なんだか納得のいかない論文がでたのでコメントをしてみます(単に納得がいかないだけで、論文の結果は正しいのかもしれませんが)。

聞きなれませんが、リード・タイム・バイアスという言葉があります。
例えば、検診によって癌が早期発見された患者は、有症状のためにある程度病期が進展してから外来を受診した患者に比べ、癌発見が早いことから、見かけ上治療介入開始から一定期間経過後の生存率が増加する可能性のあるバイアスのことです。もし治療介入効果が実は全くなくても、早期発見後3年後と、外来受診後3年後とでは、同じ3年後でも病期が異なるので、見かけ上早期発見3年後の生存率は高くなり、検診後の早期治療介入の意義があるとの誤った解釈につながります。検診による早期発見とその後の治療介入の実益性を正しく評価するために注意すべきバイアスとなります。

このリード・タイム・バイアスを除去するためには、早期発見時からの介入方法をプラセボと実薬などで無作為割付を行い、二重盲検などで経過をみていく必要があります。もしくは、観察研究であれば、介入開始時点での疾患の病期をできるだけ揃える必要があります。このような研究手段によって、初めてリード・タイム・バイアスを除去できるといえます。

精神科領域において、このリード・タイム・バイアスを問題とする論文1)が出ました。今回の話題はこの論文を扱います。

初発精神病に関して、DUP(Duration of untreated psychosis)という言葉があります。これは精神病未治療期間と呼ばれ、精神病発症から治療開始までの期間を指します。DUPには様々な定義があり、精神病発症をどのように定義するのか、治療開始をどの時点とするのかなどで異なります。発症時期を見定める困難さは、後顧的に患者や家族に思い出してもらう形式が多いため、recall biasの影響を受けるなどで正確性に欠ける可能性がある点です。また潜在発症の場合には、発症時期をどの時点と1時点に決め難いこともあげられます。その点で社会的機能の低下なども、発症時期の定義に含める報告もあります。ちなみに今回の論文では、評価者が被検者の初回入院後と6か月後のフォローアップ時点でのインタビューでアセスメントしており、明らかな幻覚、妄想、緊張病症状の発現時期となっています(陽性症状の顕在化時期に着目している)。

なぜこのDUPが注目を集めているのか。それはもし仮にDUPが統合失調症の予後規定因子であるならば、外部から操作可能な予後規定因子になるからです。統合失調症の予後規定因子として性別、病前社会適応、発症年齢など1)が知られていますが、いずれも操作困難であり、早期発見、早期治療で予後が良くなりうるとすれば、精神医学にとって重要な課題となります。DUP短縮につながりうる試み、あるいはそれ以前に精神病の顕在発症自体を防ごうとする試みとして、精神病が顕在発症するさらに前の段階である、臨床的精神病高リスク状態(Clinical High Risk of psychosis:CHR-P)または精神病の超ハイリスク状態(ultra-high risk of psychosis:UHRP)とよばれる状態を捉え、さらに早い段階から介入しようとする試みも世界中で行われています(これについても最新の総説2)がJAMA Psychiatryで出版されましたので、いずれ記事にしようと思います)。

DUPについてのエビデンス構築は困難な過程となります。これについては、Jonasらの論文が掲載された号のAmerican Journal of Psychiatryの編集記3)において記載された以下の一文に集約されます。
”Because ethically we cannot randomly assign individuals to a long or short DUP, we do not have definitive evidence with which to answer questions about the clinical consequences of early intervention”
(倫理的にDUPに対する介入試験(DUPの短い群と長い群に無作為割付するような)は不可能である。そのため、早期介入の有効性に関する明確なエビデンスを得ることはできない)
したがって、我々は、観察研究からの帰結に頼るしかない現状で、全ての交絡因子を除外できない以上、DUPに関しての明確なエビデンスを手にすることはできないということになります。そのため、せめて質の高い大規模な前向き観察研究による検証が期待されます。

今回の報告は、The Suffolk County Mental Health Projectというニューヨーク州サフォーク郡で行われた、初発精神病で入院し、統合失調症ないし統合失調症スペクトラム障害と診断された患者287名を対象とした長期間(20年間)の前向き観察研究から得られた結果になります。

この報告では、まず、統合失調症においてDUPが長いとなぜ予後が不良にみえるのか、について以下の3つの仮説が立てられました。
(1)1つ目の仮説としては精神病症状が有害であり(仮説としてグルタミン酸神経の興奮毒性などにより)、長期間の精神病症状が不可逆な神経学的、心理学的損傷をもたらすとの説。この仮説が正しければ病前の社会的機能は同じレベルであり発症後に低下していくこととなりDUPが長いほど低下の度合いが大きいこととなる
(2)2つ目の仮説として、DUPの長さは、統合失調症の病型がより重症であることと関連するとの仮説。DUPが長い群は、より陰性症状主体の発症形式であり、病前からの社会的機能が低く、治療抵抗性であるとの仮説。この仮説が正しければ、DUPが長いと、発症前の社会的機能はより低く、さらにその後の疾病経過もより重症な経過をとりうることとなる。
(3)3つ目の仮説は、DUPは疾患の予後を予測するものではなく、単に疾患の病期を反映するとの仮説。DUPが長い患者は、初回入院時に既に疾患の進行期にあり、それゆえに社会的機能も低いとするもの。DUPの長短による社会的機能の低下の度合いの差は、リード・タイム・バイアスによる見かけ上の差であるとするもの。この仮説が正しければ、疾患の発見が早かろうが、遅かろうが、疾患の経過と予後そのものは変わらないこととなり、長期予後はDUPの長短と関連しないこととなる。

この観察研究は、以上3つの仮説のうち、どれが正しいのかを検証する目的で行われました。

アセスメントの実施は初回入院時と初回アセスメント後6か月後、24か月後、48か月後、10年後、20年後にインタビュー形式で行われました。

主要評価項目は発症前についてはPremorbid Adjustment Scale(PAS)で評価。学校の記録や両親のPAS評価、本人のPAS評価などで評価。小児期から18歳までの心理社会的機能を評価。初回入院後はGAFで機能障害を評価。同一軸で評価するためPASをGAFに一定のルールで変換して評価。
ここで、うーんGAFかあ、と思いました。最後にコメントします。

共変量として、患者家族の主たる養育者の職業(1(経営者クラス)から8(無職)までの8段階で評価)、抗精神病薬処方の有無(0か1)を設定。DUPと入院前後での心理社会的機能の変化の関連についてはKendall rank-order correlationsで解析。DUPと心理社会的尺度(GAF)の変化との関連については、DUPが短い群(256日未満)、中間の群(256-629日)、長い群(630日以上)とに層別化し、LOESS関数(離散データを平滑化するための関数)で視覚化し、相関についてはmultilevel spline modelsを用いて解析。結果は性別、職業、人種、抗精神病薬処方の有無で調整。

結果です。ちょっと衝撃的な結果となります。
・DUPは最初の入院時点、6か月時点、24か月時点での心理社会的機能と有意な相関を示した(DUPが長いと心理社会的機能が有意に低かった)
・DUPと病前機能の差異との関連は有意ではなかった(病前機能はDUPの長短と有意な関連はみられなかった)
・DUPと入院後24か月以上の長期の心理社会的機能予後との関連は有意ではなかった(DUPが長かろうが短かろうが、24か月を超える予後には影響がないようだった)
・DUPが長いと、小児期から最初の入院までの心理社会的機能の低下はより有意に大きくなった。しかし、その後のフォローアップ期間においては、反対にDUPが短いとより入院後の心理社会的機能低下が有意に大きいとの結果となった。

つまり、DUPが長くても短くても、精神病症状の発症時点を基準にすると、心理社会的機能の低下は、DUPが長い群も短い群もほぼ同じ時間経過をたどる。つまり、入院時点でのDUPが長いと、その分心理社会的機能は低いが、単に発症から長く時間がたっているだけであり、DUPが短い群は、なんらかの要因により早期に発見され入院しただけであるともいえる。このことは仮説(3)を支持する結果と言え、DUPが長いと入院時点での機能が低いのはリード・タイム・バイアスの結果と言える、ということになりました。

DUPが長いと精神病症状による神経障害が進行し、それゆえより予後が悪化するとの神経障害仮説は支持されず、DUPの長短はその後の長期的な予後に有意な影響を与えないとの結果です。また潜行性の経過をたどる、病前社会的機能の低い陰性症状主体の患者群がDUPが長く、さらに予後も悪いとの仮説も支持されなかったことになります。なんだか納得がいきません。

この結果が正しければ、例えば、2018年のJAMA Psychiatryに掲載された、DUPと治療開始後の海馬体積の変化を調べた論文4)の結果(DUPの長さと、8週間での左海馬体積の減少率は有意な相関を示した)についても、単にDUPが長い=疾患の進行期であり、より初期よりも急激に体積減少が起きている時期をみているだけ、ということになってしまいかねません。

なんとか反論したいので、手法についてちょっとつっこんでみます。どれほど意味のあるつっこみかはわかりませんが、まず主要評価項目としての心理社会的尺度として、GAFを使っているところ。

皆さんご存じの通り、GAFを見ると、
60-51点:中等度の症状、または、社会的、職業的、 または学校の機能における中等度の障害
50-41点:重大な症状、または、社会的、職業的または学校の機能において何か重大な障害
とあるように、症状または機能となっており、どちらか重たい方をとることとなります。つまり、症状をみているのか機能をみているのかわからない。おそらく両者に一定の相関はあるとは思いますが、ここはすっきりしません。
もっと純然たる心理社会的尺度を主要評価項目に用いてアセスメントをした方がよかったのではないかと思われます。

たとえば、DUPと予後についての割と最近の報告として、中国で行われた14年間の前向き観察研究があります5)
この報告では209名の統合失調症患者をDUPが6か月以下と6か月より長い群とに層別化し、予後を比較しています。
Jonasらの論文よりも若干観察期間は短いけれど、似たような規模の報告といえます。GAFだけでなく、PANSSとか独身率、有症状期間、就労、犯罪率、寛解率など様々な尺度を用いて評価しています。
結論として、14年後においてDUPが長い群は独居率が有意に高く、PANSS generalとnegativeで有意に高く、有症状期間も長いとの結果となりました。この報告では、Jonasらのように、精神病発症時期に横軸を合わせて、リード・タイム・バイアスを無くした状態で両群の変化を比較することをしていませんが、Jonasらの論文と同じ解析はできるはずですので、彼らの結論が正しいのか、いろいろな尺度で検証しうると思います。14年という長期経過後の結果なので、リード・タイム・バイアスを考慮にいれても有意差は残る気がします。
真実は今後の検証結果をまつということになるでしょうか。

1)Jonas KG, et al. Am J Psychiatry. 2020 Apr 1;177(4):327-334
2)Fusar-Poli P et al. JAMA Psychiatry. 2020 Mar 11. doi: 10.1001
3)Donald C. Goff, et al., Am J Psychiatry 2020 Apr 1; 177(4):1–3
4)Goff DC, et al., JAMA Psychiatry. 2018 Apr 1;75(4):370-378
5)Ran MS et al., Psychiatry Res. 2018 Sep;267:340-345