その他

  • いろいろ心配はされていますが

    ・昨日のaducanumabの承認を受けて、nature誌(doi: https://doi.org/10.1038/d41586-021-01546-2)もscience誌(https://www.sciencemag.org/news/2021/06/alzheimer-s-drug-approved-despite-doubts-about-effectiveness)もどちらかというと批判的な記事を公表しています。

    ・最も批判の対象となっているのは、その有効性についての根拠が乏しい点と、脳内アミロイドβの減少というアウトカムにより薬剤承認されてしまったため、他の製薬会社もこのような本来の治療効果ではない指標により、薬剤承認を目指すようになるのではないかという懸念です。

    ・nature誌の記事を引用すると”Biogen says that it will charge around US$56,000 per year per person for the drug. If 5% of the United States’ 6 million Alzheimer’s patients receive the treatment, the drug’s revenue would reach nearly $17 billion per year.”

    ということで、全米600万人のアルツハイマー型認知症患者の5%がaducanumabを投与された場合、biogen社の利益は170億ドル(現在のレートで約1兆8600億円)になるとのことです

    ・また同記事では、Penn Memory CenterのJason Karlawish氏の発現を引用し、” Alzheimer’s patients might start dropping out of ongoing clinical trials to take aducanumab. Others worry that drug developers might abandon other targets.”とのことで、さらに別の研究者からの発言として、研究を10-20年後退させることになるのでは(他の治療ターゲットについての創薬が衰退することにより)との憂慮も掲載されていました。

    ・高額な薬ゆえに日本で保険収載された場合、日本の保険制度が崩壊するのではないかとの懸念も出ているようです。願わくば安価で提供されるといいのですが。その問題はさておき、私の個人的意見では、研究が後退するのではという点は杞憂かと思います。Biogen社に巨額の利益がもたらされた場合(それは当然多くの患者に良好なアウトカムをもたらした結果であるべきですが)、中枢神経疾患における他の治療対象をターゲットとした創薬も大きく進展する可能性があるためです。

    ・Biogen社では現在、アルツハイマー型認知症以外の神経変性疾患に対する多くの治療薬候補が同社のパイプラインを走っており、特にALSに対するアンチセンス・オリゴヌクレオチド製剤については、SOD1変異家族性ALSに対するtofersenの第3相試験、C9orf72遺伝子変異ALSに対するBIIB078(第1相)、ataxin-2 mRNAをターゲットにしたBIIB105(第1相)など他社の追随を許さない位置にいます(これら薬剤を開発したベンチャー企業を買収してきたためですが)。

    ・その他XPO1阻害薬であるBIIB100(第1相)など、細胞内封入体が特徴の神経変性疾患に対する創薬も積極的に取り組んでいるため、同社の研究資金が増え、αシヌクレイン(レビー小体型認知症、パーキンソン病(BIIB054、BIIB094)、多系統萎縮症(BIIB101))、TDP-43(ALS/FTLD)(BIIB105、BIIB100)、タウ(アルツハイマー、進行性核上性麻痺、皮質基底核変性症)など(タウオパチ―については一昨年進行性核上性麻痺に対するBIIB092がnegative resultとなり、難しいところのようですが)、この度のaducanumabなど細胞外アミロイドβを対象とした創薬のみならず、より難易度の高い細胞内封入体を特徴とする神経変性疾患に対する創薬が大いに進展することが期待されます。

  • これは驚いた

    ・つい1時間前ですが、biogenとエーザイの開発したaducanumabがFDAにより条件付き承認を得たとの衝撃的ニュースが世界中を駆け巡りました。かなり驚きました。

    ・FDAからのpress releaseは以下となります

    FDA’s Decision to Approve New Treatment for Alzheimer’s Disease | FDA

    ・アルツハイマー型認知症に対する承認薬剤としては18年ぶり?の新規作用機序による薬剤となります

    ・ただし今回の承認は条件付き承認であり、Acceraleted Approval pathwayによるもので、臨床的効果に基づく承認ではなく、アミロイドβプラークを減少させることができるという客観的事実から、臨床的有益性を発揮することが期待できそうだということでの承認のようです。ですので、上市後の第4相試験により、臨床効果が検証され、その結果によっては販売中止もありうるようです。

    ・なぜ驚いたかというと、2019年3月にaducanumabの第3相試験中止のニュースが流れた際に公表された、2つの第3相試験(ENGAGE試験、EMERGE試験)の結果において、主要評価項目であるCDR-SBの変化量が、全体としてあまりすっきりせず、例えば対象となる患者群が異なるにしても、ドネペジルでのCDR-SBの変化についての結果(Tariot PN et al ,J Am Geriatr Soc. 2001 Dec;49(12):1590-9.)と比べても、当初6か月間の治療効果について、その差異(ドネペジルではほぼベースラインから変化していない)が明確だったからです。FDA Advisory Committeeも、11人中10人(1人は不明)がEMERGE試験の結果について否定的見解を述べたとも報道され、かなり承認の雲行きが怪しい状態でした。

    ・1年やそこらの期間では、Aβプラーク除去による治療効果ははっきりしないのかもしれません。少なくとも短期的に劇的によくなる、という薬ではなさそうです。

    ・disease modifyingという観点から、ENGAGE試験とEMERGE試験では試験期間が72週間でしたが、さらに2年、3年とみていけば、進行停止が得られるのでしょうか。

    ・結論が得られるのは数年後になりそうで、実際にメリットがあれば素晴らしいことと思います

    ・1つ夢のある方向性があるとすれば、アミロイドβの蓄積自体はアルツハイマー型認知症の発症15年以上前から既に始まっていると言われており、この超早期の段階で、健診などで脳内Aβの蓄積をスクリーニングし、aducanumabを予防的投与することにより、将来のアルツハイマー型認知症の発症が防げるとすれば、それはそれで素晴らしい方向性と言えると思います。今後の進展が期待されるところです。

  • この発想はすごい

    ・セガのJUDGE EYESは木村拓哉が主演でストーリーなどとてもよくできていて、YouTubeのゲーム配信に思わず見入ってしまいました。もはやゲームとは思えないような内容ですが、ゲーム中にアドデック9という夢のアルツハイマー型認知症治療薬が出現します。作用機序としては細胞の自食作用(オートファジー)を活性化してアミロイドβを分解する薬と説明されています。少し詳しい人はここでわからなくなると思うのですが、そもそもアミロイドβの蓄積は細胞外なので、細胞内蛋白分解機構である自食作用ではアミロイドβは分解できないのではないかと思ってしまいます。それともエンドサイトーシスで取り込んで分解するのでしょうか。細かいことを言えばオートファジーは非選択的な蛋白質分解機構であり、特定の蛋白質の分解を担うものではないので、アミロイドβだけを対象にするのは難しそうだし、オートファジーの中でも特定の蛋白質を対象とする機構である、選択的オートファジーについては、どうやら液滴状態の流動性が高い蛋白質については分解できるけど、アミロイドβなどの凝集体になっちゃったものは分解できないのではないか(Yamasaki et al. Mol Cell. 2020 Mar 19;77(6):1163-1175)とか、いろいろあって、結局自食作用でアドデック9の作用機序を説明するのは行き詰ってしまうわけです。ちなみにこの自食作用については2016年の大隈良典先生のノーベル生理学・医学賞が思い浮かびますが、オートファゴソーム形成の端緒となる隔離膜がどのように出現し、どのように膜成分が供給されるのかはいまのところわかっていないということで、まだまだわからないことが多い、とても面白い研究分野といえそうです。

    ・ALSの創薬においても、自食作用の亢進を図り治療的効果を期待する試みはいくつもあります。まずwithaferin-AはNF-κβ拮抗薬であり、自食作用を誘発することが基礎研究で言われています。また天然糖分子であるトレハロースも自食作用を活性化することが知られており、現在第2b/3相試験が行われています。また過去に第1/2相試験の行われた乳癌治療薬のタモキシフェンも自食作用を亢進させると言われています。現在第3相試験の行われているibudilast(ケタス)もその作用機序に自食作用が一部関与していると言われていますし、コルヒチンも自食作用に関連した蛋白質の誘導が関与しているようでした。他にもエストロゲン類似物質のRaloxifene、抗ヒスタミン薬のClemastineなども自食作用を亢進させることが基礎実験では言われているようです。まだまだいろいろありますが、多くの神経変性疾患において病態の中核をなすと考えられている細胞内異常蛋白質の蓄積を何とかしようという多くの挑戦が続いています。

    ・細胞内の異常蛋白質を除去するもう1つのメカニズムがユビキチン-プロテアソーム系による蛋白質分解機構です。こちらはオートファジーと異なり選択的な蛋白質分解除去機構になります。蛋白質が翻訳されると、シャペロンと呼ばれる蛋白質が正常な折り畳み構造になるように補助します。どうやら、生成した蛋白質のすべてが自ら正常な折り畳み構造をとることができるわけではなく、およそ10-15%ほどは正常な折り畳み構造をとるためにシャペロンの介添えを必要とするようです(Cell 90 (3): 491–500)。シャペロンの努力にも関わらず、折り畳み異常が是正できない場合には、シャペロンと折り畳み異常蛋白質の複合体がユビキチンリガーゼと呼ばれる、異常蛋白質をユビキチン化する酵素へと結合し、異常蛋白質のユビキチン化を媒介することとなります。ユビキチン化した折り畳み異常蛋白質はプロテアソームと結合し、分解が開始されます。アドデック9もユビキチンープロテアソーム経路を活性化して、リン酸化タウの凝集体(神経原線維変化)を除去するというふうにしていれば、つっこみどころがなかったかもしれません。

    ・今回、この記事を書くきっかけとなったのは、2021年4月29日に開催された1st Annual MDA Insight in Research Investor Summit for Neuromuscular Diseaseにおいて、バイオベンチャーのSOLA Biosciences社が興味深い報告を行ったことによります。同社が開発中のALS治療薬候補はSOL-257と呼ばれる遺伝子治療薬なのですが、遺伝子治療薬と聞いて、なんとなく、異常蛋白質の生成を阻害するmicroRNAを注入するとか、神経栄養因子を産生するプラスミドを注入するとか、そんなよくある系統の薬なのかなあと思ったら、全く新しい作用機序で、その発想に驚きました。将来への期待を感じさせるものです。

    ・SOLA社のホームページによると、SOL-257の作用機序は、まずアデノ随伴ウイルスベクターを用いて細胞内にTJP(Targeting J-domain Protein)遺伝子を注入し、発現したTJP蛋白質は、ターゲットとなる折り畳み異常を呈した蛋白質を特異的に認識し、結合します。さらにTJP蛋白質はJ-domainと呼ばれるシャペロン(Hsp70)に認識される領域を有しており、これにより折り畳み異常蛋白質がシャペロンに認識され、構造の正常化ないしユビキチン化へのプロセスが促進されることとなります。この発想の素晴らしい点は遺伝子発現をブロックしたり、酵素活性を変化させるなどのいろいろと副作用の起こりそうな機序を用いず、内因性機構を活用し、異常蛋白質の除去を目指している点です。ちなみにモデルマウスの実験では生存期間の延長効果が確認できたとのことで、今後第1相試験に移行することが期待されています。SOLA社のCEOは日本人の方のようです。うまくいくといいなと思います。

  • guanabenzはどうか

    ・第2相試験は大体100人未満の規模のことが多いし、それで有効性に関する指標について対照群と統計的な有意差が出たからといって、まったく信憑性はないですし(第3相でひっくり返ることも多い)、主要評価項目も有効性ではなくて、副作用とかバイオマーカとかに設定してあることもあって、有効性に関する結果が統計的に有意なものではなくても、第3相試験に進むことはままあるのですが、それでも有効性に関する指標について対照群に対して有意差が出たりすると、期待してしまうものです。

    ・今回もそのような報告(Brain. 2021 Apr 26;awab167. doi: 10.1093/brain/awab167)にあたるのですが、有意差がでた対照群がプラセボ群ではなく(プラセボ群とは有意差がでていない)、historical cohort(過去の臨床試験のプラセボ群のデータ)なので、手放しに喜べないのですが、目を引いたのは、ALSの中でも特に予後が厳しいとされる球麻痺発症型において、よさげな結果になっていることです。小規模試験の結果なので、有効性に関する結論は出せないところなのですが、本当であってほしいと願うところです。

    ・この試験で用いられた薬剤はguanabenzであり、α2アドレナリン受容体アゴニスト作用を有する高血圧治療薬です。商品名ワイテンスとして2-4mgの用量で厚労省からも承認されています。なぜALSの臨床試験が行われたかというと、基礎実験の段階でguanabenzが、細胞内において蛋白質の恒常性保持機能に重要な役割を果たしている小胞体ストレス応答において、蛋白質合成速度を調整し、折り畳み異常蛋白質による細胞毒性から細胞を保護するらしいとの報告がなされたことによります(Science. 2011 Apr 1;332(6025):91-4. doi: 10.1126/science.1201396. Epub 2011 Mar 3.)。

    ・もう少しそのメカニズムについて詳細を述べると、孤発性ALSの病態においては通常は核内に存在しているTDP-43蛋白質がなぜか細胞質に異常局在化し、折り畳み異常を生じ、凝集体を形成するなどして細胞毒性を発揮すると考えられています(たいたい孤発性ALSの95%くらいでTDP-43の細胞質内凝集体が存在するといわれています)。この折り畳み異常を呈した蛋白質が存在すると、小胞体ストレス応答(Unfolded Protein Response:UPR)が発動し、異常蛋白質を除去しようとするメカニズムが働きます。具体的には小胞体膜に何種類か存在するストレスセンサー蛋白質が折り畳み異常蛋白質の存在を探知すると、うち1つ(PERK)が翻訳開始を担う蛋白質であるelF2αをリン酸化し、新たな蛋白質翻訳を抑制します。これにより小胞体への蛋白質流入を抑制します。一方で、リン酸化elF2αはATF4の翻訳を誘導し、折り畳み異常蛋白質を再構成したり、折り畳み異常蛋白質を小胞体から細胞質へと移動させてユビキチンプロテアソーム系による小胞体関連分解を行うことで、蛋白質の品質管理を行います。さらにATF4はelF2αを脱リン酸化する酵素も転写誘導し、これによりelF2αが脱リン酸化し、蛋白質の合成が再開します。一方ATF4はCHOPと呼ばれるアポトーシスに関連する酵素も誘導します。異常な蛋白質が多すぎて、elF2αのリン酸化が持続する場合には、CHOP経路などにより、細胞がアポトーシスを起こすこととなります(Neurobiol Dis. 2014 November ; 0: 317–324)。

    ・では、guanabenzはどのようにして、小胞体ストレス応答を調節しているのでしょうか。guanabenzは2種類存在するelF2αの脱リン酸化酵素(PPP1R15A-PP1cおよびPPP1R15B-PP1c)のうち、ストレス応答により誘導されるタイプの脱リン酸化酵素(PPP1R15A-PP1c)の機能を阻害し、elF2αの脱リン酸化を抑制することにより、elf2αのリン酸化状態を保持し、そのことにより、新たな蛋白質合成を抑制する一方で、異常蛋白質の修復や分解を促進することで折り畳み異常蛋白質に起因する細胞ストレスから細胞を保護するということのようです。

    ・永続的なelF2αのリン酸化は新たな蛋白質合成が起こらなくなったり、CHOP経路などのアポトーシス経路が活性化するため細胞にとって有害ですが、2種類存在する脱リン酸化酵素のうちもう1種類の機能が保持されているので、永続的なelF2αのリン酸化は起こらず、問題がないということです(Science. 2015 Apr 10; 348(6231): 239–242.)。ほどよくelF2αのリン酸化状態を保持するということがポイントのようです。

    ・このように基礎実験では、ALSへの有効性も期待されるguanabenzですが、今回、イタリアで2016年12月から行われた第2相試験の結果が報告されました。

    ・この試験の参加者は、18歳以上の改訂El Escorial基準でprobableないしdefinite 孤発性ないし家族性ALS患者。発症18カ月未満。SVC 70%以上などとされました。PEG施行例、NIV装着例、気切例、心不全合併例などは除外されました。

    ・患者はguanabenz16mg+リルゾール100mg(n=51)、guanabenz32mg+リルゾール100mg(n=50)、guanabenz64mg+リルゾール100mg(n=50)、プラセボ+リルゾール100mg(n=49)の4群に無作為割付されました(guanabenzは8mgより開始して3日毎に増量)。guanabenzの用量が高血圧に使用する量よりも随分多いのが気になります。

    ・試験期間は6か月間で、主要評価項目はALS-MITOS(ALS Milano-Torino Staging)でより高ステージに進行した患者の割合とされました。副次評価項目はALSFRS-Rの変化量、SVCの変化量、死亡ないし気切ないし永続的人工換気までの時間、血清ニューロフィラメント軽鎖濃度などとされました

    ・対照群としてはプラセボ群の他、ベースラインのBMIや性別、ALSFRS-R、SVCなどをマッチさせた200名のALS患者からなるhistrocal cohortも使用されました。


    ・副作用が気になるところですが、6か月間での副作用による脱落は、64mg群 30%、32mg群 30%、16mg群 16%、プラセボ群6%で実薬群とプラセボとで有意差を認め、やはり副作用による脱落は多い結果となりました。血圧低下や倦怠感、傾眠、口喝、脱力感などが目立ったようです。特に64mg群では、傾眠や口喝の出現率が60%を超えていました。統合失調症に対するxanomelineの時も、副作用出現率の高さから臨床試験が先に進まなかった経緯があるので、この辺りは心配なところです。

    ・主要評価項目ですが、6か月間でALS-MITOSでより高いステージに進行した割合は、64mg群 25%、32mg群 30%、16mg群 43%、historical cohort 47%、プラセボ群 30%となり、64mg群と32mg群を合わせた結果と、historical cohortを比較すると有意差ありとなりました。プラセボ群と有意差が出ていないのでどうなのかと思いますが、多重比較の補正をしても、historical cohortとの有意差は残りそうです。

    ・球麻痺発症型については、64mg群および32mg群の18名中、6か月間でALS-MITOSのステージが進行した割合は0%でした(全員がベースラインでステージ0)。一方16mg群では8名中4名(50%)で、プラセボ群では11名中4名(36%)がより高いステージに進行しました(いずれもベースラインではステージ0)。historical cohort群も球麻痺型49名中21名(43%)が6か月間でより高いステージに進行していることから、この結果がもし一般化できるものであれば素晴らしいことだと思います。さらに大規模試験での検証が期待されるところです。

    ・ただし副作用がかなり多いことから、実用性には問題があるかもしれません。現在、α2受容体刺激作用がなく、より選択的にPPP1R15A-PP1cを阻害する薬剤であるSephin1という物質が同定されているようですので、こちらの方が期待されます。

    ・小胞体ストレス応答が病態に関与する疾患はかなり多いようですので(金本ら、Journal of Japanese Biochemical Society 90(1): 51-59 (2018)doi:10.14952/SEIKAGAKU.2018.900051)、今後のこの分野での創薬が進み、臨床応用されることが期待されます。

  • 久しぶりにみた

    p53というと、学生の頃に細胞内の情報伝達の授業か何かで、癌抑制遺伝子として習って、なんとなくそんな働きをしているんだなあくらいの記憶しか残っておらず、精神科臨床に出てからはまず目にする機会はほぼなかったのですが、久しぶりに目にする機会がありました。

    ・2021年1月21日のCell誌に公表された論文(文献1)にて、家族性ALS/FTLDの最も高頻度な遺伝子変異であるC9orf72遺伝子変異ALSにおいてこのp53が神経変性に重要な役割を果たしていそうだということが報告されました

    C9orf72遺伝子変異ALSでは、C9orf72遺伝子の第1イントロンにおいて6塩基繰り返し配列の過剰伸長がみられ、過剰伸長遺伝子から開始コドン非依存性のリピート関連翻訳により生成する異常RNAと異常反復配列を有するジペプチド反復蛋白質が細胞障害性を有すると考えられています。

    ・生成するジペプチド反復蛋白質は5種類(poly-グリシン-プロリン(GP)、poly-グリシンーアラニン(GA)、poly-グリシン-アルギニン(GR)、poly-プロリンーアルギニン(PR)、poly-プロリンーアラニン(PA))が知られています。

    ・このうち特に、グリシンーアルギニン(GR)およびプロリンーアルギニン(PR)の反復配列を有するジペプチド反復蛋白質が毒性が強いとする報告(文献2)があり、この報告では、ゲノムワイドスクリーニングにより、ジペプチド反復蛋白質が影響を与える遺伝子が探索されました。その結果、核細胞質間輸送に関連する遺伝子が多く抽出され、特に影響の大きなものはtransportin-1と呼ばれる、多くのRNA結合蛋白質の細胞質から核への輸送を担う蛋白質の遺伝子でした。transportin-1の機能がジペプチド反復蛋白質に障害された結果、RNA結合蛋白質の細胞質への蓄積が観察されました。

    ・さらに別の報告(文献3)ではpoly-GRとpoly-PR蛋白質は核小体に局在化し、核小体の主要な構成要素であるヌクレオホスミンを移動させ、結果的に核小体ストレスの増大と細胞死につながったことが報告されており、核小体機能を障害することも報告されています。

    ・また文献4では、poly-GRやpoly-PRが、RNAのスプライシングを行うスプライソソームに影響を与えることが報告されました。特にスプライソソームに関連したU2 snRNPとよばれる蛋白質の異常をもたらすことがわかりました。スプライソソームは本来核内で生成されるべきですが、これらジペプチド反復蛋白質の影響により、U2 snRNPが細胞質内に異常局在化し凝集することが報告されました。

    ・文献5では、Mayoクリニックの研究者らが、蛍光標識したpoly-PRジペプチド反復蛋白質(50回繰り返し)を発現するモデルマウスを開発し、病態への関与を調べました。その結果、ヘテロクロマチンに局在化したpoly-PRジペプチド反復蛋白質がDNAに結合し、HP1α(ヘテロクロマチン蛋白質1α)の液液相転移を阻害し、発現低下をもたらし、ヒストンメチル化異常などをもたらすことがわかりました。核内構造物にも異常をもたらしていることになります。

    ・文献6では、poly-GRジペプチド反復蛋白質(80回繰り返し)が徐々に蓄積する、poly-GR毒性を誘発しうるモデルマウスが作成されました。その結果、poly-GRは主としてミトコンドリア酵素複合体Vの構成要素であるATP5A1に結合し、そのユビキチン化と分解を促進することがわかりました。

    ・このように、いろんなところでいろんな悪さをしていそうなpoly-GR、poly-PRですが、今回はスタンフォード大学の研究者らが、神経細胞が変性していく過程において、クロマチンへのアクセス状況の特性と転写プログラムを調べるプラットフォームを開発し(どんなものなのか、詳細はわからないです)、その技術を用いてpoly-PRがどんな悪さをしているかを調べました。

    ・その結果、なんとpoly-PRは転写因子p53を介した転写プログラムを活性化していることがわかったとのことです。しかもC9orf72遺伝子変異モデルマウスにおいてp53を遺伝子的に除去すると、神経細胞変性が阻害され、生存期間の顕著な延長がみられたとのことです。

    ・ヒトに応用するとなると、このp53は癌抑制遺伝子なので、これを抑制してしまうと、いろんな不都合が生じてしまいそうですが、思いがけないところでp53が出てきて、懐かしく感じました。c9orf72遺伝子変異ALSについては、2011年に発見され、まだ10年しかたっていないので、新しい技術を用いて研究される度に新しい発見が報告される状況です。まだまだいろいろな興味深い報告が続くものと思われます。

    ・ちなみに、まだ発見から10年しかたっていませんが、この分野の創薬をリードするBiogen社は、既にC9orf72遺伝子由来の異常蛋白質の生成を阻害するためのアンチセンスオリゴヌクレオチド製剤(BIIB078)を開発し、第1相試験を開始しています。この結果も注目されるところです

    文献1:Cell. 2021 Jan 15:S0092-8674(20)31747-5. doi: 10.1016/j.cell.2020.12.025. Online ahead of print.
    文献2:Nat Neurosci. 2015 Sep;18(9):1226-9. doi: 10.1038/nn.4085.
    文献3:Human Molecular Genetics, Volume 24, Issue 9, 1 May 2015, Pages 2426–2441,
    文献4:Cell Rep. 2017 Jun 13;19(11):2244-2256. doi: 10.1016/j.celrep.2017.05.056.
    文献5:Science. 2019 Feb 15;363(6428):eaav2606. doi: 10.1126/science.aav2606.
    文献6:Nat Neurosci. 2019 Jun;22(6):851-862. doi: 10.1038/s41593-019-0397-0. Epub 2019 May 13.

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