・10年ぶりくらいにアメリカ精神医学会の統合失調症のガイドラインが改訂されそうということで、その草稿(2019年12月版:文献1)が公表されていたのでざっと眺めてみました。


・草稿なので、最終版は改訂がされている可能性がありますが、薬物療法のところだけを眺めた感想を一言で述べるならば、BAP(文献2)の方が充実してていいんじゃないのか?ということでした。


・その理由としては、BAP版はちゃんとARMS、初発精神病エピソード、再発、維持療法と分けてそれぞれのエビデンスがかなり細かく網羅されているのに対して、APA版は急性期と維持療法期のみの記載となっていること。BAP版は陰性症状に対する項目や、過感受性精神病についての記述があることなどが挙げられます。

以下BAP2019とAPA2019草稿版の一部をみていきたいと思います。

 

AMERICAN PSYCHIATRIC ASSOCIATION(APA)ガイドライン(2019年草稿)

 

Antipsychotic Medicationsの項目の概略

 

・クロザピンを除いては、特定の薬剤が別の薬剤に優れるとの十分なエビデンスはない

・初発エピソードについて第2世代抗精神病薬では薬剤間の有効性の差はあきらかではない。患者の特性と作用機序、副作用プロフィールに応じて選択する

・アドヒアランス不良の患者についてはLAI導入を考慮する

・副作用が問題なければ至適用量にて2-4週間は臨床症状の経過をみる(至適用量で2週間様子を見た時の反応率が20%未満であれば、その後の治療反応性が不良であるとの報告がある:Samaraら 2015)

・至適用量で2-4週間、2剤の抗精神病薬で治療反応性が不十分であればクロザピンを考慮する

・若年者では代謝系副作用や体重増加に注意

・抗精神病薬増強による増強療法も選択肢となる。ただし増強療法にこだわるあまり、クロザピン導入が遅れることは避けなければならない

・クロザピン使用に同意がない場合や忍容性不良の場合には、抗精神病薬高用量投与による利益はないことを示唆する限られたエビデンスがあり、副作用が増えるだろう。

・陰性症状ないしうつ症状があれば、抗うつ薬増強はメタ解析(Helfer ら 2016:文献3)により軽度の利益(うつ症状、QOLなどの改善に)があることが示されている。

・緊張病症状があればロラゼパムなどのベンゾジアゼピン投与は選択肢

・抗精神病薬の2剤併用については、コホート研究で単剤療法と比べて入院率や救急受診率が低かったとの報告(Tiihonenら 2019)があり、併用療法が単剤療法よりも有害であるとの明確な根拠もない。ただし副作用のモニタリングは重要である

・抗精神病薬治療に反応した場合には、その治療を継続することが推奨される(具体的な継続期間についての言及なし。短期間の精神病エピソード、物質誘発性精神病や気分関連精神病などについては抗精神病薬継続が必要ない場合もあるかもしれないとの記載はある。それ以外の場合には忍容性などに問題がなければ、ずっと続けるというようにも読み取れる)

 

British Association for Psychopharmacology(BAP)ガイドライン2019年版

 

ARMSについて

 

・ARMS(At Risk Mental State)患者は12か月以内での精神病性障害移行率は15-30%で、3年で36%以上といわれている(Fusar-Poliら 2012)

・減弱精神病症状(APS:attenuated psychotic symptoms)への介入について:オフラベル投与にはなるが、超低用量抗精神病薬投与(初発精神病よりも低用量)は考慮しうる(推奨度D:BAPガイドラインの推奨度は文献2を参照してください)。しかし投薬を好まず心理療法的介入を好む場合も多い

・予備的なエビデンスだが、低用量抗精神病薬、CBT、支持的精神療法いずれもAPSを改善しうるとの報告がある。ただし抗精神病薬とCBTの併用はCBT単独と比較してより有益であるとのエビデンスはない(Yungら 2011)。

・6 studiesのメタ解析ではCBTは支持的なneeds-based interventionと比較して有意にAPSを改善したと報告している(Davis 2018b)。また家族療法もAPSに有効であったと報告されている

・ジプラシドンはプラセボよりも6か月予後が有意に良好であったとの介入試験の報告がある

 

精神病顕在発症を防ぐための介入

 

・低用量抗精神病薬ないしCBTが精神病顕在発症を防ぎうるかについて検討したメタ解析では抗精神病薬のNNT=7、CBTのNNT=13と報告されている(van der Gaagら 2013)

・ジプラシドン対プラセボの精神病顕在発症進展リスクについての介入試験では有意差が検出できなかった。規模が小さかったことも原因

・CBT、アリピプラゾール+ケースマネジメント、プラセボ+ケースマネジメントの3群比較試験では群間の有意差はなかった。有意差はなかったがCBTが良好な傾向があった(52週の精神病移行率:CBT:19%、アリピプラゾール:26.8%、プラセボ:30%)。CBTは脱落率も低かった(Bechdolfら 2016)

・抗精神病薬を用いた介入試験では、抗精神病薬の脱落率が高く、ARMS群における忍容性が不良であることを示唆している
個別CBTは薬物療法の代替として考慮しうる(推奨度D)

・オメガ3不飽和脂肪酸については、1つの介入試験で有意な精神病発症予防効果が報告されたが、その後2つの大規模試験では否定的な結果となった

 

初発精神病

 

・一過性精神病なのか、統合失調症なのか、気分障害に伴う精神病なのかで予後が異なる

・抗精神病薬を使用せず、精神病に対するCBTを行う選択肢がある。投薬を拒否した群に対してCBTpを6か月施行した介入試験では症状改善に有用であったとの報告がある(Morrisonら 2014)。

・CBTpと抗精神病薬、両者併用を比較した小規模試験では、1年以上後の症状改善度においてCBTp群と抗精神病薬群とで有意差なく、併用群でCBTp単独よりも有意に良好な結果であった。(Morrisonら 2018)。

・小規模の試験結果しかないため、CBTpが抗精神病薬と同等の有効性を有するとのエビデンスは非常に限定的であり、自傷リスクが少なく、投薬が困難なケースについては心理療法単独を考慮してもよいかもしれない

・統合失調症では低~中用量抗精神病薬単剤療法が第1選択

・ハロペリドールについては2mgで大半がD2/3受容体占有率が60%を超えると報告されており、D2/3受容体占有率が80%を超えるとプロラクチン上昇やEPSなどのリスクが増加する

・ハロペリドールについてはパーキンソンズム出現の中央値は初発精神病では2mg、非初発であれば4mgといわれている

・オランザピンの初発精神病の有効平均用量は7.7mgと報告されている

・EUFEST studyなどのオープン試験での報告では、初発精神病の抗精神病薬有効用量として、リスペリドン2-4mg、ハロペリドール2-5mg、クエチアピン400-500mg、アミルスプリド 450mg、オランザピン 10mgを推奨している

・薬剤選択については、特定の薬剤が別の薬剤と比較して有意に優れているとの明らかなエビデンスはない

・リスペリドン、オランザピン、アミルスプリドがハロペリドールより良好であったとのネットワークメタ解析の報告があるが、studyの質は低~中等度である(Lancet Psychiatry. 2017 Sep;4(9):694-705.)

・治療開始6か月時点で寛解基準を満たすのは観察研究では中央値40%(17-78%)と2012年に報告され、その後の報告では59%(Gaebel 2014)、60%(Chiliza 2016)との数値が報告されている。一方で経過中の一時点でも症状寛解を達成する割合は55-70%と報告されており、Gaebel (2014)は91%と報告している

・OPTIMISE試験(Kahnら 2018)では、初発統合失調症446名を対象に第1相で4週間アミスルプリド投与され、非寛解群が第2相で6週間アミスルプリド継続ないしオランザピンに無作為割付され、非寛解群が第3相でクロザピンにスイッチされた。446名中33%は脱落し、64%は寛解し、3%が全ての相終了後も非寛解だった。4週間のアミスルプリドで56%が寛解。その後第2相でアミスルプリドに割付された47名のうち6週間で45%が寛解。全体として10週間でアミスルプリドで82%が寛解。ただし脱落者が非寛解と仮定すると、寛解率は60%に低下する

・初期治療は6週間行い、十分な反応がなければ、次の薬剤に変更を考慮する

・初発精神病後に抗精神病薬継続は再発リスクを半分に低下させる。Leuchtら(2012)は65試験のメタ解析を行い、1年間の再発率は抗精神病薬を中止すると64%、継続すると27%であったと報告している。Zipurskyらは2014年にメタ解析により副作用の問題がなければ投薬は中断すべきではないと結論付けている

・観察研究によれば、一部の患者においては抗精神病薬を中止可能であることが報告されている。初発の非気分障害精神病のデンマークでのコホート研究では、1-5年のフォローアップで25%が寛解しかつ抗精神病薬投与を受けていなかった。10年後はその数が30%に増加した。5年時点で投薬を受けておらず寛解していた患者は10年時点でそのうち87%が無投薬での寛解を維持できていたという

・Huiら(2018)の10年予後の結果を引用し、少なくとも3年間投薬を維持することはその後の長期予後を良好にする可能性について言及されている

・BAPガイドラインは少なくとも2年間の継続を推奨

・LAIについてはアドヒアランス不良患者に適していると思われ、早期からの導入により再発を防ぐとの報告は信頼に値するが、研究デザインと対象群の非均一性の問題により、治療における位置づけを確信を持って評価することはできない

 

(BAPガイドラインには含まれていないが、初発精神病に関して含まれていてもよさそうなその他の報告)

 

・初発精神病の治療反応率については、522名がリスペリドンとハロペリドールに無作為割付され治療反応性(PANSSで20%以上の改善度で定義)が観察された試験(Am J Psychiatry. 2006 Apr;163(4):743-5.)があり、治療期間の中央値206日間で全体の反応率は400名(77%)。反応した400名の中で1週目で反応したのは23.3%、2週目23.3%、3週目18.5%、4週目12.5%(4週目までで全体の8割)。8週目11.2%、さらにそれ以降で反応したのは11.3%。反応を達成した時の用量は1mgが15.5%、2mgが29.8%、3mgが27.3%、4mgが16.8%、4mg以上が10.8%。そこまで高用量使用しなくても反応は得られる

・中国からの報告であるが(例えばLancet. 2019 Sep 14;394(10202):939-951のような有名なメタ解析では中国大陸からの報告というだけで質に問題ありとのことで解析対象から除外されたりしている)、未治療の初発統合失調症200名に対してリスペリドン、オランザピン、アリピプラゾール、クエチアピン、ジプラシドンが比較され、リスペリドンがオランザピン、アリピプラゾールより有意にBPRS改善度が良好だったとの報告がある(Ann Gen Psychiatry. 2017 Dec 22;16:47)

・198名の初発精神病患者についてアリピプラゾール5-30mgとリスペリドン1-6mgが比較され、陽性症状の反応率は有意差なく(ARI対RIS:62.8% 対56.8)、陰性症状はアリピプラゾールが良好だったがアカシジアが多く、アカシジアの観点からはリスペリドン少量が、代謝系副作用の観点からはアリピプラゾールが推奨されるとの結論であった(Schizophr Bull. 2015 Nov;41(6):1227-36. )

・TEA試験(Lancet Psychiatry. 2017 Aug;4(8):605-618)の結果は重要と思われる。
12-17歳の若年初発精神病患者113名に対してクエチアピンER(ターゲット用量600mg)ないしアリピプラゾール(ターゲット用量20mg)の無作為割付比較試験が行われ、12週間で両薬剤に有効性に有意差はなく、クエチアピン群とアリピプラゾール群の体重増加量の差は3.33kg、2週目のアカシジア出現率がアリピプラゾール群60%、クエチアピン群30%で有意差あり(その後有意差なし)。振戦がアリピプラゾール群91%、クエチアピン群79%。鎮静がアリピプラゾール群97.1%、クエチアピン群89.2%(有意差あり:これは意外な結果)

・若年者の初発精神病に対する薬物療法は、副作用出現率が極めて高く注意を要する

 

急性精神病エピソード(再発)

 

・再発に伴い抗精神病薬に対する反応性が悪化することが報告されている。メタ解析(Leucht 2017)ではPANSS/BPRS得点が少なくとも20%以上改善する反応率については、反応率は50%と報告されている(プラセボでは30%)。さらに50%以上改善する割合は23%でプラセボでは13%と報告されている

・抗精神病薬の有効性に関しては同等であり、治療抵抗性についてはクロザピンが最善となる

・用量は初発エピソードよりも一般的に多くなる。PETを用いたstudyでは、D2受容体占有率が60%を超せば治療反応性が増大し、線条体ないし下垂体D2受容体占有率が80%を超すとEPS、高プロラクチン血症のリスクが高まると言われている。アリピプラゾールは例外であり治療用量である10-15mgでD2受容体占有率は85%以上と言われている。

・治療開始後2週間でPANSS改善度が20%未満の非反応群は、治療開始後3か月時点でも84%が非反応群であったと報告されている(Kinon 2008)

・罹病期間が長引くにつれて、治療反応性が悪化することは介入試験の結果から統計的に有意であることが示されている(Leucht 2012)

・このことは部分的にはドパミンD2/D3過感受性精神病で説明がつくかもしれない。Howesらは一部の患者でD2/D3受容体の発現亢進が起きていることを報告した

・D2受容体遮断長期治療の結果、過感受性精神病による病状悪化が起こりうるなら、D2受容体部分アゴニストのアリピプラゾールでは長期治療後の再燃が起こりにくいことが推測されるが、現在までのところそのことを明確に支持するデータはない

・また、D2受容体の過感受性が形成されると、維持中の抗精神病薬を中断した際の反跳性精神病も起こりやすくなることが推測される

・抗精神病薬中断による精神病症状の増悪は疾患の自然経過と反跳性精神病の区別が難しいため、臨床的に反跳性精神病を見分けることは困難である。またコリン離脱性反跳症状との区別も困難である

・ただし、この問題は抗精神病薬を中断した場合と持続した場合の介入試験の結果の事後解析から推測が可能であり、Emslryら(2018)は、中断後の症状増悪の両群間の特徴の類似性(治療反応性も含め)から、再燃は自然経過によるものが大半と結論付けている(コメント:ただしこの試験はパリペリドンLAIによるものであり離脱症状を正しく評価できたとはいえないのではないか)。

・さらにTakeuchiら(2017)は、中断後の症状増悪は急速な増悪ではなく、徐々に増悪がみられることから、反跳性精神病にあたらないのではないかと考察している。

・メタ解析(Leucht 2012)でも、急な中断群と漸減群とで再燃リスクが変わらないことが示されている
以上の結果は、ドパミン過感受性が症状再燃の誘因であるとの仮説が一貫して支持されるものではないことを示唆している

 

うつ症状に対する抗うつ薬増強について

 

・Helferら(2016:文献3)は統合失調症患者について、抗うつ薬増強の安全性と有効性についてのメタ解析を報告した。全体としてうつ症状の改善についての効果量-0.25(CI -0.38 -0.12)でありプラセボよりも有意に良好であり、うつ症状の重症度が増せばより効果量が高まるとの結果であった。

・Gregoryら(2017)は統合失調症にうつ病を合併した症例(陰性症状とうつ症状との鑑別により有用とされるCDSSを用い、うつ病の診断がきちんと下されたケースについての報告)についての薬物療法のメタ解析を行い、抗うつ薬(多くがSSRI)はNNTが約5で有効であると報告している。ただし含まれた26の試験の質は中から低品質であり、26のうち19の試験で現在のRCTの報告基準を満たさなかったとされている。

・抗うつ薬を使用するかどうかについては、臨床医は患者とこれまでの介入試験の結果などについて話し合うこと。もし抗うつ薬の効果が認められないならば中止すべきである。

(コメント:BAPガイドラインでは陰性症状についての項目で文献4のGallingらの報告が取り上げられており、うつ症状についての項目ではなぜかGallingらの報告についての記載がありません。しかし個人的には統合失調症における抗うつ薬増強の現段階で最も質の高いエビデンスの1つがGallingらの報告ではないかと思われるため、この報告が入っていないのは釈然としません。ちなみにGallingらの報告は、最初から抗うつ薬の増強を行った試験などは除外しており、より抗うつ薬増強の有効性の評価に特化した試験のみを抽出しており、Helferらの報告よりも質が高いことが期待されるものです。Gallingらの報告では、統合失調症に併発するうつ症状に対して抗うつ薬増強はプラセボに対して有意差がないとするものでした。この結果を信じるならば、日本神経精神薬理学会の現在のガイドラインの記載が最も妥当ということになります。ただしうつ症状が重度の場合には個別に慎重に判断すべきとは思われます)

 

最後に

 

・APAガイドライン草稿の統合失調症における抗うつ薬の増強については2016年のHelferらの報告(文献3)が引用され、Gallingの2018年の報告(文献4)は引用されていません(BAPでは陰性症状の項目で引用されている)。結論もHelferらの報告に準じたものであり、違和感を感じます。
・BAPガイドラインは引用されている文献も豊富で、全体的にこれまでのエビデンスの復習としてもとても有用と感じました。


文献1)https://www.psychiatry.org/psychiatrists/practice/clinical-practice-guidelines
文献2)J Psychopharmacol. 2020 Jan;34(1):3-78. doi: 10.1177/0269881119889296. Epub 2019 Dec 12.
文献3)Helfer B, et al. Am J Psychiatry. 2016 Sep 1;173(9):876-86. doi: 10.1176/appi.ajp.2016.15081035. Epub 2016 Jun 10.
文献4)Galling B, et al., Acta Psychiatr Scand. 2018 Mar;137(3):187-205. doi: 10.1111/acps.12854.