・PNASにかなり倫理的に実現が困難と思われるルーマニアでのRCTの結果が報告されていました(文献1)。何らかの理由で養護施設に入所した子供を里親ケア群と施設ケア群とに無作為割付し、18歳時点でのIQを評価したものです。

・倫理面への配慮として、どちらの群に割付されても、そのケアにあたって相応の資金援助を行ったとのことです。

・結論としては里親ケア群は施設ケア群と比較して有意に総IQが高いというものでした

・ただし、里親ケアでも施設ケアでも養育者によるケアの質が高いことが最も重要なmediatorであり、どちらの環境であっても質の高いケアを提供することがIQにとって重要であるということが示唆されました。

・質の高いケアの提供のためには何が必要なのかということも考えさせられる内容になっています

里親制度とIQ

背景


・低資源環境で育つ子どもたちの認知能力を強化するための早期介入は有用であるが、その恩恵は一般的に時間とともに薄れることが報告されており(J. Res. Educ. Eff. 10, 7–39 (2017).)、IQの向上は一過性である可能性が指摘されている。

・早期介入による効果が一過性にもので終わるか持続するかどうかは、そのような介入のための資金配分に大きな影響を与えうる

・家庭的環境で養育された子どもの認知機能は集団的環境で養育された子どもより優れているという報告はあるが(Science 318, 1937–1940 (2007).)、これらの養育が成人期初期まで長期的に効果を持つのか、ケアの質がこの優位性に関与するのか、人生のより早い時期に家庭的養育環境ですごした方が有利なのか、同じ養育環境を子ども時代の長期にわたって継続する必要があるかどうかは分かっていない。

・ブカレスト早期介入プロジェクト(BEIP)は、ルーマニアの何万人もの施設入所児童のケアに関する緊急の意思決定ニーズに対応するため、無作為割付デザインを用いて、早期剥奪体験後のケア強化と18歳時点でのIQとの因果関係を検討した。

・施設に暮らす幼い子どもたちは,ベースライン時の平均年齢が22カ月で評価され,質の高い里親への割付群(FCG)または施設ケアの継続群(CAUG)のいずれかに無作為に割り付けられた。

・研究者らはルーマニアの共同研究者とともに里親ネットワークを構築、維持し,資金を提供した。子どもたちが54カ月になった時点で研究者らによる里親ネットワークの管理は終了し、里親らの管理は地方政府に移管された。その後成人期早期まで追跡され、成人期早期でのIQが評価された。

対象と方法

・合計135名の子供がエントリー。養護施設の子供は95名(うち46名が施設ケア継続、49名が里親ケア)、比較群(対照群ではない)として40名の地域在住の子供

・参加者は平均18.74歳までフォロー

・里親制度に興味のある成人にスタッフがコンタクトをとり、身元確認をされた後、ブカレストのNGOより施設で暮らす子どもの典型的な行動や習慣などについての研修を受けた。その後子供たちが30カ月、42カ月の時点でケアの質についてObservational Record of the Caregiving Environmentにより評価された。この評価は養育者(施設では子供がもっとも好きな養育者)と子供の間の様子を録画した際の行動により評価された。評価は感受性、発達への刺激、子どもへの肯定的な評価、平板化した感情(マイナス評点)、無関心(マイナス評点)の質的スコアを平均化することで作成。

・42か月時点で参加者はストレンジ・シチュエーション法(strange situation procedure)により愛着の質の評価をうけ、愛着の安全性を1点(安全性なし)から9点(最も安全)まででコード化した。

・無作為化後の数年間に、多くの子どもたちが養育先の転換を経験した。 施設ケアの子どもの多くは、最終的に新しく作られた政府主催の里親に預けられた。里親群に割付された子どものなかには,後に施設ケアに戻された子どももいたが,両群から実親に再会した子どももいた。

・49人の里親ケアの子どもたちについても、里親中断となったケースがあり、18歳まで継続的に研究jグループの割付した里親の元にとどまった場合、安定した里親ケア(FCG-stable;n = 20)とし、18歳までに一つ以上の養育先の変更を経験した子どもは里親中断群(FCG-disrupted;n = 28)とした。

・18歳時点で認知機能がWISC-IVにより評価された

結果


・ITT解析の結果、里親ケア群の18歳時点での総IQは、施設ケア群よりも平均して9.00ポイント高かった。ベースライン時点の発達指数(DQ)スコアを共変量としてITT解析を再実行しても18歳時点での総IQの群間有意差は不変であった

・知覚推理(perceptual reasoning)やワーキングメモリーでは統計的に有意な差は認められなかったが、里親ケア群は、通常ケア群よりも、言語理解や処理速度において有意に高いスコアを示した

・ケアの質については、里親ケア群が施設ケア群より有意に高かった

・幼児期にケアの質が高かった人は、成人期早期の総IQ得点が有意に高かった

・媒介分析により里親ケアは早期養育の質を介して18歳時の総IQに有意な間接効果を持つことが確認された

・ケアの質を共変量としてモデルに含めると、総IQに対する割付群の効果は有意ではなくなった。

・ケアの質の代わりに、いくつかの追加の媒介因子(愛着の安全、身長、体重、頭囲、運動発達、ストレス因子に対するコルチゾール反応性)の影響を評価した。これらのうち、42カ月時点で評価された愛着の安全性だけが、18歳時の総IQに対するITT効果の統計的の有意な媒介因子であることがわかった。

・これらの結果は、介入が養育関係の改善によって認知能力を向上させたことを示唆しており(養育の質は総IQに対する介入効果の49%を説明し、愛着の安全は総IQに対する介入効果の71%を説明した)、より質の高い養育関係が、介入が成人早期の総IQに影響を与える機序を説明しうる要因であることを示唆している。

・里親の元に移った年齢と18歳時点の総IQとの間には小さな負の相関があった。人生の早い時期に里親ケアを開始した人は、総IQが高い傾向があった

・施設養育歴のある子どもと施設養育歴のない子どもを比較したところ、施設入所歴のある参加者の18歳時点での総IQは、比較群のスコアより平均26.21ポイント低かった。人生の早い時期に質の高い養育環境に置かれたとしても、人生早期の心理社会的剥奪の認知機能への持続的な影響を完全に改善するには不十分であることが示唆される。

議論

・早期環境を改善することで持続的な効果が得られるという証拠がこれまでも報告されている。Carolina Abecedarian Project,は、高リスクの幼児を質の高い早期教育および/または通常の小学校教育に無作為化して研究し、早期介入を受けた人は、成人期初期(21歳)にIQスコアと教育到達度が高いことを明らかにした(Appl. Dev. Sci. 6, 42–57 (2002))

・同じく、Perry Preschool Projectでは質の高い就学前教育と週1回の教師による家庭訪問が行われ、54歳時点の実行機能は、介入を受けた者の方が対照群より優れていることが報告された( https:/doi.org/10.3386/w29057. )

・今回の結果は、幼児期を通じたケアの質も成人早期のIQに重要である可能性があることを示唆している。しかし,IQの低い子どもは不安定な環境に置かれるリスクが高いため,養護施設でのケアの質とIQとの関連性を解釈することは困難でもある

・当初は成功した多くの介入の効果が長続きしない理由の一つは、質の高い養育環境が長期にわたって持続しないことであるかもしれない。つまり、介入終了後に遭遇する家庭や学校の環境が、介入中に経験したものより豊かでなくなることによって説明される可能性がある

・家庭をなくした子供たちにとって、長期的な質の高いケアの提供を行うことが、養育を必要とする子どもの認知発達を高める最も有利な戦略であることを示唆する

・Limitationとして、サンプルサイズが小さかったこと。認知機能に関連する他のいくつかの因子(出生前のケアや出生前後の栄養など)を調べることができなかったこと。また成人用の知能検査ではなく、WISCを用いたこと(IQの低い参加者に対応するため)でfloor effectが懸念されること

コメント

・ルーマニアでの結果であるため、日本の状況にそのまま適応することはできないかと思われますが、ケアの質を高めるには十分な予算配分と適切な人員配置も重要なことかと思われます。

文献1:Humphreys KL et al. Proc Natl Acad Sci U S A. 2022 Sep 20;119(38):e2119318119. doi: 10.1073/pnas.2119318119. Epub 2022 Sep 12.