・まだ細胞モデル段階での研究ですが、ALSの病態解明に向けて、もしかしたらブレイクスルーになるかもしれないと期待される報告がでました。


・よくわからないけど面白そうなお話なので、少しまとめておきたいと思います。この研究の舞台となるのは、核細胞質間輸送の構成要素です。ちょうどよい総説(Neurobiol Dis. 2020 July ; 140: 104835. doi:10.1016/j.nbd.2020.104835)があったので、このイントロから少しまとめてみます。


▽核細胞質間輸送の制御に関わる蛋白質群には、大別して1)核膜孔複合体を構成するヌクレオポリン、2)核膜孔複合体を介して選択的にRNAや蛋白質輸送体をシャペロンで輸送する核輸送受容体、3)核原形質と細胞質における核輸送受容体に特異的な輸送体の運搬と放出を制御し、輸送の方向性を決定する低分子GTPaseであるRanとそれに付随する蛋白質群の3つがある。


▽核膜孔複合体は、30種類以上のヌクレオポリンからなる蛋白質複合体で、中央チャネルにフェニルアラニン・グリシンリッチヌクレオポリンが存在し、核に出入りする物質を厳密に制御しており、局在化または核輸出シグナルを付与された大型蛋白質のみが、核輸送蛋白質に結合して核膜孔を通過することができる。


▽個々の核には数百から数千個の核膜孔複合体が存在し、数と密度は、細胞周期や細胞の種類によって変化する。ヌクレオポリンの中には、細胞内で最も寿命の長い蛋白質があり、一度核膜孔複合体が形成されると、細胞の一生の間にほとんどないし全く入れ替わることがないものもある。したがって、核膜孔複合体の機能を損なうようなわずかな変化であっても、時間の経過とともに蓄積されると、核膜孔輸送の障害や細胞質内の核蛋白質の蓄積、さらには細胞死につながりうる。そのため核膜孔複合体は、神経変性疾患で観察される遅発性の神経細胞特異的な細胞死を説明する有力な病態部位であると考えられている。


▽ALS/FTDでは本来核内にあるはずのRNA結合蛋白質が細胞質内に異常局在化する病態が知られており、 TDP-43蛋白症は、ALSのおよそ97%、FTDのおよそ45%に存在するが、FUS異常局在化はあまり一般的ではなく、ALSの1%、FTDの9%程度である。


▽ここ最近ではC9orf72遺伝子変異ALS/FTDのみならず、孤発性ALSにおいても、核膜孔複合体の機能的、形態的異常が報告されており、様々なタイプのALSにおける共通した病態である可能性が指摘されている。


・というわけで、このところ注目の核膜孔複合体ですが、今回の論文(Coyne AN et  al. Sci Transl Med. 2021 Jul 28;13(604):eabe1923. doi: 10.1126/scitranslmed.abe1923.)では、核膜孔複合体の品質制御に関わるCHMP7という蛋白質が核内に増加することが、TDP-43蛋白症の引き金になるのではということが報告されました。TDP-43蛋白症の上流に位置するC9ALSおよび孤発性ALSに共通する病態がみつかったかもしれない、ということで注目されています。


・今回の報告では、孤発性ALSの病態をモデルマウスで再現することはできないため、患者由来iPS細胞が使用されました。Coyneらのこれまでの研究で、C9orf72遺伝子変異ALS患者由来iPS細胞を用いた研究において、核膜孔複合体と核原形質においてPOM121をはじめとする特定の8つのヌクレオポリンが大幅に減少していることが報告されています。しかしこれら特定のヌクレオポリンがなぜ減少するかはわかっていませんでした。今回Coyneらは、核内CHMP7蛋白質の増加が、この原因となりうることを示しました


・Coyneらは、構造化照明顕微鏡法を用いて、C9orf72遺伝子変異ALS患者iPS細胞由来運動神経細胞および、孤発性ALS患者iPS細胞由来運動神経細胞における核膜孔複合体を観察し、両者に共通して、Nup50、TPR、POM121、Nup133などのヌクレオポリンが減少していることをみいだしました。そこから、両ALSのサブタイプに共通した病態機序が存在するのではという発想に至りました。


・続いて核膜孔複合体の恒常性維持に重要な役割を果たす蛋白質であるCHMP7に着目し、構造化照明顕微鏡法を用いて、C9変異ALS患者由来の運動神経細胞と、孤発性ALS患者由来の運動神経細胞を観察したところ、いずれも、核内でCHMP7が対照と比較して有意に増加していることがわかりました。このCHMP7の増加は、ヌクレオポリンの減少に先立って起こっており、CHMP7増加がヌクレオポリン減少の原因であることを示唆する結果でした。


・またCHMP7は通常XPO1/CRM1により核外に排出されますが、CHMP7のXPO1結合部位に変異を導入し、XPO1と結合しないCHMP7を作成し、iPS細胞由来運動神経細胞の核内においてCHMP7を増加させたところ、細胞質内にTDP-43の凝集体が形成されました。核内CHMP7増加に伴う核膜孔複合体の機能不全が、TDP-43の細胞質内への異常局在化の原因であることを示唆する結果となります。


・さらにCHMP7のmRNAをターゲットとするアンチセンス・オリゴヌクレオチドを用いて、患者iPS細胞由来運動神経細胞におけるCHMP7の核内発現量を減少させたところ、低下していたヌクレオポリンの発現量が回復し、孤発性ALS患者iPS細胞由来運動神経細胞ではTDP-43の核内への局在化が回復しました。


・まだわかっていない疑問は、CHMP7がなぜ核内に増加するのかということです。ウエスタンブロット法で半定量化されたCHMP7の核内増加量は、有意差は認めたものの、対照の1.3~1.5倍程度。これがどの程度病態に本質的な影響を与えているのか、あるいは別の要因も関与しているのか、今後の研究の進展により明らかになることが期待されます。また今後はC9変異動物モデルでの前臨床試験などが行われ、CHMP7に対するアンチセンス・オリゴヌクレオチド製剤などの治療的有効性が確認されるかどうかも注目されます。