p53というと、学生の頃に細胞内の情報伝達の授業か何かで、癌抑制遺伝子として習って、なんとなくそんな働きをしているんだなあくらいの記憶しか残っておらず、精神科臨床に出てからはまず目にする機会はほぼなかったのですが、久しぶりに目にする機会がありました。

・2021年1月21日のCell誌に公表された論文(文献1)にて、家族性ALS/FTLDの最も高頻度な遺伝子変異であるC9orf72遺伝子変異ALSにおいてこのp53が神経変性に重要な役割を果たしていそうだということが報告されました

C9orf72遺伝子変異ALSでは、C9orf72遺伝子の第1イントロンにおいて6塩基繰り返し配列の過剰伸長がみられ、過剰伸長遺伝子から開始コドン非依存性のリピート関連翻訳により生成する異常RNAと異常反復配列を有するジペプチド反復蛋白質が細胞障害性を有すると考えられています。

・生成するジペプチド反復蛋白質は5種類(poly-グリシン-プロリン(GP)、poly-グリシンーアラニン(GA)、poly-グリシン-アルギニン(GR)、poly-プロリンーアルギニン(PR)、poly-プロリンーアラニン(PA))が知られています。

・このうち特に、グリシンーアルギニン(GR)およびプロリンーアルギニン(PR)の反復配列を有するジペプチド反復蛋白質が毒性が強いとする報告(文献2)があり、この報告では、ゲノムワイドスクリーニングにより、ジペプチド反復蛋白質が影響を与える遺伝子が探索されました。その結果、核細胞質間輸送に関連する遺伝子が多く抽出され、特に影響の大きなものはtransportin-1と呼ばれる、多くのRNA結合蛋白質の細胞質から核への輸送を担う蛋白質の遺伝子でした。transportin-1の機能がジペプチド反復蛋白質に障害された結果、RNA結合蛋白質の細胞質への蓄積が観察されました。

・さらに別の報告(文献3)ではpoly-GRとpoly-PR蛋白質は核小体に局在化し、核小体の主要な構成要素であるヌクレオホスミンを移動させ、結果的に核小体ストレスの増大と細胞死につながったことが報告されており、核小体機能を障害することも報告されています。

・また文献4では、poly-GRやpoly-PRが、RNAのスプライシングを行うスプライソソームに影響を与えることが報告されました。特にスプライソソームに関連したU2 snRNPとよばれる蛋白質の異常をもたらすことがわかりました。スプライソソームは本来核内で生成されるべきですが、これらジペプチド反復蛋白質の影響により、U2 snRNPが細胞質内に異常局在化し凝集することが報告されました。

・文献5では、Mayoクリニックの研究者らが、蛍光標識したpoly-PRジペプチド反復蛋白質(50回繰り返し)を発現するモデルマウスを開発し、病態への関与を調べました。その結果、ヘテロクロマチンに局在化したpoly-PRジペプチド反復蛋白質がDNAに結合し、HP1α(ヘテロクロマチン蛋白質1α)の液液相転移を阻害し、発現低下をもたらし、ヒストンメチル化異常などをもたらすことがわかりました。核内構造物にも異常をもたらしていることになります。

・文献6では、poly-GRジペプチド反復蛋白質(80回繰り返し)が徐々に蓄積する、poly-GR毒性を誘発しうるモデルマウスが作成されました。その結果、poly-GRは主としてミトコンドリア酵素複合体Vの構成要素であるATP5A1に結合し、そのユビキチン化と分解を促進することがわかりました。

・このように、いろんなところでいろんな悪さをしていそうなpoly-GR、poly-PRですが、今回はスタンフォード大学の研究者らが、神経細胞が変性していく過程において、クロマチンへのアクセス状況の特性と転写プログラムを調べるプラットフォームを開発し(どんなものなのか、詳細はわからないです)、その技術を用いてpoly-PRがどんな悪さをしているかを調べました。

・その結果、なんとpoly-PRは転写因子p53を介した転写プログラムを活性化していることがわかったとのことです。しかもC9orf72遺伝子変異モデルマウスにおいてp53を遺伝子的に除去すると、神経細胞変性が阻害され、生存期間の顕著な延長がみられたとのことです。

・ヒトに応用するとなると、このp53は癌抑制遺伝子なので、これを抑制してしまうと、いろんな不都合が生じてしまいそうですが、思いがけないところでp53が出てきて、懐かしく感じました。c9orf72遺伝子変異ALSについては、2011年に発見され、まだ10年しかたっていないので、新しい技術を用いて研究される度に新しい発見が報告される状況です。まだまだいろいろな興味深い報告が続くものと思われます。

・ちなみに、まだ発見から10年しかたっていませんが、この分野の創薬をリードするBiogen社は、既にC9orf72遺伝子由来の異常蛋白質の生成を阻害するためのアンチセンスオリゴヌクレオチド製剤(BIIB078)を開発し、第1相試験を開始しています。この結果も注目されるところです

文献1:Cell. 2021 Jan 15:S0092-8674(20)31747-5. doi: 10.1016/j.cell.2020.12.025. Online ahead of print.
文献2:Nat Neurosci. 2015 Sep;18(9):1226-9. doi: 10.1038/nn.4085.
文献3:Human Molecular Genetics, Volume 24, Issue 9, 1 May 2015, Pages 2426–2441,
文献4:Cell Rep. 2017 Jun 13;19(11):2244-2256. doi: 10.1016/j.celrep.2017.05.056.
文献5:Science. 2019 Feb 15;363(6428):eaav2606. doi: 10.1126/science.aav2606.
文献6:Nat Neurosci. 2019 Jun;22(6):851-862. doi: 10.1038/s41593-019-0397-0. Epub 2019 May 13.