・オックスフォード大学のFreemanらが開発した被害妄想に対する認知療法(Feeling Safe Programme)の介入試験の報告です(Lancet Psychiatry. 2021 Aug;8(8):696-707.)。

・やたら効果量が大きくでてますが、これについては効果量を求める際にベースラインのデータから求めた標準偏差を使用しており、天井効果によって実際の数値よりもかなりでかくなっているのではないかという指摘もあり、結果を慎重に解釈する必要があります(最後に述べるようにエンドポイントでのSDを用いると従来のCBTpとあまり変わらない効果量になる)。

・ただ、新たなCBTpの枠組みとして、どんなものかについては知っておいた方がよさそうです。もうちょっと詳細を知りたかったのですが、論文のappendixをみても、細かいことはわからず、Feeling Safe Programmeのトレーニングコース(https://www.psych.ox.ac.uk/research/oxford-cognitive-approaches-to-psychosis-o-cap/the-feeling-safe-programme)を受けるしかなさそうです。

Feeling Safe Programme(CBTp)

背景

・標準治療に加えて、陽性症状に対する認知行動療法(CBTp)を行うと、妄想が減少することが示されており、妄想について話すことは、もはや禁忌ではない。しかし、これまでのCBTpの妄想に対する効果量は小さい(d=0.3)。これは社交不安に対するCBTの効果量が1.56と報告されているのとは対照的である

・今回新たな認知モデルに基づいて、被害妄想に対するCBTpを開発した

・被害妄想は非気分障害圏の精神病患者の70%以上にみられ、心理的健康度の顕著な低下と関連する

・今回開発されたCBTpでは、被害妄想は遺伝的・環境的リスクを背景として、過剰な憂慮、自信の低下、睡眠不足、異常体験、推論バイアス、安全希求行動などのいくつかの心理的プロセスによって維持される、脅威に関する根拠のない信念として概念化された

・このCBTpはFeeling Safe Programmeとよばれ、今回無作為割付試験により有効性が検証された。これまでの介入試験ではCBTpはセラピストと親密な関係を築く手法(befriending)と比較して、精神病患者に対する治療効果において有意差を見出すことができていない

・今回Feeling Safe Programmeを6カ月間施行し、6か月時点および12か月時点において親密な関係の構築と比較して、被害妄想の程度、妄想の重症度や、抑うつなどの指標について、有意な改善を示すかどうかを検証した

対象と方法

・無作為割付single blind試験(単一施設)

・16歳以上で,被害妄想が3カ月以上継続。PSYRATS で評価した確信度が60%以上。非気分障害圏であること(統合失調症が61%、統合失調感情障害が17%、特定不能の精神病性障害が19%)。抗精神病薬の併用が96%(CP換算で平均482.7mg)。抗うつ薬も61%が併用

・Feeling Safe Programme群 n=64
・Befriending群 n=66

・6カ月間で約20セッション施行(平均週に1回程度)。7名の心理士が施行(毎週録音された音声を用いたスーパービジョンあり)。

・投薬は通常通り継続され、試験期間中の変薬は許可されていた

・主要評価項目はPSYRATSで自己評価した被害妄想の確信度(0-100%)

・副次評価項目として、Revised Green et al Paranoid Thoughts Scaleで評価した妄想尺度、Columbia-Suicide Severity Rating Scaleで評価した希死念慮、BDIで評価したうつ症状、Dimensions of Anger Reactions scaleで評価した怒り、SPEQの幻聴尺度で評価した幻聴、Temporal Experience of Pleasure Scaleで評価したアンヘドニア、Warwick-Edinburgh Mental Wellbeing Scaleで評価した心理的健康度、EQ-5D-5L などで評価したQOLなど

・回復はPSYRATSで50%未満と定義

・ベースライン、6か月時点(介入終了時)、12か月時点(終了後6か月時点)で評価

・Feeling Safe Programmeは、患者の好みに合わせてカスタマイズして提供された

・エントリー時点で最近の被害妄想に関して評価され、妄想の維持因子( 過剰な憂慮、自信の低下、不安な感情やその他の内面的な異常体験への不耐性、推論バイアス、安全希求行動)が患者に関連しているかどうかが確認された。これらの維持因子に応じて、患者毎に睡眠の改善、憂慮の軽減、自信の向上、声の影響の軽減、推論過程の改善、十分な安全の確保などのモジュールが提供された。

・各モジュールは約6回のセッションで構成。

・患者は好みに応じて3~4つのモジュールを完了した。治療終了前には、すべての患者にfeeling safe enough module(このモジュールは、脅威の信念を減らし、安全の信念を築くために、行動テストで安全希求行動を減少させるためのもの)を完了することが推奨された

・Feeling Safe Programmeは第1世代のCBTpと異なり、安全性の評価、睡眠障害、憂慮、ポジティブな自己信念などに焦点を当てている点で異なる

・対照群のbefriending群についてはFeeling Safe and Supportedとよばれるプロトコルに従い、「定期的に他の人とつながる時間を持つことが、すべての人の健康に良いことがわかっています。あなたは、日常的な話題について、傾聴され、尊重され、話し合う時間を持つことができます。そうすることで、困難な状況から解放され、自分自身についてより良く感じることができるのです。Feeling Safe and Supportedでは、自分が興味を持っていることや楽しんでいる活動を振り返る時間を設けています。このようにして、私たちは安心感、落ち着き、そしてつながりを感じることができるのです」と説明され、セラピストと友好的な関係を築くセッションが週に1回行われた。

結果

・Feeling Safe Programme群は平均19.1回のセッションに参加し、Befriending群は平均16.4回であった。6回以上のセッションに参加した割合はFeeling Safe Programme群 97%、Befriending群 94%

・Feeling Safe Programme群では、平均2.7のモジュールを完了。完了したモジュールの割合は、十分な安全の確保(88%)、自信の向上(50%)、憂慮の軽減(44%)、声の影響の軽減(33%)、睡眠の改善(31%)、推論過程の改善(2%)であった。

・ベースラインのPSYRATS得点は、被害妄想の確信度が高いことを示しており、41名(全体の32%)の患者が妄想の確信度を100%と評価し、122名(全体の93.8%)の患者が妄想の確信度を70%以上と評価した。

・主要評価項目の6か月後のPSYRATS得点(妄想の確信度)は、Feeling Safe Programme群は、befriending群と比較して、有意に改善した(平均差=10.69 [95%CI -19.75 to -1.63] d=0-86)、全体的な妄想の重症度(d=1.20)、怒り、関係念慮、心理的な幸福感、満足度などもFeeling Safe Programme群で有意に良好であった。希死念慮や抑うつ、幻覚、アンヘドニアなどは有意差なかった

・12か月後も妄想の重症度、満足度、関係念慮などは有意にFeeling Safe Programme群で良好であった。

・回復率( PSYRATS得点で50%未満で定義)はFeeling Safe Programme群 50.8%、befriending群 34.9%で有意差なし

・6か月後の抗精神病薬のCP換算量も両群有意差なし(Feeling Safe Programme群 462.4mg、Befriending群 545,3mg)

コメント

・効果量の大きさが天井効果なのではと指摘したのはこちらの論文(Lancet Psychiatry. 2021 Aug;8(8):644-646)です。

・天井効果とは何ぞやという事ですが、この論文の主要評価項目のPSYRATSの下位尺度である被害妄想の確信度は患者が自己評価で0から100までで確信度を評価するもので、ベースラインの重症度が高く、100点をつけた患者が多いと、そこが天井になりデータのばらつきが減って標準偏差も小さくなってしまうことです。

・実際に論文のデータをみても、下図のごとく、両群ともベースラインの平均値は87点くらいで、100点をつけた患者が全体の32%であり、その結果ベースラインのSDも6か月時点と比較して小さくなっています(Lancet Psychiatry. 2021 Aug;8(8):703. table 2より引用)。

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・もともと研究の計画段階でベースラインのSDを使うと宣言されているので、計画通りなのですが、リアルワールドで実践された場合の結果とは異なる可能性があります。

・ちなみにエンドポイントでのSDを使って効果量を求めると、主要評価項目についてはcohen's d=0.86 → d=0.34となり、全体的な妄想の重症度はd=1.20 → d= 0.55 となり、数値的には従来のCBTpと同レベルに落ち着きます。

・6か月の介入終了時点で併用されていた抗精神病薬の用量が減るなどの効果もあれば興味深かったのですが、残念ながらCP換算量の平均はFeeling Safe Programme群でベースラインよりもちょっと増えています。

・さらにもう1点指摘されていた点があり、両群ともにベースラインからかなりの改善度を示している点です。これについては暴露や社会的接触といった共通の要因が症状改善に寄与したのではと指摘されており、Bleulerの次の言葉が引用されています。「意味のある社会的接触は、被害妄想に対する最も強力な解毒剤であるかもしれない」

・昔の人の言葉ですが、統合失調症治療において、心理社会的介入も重要であるとする現在の臨床にも通じる言葉だと思います。