の治療やケアを担当する最前線の医療従事者は885名、その他の医療従事者は1431名でした。

    調査が行われたのは2020年1月29日から2月11日(中国では1月29日時点で1日当たりの国内感染者数は1000名を超え、ロックダウンは1月23日から開始されていました)

     

    主要評価項目は、9-item Patient Health Questionnaire[PHQ-9]が6点以上で有意なうつ症状有り、7-item Generalized Anxiety Disorder(GAD-7)で6点以上を有意な不安症状有り、7-item Insomnia Severity Index[ISI]で9点以上を有意な不眠症状有り、22-item Impact of Event Scale-Revised[IES-R]で10点以上を有意なストレス症状有りとされました。


    (コメント:感度、特異度の観点から、PHQ-9は10点以上、GAD-7は10点以上、ISIは10点以上を臨床的に有意とする場合が多いので、PHQ-9とGAD-7については拾い上げすぎている感があります。実際にネットで閲覧可能なPHQ-9などをみていただけるとわかりますが。この論文のカットオフ値を適応した場合、必ずしも臨床的に病的なレベルとはいえそうにないことがすぐにわかると思います。なぜこのカットオフ値を用いたのか不明ですし、論文中に異なるカットオフ値を適応した場合の割合なども記載されていればよかったのですが、残念ながらそのようなデータもなく、この報告の数値だけが独り歩きしないことを願います)

     

    この論文のカットオフ値を用いた場合、うつ症状を有した割合は全体の46.9%、不安症状は全体の41.1%、不眠は全体の32%、ストレスは全体の69.1%との結果になりました。

    最前線の医療従事者はこれらの数値よりも有意に高かった(具体的な数値の記載はありませんでした)とのことです。

     

    一方で、医療従事者の中で専門的なサポートが得られたのは19.2%のみでした。

    心理的なサポートを受けることができた医療従事者は、有意に不安、うつ、不眠、ストレスがカットオフ値を超える割合が少なかったということです。


    さらに。41.5%の回答者が心理専門職によるサポートや支援を求めており、64.9%の回答者がメンタルヘルスサービスの利用について興味を示したとのことです。(コメント:このデータは重要な結果と思われます。実際に日本の医療現場でも同じようなことが言えるのではないでしょうか)

     

    論文の最後では2003年のSARSアウトブレイクの際の出来事にも触れてあり、アウトブレイク後1年以上を経過してもなお、心理的苦痛を訴えた医療従事者が存在していたことが報告されており、長期的視野に立った心理的サポートの重要性が説かれています。

     

    以上となりますが、ごく短期間で出版された報告なため、データが少ないこと(回答者の年齢や性別、有効回答率などの基礎的なデータもない)と、なぜかカットオフ値が標準的ではないことが悔やまれます。

    今後日本でも同様の調査、報告が行われ、実際の現場での介入がなされることが期待されます(大学などから遠隔システムでの協力要請があれば、協力したいと思います)

     

    引用文献
    Lin K, Yang BX, Luo D, et al: The Mental Health Effects of COVID-19 on Health Care Providers in China
    Am J Psychiatry | Letter to the Editor
    Accepted 29 April 2020. DOI: 10.1176/appi.ajp.2020.20040374

  • 再始動

    印象的な出来事があったので、書き留めておこうと思います。


    ALS界隈では有名なNeuralstem社というベンチャー企業がありました。

    2015年当時、ALS当事者の間ではNeuralstem社か、Brainstorm社か、というほど名の知れたベンチャー企業でした。

     

    これらの2つのベンチャー企業はALSに対する再生医療、幹細胞移植における先進的な取り組みで知られていました。

     

    再生医療というとなんだかぼんやりしたイメージですが、wikipediaによると「人体の組織が欠損した場合に体が持っている自己修復力を上手く引き出して、その機能を回復させる医学分野」だそうです。

    ALSでは幹細胞移植がこれにあたります。

     

    いちはやくALSに対する実用的な幹細胞移植の臨床試験を開始したのがNeuralstem社とBrainstorm社でした。

     

    ひとえに幹細胞移植といっても、様々なタイプがあります。

     

    臨床試験で報告されているもので一番多いのは中胚葉組織由来の幹細胞です。

    中胚葉由来の組織としては、血液、脂肪組織などがあり、骨髄より採取された間葉系幹細胞や脂肪組織由来の間葉系幹細胞などがALSに対する臨床試験に用いられています。

    この中胚葉由来の間葉系幹細胞というのが曲者で、てっきり中胚葉由来なので、外胚葉系の神経細胞やグリア(グリア系細胞の中で唯一ミクログリアのみが中胚葉由来ですが)細胞には分化できないだろう。と思っていたら、なんとそんなことはない、というのが現在の見解のようです。

    島根大学脳神経内科の長井教授が報告1)されたように、神経栄養因子を分泌するようにもできるし、なんと神経系細胞にも分化できるようです2)

    実際に移植した生体内で目標とする細胞に分化してくれるかどうかはまた別の問題ですが、驚きの多能性を有しているということのようです。

    このような中胚葉由来の間葉系幹細胞を用いることの大きなメリットは自家移植が可能なことです。

    自身の組織から幹細胞を採取し、それを治療的に用いることができ、同種移植のように免疫抑制剤は必要ではありません。

    Brainstorm社のNurOwn細胞はこの方法を用いており、患者自身の骨髄より採取した幹細胞をマル秘の特許技術により神経栄養因子を分泌するように分化誘導し移植する方法になります。

    一方で、外胚葉由来の幹細胞を移植する方法もあります。

    自身の神経組織から神経幹細胞を採取することは実用的ではありませんので、胎児由来の神経幹細胞を使用する方法がしばしば用いられています(倫理的問題はより大きなものとなりますが)。

    また同種移植になるため移植後に免疫抑制剤の投与を必要とします。

    Neuralstem社のNSI-566がこれにあたります。NSI-566についてはその安全性もやや気になるところです。

    胎児由来神経幹細胞移植は腫瘍化するリスクも報告されています3)

    移植の際の投与経路も様々です。静注、くも膜下腔内投与、脊髄内投与などがあります。


    このうち静注については注意が必要です。

    2019年には脊髄損傷に対して自家骨髄幹細胞移植(静注)である、間葉系幹細胞のステミラック注が条件付承認されましたが、これについては批判的な意見もあり、Nature誌でも痛烈に批判されましたし4)、島根大学の松崎教授が解説5)されたように、動物実験では静注された間葉系幹細胞は、新鮮なものはまだよくても、培養を行ったものは、大半が肺の毛細血管にひっかかり、遊走能を失い、ターゲットとする組織には到達しなかったという問題点もあります。

    現在ALSに対しては、Mayoクリニックが自家脂肪組織由来間葉系幹細胞移植の臨床試験を行っていますが、これはきちんと投与経路がくも膜下腔内投与となっています。

    くも膜下腔内投与は、カテーテルをくも膜下腔に挿入し(ここがやや侵襲的ではありますが)、直接くも膜下腔内に幹細胞を移植する方法になります。

    現在第3相試験まで進んでいるBrainstorm社のNurOwn細胞はこの投与経路となります。

    一方で脊髄内投与は最も侵襲性の高い治療手技となります。

    患者は手術室で椎弓切除術を受け、脊髄を目視下とし、脊髄実質に直接幹細胞を注入する方法になります。この方法をとるのがNeuralstem社のNSI-566となります。

    Brainstorm社もNeuralstem社も、2010年頃からALSに対する幹細胞移植の第1相試験を開始しています。


    Brainstorm社はイスラエル Hadassah Medical Organizationにて2010年1月から第1相試験を開始(NCT01051882)し、Neuralstem社は2011年5月からEmory大学にて第1相試験(NCT01348451)を開始しました。

     

    第1相試験での安全性確認後、Brainstorm社は2013年12月に第2相試験を開始しました(NCT02017912)。

    この第2相試験の結果が論文としてpublishされたのは、去年12月であり、ごく最近のことです6)

    結果の概要ですが、この第2相試験では、48名のALS患者がエントリーし、36名がNurOwn細胞を投与(くも膜下腔内および筋肉内に単回投与)され、12名がプラセボを投与されました。


    患者は投与前3ヶ月間および投与後6ヶ月間症状経過観察されました。

    主要評価項目であるALSFRS-Rの変化率は治療前後でNurOwn投与群とプラセボ群とで有意差を認めませんでした。

    しかしながらALSFRS-Rの変化量が少なくとも1.5点以上改善した群を反応群と定義すると、治療4週後の反応率はNurOwn投与群では47%でプラセボ群では9%であり有意差を認めました。

    また治療前のALSFRS-Rの変化量が2点/月以上の急速進行群においては、4週後のNurOwn投与群の反応率は80%に対してプラセボでは0%、12週後の反応率はNurOwn群では53%、プラセボ群では0%といずれも有意差を認めました。

    治療後の時間経過と共に反応率が低下していることについて、追加投与の必要性を示唆するものかもしれないと考察されています。

    また髄液中MCP-1(monocyte chemoattractant protein-1)濃度(免疫細胞浸潤と神経炎症の指標)については、NurOwn投与後に有意な減少がみられました。

    プラセボ群では投与前後での有意差はありませんでした。このことはMCP-1がALSのバイオマーカーとなりうる可能性を示唆するものと考察されました。

    この結果を受けて、FDAはNurOwn細胞の第3相試験の実施を承認しました。

    このように、主要評価項目において有意な結果が得られず、副次的な評価項目のみで有意差が得られても第3相試験が実施されることはしばしばみられることです(そして残念ながら多くが第3相試験でnegativeとなる)。

    現在、NurOwn細胞については、200名のALS患者を対象とした第3相試験が実施中(NCT03280056)であり、2020年中に結果が判明するものと期待されています。

    もし有効性が確認されれば大きなニュースになることと思われます。

    Brainstorm社のNurOwn細胞については、第1相試験の開始から足掛け10年かかっていますが、比較的順調に進捗している印象があります。

    一方で、Neuralstem社のNSI-566はどうでしょうか。

    第1相試験で安全性が確認されたのち、第2相試験の実施まではスムーズでした。

    2012年12月に第2相試験(NCT01730716)が開始されています。

    結果が査読付き論文にpublishされたのは2016年でしたので、NurOwnよりも早く公表されたことになります7)

    この第2相試験は、オープン試験であり、15名のALS患者が対象となりました。

    結果の概略ですが、発症2年以内の患者がエントリーされ、頸髄のC3からC5の間の領域に両側性のNSI-566細胞の単回移植を受けました。また最後の3名では腰髄領域にも移植を受けました。

    主要評価項目は忍容可能な最大用量を調べること(安全性の評価)でした。

    移植後9ヶ月間の経過観察期間において、最も高頻度に報告された副作用は、手術に伴う一過性の疼痛と、併用された免疫抑制剤(同種移植のため、免疫抑制剤が必要)に起因したものでした。

    2名では重大な合併症を併発しました。1名では脊髄腫脹がみられ、疼痛と部分的な麻痺が生じました。

    またもう1名では脊髄損傷に起因した疼痛が出現しました。

    副次的評価項目である、病態進行の程度については、過去の臨床試験のプラセボ群の臨床経過(historical placebo)と比較して、有意な進行遅延は認めませんでした。しかし、被検者が少ないため、有効性に関する結論を出すのは困難とのことでした。


    2016年にこの報告が出てから、Neuralstem社の動向がぱったりと途絶えてしまいました。

    一時はもう開発を諦めてしまったのかと思っていました。

    第3相試験の実施には数十から数百億円程度かかると言われており、ベンチャー企業にとっては大変な負担となります。

    うまく立ち回ると途中で巨大な製薬会社に買収されたり、提携するなどして資金面での問題があまりなくなる場合もあるのですが、Neuralstem社については、そのようなニュースもなく、数年間新たな動きもないため、最近では忘れかけられていました。


    しかし、2019年11月、復活ののろしがあがります。なんと2019年11月にNeuralstem社はSeneca biopharma社と社名を変更し、2020年3月にはNSI-566の第3相試験の実施に向けて、FDAと協議したとのpress releaseが出されました。

    名前がかわった理由はよくわかりません。新たな資本が注入されたとかのニュースも見当たりません。


    第3相試験の実施にあたっては、まず製薬会社はIND(Investigational New Drug Exemption:新薬臨床試験開始届)をFDAに提出し、審査に合格する必要があります。そのINDを提出するための準備としての協議をFDAと行ったそうです。


    名前が変わった理由ですが、Seneca社のpress releaseによれば、「今回の社名変更は、これまでの神経疾患関連の研究に重点を置いていた組織から、有望な新科学を発見し、バイオ医薬品のパイプラインを開発し、それらの製品を商業化することに焦点を当て、同時に株主の皆様に価値を提供することを目的とした新たな哲学を表しています」とCEOが語っています。なんだかよくわからないコメントですが、ベンチャー企業にとっては株主の存在は重要です。社名変更は会社哲学の変更ということでしょうか。


    第3相臨床試験の実施はまだまだこれから、というところですが、ALSに対する神経幹細胞移植の臨床試験が再開の動きをみせたことは歓迎すべきことと思います。

     

    1)Nagai A. et al. PLoS One. 2007 Dec 5;2(12):e1272.
    2)Rosa Hernández et al. Biomol Ther 28(1), 34-44 (2020)
    3)PLoS Med. 2009 Feb 17;6(2):e1000029. 
    4)Nature. 2019 Jan;565(7741):535-536.
    5)松崎有未 島根医学 vol.39.2 2019.8 1-6
    6)Neurology. 2019 Dec 10;93(24):e2294-e2305
    7)Neurology. 2016 Jul 26;87(4):392-400.

     

     

     

     

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