・研究者らにとっても予期したことと、正反対な結果が得られたとの興味深い報告がありました。

・ショウジョウバエモデルでの実験の話なのですが、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のウイルス非構造タンパク質(ウイルスがコードしているが、ウイルス粒子の一部ではないタンパク質)であるNsp1がALSやアルツハイマー病を含むいくつかの神経変性疾患のショウジョウバエモデルにおいて神経や筋組織の変性などを防ぐ効果を有することが報告されました(文献1)。

・もともとはLong-COVIDの病態解明のために実験されたようで、病態のさらなる悪化がみられることを予想して実験したら反対の結果になったようです。

・Nsp1の機能はよくわかっていないようですが、ウイルスが細胞に侵入した後に最初に合成されるタンパク質群の一部のようで、宿主の40SリボソームのmRNAエントリーチャネルをブロックしたり、mRNAの分解を引き起こしたりして、宿主遺伝子の翻訳を阻害する悪さをするようです。

・今回、研究者らはアルツハイマー型認知症(AD)モデルショウジョウバエを用いた実験を行いました。アミロイド前駆タンパク質のC末端断片(C99)を発現させADの病態を再現するモデルのようです。

・組織特異的にNsp1を発現させる方法により、C99を発現させたショウジョウバエ筋組織にNsp1を共発現させたところ、C99によるタンパク質恒常性維持機能の障害とタンパク質凝集体形成による筋組織の異常が、完全に抑制されたとのことです。

・神経細胞においてもC99を発現させると認知機能障害がみられるらしいのですが、これらの障害もNsp1の共発現により抑制されたとのことです。

・同様の結果はfull-lengthのアミロイド前駆タンパク質を発現させた場合でも観察されました。

・Nsp1のこのような保護的な効果は、C9orf72遺伝子変異ALSショウジョウバエモデルやパーキンソン病のショウジョウバエモデルにおける神経筋接合部においても観察されています。

・Nsp1はリボソームによる翻訳の停滞(ribosome stalling)とその結果として生じるリボソームの衝突(ribosome collision)によって生じるタンパク質品質管理機構の障害を防ぐ効果により、細胞を保護する作用を発揮するようです。

・もともとはNsp1のこのような機能は、ウイルスの生存戦略として宿主の翻訳が停滞したリボソームをリサイクルし、ウイルス翻訳に利用できるようにするためなどではないかと考察されています。

・組織特異的にこのようなタンパク質を発現させることができれば、もしかしたら新しい治療法の開発につながるかもしれません。

文献1:Xingjun Wang et al. Proc Natl Acad Sci U S A. 2022 Oct 18;119(42):e2202322119. doi: 10.1073/pnas.2202322119. Epub 2022 Sep 28.: