・第2相試験は大体100人未満の規模のことが多いし、それで有効性に関する指標について対照群と統計的な有意差が出たからといって、まったく信憑性はないですし(第3相でひっくり返ることも多い)、主要評価項目も有効性ではなくて、副作用とかバイオマーカとかに設定してあることもあって、有効性に関する結果が統計的に有意なものではなくても、第3相試験に進むことはままあるのですが、それでも有効性に関する指標について対照群に対して有意差が出たりすると、期待してしまうものです。

・今回もそのような報告(Brain. 2021 Apr 26;awab167. doi: 10.1093/brain/awab167)にあたるのですが、有意差がでた対照群がプラセボ群ではなく(プラセボ群とは有意差がでていない)、historical cohort(過去の臨床試験のプラセボ群のデータ)なので、手放しに喜べないのですが、目を引いたのは、ALSの中でも特に予後が厳しいとされる球麻痺発症型において、よさげな結果になっていることです。小規模試験の結果なので、有効性に関する結論は出せないところなのですが、本当であってほしいと願うところです。

・この試験で用いられた薬剤はguanabenzであり、α2アドレナリン受容体アゴニスト作用を有する高血圧治療薬です。商品名ワイテンスとして2-4mgの用量で厚労省からも承認されています。なぜALSの臨床試験が行われたかというと、基礎実験の段階でguanabenzが、細胞内において蛋白質の恒常性保持機能に重要な役割を果たしている小胞体ストレス応答において、蛋白質合成速度を調整し、折り畳み異常蛋白質による細胞毒性から細胞を保護するらしいとの報告がなされたことによります(Science. 2011 Apr 1;332(6025):91-4. doi: 10.1126/science.1201396. Epub 2011 Mar 3.)。

・もう少しそのメカニズムについて詳細を述べると、孤発性ALSの病態においては通常は核内に存在しているTDP-43蛋白質がなぜか細胞質に異常局在化し、折り畳み異常を生じ、凝集体を形成するなどして細胞毒性を発揮すると考えられています(たいたい孤発性ALSの95%くらいでTDP-43の細胞質内凝集体が存在するといわれています)。この折り畳み異常を呈した蛋白質が存在すると、小胞体ストレス応答(Unfolded Protein Response:UPR)が発動し、異常蛋白質を除去しようとするメカニズムが働きます。具体的には小胞体膜に何種類か存在するストレスセンサー蛋白質が折り畳み異常蛋白質の存在を探知すると、うち1つ(PERK)が翻訳開始を担う蛋白質であるelF2αをリン酸化し、新たな蛋白質翻訳を抑制します。これにより小胞体への蛋白質流入を抑制します。一方で、リン酸化elF2αはATF4の翻訳を誘導し、折り畳み異常蛋白質を再構成したり、折り畳み異常蛋白質を小胞体から細胞質へと移動させてユビキチンプロテアソーム系による小胞体関連分解を行うことで、蛋白質の品質管理を行います。さらにATF4はelF2αを脱リン酸化する酵素も転写誘導し、これによりelF2αが脱リン酸化し、蛋白質の合成が再開します。一方ATF4はCHOPと呼ばれるアポトーシスに関連する酵素も誘導します。異常な蛋白質が多すぎて、elF2αのリン酸化が持続する場合には、CHOP経路などにより、細胞がアポトーシスを起こすこととなります(Neurobiol Dis. 2014 November ; 0: 317–324)。

・では、guanabenzはどのようにして、小胞体ストレス応答を調節しているのでしょうか。guanabenzは2種類存在するelF2αの脱リン酸化酵素(PPP1R15A-PP1cおよびPPP1R15B-PP1c)のうち、ストレス応答により誘導されるタイプの脱リン酸化酵素(PPP1R15A-PP1c)の機能を阻害し、elF2αの脱リン酸化を抑制することにより、elf2αのリン酸化状態を保持し、そのことにより、新たな蛋白質合成を抑制する一方で、異常蛋白質の修復や分解を促進することで折り畳み異常蛋白質に起因する細胞ストレスから細胞を保護するということのようです。

・永続的なelF2αのリン酸化は新たな蛋白質合成が起こらなくなったり、CHOP経路などのアポトーシス経路が活性化するため細胞にとって有害ですが、2種類存在する脱リン酸化酵素のうちもう1種類の機能が保持されているので、永続的なelF2αのリン酸化は起こらず、問題がないということです(Science. 2015 Apr 10; 348(6231): 239–242.)。ほどよくelF2αのリン酸化状態を保持するということがポイントのようです。

・このように基礎実験では、ALSへの有効性も期待されるguanabenzですが、今回、イタリアで2016年12月から行われた第2相試験の結果が報告されました。

・この試験の参加者は、18歳以上の改訂El Escorial基準でprobableないしdefinite 孤発性ないし家族性ALS患者。発症18カ月未満。SVC 70%以上などとされました。PEG施行例、NIV装着例、気切例、心不全合併例などは除外されました。

・患者はguanabenz16mg+リルゾール100mg(n=51)、guanabenz32mg+リルゾール100mg(n=50)、guanabenz64mg+リルゾール100mg(n=50)、プラセボ+リルゾール100mg(n=49)の4群に無作為割付されました(guanabenzは8mgより開始して3日毎に増量)。guanabenzの用量が高血圧に使用する量よりも随分多いのが気になります。

・試験期間は6か月間で、主要評価項目はALS-MITOS(ALS Milano-Torino Staging)でより高ステージに進行した患者の割合とされました。副次評価項目はALSFRS-Rの変化量、SVCの変化量、死亡ないし気切ないし永続的人工換気までの時間、血清ニューロフィラメント軽鎖濃度などとされました

・対照群としてはプラセボ群の他、ベースラインのBMIや性別、ALSFRS-R、SVCなどをマッチさせた200名のALS患者からなるhistrocal cohortも使用されました。


・副作用が気になるところですが、6か月間での副作用による脱落は、64mg群 30%、32mg群 30%、16mg群 16%、プラセボ群6%で実薬群とプラセボとで有意差を認め、やはり副作用による脱落は多い結果となりました。血圧低下や倦怠感、傾眠、口喝、脱力感などが目立ったようです。特に64mg群では、傾眠や口喝の出現率が60%を超えていました。統合失調症に対するxanomelineの時も、副作用出現率の高さから臨床試験が先に進まなかった経緯があるので、この辺りは心配なところです。

・主要評価項目ですが、6か月間でALS-MITOSでより高いステージに進行した割合は、64mg群 25%、32mg群 30%、16mg群 43%、historical cohort 47%、プラセボ群 30%となり、64mg群と32mg群を合わせた結果と、historical cohortを比較すると有意差ありとなりました。プラセボ群と有意差が出ていないのでどうなのかと思いますが、多重比較の補正をしても、historical cohortとの有意差は残りそうです。

・球麻痺発症型については、64mg群および32mg群の18名中、6か月間でALS-MITOSのステージが進行した割合は0%でした(全員がベースラインでステージ0)。一方16mg群では8名中4名(50%)で、プラセボ群では11名中4名(36%)がより高いステージに進行しました(いずれもベースラインではステージ0)。historical cohort群も球麻痺型49名中21名(43%)が6か月間でより高いステージに進行していることから、この結果がもし一般化できるものであれば素晴らしいことだと思います。さらに大規模試験での検証が期待されるところです。

・ただし副作用がかなり多いことから、実用性には問題があるかもしれません。現在、α2受容体刺激作用がなく、より選択的にPPP1R15A-PP1cを阻害する薬剤であるSephin1という物質が同定されているようですので、こちらの方が期待されます。

・小胞体ストレス応答が病態に関与する疾患はかなり多いようですので(金本ら、Journal of Japanese Biochemical Society 90(1): 51-59 (2018)doi:10.14952/SEIKAGAKU.2018.900051)、今後のこの分野での創薬が進み、臨床応用されることが期待されます。