・今年もよろしくお願いいたします。

・もともとシグマ1受容体のことがよくわからなかったのですが、益々わからなくなる論文(文献1)が出たので、記事にしておきます。シグマ1受容体が主に小胞体上に存在する細胞内受容体ということ。シャペロンとしての機能も有するようだということ。そのあたりはいいのですが、フルボキサミンがシグマ1受容体のアゴニストだから精神病性うつ病に有効かもしれないという考察があることが理解できてませんでした。

・フルボキサミンの膜透過性がどうなのかということですが、細胞内に入って細胞内の受容体に作用する物質として、ステロイドや甲状腺ホルモンなど疎水性物質があるようです。フルボキサミンは構造的にどうなのでしょうか。親水基があるので、細胞内にまでそう簡単に入っていくようにはみえないのですが。そもそも血液脳関門を透過するので、脂溶性が高いのでしょうか。そう思ってちょっと調べると文献2にフルボキサミンの膜透過性についての記述がありました。「フルボキサミンの酸解離定数は8.86くらいで、生理的pHの範囲内では極性を持ちにくく、イオン化しにくい塩基性物質なので、膜を透過しやすい」そうです。ということで、細胞内受容体に作用するという事は、ありのようです。

・続いて、精神病性のうつ病にフルボキサミンが効果があるのではないかという説があるようですが、これについても臨床的なエビデンスはありません。そもそもこのような話が出現した背景には、1990年代後半からの1つのグループからのいくつかの報告があります。いずれも単一のグループ(Zanardiら)からの小規模な報告であり、これらの報告についてもフルボキサミンの優位性を示したわけではないので(メッセージとしてはフルボキサミンのみならず、ベンラファキシンも、セルトラリンも単剤で精神病性うつ病に効果があるかもしれませんというメッセージ)、シグマ1受容体へのアゴニスト作用があるからといって、それがフルボキサミンにとって特別になんらかのメリットになっているとは読み取れないのです。

・1つ目の報告は文献3になります。この論文では、平均年齢50.6歳の精神病性のうつ病エピソード(DSM-III-R)患者59名を対象に、オープン試験で6週間、フルボキサミン300mgにて有効性を検証したものです。

・6週間でのresponse rateが主要評価項目でしたが、このresponseはHAM-D21で8点以下かつDimensions of Delusional Experience rating scaleで0点ということで、ほぼ寛解といってもいい定義になっていました。結果は、脱落がわずかに2名、response rate 84.2%とすごい数字が報告されました。精神病性うつ病に対して抗うつ薬+抗精神病薬での治療を行っても、ここまでの高い寛解率は介入試験では報告されておらず(例えばセルトラリン+オランザピン(STOP-PD試験)では12週間で41.9%(Arch Gen Psychiatry. 2009 AUG;66(8):838-47)、ベンラファキシン+クエチアピンでは7週間で41.5%(Acta Psychiatr Scand. 2010 Mar;121(3):190-200.)など)臨床的な感覚とかなり乖離を感じる数値となっています。

・2つ目の報告は文献4になります。この報告では、28名の精神病性の特徴を有する大うつ病(DSM-IV)患者が対象となり、フルボキサミンないしベンラファキシンに無作為割付され6週間観察されました。文献3と同じくresponseはHAM-D21で8点以下かつDimensions of Delusional Experience rating scaleで0点で定義され、寛解と言っていい定義になっていました。その結果、6週間でのフルボキサミンの反応率78.6%、ベンラファキシンは58.3%で有意差なく、どちらも効果が期待できそうだという結論になっています。

・さらに3つ目の報告(文献5)では、フルボキサミンは入っていませんが、セルトラリン(150mg/day)とパロキセチン(50mg/day)が、精神病性のうつ病エピソード(DSM-III-R)患者46名(大うつ病が32名、双極性うつ病が14名)を対象に、二重盲検で6週間、有効性が比較されました。responseの定義は文献3、文献4と同じくHAM-D21で8点以下かつDimensions of Delusional Experience rating scaleで0点で定義されました。その結果、6週間での反応率はセルトラリン群75%、パロキセチン群46%であり、OC解析では有意差なし(ITT解析では有意差あり)との結果でした。ここで注目すべきはセルトラリン群の反応率もかなり高い数字である点です。セルトラリンは文献6によるとシグマ1受容体に対しては機能的にはアンタゴニストとして作用すると解説されています。

・そういうわけで、シグマ1受容体アゴニストとされるフルボキサミンも、シグマ1受容体アンタゴニストとされるセルトラリンも、精神病症状を伴ううつ病に対して単一グループからの報告では、かなりの良好な治療反応率が報告されているわけで、治療反応性をシグマ1受容体で説明することはどうなんだろうと思っていたのです。

・ちなみにZanardiらは別にフルボキサミンがシグマ1受容体に親和性が高いので、精神病性うつ病に効果があったのではなどという主張はしていません。このような話がでてきたのは、かのStahl先生がこちらの論文(CNS Spectr. 2005 Apr;10(4):319-23. doi: 10.1017/s1092852900022641)でそのような議論をされたからではないかと思われます。

・そして益々わけがわからなくなったのが文献1の報告です。この報告では。SOD1変異ALSモデルマウスに対してシグマ1受容体のアゴニスト(PRE-084、SA4503)とアンタゴニスト(BD1063)が投与され、その効果が検証されました。その結果アゴニスト(PRE-084)もアンタゴニスト(BD1063)もいずれもモデルマウスの神経筋接合部機能を対照群と比較して有意に保存し、運動神経細胞数も有意に保持される結果となりました。シグマ1受容体に対して正反対の作用をするはずの両薬剤が、いずれも治療的効果を発揮したことの理由については、シグマ1受容体のリガンドの分類方法そのものに問題があるのではないかということが考察されています。

・この報告ではアゴニストとアンタゴニストの分類については、シグマ1受容体と、同じくシャペロン分子であり、シグマ1受容体と結合するBiP(binding immunoglobulin protein)との相互作用に対する影響で定義されていますが、このようにして分類した場合、同じアゴニスト同士でも機能が異なるものが生じるということです。具体例として、シグマ1受容体アゴニストのSA4503は、神経筋接合部においてカイニン酸による活性化およびブラジキニンによる活性化後に細胞質カルシウムイオン濃度を正常化したのに対し、同じシグマ1受容体アゴニストとされるPRE-084はいかなる有意な効果も及ぼさないことがあげられています。このような事実から、Gaja-Capdevilaらは、シグマ1受容体リガンドは、効果の微妙なバランスで異なる経路の活性を促進する可能性があり、アゴニストまたはアンタゴニストという従来の単純な分類は当てはめることができないのではないか、アンタゴニストとされるBD1063は実は機能的に部分アゴニスト作用を有しているのではないかとなどと考察されています。というわけで、セルトラリンも機能的には部分アゴニスト作用とされるような機能を発揮するのでしょうか。わかりませんが少なくともシグマ1受容体への作用については、単純にアゴニスト、アンタゴニストと言わず、もう少し活性化する細胞内シグナル経路により細かく分類した方がいいのかもしれません。

・ここ最近盛り上がっているのはフルボキサミンのCOVID-19に対する効果ですが、これについてもシグマ1受容体との関連で議論されており、2つの異なるグループからの介入試験の報告で有効かもしれないと言われているようですが、まだ第1種過誤の可能性はぬぐえず、結論はだせないと思われます。現在実施中の4つの大規模臨床試験の結果を待ちたいところです。

文献1:Núria Gaja-Capdevila et al. Front Pharmacol. 2021 Dec 10;12:780588. doi: 10.3389/fphar.2021.780588. eCollection 2021.
文献2:Front Pharmacol. 2021 Apr 20;12:652688. doi: 10.3389/fphar.2021.652688. eCollection 2021.
文献3:Gatti F, Bellini L, Gasperini M, Perez J, Zanardi R, Smeraldi E. Am J Psychiatry. 1996 Mar;153(3):414-6. doi: 10.1176/ajp.153.3.414.
文献4:R Zanardi 1, L Franchini, A Serretti, J Perez, E Smeraldi J Clin Psychiatry. 2000 Jan;61(1):26-9. doi: 10.4088/jcp.v61n0107.
文献5:Am J Psychiatry. 1996 Dec;153(12):1631-3. doi: 10.1176/ajp.153.12.1631.
文献6:Ann Gen Psychiatry. 2010 May 21;9:23. doi: 10.1186/1744-859X-9-23.