その他

  • 今年も1年ありがとうございました

    ・今年も残すところあとわずかとなりましたが、皆様体調に御変わりなどありませんでしょうか?

    ・本年一年間いろいろなことがありましたが、お世話になりました皆様にこの場を借りて御礼申し上げます。

    ・勉強会については今年は新たに専攻医の先生4名を迎え、全面的に遠隔形式に移行し、これまでできていたちょっとした議論などがなかなかできずリモートの限界を感じています。一方で学会などはオンデマンドなどでいろいろな講演をじっくりと勉強できたのはとても良かったと思います(このスタイルはできれば残してほしいです)。

    ・来年はこの状況が一刻も早く収束することを願います。今後ともご指導ご鞭撻のほど何卒よろしくお願いいたします。

    ・皆様にとって来年が幸多き一年でありますよう、祈念いたします。

    令和2年12月31日
    石東病院
    院長 安田 英彰

  • 残念なニュース

    ・非常に期待され、個人的にも期待していたBrainStorm社の自家間葉系幹細胞移植であるNurOwn細胞の第3相試験ですが、同社の11月17日付press releaseにより主要評価項目を達成できなかったことが公表されました。

    ・189名のALS患者を対象に行われたこの第3相試験の主要評価項目はALSFRS-Rの変化率が治療開始後に治療開始前と比較して1.25点/月以上の改善度を示した反応群の割合でした。

    ・NurOwn投与群では34.7%、プラセボ群では27.7%で統計的有意差はみられませんでした。

    ・副次評価項目の28週間でのALSFRS-Rの変化量はNurOwn群 -5.52点、プラセボ群 -5.88点でこれも有意差なしでした。

    ・その他サブグループではどうなるかということも掲載されていましたが、事前に計画されていた層別化であればいいのですが、結果がでてから都合の良いようにサブグループを選んで、検定を行うことは禁忌ですので、触れないようにしておきます。

    ・髄液中の神経栄養因子などのマーカーの有意な上昇と神経炎症に関わるマーカーの有意な低下は観察された(プラセボ群では観察されなかった)とのことです

    ・再生医療関連のALS臨床試験としては、まだ第2相以前ですが同種幹細胞由来アストロサイトの移植(AstroRx)、Mayoクリニックなどで行われている自家脂肪組織由来間葉系幹細胞移植などが進行中です。NurOwn細胞は幹細胞移植のトップランナーだっただけに、残念度が大きいです。

    ・孤発性ALSに関しては、Ionis社のION541(ataxin-2 mRNAに対するアンチセンス・オリゴヌクレオチド製剤)の臨床試験など期待できる材料もありますので、今後の進展を待ちたいところです

    引用元
    https://ir.brainstorm-cell.com/2020-11-17-BrainStorm-Announces-Topline-Results-from-NurOwn-R-Phase-3-ALS-Study

  • Muse細胞の話題とか

    ・ここ最近メディア上でもニュースになりましたが、岡山大学の研究チームがMuse細胞をSOD1変異ALSモデルマウスに移植して治療的効果がみられたことを10月13日付のScientific Reports誌に公表しました(Sci Rep. 2020 Oct 13;10(1):17102)。

    ・何が素晴らしいかというと、静注で中枢神経に到達しているところです。現在第3相試験が行われている自家間葉系幹細胞であるBrainstorm社のNurOwn細胞は髄腔内投与(くも膜下腔内投与)となっていますが、これはおそらく以前の当ブログでも触れたように静注すると肺にひっかかって、中枢神経まで到達しないからだと思われます。

    ・ですので、これまでの慣習では間葉系幹細胞については、腰椎穿刺をして、髄腔内カテーテルから注入というのが筋でした。

    ・Muse細胞は優れた遊走能を発揮して中枢神経に到達しているため、非侵襲的な幹細胞移植が可能となる可能性があり、期待がもてるものです。

    ・間葉系幹細胞といえば、10月19日付のNeurological Research誌に中国の研究グループが公表した論文(Neurol Res. 2020 Oct 19:1-11)に、ヒト臍帯間葉系幹細胞由来運動神経細胞(human umbilical cord mesenchymal stem cell-derived motor neurons)という文字があり、まじか、となりました。

    ・これも以前触れたことですが、中胚葉系といわれる間葉系幹細胞でも外胚葉系細胞に分化しうるということが報告されているわけですが、ここまで明示的に間葉系幹細胞由来の神経細胞という文字をみたことがなかったので衝撃でした。技術的背景は気になるところです。

    ・あと面白いなと思ったのは、フランスのソルボンヌ大学の研究グループが11月号のNature Neuroscience誌に掲載した、末梢のマクロファージを修飾すると、ミクログリアの活性に影響し、神経保護作用を発揮する形態に変化させうるという報告(Nat Neurosci. 2020 Nov;23(11):1339-1351.)でした。

    ・大学で元論文をゲットしようと思ったのですが、経費削減のためかNature Neuroscience誌にアクセス権がなく、どのようにマクロファージを修飾したのかよくわからなかったのが心残りですが、末梢の免疫系細胞を加工することで中枢神経の神経変性過程に影響を及ぼしうるというのはとても興味深い報告でした。

    ・あとは10月3日付のCell誌に掲載されたTDP-43蛋白症の病態機序についての報告も面白いものでした。TDP-43はミトコンドリアに侵入し、ミトコンドリアの透過性遷移孔を介したDNA放出を引き起こし、細胞質のDNAセンサーであるcGAS(cyclic guanosine monophosphate-AMP synthase)がそれを探知し、炎症反応を誘発するというものでした。cGASや、その下流経路の存在する物質を阻害するとNF-κBなどの炎症促進性サイトカイン産生が抑制されており、治療的観点からも注目すべきものと思われます。

  • ウルソはどうか

    ・7月に引き続き9月3日付The New England Journal of Medicine誌にALSの臨床試験についての話題が掲載されました(文献1)。


    ・Amylyx社のALS治療薬候補AMX0035の第2相試験(CENTAUR試験:NCT03127514)です。

    ・AMX0035は既存薬の組み合わせでウルソのタウリン抱合体であるタウロウルソデオキシコール酸(taurursodiol)1gとフェニル酪酸ナトリウム(尿素サイクル異常症治療薬)3gの合剤(最初3週間は1日1回投与、その後1日2回投与)になります。

    ・タウロウルソデオキシコール酸は漢方薬の原料である熊胆(ゆうたん:熊由来の動物性生薬)の主成分でもあるということです。

    ・発症18カ月未満のdefinite ALS患者(孤発性ないし家族性)137名が対象となり、2:1の割合でAMX0035とプラセボに無作為割付され、24週間経過観察されました。

    ・主要評価項目はALSFRS-Rの変化率であり、副次的評価項目としては筋力、呼吸機能、人工換気導入までの期間などでした。

    ・主要評価項目は、AMX0035群平均-1.24点/月、プラセボ群平均-1.66点/月で統計的に有意にAMX0035はALSFRS-Rの変化率を改善することを示唆する結果が得られました。副次的評価尺度については統計的有意差が得られたものはありませんでした。

    ・最初のALS治療薬としての承認薬剤のリルゾールはどうなのか?リルゾールの承認に向けた臨床試験が行われたのは1992年頃であり、この頃にはALSFRS-Rは国際的な症状評価尺度としては使用されていなかったため、比較対象となりうるデータを見つけることができませんでした。

    ・国内2番目のALS治療薬として承認されたエダラボンについては、投薬期間の24週間でのALSFRS-Rの変化量は、エダラボン群では平均-5.70点、プラセボ群では-6.35点との結果が報告されています(プラセボに対して約10%の改善効果)。一方でAMX0035は同じ期間でプラセボ比約25%の改善度を示しています(試験の規模が違うことと、両薬剤で対象となった患者の患者背景が異なるため、単純な比較はできませんが)。なかなか良い数字のように見えます。


    ・試験の規模がそこまで大きくないことと、副次的評価項目で有意差がみられなかったことは気になりますし、毎度のことながら第3相で結果がひっくり返る薬剤を多くみてきたので、全然楽観視はできないのですが、この結果を受けてアメリカALS協会では、早くもFDAに対して1年以内のAMX0035の早期承認を求める嘆願活動を開始しています(https://www.als.org/stories-news/als-association-i-am-als-call-amylyx-fda-make-promising-new-drug-available-our-als)

    ・タウロデオキシコール酸については、実はドイツで既に第3相試験が動いています(NCT03800524)。440名のALS患者を対象にタウロウルソデオキシコール酸2g/dayを18カ月投与し、プラセボと比較してどうなるかについて臨床試験が進行中です。順調にいけば結果は2021年6月には判明しそうなので、こちらの結果もどうなるか要注目というところです。

     

    ・最近のALS臨床試験の気になる動向としては、Biogen社が新たなアンチセンス・オリゴヌクレオチド製剤であるBIIB105の第1相試験(NCT04494256)の開始をアナウンスしたことです。

    ・この製剤の注目すべき新しい点は、これまでは直接的に有害性を発揮する蛋白質の発現を阻害するためのアンチセンス・オリゴヌクレオチド製剤が使用されてきたのと異なり、BIIB105は病態に間接的に関与している蛋白質の発現を抑制することにより、病態改善を図ろうという治療戦略である点です。

    ・BIIB105がターゲットするRNAはataxin 2 RNAであり、孤発性ALSにおいてはataxin 2発現量を減少させるとTDP-43蛋白症に関連した病態の改善効果が期待できることが報告されていることによるものです。

    ・これは2017年のNatureに報告されたモデルマウスでの基礎実験の報告(Nature. 2017 Apr 20;544(7650):367-371. doi: 10.1038/nature22038. Epub 2017 Apr 12.)を臨床応用するものであり、ヒトでの効果がどうなるのか期待されます

    引用文献

    1)September 3, 2020 N Engl J Med 2020; 383:919-930 DOI: 10.1056/NEJMoa1916945

  • gene silencingの2報

    ・7月9日付The New England Journal of Medicine誌にSOD1変異家族性ALSに対するgene silencing療法についての2報が報告(文献1、文献2)されました。

    ・SOD1遺伝子変異に起因したALSは家族性ALSの約20%、孤発性ALSの約1-2%と言われています。

    ・今回報告された治療法については、いずれも既によく知られている手法であり、手法そのものの新規性はないのですが、ヒトに対して行われた結果という点が新しいこととなります。特に文献1のmicroRNAをエンコードするアデノ随伴ウイルスベクターを投与してSOD1遺伝子発現を阻害する手法については2018年にモデルマウスでの報告がなされたばかりでしたが、2年足らずの間にヒトに対する実際の投与が行われたことになり、急速な進展を感じます。

    ・もう1つ(文献2)は2019年の製薬会社売上高世界20位の大企業(世界20位の売上高でも日本企業と比較すれば2位相当となります)Biogen社のALS治療薬候補Tofersenの第1/2相試験の結果となります。

    ・Biogen社の薬で有名なものとして脊髄性筋萎縮症治療薬のスピンラザ(選択的スプライシングを制御するhnRNAのmRNA前駆体への結合を阻害するアンチセンス・オリゴヌクレオチド製剤)があります。

    ・薬価が1バイアル949万円となり、これでも十分高いのですが、最近発売承認され、史上最高に高い薬として有名になったゾルゲンスマ(1バイアル 1億6707万円:アデノ随伴ウイルスベクターに正常SMN1遺伝子をエンコードするもの)と比較すると、ゾルゲンスマが単回投与でかつ静注可能なのに比較して(それでも手が滑ってこぼしてしまったりしたら1億6千万がパーですから、手が震えそうです)、スピンラザは髄腔内投与が必要で侵襲性も高く、4回目以降は4か月に1回(乳児型の場合)の投与が必要となる点でいろいろと異なるため、この価格差ということのようです。

    ・もっともゾルゲンスマが単回投与である理由は、投与後にアデノ随伴ウイルスに対する抗体が形成され、免疫反応が賦活されるからということで、単回投与後も肝機能障害が起きたり(その結果ステロイド剤を投与しないといけなかったり)することもあるようです。

    ・命はお金には替えられないということで高額であってもその治療効果は何物にもかえがたいのは理解できるのですが、最新号のMuscle & Nerve誌に脊髄性筋萎縮症1型に対してスピンラザとゾルゲンスマを併用して良好な治療効果が得られる可能性があるとの報告(Harada et al., Combination molecular therapies for type 1 spinal muscular atrophy. Muscle Nerve. 2020 Jul 25)が掲載されました。両者併用だと、2年間で薬代だけで2億6千万円というものすごいお値段になってしまいます。

    ・ゾルゲンスマを販売しているノバルティス社は、ゾルゲンスマを開発したベンチャー企業であるAveXis社を2018年4月に9300億円で買収しています。第3相試験まで到達していたゾルゲンスマが前途有望であると見込んで買収したものと思われますが、これまた桁違いの金額です。

    ・話を元に戻します。SOD1変異ALSに対するgene silencing療法のうちmicroRNAを注入する治療法ですが、2名の患者(22歳男性と56歳男性)に対して単回投与(髄腔内)が行われました。変異SOD1遺伝子由来のmRNAをブロックするmicroRNAは、ALS発症に関連する多くの変異をカバーできるように設計されたものということです。

    ・22歳の患者については、一過性に右下肢筋力の改善効果を認めたものの、呼吸機能は改善せず、投与後15.6か月で死亡しました。

    ・一方で、あらかじめ免疫抑制剤を投与された後にウイルスベクターを投与された56歳の男性については、1年以上安定した状態を維持しているということです。

    ・今後ウイルスベクターによる中枢神経に対するgene silencing療法は免疫抑制剤とセットにして行われるようになるのかもしれません。

    ・一方でもう1つのgene silencing療法であるアンチセンス・オリゴヌクレオチドを用いた治療法ですが、ALSに対してはもう第3相試験まで進んでいます。

    ・今回の報告は第1/2相試験の結果についての報告となります。

    ・第1/2相試験では、SOD1変異ALS患者50名に対して、プラセボ対照で行われ20mg、40mg、60mg、100mgの4つの異なる用量で髄腔内投与されました。

    ・主要評価項目は安全性と薬物動態であり、副次的評価項目は85日目の髄液中SOD1濃度の変化でした。50名中48名が5回すべての投与を受けました。

    ・腰椎穿刺に伴う有害事象はほとんどの患者で観察され、髄液中白血球数の増加が4名で、蛋白質増加が5名で観察されました。

    ・85日目の髄液中SOD1濃度のプラセボ群との差は20mg投与群で平均2%、40mg投与群で平均‐25%、60mg投与群で平均-19%、100mg投与群で平均-33%でした。

    ・症例数が少ないため、有効性についての結論は出せませんが、12週後にプラセボ群はALSFRS-R得点で平均5.6点、肺機能得点で平均14.5点悪化したのに対して、tofersen100mg投与群ではALSFRS-R得点で平均1.2点、肺機能得点で平均7.1点の悪化となりました。特に進行の早い一群において進行抑制効果が顕著であったとのことです。

    ・髄液中SOD1濃度の減少はtofersenの最高用量で観察されました。一部の患者で髄液中の細胞増加が観察され、大半の患者で腰椎穿刺に伴う有害事象が観察されました。

    ・最高用量ではALSFRS-Rの12週間の変化量がかなり改善しているようにみえるので、現在進行中の第3相試験の結果が期待されます

    引用文献
    1)Mueller C et al. N Engl J Med. 2020 Jul 9;383(2):151-158. doi: 10.1056/NEJMoa2005056.
    2)Timothy Miller et al. N Engl J Med. 2020 Jul 9;383(2):109-119

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