勉強会の記録

  • Feeling Safe Programme (CBTp) 2021年08月24日

    ・オックスフォード大学のFreemanらが開発した被害妄想に対する認知療法(Feeling Safe Programme)の介入試験の報告です(Lancet Psychiatry. 2021 Aug;8(8):696-707.)。

    ・やたら効果量が大きくでてますが、これについては効果量を求める際にベースラインのデータから求めた標準偏差を使用しており、天井効果によって実際の数値よりもかなりでかくなっているのではないかという指摘もあり、結果を慎重に解釈する必要があります(最後に述べるようにエンドポイントでのSDを用いると従来のCBTpとあまり変わらない効果量になる)。

    ・ただ、新たなCBTpの枠組みとして、どんなものかについては知っておいた方がよさそうです。もうちょっと詳細を知りたかったのですが、論文のappendixをみても、細かいことはわからず、Feeling Safe Programmeのトレーニングコース(https://www.psych.ox.ac.uk/research/oxford-cognitive-approaches-to-psychosis-o-cap/the-feeling-safe-programme)を受けるしかなさそうです。

    Feeling Safe Programme(CBTp)

    背景

    ・標準治療に加えて、陽性症状に対する認知行動療法(CBTp)を行うと、妄想が減少することが示されており、妄想について話すことは、もはや禁忌ではない。しかし、これまでのCBTpの妄想に対する効果量は小さい(d=0.3)。これは社交不安に対するCBTの効果量が1.56と報告されているのとは対照的である

    ・今回新たな認知モデルに基づいて、被害妄想に対するCBTpを開発した

    ・被害妄想は非気分障害圏の精神病患者の70%以上にみられ、心理的健康度の顕著な低下と関連する

    ・今回開発されたCBTpでは、被害妄想は遺伝的・環境的リスクを背景として、過剰な憂慮、自信の低下、睡眠不足、異常体験、推論バイアス、安全希求行動などのいくつかの心理的プロセスによって維持される、脅威に関する根拠のない信念として概念化された

    ・このCBTpはFeeling Safe Programmeとよばれ、今回無作為割付試験により有効性が検証された。これまでの介入試験ではCBTpはセラピストと親密な関係を築く手法(befriending)と比較して、精神病患者に対する治療効果において有意差を見出すことができていない

    ・今回Feeling Safe Programmeを6カ月間施行し、6か月時点および12か月時点において親密な関係の構築と比較して、被害妄想の程度、妄想の重症度や、抑うつなどの指標について、有意な改善を示すかどうかを検証した

    対象と方法

    ・無作為割付single blind試験(単一施設)

    ・16歳以上で,被害妄想が3カ月以上継続。PSYRATS で評価した確信度が60%以上。非気分障害圏であること(統合失調症が61%、統合失調感情障害が17%、特定不能の精神病性障害が19%)。抗精神病薬の併用が96%(CP換算で平均482.7mg)。抗うつ薬も61%が併用

    ・Feeling Safe Programme群 n=64
    ・Befriending群 n=66

    ・6カ月間で約20セッション施行(平均週に1回程度)。7名の心理士が施行(毎週録音された音声を用いたスーパービジョンあり)。

    ・投薬は通常通り継続され、試験期間中の変薬は許可されていた

    ・主要評価項目はPSYRATSで自己評価した被害妄想の確信度(0-100%)

    ・副次評価項目として、Revised Green et al Paranoid Thoughts Scaleで評価した妄想尺度、Columbia-Suicide Severity Rating Scaleで評価した希死念慮、BDIで評価したうつ症状、Dimensions of Anger Reactions scaleで評価した怒り、SPEQの幻聴尺度で評価した幻聴、Temporal Experience of Pleasure Scaleで評価したアンヘドニア、Warwick-Edinburgh Mental Wellbeing Scaleで評価した心理的健康度、EQ-5D-5L などで評価したQOLなど

    ・回復はPSYRATSで50%未満と定義

    ・ベースライン、6か月時点(介入終了時)、12か月時点(終了後6か月時点)で評価

    ・Feeling Safe Programmeは、患者の好みに合わせてカスタマイズして提供された

    ・エントリー時点で最近の被害妄想に関して評価され、妄想の維持因子( 過剰な憂慮、自信の低下、不安な感情やその他の内面的な異常体験への不耐性、推論バイアス、安全希求行動)が患者に関連しているかどうかが確認された。これらの維持因子に応じて、患者毎に睡眠の改善、憂慮の軽減、自信の向上、声の影響の軽減、推論過程の改善、十分な安全の確保などのモジュールが提供された。

    ・各モジュールは約6回のセッションで構成。

    ・患者は好みに応じて3~4つのモジュールを完了した。治療終了前には、すべての患者にfeeling safe enough module(このモジュールは、脅威の信念を減らし、安全の信念を築くために、行動テストで安全希求行動を減少させるためのもの)を完了することが推奨された

    ・Feeling Safe Programmeは第1世代のCBTpと異なり、安全性の評価、睡眠障害、憂慮、ポジティブな自己信念などに焦点を当てている点で異なる

    ・対照群のbefriending群についてはFeeling Safe and Supportedとよばれるプロトコルに従い、「定期的に他の人とつながる時間を持つことが、すべての人の健康に良いことがわかっています。あなたは、日常的な話題について、傾聴され、尊重され、話し合う時間を持つことができます。そうすることで、困難な状況から解放され、自分自身についてより良く感じることができるのです。Feeling Safe and Supportedでは、自分が興味を持っていることや楽しんでいる活動を振り返る時間を設けています。このようにして、私たちは安心感、落ち着き、そしてつながりを感じることができるのです」と説明され、セラピストと友好的な関係を築くセッションが週に1回行われた。

    結果

    ・Feeling Safe Programme群は平均19.1回のセッションに参加し、Befriending群は平均16.4回であった。6回以上のセッションに参加した割合はFeeling Safe Programme群 97%、Befriending群 94%

    ・Feeling Safe Programme群では、平均2.7のモジュールを完了。完了したモジュールの割合は、十分な安全の確保(88%)、自信の向上(50%)、憂慮の軽減(44%)、声の影響の軽減(33%)、睡眠の改善(31%)、推論過程の改善(2%)であった。

    ・ベースラインのPSYRATS得点は、被害妄想の確信度が高いことを示しており、41名(全体の32%)の患者が妄想の確信度を100%と評価し、122名(全体の93.8%)の患者が妄想の確信度を70%以上と評価した。

    ・主要評価項目の6か月後のPSYRATS得点(妄想の確信度)は、Feeling Safe Programme群は、befriending群と比較して、有意に改善した(平均差=10.69 [95%CI -19.75 to -1.63] d=0-86)、全体的な妄想の重症度(d=1.20)、怒り、関係念慮、心理的な幸福感、満足度などもFeeling Safe Programme群で有意に良好であった。希死念慮や抑うつ、幻覚、アンヘドニアなどは有意差なかった

    ・12か月後も妄想の重症度、満足度、関係念慮などは有意にFeeling Safe Programme群で良好であった。

    ・回復率( PSYRATS得点で50%未満で定義)はFeeling Safe Programme群 50.8%、befriending群 34.9%で有意差なし

    ・6か月後の抗精神病薬のCP換算量も両群有意差なし(Feeling Safe Programme群 462.4mg、Befriending群 545,3mg)

    コメント

    ・効果量の大きさが天井効果なのではと指摘したのはこちらの論文(Lancet Psychiatry. 2021 Aug;8(8):644-646)です。

    ・天井効果とは何ぞやという事ですが、この論文の主要評価項目のPSYRATSの下位尺度である被害妄想の確信度は患者が自己評価で0から100までで確信度を評価するもので、ベースラインの重症度が高く、100点をつけた患者が多いと、そこが天井になりデータのばらつきが減って標準偏差も小さくなってしまうことです。

    ・実際に論文のデータをみても、下図のごとく、両群ともベースラインの平均値は87点くらいで、100点をつけた患者が全体の32%であり、その結果ベースラインのSDも6か月時点と比較して小さくなっています(Lancet Psychiatry. 2021 Aug;8(8):703. table 2より引用)。

    figk001

    ・もともと研究の計画段階でベースラインのSDを使うと宣言されているので、計画通りなのですが、リアルワールドで実践された場合の結果とは異なる可能性があります。

    ・ちなみにエンドポイントでのSDを使って効果量を求めると、主要評価項目についてはcohen's d=0.86 → d=0.34となり、全体的な妄想の重症度はd=1.20 → d= 0.55 となり、数値的には従来のCBTpと同レベルに落ち着きます。

    ・6か月の介入終了時点で併用されていた抗精神病薬の用量が減るなどの効果もあれば興味深かったのですが、残念ながらCP換算量の平均はFeeling Safe Programme群でベースラインよりもちょっと増えています。

    ・さらにもう1点指摘されていた点があり、両群ともにベースラインからかなりの改善度を示している点です。これについては暴露や社会的接触といった共通の要因が症状改善に寄与したのではと指摘されており、Bleulerの次の言葉が引用されています。「意味のある社会的接触は、被害妄想に対する最も強力な解毒剤であるかもしれない」

    ・昔の人の言葉ですが、統合失調症治療において、心理社会的介入も重要であるとする現在の臨床にも通じる言葉だと思います。

  • バーチャルリアリティー 2021年08月14日

    ・とある論文のイントロで、認知療法と行動療法の治療効果の違いについて、社交不安症については古いメタ解析では有意差がでてない、という話がでていて、真っ先に思い浮かんだのは、うつ病に対して行動活性化療法と認知行動療法とで無作為割付試験を行ったCOBRA試験の結果でした(Lancet. 2016 Aug 27;388(10047):871-80)


    ・COBRA試験の結果の概略としては、12か月後の寛解率(PHQ-9で9点以下で定義)は行動活性化療法 66%、認知行動療法 66%で有意差なく、行動活性化療法の認知行動療法に対する非劣性が支持されたという結果でした。コストについては行動活性化療法が約2割強有意に低く、驚いたのは、認知の再構成を行わなくても結果が変わらなかったという点でした。というわけで行動療法のみでも、それなりの治療効果は期待できそうです。

    ・日本発の精神療法である森田療法は、ありのままを受け入れるという点で第3世代認知行動療法に近いといわれますが、行動面での介入も中心的な構成要素である点では、不安症にかなり良好な治療成績をあげることが期待できそうですが、残念ながら介入試験が少ないこともあり(ほとんど中国からの報告)、コクラン・レビュー(Cochrane Database Syst Rev. 2015 Feb 19;(2):CD008619.)でもエビデンスとして明確な結論を導きだすことができないという現状のようです。


    ・社交不安症における暴露療法と認知行動療法の比較については、2014年のネットワークメタ解析(Lancet Psychiatry. 2014 Oct;1(5):368-76.)でも検討されていて、暴露療法のSMDは-0.83(95% CI -1.07 to -0.59)、個別CBTのSMDは-1.19(95% CI -1.59 to -0.81)であり、両者の有意差はやはりない状況でした。

    ・この暴露療法をバーチャルリアリティでしてしまおうという試みがあります。今回取り上げるのは、Delft Remote Virtual Reality Exposure TherapyシステムというVRシステムを使用した社交不安症患者に対するVR暴露療法の介入試験です。


    ・これまで社交不安症に対する介入試験はいくつか報告されているようですが、認知面への介入を一切行わない、純粋に暴露療法のみで比較された介入試験は現在までにこの報告(Behav Res Ther. 2016;77:147–56)しかないようです。現実世界での暴露に、バーチャルリアリティーはどこまで迫れるのか、ざっと内容をまとめてみます。

    VR技術による社交不安症治療


    背景

    ・社交不安症は、アメリカで最も一般的な精神疾患の一つであり、生涯有病率は12.1%と推定されている。しかし患者の約3分の1しか治療を受けていない

    ・CBTの中心的な要素は、恐怖刺激に直面しながら安全行動を排除することで、患者が恐れている否定的な結果が起こる可能性が低いことを学習する暴露である

    ・CBTは、認知再構築と暴露の両方を用いて、不適応な認知と行動を修正することを目的としている。これまでのメタ解析では、CBTと暴露療法単独(認知面の修正を行わない)との比較では、治療効果に有意差がないことが報告されている

    ・バーチャル・リアリティを用いた暴露療法(VR暴露療法)は特定の恐怖症において広く研究されているが、社交不安症の治療におけるVR暴露療法の有効性に関する研究はまだ限られている

    ・VR暴露療法についての介入試験はいくつか報告されているが、いずれも治療群ではVR暴露療法とCBTが併用されており、VR暴露療法単独の有効性は検討されていない。また暴露対象についても特定の場面のみとなっていた

    ・今回、認知面での介入のない純粋な暴露療法としてのVR暴露療法と、現実場面での暴露療法(in vivo exposure)を、様々な社交的場面における暴露対象を取り入れて比較する介入試験を行った

    対象と方法

    ・18-65歳の社交不安症患者(DSM-IV)。The Social Interaction Anxiety Scale(SIAS)で29点以上

    ・除外基準として、過去1年以内に心理療法を受けたことがある、現在抗不安薬を使用している、最近6週間以内の抗うつ薬の用量変更、精神病の既往、希死念慮を有する、物質依存、認知機能障害など

    ・主要評価項目はLiebowitz Social Anxiety Scale-Self Report (LSAS-SR)

    ・社会的状況において他者から否定的な評価を受けることに対する主観的な恐怖はFNE-B(Fear of Negative Evaluation Scale-Brief Form)で評価

    ・副次評価項目として、行動回避の程度を評価するための5分間の即興スピーチ課題におけるpublic speaking performance measureを用いた発話パフォーマンスを測定、DASS-21で抑うつ、不安、ストレスなどを評価、回避性パーソナリティ障害関連の信念は、Personality Disorder Belief Questionnaire (PDBQ)で評価、QOLをEUROHIS-QOL で評価

    ・VR暴露群 n=20
    ・In vivo暴露群 n=20
    ・Wait list群  n=20

    ・VR暴露群およびin vivo暴露群ともに、1回90分のセッションを週に2回、合計10セッション施行

    ・宿題はなく、セッション中の暴露のみで構成された。両群ともに認知面への介入は行われなかった

    ・評価は介入前、介入後(5週後)、介入終了後3か月時点に行われた

    ・VR暴露には、Delft Remote Virtual Reality Exposure Therapyシステムを使用

    ・VR暴露では以下の社交的場面で暴露療法を実施。患者は、すべての仮想場面を少なくとも1回、不安が減るまで練習。暴露場面の不安強度に応じて段階的暴露を実施。半構造化された対話は、別室にいるセラピストによって行われた

    〇教室:聴衆(12人)の前で一般的または個人的な話題について講演を行い、その後、聴衆(セラピスト)からの質問に答える

    〇バス停:バス停で見知らぬ人に話しかけ、質問し会話の練習をする(道順など)。

    〇レストラン:就職面接場面では、患者はウェイターの仕事に応募し、質問を受ける(例:以前の経験など)。食事の場面では、患者は相手と個人的な会話をしたり、注文したものに対して不満を言う練習をする。

    〇ショップ:仮想的服屋で店員と会話。店員は複数の商品を買うように説得したり、商品を返品する際に別の商品を買うように説得したりする

    〇駅:ラジオ局の男性2人から、政府に対する意見についてインタビューを受ける

    〇ミーティングルーム:会議室で、テーブルに座った4人の前で、少人数の聴衆を前にした会話を練習。会話の後、患者は聴衆からの質問に答える。

    〇カフェ:テーブルに座って、ウェイターと会話をする。もしくは、お見合いをして、その相手と個人的な話題について話す

    ・In vivo暴露は10回のセッションで構成され、セッション3から9では60分間の暴露を行った。セッション10は再発予防のための振り返りなどを行った。VR暴露と同様に、セッション1と2では、治療の理論的根拠と不安の階層について話し合われた。セッション3から9で不安の階層に応じた段階的暴露が行われた。社会的場面としてはセラピストのオフィス、スーパー、カフェ、ショップ、地下鉄の駅などで実施できる暴露療法で構成された


    結果

    ・社交不安尺度であるLSAS-SRについては、介入後(5週後)においてはwait list群と比較して、VR暴露群、in vivo暴露群ともに有意な改善がみられた。改善度はin vivo暴露群がVR暴露群より有意に大きかった。また介入後3か月時点でのLSAS-SRのベースラインからの変化量もin vivo暴露群はVR暴露群より有意に大きかった

    ・他者から否定的な評価を受けることに対する主観的な恐怖尺度であるFNE-Bについては、in vivo暴露群はwait list群と比較して、ベースラインからの変化量が有意に大きかったが、VR暴露群については、wait list群と有意差がなかった。介入後3か月時点でも同様であった

    ・スピーチパフォーマンスについては、in vivo暴露群は、介入後においてべースラインからの変化量がwait list群と比較して有意に大きかった。一方VR暴露群は有意差がなかった

    ・回避性パーソナリティ障害関連の信念に関する尺度(PDBQ)については、5週後の両群のベースラインからの変化量はいずれもwait list群より有意に大きかった。しかし介入後3か月時点においては、ベースラインからの改善度はin vivo暴露群がVR暴露群より有意に大きかった

    ・DASS-21で評価されたストレス尺度は5週後に両群ともにwait list群よりも有意に改善。不安尺度については、in vivo暴露群のみがwait list群より有意に改善。抑うつ尺度については、両群ともにwait list群との有意差はみられなかった

    ・EUROHIS-QOLで評価したQOL尺度については、5週後においてin vivo暴露群はwait list群と比較して有意に良好であった。VR暴露群は有意差なし

    結論

    ・この試験で使用されたVR暴露はin vivo暴露にいくつかの指標で劣る結果であった。VR環境におけるアバターに表情がなかったことも一因かもしれない

    ・自宅からでることすらできない、もしくは現実世界での暴露が困難な重度の社交不安症患者にはVR技術は治療の入り口として有用なツールになるかもしれない

    ・VR環境では簡便に様々な場面での暴露を体験できるため、将来的に有用かもしれない

    ・暴露療法における社会的状況が両群で同一ではなかったことは本研究の限界となる

    コメント

    ・アバターに表情や豊かな感情表出などがあれば、また結果も違ったかもしれません。社交不安症治療においては、まだVR技術は現実世界には及ばないところがあるというところでしょうか。今後の技術の進展により、どこまで現実世界での暴露に近づけるかというところは注目です。

  • zuranolone 2021年07月29日

    ・神経ステロイド製剤であるbrexanoloneは2019年5月FDAにより産後うつ病に対して静注製剤として承認されました。

    ・その後まもなくして経口投与可能な神経ステロイド製剤の第2相試験の結果がNew England Journal of Medicine誌に掲載されたので、産後うつに対する臨床試験かと思ったら、大うつ病に対する試験で驚いた記憶があります(Handan Gunduz-Bruce et al. N Engl J Med. 2019 Sep 5;381(10):903-91)。小規模試験でしたが、15日目で反応率のNNTが2.6とかなりの数字を叩き出しておりなかなかの結果でした。この時はまだ開発中のコードネームのような薬剤名(SAGE-217)でしたが、今回、一般名zuranoloneが与えられ、産後うつ病に対する第3相試験の結果が報告されました(Kristina M Deligiannidis et al. JAMA Psychiatry. 2021 Jun 30;e211559. doi: 10.1001/jamapsychiatry.2021.1559.)。ちなみにzuranolone(SAGE-217)もbrexanolone(SAGE-547)もSAGE therapeutics社の開発した薬剤となります。

    ・zuranoloneはGABA A受容体のアロステリック調節剤であり、ベンゾジアゼピン系薬剤と異なりδサブユニットにも作用し、シナプス外のGABA A受容体にも作用することが特徴とされています。

    ・試験はプラセボ対照で行われ合計153名の通院中の周産期うつ病患者(妊娠第3三半期から産後4週までの発症)が対象となり、ベースラインのHAM-D17で26点以上と比較的症状の重たいケースが対象となっています

    ・試験期間は2週間(投薬期間も2週間)で、主要評価項目はHAM-D17の変化量でした。

    ・結果ですが、脱落はzuranolone群2名、プラセボ群1名で重大な副作用としてはzuranolone群の1名が記憶障害を伴う錯乱状態(鎮静を要し7時間で改善)を呈しました。この患者は減量してその後も試験を継続しました。またzuranolone群の1名で鎮静のため試験中断となりました。

    ・2週間での反応率はzuranolone群 72%、プラセボ群 48%であり、NNT 4.17となかなかの数字です。プラセボとの有意差は投与開始3日目から明らかとなり、投与終了してから4週後のHAM-Dも両群有意差があり、治療効果が保たれていました

    ・zuranoloneは1日1回経口投与が可能なことが最大の利点であり、brexanoloneの第3相試験(Lancet. 2018 Aug 31. pii: S0140-6736(18)31551-4. )では、治療開始から60時間連続で静注投与が必要であったため、外来での治療ができませんでした。

    ・brexanoloneとの治療効果の比較ですが、ベースラインの患者群が似ている(HAM-D17で26点以上)study 1の結果と比較すると、brexanoloneでは投与終了時点(投与開始から60時間)でのHAM-D変化量は、brexanolone60mg群 19.5点、90mg群17.7点、プラセボ群14.0点でした。一方zuranoloneについては、投与3日目のHAM-D変化量はzuranolone群 12.5点、プラセボ群9.8点でした。やはりbrexanoloneは持続静注していたため、プラセボ効果も大きかったのでしょうか。zuranoloneの投与終了時点でのHAM-D変化量はzuranolone群 17.8点、プラセボ群 13.6点とbrexanolone投与終了時点と近い数字になっています。

    ・というわけで、アメリカで産後うつ病に対して新たな経口製剤が承認されるかもしれません。抗うつ薬と比較して治療効果発現が迅速であることが期待され、今後国内でも使用可能となることが期待されます。

     

  • なんでネコなのか 2021年07月21日

    ・トキソプラズマは何でネコの腸管上皮でしか有性生殖ができないのか。そのナゾに対する答えがわかったのは割と最近のようです。

    ・文献1によれば、ネコは哺乳類の中で唯一、リノール酸の代謝に必要なデルタ-6-デサチュラーゼ活性を腸内で欠損しており、その結果、全身的にリノール酸が過剰になっているということです。腸管上皮でのリノール酸の存在が、トキソプラズマの有性生殖を可能にしているらしいとのことで、この報告ではマウスのデルタ-6-デサチュラーゼを阻害し、その食餌にリノール酸を加えることで、マウスで有性生殖が可能になることを示しています。

    ・というわけで本題ですが、文献2に健常者におけるトキソプラズマ感染と認知機能の関係についてのメタ解析結果が報告されました(文献2)。

    健常者におけるトキソプラズマ感染と認知機能

    背景

    ・トキソプラズマに感染した齧歯類は、非感染の齧歯類と比較して、危険を冒す行動や衝動的な行動を示すことがあり、感染したマウスは、反応速度の低下、学習能力の低下、運動能力の低下を示すことがあると報告されている

    ・ヒトにおいては、統合失調症、双極性障害、自殺リスク、交通事故リスクの増加などとの関連が報告されている

    ・トキソプラズマと統合失調症リスクについては、文献3において約18年間の縦断的なnested case-control 研究の結果が報告されている。

    ・この報告では、症例群としては18歳から65歳までの最近発症した精神病群(n=221、少なくとも中程度の重症度の陽性症状が数日間にわたって続く、もしくは週に数回発生するなどの頻度の精神病症状が過去24カ月以内に初めて発症した群)が設定され、抗トキソプラズマIgG抗体の陽性率が健常コントロール群(n=571)や慢性期の統合失調症患者(n=752)、双極性障害患者(n=444)、うつ病患者(n=64)などと比較された。

    ・最近発症した精神病群はDSM-IVにより精神病症状を伴う気分障害群と、統合失調症圏(統合失調症や統合失調感情障害など)に分類された。最近発症した精神病群の平均罹病期間は約1.3か月であり、慢性期の統合失調症群の平均罹病期間は約20年、慢性期の双極性障害群およびうつ病群では約17年であった。

    ・抗トキソプラズマIgG抗体は固相酵素免疫測定法で測定され、標準試料の0.8倍以上のシグナルが得られた場合に陽性と判定。

    ・抗トキソプラズマ抗体陽性の最近発症した精神病群のコントロール群に対する調整後オッズ比(就業年数、性別、人種、母親の学歴、出生地などで調整)は2.44で有意差あり。非気分障害圏の最近発症精神病群の調整後オッズ比は2.49、精神病症状を伴う気分障害群の調整後オッズ比は2.40でいずれも有意差ありであった。

    ・一方慢性期の統合失調症、双極性障害、うつ病についてはコントロール群と抗トキソプラズマ抗体陽性に関して調整後オッズ比は有意差がないとの結果であった。

    ・この結果については、次のように考察されている。つまり統合失調症については罹病期間が長くなり、かつ再暴露がないと、抗体濃度は時間とともに低下し、発症から何年も経つと対照群と変わらない抗体濃度になる可能性があること。また統合失調症や双極性障害の治療に用いられるバルプロ酸やその他の薬剤は、細胞培養において抗トキソプラズマ活性を持つことが示されており、これにより、時間の経過とともに抗トキソプラズマ抗体の血清陽性率が低下することにつながる可能性があるためではないかなどと考察されている。(しかしこの報告もトキソプラズマ感染歴や感染からの期間が評価されたわけではないため、この考察が正しいかどうかはわからない)

    ・今回、システマティックレビューとメタ解析を行い、健常者のトキソプラズマ血清反応陽性と認知機能低下との関連性を検討した

    対象と方法

    ・健常者で血清抗トキソプラズマ抗体を測定され、認知機能が評価されている観察研究(横断的および縦断的)

    ・認知機能テストについては、処理速度、ワーキングメモリ、短期言語記憶、実効機能などに大別され、これら4つの領域でメタ解析が可能であった

    結果

    ・13 studies(n=13289)がメタ解析の対象となった(うち3006名、22.6%が抗トキソプラズマ抗体陽性)

    ・処理速度(Trail Making Test A、Serial Reaction Time Test、go/no-go reaction time testのいずれかで評価)については9 studiesで評価。全体の効果量は0.12で有意差あり。Heterogeneietyの指標であるI^2は13%と低かった

    ・ワーキングメモリ(Wechsler Adult Intelligence Scale、Wechsler Intelligence Scale for Children digit span test measuringworking memoryなどで評価)については6 studiesが評価。SMD=0.16で有意差あり。Heterogeneiety I^2=0% 異質性なし

    ・短期言語記憶(Auditory Verbal Learning Test、California Verbal Learning Test、Verbal Learning and Memory Test measuring short-term verbal memoryなどで評価)は5 studiesで評価。SMD 0.18と有意差あり。Heterogeneiety I^2=22%でmoderate

    ・実効機能(Trail Making Test B、verbal fluency test、clock drawing testなどで評価)については8 studiesが評価
    SMD 0.15で有意差あり Heterogeneiety I^2=63%で有意。ただし質の低いstudyを除外したsensitivity analysisでもSMD=0.15で有意差あり

    結論

    ・トキソプラズマ感染は評価した全ての認知領域において、小さいながらも有意な認知機能の悪化をもたらす可能性があるとの結果になった

    ・しかし、これらの関連性は主に横断研究(13 studies中9 studiesが横断研究で残りはコホート研究)から得られたものであるため、認知機能低下がトキソプラズマ感染と因果関係があるかどうかは明確ではない。逆因果関係(認知機能低下や精神医学的問題をより多く抱えている人は、より高い確率で感染する)や、トキソプラズマ感染と認知機能低下や精神医学的問題の両方の可能性を高める別の要因(例えば貧困、MMP-9遺伝子多型など)を排除することはできない

    ・今後は、縦断的研究を行い、社会経済的な状況、菌株の種類、血清濃度、考えられる複合感染(サイトメガロウイルスやヘルペスウイルスなど他の感染症との重複感染が免疫応答に影響することが知られている)、感染期間など、潜在的な交絡因子を検討することが必要となる

    コメント

    ・妊娠中は垂直感染リスクがあるためネコ(特にフン)との接触や生肉や井戸水などの摂取を避ける、土壌に触れる際には手袋をするなどの感染防御策をとったほうがよさそうです。

    文献1:Bruno Martorelli Di Genova et al. PLoS Biol. 2019 Aug 20;17(8):e3000364. doi: 10.1371/journal.pbio.3000364. eCollection 2019 Aug.
    文献2:Lies de Haan et al. JAMA Psychiatry. 2021 Jul 14;e211590. doi: 10.1001/jamapsychiatry.2021.1590.
    文献3:Yolken R et al. PLoS Negl Trop Dis. 2017;11:e0006040.

  • ストレスチェックについて 2021年07月14日

    ・労働安全衛生法により従業員50人以上の事業所では義務化され、50人未満では努力義務とされるストレスチェック制度ですが、これはメンタルヘルス不全の一次予防のために使用することを意図して行われるものです。このことは厚労省も明記しています。

    ・とかく希望者による高ストレス者の面談が注目されがちなストレスチェック制度ですが、これは本来意図された使い方ではありません。高ストレス者については全体の10%が該当するように事前の大規模なテストで閾値が設定されており、職場全体に占める高ストレス者の割合のこの数値からどの程度乖離しているかも職場環境の1つの指標にはなりうるかと思われます。

    ・高ストレス者の面談といえば二次予防のように思われますが、ストレスチェック制度は二次予防目的ではないことに注意が必要で、むしろこれまでのエビデンスからは二次予防として使用してはならないと考えた方がよさそうです。

    ・一次予防として使用するとはどういう意味かというと、きちんと集団解析を行い、事業場の環境改善を行い、メンタルヘルス不全の発生しにくい職場づくりのために役立てなければ意味がないということです。

    ・もし集団解析を職場の環境改善に役立てていない事業所があれば、単にストレスチェックのための労力とお金を捨てているだけだと思われます。

    ・なぜこのようなことが言えるのかについて、これまでのエビデンスをみてみます。

    ・まずはうつのスクリーニングをして、その結果をプライマリケア医に伝えることが何らかの有益なアウトカムをもたらすのかどうか、メタ解析の結果(CMAJ 2008;178(8):997-1003)をみてみます。

    ・この結果には5つのstudyが含まれていますが、たとえばかなり症例数の多いLewisらの報告(Fam Pract. 1996;13:120-6)では、ロンドンのある診療所に通院する患者の中からエントリーされた681名の患者を対象に、12項目のGeneral Health Questionnaire (GHQ:2-3週間前から現在までの健康状態で、精神的・身体的問題があるかどうかのスクリーニング)を全員に行い、患者は3つの群に無作為割付されました。

    ・第1群はかかりつけ医に何も伝えない群、第2群はGHQ-12の結果のみを伝える群、第3軍はGHQ-12に加えてさらにコンピュータを用いた自己評価式の20分間ほどのPROQSYと呼ばれる精神的健康度に関するアセスメントを受け、その解析結果もかかりつけ医に伝えられ、かかりつけ医とその結果について議論する機会を持ったものとされました。

    ・そして、6週後、3か月後、6か月後のGHQの各群の平均点が比較されました。その結果、6週後においては第3群がわずかに有意にGHQ平均点が良好であったものの、3か月後、6か月後のGHQ得点は群間有意差なしとの結果でした。プライマリケア医にスクリーニング結果を伝えようが、伝えまいが、長期的な精神的健康度に関するアウトカムはほとんどかわらなかったということになります。

    ・類似したアウトカムを評価した介入試験は2008年時点で5つあり、そのメタ解析結果が下図です(引用元:Simon Gilbody DPhil et al. CMAJ 2008;178(8):997-1003)。

    figs001

    ・残念ながら、精神的健康度に関するスクリーニングを行い(いくつかのstudyはうつ病に特化したスクリーニングを使用)、その結果をかかりつけ医に伝えようが、伝えまいが、3か月以上の長期的な精神的な健康度に関するアウトカムはかわらなさそう、ということがいえます。この状況はストレスチェックにおける面談にも似ていて、1度だけの面談で終わる場合、その結果について医師や健康管理スタッフと議論する機会があろうがなかろうが、長期的な精神的健康度についてのアウトカムはかわらない可能性があると言えます。ですので、厚労省は、ストレスチェックについては集団解析をして、環境改善をして一次予防に活用しなさいと言っているわけです。

    ・では、どうすれば、スクリーニングが意味を持つのか?それは、スクリーニングとケアを組み合わせた介入を行うことのようです。ケアも行うので、予後が良くなって当然のようにも思えますが、時間と労力はかなりのものになります。

    ・例えば文献1は、閾値下のうつ症状を有する患者を対象に、協同的ケア(collaborative care)と通常ケア(プライマリケア)を比較した介入試験になります。

    閾値下うつ症状を有する高齢者のうつ症状に対する協同的ケアと通常ケアの比較

    背景


    ・閾値下のうつ状態については、薬物療法は第1選択ではない。また認知行動療法や対人関係療法、行動活性化療法などの専門療法はより重篤なうつ状態に適応となることが多い

    ・協同的ケア(collaborative care)は、訓練をうけたケアマネージャーらにより提供されるものである。イギリスにおいて、協同的ケアが閾値下のうつ状態に有用かどうかを介入試験により検証した

    対象

    ・65歳以上のプライマリケア患者で、「過去1ヶ月間に気分の落ち込み、憂うつな気分、絶望感のいずれかで悩んでいますか」もしくは「過去1ヶ月間に興味の減退や喜びの感情の喪失により悩んでいますか」の質問のいずれかでyesであるもの

    ・さらに、訓練を受けた研究者による電話インタビューでDSM-IVの閾値下うつ病に該当するもの

    ・認知機能低下やアルコール依存などは除外

    方法

    ・無作為割付single blind試験

    ・参加者は協同的ケア群(N=344)ないし通常のプライマリケア群(N=361)に割付

    ・協同的ケアは、メンタルヘルス専門看護師もしくは心理士資格を有するケアマネージャーにより提供。提供期間は8週間で、この間電話によるサポート、症状のモニタリング、行動活性化(うつ症状により失われた社会的活動や報酬探求的活動の活性化)のための構造化プログラムの提供などを行い、必要に応じてケアマネージャーは精神科医などによる助言を得た。

    ・主要評価項目は4か月時点でのPHQ-9得点(うつ症状尺度)

    結果

    ・4か月時点でのPHQ-9得点は、協同的ケア群平均5.36点、通常ケア群 6.67点で有意差あり。

    ・4ヶ月時点でうつ病と診断されたものは、協同的ケア群 17.2%、通常ケア群 23.5%で有意差なし。12ヶ月時点でうつ病と診断されたものは、包括的ケア群 15.7%、通常ケア群 27.8%で有意差あり

    ・うつ症状尺度(PHQ-9)、不安症状尺度(GAD-7)については、4ヶ月時点、12ヶ月時点いずれも有意差あり

    結論

    ・スクリーニング後の協同的ケアは閾値下うつの予後を改善する可能性がある

    コメント

    ・ストレスチェック制度は義務化された事業場ではそれなりにコストや労力がかかっているものと思われます。単なるスクリーニングとして使用するのではなく、集団解析を行い、問題点を抽出し、職場環境改善を行って(たとえば、具体的な環境改善の方法としてはhttps://kokoro.mhlw.go.jp/manual/を参照)有効活用したいものです。

    文献1:Gilbody S et al. JAMA. 2017 Feb 21;317(7):728-737.

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