・労働安全衛生法により従業員50人以上の事業所では義務化され、50人未満では努力義務とされるストレスチェック制度ですが、これはメンタルヘルス不全の一次予防のために使用することを意図して行われるものです。このことは厚労省も明記しています。

・とかく希望者による高ストレス者の面談が注目されがちなストレスチェック制度ですが、これは本来意図された使い方ではありません。高ストレス者については全体の10%が該当するように事前の大規模なテストで閾値が設定されており、職場全体に占める高ストレス者の割合のこの数値からどの程度乖離しているかも職場環境の1つの指標にはなりうるかと思われます。

・高ストレス者の面談といえば二次予防のように思われますが、ストレスチェック制度は二次予防目的ではないことに注意が必要で、むしろこれまでのエビデンスからは二次予防として使用してはならないと考えた方がよさそうです。

・一次予防として使用するとはどういう意味かというと、きちんと集団解析を行い、事業場の環境改善を行い、メンタルヘルス不全の発生しにくい職場づくりのために役立てなければ意味がないということです。

・もし集団解析を職場の環境改善に役立てていない事業所があれば、単にストレスチェックのための労力とお金を捨てているだけだと思われます。

・なぜこのようなことが言えるのかについて、これまでのエビデンスをみてみます。

・まずはうつのスクリーニングをして、その結果をプライマリケア医に伝えることが何らかの有益なアウトカムをもたらすのかどうか、メタ解析の結果(CMAJ 2008;178(8):997-1003)をみてみます。

・この結果には5つのstudyが含まれていますが、たとえばかなり症例数の多いLewisらの報告(Fam Pract. 1996;13:120-6)では、ロンドンのある診療所に通院する患者の中からエントリーされた681名の患者を対象に、12項目のGeneral Health Questionnaire (GHQ:2-3週間前から現在までの健康状態で、精神的・身体的問題があるかどうかのスクリーニング)を全員に行い、患者は3つの群に無作為割付されました。

・第1群はかかりつけ医に何も伝えない群、第2群はGHQ-12の結果のみを伝える群、第3軍はGHQ-12に加えてさらにコンピュータを用いた自己評価式の20分間ほどのPROQSYと呼ばれる精神的健康度に関するアセスメントを受け、その解析結果もかかりつけ医に伝えられ、かかりつけ医とその結果について議論する機会を持ったものとされました。

・そして、6週後、3か月後、6か月後のGHQの各群の平均点が比較されました。その結果、6週後においては第3群がわずかに有意にGHQ平均点が良好であったものの、3か月後、6か月後のGHQ得点は群間有意差なしとの結果でした。プライマリケア医にスクリーニング結果を伝えようが、伝えまいが、長期的な精神的健康度に関するアウトカムはほとんどかわらなかったということになります。

・類似したアウトカムを評価した介入試験は2008年時点で5つあり、そのメタ解析結果が下図です(引用元:Simon Gilbody DPhil et al. CMAJ 2008;178(8):997-1003)。

figs001

・残念ながら、精神的健康度に関するスクリーニングを行い(いくつかのstudyはうつ病に特化したスクリーニングを使用)、その結果をかかりつけ医に伝えようが、伝えまいが、3か月以上の長期的な精神的な健康度に関するアウトカムはかわらなさそう、ということがいえます。この状況はストレスチェックにおける面談にも似ていて、1度だけの面談で終わる場合、その結果について医師や健康管理スタッフと議論する機会があろうがなかろうが、長期的な精神的健康度についてのアウトカムはかわらない可能性があると言えます。ですので、厚労省は、ストレスチェックについては集団解析をして、環境改善をして一次予防に活用しなさいと言っているわけです。

・では、どうすれば、スクリーニングが意味を持つのか?それは、スクリーニングとケアを組み合わせた介入を行うことのようです。ケアも行うので、予後が良くなって当然のようにも思えますが、時間と労力はかなりのものになります。

・例えば文献1は、閾値下のうつ症状を有する患者を対象に、協同的ケア(collaborative care)と通常ケア(プライマリケア)を比較した介入試験になります。

閾値下うつ症状を有する高齢者のうつ症状に対する協同的ケアと通常ケアの比較

背景


・閾値下のうつ状態については、薬物療法は第1選択ではない。また認知行動療法や対人関係療法、行動活性化療法などの専門療法はより重篤なうつ状態に適応となることが多い

・協同的ケア(collaborative care)は、訓練をうけたケアマネージャーらにより提供されるものである。イギリスにおいて、協同的ケアが閾値下のうつ状態に有用かどうかを介入試験により検証した

対象

・65歳以上のプライマリケア患者で、「過去1ヶ月間に気分の落ち込み、憂うつな気分、絶望感のいずれかで悩んでいますか」もしくは「過去1ヶ月間に興味の減退や喜びの感情の喪失により悩んでいますか」の質問のいずれかでyesであるもの

・さらに、訓練を受けた研究者による電話インタビューでDSM-IVの閾値下うつ病に該当するもの

・認知機能低下やアルコール依存などは除外

方法

・無作為割付single blind試験

・参加者は協同的ケア群(N=344)ないし通常のプライマリケア群(N=361)に割付

・協同的ケアは、メンタルヘルス専門看護師もしくは心理士資格を有するケアマネージャーにより提供。提供期間は8週間で、この間電話によるサポート、症状のモニタリング、行動活性化(うつ症状により失われた社会的活動や報酬探求的活動の活性化)のための構造化プログラムの提供などを行い、必要に応じてケアマネージャーは精神科医などによる助言を得た。

・主要評価項目は4か月時点でのPHQ-9得点(うつ症状尺度)

結果

・4か月時点でのPHQ-9得点は、協同的ケア群平均5.36点、通常ケア群 6.67点で有意差あり。

・4ヶ月時点でうつ病と診断されたものは、協同的ケア群 17.2%、通常ケア群 23.5%で有意差なし。12ヶ月時点でうつ病と診断されたものは、包括的ケア群 15.7%、通常ケア群 27.8%で有意差あり

・うつ症状尺度(PHQ-9)、不安症状尺度(GAD-7)については、4ヶ月時点、12ヶ月時点いずれも有意差あり

結論

・スクリーニング後の協同的ケアは閾値下うつの予後を改善する可能性がある

コメント

・ストレスチェック制度は義務化された事業場ではそれなりにコストや労力がかかっているものと思われます。単なるスクリーニングとして使用するのではなく、集団解析を行い、問題点を抽出し、職場環境改善を行って(たとえば、具体的な環境改善の方法としてはhttps://kokoro.mhlw.go.jp/manual/を参照)有効活用したいものです。

文献1:Gilbody S et al. JAMA. 2017 Feb 21;317(7):728-737.