腸内細菌の話題
基礎研究レベルの話ですので、こんなお話もあるのかくらいの感じでみてください。
中枢神経疾患と腸内細菌叢の関係について2019年にNature,Cellなどの主要雑誌に論文が掲載され(文献1、文献3)、つい先日の5月にもNature誌に腸内細菌叢の論文(文献2)が掲載されたので、これはちょっと注目かもしれないということでとりあげてみました。
まず2019年のNature論文(文献1)について触れてみます。
この論文では、家族性ALSにみられる変異SOD1蛋白質を発現するように遺伝子を組みこんだトランスジェニックマウスを作成し、SOD1変異ALSモデルマウス(仕様上イタリックにできないため、遺伝子表記をそのままにしています)の病態進行と腸内細菌叢の関係性が調べられました。
SOD1遺伝子変異によるALSの頻度は家族性ALS(ALS全体の5-10%程度と言われている)の中のさらに20%程度と言われています。
Blacherらはまず最初に、SOD1変異ALSモデルマウスの腸内細菌叢を各種抗菌薬を投与することにより除去しました。その結果病態進行が増悪しました。
続いて、健常マウスとALSモデルマウスの腸内細菌叢の構成細菌が調べられました。
その結果、細菌の種類が異なることが明らかになりました。
11種類の細菌がモデルマウスの病態進行に影響を及ぼしうることが同定されました。
続いて、11種類の細菌を1つずつ腸内細菌叢除去モデルマウスに投与したところ、1つの細菌(Akkermansia muciniphila)が病態進行遅延をもたらしうることがわかりました。
一方、Ruminococcus torquesとParabacteroides distasonis は病態悪化をもたらしました。
Akkermansia muciniphilaの産生するニコチンアミドが中枢神経に到達し、保護的な作用を発揮するらしいことがわかりました。
研究者らはさらに、37名のALS患者について、便の遺伝子解析を行うことで腸内細菌叢を調べ、29名の健常者と比較しました。
その結果、患者群と健常群とで腸内細菌叢の構成が異なることがわかりました。ALS患者においてはニコチンアミドを産生する腸内細菌が少ないことがわかりました。
以上が昨年のNatureでの報告になります。
今回のNature論文(文献2)では家族性ALSにおいて最も頻度が高い(家族性ALSの30-40%程度を占めるといわれている)C9orf72遺伝子に関連した報告です。
家族性ALSにおけるC9orf72遺伝子変異とは、第1イントロン領域のGGGGCCの6塩基繰り返し配列が過剰伸長し、この領域由来のリピート関連非ATG依存性翻訳(RAN翻訳:開始コドンを介さない非定型的な翻訳形式)によるジペプチド繰り返し転写産物(理屈では5種類のジペプチド繰り返し配列蛋白質:poly-グリシン-プロリン(GP)、poly-グリシンーアラニン(GA)、poly-グリシン-アルギニン(GR)、poly-プロリンーアルギニン(PR)、poly-プロリンーアラニン(PA))が生じるものです。
これらのうち特にpoly-GR,poly-PRの細胞毒性が注目されています。
TDP-43蛋白症の病理を呈することは他のALSと共通になります。
ハーバード大学のBurberryらは、C9orf72遺伝子を改変し、C9orf72変異ALSモデルマウスを作成しました。
これらモデルマウスでは免疫系の過剰応答がみられ、脳内炎症の亢進と運動機能の低下、生存期間の短縮などがみられました。
一方で、Broad Instituteでの全く同じ遺伝子変異を有するモデルマウスにおいては、生存期間の延長など正反対の結果が報告されており、環境要因が生存期間に影響することを示唆する結果が得られました。
環境要因が何かを調べるため、ハーバードの研究室とBroad Instituteの研究室との細菌やウイルスの環境の違いが調べられました。
その結果、murine notovirusというウイルスと、Pasteurella pneumotropica, Tritrichomonas muris, Helicobacterと呼ばれる細菌がハーバードの研究室で多く存在することがわかりました。
ハーバードの研究室のモデルマウスに広域スペクトラムの抗菌薬を投与し、細菌を除去するか、もしくはBroad Instituteのモデルマウスより採取した糞便移植を行ったところ、ハーバードのモデルマウスの炎症反応が減弱しました。
研究者らは、細菌がどのように炎症をもたらすのかを調べるため、腸内細菌と共にマクロファージを単離しました。
その結果、ハーバードのマウスより採取され、腸内細菌と共に培養されたマクロファージは、Broad Instituteのマウスより採取された腸内細菌よりも、有意に多くの炎症促進性物質を放出することがわかりました。
以上の結果は、C9orf72蛋白質機能が低下すると、環境、特に腸内細菌叢が自己免疫、神経炎症、運動障害などの修飾因子となりうることを示唆するものといえます。
この結果からわかるのは、もし環境的に脆弱な一部の人々がいるとすると、腸内細菌の力もバカにならない可能性があるということでしょうか。
2019年のCell誌に掲載されたのは、自閉スペクトラム症患者由来の腸内細菌叢を無菌マウスに移植したところ、健常者からの腸内細菌叢を移植したマウスと比較してASD様行動を多く示したという報告になります(文献3)
というわけで、ALS(NCT03766321)、パーキンソン病(NCT03876327)などの神経変性疾患のみならず、精神疾患に対しても、糞便移植の臨床試験が実施中ないし予定されている昨今の状況です。
例えば、摂食障害(NCT03928808:第1相)、てんかん( NCT02889627:第2/3相)、双極性うつ病(NCT03279224:第2/3相)、統合失調症のうつ状態(NCT04001439)、自閉症スペクトラム(NCT03426826:第1相、NCT03408886:第2相、NCT03829878:第2相、 NCT04182633:第2相)、アルツハイマー型認知症(NCT03998423:第1相)など各種疾患に対する臨床試験が世界中で動いています。
ここでは詳細に触れませんが、アリゾナ大学で行われた18名の自閉症に対する糞便移植の第1相試験の長期経過については驚くべき結果が報告されています(文献4)。オープン試験なので本当かどうかは全くわかりませんが。果たして無作為割付二重盲検試験の結果はどうでるでしょうか?
引用文献
1)Eran Blacher et al., Nature volume 572, pages 474–480(2019)
2)Burberry, A., Wells, M.F., Limone, F. et al. C9orf72 suppresses systemic and neural inflammation induced by gut bacteria. Nature (2020). https://doi.org/10.1038/s41586-020-2288-7
3)Cell. 2019 May 30;177(6):1600-1618.e17.
4)Sci Rep . 2019 Apr 9;9(1):5821