はじめに

 

GABA A受容体のアロステリック調節剤、および産後うつ病の発症メカニズムについて興味深い話題になります。


日本では未承認ですが、2019年5月にFDAが産後うつ病に対してbrexanoloneを承認しました。brexanoloneはGABA A受容体のアロステリック調節剤になります。

産後うつ病はDSM-Vでは産後4週までに発症のうつ病エピソードと定義されていますが、実際には産後4週を越えての発症もありうるものです。またその半数がすでに産前からうつ病エピソードを発症しているとされ、この場合、周産期うつ病とよぶのが妥当とされています。


発症率は10-15%といわれています。


産後3日以内にみられる悲しさ、惨めさなどの感情はマタニティーブルーと呼ばれ、多くの母親が経験するものです。通常は2週間以内に軽快しますが、産後うつ病になると症状が数週間から数か月間続き、日常生活に支障をきたします。


平成29年7月に日本産婦人科医会がマニュアルを作成しており、産後うつ病の早期発見、包括的な介入を目指してシステム作りが進んでいます。


2018年のLancet誌に産後うつ病に対する新規治療薬候補としてbrexanoloneの第3相試験の結果が公表されました1)

後述しますが、産後うつ病の病態仮説としてGABA系の異常が提唱されています。

プロゲステロン代謝物であり、GABA A受容体のアロステリック調節作用を有するallopregnanoloneが産後に減少することが報告されており、brexanoloneはAllopregnanoloneの静注可能な可溶体とのことです。


Lancet論文1)では、2つの第3相試験(study1とstudy2)の結果がまとめて報告されました。study2よりもstudy1の方がより重症度が高い群がエントリーされています。


第3相試験の概略は以下の通りとなります。

 

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対象患者

 


18-45歳の妊娠28週目(第3期)以降産後4週以内に大うつ病を発症(DSM-IV)しスクリーニング時点で産後6ヶ月以内のもの。HAM-Dで20-25点(study 2)ないし26点以上(study 1)


方法


プラセボ対照無作為割付比較試験

 


投薬中と投薬後4日間のみ授乳中止

患者はBrexanolone 90ug/kg毎時群(N=45(study 1)、N=54(study 2))、60ug/kg毎時群(N=46(study 1))、プラセボ群(N=46(study 1)、N=54(study 2))の3群に無作為割付。

Brexanolone 90ug/kg毎時群では、最初4時間は30ug/kg毎時で静注、4-24時間は60ug/kg毎時、24-52時間は90ug/kg毎時、52-56時間は60ug/kg毎時、56-60時間は30ug/kg毎時で投与。

Brexanolone 60ug/kg毎時群は24時間-56時間が60ug/kg毎時

投薬期間は60時間の持続静注のみ

主要評価項目はHAM-Dの変化量。評価は投与開始7日目と30日目の2回。

結果

 


脱落率はstudy 1では18%、study 2では7%。副作用出現率や脱落率は群間で有意差なし


投与開始60時間でのHAM-Dの変化量はstudy1(より重症な群)では90ug群では19.5点、60ug群では17.7点、プラセボ群は14.0点で実薬群はいずれもプラセボより有意に改善。

Study2では60時間後のHAM-Dの変化量は90ug群は14.6点、プラセボでは12.1点で有意差あり(速効性があることがわかります)


30日後では、study 1では有意差あり。Study 2では有意差なし(より軽症群がエントリーされており、プラセボの改善も大きかった)


study1とstudy2を併せた結果では投与60時間後、30日後いずれもbrexanolone投与はプラセボより有意にうつ症状を改善するとの結果になりました。

 

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この結果を受けて、FDAは産後うつ病に対してbrexanoloneを承認しました。

めでたしめでたしというところですが、どうもすっきりしません。

そもそもGABA A受容体アロステリック調節剤といえば、そのまんまベンゾジアゼピンではないですか?

じゃあベンゾと何が違うのか?依存性はないのか(Brexanoloneは単回投与なのでその心配はなさそうですが、2019年9月に経口投与可能な類似薬剤SAGE-217の大うつ病に対する第2相試験の結果が公表されており2)、こちらは依存性、耐性も心配しなければいけなさそうです)そのあたりがとても疑問なところでした。

その疑問に対する現段階での回答にあたるような論文3)がでていましたので、読んでみました。内容の概略は以下のようになります。

 

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神経ステロイドについて

神経ステロイドの概念はBaulieuにより1980年代に提唱された、コレステロールやステロール前駆体より中枢神経において合成される内因性ステロイドである


その後内因性および外因性ステロイドは中枢神経において多様な生理作用を有することがわかり、神経活性ステロイド(NAS : neuroactive steroid)と呼ばれるようになった。


合成NASにおいては、特定の受容体への親和性を特異的に強めることができる

GABA A受容体について


GABA A受容体については、α1-6、β1-3、γ1-3、δ、ρ1-3、π、Θのサブユニットが存在することが知られている。


GABA A受容体は2つのαサブユニット、2つのβサブユニット、さらにもう1つのγやδなどいずれかのサブユニットから構成されることが多い

シナプス後膜に存在して、周期的(phasic)な抑制作用を発揮するGABA A受容体はγ2サブユニットを含む。一方で、シナプス外に存在し、持続的な(tonic)抑制をもたらすGABA A受容体はδサブユニットを含むことが多い

ベンゾジアゼピンはGABA A受容体のベンゾジアゼピン結合部位に結合し、アロステリックにGABA A受容体のGABAに対する感受性を高める

NASの結合部位はベンゾジアゼピンと異なる

δサブユニットを含むGABA A受容体の方がNASにより活性化されやすい。NASはδサブユニット含有GABA A受容体、γサブユニット含有GABA A受容体双方に作用する

一方ベンゾジアゼピンはδではなくγサブユニットを含む周期的抑制に関与するGABA A受容体に作用する

 

GABA A受容体とNAS


様々な神経活性ステロイドのGABA A受容体への作用には3種類ある

第1群はSAGE-217、 Brexanolone、Allopregnanoloneなどのpositive allosteric modulator(PAM)であり、GABA A受容体のGABAへの感受性を高めるよう作用する

第2群はpregnenolone、DHEASなどのnegative allosteric modulatorであり、GABA A受容体のGABAへの感受性を弱め、さらに第1群のNASの効果と競合し、PAMに対して抑制性に作用する

第3群はGABA A受容体に対する固有活性がわずかないし無い群である

 

GABA A受容体とNAS、ベンゾジアゼピン

 

ベンゾジアゼピンに抗うつ作用がみられず?(コメント:これについては断言はできないところです。理由は後述します)、NASが抗うつ作用を有するのは、NASがδサブユニット含有GABA A受容体にも作用することによることかもしれない


一方で抗不安作用については、αサブユニットを含むGABA A受容体が関与しているとの報告があり、NASの抗不安作用はαサブユニット含有GABA A受容体を介したものかもしれない。

ベンゾジアゼピンもαサブユニット含有GABA A受容体に作用するため、ベンゾの抗不安作用もαサブユニット含有GABA A受容体を介したものではないかといわれている

 

神経ステロイドの抗うつ作用について

 

内因性の神経ステロイドはアストロサイトや神経細胞などでストレスなどに反応して産生亢進することが知られている。ストレスを受けて数分後には脳内Allopregnanoloneが増加し、その後2時間以上増加した状態が持続することが実験的に報告されている。


さらに、これらのストレス刺激は、グルタミン酸NMDA受容体刺激をもたらすことがしられており、ストレス暴露中にNMDA受容体遮断を行うと内因性神経ステロイド増加が抑制されることが知られている


低濃度のNMDA投与は海馬CA1錐体細胞での神経ステロイド産生を促進する。


以上の結果は、神経ステロイドがストレス反応性に産生されるstress modulatorであることを示唆している


急性ストレスの場合には、神経ステロイド産生は増加するが、慢性ストレス下においては、 Allopregnanoloneとその前駆体DHPが減少することが知られている。一方でpregnenoloneやprogesteroneは減少しない


慢性ストレス下の動物モデルにおいて、 Allopregnanolone産生を亢進させると行動異常が正常化することが知られている


慢性ストレスは、 Allopregnanolone減少をもたらし、うつ症状につながるのかもしれない


大うつ病患者の髄液中および血中Allopregnanolone減少が報告されている


いくつかの報告では、うつ病の治療成功後にAllopregnanolone濃度が改善したことを報告している


さらにうつ病死後脳研究において、前頭前野の錐体細胞において1型5AR(神経ステロイド合成に関与する酵素)の発現が50%減少していたことが報告されている。

うつ病を合併するPTSD患者においても同様のAllopregnanolone濃度減少を示唆する報告がある。

男女で酵素活性の欠損に性差が存在するとの報告があり、男性では5AR活性の低下が、女性では3α-hydroxysteroid dehydrogenaseの異常が報告されている

 

産後うつ病と神経ステロイド

 

産後うつ病では神経ステロイドの変化を伴うと考えられている。

多くの女性が妊娠後に一過性の気分変動を経験し、産後に持続的な気分障害と伴う産後うつ病の罹患率は15%との報告がある。その発症時期は妊娠第3期から産後6か月までの報告がある


妊娠期間においては、 Allopregnanoloneなどの神経ステロイドは劇的に増加し、出産とともに急激に減少する。

一方で、GABA A受容体δサブユニット発現量についても変化するが、妊娠期間中は発現抑制され、産後神経ステロイドの減少と同時に発現増加するが、発現増加までラグが存在する。

そのため、このラグが存在する間において神経細胞の過剰興奮状態がもたらされ、高ストレス状態ないしうつ状態がもたらされるのではないかとの仮説が存在する。

これらは動物モデルでの現象であり、産後神経ステロイド投与で産後の行動異常が是正されたという。

またδサブユニット発現をノックアウトないしノックダウンしたモデル動物においては、非妊娠期間では正常な行動を示すが、産後においては顕著な行動異常(ストレス様行動や仔殺し)を呈することが報告されている、さらにNAS投与により行動異常の是正が報告されている

 

依存性リスク

 

よくわかっていない

 

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論文の概略は以上となります。ベンゾジアゼピンとの違いがよくわかりました。また産後うつ病の病態仮説についても大変興味深いものです。依存性、耐性についての検証は今後の課題というところでしょうか。


SAGE-217の今後の動向が気になります。


ところで、この論文3)中に、ベンゾジアゼピンは抗うつ作用がないとの一文がありましが、これについてはそう言い切ることもできません。またそうでないというエビデンスも不十分です。

というのは、昔の論文で、あまり知られてはいないかもしれませんが、1995年にこういう論文”Treatment of depressive outpatients with Lorazepam, alprazolam, amytriptyline and placebo”4)がでているのです。

結果は6週間で実薬群はいずれもプラセボと有意差をもって有効であったというものでした(ベンゾとアミトリプチリン有意差なし)。

評価項目はHAM-Dなどであったため、それは当然だろうとも思えます。というのもHAM-Dには不眠や不安、焦燥などの項目が入っており、当然ベンゾはそれらを解消してくれることが期待できるはずです。

しかしながら、HAM-D下位尺度の改善度の図もあり、HAM-D1(抑うつ気分)、HAM-D2(罪責感)、HAM-D3(自殺)、HAM-D7(仕事と活動)などの項目もプラセボと明確な差があるようなのです。

これをどう解釈すればいいのか。その後の検証もあまりないようなので、なんともいえませんが、少なくとも実用的な結果ではないことは確かです。ベンゾを長期間用いることは、それこそ依存性、耐性、離脱症状などのため薬漬けとなるリスクがあり、全く推奨できません。

その点においてもSAGE-217が今後どのような評価になるのか、興味深いところです。

 


1)Meltzer-Brody S et al. Lancet. 2018 Sep 22;392(10152):1058-1070.
2)Gunduz-Bruce H et al. N Engl J Med. 2019 Sep 5;381(10):903-911
3)Zorumski CF et al. Neurobiol Stress. 2019 Sep 27;11:100196. doi: 10.1016
4)G Laakman et al. Psychopharmacology (1995) 120:109-115