・7月9日付The New England Journal of Medicine誌にSOD1変異家族性ALSに対するgene silencing療法についての2報が報告(文献1、文献2)されました。

・SOD1遺伝子変異に起因したALSは家族性ALSの約20%、孤発性ALSの約1-2%と言われています。

・今回報告された治療法については、いずれも既によく知られている手法であり、手法そのものの新規性はないのですが、ヒトに対して行われた結果という点が新しいこととなります。特に文献1のmicroRNAをエンコードするアデノ随伴ウイルスベクターを投与してSOD1遺伝子発現を阻害する手法については2018年にモデルマウスでの報告がなされたばかりでしたが、2年足らずの間にヒトに対する実際の投与が行われたことになり、急速な進展を感じます。

・もう1つ(文献2)は2019年の製薬会社売上高世界20位の大企業(世界20位の売上高でも日本企業と比較すれば2位相当となります)Biogen社のALS治療薬候補Tofersenの第1/2相試験の結果となります。

・Biogen社の薬で有名なものとして脊髄性筋萎縮症治療薬のスピンラザ(選択的スプライシングを制御するhnRNAのmRNA前駆体への結合を阻害するアンチセンス・オリゴヌクレオチド製剤)があります。

・薬価が1バイアル949万円となり、これでも十分高いのですが、最近発売承認され、史上最高に高い薬として有名になったゾルゲンスマ(1バイアル 1億6707万円:アデノ随伴ウイルスベクターに正常SMN1遺伝子をエンコードするもの)と比較すると、ゾルゲンスマが単回投与でかつ静注可能なのに比較して(それでも手が滑ってこぼしてしまったりしたら1億6千万がパーですから、手が震えそうです)、スピンラザは髄腔内投与が必要で侵襲性も高く、4回目以降は4か月に1回(乳児型の場合)の投与が必要となる点でいろいろと異なるため、この価格差ということのようです。

・もっともゾルゲンスマが単回投与である理由は、投与後にアデノ随伴ウイルスに対する抗体が形成され、免疫反応が賦活されるからということで、単回投与後も肝機能障害が起きたり(その結果ステロイド剤を投与しないといけなかったり)することもあるようです。

・命はお金には替えられないということで高額であってもその治療効果は何物にもかえがたいのは理解できるのですが、最新号のMuscle & Nerve誌に脊髄性筋萎縮症1型に対してスピンラザとゾルゲンスマを併用して良好な治療効果が得られる可能性があるとの報告(Harada et al., Combination molecular therapies for type 1 spinal muscular atrophy. Muscle Nerve. 2020 Jul 25)が掲載されました。両者併用だと、2年間で薬代だけで2億6千万円というものすごいお値段になってしまいます。

・ゾルゲンスマを販売しているノバルティス社は、ゾルゲンスマを開発したベンチャー企業であるAveXis社を2018年4月に9300億円で買収しています。第3相試験まで到達していたゾルゲンスマが前途有望であると見込んで買収したものと思われますが、これまた桁違いの金額です。

・話を元に戻します。SOD1変異ALSに対するgene silencing療法のうちmicroRNAを注入する治療法ですが、2名の患者(22歳男性と56歳男性)に対して単回投与(髄腔内)が行われました。変異SOD1遺伝子由来のmRNAをブロックするmicroRNAは、ALS発症に関連する多くの変異をカバーできるように設計されたものということです。

・22歳の患者については、一過性に右下肢筋力の改善効果を認めたものの、呼吸機能は改善せず、投与後15.6か月で死亡しました。

・一方で、あらかじめ免疫抑制剤を投与された後にウイルスベクターを投与された56歳の男性については、1年以上安定した状態を維持しているということです。

・今後ウイルスベクターによる中枢神経に対するgene silencing療法は免疫抑制剤とセットにして行われるようになるのかもしれません。

・一方でもう1つのgene silencing療法であるアンチセンス・オリゴヌクレオチドを用いた治療法ですが、ALSに対してはもう第3相試験まで進んでいます。

・今回の報告は第1/2相試験の結果についての報告となります。

・第1/2相試験では、SOD1変異ALS患者50名に対して、プラセボ対照で行われ20mg、40mg、60mg、100mgの4つの異なる用量で髄腔内投与されました。

・主要評価項目は安全性と薬物動態であり、副次的評価項目は85日目の髄液中SOD1濃度の変化でした。50名中48名が5回すべての投与を受けました。

・腰椎穿刺に伴う有害事象はほとんどの患者で観察され、髄液中白血球数の増加が4名で、蛋白質増加が5名で観察されました。

・85日目の髄液中SOD1濃度のプラセボ群との差は20mg投与群で平均2%、40mg投与群で平均‐25%、60mg投与群で平均-19%、100mg投与群で平均-33%でした。

・症例数が少ないため、有効性についての結論は出せませんが、12週後にプラセボ群はALSFRS-R得点で平均5.6点、肺機能得点で平均14.5点悪化したのに対して、tofersen100mg投与群ではALSFRS-R得点で平均1.2点、肺機能得点で平均7.1点の悪化となりました。特に進行の早い一群において進行抑制効果が顕著であったとのことです。

・髄液中SOD1濃度の減少はtofersenの最高用量で観察されました。一部の患者で髄液中の細胞増加が観察され、大半の患者で腰椎穿刺に伴う有害事象が観察されました。

・最高用量ではALSFRS-Rの12週間の変化量がかなり改善しているようにみえるので、現在進行中の第3相試験の結果が期待されます

引用文献
1)Mueller C et al. N Engl J Med. 2020 Jul 9;383(2):151-158. doi: 10.1056/NEJMoa2005056.
2)Timothy Miller et al. N Engl J Med. 2020 Jul 9;383(2):109-119